読切小説
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にゃ〜の恩返し?
春眠暁を覚えず。
ぽかぽか陽気に誘われて、縁側でお茶を啜っていると猛烈な眠気に襲われた。
部屋まで戻って、布団に入るのは面倒だ。
心地良い風が吹いているここで寝よう。
そうでなければもったいない、と思った私は座っていた座布団を丸めて、ゴロリと縁側で、涅槃像のような姿勢でウトウトと眠りの世界に入ろうとしている。
「にゃ〜♪」
と、可愛い声を上げて、縁側に上るモッフい塊。
「何だ、ノラ子。来たのか。」
「にゃ〜♪」
私の言葉に返事をするかのように鳴く猫。
この猫は私の家を縄張りとしている野良猫。
当初は私のことを置物としか認識していなかったようで、私が洗濯物を干していようが、庭を掃除していようが、まったく逃げることなく自分の気紛れのままに私の家を見回っていた。
それが何故か愛らしく思えて、餌を上げるようになると途端に懐いてきたので私は雌だったこともあり、ノラ子と名付けた。
……そこ、ネーミングセンスの欠片もないとか言わない。
そんな訳で、このノラ子。
私の家の半ば飼い猫状態で、我が家を出入りする猫なのである。
「…お腹、空いているのかい?」
肯定するように、可愛く鳴くノラ子。
私がモッフい頭を撫でるとノラ子は気持ちが良いのか目を細めて大人しくなる。
「悪い…、今……すごく眠いんだ…。一眠りするから…、その後で…。」
「に〜……。」
ノラ子は一声鳴くと、くの字になった私の身体のお腹に身を寄せると丸くなった。
「何だ、お前も……眠い……んだ…。」
お腹が温かい。
モフモフの身体を抱き寄せて、私はそのまま眠りに落ちる。
ポカポカの陽気、猫の温もり。
目が覚めたら、猫飯でも作ってやろう…。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


…………ん?
眠っていると何やら胸元に違和感が…。
薄く目を開けると、ピクピクと動く猫の耳が目の前に…?
「にゃ〜、旦那さんの胸元温かいのにゃ〜♪」
………どちら様?
どうやら人間っぽいが、耳が動いているってことは本物ってことだよな?
猫耳の女の子が……、何故こんなところに?
「にゃ〜?」
この間延びした鳴き声……、まさかノラ子!?
あれ?
声が出ないし、身体が動かない?
「にゅふふふ〜♪旦那さん、目が覚めたみたい〜♪」
ピョコっと2本の尻尾が揺れている。
……………猫又!?
ふざけるな!!
妖怪だと!?
…私が、私が妖怪マニアだと知っての狼藉か!!
クソ、何故身体がこんな時に動かない!!!
「駄目〜。旦那さんがアレな変態さんだから金縛りになってもらうのにゃ〜。」
五月蝿いぞ、ノラ子!
餌を上げている人間に変態とは何事だ!!
「恩を忘れたなんてことはないにゃ〜。猫には猫の義理と人情があるのにゃよ〜。だから今日は天気も良いし〜、軽く恩返ししてあげようと思ったんにゃ〜。ありがたく受け取るが良いのにゃ〜。」
恩返しはいらん!
むしろ、肉球触らせろ!!
猫又の肉球触れたらそれだけで良い!!!
「やっぱり変態さんにゃ〜。良い加減に人間に興味持たないと繁殖し損ねるにゃよ〜?」
余計なお世話だ。
そしてノラ子、繁殖とかそんな言葉を使うようにお父さんは育てた覚えはありません!
「子供の頃のことなんか覚えていないにゃ〜。でも恩返しはありがたく受け取るにゃ〜。肉球よりも気持ちの良いことしてあげるからにゃ〜♪」

ぺろっ

ざらざらとした舌が私の首筋を舐め上げた。
湿ってて心地の良い刺激に声が漏れそうになる。
「気持ち良いにゃ〜?」
猫又って……、油を舐めるんじゃないのか?
「舐めてるにゃよ〜。普段から旦那さんの冷蔵庫からマーガリンをコッソリ盗み食いしているにゃ〜。雪女印の乳製品は良い仕事しているから大好きだにゃ〜。だから旦那さんがマーガリン使うと、ウチと間接チュ〜していることになるにゃよ〜。きゃっ♪」
………猫又ってことは、二十歳過ぎているんだよな?
それだったらマーガリンはやめなさい。
年齢も年齢なんだから塩分の取りすぎは……。

がぶっ

いだだだだだだだだだだだ!!!!
噛むな、ゴリゴリするな、牙が食い込む!!!
「……旦那さん、わかっていないにゃ。猫は二十歳過ぎたら雌盛りなのにゃ〜。見よ、このボインボイン。旦那さんなら触っても良いにゃ〜。お隣のトム君にも触らせていない極上ぼでーを堪能させてあげるにゃよ〜♪」
トム君(アメショ)は無理だろう。
普通の猫だし、確か去年去勢したんじゃなかったか?
それにしても……、ノラ子。
お前、そんなに育っていたんだなぁ。
「これも飼い猫でもないのに、ブラッシングやシャンプーをこまめにしてくれた旦那さんのおかげだにゃ〜。旦那さんに磨かれて、ウチは良い女になったのにゃ〜。今なら公園のベンチで着物の胸元を開いて一声かければ、落ちない雄はいないって自負出来るにゃよ〜。でも繁殖するなら、旦那さんが良いにゃ〜。」
ノラ子……、お前…。
そんなに私のことを…。
「だって、旦那さん。若いのに一日中家にいるし、そんなにお仕事しなくて食べていける安定した収入があるみたいだし、子育てするには安心な人材だにゃ〜。最初は親の脛かじって生きてる穀潰しか、流行のニートかと思ったんにゃけど、そうじゃないってわかった時は安心したにゃ〜。擦り寄って良い価値のある男だってわかった時はホッとしたにゃ〜。これで餌もらっても気兼ねしなくても良いって♪」
だ、打算的過ぎる…。
だが、私はそこまで収入はないぞ。
この家だって、元は両親の持ち家だったし、仕事だって時々新聞でコラムを書く程度で、後はずっと農業しているようなもんだぞ。
一人で暮らす分には、困らない程度で…。
「えー?そんなはずはないにゃ〜。」
何故、そう言い切れる。
「だって、旦那さんの畑に白ラミアのお姉さんが住み着いているにゃ〜。お姉さんがいっつもぼやいていたにゃ〜。普段から農作物もらっているから、恩返しに富を送っているはずなのに、旦那さんが欲張らないからつまんないって言ってたにゃ〜。妖怪の好意は素直に受け取っておくにゃ〜。」
白ラミア……って、畑の白蛇!?
え、何!?
うち、妖怪ハウスなの!?
鬼(わん♪)郎はいないの!?
「あの人はさすがに住み着いていないにゃ〜。」
そうか……、それは残念…。
って、ノラ子?
苦しい。
胸を顔に押し付けるな。
やわ重苦しい。
「えへへ〜♪旦那さん、とこうして抱き合えるのが嬉しいのにゃ〜♪普段から抱っこしてもらっていたから、こうして抱き締めてあげたかったにゃ〜♪どうにゃ、旦那さん。やわい?気持ち良い?」
……まぁ、私も男な訳で。
「嬉しいにゃ〜♪」
ノラ子、そういう可愛いことを言いたいなら、まず股間から手を放せ。
握るな。
上下に動かすな。
「え〜、随分硬くなってきたにゃ〜?良いのかにゃ〜?このままやめちゃっても良いのかにゃ〜?旦那さんが、こんなにされて途中でやめられる訳がないにゃ〜♪だって、旦那さんはいつも言っていたにゃ〜。ウチが擬人化して嫁に来てくれないかな〜って♪」
……確かに言いました。
マジ、すんません。
でも、だからって良い加減にしてくれ。
大事な猫に良いようにされたんじゃ、男の沽券に…。
「嬉しいにゃ〜♪ウチのこと、大事な猫って言ってくれて嬉しいにゃ〜♪でも気にしなくても良いにゃ〜。ウチはただ旦那さんに日頃お世話になっているから恩返ししに来ただけにゃ〜。気にしないで恩返しを受ければ良いのにゃ〜……、というのは建前で〜。」
……は?
「よっと。」
うわ、馬鹿!
いきなり下着脱ぐやつがどこにいる!!
……良い形した尻だな。
いや、そういう問題じゃなくて!!
「ウチが旦那さんのモノを楽しみたいだけだったりするにゃ〜♪ついでに言うなら既成事実作って旦那さんが死ぬまでウチを飼ってくれるように、お願いしに来たにゃ〜♪飼ってくれなきゃご近所中に旦那さんは猫でも何でも、棒を荒々しく突っ込んで凌辱するような人でなしだって言いふらすにゃ〜♪」
お願いじゃない!!
それは脅迫って言うんだ!!
「そんなの関係ねー。」
古い!!
もうそれやってる人見かけないよ!!
「そんな訳で、手と手を合わせて……いただきますにゃ〜♪」
ま、待て!
腰を下ろすな!!
私にも心の準備というものが………!!!


―――――――――――――――――――――――――――――――――


……………………。

………………。

…………。

……はっ!?
目を覚ますと、鴉が鳴いている。
遠い空に赤い夕日が落ち、世界は紫色に染まっている。
どこにでも転がっている夕方の風景。
私のお腹にはノラ子が……、もちろんちゃんとした猫のノラ子が丸くなっていた。
「夢だったのか…?」
そりゃあ、そうだろう。
いくら何でもいきなりノラ子が人間になって恩返しに来るなんて、良い歳をして恥ずかしいくらいに中二病丸出しな妄想じゃないか。
それが、いきなりあんな淫らな……。
溜まっているのかなぁ。
やっぱり山で暮らしているから、溜まっているんだろうなぁ。
「にゃ〜。」
「あ、起きたか。」
起こして悪かったな、とノラ子を抱き上げるとノラ子はスリスリと私の胸に顔を擦り付ける。
その仕草が、あまりにも夢の中のノラ子にそっくりだったせいか、私の鼓動は跳ね上がる。
「お前………、まさか…!?」
「にゃ〜?」
首を傾げるような仕草をするノラ子に、思わず笑いが込み上げた。
そうだよな。
そんな訳があるはずないよな。
「あはは、所詮、夢だったんだ。すまんすまん。じゃあ、ご飯にしようか。」
そう言って気が付いた。
自分の身体に違和感を感じる。
何が、起こったのか。
ひどく歩き辛い…?
「あ……。」
原因はすぐにわかった。
何のことはない。
わかってしまえば、簡単すぎることだった。
「ノラ子、ちょっと待っててくれ。パンツ洗ってくる。」
……夢精した。
こんな歳になって情けない。
そんな気分を味わいながら、私は着替えを部屋から持ってきて、下着を着替えるのだった。
……うぅ……、夢とは言え……、大事な猫で夢精するとか情けなさすぎる…。









男が洗濯をしに風呂場に姿を消すと、猫は欠伸を一つ。
ゆったりと尻尾を動かし、暇を持て余すように可愛らしい仕草で動かして遊んでいる。
1本の尻尾が、2本に分かれる。
男がいなくなったことでゴロゴロと転がったり、また欠伸を掻いたりと猫は意外に忙しい。
ご飯はまだかな、という表情を浮かべ、猫は男の消えた風呂場を見詰め続けていた。
そして、
「ごめんにゃ。」
ちろっ、と赤い舌を出して、猫は誰にも聞こえない声で謝るのであった。

アレは夢?

さてどうだか。

11/06/02 00:42更新 / 宿利京祐

■作者メッセージ
こんばんわ、宿利です。
お前、本編ほったらかして何書いてるの、と言われそうですが勘弁してください。
以前書いたワーキャットSSに引き続き、
実際に縁側で野良猫と遊んでいたら閃いた(?)ネコマタSSをお送り致しました。
え、ほのぼのしてない?
……………あ、流れ星。

ついでに言っておきますが、
本編に登場する人物は現実世界の人間とは一切関係がありません。
似たような人物はいますが、まったくの別人であることを明記しておきますw

では最後になりましたが、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また連載作品「Lost in BLUE」か「Lost in BLUE外伝Roots」でお会いしましょう。
ここまでのお相手は、苦笑いメーカー、宿利京祐でした。

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