読切小説
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次元の壁を越えた迷子
「じゃあ、行ってきますね」
「ああ。レナ、気をつけてな」
愛しい夫と短い挨拶を交わして私は家を出た。
それが、私の災難な一日の始まりでした。



「えーと、ここ、どこです?」
転移を終えた私はぽかんとしていた。
辺りは森に囲まれ、どこをどう見てもいつも買い物に来ている町ではなかったから。
ついでに言うと、私の呟きに答えてくれる人もいなかった。
空を見上げると、綺麗な青空。
魔界じゃありませんね…。
ということは、魔界ではないとこに来てしまった…?
転移魔法陣の誤作動でしょうか?
疑問に思って足元を見ると、そこに転移魔法陣は存在していなかった。
「……」
これ、かなりよろしくない状況なんじゃないでしょうか?
不安になった私はとりあえず人を探そうと判断し、歩き出そうとする。
しかし、近くの茂みから音がして踏み出そうとした足が硬直してしまう。
近づいてくる音の方角を凝視していると、そこから顔を出したのはリザードマンの方。
見慣れた存在が顔を出したことに、私はホッと一息ついた。
リザードマンの方がいるということは、ここは親魔物派の土地なのだろう。
そんな私の姿を見たリザードマンの方は笑顔を浮かべて声をかけてきてくれた。
「気配がしたから見に来てみれば妖狐か。その様子だと、聞かされてた場所と違って戸惑っていたんだろう?だが、安心してくれ。ここは間違いなく転移場所であっている。たまにこういう転送ミスがあるらしいんだ」
「え?えっと、あの、私は」
「ああ、戸惑わなくてもいい。私もお前と同じだ。名前はリザ。ほら、ついて来てくれ。みんなのところに案内しよう」
ろくに話も聞かずにリザさんは歩き始めてしまう。
でも、悪い人じゃなさそうだし、不安だったこともあってついて行ってしまった。
そしてしばらく歩くと森を抜けて開けた場所に出る。
そこにあったのは立派なお城。
「うわあ…」
感嘆の声を漏らす私に、リザさんはくつくつと笑う。
「すごいものだろう?私も初めて見た時はそうだったな。さ、こっちだ」
そんなお城に、リザさんは当然のように入っていく。
彼女の後ろについていくと、城の中は外見とは違って綺麗だった。
手入れが行き届いている、というのがしっくりくる内装の城を進んでいくと、辿り着いたのは大きな広間。
そこでリザさんは立ち止まると振り返った。
「ここで待っていてくれ。今、魔王様を呼んでくる」
「はい。…は?ちょ、ちょっと待って下さい!魔王様!?」
「そうだ。なに、緊張する必要はないさ。気さくな方だしな」
笑顔を浮かべてリザさんは行ってしまった。
けど、私にとっては予想外もいいとこである。
魔王様って、あの魔王様ですよね?
ミリアさんのお母様の。
ということは、ここは魔王城?
つまりリザさんはここに勤めている方ということで…。
「私、失礼な態度を取ってないでしょうか…?」
ろくに現状が把握できないまま、その場で待っているとリザが戻ってきた。
それに続いて、スライム、ワーウルフ、ケンタウロス、ゴブリン、ホブゴブリン、サキュバスと様々な種族の魔物までもが姿を現す。
そんな彼女達の一番最後に一人の男が歩いてくると、皆が道を開ける。
「ほら、魔王様。新しい人が待ってるよ」
「いや、彼から送るという連絡はなかったんだが…」
「しかし、現に妖狐が来ていますし」
聞こえた会話から、どうやら男の人が魔王らしい。
それに少なからず疑問を抱く私。
それでも口にせずに待ってると、魔王様と呼ばれた人が私の前まで来て軽く笑った。
「一応、初めましてでいいかな。魔王のヴェンだ」
そう言って手を差し出してくるが、私はその顔を凝視してしまう。
「あの、本当に魔王様なんですか?自称とかじゃなくて?」
そう言った途端、リザさんに怒鳴られた。
「貴様、魔王様に対して失礼だろう!」
リザさんだけでなく、他の何人かも怪訝そうな目で私を見てくる。
そんななか、ヴェンさんだけは楽しそうに笑った。
「ははは、よく言われるよ」
「魔王様!のん気に笑わないで下さい!」
ケンタウロスが叫び、他の人達もそれぞれ曖昧な笑みを浮かべる。
なんだか不思議な人ですね…。

それが、私がこの世界の魔王様への第一印象でした。


あの後、立ち話もなんだからということで食堂に移動し、今現在、私は元いた場所や魔王様のこと、ここに来た事情を話していた。
ヴェンさんはそれを興味深そうに聞いていたが、やがてその顔を険しくする。
「レナ君だったね。君の事情は分かった。で、とても言いづらいのだが、恐らくここは君のいた世界とは似て非なる世界だ」
「え…、どういう意味ですか?」
「君の話を聞く限り、魔王は女性のようだが、私はこの世界で私以外に魔王と呼ばれる存在を知らない。君のいた場所の名前もね。そして転移魔法陣の誤作動。このことから推察すると、君はなんらかの原因でこの世界に転移した。いや、転移してしまった」
じゃあ、私は迷子?
頭に浮かんできたのはそんな言葉。
だが、現実はそう単純ではない。
「あの、じゃあ、私は異世界に来た、ということですか?」
「そういうことになるね」
頷くヴェンに、ケンタウロスが声をかける。
「しかし魔王様。この世界以外に、魔物が存在する世界があるということですか?」
「ああ。並行世界というやつだ。それはもしもの数だけ存在する。魔物だけの世界、人だけの世界。数を上げれば切りがないだろう。レナ君はそんな世界の一つからやって来てしまったというわけだ」
「あの、一ついいですか?」
詳しく説明するヴェンさんに、私は恐る恐る声をかけていた。
訊かない方がいい。
頭では理解しているが、どうしても訊かずにはいられなかった。
「私は、元の世界には戻れるんですか?」
自分の鼓動がうるさいくらいに聞こえる。
だが、それはヴェンが辛そうに顔を背けたことで聞こえなくなった。
分かってはいた。
その問いの答えを、分かってはいたのだ。
それでも口にしたのは、もしかしたらと思っていたから。
目の前の魔王と呼ばれる人なら、どうにかしてくれるんじゃないかと思っていたから。
でも、現実は残酷だった。
椅子に座っていなければ、間違いなく崩れ落ちていただろう。
だから、代わりに涙が零れ落ちていた。
「もう、帰れない、んですね…」
もう、あの世界に戻れない。
もう、愛しい彼に会えない。
それを理解したからか、次から次へと涙が零れてくる。
「ね、ねえ!魔王様!なんとかなんないの!?」
私を見たゴブリンが動揺した声を上げる。
「…すまない。魔王であっても、万能というわけではないんだ」
ヴェンがそう言うと、ゴブリンは飼い主に捨てられた子犬のような顔になる。
「じゃ、じゃあ、転移魔法の誤作動を起こせばいいんじゃないの!?」
「どうやってそれを起こすんだ。仮にできたとしても、それでレナが元いた世界に帰れると限らない。魔王様が言ったように、世界はいくつもあるんだ。そのうちの一つに狙っていくなど、砂浜の中から一粒の砂を見つけ出すようなものだぞ」
「で、でもさあ!」
ワーウルフに反論されてもゴブリンはなおも食い下がろうとするが、やがて顔を俯けてしまう。
そして訪れる嫌な沈黙。
皆が顔を俯けてあらぬ方向を見るなか、私のすすり泣く声だけが食堂に響く。
皆分かっているのだ、どうしようもないと。
それでも、そう言わないのは私を気遣ってくれているからだろう。
そんななか、ヴェンが立ち上がった。
「とにかく、こうしていても仕方ない。私は転移魔法の資料を読み解いて手掛かりになりそうなことを探す。リザとレイ、それにサラとルーは城の付近を捜索して他にここに転移してきてしまった者がいないか見てきてくれ。プリンとルカはレナ君の部屋を用意してほしい」
「わたしは〜?」
一人指示されなかったスライムが不服そうな目でヴェンを見つめる。
「スラミーはロイスとラズに新しい住人が増えることを伝えてきてくれ」
「は〜い♪」
笑顔になるスライムにヴェンも微笑む。
「ではみんな、よろしく頼む」
ヴェンの言葉に皆が合わせたように頷き、その場を離れていく。
食堂が私とヴェンさんの二人きりになると、彼は私の前まで来てそっと肩に手を置き、顔を覗き込んできた。
「いつになるかは分からないが、必ず君を元いた世界へ帰すと約束する。だから、どうか泣かないでほしい」
そう言って見せた笑顔は、不思議と心を落ち着かせる笑顔だった。
「落ち着いたら、誰かに城の付近でも案内してもらうといい。この辺りの景色は素晴らしいものばかりだ。少しは気が紛れると思う。では、しばらくは休んでいてくれ」
そう言い残すと、ヴェンもまた足早に去って行った。
そして静まり返る食堂。
この状況は、稀にある店に客が来ない日に似ている。
そんな時は夫と他愛のない話をして笑いあっていたが、今はどこを見ても愛しい夫の姿はない。
さびしい。
いるのが当たり前になっていた夫の存在がこんなにも大きいとは思わなかった。
その夫のことをあれこれと思い出しているうちに、どれだけの時間が過ぎたのかは分からない。
思い出に浸っていた私が我に返ったのは、蹄の音が聞こえてきてからだった。
「気分はどうだ?」
振り向けば、ケンタウロスが心配そうな顔で私を見ていた。
「だいぶ…落ち着きました」
「そうか。まあ、ゆっくりしていてくれ。…やはり辛いか?」
「はい。夫に会えないのが、特に」
ひとしきり泣いてある程度感情が落ち着いたからか、少し笑うくらいの余裕は戻ってきた。
ただ、私のそんな笑顔はケンタウロスの彼女には無理矢理作ったものに見えたのかもしれない。なぜなら、そう言った瞬間に彼女の顔が曇ったから。
「私にも、その、夫がいる」
「そうなんですか?じゃあ、えっと、あなたは…」
「ん?ああ、そうか。そういえば、レナの事情を訊いただけで私達は名乗っていなかったな。すまない、私はレイだ。よろしく」
そっと差し出してきたレイの手を握り返すと、その手がとても温かく感じられた。
違う世界の住人であっても、その温もりは変わらないらしい。
それが分かったからか、不安が和らいでいく。
「レイさんですね。よろしくお願いします。それで、レイさんの旦那さんは今どちらに?」
「ここにはいない。夫はアレスというんだが、あいつには大事な使命があってな、世界を旅している」
平然と語ったように見えたレイだが、やはり心配なのだろう。
顔がさっきよりも曇っている。

私がレイさんに親近感を覚えたのはこの時でした。

だって、境遇が似ていたから。
夫がいるのに、傍にいないから。
「レイさんは、夫と傍にいたいとは思わないんですか?」
「私は妻だぞ。夫の傍にいたくないわけがない。だが、一緒にいることでアレスの足を引っ張るような真似はしたくない。だから、私は自分にできることをするだけだ」
「自分にできること…」
「さて、おしゃべりは一旦ここまでにしよう。私はこれから昼食を作らなければならないんでな」
そう言ってレイは調理場の方へと向かう。
そんな彼女の姿を目で追いながら、私は考えた。
今の私にできることとは一体なんだろう?
ヴェンを始め、他の人も私のためにあれこれと動いてくれている。
それにだ。
元の世界でも、異変に気づくはずだ。
少なくとも、夫のハンスは気づいてくれる。
そして夫さえ気づいてくれれば、ミリアさんも動いてくれるかもしれない。
こちらから帰る方法を探すだけでなく、向こうからも探してくれれば、私が元の世界へと帰れる確率は大きく変わるだろう。
そんななか、私だけがなにもせずに泣いているだけというのはいやだ。
だからせめて、私もできることをしよう。
幸い、レイは昼食の準備をすると言った。
それなら、私でもできる。
これでも酒場兼食事処「狐の尻尾」の経営者なのだから。
「あの、レイさん!」
「ん?どうした?」
「私にも手伝わせて下さい!」
ちょっと勢い込んで言ったせいかもしれない。
レイがぽかんとした顔になった。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに冷静な顔に戻る。
「いや、気持ちはありがたいが、無理はしなくていい」
「無理なんかじゃありません。それに、自分にできることをすると言ったのはレイさんですよ?だから、私も自分にできることをします。幸い、料理は得意ですから」
言った言葉は全て本心。
それはレイも分かったのだろう。
少し考えるような仕草をする。
ただ、それはすぐに終わった。
「…分かった。ただ、無理だけはしないでくれよ?」

正直、今思い出しても、あの時は張り切りすぎちゃったと思ってます…。
これからお世話になる人達だし、おいしいものを食べてもらおうって意識したせいですね。

「…レナ、なんでお前はこんなに料理がうまいんだ?」
完成した料理を味見したレイがぽつりと呟いた。
「言ったじゃないですか。料理は得意だって」
「得意で済ませられる出来じゃないんだが…。私も料理は色々と作れるが、正直、ここまでのものは作れそうにない」
「一応、料理店の厨房を預かる者ですから、これくらいは。あ、でも、この程度の料理なら、すぐに作れるようになりますよ」
そう言うと、レイは納得したように頷く。
「なるほど、料理店で働いているのか。道理でうまいわけだ。しかし、これほどの料理を簡単に作れるものなのか?」
「はい。凝った料理でもない限り、それほど難しいことはしませんから」
その言葉を受けて、レイの視線が料理と私の顔とを間を行ったり来たりしている。
だが、やがてそれは止まり、意を決したように私を見つめてきた。
「…レナ。よかったら、今度作り方を教えてくれないか?その…、いつかアレスに作ってやりたい…」
頬を僅かに染めて視線を逸らすレイの様子は、最近知り合いになったあの子を彷彿させる。
あの子はまだ少女だからそういう様子がよく似合っていたが、凛とした様子のレイがやっても可愛く思えて、つい笑ってしまった。
「ええ、もちろんいいですよ。後でおいしくて簡単に作れる料理のレシピを書きますね」
「本当か!よろしく頼む!」
レイの顔がパッと輝いた。
それに合わせて彼女の尻尾が静かに揺れている。
そんな彼女とともに、料理を食堂へと運んだのだった。


「驚いたな。随分と元気が出たみたいだね」
「レイさんのおかげです」
料理を並べている私を見て驚いた顔になったヴェンに、笑顔を向ける。
食堂に全員が揃ったところで既に名前を知っているレイとリザを除いた他の人の自己紹介を、ということになった。
スライムがスラミー、ホブゴブリンがプリン、サキュバスがサラ、ワーウルフがルー、そして先ほどまでいなかった少年とラージマウスがロイスとラズだそうだ。
ちょっと驚いたのがゴブリンで、なんと名前があの子と同じルカだった。
世界は違っても、名前というのはどこも似たり寄ったりらしい。
そんな彼女達との食事は実に賑やかだった。
なにしろ、この場にいるのはヴェンとロイスを除いて全て女なのだ。
女が三つで姦しいという字になるが、その女が十人近くもいれば、賑やかにならない方がおかしいだろう。
「しかし、本当においしいな」
とルーが言えば、それにサラも同意する。
「まったくね。レイの作る料理よりおいしいわ」
「じゃあ、今度からはお前が作れ。私よりうまい物が作れるとは思わんが」
料理を食べる手を止めてきっちり言い返すレイ。
自分の料理を比較にされたことがおもしろくないらしい。
「料理なんてできなくたっていいのよ。私はこの体でアレスを満足させるから♪」
「わたしも胸なら自信あるよ〜♪」
挙手しながらプリンが胸を持ち上げる。
「リーダーはいいなぁ。あたしなんか全然だし」
それを横目で見ながら自分の胸を見て曖昧な顔になるルカ。
「わたしも体に自信あるよ。ダーリンが帰ってきたら、今度は妹を作ってあげるからね〜♪」
スラミーは嬉しそうに隣に座る娘の頭を撫でる。
この場で唯一彼女だけがライムという名の子を持っているのだ。
「待て。お前は一人授かっているだろう。次はまだ子を作っていない者が優先されるべきだ」
そうはさせるかとルーが抗議する。
「えー。愛は平等だよー」
始終こんな感じだ。
そんななかヴェンはマイペースだった。
「いや、本当に素晴らしい料理だ。レナ君はいい妻になれそうだね。ああ、そうだ。君も彼の妻にならないか?アレスも喜ぶだろう」
私が大分元気を取り戻したからか、そんな冗談を言ってくれた。
「すいませんが、私はもう人妻ですので」
「なんだ、レナはもう結婚しているのか。で、どんな夫なんだ?」
会話を聞いていたリザに問われ、私は少しばかり首をかしげた。
「んー、一言で言うと不器用な人ですね。こう、母性本能をくすぐるような」
「ああ、そう言われると納得できるな。レナにはそういう男が似合ってそうだ」
「アレスさんはどんな人なんですか?皆さんの夫なんですよね?」
「ん?アレスか?アレスは」
「なになに、ダーリンの話?」
耳ざとく夫の名前が聞こえたスラミーが会話に食いついてきた。
それだけでなく、ダーリンという言葉が聞こえたらしく、他のみんなも芋づる式に会話に参加してきた。
「アレスは…そうだな、普通の言い方になってしまうが、強くて優しい男だな」
「それだけじゃないぞ。私と出会った時は―」
今度は夫の良いところ談義が始まったのだった。



食事を終えて午後。
みんなと食堂でちょっとしたおしゃべりをしていた。
ヴェン、お腹がいっぱいで眠くなったというライム、ロイスとラズ以外は全員が揃っているので、食事の時と変わらず賑やかだ。
会話の内容は夫の良いところ談義から、どのようにして出会ったかに変わっていた。
「で、レナはどうやって夫と出会ったの?」
「私は、友達に紹介してもらった感じですね」
詳しく言うと、私の店で働かせてくれないかと友達が連れてきたわけだが、こんな良さそうな人を放っておけるかと、そのまま夫にしてしまった次第だ。
説明すると少し長くなるので省略してしまったが、嘘は言ってない。
そんな会話を楽しんでいた時だった。
慌てた様子のヴェンが食堂にやってきた。
「全員、いるか!?」
いきなりの発言に戸惑うなか、レイが代表として質問する。
「どうしたのですか魔王様?そんなに慌てて」
「今、この城の近くに異常なほどの魔力を感じたんだ。それで、急いでここに来た」
「魔力ということは、魔物ですよね?アレスが送ってきたのでは?」
リザの言葉に、皆視線をヴェンへと向ける。
だが、ヴェンは視線を食堂の入り口から外しはしなかった。
「いや、アレスから連絡はない。なにより、あれほどの魔力を持った存在はそういない。自分からここへ転移してきたと考えるべきだ」
「アレスが送ったのではなく、自分から…。ということは、侵入者?」
ルーが侵入者と言った途端、皆の顔が険しくなる。
「わからん。だが、この城に侵入した可能性は高い」
「ならば、私が捕らえてきます!」
「よすんだリザ!相手の目的が分からない以上、下手な行動はするべきじゃない!」
剣を抜いて食堂から出て行こうとしたリザを、ヴェンは真剣な顔で呼び止める。
「しかし!」
「君の気持ちは分かる!だが、アレは、君一人でどうにかなるものでは―ッ!!」
その異変は唐突にきた。
空気がぴりぴりするのだ。
そして食堂の入り口の方角から感じる圧倒的な魔力。
それはこの場にいる誰もが分かったのだろう。
視線がそちらへと釘付けになった。
緊張感が高まり、辺りは怖いくらいに静かになる。
だが、その静寂は聞き覚えのある声によって破られた。
「ごめんさい。勝手に入らせてもらったわ」
聞こえてきたのは懐かしいとすら感じさせる女性の声。
そしてすぐに声の持ち主はその姿を現した。
「あ…」
私が小さくそう漏らしたのを聞いていた人は、恐らく一人もいなかっただろう。
それくらい、その人に意識を奪われていた。
その頭には、白銀の髪と深紅の瞳を。
その背には黒い翼を。
リリムの一人であり、私の恩人と呼べる人がそこにいた。

あの時のミリアさんは、今でも鮮明に思い出せます。
それくらい、私には衝撃的で、嬉しいものだったから。

「ミリアさん!」
叫んだと同時に走り寄り、その体に抱きついていた。
途端に感じるミリアさんの温もりと仄かに甘い香りが、私の緊張を溶かしていく。
「無事みたいでなによりだわ、レナ」
そう言ってそっと抱きしめてくれた。
「ふぇぇ…。寂しかったですよぉ…」
嬉しい。
頼りになる人が来てくれて、尻尾が無意識のうちに揺れ、思わず泣いてしまった。
「もう、レナったら幼児退行しないで?皆見てるんだから」
「だって、だって…」
抱きついたまま泣きじゃくる私の頭を優しく撫でながら、ミリアさんは視線を別のところに向ける。
「友達が世話になったみたいだから、お礼を言わせてもらうわ」
「いや、大したことはしていない。それより、君の目的はなんだ?」
「迷子の妖狐を迎えに来たのよ」
思わず顔を上げていた。
そしてミリアさんと目が合うと、彼女は優しく微笑んでくれた。
「帰れるんですか…?」
「ええ」
短くもこれ以上ないくらい嬉しい言葉に、尻尾が反応する。
「だから、すぐに帰る準備をして。私も長くはこの世界にいられないの」
帰る準備と聞いて、後ろを振り返っていた。
ミリアさんの言葉は聞こえていたのだろう。皆、驚いた顔をしていた。
どこか残念そうに見えたのは、私の勘違いかもしれない。
帰るということは、もうこの人達には会えないということだ。
友達になったというには余りにも短い時間しか過ごしていない。
それでも、仲良くはなれたと思う。
「皆さん!短い間だったけど、本当に短い間だったけど、お世話になりました!!」
言っているうちに、また涙が出てくる。
住む世界は違えど、温かく迎えてくれた人達。
別れればもう会えないという事実のせいで、次から次へと涙が零れていく。
「もういいの?」
ミリアさんの問いに、小さく頷く。
その拍子に涙が床へと落ちた。
帰りたいと願っていたはずなのに、こうしていざ帰ることになると名残惜しさを感じるのは私が我がままだからだろうか?
涙を流す私をミリアさんは黙って見ていたが、何かに気がついたかのように声をあげた。
「あら?」
不思議そうにヴェンさんへと近づくと、更にその首筋まで顔を近づける。
「な、なんだね…?」
戸惑うヴェンさん。
だが、ミリアさんは答えず、他の人達へと視線を向ける。
「この匂い、どこかで…。それに、あなた達からも…」
考え込むような仕草をするミリアさん。
だが、それはすぐに終わった。
「ああ、彼、ね」
そう言って楽しそうな笑みを浮かべる。
「そうなると、この世界は彼の…。変な因果もあるものね」
「どうしたんだね?」
「いいえ、こっちの話よ。なにはともあれ、友達が世話になったお礼はしないとね」
そう言った途端、レイさん達の頬に赤みがさしてくる。
「なんだ、これは…」
「体が…」
「あれ、なんで…?」
次々に戸惑いの言葉を口にするレイさん達を見て、ヴェンさんが鋭い目でミリアさんを睨んだ。
「彼女達になにをした…?」
「大したことはしてないわ。少し刺激しただけ。だからそんなに怖い顔をしないで?」
そんなことを言って、ヴェンさんにいたずらっぽい笑顔を向けるミリアさん。
そしてミリアさんが私の傍へと戻ってきた瞬間、体が急に疼き出した。
胸の奥から、次々に愛しい彼への想いが溢れだしてきたのだ。
「あの、ミリアさん…。体が…」
「疼くでしょう?それは当然ね。今、私は愛しい人への想いを増幅しているから。私の傍にいる以上、あなたも影響を受けるわ」
そういうことですか…。
だんだん微熱が出てきた頭で納得する私をよそに、説明を終えたミリアさんが巨大な魔法陣を展開する。
「さあ、レナ。お別れの時間よ」
そう言われて振り向くと、欲情を隠しきれない表情のレイさん達がこちらを見ていた。
そんな彼女達を見て、私は小さく苦笑してしまう。
これは、ミリアさんなりの気遣いだと分かったから。
もう会うことはできない以上、別れは湿っぽいものにならないようにと気を遣ってくれたのだ。
欲情する体が少し困りものだが、それでも泣きながらお別れするよりはずっといい。
「皆さん、ありがとうございました!」
少しだけとはいえ、レシピを書き残すことができてよかったです…。
魔法陣の放つ光が強くなり、その輝きに目を細めながら小さく安堵のため息をつく。
そしていよいよ別れの時が訪れた。
もうすぐ転移するというところで、まるで見計らったかのようにミリアさんがぽつりと言ったのだ。
「そういえば言い忘れていたわ。アレスによろしくね」
それは、この場にいる人全員が驚き、目を見張る一言。
なんでこの人からアレスの名が…?
きっと誰もがそう思ったことだろう。
だが、それを問いただす前に魔法陣が一際強い光を放ち、私とミリアさんは転移の閃光に包まれた。


閉じていても分かるくらいに強烈な閃光が弱まるのを感じ、ゆっくりと目を見開くと、見慣れた光景が広がっていた。
紛れもなく私が住んでいる町。
買い物に行こうとして最後に見た場所だ。
「帰ってきたんだ…」
もう何十年と住んでいる町がこんなにも懐かしく感じるのは不思議だ。
しかし、そんな感動は背後から聞こえた倒れ込む音ですぐにかき消えてしまった。
「あ〜、疲れたぁ…」
見れば、地面に仰向けで寝転ぶサキュバスの少女の姿があった。
「お疲れ様、ルカ。無事に連れ帰ってきたわ」
ミリアさんが少女、ルカさんに微笑むと、彼女は寝転んだまま私を一瞥した後にゆっくりと体を起こす。
「あの、ルカさんも私を助けるために協力してくれたんですか?」
「んー、まあ、そうなるかしらね。あんたが転移した先を特定して、もう一度そこに行けるように次元軸を固定して、それが乱れないように複数の術式を展開して…」
自分がしたことを指折り数えるルカさんだが、私にはなにを言っているのかさっぱり分からない。
「ルカ、そんなこと言ってもレナには分からないと思うわ」
ミリアさんにそう言われると、ルカさんは私を見て小さく頭をかいた。
「まあ、簡単に言えばあんたが転移した世界への道を作ってたってわけ」
「そんなことができるんですか…?」
「なんとかね。あんたが転移した側でよかったわ。こっちからは追跡って形で一応後を追えたけど、行った先の世界からこっちへと道を作ることはほとんど不可能だから」
つまりは一方通行みたいなものらしい。
だから向こうの世界の魔王であるヴェンさんも難しい顔をしていたわけか。
「じゃあ、ルカさんのおかげで私は帰ってくることができたわけですね。ありがとうございます」
「アタシは道を作っただけ。だから礼はアタシじゃなくてミリアに言いなさい。あんたが転移した世界へ続く道はかなり不安定で、一歩間違えばミリアもあんたと同じように異世界へ転移する危険があったんだから」
「あら、私は迎えに行っただけよ。レナの転移先を特定できたのも、そこまでの道を作ったのもルカなんだから、お礼を言われるのもルカね」
私から見れば二人とも恩人になるのだが、本人達は手柄を譲り合っている。
その様子は仲の良い友達二人。
なんというか、私一人だけが蚊帳の外みたいでちょっとさびしい。
「二人とも恩人です。ですから、今度ご馳走しますね。それとは別に、ルカさんもミリアさんと同じように、今後私の店の食事代は無料とさせてもらいます」
「そんなのいいわよ。アタシは大したことしてないんだし」
「それでも、あなたのおかげでレナが帰ってこれたのだから、お礼をされてもおかしくないわ」
「そうですそうです。だから、今度からは遠慮なく店に来て下さい。ね?」
ルカの手を握り締めてお願いすると、ルカの顔が赤くなっていく。
「あ、ありがと…」
視線だけを逸らして頬を赤くするルカ。
この人は真正面からの好意に弱いのだ。
そんな様子が可愛らしくて、つい笑みがこぼれてしまう。
「さて、レナが無事に戻ってきたし、私達は帰るとしましょう」
「そ、そうね!」
ミリアさんの言葉を聞いてチャンスとばかりに私の手をほどき、すっと立ち上がるルカさん。
「じゃあ、アタシは帰って寝るわ。あれこれやったせいで疲れたし」
「ええ、お疲れさま」
「今日はありがとうございました」
街中に消えていくルカさんを見送る私とミリアさん。
「じゃあ、私達も行きましょ。店まで送るわ」
「え、そんなのいいですよ」
「いいから行きましょ」
そう言ってミリアさんは歩き出した。
よく分からないが、家まで送ってくれるつもりらしい。
さっきまでいた別世界ではないのでここからなら一人で十分に帰れるのだが、お言葉に甘えることにしよう。
別に迷惑でもないし。
そんなわけでミリアさんと一緒に家路に着く。
そして大した時間もかけずに到着した我が家を見て、なんとなく感動してしまった。
まるで長い旅にでも出ていた気分なのだ。
でも、それもこれで終わり。
あの扉を開ければ、誰よりも愛しい彼が待っている。
そう思うと、自然と足が早くなってしまう。
やっと彼に会える…!
高ぶる感情とともに、扉へと手を伸ばした時だった。
顔のすぐ左側からすっと腕が伸びてきたと思ったら、そのまま首に回されて背後に引っ張られた。
「え?」
予想すらしなかった事態に戸惑う私。
なにをされたか理解できたのは、背中に感じる温かくも柔らかい二つの感触によってだ。
「えっと、ミリアさん…?一体なにを…」
「大したことじゃないわ。あなたの性欲も刺激してあげようと思ってね」
後ろから抱きしめれているので、ミリアさんの表情は見えない。
でも、きっと楽しそうな笑みを浮かべているはずだ。
声からそれくらいのことは分かる。
でも、これからなにをされるのかまでは分からない。
そんな私の内心を読んだかのように、私の目の前にミリアさんの右手が現れた。
ただ、なぜかその人差し指が光を帯びている。
「私の右手の光が見える?これをこうするとね…」
そう言うなり、ミリアさんは右手を私の服の下に潜り込ませてお腹に当てた。
次の瞬間、触られた辺りに電撃のような快感が走った。
「きゃあ!!」
反射的にミリアさんの手を掴もうと右手が動く。
だが、私よりも先にミリアさんの手が下腹部へと移動する。
それに合わせて体に走る快感のせいで、ミリアさんの腕を掴み損ねた。
「やん!ちょ、ミリアさん、や、やめ…」
「あら、お楽しみはこれからよ。だから、もっと気持ちよくしてあげる♪」
耳元で囁くミリアさんの声が妙に色っぽい。
ただ、そんな言葉が聞こえたと思ったら、ミリアさんの手が下腹部の辺りで円を描くように動き出した。
「ひゃあああ!!」
ちょっと触られただけでもすごい快感なのに、撫でるようにお腹を移動されたら、もう声を出さずにはいられなかった。
「や、あん!ちょ、ミリア、さん!こ、こんなの、ダメですよ!ん♪」
撫でられる度に、膣内では愛液がどんどん湧き出してくる。
そんな状態になって、やっと分かった。
ミリアさんは、ずっと私の子宮を刺激しているのだと。
外から子宮を刺激するという行為に、私は早くも体が痙攣してきてしまう。
「ミリアさん!ちょっと、だ、だめですったらぁぁ♪」
挿入されたわけでもないのに、ミリアさんの不思議な魔法だけで私は絶頂を迎えようとしていた。
あと少しでイく。
そんな時だった。
私を襲っていた快感がぱたりと止んだ。
それはもう唐突に。
「ふえ…?」
不思議に思って振り返ると、楽しそうに微笑むミリアさんがいた。
「気持ちよかった?でも、私がしてあげるのはここまで。最後の仕上げは彼にお願いしてね」
ここまで人の感覚を昂らせておいてお預けは酷い。
でも、それを抗議する気にはなれない。
この高ぶった想いを受けとめてくれる相手は別にいるから。
「じゃあね、レナ。また食べにくるわ」
軽く手を上げて挨拶すると、ミリアさんも町の景色へと消えていく。
それをぼんやりと見送ると、私はようやく店の扉を開いた。
彼はどこにいるのだろう。
早く彼と繋がりたい。
そう思って少し乱暴に開けてしまったが、それを反省する時間はなかった。
なぜなら、入り口のすぐ傍の席に着いて祈るように手を組んでいる夫を視界に捉えたから。
その彼はこちらを見て泣き笑いの表情になった。
「レナ!無事か!?どこか怪我してないか!?」
「大丈夫、です…」
そう、体はいたって大丈夫だ。…内側で性欲が昂ぶっていること以外は。
「そうか、よかった…。じゃあ、今日はもう休んでくれ。明日営業するかは朝に決めよう」
無事と聞いて安堵の笑みを浮かべる彼。
だが、私はそろそろ理性が限界だ。
体が熱くてたまらない。
「そうですね。じゃあ、部屋に行きましょう」
そう言って彼の手をしっかと掴む。
「レナ?部屋に行くというのは…俺も?」
「もちろんです。もうあなたに会えないと思ったら、とても寂しかったんですよ?だから慰めて下さい」
夫は少し困った顔で私を見ていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「…はあ。分かったよ。だが、お手柔らかに頼む」
それは保障できない。
この体の疼きは、一日中精をもらってやっと鎮まるかどうかといったところなのだ。
「じゃあ、早くベッドに行きましょう」
彼とともにいそいそと寝室に入ると、しっかりと扉を閉める。

その後、どれだけ交わっていたかは…覚えてません♪



「まったくヴェンのやつ、今度は一体どんな用事なんだ?」
城を前に、アレスは一人呟いていた。
少し前に「大至急戻って来てくれ」と連絡を受けたのだ。
ただ、ついこの間、精のサンプルを採るという理由で呼び出された身としては、今度は一体なんだと疑わずにはいられない。
とはいえ、城に入らないわけにもいかないので、アレスは仕方なく城に入って行く。
そして辿り着いた広間では、妻達が全員揃って迎えてくれた。
ただ、笑顔の妻達とは逆になぜかヴェンの表情が固い。
そしてその理由はすぐに分かった。
「おかえり、アレス」
「ダーリン、待ってたよ〜」
「まったくだ。待ちわびたぞ」
次々に言葉をかけてくる彼女達はいつもと変わらないように思える。
だが、顔は笑顔でも目が笑っていないのだ。
「あ、ああ、ただいま。それで、今日は一体どんな用件…」
ところが、ヴェンに問いかける前にレイとリザがアレスの両手をそれぞれしっかりと抱きしめた。
「あー、なんで急に腕に絡みついてくるんだ?」
しかし二人は答えず、ルーが代わりに口を開いた。
「まあそう焦るなアレス。積もる話もあるし、まずはお前の部屋に行こうじゃないか」
「いや、話ならここで…ッ!?」
アレスの返事を待たずにレイとリザが腕に抱きついたまま歩き出し、アレスはほとんど引きずられる形になる。
「ほら、早くに部屋に行きましょ」
おまけにサラが空中から肩を押して、三人がかりでアレスを部屋に連れて行こうとする。
「おいヴェン!これは一体どういうことなんだ!?」
ほとんど連行状態のアレスはすれ違いざまにヴェンに声をかけるが、彼は非常に申し訳なさそうに目を逸らした。
「すまない。どうやら『彼女』がなにかしたらしくてな。これは私の手には負えないと判断して君を呼んだんだ。だから後は任せる」
「任せるって、これじゃほとんど丸投げだろう!それに、『彼女』って誰のことだ!?」
ヴェンへと疑問をぶつけるアレスだが、そうしている間にもレイとリザの歩みは止まらず、どんどんヴェンと離れていく。
そしてあっという間に部屋の前まで連れてこられてしまった。
「みんな、ちょっと待ってくれ。一体どうしたんだ?」
戸惑いながらも妻達に声をかけると、ルーが振り向いた。
それも、今まで見たことのない笑みを伴って。
「なあ、アレス。お前がやっていることの重大さは知っているよ。だから、お前の妻がこれからも増えることは私達も納得している」
「あ、ああ…」
なにを言われるのか分からないアレスはとりあえず頷く。
「だが、愛人を作ることまでは認めていない」
そして言われた言葉はアレスにとってあまりにも予想外だった。
「ちょっと待ってくれ。愛人って誰のことだ?」
「らしくもない言い訳はやめてくれ。あの女は言っていたぞ。アレスによろしくとな。つまり、それなりの仲なんだろう?」
そう言って、ルーはアレスが纏っていたローブのポケットに手を入れると、一つの手紙を取り出した。
「ふん。間違いないな、あの女の匂いがする」
手紙を顔に近づけたルーは嫌そうな顔になる。
だが、その発言にアレスは驚いていた。
なぜなら、その手紙はこの世界には存在しないはずの人からもらったものだから。
「待ってくれ!ミリアが来たのか!?」
思わず叫んでしまったが、それが致命的な失敗だったと気づいたのはすぐだった。そう叫んだと同時に妻達の視線があちこちから突き刺さったから。
「ミリアというのか、あの女は。ふむ、確かに手紙にも書いてあるな。愛しのミリアより、か…」
ルーが手紙の差出人を読み上げたと同時に、この場の空気が急激に冷めていき、アレスの背中からは嫌な汗が出てきた。
「みんな、話を聞いてくれ。ミリアとはそういう関係ではなく―」
だが、アレスの言葉はもうしゃべってくれるなとばかりにつき出されたルーの手によって遮られた。
「いや、いいんだアレス。私達も子供じゃないんだ。過ぎたことをいつまでも言うつもりはない。だから、お前とあの女の関係についてはこの際どうでもいい。お前も若い男だからな、そういうことだってあるだろう」
目を細めながら、ルーはアレスを見つめた。
「さて、本題に入ろうか。長い旅路で、精も疲れも溜まっているのだろう?それこそ、妻にする気もない女に欲情してしまうくらいにな。だから、今日は私達がお前を労ってやろう。夫の性欲を処理するのも妻の勤めだからな。たっぷりと絞ってやるぞ。それこそ、他の女に欲情しなくなるくらいに」
そういってルーはアレスの部屋の扉を開く。
そこはいつも通りの自分の部屋。
だが、今のアレスにはそこが地獄への入り口に見えた。
「待ってくれ!俺はお前達以外では、妻になってくれる人以外に欲情したりは―」
「悪いが、もう待てそうにない。あの女が帰ってから、私も皆も体が熱く疼いて堪らないんだ。お前が欲しくて我慢できないんだよアレス。だから、この体の疼きを鎮めてくれ。それが私達の夫であるお前の役目だ」
ルーが語り終えると、レイとリザが部屋へとアレスを連れ込む。
「くそ、ミリアのやつ…!」
この世界には存在しない彼女に向けて愚痴った言葉は、部屋の扉が閉まる音によってかき消される。
そしてその後、部屋の中でどんな淫らな行為が繰り広げられたかは、本人達しか知らない……。




11/12/23 20:55更新 / エンプティ

■作者メッセージ
忘年会、飲み会、忘年会…とループが続いて、まともにパソコンをいじる時間がろくにありません…。どうもエンプティです。
シーズン的に仕方ないとはいえ、時間がねぇ…。おかげで執筆活動は停滞気味であります。
そんななかでも、もんむす中章だけはせっせとプレイしております。
我らがクロス様も参加していますし、なにより完成度が高い!興味ある方はぜひ!!
さて、作者の近況は置いといて、ひげ親父様、お待たせしました&コラボありがとうございました!
そしてすいませんでした!!
当初の予定ではアレスとヴェンをメインにした内容にしようと思っていたのですが、なにを思ったのか、話の方向が百八十度方向転換して妻達の方がメインになりました。
更には、エロ文のはずなのにエロくない、複数のキャラをうまく動かせない、というエンプティクオリティ(なんか語呂悪いな…)で、アレスの妻達の発言数についてもかなり偏りがあります。よって、作者の好みの娘さんが優先的にしゃべっておりますw
そんなこの作品ですが、書きたかったのはやはりアレス。
かなり強いこの人を、誰かこてんぱんにしてくれとひげ親父様が感想で漏らしていたのを覚えていたので、よし落ちはこれにしようという安易な結論で話ができていきました。
よって、妻の方達に(性的な意味で)こてんぱんにしてもらいました。
いくらアレスが強かろうと、魔物である妻達に性的な意味では勝てない…はず。
本当はレナとの絡みなども考えていたのですが、アレスは「魔物娘の為なら死ねる。」の主人公なので、あまりにも早い段階で登場してもらうと、俺の文章力では絶対にボロが出る!というチキンな考え方から、終わりにちょこっとだけという結果になりました。
そういうわけで、本来はメインと言える方々よりもその関係者にスポットを当てた本作ですが、楽しんでもらえたならなによりです。
ぐだぐだと言い訳を書いたことだし、今回はこの辺で。
いつも「リリムの散歩」を読んでくださっている方々。また本編でお会いしましょう。

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