読切小説
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三人組の始まり
あるお山に、一匹のカマイタチが住んでおりました。
彼女は度々自分のお山を通っていく、行商の男性に懸想しておりました。彼女は力が強く、男性を吹き飛ばす重たい風を操ることができました。
ある日のことです。
とうとう想いを抑えることができなくなった彼女は、男性を風で吹き飛ばし、男性が倒れたところにのしかかって想いを遂げようと企みました。狙うのは彼の帰りです。行きに商品をたくさん持った彼を吹き飛ばして、嫌われてしまってはいけません。
彼女は高鳴る鼓動に胸を抑えつつ、行く道の男性を見送りました。やがて帰り道の彼を見つけた彼女は、男性に向けて風を放ちました。彼女の風に吹き飛ばされた男性は、
ポーンと飛んで、
バシィ、と見事な受け身を取ると、
「恐ろしい風だなぁ」
そう言って、何事もなかったかのように素早く立ち上がると、足早に去って行きました。
カマイタチが彼にのしかかる暇など全くありませんでした。
自分の風に見事な受け身をとった彼に見惚れていたこともあるのでしょう。彼女はウットリとした女の顔で、彼を見送りました。

次の日のことです。
ますます彼が好きになった彼女は、ジパングの奥ゆかしい魔物娘らしく、はやる心を抑えて帰り道の彼に風を放ちました。倒れた彼に瞬時に飛びかかろうと、彼女は彼のすぐ近くの茂みの中で、尻尾を高く上げて、クラウチングスタートの構えをとりました。
ポーンと、彼は彼女の風で空に舞い上がり、
綺麗なムーンサルトを決めて転ぶことなく着地しました。
あまりにも鮮やかな演技に、彼女は見惚れたまま動くことができませんでした。
それからというもの、彼女は何度も彼に風をぶつけましたが、彼の演技にますます磨きがかかり、カマイタチが彼に惚れ直すだけにしかなりませんでした。
ある時には思わず行く道の彼に風をぶつけてしまったのですが、宙に飛んだ商品を、彼は全て地につけることなく回収するほどの、まるでニンジャと見まごうほどのワザまで身につけるに至ってしまいました。
そのカマイタチは、彼に惚れ直しては毎夜、布団を濡らす日々を送りました。

そんなある日のこと、隣の山に住む妹のカマイタチが訪ねてきました。
「姉さん、いい年をしてオネショなんてみっともない」
「いいえ、違うのよ、これはね……」
濡れた布団を干していた姉のカマイタチは慌てて妹に訳を話しました。
「へえ、すごい男がいるのね。私も興味を持ってしまったわ」
彼女はそう言うと、ものすごい顔で自分の鎌を舐めました。
彼女は少々血の気の多い女の子でした。
姉のカマイタチは本当はあの男の人を自分のものだけにしたかったのですが、こうなってしまっては仕方がない、と妹を連れて、いつも男性が通って行く道に彼女を案内しました。

彼はいつもの通りに歩いてきました。
姉イタチとの訓練により、彼は以前よりも多くの荷物を運べるようになっておりました。
「すごい力ね。並大抵の鍛錬じゃ、ああはいかないわ」
自分の背丈の二倍ほどの行李を背負(しょ)った彼を見て、妹イタチは感心した声をあげました。
姉イタチは自分が褒められているような気がして、ポッと頬を赤らめました。
「でも姉さん、あんな重たそうなものを持った彼を本当に吹き飛ばせるの?」
妹イタチは怪訝そうな顔をして、姉イタチに尋ねました。
すると姉イタチは、
「もちろん」
と、大きな胸を張って自慢げにしました。
まるで私が育てたと言わんばかりの様子です。
妹イタチは自信満々な姉の姿に、さすがは姉さんだと感心するばかりでした。

「じゃあ、今やってもらっていいかしら?」
と、妹イタチが言いました。
姉のように男性の商品を案じることなく、彼女は男性を切りつけたくてウズウズしていました。
切りつけると言ってもご安心ください。彼女の鋭い鎌から放たれる風は、男性の体に裂傷を刻みますが、男性には痛みもなく、血も出ません。ちょっと……ではなく、だいぶ熱くて疼いてたまらなくエッチな気分になるだけです。
そうすれば、彼女たちが押し倒さなくとも、彼が魅力的なカマイタチ姉妹に襲いかかることは間違いがありません。

「いいわよ」
と、姉イタチは妹イタチの申し出を受け入れました。
今や成長した彼は、荷物を持っていても問題なく、彼女の風を乗り越えられるようになっておりました。
姉イタチは自信満々に、重そうな荷物を持った彼を吹き飛ばせると言っていましたが、妹イタチは、きっと姉は彼を押して尻餅をつかせるくらいだろうな、と思っておりました。
そんな妹イタチの前で姉イタチが腕についた鎌を振るうと、
ゴウウウウ
まるで嵐が三つぶつかったと思えるほどの凄まじい風が巻き起こりました。
彼女の風に木々はバイブのようにヴィンヴィンと揺れ、今にも根元から折れそうなくらいにしなっておりました。
「ひゃあああ」という素っ頓狂な声を上げ、吹き飛ばされないように足を踏ん張る妹イタチは、風の隙間に踊るそれを目撃しました。

それはまるで天人の舞でした。
荒れ狂う風に体を弄ばれながら、彼は時には風に乗り、時には風をいなして、卓越したサーファーですら、彼のようには波に乗れないと思えるほどに、彼は巧みに風に乗っておりました。
あまりの見事な舞に、妹イタチはポカンと口を開けて見ているしかありませんでした。
姉イタチの巻き起こした風神さまかと思えるような風に、荷物を落とすことなく見事に乗りこなす男に、まるで神話の世界を覗いたような心持ちがしました。

「風を止めるわよ。構えなさい」
その声に姉を振り返ると、彼女は手のひらを開いて掲げていました。
彼女の腕にはゴウゴウと、目に見えるほどの風が絡みついておりました。まるで邪王すらホフれる、龍のようでした。
「邪王風殺イタチっ波(ぱ)。本当に極めたとは、止められるようになってから言うのよ」
その口ぶりからすると、彼女はすでに風を起こすのも止めるのも自由自在のようでした。
妹イタチはゴクリと唾を飲みました。
妹が息を詰めて見つめる前で、姉イタチは高く掲げた手のひらを拳の形に握りしめました。
途端、
今まで荒れ狂っていた風はふっつりと止みました。
バイブののように揺れていた木々は、まるで電池が切れたかのように静かです。
無音の世界の中を、まるで落ちる木の葉のように穏やかに、彼がおりてきました。

「行きなさい」
無音を切り裂く姉イタチの声に、妹イタチは遮二無二風を放っておりました。
鋭い彼女の風は、男の服も荷物も簡単に切り裂いてしまえる代物です。ですが、妹イタチは、下りてくる彼が、ふと笑ったように思えました。
彼は身動きの取れないはずの空中で、懐にしまっていた売り物の皿を取り出しました。彼はその皿を振るうと、彼女の風を全て相殺する風を放ちました。
ぶつかり合う風の音は、トンボ玉が砕けていくような音でした。
妹イタチは、それを恋に落ちる音だと思いました。
「今日は風の味がちょっと違ったなぁ……」
そんな彼の呟きが風に乗って聞こえ、カマイタチの姉妹は、小さくなっていく大きな彼の背中を、女の顔で見送っておりました。

妹イタチは未熟な己を恥じ、姉イタチに稽古をつけてもらうことにしました。
「もっと鋭く! そんなんじゃ彼の髪の毛一本だって切ることはできないわ!」
姉イタチの稽古はスパルタでした。
朝夕はあの男をものにするために挑み、それ以外は鍛錬に費やす。しかし、妹イタチが強くなるたんびに男も強くなり、武者修行中の宮本何某を行商人が討ち果たしたという噂が流れても、男をものにすることはできず、姉妹は何度お互いを慰めあったかわかりません。

来る日も来る日も彼女たちは稽古を続け、とうとう
スパァン!
「よく、頑張ったわね……」
「ありがとう……、ございます」
姉妹の頬を熱い涙がこぼれました。
妹イタチはなんと、風無くして風を切る、<無風の太刀>を会得しました。それは、未だ天地がわかれていなかった時代、天地をわかち、最初の風を生んだ一刀です。今や彼女の風の鋭さは、創世の域にまで達していました。
これならきっと、あの男すら一刀のもとに斬りふせることができるでしょう。
彼女たちは「いざ勝負に参らん」と意気揚々と出陣を

「何やってるのでしょうか、姉上方は……」
頭にハチマキを巻き、”鼬”の字が描かれた青地の羽織を身につけた姉二人に、もう一つ隣の山に住んでいる末の妹イタチが声をかけました。
姉イタチたちは固まりました。
末の妹に自分たちの出陣衣装を見られたからではありません。ちなみにこれは、彼女たちを退治しにやってきた相手を返り討ちにした、戦利品を縫い直したものでした。その前には確か”誠”という文字が描かれていたはずです。
彼女たちが固まったのは……
「初めまして、義姉さんたち。僕はこの子と結婚させていただくことになりました、行商人の……」
姉イタチたちは彼の名前を聞く前に膝から崩れ落ちていました。
白目をむいて、真っ白な灰になっているようでした。
「姉上方ー!?」
「義姉さんたち!?」
新婚夫婦が彼女たちに駆け寄ります。
その息のあった姿に、姉イタチたちの目からそれぞれ一筋の涙がこぼれました。
先ほどの熱い涙とは違って、悲しみに満ちた寂しい涙でした。

「ど、どうしたのですか?」
「いいえ、なんでもないのよ」
「そう、あなたたちが幸せならそれで……ゲブゥッ!」
「小さい姉上!? た、大変お薬を……」
末イタチが小さい姉イタチに急いで薬を飲ませました。
その薬は血の味がして、とても苦かったそうです。
「ご、ごめんなさい……ちょっと気が動転してしまって……呼吸を整えるわね」
ヒッヒッフー、ヒッヒッフーと小さい姉イタチはなんとか呼吸を整えました。

「えっと、あなたはこの山をよく通っていた……」
大きい姉イタチが尋ねると、彼は目を輝かせました。
「見られていたんのですか。すると、何度も恐ろしい風に襲われても無事だったのは、もしかして義姉さんが守っていてくれたからだったり……」
「え、ええ……まあ」
と、大きい姉イタチは目を逸らしました。
彼女が、犯人です。

「いえ、あなたは自分でうまく風をいなしていたように見えたけど……」
今度は小さい姉イタチが言いました。
男は手を振ってカラカラと笑います。
「とんでもない。いつだって死にものぐるいで切り抜けて、なんとかやってきただけですよ。ということは、あなたも守ってくれていたと」
「え、ええ……もちろんよ」
小さい姉イタチも目を逸らしました。
彼女も、犯人です。

「妻の薬を売りに行っていただけなのに、その風に対抗できるようにしていたら、なんだか僕自身もいたく強くなってしまったようで。武者修行中の武芸者に声をかけられるようになったのは、困りものです」
「そ、そう……それは大変ね」
彼女たちは目を逸らしながら思いました。
自分たちは力づくで男を手に入れようとしていた。しかし、末の妹は薬作りで彼を支えていた。
男に与えていた彼女に対し、奪うことだけを考えていた姉イタチたちは、深く恥じいりました。
そして、末の妹が自分たちに不審な目を向ける前に立ち去ろうと思いました。
しかし、
「ジーッ」
時はすでに遅し、でした。
姉イタチたちはダラダラと冷や汗を流していました。それを集めて塩を作れば、とてもいい薬になることでしょう。

「姉上方、ちょっと」
まるで全ての生死を司っているような(終)末イタチの声音に、姉イタチたちは「「ぴゃっ」」と可愛らしい声をあげました。
「お姉ちゃんはちょっとまだ終わっていない仕事があって」
「あ、そうそう私も……」
「姉上方は確か仕事をしていなかったと記憶していましたが……」
ガタガタと、尻尾を股の間に挟んでいる姉イタチたちに、末イタチは沙汰を下しました。
「ちょっとお前ら家の裏まで来い」
「「はい喜んで」」
姉イタチたちは観念しました。

「姉上方、馬鹿ァ?」
「返す言葉もありません」
「ごめんなさい」
男を手に入れようとするあまりの彼女たちの所業は、すでに伝説の妖怪として噂されるほどになっておりました。彼女たちを討伐するために、なんとか組という戦力を割いたために、幕府は倒れたとまで言われておりました。
しょげかえった姉二人の前で、末イタチは呆れかえった顔をしていました。
姉イタチたちの尻尾は情けなくたれ、末イタチの尻尾は天を貫かんばかりにピンと立っておりました。

「しかし……」
と、末の妹は難しい顔をしていました。
「姉上方も、彼のことを好きになっていたのですね……」
「う……」「うう……」
姉たちは顔を赤くしながら、悲しそうな目をしました。
末の妹はそんな彼女たちの姿を見ていられませんでした。
そうして一度口を結び、意を決したように口を開きます。
「わかりました。姉上方も、彼の妻になってください」
「え……?」
「いいの……?」
姉イタチたちは、末の妹の言葉に目を見開きました。

末の妹は、コクンと頷きます。
「ええ、姉上方が、彼を強くした犯人だったのですね。そのせいで彼は夜の方も強くなって私一人じゃ手に負えなくて……責任を取ってください」
彼女はギュウッと自分の袖を掴んでおりました。
姉イタチたちはワッと彼女たちに抱きつきます。
「ありがとう!」
「もちろん、責任とるわ!」
「もう、調子がいいんですから……」
と、カマイタチ三姉妹は仲睦まじく、手を取って笑いあっておりました。

この日から彼らは、一人の夫に三人の妻という形で暮らし始めました。
元々効果の高かった末イタチの薬でしたが、姉イタチたちの魔力をも込めることによって、死んでさえいなければ全快させるほどによく効く薬となり、三姉妹とその夫は、薬御殿と呼ばれる大きなお屋敷まで建てることができました。

毎日夫婦の間(ま)では、彼女たちは代わる代わる夫と交わりました。
その結果、薬の効果か、三姉妹の絆の深さからか、三人にはそれぞれ同時に子供が宿ることになりました。彼女たちは生まれてきた子供に言い聞かせたそうです。
「いい? いつも三人でいて、離れてはダメ。そうすれば、こんなに立派な御殿にだって暮らせるし、何よりいい旦那さまを捕まえることができます」
子供たちは母たちの言うことをよく聞いて、その話は全国に伝わって、それから一匹で行動していたカマイタチたちは、三匹の組を作るようになり、男に襲いかかるようになったということです。

おしまい
17/09/30 00:43更新 / ルピナス

■作者メッセージ
気をつけろ、108式あるイタチっ波の一つには、ブチルメルカプタンを放つ風もあるらしい。

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