連載小説
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新たなる旅立ち(乗り遅れた者の災難)
 沢山の店が軒を連ね、売り子たちの掛け声が響き渡る。
「さあ、見てくれ!今朝捕れたての新鮮な魚だよ!湖からの直送だから美味しいよ!」
「そこの冒険者の兄さん!家の道具を見ていかない?良いものあるよ!」
「おい!是のどこがダメなんだ!言ってみろ!」
「だから、これにこっちのものを足すからこの値段で・・・」
「馬鹿言うなよ!そんな事したら家の大損だよ!」
 商人に売り子たちの掛け声、冒険者たちの値切り交渉、それらの喧騒が辺り一面に響く場所、市場を目の前にしてアンテは目を丸くする。
「凄い光景ですね。これが市場ですか」
「これでも空いているんだ。朝や夕方だと、歩くのも間々ならないくらい人で一杯になるんだぞ」
 オレの説明にアンテはその光景を想像してみたのか、身体をぶるっと震わせる。
「この光景よりもですか。ぜひ体験してみたいです!」
「それはまた今度な。今日のところは、この前の冒険で使った道具の補充だけだから」
「了解しましたベルツ。では手始めにあの店からにしましょう」
 スキップでもしそうな足取りで歩き出すゴーレムに、オレは笑顔で歩き出しだした。

 それから数時間、市場を歩き回り道具の補充を終えたオレとアンテは近くの公園で一休みをしていた。紙袋を脇に置くとベンチに座り、買ったジュースを飲みながら市場でのアンテの活躍に感心する。
「あそこまで値切るなんて、オレにはとても出来ないぞ。商人の才能が有るんじゃないか?」
「他の店の品物や、値段に対する評価をした結果です。あれでも手加減はしたのですよ。それくらいで泣きそうになるなんて、商人として未熟すぎです」
「いや、それは仕方ないと思うが」
 ランプ用のオイルを手に取りながら呟く。
「これ、一ビンで銅貨3枚は・・・幾らなんでも」
「その代り、保存食や調味料等多めに買ったのですから。損はしてない筈ですよ。この様な不純物の多い品物を売り物にしている店のほうこそ、恥ずべきです。そのことを理解していません」
「これくらいなら許容範囲なんだけどな」
 苦笑いしながら袋に仕舞い込むと、ジュースに口を付け一気に飲み干す。
 アンテも飲み終えたらしくオレの紙コップを手に取ると、近くの屑籠に捨てに行く。その間、暇だったオレは周りを見回していると見知った人ではなく、魔物を見付ける。
「如何したのですかベルツ?」
「いや、あそこにさ・・・ほら、あのテーブルにいるの」
「・・・おチビちゃんですね。一緒にいるのは誰でしょうか?」
「黒い翼の両腕に鳥の様な足からすると、ブラックハーピーだと思うけど?」
 そんな話をしていると、ブラックハーピーと思える魔物が手元のバックから封筒を取り出すと魔女に差し出す。
「・・・・でお話は以上です。詳細はこちらの中に書いてありますので」
「・・・・・・・間違いないわよね?」
「ご安心ください。私の神通力を持ってすれば、トイレの回数から自慰の回数にその仕方やイく時のタイミング、どんな体位が好みなのかまで完璧に調べ上げることが出来ます」
「さすがカラステングね。ここまで完璧にするなんて」
 魔女の言葉にカラステングはため息をつく。
「出来れば、次の仕事はもっとこう私のジャーナリズムを刺激するものにして欲しいですが」
「ええ、解っているから。今度サバトで遺跡の調査隊を出す計画が有るから、それに同行取材出来る様にするで如何かしら?この前見つかった遺跡なんだけど?」
「イイですね。ぜひお願いしますよ」
 そんな会話を聞き耳を立てて聴いていたオレは、そうかと頷く。
「ブラックハーピーにしては、少し雰囲気が違うと思ったんだ」
「カラステング・・・・図鑑に依りますとジパング出身の魔物ですね」
 記憶データーの中から直ぐにその項目を引き出したのだろう。アンテはカラステングを珍しいモノを見る目つきで見つめる。
 二人で見ていると、カラステングが椅子から立ち上がる。
「それでは私はこれで。同行取材の件、お願いしますね」
「・・・・ええ・・・・解っているから・・・・後でいいわよね」
「了解しました。さ〜て、どんな見出しにするかな〜・・・スクープ、秘密の遺跡に決死の潜入!・・・サバト調査隊による未知への挑戦!・・・遺跡は何を語るのか?古代からの謎かけ・・・う〜ん、迷うわね。この黒音(くろね)様の名前を世間に広めるためには何かこうインパクトがあるものにしないと」
 封筒の中身を読みながらの返事にも気づかず、カラステングの黒音はルンルンとスキップしながら立ち去っていく。一人残った魔女は、封筒を取り寄せると中身を取り出して読み始める。
「何が書いてあるのでしょうか?」
「・・・・そうだ!彼女に手伝ってもらうか」
「手伝うとは、もしかしてコレのことですか?」
「少なくともオレたちでするよりか効果的なはずだ。まずは配り終えないとな」
「しかし如何したら良いのでしょうか?」
「耳を貸して・・・・でさ・・・・こうして・・・・それから・・・・そこで・・・・」
「・・・・解りました。ですが宜しいのでしょうか?」
「ま、成るように成るだろ」

 魔女は封筒の中身を熱心に読み続けている。時々、首を傾げたり頷いたりしながら読み終えるとため息をつく。
「これは計画を練り直す必要があるわね」
「計画を練り直すのですか?つまりサバトは近々何処かの教団に攻撃を仕掛けるのですか?それとも教団がこの町に攻め込んで来るのです?」
「わひゃっ?!?!」
 突然耳元に聞こえたきた声に魔女が悲鳴を上げながら前を見ると、声の主アンテが決意の表情で立っていた。
「何でアンタたちが此処にいるの?」
 魔女の質問にアンテは律儀に答える。
「買い出しに来ていたからです」
「あ、そう。買い出しね」
 返ってきた答えにげんなりとした表情で魔女が答えるのも気にせず、アンテは笑顔で話し出す。
「サバトにはお世話になっているばかりですから、良い機会です。及ばずながら私もお手伝いさせていただきます。こんな素晴らしい街を戦乱から守るためにも、ぜひベルツ共々手伝わせてください!」
「おいおい、オレを勝手に巻き込むなよ」
「何を言っているのですか!目の前に危険が迫っているのですよ!これは由々しき事態です!速やかに対処しなければいけません!直ぐにサバトに戻ってキルクルさんに伝えなければいけません!」
 その途端、魔女が慌てて止めに入る。
「わーー!!ちょっと待って!!!ストップ、ストップ!!!」
「何故止めるのですか!一刻の猶予もありません!直ぐに・・・もしや教団はすでにこの街の近くまで?!成らばなおさら急がなければいけません!検問所の方たちにこのことを伝えて」
「だから!落ち着いて!アタシの話を聞いて!」
「何をしているのですか!早くこのことを」
「理由、話すから!だから座って!アンタもコイツを止めなさいよ!」
「いや、危険なら急がないと。アンテ、検問所にはオレが伝えるからアンテはサバトに連絡をしてくれ。この娘も一緒に連れて行けば、問題ないだろ」
「!確かにそうですね!ではおチビちゃん、私に」
「チビじゃない!リリンだ!!!」
「それではリリン、私に掴まってください」
「まて、それだけだと危ないだろ。このロープを使え。これで体に固定するんだ。そうすれば、多少揺れても落ちる心配をしなくて済む」
 そう言いながら紙袋から束ねたロープを取り出すと、魔女リリンは目を向く。
「何でそうなるの?!」
「安全のためだよ。途中で落ちたら大変だろ」
「その笑顔は何だ?!」
「ああ、気にしない気にしない」
「気にするぞ!アンタもって・・・何してる?!」
「いえ、ベルツが固定しやすい様にリリンを抱きしめているのですが」
「こらーー!!幾らゴーレムだからって疑問に思わないのか!」
「ベルツの言うとおりです。途中で落ちてしまってはいけませんから」
「疑問に思えーーー!!!」
 叫び声が響く中、アンテはリリンを抱きしめる。
「・・・子供を抱きしめると幸福になると云いますが、本当にそうですね」
「だから!私は子供じゃないと!何度言えば解るんだ!」
「いいんですよ。我が儘を言うのは子供の仕事なんですから。そうやって、甘えるのも大事なことですから」
「そうじゃない!アンタも見てないで、この妄想ゴーレムを如何にかしなさいよ!」
「えーー?楽しそうにしているのに?」
「アタシは楽しくないーーー!!!」
「いけませんよリリン、そんなに駄々をこねては。さあ落ち着いて」
「頭を撫でるな!喉をくすぐるな!アタシは子供でも子猫でもない!」
「ベルツ、如何したら良いのでしょうか?こんなに駄々をこねまくって」
「そうだな・・・・ミルクでも飲ませたら良いんじゃないか」
 最もらしいオレの提案に、アンテは頷きリリンは驚愕する。
「さすがベルツ、名案です。ではあちらのお店にホルスタウロス印の栄養満点ミルクが」
「こらー、やめろーー!!アタシは赤ちゃんでも無ーい!!ましてや、そんなモノ飲みたくなーい!」
「ダメですよ。好き嫌いしていると、大きくなれませんよ」
「アタシは魔女だから、これ以上大きくなる必要はないし成れないの!いい加減にして、アタシを放しなさいよ!」
「もうリリンたら、我が儘を言いすぎるとオシオキしちゃいますよ」
「誰か〜〜!!助けて〜〜〜!!!」
 そうして騒ぎまくる二人を見ようと集まってきた人達にオレは『ロリィコース』のパンフレットを渡してゆく。
「さあ、こんな体験をしてみたいカップルに夫婦の皆さん!ぜひサバトオアシス支部へ来てください!今なら入信しなくても出来る体験コースもありますから、安心して受けてください。しかも先着300名様にサバト特製日焼け止めクリームをプレゼントしてますよ」
 リリンの萌えな姿とオレの宣伝文句に公園に集まっていた人達は興味を持ったらしく、サバトに向かいだす。こうして『ロリィコース』の辞退条件、サバト入信者150名確保に向けてオレはパンフレットを配り続けた。


 夕焼け空を背にしながら僕は家に帰るため道を歩いていた。途中で立ち止まり辺りを見まわす。今日は視線を感じない。そのことに安心して歩き出す。
(ここ最近感じていた視線は何だったんだろう?)
 今まではこの帰宅時間に感じていた。最初は怖くなって足早に帰宅した。帰り道を変更したり時間を変えたりすることも考えてみたけど、それは出来ないししたくなかった。
(そんな事したら彼女に会えなくなるもんな)
 結果として同じ時間、同じ道を歩き続けそれにも慣れてしまった。
 そんないつもの道を歩きながら考える。ここ最近と今までの視線では、確実に違うことがあった。ここ最近の視線は、自分を観察するような値踏みするようなものだった。対して今までの視線は、労わる様な自分を心配して励ます様な暖かいものだった。
(丸一日感じている点でも違うしって、そうじゃないだろ。偶々今日感じないだけで、もしかしたら明日からまた始まるかも・・・まさかアパートに居るなんてことは・・・もしかしたらあの曲がり角の先に)
 その考えに足が停まってしまうが、そこで立ち止まり続ける訳にもいかず結局歩き出してしまう。それにその道の先には彼女がいる。明るい笑顔と元気な声で僕の疲れを癒してくれる彼女が。
 曲がり角を左に曲がると彼女の職場が見える。だが今日は違っていた。入り口は人や魔物娘で埋め尽くされ、中を窺うことすら出来ない。
(これじゃ、彼女に会えない)
 彼女に会うことが一日頑張って働いた褒美だというのに。
「突然ですみませんが、シンタさんですね」
 背後からの呼びかけに僕、シンタは慌てて振り向く。
 女性が一人立っていた。一目見て美人だということが解る。だけど、僕には意味がない、例えどんな美女や美少女でも。何故なら僕は・・・
「単刀直入に申し上げます。私と付き合って貰います」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は」
「問答無用です」
 断るための返事すら言うことも出来ず、女性は僕を抱え上げるとそのまま走り出す。更に跳躍すると、屋根の上に飛び乗る身体能力に驚く。
「き、君はもしかして魔物娘なの?」
「ゴーレムで、アンテといいます」
 その言葉に僕は終わった、と思った。

 街道を駆け抜け、屋根の上を飛び移りながらアンテさんは走り続ける。その間僕は後悔していた。こんなことになるなら告白しておくべきだったと、断られたとしてもこんな辛い思いをする位なら。
(さようなら、今までの僕。せめて一目、君を視たかった)
 やがてアンテさんは立ち止まると、ガチャリと音を立ててドアを開ける。どうやら目的地に着いたようだ。恐らくアンテさんの部屋なのだろう。暗い部屋に入ると迷うことなく歩いてゆき・・・
「連れてきました」
「それじゃ、そこに降ろして」
(連れてきた?!どういう事?僕の相手はアンテさんじゃ無い?!)
 混乱するなか誰かの声が聞こえると僕は何か柔らかい物の上に降ろされる。おそらくソファなのだろう。それよりも問題なのはここにいる第三者のことだ。聴こえてきた声に心当たりが在ったからだ。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「キルクルさまにはちゃんと」
「はい。頑張るのじゃぞ!とのことです」
(この声って!まさか?!)
 ドアが開き閉じる音がすると真っ黒な空間だけになってしまう。
(・・・居る。誰か、いや彼女が正面に)
 暫くすると彼女が僕に近づいてくる。相当緊張しているのが気配で伝わってくる。
「・・・あの、待ってください」
 僕の制止に彼女が立ち止まる。
「・・・・・・・」
「あの、明かりを点けてもらえませんかリリンさん」
「!!!!!」
 驚く気配を感じる。それから暫くして・・・・
「・・何でアタシだって解ったの?」
「解りますよ、リリンさんなら。いやリリンさんだからかな」
「そ、それって・・・も、もしかして」
「はい、僕はリリンさん貴女のことが好きです」
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
「だから明かりを点けてもらえませんか?逃げたりし」
 突然抱きつかれ言葉を詰まらせてしまう。抱きついてきた彼女、リリンさんは震える声で僕に囁く。
「出来ないよ!シンタさんのこと、好き過ぎて如何にかなっちゃいそうなんだもの!シンタさんの顔を見たら何にも出来なくなるから・・・だから、その今日だけは・・・」
「仕方ないですね。その代り、手加減が出来ませんから」
 僕の宣言にリリンさんは、抱きつく力を強める。
「いいよ、アタシのお兄ちゃんになって一緒にサバトで働いてくれたら」
「勿論ですよ。僕は元々ロリコンですし、リリンさんは僕の好みにストライクですから」
 こうして僕はサバトに入信しました。

 
 サバトの客室でオレはアンテ、キルクルと談話をしていた。
「シンタさんのお蔭で私たちも助かりました」
「リリンのお兄さん探しで50人分。よっぽど持て余してたんだな」
「うむ、アヤツはのう。仕事はちゃんとするんじゃが、カップルが来るだけで目の敵にするんじゃ。其処だけ目を瞑れば優秀なんじゃが」
「よくそれで受付に出していたな」
 キルクルが苦虫を噛み潰した顔で答える。
「あの日はな、偶々担当の魔女が急な休みになってな。アヤツ以外出来る者がおらんかったんじゃ」
「それにしても。この調査報告書、凄い出来栄えですね」
 黒音の報告書を見返したアンテはため息をつく。
「トイレの回数はおろか、自慰の仕方から感じるポイントまで・・・ここまでする必要があるんですか?」
「好きな相手のことを全て知っておきたいと思うのは当然じゃろ」
「しかしこれはやり過ぎかと」
 難しい顔で話すアンテにキルクルは笑いながら受け流す。
「儂ら魔物娘にしてみれば当たり前のことじゃよ。それにカラステングなら心配はいらぬ。知り得た秘密は他人に漏らしたりせんから安心せい」
「それにこの調査のお蔭で行動に出られたんだから、結果オーライだろ」
「そうじゃぞ。『他に狙っている者が3人います』のお蔭でのう」
 オレとキルクルの話にアンテは渋い顔をしながらも頷く。
 そこでキルクルがポンと手を打つ。
「おおそうじゃ!目出度いということで思い出したわ。お主に渡すものがあるのじゃ」
「渡すもの?ラブレターだったらお断りだぞ」
「儂は兄様一筋じゃ!じゃからそう睨むでない。渡すものはこれじゃよ」
 睨みつけるアンテを宥めると魔法陣を使い、袋を一つと鎧を着けた人形を二体召喚する。
「お主が持ち込んだ『お宝』がある支部で役立っての。その支部で発明したこの鎧と代金が送られてきたんじゃ。もちろんサイズはピッタリじゃぞ」
「本当に売れたんですか?ただコンテナを包んで保護するだけのものが」
 驚いているアンテにオレは笑いかける。
「深く考えること無いって。売れたんだからそれでいいだろ」
「・・・そうですね。旅の資金になるのなら」
 その会話にキルクルが寂しそうな顔をする。
「何じゃ、もう行くのか。まだ居ても良いんじゃぞ」
 そんなキルクルの申し出をオレはありがたく思いながら断る。
「未だ見ていない景色やしたことのない体験をしてみたいからね。それに・・・」
 隣にいるアンテを一度見ると
「コイツにも今の世界を知って欲しいからな」
「ベルツ・・・・」
「ならば仕方ないの。ま、近くを通り掛かったら顔を見せるんじゃぞ」
 差し出されたキルクルのモフ手を握り返しながら、オレとアンテは約束を交わした。

 そして翌日。
 オレとアンテは乗合馬車に乗り込むとオアシスを旅立った。
「次は山にでも登ってみるか」
11/12/28 17:16更新 / 名無しの旅人
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■作者メッセージ
すみません、私カラステングの黒音と申します。今回の遺跡調査に同行取材させて・・・・え、聞いてない?
そんなはずないですよ!ちゃんとリリンさんにお願いして・・・
はい?リリンさんはハネムーンで二週間不在、調査隊もすでに出発している?!
そんな〜〜リリンさんの薄情者ーーー!!!

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