連載小説
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だれかのためにつくった日のこと
「あんた、まだいたの?」
「ああ、うん。ちょっとね」

べつに彼を追い出したいわけではない。
思ったことが思わず口から飛び出しただけである。

ランニングを終えて戻って来たダウマーの目に飛び込んできたのは、さっきの男性。
ダウマーが見たところ、さっき立っていたところから一歩も動いていない。ゾウのよう
な男ではなく、石像のような男だったか。
そんな近所のおじさんから教えてもらったさむーいダジャレを思い出した。

男はこちらのぶしつけな態度には構わず、腰をかがめてダウマーの目線に合わせる。
男は子供も安心しそうなくらい柔らかな笑みを浮かべた。

「自己紹介がまだだったね。俺の名前は桐谷和人。よろしくな」
「どうも。ダウマー・スミトよ」
「走るのが好きなのかい?」
「そんなところ。で、なんでそんなところに突っ立っているのよ」
「いや、大したことじゃないんだ。でも、少し怪しかったかな?」

はっきり言ってものすごく怪しい。不審者一歩手前だ。
景色に見惚れていたのだろうか、と思ったが彼はそんなタイプには見えない。
昔近所の人から聞いた話によれば、初めて魔物の集落へ訪れる人々はを物珍しそうに写
真をとったりあちこち見てまわるそうだ。
交通の便が悪いこの村もひと時は物珍しさから観光に来た人も多かったそうだ。もっと
も、外人間が来るとすぐにわかるので観光地になりそこなったようである。

さて、桐谷青年の答えは。


「実は、道に迷って……」
「それでここでじっとしていたと?」
「ああ」
「あなた、変な人って言われたことない?」
「実はよく言われるんだ」

彼は照れてるのか、頬をかきながら言った。思わずあきれ顔でため息をつく。
このまま外でじっとしていれば風邪をひいてしまうかもしれない。
面倒だが、もう少しだけ面倒を見ることにした。

「あんた、寒くないの?」
「ちょっと寒いかな?そういう君はあまり寒そうには見えないけど」
「体質よ」

両親を含め北国生まれのドワーフの住民がほとんどを占める村人たちにとってみればこ
の国の冬はさして辛いものではない。
新しくこの村にすんだ人々も大体の家は暖房が効いているので寒くなればすぐに家に戻
れば平気なのだ。

「少し行った酒屋兼カフェがあるわ。
そこであったまっていけば?丁度お昼頃だし」
「そうそう、料理だよ!」

ダウマーはびっくりした顔で桐谷を見る。

「料理道具を作ってくれるところを探しているんだ。
マスターからハンドメイドの道具を頼むにはドワーフがいいって聞いたらさ」
「ふーん、あんた料理人なの?」
「いいや。料理を作るのが好きなだけさ」

桐谷青年は嬉しそうに言う。
みんなお昼を食べてる頃だったな、とダウマーは思っただけだった。
さして料理に興味はないのでふーんと枯れ木のように冷めた反応で返す。
それよりも興味を持ったのは、彼がドワーフがつくった道具が欲しいと言った点だ。
それも、この村の技術力が評価されたと聞けばダウマーも悪い気はしない。
何よりも尊敬している人の名声を思うとさらに誇らしい気分になる。

ズキリとしたのは、気のせいだと思いたい。
 
「________」
「大丈夫?傷が痛むの?」
「え?」
「今つらそうな顔をしていたよ?」
「、別に平気よ」

桐谷が心配そうに腰をかがめてダウマーに視線を合わせていた。
何故だか彼の黒褐色の目を見て心が落ちついてきた。顔をじっと見られた恥ずかしさで
思わず目をそらす。
彼女は一息つくと、ふとした疑問をかれにぶつけてみる。

「予算とか、お金は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「すごく高いのに?あんたお金持ちなの?」
「えっそうなの?」

思った通りこの青年は良くわかってないまま注文しようしているようだ。
都会の人間にとってあらゆる物は簡単に手に入るのは当たり前だという噂は本当らしい。

「職人の作るものは特に値段が高めよ?
ドワーフはここじゃ数が少ないんだから。じんけんひ?っていうの」
「えっと、どれくらいするんだい?」
「数十万くらいかしら?」
「そんなにするのか……」

青年は驚いた顔をしているが、いい商品を作るには素材もそれ相応のものが必要になっ
てくる。
ドワーフよりも数が少ないサイクロプスなどに仕事を頼むと値段が恐ろしいことになる
らしい。

「後、ハンドメイドなら予約が必要よ。
この時期みんな忙しいから結構待つことになると思うけど」

レパートリーの多い器用なドワーフもいれば、得意な物一つしか作らないというドワー
フもいる。
商売のやり方はバラバラなので行けば必ず仕事を受けてくれるとは限らないのだ。
商売なれしているドワーフはひっぱりだこだし、頑固なドワーフは仕事のえり好みが激
しいことが多い。
 
「あー、そっか。すぐに手に入るわけがないよな」
「そりゃそうよ。
ハンドメイドなら相手の要望を詳しく聞かなくちゃいけないし」

桐谷は表情こそ変わっていないが、困ったように頭をかいた。さて、このまま去っても
いいのだが、話をきいてそのまま去ってしまうのはためらわれた。なにより。

「しょうがないわね……村を案内してあげるわ」
「いいのかい?」
「案内だけだけよ。
今の時期、手が空いている工房は少ないと思うから期待しないで」

相手が困っているのならならさっきの“借り“をかえさなくちゃ。彼女はそう思った。
性分として借りを返さないのは気持ちが良くない。どうせ今は銀細工は触れないのだか
ら、気を紛らわすのにちょうどいいだろう。

「ありがとう。悪いね、ダウマーちゃん」
「ちゃん付けは辞めて。子ども扱いはあまり好きじゃないの」
「ごめんごめん」

ぺちっと彼の膝を叩く。

*

「どこも開いてなかったね……」
「この時期は忙しいのよ。最初に言ったでしょ」

少し薄暗い店の中で二人はテーブルを挟んで座っている。
がっしりとした樫木のできたテーブルはあちこち傷だらけだ。
店内は暖かく、暖房がよくきいていた。
少し見渡せば、おじさんや幾人かのドワ―フが食事をとったり酒を飲んだりしている。
あまり話したことはないが、狭い村のことである。みんな顔見知りだ。
彼女にとっては子供の頃から変わらない光景。
桐谷は何が面白いのか時物珍しそうに店内をきょろきょろと眺めている。
ちなみに最初桐谷はダウマーに合わせてドワーフ用の小さなテーブルに座ろうとした。
だが、小さすぎてとても座れず、諦めて一緒に人間サイズのテーブルについた(なお、
ドワーフサイズだけでなく普通サイズの椅子もある)。

「俺が奢るからさ、もっと注文したら?」
「別にコーヒーだけでいいわ」

当然のことながら、コーヒーは自分の入れたものとは比べ物にならなかった。

さて、二人は村の何件かの工房を回ってみたが、ダウマーの予想したようにどこも予約
がいっぱいだった。
今は彼女の両親も仕事で街を走り回っているはずだ。
彼女にとって不本意なことは、桐谷の方を見て行くたび行くたびに彼氏か?と聞かれる
ことだった。この店に入った時もダウマーが男といるのを見ておじさんが何やら言おう
として隣にいたドワーフに耳をつねられていた。
それはさておき、桐谷はライ麦パンのサンドイッチを食べて穏やかな顔を笑顔にしなが
らも、これからどうするか迷っているようだ。

「ごめん、探すの手伝ってもらっちゃって。
予定とかは大丈夫かな?」
「別にいいわ。あたしが言い出したことなんだし」

正直、一緒に道具を作ってくれる工房を探すのは面倒だが、言い出したことを投げ出す
のはもっと嫌だった。

「まだ行ってないところが二か所あるから、食事を終えたら行きましょ?」
「うん、ありがとう。もしだめだったら、その時は日を改めるよ」

「二人は……オーダーメイドの道具を作ってくれるところを探してるんだよね…
…?」

えっと声を上げる桐谷。口を開いたのはダウマーではない。ふわっとした髪の毛の感触
を背中に感じた。

「えへへ、ダウマー……やっほ」
「インゲ?」

インゲだ。彼女は愛嬌のある顔でニコニコと笑っている。
桐谷は驚いたようにダウマーとインゲを交互に見ていた。

「みんなにダウマーがここにいるって聞いて……
びっくりしたよ、男の人と一緒に歩いているって聞いたから」
「案内しているだけよ」
「えへへー、そうなんだ……」

インゲは信じているのか信じてないのかニコニこと笑いながら手をもじもじとさせる。
そして桐谷の方を見てぺこりとお辞儀をした。

「初めまして、ダウマーの友達のインゲです」
「俺は桐谷和人。よろしく、インゲちゃん」
「よろしく、和人さん」
「俺がおごるから、君も何か頼んだら?」
「いいんですか……?えへへ、それじゃ、お言葉に甘えて……」

インゲはニコニコ笑いながら腰を椅子におろした。注文して頼んだ青いアイスを嬉しそ
うに口へ運ぶ。インゲは寒いのが苦手なのに季節を問わずアイスを食べるのだ。

「それで……二人は何を探しているの?」
「オーダーメイドのナイフを作ってくれるところを探していてね」
「インゲも知ってのとおりどこも忙しい感じなのよ」

インゲはうーんと手をあごに当てて首をかしげている。と、花が咲いたような笑顔が顔
に浮かぶ。嫌な予感が頭をよぎったのはなぜだろうか。

「そっか……あ、それなら」
「教授に作ってもらうようお願いしたらどうかな?」

その言葉に、顔がこわばる。教授のモノクルからのぞく知的な瞳ががこちらに向けられ
た感覚におそわれる。その口が何か言おうとしているように思えた。

「________!インゲ、あんた何言ってんの!」

ダウマーの声は店内に響き、目線がこちらへ集まる。
なぜか関係のない桐谷が周囲の人に頭を下げてあやまっていたけれど、それを気にして
いる余裕はなかった。

「でも……他に手が空いている人はいないと思うよ?」
「だからって、なんで教授に」
「ほら……学生が困ったときには先生に相談するものでしょ。
いいから行こう、ね?」
「ちょっ、やめなさいよインゲ」

インゲはこういう時に押しが強い。
普段の穏やかな態度やゆっくりと舌で騙されがちだが、頑固なところがある。
一度決めるとものすごくそれを押してくるのだ。

「桐谷さんも、ご飯を食べ終わったらいこ」
「インゲちゃんの食事が終ってからだね。急がなくていいよ」



「ねえ、あたしが来る意味なんてないから二人で」
「もー……ダウマー、
ここまで来たんだから元気出していこうよ」

三人はドワーフ学校の門のところまで来ていた。当たり前だが、学校は何の変化もない
。それでも、ドワーフ学校は今やダウマーにとって上るのがきつそうな山に見えた。
そう、まるで入ったら戻ってこれない魔の山のように。課題が自分の思うようにできな
かったときに行く学校はいつもそんなふうに見えた。

「やっぱり二人だけで……」
「いいからいいから」

インゲに押されながら学校に入る。
桐谷も入ろうとして、思いっきり頭をぶつけながら後へ続く。
教授の部屋についてもダウマーは駄々をこねる子供のように入るのを渋っていた。
今日は生徒がほとんどいないようだが、こんな光景を見られたらどうなるかに思いがい
かないあたりかなりテンパっているようだった。

「やっぱり二人だけで」
「それ3回目だよ。
それなら手をつないで入ろ……?和人さんはダウマーの右手をつないで、ほら」
「こう?」

桐谷も言われるままにダウマーの手を取るが、ダウマーは気づいているのか気づいてい
ない

のか部屋の前をじっと見つめたままだった。

「君たちは人の部屋の前で何をしているのかね?」

紅茶の良い香りと共に落ち着いた大人の声。ダウマーは緊張のあまり、二人の手を強く
握りしめ、二人が驚いた顔でみる。

「えっと……勇気の儀式?」
「後ろの方は?」

インゲの言葉には触れず桐谷に目を向けた。
桐谷は頭をぶつけながら慌てて頭を下げる。

「桐谷和人です。実は……」
「ふむ。今日は寒い。君たちの分も紅茶を入れよう。入りたまえ」


あたたかな紅茶を口に含みながら、三人はいきさつを話す。

「ふむ」
「桐谷さん。私は確かに今は職人ではなく教師だ」
「個人として作ることは、生徒の頼みだ。作るのもやぶさかではない。
だが無報酬で作れば、過去に仕事で私と契約を結んだ人々を裏切ることになる」
「はい、わかってます。お金の方は……」
「はっきり言おう。
道具の修繕費も併せて君の持ち合わせで出せる金額ではない。
むろん、君だけに値段を融通することはできない」

教授は言葉こそ静かだが、容赦のない正論を述べた。
インゲは下を向きながらも何かを言おうとしたが、桐谷が手で制した。

「なら、貴方が推薦する職人を紹介してくれませんか」
「ほう?」
「断られたら諦める気でした。でも」
「でも?」
「この村を回っていくうちにこの村で作る道具がどうしても欲しいと
思うようになりました。どんなにお金や時間がかかってもいいって」

教授は腕を組んで三人をじっと見る。紅茶を一口飲むと、答えた。

「それなら、一つ条件を出そう。
桐谷さん、君が良ければこの二人に任せてるというのはどうだろう?」
「教授!?」
「……え?」
「むろん最後には私が監修する。値段は必要ない」

教授の言葉に二人して驚いた。桐谷は目を丸くし、インゲはぽかんとして教授を見る。
ダウマーに至っては椅子を蹴飛ばしそうな勢いで椅子から立ち上がった。

「この学校では実技が二人はあるのは知っているな?
授業の一環として二人にはそこの彼に道具を作るという課題を与える」
「でも、あたしはそういったものは。
それに一週間は銀細工に障ってはいけないと」
「銀細工で作れと言うことではない。
ダウマー、どんな職人でもひざを突き合わせて話し合うものだ。
依頼人との交渉経験は積んで損はない」

「それはそうですが……」

ダウマーは言いようのない反発心で教授の言うことに反発していることが自分の中でわ
かっていた。
教授だけではない。インゲにも、出会ったばかりの桐谷にもつっけんどんな態度で接し
ていなかっただろうか。何も言えず下を向くダウマー。

「一週間、何もせず過ごしたいというのならそれもいいだろう」
「っ!やります」

「インゲ、君もだ」
「えっ……」
「今回のことは君の言葉がきっかけだね?」
「なんで……それを」

インゲは驚きを隠せない、というふうに目を見開く。
こんな時でものんびりとした話し方はそのままだったが。

「人当たりの良さは長所だ。
だからこそ親切心がきっかけであれ請け負ったのなら責任を持つことだ」
「……はい」
「桐谷さん、君もそれでいいかな?」
「ハイ、すいません。俺のわがままを」
「構わないさ。こちらも利用させてもらっているのだからね」
「ダウマーは生徒たちの中でも実技、座学ともに優秀な成績を収めている。
インゲは際立ったものはないが人当たりがよくサポートも得意だ。
二人で作る物なら悪くないものが出来るだろう」

インゲは照れてえへへ、と笑った。ダウマーも自分が人の前で教授に褒められて嬉しい
気持ちとともに、一番注目してほしい銀細工に触れられてなかったことに悔しさを感じ
ていたことに気づく。それでも顔に出さぬようすまし顔になるよう努める。

「期限は一週間だ。二人が作った物は、私が責任を取って私が確認しよう。
桐谷さんが合格を出したうえでさらに私が合否を出す」
「俺も、ですか?」
「当然だ。試験も兼ねるとは言えクライアントは君だ。
同時に君が二人に温情で合格を出すことは認められない」

私は顧客の顔を見ているからごまかしはすぐにわかる、と教授は述べた。

「もし不合格なようなら、私が責任をもって注文を受けよう」
「何もそこまでする必要は」
「そうですよ、教授。
あたしたちに任せると言ったんですから最後までやりたいです」

自分を信頼した先の言葉に反発してダウマーは詰め寄るが、教授の表情は変わらない。

「ダウマー。
私が期限を設けたのは君たちにドワーフの仕事がどんなものかを知ってもらうためにあ
る。これは試験の一環ではあるが、仕事を請け負ったつもりでやり給え」

「むろん時間をかければいいものを作ることができるだろう。だ
がどんな仕事にも時間とお金と言う区切りがある。
凝り性なのは結構だが、まずは時間内に納めることだ」

教授の言葉は自分やインゲは責任を取れる立場にないと言うことを明確に示していた。
桐谷は申し訳なさそうに眉毛を下げる。

「えーっと…なんかごめん」
「自分で決めたことよ」
「……そうだよ、がんばろう、ね」

不本意な形とは言え、教授から出された課題だ。
絶対に成功させて見せる、と眉毛を斜めにする。
インゲが心配そうな顔でこちらを見ているのに気づくと、安心させるように口に笑顔を
浮かべる。大丈夫、あたしが完成させると伝えたつもりで。
そうなれば一分でも惜しい。

「教授。あたしたちは失礼します」
「ダウマー。最後に一つ。」
「なんですか?」
「自分の仕事だけでなく、周りにも気をかけることだ」
「?わかりました」



1人と二人のドワーフ村はずれへ向かっていた。桐谷は何やら飾り気のないスマートフォ


ンを弄りながら、歩いている。
そう言えば都会の人間はいつもマートフォンを見ながら歩いているそうだ。そんなこと
をすれば事故が起こりそうなものだが。そんなことを考えているうちに目に古びた工房
が飛び込んでくる。

「ここは?」
「共同工房。村のものなら誰でも使うことのできるわ」
「私達よりも……年上なんだよ」
「へぇー。でも誰もいないな」
「そりゃ時期が違うからね。
仕事持ってるドワーフは自分の工房かレンタルの工房を借りることが多いし」

桐谷はへえ、と言いながらもスマートフォンをかざす。
直後、カシャリという音。
彼がそのような行動をとったのは今が初めてだ。

「ここで作るのかい?」
「そうよ、何か文句ある?」
「いや、別に。途中でカメラをとってもいいかい?」
「好きにすれば?」
「ありがとう。いい記念になりそうだよ」

なんだかキャンプを思い出すな。桐谷は言いながら少し楽しそうだった。さっきまでと
比べてなんだか口数が多くなったような気がする。もしかしてカメラを取るのを遠慮し
ていたのだろうか?

「そのゴーグルって?」
「作業するときにいろんなものから目を守るためのものよ」
「あと……太陽から目を守るためにも使うよ」

自分たちはそれほどでもないが、ドワーフの中には鉱山で働いていたものも多い。
そのようなドワーフは夏場の強い光を苦手とする者もいる。そのため子供のドワーフに
はゴーグル着用を推奨される者もいる。

「あんたどんな包丁がいいの?」
「ペティよりも大きく、牛刀よりも小さくって感じかな?
キャンプで使えるくらいに」
「ペティ?牛刀?」

さっそくつまづいてしまったようだ。ペティと牛刀?前者が小さい包丁で、後者が大き
い包丁だろうか?もう一度聞き直そうとしたとき、インゲがあっと言った。

「ペティは……幅がせまくくて細ながい、先の尖ったナイフ。
牛刀は全体的に細長く、先端がすごく尖ってて、刃がしっかりとそっているんだよね?

「そうそう。その通りだよ」
「インゲ、貴方詳しいのね」
「えへへ……お父さんとお母さんから教えてもらったの」

インゲは照れたように、誇らしげにえっへん笑う。

「それじゃあ、まずは刃の型を作るわよ。大体このくらいの大きさかしら?」

ダウマーが手をかざすと、刃物に風が宿り回転する。そして木の板を削られ、少しずつ
包丁の形になっていった。桐谷は一部始終を見て、ぽかんと呆気に取られて口を開けて
いた。

「今の、魔法?」
「そうよ。鍛冶には伝統的な物と魔法を使う比較的新しいものに分けられるけど、
今回は比較的完成がはやい魔法をつかう方法でいきましょう」
「ダウマーは……加工が得意なんだよ」
「すごいな。インゲちゃんはどんなのが得意なんだい?」

えっへんと自分のことのように胸を張っていたインゲはその質問をうけて困ったような
笑みを浮かべる。
そんな様子を見ると少し口元がゆるむ。

「インゲは誰に対してもとっつきやすくて、
人と落ち着いて話せるわ。ムードメーカーって言うのかしら」
「二人はお互いを信頼し合っているんだね」
「幼馴染だから……」

そして、数時間後。

「うーん、包丁って難しいね……」
「めげるの早いわね、まだ先は長いわよ?」
「いや、これは予想以上に大変だ。見てるだけでもわかるよ」

思った以上に包丁を作るのは難しかった。
構造はそれほど難しくないのに、大きすぎたり小さすぎたりと安定しない。
適度に軽く、切れやすくするのがこんなに難しいなんて……と、心の中で思う。
なにより自分の焦りが出た態度は二人のペースを乱していた。

「そう言えば桐谷さん、帰りは大丈夫?」
「そろそろバスが出るころかもしれないな」

インゲは気にしていないようだが、二人とももやや疲れ気味になっている。
ダウマーもこれ以上は二人の体力も限界だろうと思い始めていた。
ゆっくりと道具を置く。


「今日はここまね。明日、またとりかかりましょう?」
「……うん」
「それじゃあ、また明日」

二人の姿が見えなくなった後、小さくごめんと呟いた。今になって教授の周りをもっと
よく見ろと言う言葉が思い返された。
自分は知らないうちに二人を急がせて疲弊させていたのではないかとダウマーは思い返
しながら気づけばドアの前に立っていた。

ダウマーは食事もそこそこに、そのまま風呂へ向かう。身体の汚れを落とすとともに、
二人の動きを思い返す。

「火の加減は……インゲには持つところのサポートを……」

彼女は、そのまま風呂からあがるとぶつぶつと言いながら部屋へ向かう。その日、一晩
中その部屋には明かりが灯っていた。



*****



次の日も、事態が好転しているとはいいがたい状態だった。
二人はよくサポートをしてくれていたが、少しずつ会話が少なくなっていた。
無理もないだろう、中心になって動くダウマーは二人の動きをメモして言葉少なく指示
をするだけなのだから。
寝不足なのかむっつりとした表情で寝不足なのか緑色の目も赤い。

「上手くいかないね……」
「なかなか難しいな」

まるで釜戸のようにたまるススのように蓄積していく疲労に、二人の元気がなくなって
いく。
なにより、ただでさえ少ない口数が途切れがちなことにダウマーも気づいていた。この
ままでは、無駄に時間が過ぎていくだけだ。
ピンクオレンジの髪を揺らしてうなづくと、口を開いた。

「ねえ、二人とも。今日は早めに切り上げよう?」

「ダウマー……どうしたの?
「疲れてはいるけどまだいけるぞ?」

二人が驚いたようにこちらを見る。

「あたしも急ぎ過ぎていたわ。
使いやすい包丁を作るにしても、もう少し落ちついてやらないと。
二人とも、慣れない作業で疲れているでしょう?」
「……でも」
「あたしのことはよくわかってるでしょ、インゲ」

インゲの瞳をじっと見ると、彼女もうつむいてダウマーに道具を渡す。

「あんたも、クライアントなんだから。
どっしりと待ってなさい。いいわね」
「わかった。でも、何かあればくるからな?」

二人を家に帰すと、一息ついてからハンカチを敷いて腰を下ろした。
自分の焦りが伝わってしまえば動きにくくなるのは当たり前のことだ。
昨日は二人の体調を考えずに、1人で突っ走っていた。
深呼吸。
だからこそ、今日は二人の動きをよく見ていたのだ。それがかえって二人を疲れさせて
しまったのかもしれないが。

「よし……」

インゲ、桐谷の動き、考えを自分なりに考えてみる。二人ならどう考えるか。どうすれ
ばよいか。もう一度、考えてみる。桐谷がどう包丁を使うのか。インゲならどんなふう
に物を作るのか。自分の中で思考を巡らせる。

すっかり太陽が身を隠し、その場を月に譲ってからいくつかの時間がたっていた。
やや寒気が増したようだが、今の彼女にはその寒さも集中力を高めてくれるように思え
る。
教授が魔界より取り寄せた鉄を自ら生み出した風で削っていく。少しずつ、確実に。
かつて父や母はどんなふうに包丁をふるっていたか。インゲは。
想像の世界ににひたるドワーフは違和感を覚えていた。

「灯り?どこに……っ!」

彼女を呼び戻したのは不思議な光景だった。
どんな人工の灯りとも似ていない、春の日差しのようなあたたかな輝き___。
その光は、彼女が削っていた刃から放たれているのだろうか。刃は少しずつ形を変えて
いるように見えた。
それを確認する前に体の節々が鉛のように重くなり始めていた。グラリと、糸が切れた
人形のように倒れる体。

その時、体が大きな手で抱きとめられるのを感じる。
地面にたたきつけられる心配がなくなったからか、うっすらと意識遠く。
小さな影が、刃をそっと手にしてるのが最後に見えた光景だった。

目を覚ました時、そこはベットの上だった。
どこ?見覚えのある部屋。

「気が付いた?ダウマー」
「インゲ、どうしてここに?」
「桐谷さんもいるよ」
「目が覚めたみたいだね。」

インゲの部屋だった。幼いころよく遊びに来た、彼女の家。
カーテンのレースやクッションを見ると少し女の子らしくなっているように思う。
ここにいるということは、どうやら共同工房でそのまま寝てしまったらしい。夢中にな
って倒れてしまうなど、自分としたことが……と手をぎゅっと握った。

「!刃は!」
「大丈夫だよ。持つところはダウマーが書いてくれた設計図で作ってあるから」
「迷惑をかけたわ」
「ううん。後はヒルト(口金)を開けて研磨をして組み立てるだけだよ」

ヒルトとは、刃にハンドル(柄、持つところ)を合わせて、鋲(びょう)で止める
ための穴である。

「もっとはやくダウマーの考えに気づけばよかったよ……。
私なら、気づけたのに」
「アタシは考えインゲに教えてなかったわ。だから気にしないで」

インゲはちょっと寂しげに笑うと、刃物を手渡した。

「最期の模様はダウマーがつけてね」
「いいけどどうして?ダウマーがつければいいでしょう?」
「今回のメインはダウマーでしょ?私はサポートだから」
「でも」

桐谷の方を見ると、彼はにっこり笑って言った。

「二人に任せるよ」

「わかったわ。でも、この包丁は三人で作った。いいわね」
「うん!」
「ああ」

包丁の刃をハンドルに固定し、自分の魔力で刻印を刻むため、口の中で詠唱を唱える。
ダウマーがやろうとしているのは、自分の魔力を刃に込めるのだ。魔力を込めることで
、刃の硬度が増すとともに、誰が作ったのかわかるようになるのである。
桐谷はもちろんそのことはわかないが、何を言うでもなく、その詠唱をじっと見つめて
いた


ダウマーは詠唱を止めると、黙って包丁を彼に手渡す。
桐谷もうなずくとそっと包丁を手に取った。彼はさわって確認すると、やさしい笑みで
ダウマーとインゲを見た。

「うん、すごくいいよ。ありがとう、ダウマー、インゲ」
「えへへ、やったね、ダウマー」
「当然よ」

ダウマーはそう答えたが、自然と口に笑みを作っていた。

「俺は準備してから行くから、二人は先に教授のところへ行っててくれ」
「準備って何よ。別にいいけど」
「それじゃあ、行こう」


男の顔を見て、ダウマーもなんだか悪くない気分になっていた。
これなら教授も合格を出してくれる、そう思えた。



*****



早朝の眩しい太陽に目を細めながら二人で学校へむかう。
心映えが違うからか、すぐに教授の部屋へ着いた。

「ねぇ、ダウマー……緊張していない?」
「少し。でも、合格できるって信じているから」
「そっか。ダウマーはすごいよ」
「あんたも少しは自信を持ちなさい」

えへへ、と笑いながらインゲがガチャリと教授の部屋のドアを開ける。
中から教授がこちらに目を向け……ていなかった。


「あら、奇遇ね。インゲ。ああ、ついでにダウマー」

声をかけてきたのは金髪の巻き毛のドワーフだ。
お金をかけてるであろう服に、同性から見ても整った顔立ち。

「アンナ……!」
「アンナ、こんにちは」

アンナは村の奥の屋敷に住む所謂金持ちと言うやつで、ダウマーやインゲの同級生だ。
アンナも銀細工を得意としており、同じく教授に師事していた。
彼女の言葉を借りれば、ダウマーは同門のライバルと言うことになる。
いつもつっかかて来られるダウマーは「エルフのように高慢ちきでイヤな奴」と思って
いるのだが。

「あんたどうしてここに」
「決まってますわ、教授に作品に来たのですわ。
あなたもお得意の魔界銀で作った銀細工を見せにきたのではなくて?」

このイヤな女はわざとらしさを感じる笑みを浮かべた。
ダウマーにはそういうふうに見える。いや、そんな風にしか見えなかった。
ガンコなダウマーと高飛車なアンナの性格もあって顔を合わせればけんか腰の言い合い
が続くことも珍しくない。

「そんなのあんたに関係ないでしょ」
「落ち着いて、ダウマー……」

ダウマーは自分でもわかるくらいとげとげしい声で言った。
自分でもわかるくらいイライラが伝っていくのがわかる。
こんな態度をとれば相手に心を伝えているも同然なのに。
アンナはああ、とわざとらしく言う。

「貴方、まだ魔界銀を光らせることができないのでしたわね」
「ッ!」
「あ、アンナっ……!言い過ぎだよ」

インゲが割って入ろうとするが、ダウマーは手でそれを抑える。琥珀色にも金色にも見
える瞳は得意げにダウマーをちらりと見る。

「まあ銀細工を弄れなくても仕事はありますわ。
分相応に生きるというのも悪くないかもしれませんわね」
「黙りなさい、アンナ。
あんたの相手なんかしてる暇はないのよ」
「あら、それはごめんなさい。鍛冶の仕事があるのでしたわね」

「そうだな。そして君もまだ銀細工を作る作業があるはずだね?」

「「教授……!」」

思わず二人のドワーフの声がはもり、それに気づいて二人は不愉快そうに顔を背けた。
教授は白衣をさわりながら二人に交互に目を向ける。

「議論を戦わせ、お互い競い合うのは大いに結構。
しかし今はお互い自分の作業に集中するべきだと思うが?」

「はい、教授」
「おっしゃる通りですわ。わ、私、銀細工の練習をしてきますわ……」

一瞬アンナは暗い顔を見せたが、すぐにとりすました顔をして教授にお辞儀をする。
ドアノブを開ける前、きっと互いに睨む。
その時間も長くは続かず、そのまま部屋から出て行った。

「教授、前に見せてもらったのは」
「アンナのものだ」
「そうですか」
「君は君のやり方で完成させるんだ。いいな?」
「はい」

自分の考えを教授にのぞかれてように思えてダウマー早口で返答する。

「ところでダウマー、タンポポの花言葉を知っているかね?」
「いえ、なぜですか?」
「なんでもない。では見せてもらおう」

教授の言葉に戸惑ったが、気を取り直して教授に包丁を渡す。
教授は静かな手つきでそれを持ち確認した。
少しもミスを見逃さないようにあちこちを無駄のない動き確認する。ダウマーとインゲ
にとっては、とても長い時間。
シンデレラの魔法のように終わりは訪れるものだ。
教授はうなづくと静かに刃物をおいた。

「ふむ。悪くないな。いいだろう」
「……!ありがとうございます」
「やったね、ダウマー!」

自然に、ぱっと笑顔を浮かべる。インゲもにっこりと笑った。嬉しそうにダウマーに抱
つき、二人して笑う。

「えへへ、桐谷さんがこの場にいたら喜んだのにね?」
「?なんでそこであいつが?」
「えへへ、ヒミツだよ」

インゲの言葉に首をかしげていると、ドアをノックする音。教授が入りたまえと返事す
ると、ドアが開いた。ついでにゴンッと頭をぶつける音が響く。

「痛てて……結果はどうだったかな?」
「あんたそんな大荷物で何しているのよ」

両手が野菜の入った袋でふさがっている桐谷が部屋の中に入って来た。

「決まっているだろ?
さっそく包丁で料理を作るんだ。みんなにごちそうしたいからね」

桐谷は当たり前のように言うが、もちろんダウマーはそんな話を聞いてはいないし、な
ぜそこでごちそうするのかわからない。

「教授もどうぞ」
「いいのかね?」
「ええ、俺の方からお願いしたいくらいです」
「桐谷さん、何を作るの?」
「ダウマーが合格したから、カツ丼だよ」
「それって合格を祈って食べるものなんじゃないの?」
「それじゃあ、ダウマーの家へ行こう?……ダウマーのお父さんとお母さんの許可は貰
ったの」
「寝てる間にそんな話してたわけ?」

この男は疑いもなく、おめでとうパーティーを開けると思っていたのかと子供ののよう
に目を丸くする
やれやれと思いながらも教授に続いて学校から出と、太陽が天頂を通過していた。
枯れ木ばっかりの相変わらずな風景。暖かくはないが、晴れやかな日の光で寂しい風景
もさっぱりと見えるから不思議だ。

「ところで、ダウマー。料理の腕はどんな感じ?」
「インスタントなら作れるけど。ヤキソバだっけ?前お湯事捨てそうになったわ」
「今回は俺に任せてくれ」

桐谷の顔が少しの間だけひきつったように見えたがすぐに笑顔を深くする。

「今度君に料理を振る舞うよ」
「ありがと。気が向いたらね」
「ああ……遅くならないうちに、早くね」

彼が料理を作るたびに自分とインゲが作った包丁がその手にある。
その場面を想像するととても不思議な気分だった。
もちろん、これから彼がもっといい道具を手にすることもあるだろう。
それでも、彼の笑顔を見てると、自分が頑張ったかいがあったように思えた。

「ダウマー!桐谷さんも早く―!」

大声を出して教授注意されるインゲを見て、笑顔をこぼす。いずれ銀細工も光らせるこ
とはできるだろうか。

その悩みも今は忘れられるような気がした。


17/06/01 00:21更新 / カイント
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■作者メッセージ
だれかのために造ることを経験したダウマー。
ですが、まだまだ彼女は銀細工のことで頭がいっぱいのようです。
彼女の世界は、これから広がっていくのでしょうか?

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