読切小説
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祀られる神さまの幸せ
「重い……」

大きな段ボールをうんざりした表情で抱え、一人の青年が深々とため息を吐いていた。
見上げるほどの長い石段を、これにて彼は四往復目である。
玉砂利の上にドスッと乱暴に段ボールを下ろし、ちらりと振り向く。
町を一望する眺めは素晴らしいものの、果てしない石段の下にはまだ五つの段ボールがある。

「……業者、手伝わないのか」

狸印のトラックは既に見えない。
この石段と、祀られる神が稲荷というのを聞いて『ほな』の二言で逃げ出した。
石段に荒っぽく腰を下ろし、青年は首からさげたタオルで汗を拭った。

「ふぅ……」

一息つく青年は、肘をついてのんびりと町を眺める。
ごちゃごちゃと並ぶ集合住宅街を物珍しそうに見下ろす彼の背後から、玉砂利を踏む足音が聞こえる。
その音に、青年はゆっくりと振り向いた。

「よっ、お疲れじゃな」

シュビッと片手を挙げる作務衣の老人。
歳と外見に似合わず軽い調子の老人に、青年はペコリと頭をさげた。

「お久しぶりです、神主」
「相変わらず堅苦しいヤツじゃのう! ゴンちゃんでえぇっちゅーに」
「貴方をそう呼べるのは奥方様だけでしょうに……」

自称ゴンちゃんの老人、雛蕗 権蔵は豪快にカカカと笑う。
彼の奥方様は、この神社に祀られる稲荷だ。
彼女も権蔵と同様に上下関係に緩く、まだまだ若い青年にも気楽に接してくれる。

「劉生の地元ほどではなかろうが、ここも良い空気じゃろ?」
「えぇ。良くも悪くも、活気に溢れていますね」

劉生と呼ばれた青年、氷室 劉生は町を見下ろして淡々と答える。
言葉にされた感情は薄いものの、権蔵はその言葉に満足げに頷いた。

「そうじゃろそうじゃろ? なんせワシの町じゃからな!」

自慢げに笑う権蔵の姿は、子どものように無垢だ。
年甲斐もなくはしゃぐ彼の姿に苦笑して、劉生はスッと立ち上がった。
ゴキゴキと背骨を鳴らすように腰を捻り、彼は気の抜けるような息を長々と吐いた。

「あ、そうじゃ。どうせだから賽銭入れてってくれぬか?」
「ふぅぅ……、えぇ。まぁ、構いませんが」

唐突の頼みに首を傾げつつ、劉生はポケットに手を突っ込む。
取り出した財布の小銭入れを開き、五円玉を一枚取り出すと権蔵は寂しい顔つきになった。

「5円ぽっちなのか……」
「仕方ないでしょう、賽銭と言えば5円ですし」
「誰じゃ! 5円はご縁とか言ったヤツは!!」

一人騒がしく両手をブンブンと振り回す権蔵をひょいっとかわし、劉生は石段から足を踏み出す。
石畳を渡り、古めかしい木造の社に歩み寄る。
どれだけ長い年月を経たのかまでは知らないが、煤けた梁からはどこか厳かなものを感じる。
同じく年期の入った賽銭箱の前まで歩いて、劉生はぼーっと考える。

(願い事……何にするかな)

劉生は受験に忙しく初詣も行き損ね、その受験も当に終了し第1志望に合格した。
使っていないお年玉も貯まっており、彼には特にこれと言った願い事はない。

(……うむ)

適当な願い事を思いつき、彼は五円玉を丁寧に賽銭箱の中に入れる。
お参りの詳しい礼儀など知らず、パンパンと二拍し、彼は頭を下げた。

(………………………)

深々と頭を垂れたまま念じて、劉生はそっと瞳を閉じた。
しばらくそのまま願い、ようやく彼は顔を上げた。
その傍にいつの間にか歩いてきていた権蔵が立っており、肩にポンと手を置く。

「願い事、叶うといいのぅ」
「えぇ、そうですね」

何を願ったか、恐らくは知らないハズの権蔵は慈愛に満ちた表情でうむと頷く。
その様子を怪訝に思ったが、劉生はくるりと振り返る。

「それでは、私はまだ運ぶ物がありますので」
「うむ、励め」

他人事にそう言って豪快に笑う権蔵に一礼して、劉生は石段をゆっくりと降りていった。
それをヒラヒラと手を振って見送った権蔵は、少し意地悪な笑顔で歩いていった。



「はぁ……、さすがに疲れた」

権蔵に言われた部屋のベッドに体を預けて、劉生は月明かりが差す窓を見上げる。
開け放たれた窓からの風がカーテンをたなびかせ、どこか風情を感じる夜だった。
屋根裏の窮屈な部屋に積まれた段ボールの山が、それをぶち壊しにしているが。

「…………」

スプリングベッドをギシリと軋ませて、劉生は軽い寝返りを打つ。
まともな服を取り出すのも億劫で、適当な段ボールから引っ張り出したジャージに皺が寄る。
薄っぺらいタオルケットをかぶり直し、劉生は無理矢理に寝ようと瞼を閉じる。
権蔵に言われ、明日は朝から境内の掃除を命じられている。
疲れているのなら尚のこと、早めに休んでおくべきだ。

(寝つけん……)

だが、不思議と眠気が湧かない。
体は確かに疲労しているうえ、権蔵の嫁の稲荷が作った料理に彼の腹も満たされている。
不思議と醒めた感覚にこめかみを押さえ、劉生は体を起こした。

特に何をするでもなく起き上がった彼は、ふらふらと覚束ない足取りで境内へ向かう。
冷えた空気が肌に心地よく、劉生はグッと背を伸ばした。
見上げた満天の星空も綺麗だが、彼の地元の田舎では見られない夜景も美しい。
石段から町を改めて一望し、彼は小さく息を吐いた。

「ふぅ……」

白かったその息は、風に流されてすぐに見えなくなった。
ぼーっとしていたせいか、たちまちに劉生の体が冷え込む。
ぶるっと身を震わせて、彼が戻ろうとした振り返ったときだった。

「ひゃっ!?」

彼の視線の下で、そんな小さな悲鳴が聞こえた。
怪訝に思い目線を下げてみると、そこには小さな子どもがいた。
まるで驚かせようとでもしていたのか、やり場なく突き出された小さな掌がワキワキと動いている。

「…………」

無垢な瞳と目が合い、劉生はまじまじと彼女を観察してしまう。
自分よりも遥かに幼い割に上等な着物を着ており、紅葉の柄が良く似合っている。
開いたままの口から覗く犬歯は、何となく彼女がやんちゃなのだろうと想像させられる。
そして何よりも注目すべきは、彼女の頭部なのだろう。

「…………」(もふっ)
「ふぇっ!?」

薄い山吹色のさらさらと流れるような髪も目を惹かれないでもないが、劉生は彼女の耳を指で摘む。
頭頂部に生えた狐の耳、先が少し黒くなっているその耳はふさふさと柔らかい。
揉むように少女の耳をいじる彼に、少女は当惑したような声をあげている。

「なにゃっ、にゃに?」

温かく血の通った耳をしばらく弄んで、劉生はようやく彼女の耳を開放する。
が、次に目に入ったのはその尻尾である。
丸まった一本の尻尾もやはり狐のもので、耳とは対照的にこちらは先にいくほど白い。
そちらにも手を伸ばそうとする劉生に、少女は慌ててお尻に手を回して尻尾を庇う。

「ここっ、こっちダメ! ぜったいダメ……!」

怯えたようにそう言って、かたかたと足を震わせながら涙目で見上げる少女。
そんな彼女に、劉生はふむと頷く。

「無理に触るつもりはない。おどかしたなら悪かったな」

そう言って彼女と目線を合わせるように屈み、彼は彼女の頭に手を置く。
無愛想な顔とは裏腹に、優しく慈しむような手つきに狐の少女はポカンとした顔つきになる。

「お前は奥方様の子か? 夜中に出歩くのはよくないぞ」

諭すような口調でそう言う彼に、彼女はむっと頬を膨らませる。
神主のどこか飄々とした態度とは違い、子どもらしく拗ねたような表情に劉生は和みを覚える。
桜色の唇を突き出して頬を膨らませたまま、彼女はピッと人差し指を彼に突きつける。

「出歩いてる……」
「私か?」

責めるような視線に尋ねると、彼女はこくんと頷いた。
そんな彼女に、劉生は顎に手を当て少し考え込むように俯く。
子ども相手にやけに真摯な態度を取る彼に少女が戸惑っていると、不意に顔を上げて諭し始める。

「お前はまだ子どもだろう? 夜は悪い人が多い、もしお前を攫うような不埒者に出くわしたらどうする?」
「うぇっ!? ん、んー……」

考えても答えは出ないであろう問いに、少女は真剣に考え始める。
そんな彼女を微笑ましく思いながら、劉生はポンと彼女の頭に手を置きなおした。

「出歩くなとは言わん。だが、誰かと一緒にいた方が心強いだろ?」

そう言って、劉生は屈んだままスッと彼女に背中を向ける。
乗れ、と言外に告げる彼の態度に少女は躊躇いながらもおずおずと彼の肩に手を伸ばす。
小さな小さな掌が両肩にかかり、華奢な彼女の体がぴとりと背中に張りつく。
その感触を確認して、劉生は彼女の腰に手を回して立ち上がる。
要するに、おんぶである。

「わ……っ!」
「っと……、大丈夫か? しっかりつかまるといい」

気遣うようにそう言い、彼は彼女を支えなおす。
少女も彼に言われたとおりにキュッと服の肩口を握り、しっかりと彼にしがみ付く。
その様子に一つ頷き、彼は先ほど見た絶景の、石段の前まで戻る。
高さはやはりあるものの、冴え渡った空気に輝く満天の星も、町ならではの光が暗闇を飾る。
その光景を劉生の後ろから覗き込み、少女はポカンと大口を開けていた。

「ほわぁー……」
「うむ、壮観だな」

呆けたような息を漏らす少女に、劉生は満足げに頷いた。
煌々とする景色を眺め、ふと彼は彼女に尋ねた。

「そう言えば、名乗っていなかったな。私は劉生だ、お前は?」
「ん、りゅーせい? こきゅーは胡弓!」
「胡弓……か。神主のつけそうな名だ」

納得したようにそう頷いて、劉生は改めて燦々と輝く夜景に目を移す。
冬ならではの澄んだ空気によって暗闇の中の光にキレがあって美しさを覚える光景に、胡弓は尚も放心したように息を漏らしている。
パスパスと彼の背中に柔らかい感触が当たるのは、恐らく尻尾でも振っているのだろう。

「満足したか?」
「おぉ、まんぞくっ!」

彼の問いにそう元気に返事をして、胡弓は小さな拳を勢いよく突き出す。
その様子に苦笑し、劉生は彼女を背負ったまま踵を返して玉砂利の道に一歩踏み出す。
さてどうしたものか、そう彼が考えた時に、すかさず今朝の神社が目に入った。

「そうだ胡弓、何か神さまにお願いでもしてみるか?」

今朝の自分の姿を思い出し彼女にそう告げると、彼女は素直に頷いた。
石畳を渡って趣のある社に歩み寄り、劉生はゆっくりと屈む。
その背中からぴょんと飛び降りて、胡弓は上機嫌に賽銭箱へ駆け寄る。

「にひひー♪」

そんな風に笑って、彼女は懐から自慢げに五円玉を一枚取り出した。
彼女のその様子を見て、口元にうっすらと笑みを浮かべながら劉生も財布から五円玉を取り出す。
5円はご縁、確かに私は胡弓に縁があったなと思うと、彼の口から自然と笑みが漏れた。

「では入れるか」
「おぉ!」

元気に拳を突き上げて返事をする彼女に微笑み、劉生は五円玉を賽銭箱に投げる。
それに倣って胡弓も五円玉をていっ、と投げつけて賽銭箱の中に放り込む。
二人合わせて二拍し、パンパンと乾いた掌を打ち付けあうような音が澄んだ境内に響く。
瞼を閉じて頭を深々と垂らす胡弓と同じように瞳を伏せ、劉生も頭を下げた。

(………………)
(………………)

しっかりと願い事を念じ、二人は顔を上げた。
別に神様の声が聞こえるわけでもなく、静まり返った空気の中に若干の居心地の悪さを覚える。
ちらりと劉生が胡弓を見やると、じーっと興味深げにこちらを見上げていた。

「どうした?」
「んー……、りゅーせい、何お願いした?」

頬をうっすらと染め、彼女が唇を開くたびに白い吐息が零れる。
薄い山吹色の耳がピコピコと揺れて、心なしか機嫌良さそうに見える。
彼女のその様子に、誤魔化そうかと思ったが何となく正直に答えることにした。

「大したことじゃない。神さまもどうか幸せに、それだけだ」
「なんで? なんでそう願った?」
「何で……と聞かれてもなぁ……」

願い事がない、ただそれだけだった。
だが、彼は胡弓の質問に真剣に考え込み、たどたどしくも答えを彼女に告げる。

「毎日が相応に楽しくメシも美味い。快眠快便、日々是好日……うぅむ」

強いて足りないものがあるとすれば友好関係くらいのものだ。
が、それも目の前の少女と雛蕗一家によって十二分に満たされている。
はてさて、とまたも考え込み、劉生は人差し指をピンと立てた。

「私は充分に幸せだが、神さまも願われてばかりでは疲れるだろう?」

それではダメか? と尚も考えながら彼は一先ずの結論を下す。
不承不承といった体の劉生だが、胡弓はあっさりと頷く。

「いいと思う! すごく!」
「そ、そうか……」

それも力強く拳を握りながら頷く彼女に少したじろぎながら、劉生はどもりながら返答する。
キラキラと尊敬の眼差しのような、そんな無垢な視線に注目され彼は多少の居心地の悪さを覚える。
悪くはないものの、気恥ずかしい。

「胡弓はそんな優しいりゅーせいが幸せになればいいと願った!」
「……はは。嬉しいことを言ってくれる」

胸を張る彼女の頭を撫でて、劉生は目の前の少女に微笑んだ。
そんな彼に胡弓も満面の笑みになり、あどけない顔が非常にかわいらしい。

「にひひー♪」

歯を剥き出しに笑う彼女の頭をポンポンと優しく叩いて、劉生は苦笑しながら立ち上がった。
このまま話し込んでいると風邪でも引いてしまいそうな寒さだ。
吐いた息も白く、明日は雪でも降るかとのんびり考えながら、劉生は彼女に手を伸ばす。

「さぁ、戻るぞ。一緒に行こう」
「おぉ!」

その手を力強く握り締める胡弓の手は温かみを帯びていた。
逆に冷え切っていた劉生の手に、彼女はひゃっと驚きの声をあげる。

「悪いな、冷え性なんだ」

申し訳なさそうにそう言い、劉生は手を離そうとする。
が、胡弓にしっかりと握られ、もう一方の手で挟むように掴まれて離せなかった。
怪訝な顔つきで劉生が彼女を見やると、先ほどと同じように満面の笑みで彼を見上げていた。

「にひひっ♪」
「……感謝する」

冷え切った手に染み入るような温かさにそう言い、劉生は彼女の歩幅に合わせて歩きだす。
そんな彼に上機嫌に鼻歌をしながら、胡弓はついていった。



「何故こうなった……」

あれから数分後、境内の社の中で劉生は深々とため息を吐いた。
その腕の中には、彼の体にしがみつく胡弓の姿がある。

「あったかー……」

夢見心地で劉生の胸板に頬擦りする無垢な少女の姿に、劉生は若干の罪悪感を覚える。
本来であれば宿舎の然るべき部屋の毛布に包まっているはずが、何故かこの現状である。
理由は分かりきっている。原因不明にも宿舎の鍵が閉まっていたからだ。
どこか開いている場所はないかと探しもしたが、当然のように徒労に終わった。

「まぁ、外で寝るよりは遥かにマシか」

結果が、唯一開いていた社の中だった。
ちゃんと手入れされているのか大して埃もなく、風も凌げるため悪くはない。
が、暖房器具も布団のような衣類もないため、寒いからと抱きついてきた胡弓を抱いている。
寒いと言っていた割に、彼女の方が体温が高く劉生も助かっているのだが……。

「りゅーせいぬくいー……」
(神主に見つかれば殺されそうだな……)

居候の新米に愛娘が抱きついている絵を見た権蔵の姿を想像し、劉生は半笑いになる。
十通りのうち、十通りがフルボッコだった。
性格的に考えて、権蔵は親バカとしか劉生に考えつかない。

「胡弓、お前の父上は優しいか?」
「ちちうぇ? ゴンちゃん?」
「娘にもそう呼ばせているのかあの人は……」

少しげんなりしたように掌で顔を覆う劉生。
少年時代は彼に憧れていた者として、少々複雑らしい。

「ゴンちゃん優しーぞ? どした?」
「あぁ、いや。お前にじゃなくて……、そうだな。お前の男友達に優しいか?」

胡弓の性格的に考えて、積極的に男女問わずに友達がいるであろうと思い劉生はそう聞いた。
が、返事は一応予想はしていたものだった。
しゅんと申し訳なさそうに項垂れて、胡弓はぼそぼそと答える。

「……男友達いない」
「あぁ……、神主が邪魔でもするのか?」
「うん。ゴンちゃんがでんかのほーとー持って追いまわすから」
「神主……」

予想以上に典型的な親バカっぷりだった。
というか、子ども相手に刃物を引っさげて追い回すってナマハゲか。
心の中でそうツッコミをいれて、劉生はまたため息を吐いた。

「だから、りゅーせいが初めての友達!」
「勘弁してくれ、私はまだ死にたくない」

子ども相手にそれならば自分はどうなるか、想像するのも恐ろしい話である。
伝家の宝刀など生温かろう、尻子玉でも引き抜かれそうだ。
ぞくりと悪寒が走り、劉生はそこで考えるのを止めた。

「えぇー! りゅーせい友達なろーよー!」
「胡弓、賢いお前なら分かるはずだ。私がお前の友達になったらどうなるか想像してみろ」
「うぇ? んー……、たのしい?」
「全く楽しくない。恐らく私も同じように神主に邪魔されるだけだ」

邪魔という言葉で済ました自分の無意識に頭を抱え、劉生は三度目のため息を吐いた。
懐にしがみつく胡弓はすげなく返す彼に頬を膨らませる。
が、すぐに閃いたかのように表情を明るくする。

「じゃ、友達はいい! 代わりにけっこん!」
「胡弓、一気にぶっ飛んだぞ」

呆れたような顔つきになる劉生に、胡弓は名案じゃないかと輝いている。
友達がダメなら……という思考だろうが本末転倒である。
というか、そんなことをしようものならフルボッコどころではなく即斬首になるだろう。
眩しい笑顔の胡弓に、彼は少し引き攣った表情で諭し始める。

「いいか胡弓。結婚というのは愛し合う男女が結ぶ契りであって、そう軽々しく結べるものでは……」
「胡弓はりゅーせいが好きだから大丈夫!」
「待て待て。私もお前のことは好きだが、少し待て」
「りゅーせいも胡弓のこと好き!?」

さらりと口から漏れた失言に、胡弓の表情が更に眩しいものになる。
幼いといえど魔物、目敏いと劉生が後悔した時には遅かった。

「いや、待った。嫌いじゃない、言い直そう」
「嫌いじゃないってコトは好きってコト!?」
「まぁ若干の好意がないわけではないが……」

生真面目な彼は、彼女の素直な好意に嫌いと言えるほど酷な性格ではない。
その優しさが、彼女を後押しさせてしまった。

「じゃあけっこんできる! あーいらーぶりゅーせー!」
「うおっ!?」

喜色満面の掛け声と共に、小柄な体からは想像もつかないような力で押し倒される。
古びた床板に強かに背中を打ちつけながらも、劉生は何とか頭部を浮かせた。
しかし、油断していたとはいえ子どもに押し倒されるとは思わなかった彼は目を白黒させていた。

「ぅぐ……、奥方様と神主の子という事実を忘れていたか……」
「にひひ♪ かーちゃん直伝のおしたおしー♪」

教えるなよそんなもの。
心の中でそう悪態をついて、劉生は起き上がろうと抵抗する。
が、巧みにも胡弓は彼の胸板に体重をかけ、上手く力が入らないように跨っていた。
その事実に気付き、劉生の態度に少し焦りが生まれる。

「……胡弓、油揚げをやるからどいてくれないか?」
「油揚げよりりゅーせいが欲しい!」
「いいのかそんなに軽々しく決めて。油揚げだぞ? 三越の油揚げだぞ?」
「ミツコシ!? ……うー……、や、やっぱりゅーせいのが欲しい!」

若干揺らいだもののそう言って、胡弓は目に妖しい色を浮かべ始める。
退魔の心得など微塵もない劉生でも、それが魔力による影響というのは分かる。
かくなる上は、小さくそう呟いて、彼は彼女のお尻の付け根に手を伸ばした。

「すまん!」

そう叫んで、手探りで見つけた胡弓の一尾を握った。

「ぅわひゃ――――――――――――!?」

刹那に、胡弓は奇声をあげた。
顔どころか耳まで真っ赤で、体を軽く痙攣させながら弓なりに体を反らしている。
あまりの反応に劉生は慌てて手を離し、胡弓は瞳に涙を溜めて彼に詰め寄った。

「ぜっ、ぜったいダメって言ったのに……!」
「う、うむ……すまん」

とてもいい触り心地だった、とは言えなかった。
有無を言わさぬ圧力をかけられ、劉生は呆気に取られながら彼女を見上げる。

「尻尾は弱点だからダメ!」

そう言いながら彼女はむにむにと劉生の頬を引っ張る。
仏頂面の割に柔らかい頬を伸ばして弄びながらも、その目は涙を溜めて必死だ。

「わひゃっは。わひゃっははらはなへ」(分かった。分かったから離せ)

そんな彼女にやれやれとため息を吐きながら、上手く発音できずにそう告げる。
が、胡弓は手を離さずにジト目で見下ろす。

「けっこんするなら、許す……けど」

許さんでいい、とすかさず答えようとして止まる。
いかに結婚結婚と言っても権蔵がそれを容認するとも思えない。
四の五の言ってもねだられるなら、一度引き受けて現実を見てもらったほうがいいのではないだろうか?
それに、と彼は瞳に涙を溜める胡弓を見据えた。

(子ども相手に私も大人気なかったのは確かだな……)

やれやれとため息を吐いて、劉生は呆れ顔で頷いた。

「わひゃっはよ。へっほんひゃ、へっほん」(分かったよ。結婚な、結婚)
「ホント!? りゅーせい、胡弓とけっこん!?」
「ふはっ……、ま、神主が許可したら構わんぞ」

少し意地の悪い言い方でそう言うが、胡弓は大して気にした様子はない。
赤い頬に手を当てて嬉しそうに身をよじっている。

「ふぇへへ……♪ りゅーせいとけっこんー……♪」

後が怖いくらいの浮かれっぷりである。
呆れやら微笑ましさやらの複雑な面持ちで彼女を見上げて、劉生は彼女に声をかけた。

「もういいだろ? どいてくれると助かるのだが……」
「ふぇ? でもけっこんなら……」

首を傾げた彼女が、上唇をちろりと舐めた。
劉生の背中を、冷たい何かが流れた。
よくよく見てみると、彼女の瞳がまたも妖しい色に染まっている。
何かに蕩けたような、魔物特有の熱を帯びた女性の色に。

「ふーふのいとなみしないと……♥」
「……おい、まさか、だよな……?」

引き攣った口から出た言葉も、妙に上擦っている。
彼女の尻尾に再度手を伸ばそうとするが、何かに縛られかのように動かない。
恐らく、目を合わせたときに何らかの妖術でもかけられたのだろう。
冷静に分析するも、劉生は割と焦っていた。

「ふつつかものでも、あーいらーぶゆー!」
「んむ……っ!?」

飛び掛るように身を躍らせて、小さな唇が劉生の唇に合わさる。
深く深く合わさった唇の隙間を、細っこい何かがぬるりと滑り込む。
それが胡弓の舌だと認識した時には、すでに口内に侵入していた。

「んぢゅっ、ちゅ、ぇる……うむぁむ♥」

口腔を這う未知の感覚に劉生の体が硬直する。
子どもと侮ってはいたもののやはり魔物、彼女いない暦=年齢の劉生よりも積極的だ。
唾液と唾液が絡み合い、彼はどこか甘いような感覚を覚える。

「んんっ、ふぇっぷぁ……。りゅーせい、やらしー♪」
「……っぷは。……何がだ?」

星明りに妖しく光る銀色の糸を引きながら、胡弓の唇が離れる。
艶やかに光るその唇に頬が熱くなるのも構わずに、彼は彼女にそう返した。

「キスだけでたってる……♪」

そう言って振り向いた彼女の視線の先には、張りのある太腿に押し当てられた三角形だ。
寝巻きを窮屈そうに押し上げる愚息の姿に、劉生はこめかみを押さえる。

「魔力に当てられたのだろう。私は嫌らしくなどない」
「えぇー? ホントー?」
「本当だ。私は嘘は吐かん」

口をへの字に曲げてそう言う劉生に、彼女はにまぁ……と口角をつり上げる。
それは、彼が子供の頃に見たいじめっ子の表情によく似ていた。
確かに嘘を吐いた覚えはないハズなのに、劉生の頬を冷や汗が流れる。

「な、何だ……?」
「そーなのかー……ふーん。じゃあ直接聞いてみるー♪」

そう言って胡弓はもぞもぞと体の上で方向転換し、仰向けの彼に自らのお尻を向ける。
はだけた着物から覗く健康的なその臀部に、劉生は目が点になった。
穿いてない。

「胡弓、下着はつけろ。あと、はしたないから尻を向けるな……」
「ふぇ? きものは穿いちゃダメってかーちゃん言ってたぞ?」
「それは奥方様が間違ってる。明日からは穿け」
「はいさー♪」

機嫌がいいのか、素直な返答が返ってきて劉生はホッと息を吐く。
ふりふりと左右に振られる尻尾を目で追っていると、ふいに下半身が涼しくなった。
恐らくはズボンを脱がされたのだろう。
半ば諦めてはいたものの、さすがの劉生もこれには慌てる。

「おい胡弓、お前何するつも――ァ!?」

冷えた空気に晒されていた亀頭に、温かく湿ったざらりとしたものが這った。
それだけでその動きが止まるわけもなく、尿道口に押し込むようにぐりぐりとそれが押し付けられる。

「こっ、きゅう……!? や、やめっ、やめぇ……!?」
「えぅ、れりゅ、んぁん♥」

敏感な亀頭部を細い舌が何度も責めたて、劉生は顔を赤くして悶える。
目線が外れたためか体は動くが、それどころではない。
劉生の制止など聞くはずもなく、胡弓は根元から裏筋をなぞるように舐めあげた。

「うあ……!?」

ぞくぞくと体を走る快感に、劉生は堪らず声をあげる。
全身の肌が痺れるように逆立ち、自然と彼の呼吸が乱れ始める。
そんな彼に構わず、胡弓はむしゃぶりつくように今度は彼の陰茎を咥える。

「んぐっ、んむ゙っ、んんんぅ♥」
「バッ、か……やめろと……!」

狭い口腔に無理矢理ペニスを咥えこみ、ぬめった感触に肉棒を包まれた劉生はやり場のない腕を天井に伸ばす。
完全には入りきらないものの、敏感な部分を丸ごと咥えられて彼はあまりの快感に打ち震えていた。
視界がチカチカするその劉生の目の前を、完全に捲れた着物からこぶりなお尻がゆらゆらと揺れている。
まるで誘っているかのようなその動きに、劉生はムキになって左右のそれを両の掌で掴んだ。

「ったく、乗ればいいのか……?」

そう言って、彼はびしょびしょに濡れた彼女の陰唇に吸い付いた。

「づぢゅ、ぇろ、ぢゅるるっ、れる」
「うむぅんむ!?」

予想だにしていなかった劉生の攻撃に、胡弓は肉棒を咥えたまま悲鳴をあげた。
ビクッと跳ねた体を押さえつけるようにしっかりと臀部を掴み、彼は尚も彼女を責めたてる。

「んむっ、れるぇ、ぢゅっ、ぢゅぞぞ!」
「んっ、んんんん!?」

陰唇を容赦なく吸いつかれ、胡弓の目の前がスパークする。
だが、彼女の魔物としての性が、快感に溺れることよりも責めることを優先させる。
劉生に合わせて彼女も彼の剛直に吸い付き、亀頭部を丹念に舐め回す。

「んぢゅ、ぢゅぽっ、れるる、んぁ、ぢゅるる♥」
「ぇる、ぢゅづるる、ぴちゃっ、れりゅ……」
「ぁむ……むぅぅ♥」

陰唇に、劉生の舌が潜りこむ。
テクニックも何もなく、捻じ込むような舌の動きに胡弓は嬌声を漏らす。
その声も彼の敏感な陰部に刺激を与え、劉生も余裕なく彼女を責めつづける。
這い回るようなゆっくりとした動きではなく、蹂躙するように彼の舌が暴れる。

「ぅむ、ぇるる、れりゅるる、じゅづっ、づぢゅ!」
「ひゃむ、んむぁぁん……♥」

容赦のないその責めたてに、強張った胡弓の体が絶頂してしまう。
そうなりつつもぐりぐりと舌先は尿道口に押し付けられ、劉生は限界すれすれだった。
無我夢中でむしゃぶりついていた彼女の秘部から口を離し、彼は荒い息を吐く。

「っはぁ、っはぁ、うっ……ぐぅ……!」

劉生の責めが止まり、絶頂したてながらも胡弓は執拗に彼の亀頭を責める。
ねぶるように吸い付き、舌を巻きつかせて念入りに刺激する。
既に危うかった彼が苛烈になったその責めに耐えられるわけがなく、陰茎がひくひくと動く。
それを舌先で感じ取った胡弓は、喉奥まで引き込むように肉棒に吸い付いた。

「んぢぅぅ、ぢゅるっ、づぢゅるるるる!」
「う、ぉ、あぁぁぁ……!?」

堪えきれない声をあげて、劉生は絶頂する。
ごぶっ、と胡弓の口から白濁した液体が溢れ出る。
亀頭から勢いよく噴出した精子は彼女の狭い口内を白く染め、たらりと唇の端から零れる。
それを無理矢理に嚥下し、彼女は肉棒から口を離した。

「んっく……、りゅーせいの……濃いぃ……♥」

口の端から垂れる精液を人差し指で掬い、胡弓はぺろりとそれを舐める。
それを見る余裕もなく、劉生は絶頂後の脱力感にただただ息を吐いていた。
どこか安堵したような弛緩した彼の体に、胡弓はまたもいじめっ子のように口の端をつり上げる。
劉生の体に跨ったまま向きを変え、今度は彼を見下ろすような騎乗位になる。

「りゅーせい、やっぱやらしー♪」
「……あぁ、そうだなぁ……」

彼女の誘いに乗っかった身としては、それ以外に返答のしようがない。
にまにまと嫌らしい笑みを浮かべる彼女は、その回答に少しだけ腰をあげる。
そして片手で、未だにいきり勃つ肉棒を掴む。
温かく細やかな手に陰部を掴まれ、劉生は上擦った声をあげた。

「うぁ……!」
「そーゆーりゅーせいには、胡弓をもっと幸せにしてほしーなー……♥」

そう言って、胡弓は陰茎の位置を調整して自らの秘部にそれをあてがう。
くちゅ、と卑猥な水音が響いて亀頭が蜜壺の入り口に触れた。

「お、おい……、それはシャレにならな……うっ!」

止めようとする彼の言葉を無視して、胡弓は一気に腰を下ろした。
メ゙リッ、と処女膜を破る生々しい音が響き、接合部から一筋の血が垂れる。
ずぷずぷと処女壁に陰茎を押し包まれる感覚に、ぞくぞくと彼の全身に痺れるような快感が走る。
さすがにあどけない顔を苦痛に歪めて、胡弓は堪えきれずに声を出す。

「ひぃ……っぐ!」
「うぉ……きっつ……!」

未成熟な膣内はかろうじて彼の剛直を受け入れたがかなり狭い。
ギチギチと肉棒が彼女の膣壁に締められ、動くどころの話ではなかった。

「お、い胡弓……! 痛いなら、動くな……よ!」

そう言って、彼は胡弓の中に陰茎を埋めたまま上体を起こす。
目尻に涙の溜まった彼女の小さな体を抱きしめ、慈しむように山吹色の髪を撫でる。
尚も締め付ける肉洞にはえも言われる快感を覚えるが、彼はそれを堪えて彼女に声をかける。

「ゆっくりでいい……、慣れるまで動くな……!」

安心させるようにそう言い、何度も何度も頭を撫でる。
少し汗をかいた温かい劉生の体に抱きしめられ、胡弓はグッと奥歯を噛んだ。
その歯の隙間から、声が漏れる。

「りゅー……せぇ……?」
「幸せにしてほしいんだろ、神さま……」

そう言い、彼はぎゅっと彼女の体を抱きしめた。
力強く温かい抱擁と、呟かれたその言葉に胡弓の目が大きく見開かれる。
弾みに、目尻に溜まっていた涙がポロっと零れる。

「私も、お前の言う通りもっと幸せになりたいからな」
「……にひっ♪ りゅーせいに、バレちゃった……」

少し辛そうな声音ながらも、胡弓はそう言って笑った。
そして、ゆっくりと彼の陰部から腰をあげる。
狭い肉洞の中からずるずるとペニスを引き抜かれ、劉生は堪らずに声をあげる。

「うぁ……! も、もういいのか……?」
「もう、いい……!」
「うぐ!?」

浮いた腰が一気に打ち下ろされて、劉生は彼女の体を更に抱きしめる。
小さな膣内に彼の怒張が締め上げられ、愛液のたっぷりと絡んだ蜜壺はまるで彼のそれをしゃぶるように蠢く。
ヒダも満遍なく彼の逸物を扱き、異様な快感が彼を溺れさせる。

「いいっ、いいっ! すごく、いい……!」
「待っ、おい……胡弓……!」

当の胡弓もその快楽を貪るように何度も何度も腰を打ちつける。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音が神聖な社の中に響き、劉生は彼女を抱きしめながら快感に身を震わせる。

「んっ、りゅーせぇ……、おく、おくもぉ……♥」
「だ、ぁぁ……!」

蕩けた声を漏らして、彼女は一層深く腰を打ち下ろす。
滾る陰茎が彼女の膣壁を押し分け、奥に突き進み子宮口にコツッと当たる。
その感覚にびくっと身を震わせて、胡弓はあられもない声をあげる。

「ひゃん! いい、これぇ、いいよぉ……!」

そう言った彼女の律動が、急に速まる。
劉生の亀頭がそこに当たるように、何度も何度も腰を弾ませる。
涎を垂らしながら快楽を貪るように腰を振る彼女に、劉生はただただ堪えるばかりである。

「う、ぐうぅ……!」
「りゅーせっ、りゅうせっ、りゅーせぇぇ♥」

劉生の名を呼びながら、彼女は細い腕を彼の首に回してしがみつくようにして腰を打ちつける。
腰の動きだけでなく、子宮口を小突くたびに締め付けるような膣の収縮も尋常じゃない。
彼には彼女に返事をするだけの余裕はなかった。

「ひゃあ……んんぅ、りゅーせぇ……ふあぁっ! きもちいぃぃ……?」

蕩けた喘ぎ声が、劉生の耳に絡みつくように響く。
幼いハズの胡弓の声も、どこか淫靡に聞こえる。
堪えるばかりで返事をできない彼に、胡弓はぐりっと子宮口を彼の亀頭に押し付けた。

「ひぁっぐ……!?」
「りゅーせぇ……、りゅーせぃも動いてー、ねー……?」

とろんと肉欲に溺れた瞳に覗きこまれ、劉生の頭の片隅にあった自制が溶かされる。
少し遠慮がちながらも、彼は快感に任せて彼女の膣へ腰を突き上げる。

「ひゃんっ、いい、いいよりゅぅせぃぃ……♥」

甘く蠱惑的な声を漏らしながらも、胡弓は腰の動きを止めない。
肉と肉のぶつかり合う音だけでなく、彼女の秘裂からは蜜をかき回す粘着質な水音も響く。
キュッキュッと甘く何度も締め付ける彼女も、さすがに魔物と言えど絶頂が迫っていた。
劉生に体をぴっとりと密着させ、彼の逞しい逸物を最奥部まで咥えこむ。

「ひゃ、あああぁ……♥」

そうして、胡弓は彼にしがみついたまま体を弓なりに反らす。
絶頂により、彼女の膣が貪欲に彼の陰茎に締まり、劉生の精液を搾ろうと蠢く。
そんな快感に、劉生が耐えられるはずがなかった。

「う、あぁぁ……!」

絶頂により体が強張り、嬌声をあげながら彼は胡弓の小さな蜜壺の中に精液を送り込む。
ドクドクと脈打つように注がれる熱い白濁に、胡弓の表情はしまりなく緩む。

「あ、あ、ぁ……熱いぃ……りゅーせぇのぉ……♥」

恍惚とした笑みで彼の子種を受け入れ、胡弓は彼の胸板に崩れ落ちた。
いかに魔物と言えど、劉生と同じように疲れたらしい。

「りゅーせぇ、こきゅー、しあわせぇぇ……♥」
「あぁ……、そうだなぁ……」

生返事を返すのがやっとで、そのまま二人は抱き合ったまま深い眠りに落ちてしまった。



「けーっこん♪ けーっこん♪」

昨晩、宿舎の鍵が全て閉まっていたのは権蔵の仕業らしい。
何でも昼に賽銭を入れたときには既に劉生は胡弓に目をつけられていたらしく、むしろ彼女を支援したようだ。

『劉生なら大丈夫じゃろ』

何の保証もない期待と共に結婚を許可され、劉生としては少々腑に落ちなかった。

「いや、悪いことではないのだが……」

特に何かをしたわけでもなく全幅の信頼を置かれ、不穏に思わないでもない。
恐らく、彼女の求婚を受けて彼は正解だったのだろう。
断って彼女を泣かせていたら、それこそ権蔵にシバかれていたかもしれない。

「うぅむ……、まぁ、構わんか」
「にひひー♪ りゅーせいがだーんなー♪」

上機嫌に妙ちくりんな歌を歌う胡弓を背負い、彼は境内の掃除を再会する。
劉生の背中に張りつく彼女の尻尾はいつの間にか二本になっていたのを彼は気付かなかった。
13/01/27 18:50更新 / みかん右大臣

■作者メッセージ
受験と聞いて思い出した話はやっぱり今年のスピンスピンでござる。
今年苦しんだ彼らにアーメン。

誤字脱字等の報告、ご感想やなまらすげぇ批判はくるっと書き込んでください。

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