連載小説
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後篇
 「起きてください、一之助さん」

 その声で眼を覚ました。
 眼を開けると、御舟さんの割烹着を着た千鳥さんが覗き込むように見ていた。髪は縛って結びんでいた

 一瞬状況が分からなかったが、すぐに昨日のことを思い出す。

 「朝ごはんつくったんですけど、冷めちゃいますから食べません?」

 もちろん、頷く

 じっと、千鳥さんの割烹着姿を眺めていると、なんです?と怪訝そうに聞かれた。

 「いや、その、なんというか、こう、いいな、と思いまして」

 上半身を起こした。
 千鳥さんの顔が真っ赤に染まる

 よほど、恥ずかしかったのか無言でそそくさと部屋を出ていく

 いや、僕の格好をみて、恥ずかしかったのだろう、今の僕は何も身につけていない、全裸だった。

 本当に恥ずかしがり屋だな、と思いながら、着替える
 いつもは寝巻のまま生活しているが、今日は違う、本の山を崩さないように歩いて、部屋の隅っこにある、箪笥の引出しから、いつもの寝巻とは違う服をだす。

 三年前まで帝都にいた時きていた和服だ、本当は洋服を着たかったのだが、あれは本家にあるからだめか、袖を通しながら、この服を着るのも4カ月ぶりだと思いだした。

 大部屋にいくと、千鳥さんがまっていてくれた

 「どうです?」

 この服のことを聞くと、千鳥さんは頷く、似合っているということだろう

 座卓の上には料理が並んでいるが、すこし多すぎないかな?
おかずだけで6品目あるよ

 だけど、にこにこと笑う千鳥さんを見ていると、何も言えないし、なぜか体の調子がいい、とにかく飯が食べたかった

 なぜ体の調子がいいのか、それを考えるのはあとにする

 今は朝食が先、そう思って千鳥さんと卓を挟んで正面に座る

 「いただきます」

 二人でそう言うと、朝食を食べることにした。おいしかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 「じゃあ、千鳥さんのおかげなんですか?」

 そう言うと、千鳥さんは恥ずかしそうに笑う

 朝食が終わり、食休みでお茶を一杯飲んでいた時、ふと体調がいいことを思い出し、千鳥さんに言うと、答えを教えてくれた

 なんでも、昨日僕に千鳥さんがしてくれた回復用の神通力でとても特殊な術、すこしやそこらでこの術が崩せることはない、しかし、呪いを解くほどの力はなく、やはり応急処置にすぎない、とのこと

 やはり、根本的な解決にはならないか

 「千鳥さん、この術で大体どのくらい持ちこたえることができますかね?」
そう聞くと、すこし迷って、一日は、と答えてくれた

 「だけど、保存はできます」

 保存?

 これ、と言って、千鳥さんは僕の手に紙の束、いや、紙にはミミズがうねったような文字で何か書かれてている、だが、その文字は普通の物ではない、文字そのものから特殊な魔力を感じる
 だが、とても知っている、これは千鳥さんの魔力だ

 「一枚、胸に張ってみてください」

 そう言われて、胸に張ると、胸のあたりが温かくなった、いや、この感じは昨日のあの神通力の感覚に似ている、いや、そのモノだ

 「この紙には私の魔力がこめられています。その文字に昨日の神通力を封じ込めていて、能力は幾分落ちますが、私がいない時でもその、同じような回復は可能です」

 「…千鳥さん、僕の気配分かるんじゃないのですか?その、確認したことはなかったですけど、昨日もその前も、僕の気配で駆けつけてくれたじゃないですか?失礼ですけど、その、札はいらないのでは?」

 「…それが、昨日までは、一之助さんの気配というか精で、体の具合が分かったんですけど、その、なんというか、抱いてもらってから、私自身が一之助さんの精で満たされてる感覚で、分からなくなってしまって、次に倒れられたら、駆けつけられないでしょうから」

 恥ずかしそうに言う、こちらまで恥ずかしくなってきた。ふと、その時、千鳥さんから渡してもらった紙を見て、気がつく

 「…これ居間にあった紙ですか?」

 千鳥さんが心配そうにいう

 「もしかして、重要な紙でした?」

 首を横に振った、大変なことを思い出したから、汗が出てきた

 「いや、紙自体は大したことないのですが、その、御舟さんに弟あての手紙を持たせて屋敷までお使いに行ってもらったんですけど、どうしましょう、今ごろ、僕の葬式の準備してます」

 御舟さんに持たせた手紙は、僕の遺書だった。
 この間倒れた時、もう長くないと思っていたので、現に昨日あのまま倒れていたら死んでいただろう

 だから、葬式などの準備などを頼んだのだ

 「…それは、まずいですね」

 一通り説明すると、千鳥さんも事情が分かったらしい

 「手紙を書いてくれますか?地図と住所さえ教えてもらえば、たぶん私でも届けることができますけど」

 確かに魅力的だ、馬でも一日というのは、山を越えた場所にあるため、地を歩く生物では時間がかかるということ、だが千鳥さんは空を飛べる、一直線なら片道3刻もかからないだろう、でも、その、一番最初に難題がそのとき、その、弟に千鳥さんをなんといったらよいのか、少し考える

 いや、別に千鳥さんが妖怪だということに問題があるわけではない、それよりもいきなり、嫁さんができたなんて報告すれば、よく考えてみれば、あいつの性格からして、喜ぶだろう、しかし、今度は僕の知らないところで式の日程やら準備やらを進める、弟はそういうやつだから
 こういうのは僕が決めたい、それに、その気持ちの整理がついてから、弟としっかりと話してから言いたい
 僕が行ってもいいのだが、それは千鳥さんに反対されたから駄目だ

 それを、千鳥さんに伝えた

 「なら、問題ないですよ。つまり、御舟さんに手紙を渡せばいいのですよね」

 「ええ、まぁ」

 「だったら、あれがあるじゃないですか、『言ノ葉』が」

 あぁ、と手を叩いて納得した。『言ノ葉』というのは西洋呪術の一つで本来戦場で使われる通信用の呪術だ
 特定の人に思いや意思を伝える呪術だが、その特定の人間と一度回路をつながなくてはいけない、それで一度、千鳥さんに教える際、御舟さんにお願いして、千鳥さんから御舟さんに交信をしてもらった、まぁ、御舟さんに一方的に千鳥さんの言葉を伝えることしかできないがこの場合は

 その手があった
 急いで紙と筆を持ってきてもらい、書いた。

 その間、千鳥さんはばたばたと忙しそうに家をかけていた。

 昼ご飯は窯の中にご飯が残っていること、それと焼き魚が残っているから、それをおかずにして食べてください、と教えられ、千鳥さんに屋敷の場所に丸をつけた地図を渡す。

 それを確認し、千鳥さんは庭にでて、空をかけていった。
 手を振って見送るが、ものすごい速度だ、あっという間に見えなくなる
 うまくいけば一刻でつくのではないだろうか

 今日は雲ひとつない秋空だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 さてと、やるか

 そんな秋空を見ていて、決めた。
 家の中に入り、一番奥の間、今年に入ってから一度も入っていなかった襖の前に立つ

 あけるのに、すこしばかり躊躇したが、覚悟を決め、入った。

 中は簡素で、西向きに窓が一つあるだけ、いまはその窓も閉まっていて、全体的に薄暗い印象があるが、御舟さんに掃除の手が行き届いており、ほこり臭くはない。
 窓際に西洋机、食事のための机ではなく、書物を書くための机と椅子が置いてある、殺風景だが、ここは書斎だ
 父が母様の所にいてもすぐに仕事ができるようにとつくった部屋だが、帰ってから、いや、母様が死んでから、父はこの部屋に、この家に来ることは無かった。

 なので、僕がこの家に帰ってから、ここで研究をしている、いや、していたか
 まぁ、もう最後に使ったのは一年以上前だが

 机の下に置いてある箱を開け、ノートを取り出す
 全部で七冊、題名は無い、ただ番号が降ってあるだけだ

 壱と書かれたノートめくり、それを読む

 書かれているのは、死後の世界についての西洋呪術様式に書かれる意味と呪いについての解術呪術の高格天式、つまりは、この呪いを解くための研究

 このノートは僕の研究成果
 まだ、昨年までは諦めていなかった
 だが、それは体にはっきりとした変調が現れるまで、昨年の冬、この部屋で痛みが僕を襲い、倒れた。ペンまで一時期握ることすらできなくなった。

 それが、最初の警告だったのだろ、この呪いを解読しようとすればするほど、この呪いは寿命を削り取っていった

 そして、諦めた

 ついかは、解読も不可能ではないだろうこの呪い、しかし、その解読のためには残された時間はあまりに少なく、他の研究者に任す方法もあるのだが、呪いの研究は恐ろしい、なぜなら呪いの研究中に一歩間違えば自分がその呪いにかかる、いや、自分にしかかからなければいいが、愛している者に呪いがかかることすらあるのだ
 だから、呪いの研究はあまり進んでいない、呪いの研究は掛った者がするしかないのだ
 
 自分を救いたければ自分で救うしかない

 初めて倒れた時、諦め、もう残された時間を漠然と生きよう、そう決めて諦めた
 だが、今は違う。僕には千鳥さんという人ができた。僕も生きることに決めたのだ
 呪いを解いて、千鳥さんを幸せにしよう、そう決めたのだ

 とりあえず、ノートを読み進め、どこまで研究をしていたか確認する。全てを読み終えるのに、そう時間はかからなかった
 ふと、読み終えた時、胸に張っていた札が焦げていた、面積が三分の一ほどしか残っていない

 呪いを解くための行為で、この呪いは僕を殺そうとしている、つまり、いつ症状が出てもおかしくない
 そうか、この札が肩代わりしてくれたのか、胸の札を交換しつつ、千鳥さんに守られているのか、と思うと少しばかり、胸に込み上げてくるものがある

 部屋に戻り、呪いの関係資料、本、それと今年出され流し読みしていた呪術関連の本、それと、呪術の儀式に必要な道具全て、数回に分けて部屋に運ぶ

 窓をあけ、まだ今の時間では、光はそんなに入ってこないが、今はそれぐらいがいい

 さてと、やるか

 まずは基本に戻り、呪いの解読に取り掛かる準備を始めた

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「一之助さん?」

 後ろから声をかけられ、驚いて声を上げて椅子から落ちてしまった
 見ると、千鳥さんが後ろに立っている、なぜか、眼には涙をためて、顔が真っ赤だった

 「あぁ、千鳥さん御帰りなさい」

 「あぁ、じゃないですよ、まったく」

 そう言うと、僕に抱きついた

 「…いったじゃないですか、私もう一之助さんの気配が分からないって。帰ってみたらいくら呼んでも返事なされないし、ご飯はそのままだし、本当に…死んじゃったかと…死んじゃったかと、思って」

 そのまま泣く千鳥さんを抱きしめてどこにも行きませんよ、貴方を残して行きません、そう言って抱きしてた。

 心配性だな、と思ったが、考えればいつ死んでもおかしくない命だ、心配するな、という方が無理か
 部屋の中はもう暗い、日もすでに沈んだらしい
 昔から研究に夢中になるあまり周りが見えなくなって遅くまでしていることがあった。体の痛みがないので集中できたが、またやってしまったらしい

 そのまま泣きやむまで、僕は千鳥さんを抱きしめた

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 夕食を食べながら、千鳥さんと互いに今日の出来事を報告する。

 僕は呪いを解くために呪いの研究を再開したことを告げ、それと、札のお陰で助かったことに礼をいった。

 「千鳥さんはどうでした?」

 「えぇ、まぁ、その、屋敷の方には見つからずに、御舟さんに手紙を渡せたんですが…ついでに、一之助さんの症状と、私の札が抑えていることを報告したのですが、あの」

 そこで、口ごもり、恥ずかしそうに俯く、翼で顔をかくしてしまって、ほんの少し顔が見えたが、真っ赤だった。

 「御舟さんにばれちゃいまして、その、一之助さんのお嫁さんになったことと、その………なんというか、一之助さんに抱いてもらったことを」

 あぁ、なんとなくわかった。つまりは…

 「早くとも半月ほど、帰るのにかかるから、それまで、たくさん愛してもらえ、って言われちゃいまして」
 
 想像に難くない、すごく、御舟さんは人の悪い笑みを浮かべながら言ったのだろう

 まったく、人が悪いかな、御舟さんは

 「それまで、一之助さんの面倒をみるようにお願いされちゃいました」

 恥ずかしそうに言う

 御舟さんなりに気を使ってくれているらしい、それもそうか、もしも僕が失敗すれば、待っているのは僕の葬式だ、それまで、千鳥さんと一つでも思い出をつくれればいい、そういう風に考えているのか、それとも、僕が成功したら、千鳥さんを正式に嫁として迎え入れるつもりなのもお見通しなのだろう、つまり、将来的には千鳥さんにこの家を任せることになるのだ

 そしたら、家財道具を新調しなければいけない、それにこの家は僕がもらうことになっているが、事実上収入は二之助が取り仕切る本家からの仕送りで成り立っている、どこか働き口を探さなければいけない、そんなことを考えていると、ふと、ある疑問が浮かんだ

 「そういえば、千鳥さん、荷物などはどうしていたんですか?旅をするにも僅か位は荷物を持ってらしたのでしょうから?」

 それに、約4カ月間の間、どこにいたのかも気になった。

 「実は、ここから7町ほどの距離のある廃屋に最初の内は住んでいたのですが、梅雨が終わる前に、御舟さんにばれちゃいまして、御舟さんを責めないでいただきたいのですが、離れで生活してました」

 この家とは別に、離れがある。離れといっても、元々、母のためにこの家はつくられたため、土地そのものは、父が家ごと買い取った物、それ以前に建てられ、取り壊されなかった家で、生活するには不便は無い、それに、僕がこんな体だから離れには行けないし、確かに知られることは無い、だけど、

 「なにも、それなら正直に言ってここに住めば良かったのに、部屋なら余っていたじゃないで…」

 それは、無理だと気がつく、千鳥さんは結構恥ずかしがり屋、しかも人間に恐怖して、そんな中で男女が一つ屋根の下で生活するなどもってのほかだ

 「…実は、一日一度飛ばないと、気持ちが悪いので、私は離れで生活していて不便はなかったですよ」

 今のままで不便は無い、と千鳥さんは笑ったが、決めた

 「明日、この家に千鳥さんの荷物、移しましょう」

 言うべきか言わざるべきか、迷ったが、言葉を続ける。

 「だって、千鳥さんは僕の女房なんですから」

 恥ずかしそうに、でもうれしそうに千鳥さんは笑って頷いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 千鳥さんとの生活は幸せそのものだった。千鳥さんはよく尽くしてくれる。僕も千鳥さんには無理をできるだけさせないようにしていた。こんな日々が続けばいい、一度は諦めた生活を送っていた。

 しかし、研究は、まったくと言っていいほど、進んでいない

 少し薄暗い部屋、書斎で、悩んでいた。壁にぶち当たったわけではない、僅かながらも進んではいる。だが、危機感を抱くほど、進まないのだ

 あれから、二週間経っている

 最初の内は千鳥さんと一日過ごしていたが、研究を重ねれば重ねるほど、呪いは早く猛毒を持ち始める

 すでに、千鳥さんの札は何もしなければ1日以上効力をもっていたのに、何もしなくても半日が限界、それも、だんだんと体に異変が現れ始めている。

 行き詰っている、どうしようもない、焦燥感が更なる焦燥感を呼ぶことも分かっているし、理解していたが、時間だけが過ぎ去るこのどうしようもない焦りは、どうすることもできない、最悪の悪循環

 生きたい、その一心が更なる呪いの加速を助長する

 だが、その心を忘れてはいけない、その思いが今の僕を支えている

 どうすればいいのか、分からない

 だけど、なにをすればいいのかは分かった、分かっていた、だけど、僕は

 「お茶をお持ちしましたよ」

 千鳥さんがお盆を持って入ってくる。

 ありがとう、と礼を言って、持ってきてもらったお茶をすする

 何かあったらいってください、そういうと千鳥さんは出ていく、僕の研究を邪魔しないためだ

 その後ろ姿を見ていて、やはり、やらなければいけない、そう思って、紙と筆を取る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 夕食を食べ終えて、縁側に座って、夜の庭を眺めていた。

 隣に片付けを終えた千鳥さんも座って眺めている。

 あとは寝るだけなのだが、大事な話があると言って、二人でこうして庭を眺めていた。

 「あれは梅の木ですね、母が梅干しが嫌いでしたが、父は好きなので、こっそりと梅の木を1本だけ植えたらしいのですが、立派だったのですぐに母にばれてしまったらしいですよ」

 だけど、こうして、千鳥さんが庭にある、今は影しか分からない木々について聞いてくるので教えていた。

 「じゃあ、あれは?」

 日当たりのよい、丘となっている場所に植えてある、ここからでも十分に大きさの分かる巨木を翼でさして、千鳥さんは尋ねる

 「あれは桜、父が苦労して帝都の職人に来てもらって植えた、立派な桜で、なんでも取り壊すはずだった神社にあった桜らしいです。春になれば桜吹雪が絶景ですよ」

 「では、春になったら、一緒に見ましょう。そうだ、その時弟さんもぜひ招待して、その時私を紹介するのはいかがですか?」

 笑いながら千鳥さんは言う、その笑顔を見ると、とてもつらかった。

 しっかりと向き合って、お嬢さんの前に一枚の手紙を置く

 僕は言う
 「弟に、二之助に僕が死んだらこれを渡してください。これは僕のお願い、最後のお願いです」

 遺書、普通に考えれば、そうだ
 だけど、この手紙は千鳥さんあてではない、千鳥さんへの手紙は別にしまってあり、その場所も僕が死んだら出てくる場所に置いてある

 もう僕は長くない、千鳥さんの札や神通力を使っても、あと半月も持たないだろうが、呪いを解くのに、最低でも2年はかかる、そんな時間は無かった。
 だから、託すことにしたのだ。

 この手紙は、二之助に頼みごとを書いたものだ、都合がいいことも分かっているが、どうしても、だ

 千鳥さんのことを書いてある、僕が死んだら、千鳥さんに僕の財産を全て与えてくれ、とお願いした。さすがにこの家をやってくれ、や、千鳥さんの面倒を見てくれ、は都合が良すぎる
 千鳥さんは御舟さんにお願いした。あの人は千鳥さんを気に入っている。面倒も見てくれるだろう、妖怪は今の世では住みにくい、だが、御舟さんなら、きっと千鳥さんの面倒を見てくれるはずだ。

 それを全て、千鳥さんに言った。

 それを全て聞き終えて、千鳥さんは無言で手紙を手に取ると、破り捨てる。

 あまりのことに言葉は出なかった。

 「お断りします」

 凛とした声で、堂々と千鳥さんは言った

 「一之助さんが、私を幸せにしてくれると約束したじゃないですか、だったら、一之助さんの手で幸せにしてください」

 「ですから、もう時間がないんです。分かってるでしょう?もう僕の体は、半月も持たないこ……」

 僕の言葉を遮って、言った。

 「なんで、諦めるのですか、最後の最後で呪いが解けるかもしれないじゃないですか、だったら死ぬ最後まで、諦めないでください」

 確かに、理にかなっている、かなってはいるが、

 「………僕だって、諦めたくないですよ、僕が貴方を幸せにしたいです、けど、もう時間がないんです」

 だけど、これが僕の出した答えだ。

 「だったら……」

 「仕方ないでしょう!!僕だって千鳥さんと生きたいですよ!!!でも、これしか方法がないから、こんな方法しかないんですよ!!」

 我ながらみっともないと思ったが、怒鳴った
 怒鳴るほかなかった。

 千鳥さんは、悲しそうな、本当に悲しそうな顔をして、顔を伏せた

 「………そんな、諦めてしまう一之助さんは嫌いです」

 何か、言わなくてはいけない、そう思ったが、かける言葉が見つからず、出てきた言葉は、

 「もう寝ます」

 そう言って、立ち上がると、後ろを振り返らず、書斎に入り、書斎の押し入れにしまっている布団を敷いて、寝た。

 初めて、あの日、妻となってくれた日から、初めて別々にその日は寝た。

 だけど、僕は後悔することになる。
 次の日、朝、起きて、千鳥さんの部屋に行くと、千鳥さんはいなくなっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 眼を覚ますと、部屋には何人も集まって、僕を囲んでいた。

 僕は僕の部屋の布団で横になっている

 みんな心配そうに座って僕を見ている
 どの人も見覚えがあったが、うまく頭が働かない、だれだったかな?眼を動かして千鳥さんを探したが、いなかった。

 そうだ思い出した、こんな所で寝ている場合じゃなかった、こんなことをしている場合じゃない、僕を心配するより、千鳥さんを探してほしい、いや、僕が探さないといけない

 そう思って、立ち上がろうとしたが、右手が少し動くだけだった。

 あれから何日経っただろうか、僕は探した、山を、野を、町を、探し回った
 だけどどこにも千鳥さんを探すことはできずに、あれ?そのあと、どうしたんだっけ?

 まぁいいや、千鳥さんを探さないと、そして謝らないと、僕が悪かった、心を入れ替える、だから、戻ってきてって、それで、式をあげて、きれいなものを見に行こうって誘おう

 庭に咲く花なんかより、ずっときれいな光景を見せてあげる、どこがいいかな、いや、そのまえに千鳥さんを探さないと

 ふと、座って、僕の顔を見ている男には見覚えがあった

 「…………よ、二之助、京子ちゃんは元気か?」

 弟の二之助が座っていた。
 京子ちゃんと言うのは、僕の姪、つまり二之助の子供だ、今年で五つになる
そういえば、千鳥さんを紹介していなかった、探したら、こいつに紹介しなければいけない、周りに座る顔が誰であるか分かった
 医者の高宮先生と、御舟さんがいた

 「いいよ、兄さんしゃべらなくて、それよりも寝てなよ」

 「……実は、報告しなければいけないことがあってね………僕に心を決めた人ができてね……今、いないんだ…僕が悪いんだけど……探して謝らなければいけなくて、探しにいかないと……いけないのに…」


 あ、そうだ、思い出した、千鳥さん探していて倒れたんだ、そのあと、御舟さんが真っ青な顔をして、しっかり、といっていたのを覚えている。千鳥さんは御舟さんに札のことを言ったといっていたので、札を張ってもらったのが、最後に覚えていることだった。

 まずい、体が痛いな、もう札を交換しなくてはいけないらしい。札を張ったらすぐに治るから、札を張ったら、千鳥さんを探しに行かないと

 「札を張ってくれないか?」

 そう言おうとしたが、声が出なかった

 なんとか、自分の胸元に手を入れると、そこには紙が、札が貼ってあって、僅かながら千鳥さんの魔力が感じられる、つまり、新品の札が貼ってあった。

 つまり、札はもう大した効果がないのだ

 それに、体が、痛みが教えてくれる、熱病のように、体全身が、血が、沸騰するように熱い、胸の痛みはじんわりとした痛みがある

 これで終わりだと、もういくら足掻こうとも、もう呪いが僕を殺すのだと

 でも、温かい、安心できる
 強烈な、絞殺されるような痛みではなかった

 不思議と死の恐怖は無い、穏やかな死

 でも、心残りはある。やっぱり、最期は千鳥さんに看取られて死にたかった が、僕が悪いんだ、自業自得なんだ、でも、この死を千鳥さんは与えてくれた、それだけで十分だし、お似合いな死だ

 「ご……めん………さき……い………く」

 「何バカなことを言ってるの!!兄さん!!」

 でも、ごめん、本当に体が重い

 「………千鳥さ……………ごめん……て……………伝え」

 瞼が開けてられない

 ごめんなさい、千鳥さん




 誰かが、泣くような声が聞こえるが、体の中にこだまし、沁み渡って消えた
 体になにか重いものがのしかかってくるような感覚、でも今は砂糖菓子をのせられたように軽く感じた

 そして、暗闇が訪れる















 べしべしと、頬を叩かれた

 最初は無視していたが、あまりにもしつこいので眼を開けると、目の前に老人の顔が、いや高宮先生の顔がある

 「うおぉ!!」

 跳び起きるしかなかった

 寝起きには高宮先生の濃い顔は心臓に良くない

 ん?あれ?生きてる?
 たしかに瞼を閉じた時に、すぐに襲ってきた感覚は死の感覚のはずだ
 冥府の門の中にいた時、あの感覚を嫌というほど味わったし、間違えるはずがない

 でも、生きてる?

 あ!

 「…何だ、高宮先生も亡くなったんですか」

 ぼこん、と殴られる

 頭を抱えて転げ回った
 高宮先生はやれやれといった感じで、僕の右手を取ると脈を見て、その後、様々な方法で僕の体を調べた。

 そして、ぽつりと言った。

 「健康そのものだよ、あんたの体は」 
 
 まったく、完璧に死んでたのに生き返るなんて、とか、ぶつぶつと文句を言いながら、高宮先生は出ていく、数分ほど体の状態を確かめていたが、部屋に二之助が入ってきた

 「…元気そうだね、兄さん」

 見ると、笑顔を浮かべていたが、頬の端が若干ひきつっている。

 なんでもあの後、僕は意識を失い、高宮先生もあと、数刻の命と思ったらしい

 だが、死ななかった。それどころか、体は回復に向かっていく

 そして、四日後には体の状態がなんともない状態となり、その後、高宮先生をお呼びして、ただ寝ているだけだったから、叩き起こして今に至る、健康そのものと言って高宮先生は御帰りになったそうだ

 だけど、僕は脈も弱まり、冷たくなって、死にかけていた。それが蘇ったのだ

 ありえないことだ、絶対に助からない状態だったらしい

 「…なにか、閻魔様にお願いしたの?」

 首を横に振る。というか記憶がない

 そんな時、襖が開き、二之助の嫁さんの由美が入ってきた。

 由美さんは僕に会釈したが、やはり顔が強張って、引き攣っている。

 どうした?と二之助が聞くと、それが、と口ごもりながら由美さんは言う

 「京子がこれを一之助さんに渡せって聞かなくて」

 由美さんは一通の封筒を持っていた。

 なんでも、この家に来る時、由美さんは京子ちゃんがこの封筒を持っているのを見つけ、由美さんは取り上げて開けようとしたが、京子ちゃんが泣きじゃくり、一之助おじさんじゃないとあけてはだめだの一点張り、持っていこうとすると、返せ返せと、泣いてわめく、そしたら、僕が生き返る騒ぎが起こり、今まで忘れていたらしいが、京子ちゃんが封筒を僕に渡せと言って、思い出したとのこと

 僕にその封筒が手渡され、中には一通の文が入っていた。文には、糀谷一之助様、と書かれていたが、その字には、見覚えがあった、千鳥さんの文字だった

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『 糀谷一之助様
 
 謹んで申し上げます
 実は、手紙というものを書いたことがないので、変な手紙かもしれませんが、それと、このような手紙でご報告する私を許して下さい。
 何と書いていいのか、分かりませんが、私なりに順に書いていこうと思います。

 一つ、嘘をついておりました。
 前に御舟様に手紙をお屋敷までお届けしました際、誰にも見つからなかったと申しました。しかし、実は庭で遊んでいた京子様に見つかってしまっていたのです。いやはや、子供とは恐ろしいもので、姿を消していたのですが、あっさりと見破られてしまいました。

 ですから、実を言うと京子様にはお話したのです。私が一之助様の使いで来たと、だけど内密に、として誰にも言わないようにお願いしました。
 ここに来る際、手紙を御舟様に預けようとしたのですが、きっと私を止めるでしょうし、御舟様は手紙をすぐに渡してしまうでしょうから、一之助様はきっとこの手紙を読んで、ここに書く場所まで私を探しにくると思いました、ですから、京子様にお預けすることにしました。もしも、一之助様が元気になったら、この手紙を渡すように、と

 そのことで、京子様を叱らないでください。
 あの子は私との約束を守ってくれただけで、私が悪いのです、どうか、京子様を叱らないでください。

 これから私は、北の大地にある、人が忘れた神が住む山まで行きます。

 一之助様が必死で呪いを解こうと毎晩ひたすら努力をされる御姿を見ていた時、一つだけ、解決する方法があることを思い出したのです。
 前に私はカラステングの里にいたと申しました。そのとき、北方の地に忘れ去られた神が祭ってあると申しましたが、もう人間に忘れ去られた神様が、その神様がどのような神であるのかを思い出したのでございます。

 その神様はとても人や妖怪に優しい、どんな願いも対価を払えば叶えてくださる神様であると聞かされました。
 しかし神様とは合理的ですが、とても残酷であるとも聞かされました。
 特にその神様は優しいが故にとても残酷だと。

 なんでも、普通の神様は人間にも妖怪にも興味がないので、それにとても気まぐれでとても簡単な対価でとても大きな願い事を聞いてくれる時もあり、その逆もまたしかり、しかし、その神様は人間や妖怪を愛していますが故、どんな時にいっても願い事を、それに見合った対価さえ払えば、叶えてくださいます。

 つまり、その神様は、一つの死にかけた命を救うことも可能ですが、その為には一つの命を差しださなければいけないのです。

 ですから、私の命を引き換えにして、一之助さんの命を御救いしてもらうというお願いを、これからお願いしに参ろうと思います。

 一之助様の研究を、努力を無駄にすることだと分かっています。しかし、私は貴方様に、私のたった一人の、旦那様に生きてほしいのです。私はもう幸せを、十分すぎるまでに幸せにしていただきました。
 私のために、生きようとしてくださる。自らの寿命を更に縮め、莫大な、計り知れない恐怖と戦い、私のために生きようとしてくださる、それだけでも私には過ぎたる方だと、理解しました。
 あの夜のことは誠に申し訳ありません。私のためにしてくださったのに、無礼なことを言ってしまい、どうぞ、お許しください。

 一之助様は私に生きる意味をくださいました。
 今度は私が恩返しをさせていただく番でございます。
 この手紙を読んでいる時、もう私はこの世にいないでしょう、ですが、悲しまないでください。私はいつまでも一之助様のおそばにいられるように閻魔様にお願いいたします。

 どうか、桜が咲くまでは私のことを思ってください、しかし、桜が咲いたらこの手紙と、残した荷と共に、燃やして、私のことを全て忘れてください。

 私のことを復活させようなどと考えないでください、私の差し上げた人生です。それを忘れて復活させようなどと考えたら、承知しませんからね

 貴方様と桜が見てみたかったのが残念ですが、その桜を、良い奥方様と眺めてください。

 良い奥方様と出会えますように、良い人生を送れますように、祈っております。
 幸せな、本当に幸せな人生でございました。

 このような人生を頂けたことを感謝申し上げます。

 かしこ 糀谷 千鳥 』

 庭でその手紙を読み返して、懐に大切にしまう。

 あれから一月が経ち、秋は終わり、本格的な冬が到来している。

 僕の状態は健康そのもので、今では山に登ることも苦ではいほどの体力も取り戻していた。

 空は雪が降ってきた。ちょうどいい、手を焚き火にかざして暖を取る
 そして、焚き火の火を消さないように、更に本やノートを火の中に入れていく

 これはお嬢さん、千鳥さんに教えた本ではない、すべて『反魂の術』に関する物だ

 僕は千鳥さんとの約束を守るつもりだ、しかし、日に日に『反魂の術』を考えていた

 いつか、また、『反魂の術』を行うのは明らか、だから、『反魂の術』に関する資料やノートなどを燃やしていた。

 その炎で暖を取りながら、庭の桜を見る

 僕は貴方のために生きようとしたのに、貴方と生きたかったのに、結局一人になってしまった
 これじゃ、意味がないじゃないか、千鳥

 葉も花もない桜の枝に降り注ぐ雪は、まるで、満開の桜のようであった
11/11/07 20:19更新 / ソバ
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■作者メッセージ
 はいどうも、いかがでしたでしょうか?
 次回完結篇で終了となります。
 長くなってしまってすみません。分けようか、とも考えたのですが、更に後篇Uとかになってしまうので、今回長いままにしてみました。

 今回のこの物語は色々と難産な作品でした。
 というのも、十年ほど前から小説を書き始めたのですが、今までバトル物(もしくは交渉物)しか書いたことがなかったので、今回が人生初の恋愛物となりました。
 
 こういうコメントは完結篇の時にするのかもしれませんが、まぁ、何と言いますか、難しかったですね。

 一番のポイントは、主人公の一之助が狂気じみてないことでしょうか?もう一つの作品「ローグスロー騎士団の詩」を読んで下されば分かりますが(宣伝)、あのような感じです。私の書いた作品の主人公たちは狂気じみてます。今回初めて狂気に満ちていない主人公を書きました。
 正直、そこが一番難しかったです。

次回で完結となります。

ご意見ご感想お待ちしております。

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