……姿を見せたヘイランは、くすくすと笑いながらフオインを離す。
　ぐにゃりと、支えを失った人形の如くフオインは床に転がる。

　「大丈夫ですよ、殺してませんから」

　そう言って再び、くすくすと笑うヘイラン。その動きは妖しく、しかし異様な雰囲気に包まれていた。
　しなやかにまとめられた三つ編みを肩から流す姿はいつもと変わらず、穏やかな笑みを浮かべていたがその目は冷たくティエンを見つめていた。

　「でも……これからすることを考えたら……殺すことになってしまうかも……うふふ」

　ヘイランの濃い黒紫の瞳が、緩やかに揺らいでいく。その目を、ティエンは知っていた。それはヘイランの兄バイヘイが獲物を狩る時、すなわち戦いのときに見せる表情であった。
　よもやヘイランが、そうティエンは驚くも即座に構えをとる。見た目で相手を侮ることほど、愚かなことはない。ヘイランは腕をだらりと落としているものの、それはバイヘイも同じ。あの狡猾老智な武人は戦いのはじめ、“構えを取らない”。力を抜き、両腕を垂らす。だがそれは恐るべき罠でもある。油断して打ち込もうものならば即座に絡め捕られ全身の骨を砕かれてしまう。
　「あらあらうふふ……来ないのですね……流石ですわ、ティエン様」
　ふわりと、ヘイランがティエンにめがけて跳ぶ。それは一見して、ゆっくりと眠気を誘うような動き。だが

　ティエンは素早く横に飛び、避ける。

　いつの間にか、ティエンのいた位置にヘイランが立っていた。あの緩慢な動きは錯覚であり、実際はフオイン、タオフーほどでなくとも恐るべき速さで距離を詰めていたのである。もちろん、ぼんやりとそのまま立っていれば結果は同じ、砕かれ死ぬことになる。
　「……うふ、うふふ」
　くすくすと笑いながら、ヘイランは構える。
　「やっぱり……こちらの方が、よろしいかしら？」

　瞬間、ヘイランの腕が振り下ろされる。それは恐るべき大薙ぎであり、躱したティエンの後ろの壁までを薙ぎ取ると、そのまま握りつぶしくるりと一回り……勢いをつけて飛礫を放つ。当然、ティエンはそれも避けるも再びくるりと回ったヘイランの腕鎚がティエンめがけて振るわれる。その動きはどれも緩やかなようでいて、確実に距離を詰め、逃げ道を塞いでいく。
　しかし、ティエンは何とか鎚の如く振るわれた腕を躱すと素早く距離を離す。一見して、獣の腕とはいえ女の細腕、防ぐのは容易い……そう思うものは多かったであろう。だがティエンは知っていた、もしもヘイランがバイヘイの武を受け継いでいるとすれば、受け止めるのは極めて危険なことであると。
　岩流のバイヘイ、それの恐るべきはあのライフーすらも凌ぐほどの剛腕怪力であり、たとえことも何気なく振るわれているような一撃すら岩を容易く砕き得るものである。それを人の身で、たとえライフーやタオフーと伍するものであったとしてもそれを受けるは叶わなかったであろう。それに、それだけの威力を持ちながら全く風が揺れぬのも恐ろしかった。揺らぎを生まず、流れ沿うように振るわれている。それだけでヘイランの技巧がとびぬけたものであることが伺えたのである。

　苛烈な攻めを至上とするライフー、目にも止まらぬ速さで翻弄するフオジンに対しバイヘイは重く確実な一撃、そしてそれを為すための攻めと守りの技巧こそが本領と言えた。それに、ティエンはもう一つ警戒するべきことがあった。それこそが、バイヘイを相手取るうえで最も危険かつ恐れねばならぬものであった。

　どう攻めるべきか……

　ティエンが隙を窺うように逡巡していたその時である・
　影より雄たけびを上げた何かが飛び出す。それはまっすぐ両腕を……両触手を振り上げヘイランに向かっていく。

　（！　ナオ殿！）

　それは粘性のナオであった。
　そのまま素早く触手をヘイランの片腕と腰に巻き付けると動きを封じるようにぴんと触手を張る。
　粘性とはいえ、ナオの力はなかなかのものがある。だがしかし……
　「はぁ……」
　ため息を一つ、ヘイランはつくと腰に巻き付いた触手を空いた手で服ごと掴み、無造作に引きちぎる。
　「！　ﾋﾟ､ﾋﾟｷﾞｰ！」
　驚くナオをよそに、そのまま巻き付いた腕を振り上げる。吸盤が外れるような音と共にナオは飛び上がり、そのまま天井に叩きつけられシミの一つに変わる。

　ﾃ ﾃｹ……

　ヘイランがやれやれといった様子で巻き付いた触手を引きちぎろうとした時である。ヘイランの眼前にティエンが迫る。あまりにもあからさまな隙……ティエンとて、危険は承知であった。だが、同時にこの隙を逃せば再び攻め時を見失うことになる。
　早く重く、ティエンは腰を低く落とし、駈け上がるようにヘイランの腹に拳を叩き込む。瞬間、ヘイランの口からくぐもったような呻きが上がる。上がるが……ティエンは確信する。

　効いていない、と

　ぺろりと、ヘイランが舌を出す。
　だが、それは織り込み済みであった。素早く腕を引くとそのまま連撃へと繋いでいく。数撃腹に連続して打ち込み、勢いのまま回転し足の関節を蹴り撃ち膝をつかせると跳ね返るように加速し、そのまま喉に手刀を叩き込む。
　女性に対しあまりにも容赦のない連撃。しかし、苦悶に歪むはヘイランではなくティエンであった。鈍い、あまりにも鈍く硬い感触。それはティエンがバイヘイとの戦いにおいて最も苦しめられた技……体を岩の如く頑強に変化させる……バイヘイの秘奥義である岩術そのものであった。
　ぶちりと、引き千切られた触手の音と共にティエンの肩にヘイランの指が食いこむ。
　「ぐぅっ！！」
　肩に走る激痛と耐えきれぬ重さ。そのままティエンはヘイランの前に跪くように両膝を落とす。
　見上げれば、恍惚とした表情のヘイランが暗い影の中両目を燃やし、ティエンを見下ろしていた。
　「流石ティエン……女に対しここまで打ち込むとは、感服したぞ」
　いつもと違う声音が、ヘイランから発せられる。
　「……うふふ　ふふ　わたくしが岩術を修めてなかったら……どうなっていたのでしょう……内臓をめちゃくちゃにされて……足を折られ……首で止めかしら？」
　陶酔、恍惚、興奮混じりの声が……いつもの調子で嫋やかに告げる。責めるような口調。だが同時にそれは歓喜をも含むものであった。
　甘い吐息と共に、ヘイランの厚くねっとりとした舌がティエンの顔を舐める。
　「はぁ……はぁ……本当に、悪い武人様　私たちをこんなに夢中にさせて……面白い、面白いわ……」
　いったい何を言っているのか、ティエンは吐き気を催す肩の激痛に耐えながらなんとかヘイランの魔の手から逃れようと考えながら思う。
　本来、バイヘイとの戦いの定石は一撃離脱の徹底である。ライフーをもしのぐ巨体であったバイヘイは技巧に優れるとはいえそれだけ巨体であれば大振りにならざるを得ず、ティエンはその隙を突く戦いをしていた。
　だが、小柄なヘイランとの戦いは勝手が違いすぎたのである。それに誤算もあった。岩術の効果を発するはあの巨体と重さ故だとティエンは考えており、ずっと小柄なヘイランであれば多少なりとも効くのではないかと……もちろん最初の一撃でずっと強く効いていればそれだけ加減をしたが……結果は殆ど効いていなかった。故に女性とはいえ油断はできぬと全力で打ち込んだが、このざまである。バイヘイの岩術、それはティエンの思った以上に完成されたものであった。
　「っ……　ふふ、失礼」
　しかし、少しは効いていたようであった。ヘイランは少しふらつくように視界を明滅させるもすぐに意識を取り戻す。その瞬間、一瞬指の力が緩む。ティエンは即座に腕を振り払うと、距離を取るべく後ろに跳ねようとする……前に今度は首を掴まれる。
　「はぁ……油断はやっぱりいけないわね」
　みしみしと、首に指が食いこみ息が詰まる。ヘイランによって宙に持ち上げられ、徐々に、そして確実に呼吸が封じられていく。
　（うっ……ぐぅっ　うっ……こ、ここまでか……）
　ゆっくりと赤黒くなる意識の中で、ティエンは最後に想う、貴女に伝えたかったと



　（やはり、最初からこうしておくべきだったのだ　あの虎も、小僧も、惑わされることなどなかったであろうに）
　自らの手の中で、ゆっくりと命の灯火を摘み取る感触。幾度となく行ってきたその行為を前に愉悦はなく、感じたことのない違和感が芽生える。それはヘイランにとってたまらなく不快であった。
　（人間相手に情など……）
　五百余年にわたり、天崙山に住み恐れられてきた。命を狙われたことも、奪った数も数え切れぬほどである。故に今更命の一つや二つ、奪うことに何の躊躇と感慨があろうか。
　だが、思い起こされるは、この人間と出会い戦った日々であり。そして、それ以上に輝かしく思えるのはこの仙石楼で過ごした僅かな日々であった。それは……もはや母も父も、兄弟の存在すらも思い出せぬ、そんなバイヘイ……ヘイランにとって知らぬ間に仲間と言えるようなものになっていたのかもしれない。

　（愚かな……）

　所詮は怪物同士よ、いずれは殺し合うのだ……そう自嘲気味にヘイランは嗤う。
　（さて、止めと行くか……　ん？）
　より力を籠め、首の骨を折ろうとした時であった。ふと見降ろした先……ティエンの股間……に目が留まる。そこには、死の淵にあるというのに、否……死の淵にあるからこそその命を誇るように、生きていることを示すかのようにティエンの脈動がそそり立っていた。
　タオフーとフオインを虜にした男、その男の男を前にヘイランは暫し固まる。
　（……わしは何を考えている……）
　しかし、意志とは裏腹に腕の力が緩む。欲望が、興味が己の中に沸き起こる。
　“これ”は……誇りも、意地も何もかも……投げ出すほどに“良い”ものなのだろうか……

　どうせ、殺すなら……このような機会も……一度くらい……

　すん、と体が熱くなる。先ほど感じた歓喜と昂りが、腹のうちに募るような感覚。それは、ティエンの見せた武人としての矜持に感銘を受けたが故のものであったが、今は違う。変じた体の“メス”としての本能が疼いている。

　喉が、鳴る。






　……わしはいったい何を考えている……

　意識の混濁したティエンを椅子に座らせて上衣をはぎ、その雄を露出させる。ヘイランは既に衣服を脱ぎ去り、その裸体を露出させていた。ヘイランはなんとなしに己の体を見る。白く透き通った肌、大きく豊かな胸に臀部……全体的に体つきは緩いが締まるところは引き締まっている。人の美醜などはわからなかったが、悪い感じではない、そう思えた。

　この体を見て、こやつは何を想うだろうか……

　美しいと思ってくれるだろうか、それとも……

　……何を、わしは気にしている……

　早く、用を済ませよう。そう言い聞かせるようにヘイランはなんとなしに自らの秘部に触れる。少しばかり毛の生い茂った其処はほっこりと熱く、そしてほんのりと湿っていた。
　「ふっ　んんっ」
　ぴりっとした、もどかしい感覚。それと同時に、体の奥から何かが滲み出てくるような、尿を漏らす感触とはまた別の不可思議なもの。
　暫くいじっていると、ねっとりと糸を引くように滲み出たものが垂れる。これが、俗にいう濡れるということかとヘイランは一人納得すると、準備は整ったとばかりにティエンの方を見る。未だにティエンの雄は硬度を保っていたが、少しばかり力を失ったように首を下げてしまっていた。
　（む、これでは……）
　このまま咥えこんでみても良かったが、どうせ最初で最後ならばしっかりやりたいと、そうヘイランは思い、少しばかりおずおずといった様子でティエンのティエンに触れる。
　（……熱い、な……）
　少しばかり力を失ったとしても、それは熱く雄々しかった。触れた瞬間、ヘイランは己の“胎”が蠢くのを確かに感じる。より蜜が溢れ、熱を籠める。そんなヘイランの疼きと熱を感じ取ったのか、ティエンの雄はヘイランの手の中でびくびくと震える。
　ゆっくりと、震えるそれを握るヘイラン。かつての己のモノとは大きく違うそれをどうすればよいのか、知る由などないはずなのに、まるでどこからか湧いてきたかのように……本能的なものであるかのように……指を絡め、扱き始める。ふわふわの黒毛がさわさわと刺激し、少しばかり固くも熱い肉球が包み込む。その指の動きはたどたどしくも艶めかしく、たとえ意識がなくとも確かに脳裏に刻まれるほどの心地よさであった。
　ヘイランが手戯をはじめて暫く、ティエンの雄は再び勢いを取り戻し、天を突く。
　それを見てヘイランは、己の中にそのことを歓喜する己があるということを、確かに感じてしまう。

　（いよいよか　……いよいよか）
　繰り返すように覚悟を決め、乾いたつばを飲み込む。
　ヘイランはゆっくりとティエンに跨ると、熱された“それ”を己の“そこ”にあてがう。既にじっとりと湿り、十分な滑りがあることは指で確認済みであった。だが、念には念を押し、ティエンの一物にも己の蜜をまぶしなるべく無理なく入るように心得たつもりである。
　心臓は早鐘を打ち、まるで心までもが体に、若さに引っ張られていくかのようであった。
　（……最後に肌を……誰かに、戦い以外で触れたのは何時だ……）
　思い出せない。
　だが、この瞬間だけは忘れえないであろうことははっきりとわかっていた。女体に変じたというだけでも驚きの経験だが、そこで情交を……しかも人間の男と結んだなど、忘れようがない。最後にもう一度、覚悟を決めるように深く息を吸うと、ヘイランは指でちょいちょいと繰りながら腰を下ろしていく。

　くちゅりと、入り口が開く

　（おっ　おっ！　……こ、これは……なか、なか……んっ！　……うぅ　っ！　……んんっ！！）
　ずるりと、熱が、肉が、己を割る感触にヘイランは深く、深く息を吐く。しっかりと、己の中に埋没した“オス”を感じる。びくんと、素直にティエンの体が反応する。その動きに合わせるように、ヘイランの中も吸い付くように締り、より目の前の男の存在を感じさせる。
　暫く、じっと味わうように、ヘイランは腰を控えめにぐりぐりと動かしながらメスの喜びとやらを感じていく。じんわりとした温もりが、己の胎から全身に広がっていく。まるでこのためにあるかのように感じてしまうほど、抗いがたい多幸感であった。
　（はぁっ！　なるほど……い、良い……ッ！）
　膣肉が、意志に反しちうちうと蠢きながらティエンを嫐る。その度にティエンは微かに呻きながら、ぴくぴくとその身を震わせこつこつと小さくヘイランを突く。無意識での動き、だがその僅かな動きですら味わったことのない快感となってヘイランの心を焼く。

　たん、たん、と湿った音が響く

　いつの間にか、ヘイランは腰を振っていた。淫らに、大きな尻肉を震わせながら、小さな丸尻尾をぴんと立ててオスに吸い付く。顔は悦楽に歪み、ただただ荒い息を吐く。その勢いは早く、貪欲であった。
　当然、意識がなくともヘイランによって与えられ続けた防ぎえぬ快楽はティエンの本能を刺激し、射精の段取りを急速に済ませていく。びくびくと大きく震え、もう間もなくだと、己を欲するメスに告げる。それすらも、手に取るようにヘイランにはわかってしまった。言葉にせずとも、ただ体を重ねるだけで伝わってしまう。それと同時に、急激に体の熱が収束し、その時に備えるように体が強張る。

　瞬間、大きく跳ねた尻は深く打ち込まれ、最奥へとティエンを導く。そのまましっかりと、みっちりと詰まった肉に押し潰されるようにティエンはヘイランの中に精を放つ。

　（おっ！　ぉぉおっ！　お、ごっ！）

　熔鉄の如き熱さ、それが流れ出すことも冷めることもなく己が胎の中に溜まっていくという、未知の感覚。だが、それはすぐに快楽に置き換わり、同時に今まで満たされたことのない隙間を埋めていくような、言いようのない不可思議な充足。

　もっと、ほしい

　自然とティエンの首に腕が回り、抱きしめる。胎の中の肉杭は萎えることなく、ヘイランの中でちくちくと小刻みに震え、もっとしゃぶれと催促するかのようであった。当然、ヘイランの蜜壺は言われるがままにちゅくちゅくと健気にその肉を絞り、埋もれた肉を柔肉で舐り、撫で上げ、喜ばしていく。
　（あ、あ、あぁっ　い、いかん……　あっ　あっ）
　一度だけ、ただ一度だけ……そう思っていたはずなのに……

　足りない

　もっと、もっと

　再び、ティエンに抱き着いたままヘイランの腰が浮く。抜くためではなく、また迎え入れるために。

　どちゅり、粘ついた音が響く

　ぴんと背筋を伸ばし、流れる快楽を、幸福を味わう。
　再び満たされる、己の中にピタリと重なる。
　その喜びに、ヘイランが溺れ始めた時であった。

　「……へ、ヘイラン……殿　な、なにを」

　ティエンが、目を覚ます。
　声を上げると同時に、ぎゅっと、肉が収縮しティエンを締め上げる。

　「！　うっ！」

　強烈な締め上げに、ティエンの表情が歪む。だが、ヘイランとしてもティエンの身を案じるほどの余裕はなかった。やってる最中に目を覚ますなど、一番あり得るはずなのに、いざ起きてみれば言いようのないばつの悪さがヘイランを襲う。
　ティエンからしてみれば、いよいよ終わりかと思い、目を覚ましてみれば熱い肉壺の中に埋もれているのである。殊更訳が分からなかった。
　「うっ……くぅ、どうして……」
　そもそも、突如としてヘイランがこちらを襲ってきたのも良く分からなかったのである。ただ、思えばタオフーにもいきなり襲われ、その後に犯されたということをぼやけた頭で思い出し、魔獣の交わりとはそういうものなのだろうかとティエンは一人納得する。
　それはそうとして、いよいよ三獣拳士の妹たち全てとやってしまったという事実に、ティエンは諦観の念を感じ始める。
　（……もはや何も言うまい……兄上殿たちに……八つ裂きにされて、しまうだろうなあ……）
　戦いにおいて、ティエンは諦めるということはしない。だが、妹の操を奪われ怒り狂った三獣拳士を一度に相手取り、生きて帰れる自信は全くなかった。だが、そう思えば思うほど、今感じている快感がより強く染みわたっていく。
　どこまでも柔らかいヘイランの肉体はただ触れているだけで心地よく、強く引き締まった肉体のタオフー、若く弾力のある柔さを誇るフオインとはまた違った、安心できる緩さというものがヘイランから感じられたのである。
　無意識のうちに、ティエンはヘイランの体に腕を回す。びくっと、ヘイランが震える。それと同時に少し締め上げていた肉壺が緩まり、痛みから強い快感へと変わっていく。

　「ヘイラン殿……」
　ティエンは、先ほどから己にしがみつき荒い息を吐くヘイランを案じるように声をかける。
　「……っ　なぜ……なぜ、泣いているのですか？」
　声をかけられ、顔を上げたヘイランは……泣いていた。
　「！　見るな！　見ないでくだされ……」
　それはヘイランにとっても、意外なことだったのだろう。さっと顔を紅くし、片手で隠す。なぜ泣いたのか、それはヘイランにもわからなかった。
　快楽か、孤独か、温もりか、悲しみか、ありとあらゆる感情の綯交ぜである。

　ヘイランにとって、これは一時の気まぐれ、興味本位、それで終わるはずだった。だが、体を重ね、情を交わすうちに気づいてしまった。

　己が終わらせようと、壊そうとしていた日々のなんと輝かしいことかと

　愚かなことと思ったことで、こんなにも満ち足りてしまうなど

　気づいてしまった、気づきたくなかった

　いったい己が何を求めていたのかを

　幽かに震えるヘイランを、ティエンはそっと抱き締めその頭を、耳を撫でる。その温もりと優しさを感じ、ヘイランはそっと顔を上げる。それは未だに涙に濡れ、そして不自然に微笑んでいた。しかして、それは絶妙な妖艶さでもあった。その妖美に、ティエンは見惚れる。

　そっと、ヘイランの口がティエンの口と重なる

　小雀がついばむような、微かな口づけ。

　「……許して、許してくださいね」

　いったい何を、それを問う間もなくヘイランは再びティエンの口をふさぐ。ゆっくりと、這うように唇が合わさり、どちらともなく舌が絡まる。
　それと同時に、ヘイランの蜜肉が蠢く。まるで舌の動きに合わせるように、うねり、渦巻き、ティエンの雄をなぶり上げていく。そしてそのまま体重をかけるように、より深く腰を押し付け、己の中に埋め絞めていく。
　二度、三度と己を押し付け、柔尻の中で……胎で愛撫する。決して激しい動きではない、緩やかな艶戯。だが、口づけによってもたらされる快楽と連動し、ゆっくりと、しかし確実に性感が高まっていく。
　ヘイランの甘い吐息に、蜜のように粘る唾液によってティエンの意識もまたちりちりと延焼するように焼けていく。熱が、快感が濃縮され、腰に落ちる。

　ぐぅっと、押し付けながら腰が圧し上がった瞬間。

　栓が抜けるようにティエンはヘイランの中で果てる。しっかりと、逃げ場のない胎の中でティエンの分身たちが躍る。柔く熱い、温もりだけに満ちた胎内。

　暫く、ヘイランとティエンは静かに抱き合う。
　互いに口を求め、互いの体を愉しむ。

　どこかかみ合わず、しかして離れがたく結ばれた、そんな不思議な情交であった。