読切小説
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パライソ
大陸の北西に浮かぶ小さな島国。
かつては豊かな自然と恵まれた気候、穏やかな海に囲まれ、大西洋の宝石と謳われた地だった。
しかし、その美しい宝石は、戦火に沈むこととなった。
原因は島の大部分を占める深い森林の奥で発見されたたった一欠片の石だった。
その白く輝く石はその大きさにそぐわない莫大な魔力を秘めた鉱石だった。
そしてその島の地下にはその鉱石が含まれた地層が眠っていることがわかった。
魔力資源に頼っていた人間たちを狂わせるには十分すぎるほどの魅力に充ちた発見。
それがこの島を滅ぼした原因。人間たちを狂わせた魔力の源だった。
小さなその国は一瞬のうちに滅ぼされ、港の美しい街並みは焼け焦げた石積みの壁を残すのみとなり、島の姿は僅か数年で別世界のものとなってしまった。
やがて戦火が消えた時、その島を手にしたのは北の大国だった。
彼らは莫大な犠牲と引き換えに手に入れた眩い宝石にすぐさま齧り付く。
鉱石は瞬く間に掘り出され、かつては宝として大切にされた自然は半年と経たず破壊された。
しかし、そんな理不尽な暴力に自然は圧倒的な力で氾濫を起こした。
突如として島の木々は暴力的な成長を興し、坑道を固く閉ざした。
驚いた人間たちは最初、剣で対抗した。
しかし、いくら木々を薙ぎ払おうとも木々の成長がそれを飲み込み、人々を坑道から遠ざけた。
次に人間は人類最初の発明と言われる火をもって自然に挑む。
しかし、いくら焼き払おうとも火が消えると、灰の下から木々は芽吹き、数時間と経たずして以前より深い森を作り上げた。
そして、森はさらなる牙を持って人間への反逆を開始した。
再生した森はまるで動物のように蠢き、積極的に人間に襲いかかってきたのだ。
人と森の争いは長化し、人は撤退を余儀なくされた。
その後も何度も人は森に挑み続けたが、とうとう森に打ち勝つ事はできなかった。
そうして、北の大国はその島の開発にかける資金を失い、その後急速に国力は衰え、崩壊した。
人がいなくなると、森は瞬く間に島全体を深く深く包み込み、緑の壁としてその後も人を遠ざけ続けた。

これが、かの有名な悪魔の島、カタストロフの由来だ。
その後300年が経ち、人のいなくなったその島の研究は遠く離れた大陸で密かに続けられ、その謎は解明された。
森の爆発的な繁殖は人間が採掘のためにその鉱石”ミステリウム”を地表に露出したがために、その鉱石の持つ莫大な魔力が島の木々に膨大な生命を与えたために起こった。
森が人に襲いかかってきた原因もまた、人が森の木々を焼き払ったがために、森の木々が一度失われ、その後森はミステリウムから吸い上げた魔力のみで成長したために変異し、半魔物化したために起こった現象であった。
科学の進歩によって明らかにされたこれらの現象は、我々人類に痛烈な教訓を残した。
人は人の行いによって滅び、滅びに向かう人を動かすのはただひとつ、欲望である。




聖教の教本に乗せられた記述だ。

俺は監獄で読んだその内容を思い出しながら、海上の小舟で漂っていた。
小舟は船尾に取り付けられた魔石によって動き、確実に俺を悪魔の島へと運んでいく。
昨日執行された俺に対する刑、それは島流しだった。
そして、行き先は悪魔の島、カタストロフ。
その名の通り、破滅と終焉を意味する島だ。
教本にある通り、島の自然は人間を殺すために蠢き、島の動植物は全て凶器と化して島に上陸したものを襲うそうだ。
俺の捕まった国では最も重い刑だった。
俺は島に着くまで解けることのない拘束陣を破壊しようと幾度も試みたが、高位の魔術師達によって施されたそれはびくともしなかった。
俺一人を載せた小舟は俺の棺となって俺を悪魔の島へと正確に運んでいく。
小舟に施された高等な魔術式は俺が島につくと同時に小舟を破壊し、俺が島から出る手段を断つ。
これまでこの刑によって幾人かの重罪人が処刑されてきた。
大陸から船で2日ほどしか離れていないこの島から帰ったものはこの300年で一人もいない。
それ故に島の実態を知るものはいないが、恐れが噂を呼び、この刑により島流しをされた者は、島の悪魔たちによって生きたまま身体を引き裂かれ、地獄の苦痛とともに息絶えると言われる。
船に乗せられる時にはさすがの俺も恐怖した。
恐れのあまり執行者に声を荒らげ叫び続けた。
しかし、海へ出てしまって1日半が経った今となっては、逆に落ち着きを取り戻していた。
どうせもう助からない。
その考えが、俺の思考を束ねてくれていた。
今まで幾度と無く命の危険は感じたし、数えきれない死線をくぐり抜けてきた。
そんな時でも俺は生きて帰り、その経験は俺に自信と勇気を与えてくれていた。
そう。俺は今まで、死を本当の意味で覚悟することなんてなかった。
でも、今回だけは違う。
圧倒的に違う。
絶望の深さが、身体に突き刺さる恐怖が。
全てが桁違いだった。
不思議な話だが、これまで俺は神を信じたことなんて一度たりともなかったわけだが、今は天命を、神の意思を、確かに感じていた。
俺はこのまま死ぬ。
それも噂通りだとしたら、最高に惨たらしく死ぬ。

そう考えると、とても心が落ち着いた。
そして、俺は静かに目を閉じて、拘束が解けるまで眠ることにした。












パライソ













――ザザー…
――ザザーー…

俺の目を覚ましたのは波の音だった。
辺りは真っ暗で、目の前には無限の星空が広がっていた。
文明の光の一切届かない、広い広い星空だった。

「着いた…のか?」

俺は身体を起こして周囲を見た。
周囲には俺を運んできた小舟のものであろう、無残な残骸が散らばっていた。
どんな手を使っても船の修復はできそうにない。
執行官の言葉通り、船は壊され、俺の身体を縛り付けていた拘束も解かれていた。
そのことが、俺に与えたのは深い絶望ではなく、緩慢な開放感だった。
状況は何一つ良くなっていない。
むしろ、島についてしまった今となっては、本当に逃げ出す手段の全てを絶たれてしまったわけだ。
でも、だからこそ、俺は開放された。
最早、島の近づいてくる、いや、死の近づいてくる足音に恐怖する必要はないのだ。

「昼間なら、良かったのにな…」

俺は自分の手の平にくっついた水晶のような砂粒を払いながら呟いた。
俺が流れ着いたのはどうやら砂浜であるらしい。
浜の砂は粒子が細かく、宝石の欠片のように星の光を受けてかすかに輝いていた。
砂浜はずっと向こうまで続き、浜全体が夜空の光を吸い込んで、かすかに白く輝いていた。
幻想的な光景だった。
この光景を切り取ることが出来たなら、それを見た人間はここを悪魔の島だとはとても思わないだろう。
海を見た。
波は静かで、穏やかに広がる黒曜石のような漆黒の海原は所々で月の光を輝きに変えている。
そして、反対側には、

「これが…死の入り口」

これだけ浜を輝かせる星の光など一切を吸い上げてしまったような、真黒な森があった。
一瞬、思った。
このままこの浜にいれば、2、3日は生きていけるのではないだろうか?
しかし、2日間の漂流が与えた喉の渇きが、痛いほどの空腹が、俺に最初の一歩を踏み出させた。
そして、2歩目に呟く言葉。

「どうせ、変わらない」

この美しくも無機質な光景が見せるのは飢えと乾きによる死。
目の前の森にあるのは、恐怖と可能性の死。
可能性。
そう思った。
誰もこの島から生きて帰っていない。
誰もこの島の実態を知らない。
なら、もしかしたら。

そう思った俺が馬鹿だった。


森に入るやいなや、森の木々はその枝木を鞭のように振るい、俺に襲いかかってきた。
俺はそれを避けるため、更に一歩、一歩と森の奥へ進まされてしまった。
しまったと思った。
飢えと乾きの死ならば終わりは見える。
しかし、可能性は同時に未知だ。
死の予感さえも暗闇の中。
俺は蠢く木々によって塞がれてしまった浜への道を見て後悔した。
しかし、僅かな可能性が俺の身体を動かした。
俺は森の奥へと向かって走りだした。
木々は俺を殺そうとその枝や蔦を伸ばしてくる。
俺はそれをかいくぐりながら、命の限り走り続けた。
真白い囚人服は鋭利な刃物で切り裂かれたように破け、手足には一歩ごとに傷が刻まれていく。
暗く黒い森のなかを勘と、微かな光だけを頼りに突き進んだ。




「くっ…。ハァハァ…。ぅ…」

走る。走る。
それでも森は俺を追う。
何度も俺を追い抜き、俺に襲い掛かってくる。

――ビュ…

目の前に1本の枝が迫る。

「うっ…」

俺はそれを交わす瞬間、足元の根に足を取られ、盛大にバランスを崩した。

――ズザァ

初めは肩、次に腰、強い衝撃と痛みを感じ、次の瞬間には全身が痛みに包まれる。
それでもすぐさま手をついて立ち上がり、走り始める。
逃げきれるはずもない。
しかし逃げるしかない。
俺は呼吸も忘れ、ひりつく喉の痛みも感じなくなりながら、走り続ける。
そして、いつしか走っているのか止まっているのかがわからない不思議な感覚に襲われた。

体力の限界だった。











男は転げるように森を逃げた。
しかし、とうとうその体力は尽き、走りながらに意識を失った。
男の体は一瞬宙に浮き、その後森の地面に何度も叩きつけられたが、一瞬にして地面から開放された。
男の身体は崖から放り出されたのだ。
男は見えていなかった。
目前にはかつて北の大国が残した坑道が迫っていたのだ。
男の体は深く掘られた人口の洞窟を転がり落ちた。
そして、やがて止まった先は、坑道に溜まった地下水によってできた地底湖の縁だった。
それは奇跡か、それとも最後に振り絞った男の生への執着が産んだ行動の成果か。
男は森の木々の脅威から開放されたのだった。

それから数刻が経った。
男は未だに意識を失ったままだった。
男の体は何箇所かの骨が折れてはいたが、致命的な外傷はなく、奇跡的にもまだ死を迎えてはいなかった。

「はぁ………はぁ………」

――ぴちょん

男の苦しそうな呼吸音と地底湖に滲み出る雫の水音だけが漆黒の世界に響いた。
かつて坑道だったそこは男の落ちた穴から何本かに枝分かれしていた。男のたどり着いたそこはそのうちの1本。
雨水の流れ落ちない空洞だった。
それが幸いした。
男の眼の前に広がる地底湖は、雨水が流入せず、大地から染み込み、濾過されたきれいな水が作り出したものだった。
それ故にその水は澄み、飲むことが出来たのだ。
それが、“彼女”を引き込み、男の命を救った。


「……」

“彼女”はその宝石のように輝くエメラルドの瞳で不思議そうに男を見つめた。
それは、彼女が生まれて初めて見る、生きている人間だった。

「……」

――つん…
――つん……
――ピク

“彼女”はその手で男の頬をつついた。
初めて見る男の姿。
それは”彼女”が男を連れ帰ろうと思うに足りうる好奇心を産んだ。

“彼女”はその細く白い身体には不釣り合いな巨大な鉤爪で男の体を掴みあげた。

「…ふぉ……」

―柔らかい
―温かい

人間の言葉にするならば、それが“彼女”が初めて触れた男への感想だった。

「くぉぉ……」

“彼女”はその頬まで裂けた口を釣り上げ、ギザギザした歯の並んだ口から感嘆の声を漏らした。
“彼女”は男の体を軽々と持ち上げ、左手に持った器に地底湖の水を組み上げると、満足そうに坑道を後にした。

不思議なことに“彼女”の周囲では森の木々たちは大人しく、それどころか、彼女を避けるように道を開いた。
そうして、“彼女”は男の体を持ち上げ、男の足を地面に引きずりながら、ねぐらへと戻るのだった。













「…ん……。ここは……」

目を覚ましたのは薄暗い場所だった。

「ツッ!!」

俺は身体を起こそうとして、左腕と両足に強烈な痛みを感じた。
それと同時に、意識を失う前の光景が鮮烈に脳裏に蘇った。

「俺は…生きているのか?」

未だに感じる四肢の痛みが俺は生きているということを俺に教えてくれた。
しかし、そんなはずはなかった。
俺は死の森に入ったんだ。
生きているはずがない。
でも、現に俺の身体は痛み、俺がまだ生きているということを教えてくれた。
誰かに助けられたのか?
もしかしたら、俺と同じようにこの島に流された受刑者に…。
いや、俺の前の受刑者が出たのは30年も昔のはずだ。
こんな島でそれほど生きていられるはずはない。

俺が寝転がったまま思考を巡らせていたその時だった。

「くぉぉ♪」

突然俺の視界にそいつが飛び込んできた。

「うゎっ!?」

俺は驚き、とっさに左手をついて身体を起こそうとしたが、その瞬間激痛で体勢を崩し、再び身体を横たえた。
その時、初めて俺の寝ている場所が硬い地面ではなく、なにかやわらかな物の上だということに気がついた。

「〜〜〜♪…くぉっ!くふぅ〜〜!!」

激痛に悶える俺の隣で、そいつは嬉しそうに飛び跳ね、その場でくるくると回り始めた。
その姿は異様だった。
いや、異形だった。
姿形は人間の少女のように見える。
細く白く、白磁器のようにキメの細やかな肌。
その体は細く、ちょうど思春期に入る頃の少女のようだ。
何も身につけていないその肌は外気にさらされているが、寒さを感じていないようだった。
地面を引きずるその長い髪はふわふわとウェーブがかかり、1本1本がガラスで出来ているかのように白銀に輝いている。
しかし、その細い体から生える腕は二の腕から先が髪と同じ輝くような体毛に覆われ、異様に太く大きく、そして、地面を引きずるほどに長い。
まるで少女の体に白熊の手を生やしたような状態だ。
その腕の先端には5本の太く鋭利な水晶状の透き通った鉤爪が生えていた。
そして、喜び終えたそいつがこちらを向くと、エメラルド色のくりくりとした大きな瞳と、ギザギザとした歯の並んだ頬まで裂けた口がこちらを見つめていた。

「く〜!くぁ?」

そいつは嬉しそうに目を細めてこちらにとことこと歩いてくる。
化け物のような腕とは対照的な少女の細い足がとことこと軽い足音を立てる。
その光景はあまりに異様で、俺には目の前のこいつこそがこの悪魔の島に住むという悪魔そのものに見えた。

「く、来るなぁ!!」

俺は恐怖のあまり激痛が走るのも忘れて上体を起こして後ずさった。

「くぉ?」

そいつは不思議そうに首を傾け、そのゴツい腕で己の顎の前に握りこぶしを作った。

「くぅ〜? っ!」

俺が怯えていると、そいつは再びその大きな口で笑みを作り、なにか閃いたというように目を見開いて、とてとてと走って俺の前から姿を消した。

「はぁ…はぁ…」

俺はしばらく固まっていたが、思い出したように肩で息をした。
そして、少し冷静になった時、気づいた。
俺の両足と左腕はどうやら折れているらしい。
ということは、俺は逃げることも出来ずにあの化け物に食われてしまうということだろうか。
辺りを見渡すと、そこは石造りの壁に覆われた人工的な建築物の中であるようだった。
もしかしたら300年も昔の戦火から焼け残った島国の遺物なのかもしれない。
しかし、月日はその遺物を確実に破壊しているらしく、屋根のあちこちは崩れ、開いた穴からは星空が見えていた。
俺が寝かされているところはあいつの寝床なのだろうか、干し草の上に何かの動物の毛皮が敷かれていた。

――とととととっ

ドアのない部屋の外から軽い足音が近づいてくる。
俺は折れていない右腕で床をついて後ずさり、入り口と反対側の壁にもたれかかり、拳を握りしめた。
しかし、

「くぉっ!くぅ〜!」

俺の警戒とは裏腹に、そいつはその大きな両腕で、たくさんの何かを抱えて嬉しそうに戻ってきたのだった。
そして、警戒する俺の足元に、その腕に抱えていたものを降ろした。
それはリンゴほどの大きさの果実だった。

「くぉ〜。くっくっ♪」

そいつは嬉しそうに笑うと、くったくのない瞳で俺を見つめた。
俺はその表情に拳に込める力を抜いた。

「……これ、俺に食えってことか?」
「くぉ?」

こちらの言葉はやはり通じないらしく、そいつは再び首を傾げた。
どうしたものか。
いや、しかし落ち着いて考えてみれば、こいつが俺を襲うつもりがあるようには思えない。
姿形こそは異様だが、俺が生きていて、どうやらこいつがそれを手助けしたらしいというのは間違いなさそうだ。
でなければ今頃俺は意識を取り戻すことなくこいつの腹の中に収まっているだろう。
だとすればこの行為はまさしく好意であるに違いない。
俺は軽く息を吐いて、そいつが持ってきた果実を右手で拾い上げた。

「くぅ♪ く、くぅ〜」

するとそいつは喜び、またピョンピョンと飛び跳ねくるくると回り始めた。
俺はその姿に肩の力が抜けて、思わず笑ってしまった。
どうやら、姿形こそバケモノだが、危険はないらしい。
ならば、と俺は手に持った果実を一口かじってみた。

「…うまい」

果実は独特の風味はあるが、桃のように甘く、汁が垂れるほどに水分を含んでいた。
果汁は染みこむように乾ききった喉に吸収され、その甘味は俺の空腹を大いに満たした。
俺は足元に転がされた果実に次々とかぶりついていった。
俺は身体の求めるままに、夢中でそれを平らげた。
10個も食べる頃にはひりつくようだった喉の渇きと、空腹の極地にあった腹は満たされた。

「くぅ〜♪くぉ〜」

そんな俺の姿をそいつは嬉しそうに見つめていた。

「ありがとな」

俺はそいつに向かって笑いかける。
それを見てそいつは目を細めて、頬まで裂けた口を耳まで釣り上げて笑った。

「お前、いいやつだな」
「くぉ?」

俺が言うと、そいつはまた不思議そうに首を傾げた。



その後、俺は不自由な身体で寝床らしき場所に紛れ落ちていた枝の切れ端と着ていた囚人服の切れ端で手足に添え木をした。
まだまだ痛みは酷いが、ずいぶんとマシにはなった。
その光景をそいつは不思議そうに見て、一段落したあとは、俺に近寄り、俺の体中の匂いを嗅いだり、俺が動けないのをいいコトに、顔や身体を舐めまわしてきた。
どうやら姿は人に近いが、性質は獣に近い。
でも、俺のことを理解しようとしたり、感情を共有しようとしたりと、どうやら知能は人間と同じようにあるようだった。


その後、俺はそいつに対する安心と、怪我による発熱も有り、いつの間にか寝てしまった。


それからどれくらい寝ていただろうか、俺は不思議な感覚の中で目を覚ました。

「くぅ〜〜…すぅ〜〜〜…」

そいつが俺に抱きついていた。
こいつの体温は極端に低いらしく、気温と同じぐらいだった。
しかし、俺をずっと抱きしめていたためか、触れ合う肌にはほんのりとした暖かさを感じる。
大きな腕で俺ともども自分の体を抱きしめ、足まで俺の身体に絡めている。
俺は身動きの取れない状態だったが、こいつのひんやりとした肌は熱を持った身体に心地いい。
なんだかホッとして、右手でそいつの頭を撫でてやった。

「ふみゅ…くぅ〜〜…」

そいつは気持ちよさそうに目を細めた。
まるで猫みたいだ。


どれぐらい時間がたったのだろうか…。
感覚的には丸一日ほどぐっすりと寝ていたような気がする。
しかし、身体は重くだるく、どうにも眠りすぎてしまっている気もする。
と、それからしばらくして気づいた。

「え?」

激痛を発していた俺の手足の痛みがずいぶんと和らいでいた。
骨はくっついているようで、動かすことは出来たが、完治はしていないらしく、動かそうとするとやはりズキリと痛んだが、体中の切り傷は完治しているようだった。
明らかに異常だった。
たとえ俺が数日の間眠っていたとしても、そんな短期間で折れた腕がつながることなど有りはしない。
なぜ…。

「んみぃ…くぉ…」

しかし、俺の胸元から聞こえるそいつの寝息と寝言を聞いているうちに、

「まぁ、いいか…」

そう思って、俺はそいつを抱きしめて、眠ることにした。
そいつの身体は細く、すべすべしていて、柔らかく、心地よかった。





――ぺろぺろ

「ん…ん”…」

――ぺろぺろ

「んあ…ん?」

俺は顔に感じるベタベタとした感触で目を覚ました。

「んわっ!?」

目を開くとそこにはギザギザの歯がたくさん並んだ大きな口があった。
俺は驚き飛び退くと、そこには満足した猫のように目を細めて笑うそいつの姿があった。
どうやらそいつは俺の顔を舐めまわしていたらしい。

「…俺の顔はうまいのか?」

俺はそいつに向かって言った。

「くぉ?」

そいつはまた首を傾げた。
その表情を見たら、なんだか笑えてきてしまった。
そうして、笑う俺を見て、そいつもギザギザの歯を並べて シシシ と笑った。

「お前、結構可愛いやつだな」
「くぉ?」
「……助けてくれて、ありがとな」

俺はそいつの頭を撫でた。
そいつの髪は羽毛のように軽くて、絹糸のように細く、羊毛のようにふわふわだった。

「くぅ〜」

俺が撫でてやると、そいつは目を細めて気持ちよさそうにした。
かわいいやつだ。
そう思った。


次の日には熱も下がり、それと同時に俺の身体の怪我はほとんど完治に近い状態になっていた。
確かなことは分からないが、もしかするとあいつが運んできてくれる木の実にはこの島の木と同じように鉱物から吸い上げた魔力が染み込んでいて、それが俺の身体に異常な生命力をくれているのかもしれない。
魔力とは生命の根源に近い。
そういった話を以前に本で読んだ。
魔力の豊富なこの土地の果物はもしかしたらあらゆる病気を治癒する万能薬のような効果があるのかもしれない。

「だとしたら、この果実を持って帰って売りさばけば俺は億万長者だな…」
「くぉ?」

俺が果実をかじっている隣で、果実を丸呑みにしていたそいつは首を傾げた。
見慣れてしまえば、こいつの仕草はとても愛らしい。
口は裂けているし、腕もバケモノだが、それでも人間の少女よりも幾分も無邪気で小動物のようだ。

「お前、名前はあるのか?」
「くぉ?」
「ん…。そうだな。名乗るときはまず自分から、だな。…俺の名前はラミナスという」
「?」

そいつは俺の様子から何かを感じたのか、首を傾げつつも俺をじっと見つめた。
やっぱりこいつには人並みの知能がある。
そう思った俺はそいつの手を取り、俺の体に触れさせながらもう一度ゆっくりと発音した。

「 ラ ミ ナ ス 」
「 りゃ みぃ にゃ?」

そいつは舌足らずな言葉で俺の名前を呼んだ。
俺は嬉しくなり、もう一度自分の名前を発音した。

「 ラ ミ ナ ス 」
「りゃ み にゃ う?」
「そう。ラミナスだ」
「りゃみにゃ!」

するとそいつも嬉しそうに顔を輝かせる。

「りゃみにゃ!りゃみにゃぁ!」

キャッキャ。と声を上げながらそいつは嬉しそうに飛び跳ねた。
そして、今度はそいつが俺の手を取り、自分の胸に押し付けて言った。

「りゃみにゃ」
「え?」

そいつの発した言葉に俺は驚きの声を上げた。
そんな俺をよそにそいつは目の前で笑う。

「りゃみにゃ♪りゃみにゃ♪」

こいつも同じ名前なのか?
俺はしばらく考えた。
そんな俺の隣でそいつは何度も「りゃみにゃりゃみにゃ」と歌うように言う。
そして、気づいた。
そうか。こいつには名前が、いや、言葉という概念そのものがないんだ。
だからこいつはラミナスが俺の名前だと認識できない。
人のような外見だから勝手に人間の常識の中で判断していたが、そういえばこいつの行動はすべて獣に近かった。
相手の手を取り自分の胸に手を当て、ラミナスと言うことで、俺と何らかの意思疎通が出来たことがただ単純に嬉しかったんだろう。

「はぁ…」

俺は軽くため息を付いた。
でも、考えてみれば当たり前だ。
こいつの周りにはきっと生まれてからずっと人間なんていなかったんだ。
いくら知能があったとしても犬や猫が言葉を話せないのと同じように、こいつも話すことが出来ないんだ。
でも、犬は飼い主が名前を繰り返し呼べば、次第に自分の名前を理解する。
だったら、こいつにも、名前をつけて、呼んでやればいずれは通じるに違いない。
俺は少し考えて。

「イノ。こっちにおいで」

今考えたばかりの名前を呼び、手招きした。

「くぅ?」

そいつはまた首を傾げて、それからとてとてと俺の前に来て、ペタンと座り込んだ。

「イノ。今から俺が言うのがお前の名前だ」
「く?」

俺はそいつの大きな手を再び握り、今度はそいつ自信の胸に当てさせた。

「 イ ノ 」
「? い にょ? 」
「ああ。 イノ だ。お前の名前は今日からイノゼンティア。純粋無垢と言う意味だ。イノ」
「いの…」

俺が微笑むと、イノは少し小さな声で自分の名前を発音した。
そして、そのまま胸に手を当てて、暫く考える。
そして、またそのエメラルドの瞳を見開いて、ニィっと笑みを浮かべた。

「りゃみにゃ!」

イノが俺の胸に手を当てて言った。
俺が少し戸惑っていると、

「いにょ」
「ん?」

今度は自分の胸に手を当てて自らの付けられたばかりの名前を呼んだ。

「りゃみにゃ!!」

そうして今度は俺の名前を呼びながら俺に抱きついてきた。
俺は驚いていた。
こいつは、イノは、俺が思っていたよりもずっと賢いのかもしれない。
つい先程まで名前はおろか、言葉という概念さえ知らなかった。
それなのにイノはこの短時間で言葉の意味を理解し、それを使うことが出来たのだ。

「すごい。はは…。イノ。お前、すごいぞ!」

俺は嬉しくなってイノの小さな体を抱きしめた。

「しゅご…い。いの、おみゃぃ、しゅごい!」

つい今しがた、言葉という概念を知ったばかりの少女は俺の真似をして言葉を発した。
俺は興奮した。
嬉しくなってイノを抱きしめ、2人で一緒に喜び飛び跳ねまわった。
楽しかった。
これほど心が弾んだのは久しぶりだ。

その後、俺はイノに部屋にあったあらゆるものに手を当て、名前を教えていった。
イノの吸収力はすごいものがあった。
部屋の中にあったあらゆるものは1回で名前を覚えた。
それからはイノと行動する際、まだ名前を教えていないものは全て手を当て、名前を教えてやった。
日に日にイノと意思疎通が進んでいく。
俺は悪魔の島にいるということすら忘れ、日々を楽しく思った。

そして、いつしかイノは形のないものの名前までも、理解していった。
これは、形のあるものの名前を覚えるのとはわけが違う、とても高度な事であるはずだ。
しかし、イノは形のないものにも名前があるということを理解してからはあっという間にに、あいさつや、起きる、寝る、食べるといった行動、そして、朝や夜と言ったその場の状態を表す言葉までも理解して吸収してしまった。
俺は何度も何度もイノを抱きしめ、イノを褒めた。
嬉しかった。
俺には子供はいないが、いたらきっとこんな感じなんだろう。
いや、きっとそれだけじゃない。
俺は、ただ、ただ、イノに救われた。
それは命だけではない。
この死の島に流れ付き、全てに絶望していた俺を、イノはあらゆる意味で救ってくれた。

「いの、ねう。りゃみにゃ、あひゃひゃかぃ。しゅきぃ。しゅきぃ」

頬が裂けているせいか、まだ発音はたどたどしい。
それでも一生懸命になってイノは俺に気持ちを伝えようとしてくれた。
イノが幸せそうに俺を抱きしめて、俺の胸に顔をうずめて、静かに目を閉じる。
そして、俺もまた、幸せに包まれながら、イノの身体を抱きしめて、イノの頭に顔をうずめ、眠るのだった。














夢を見た。


「私はここで殺される訳にはいかない。私には守るべき妻が、娘が、街があるのだ」

「それでも殺すのが俺の仕事だ。悪く思うな」

俺は腰に忍ばせたナイフに指をかけ、剣を構える男の背に回りこむ。
この早さならば並みの人間は反応も出来はしない。

――ズブ

指先に刃の食い込む感覚。
幾度と経験した感覚だ。

「っつ!?」

しかし、その日は同時に、経験したことのない痛みを腕に感じた。

――ポロ

俺の指は俺の意に反してナイフを取りこぼした。

「く…そ…。アラン…」

男は床に倒れ、最期に娘の名を呼んだ。
俺はしっかりと急所を狙った。
首筋から脳幹を狙って突き刺された刃は確かに届いていた。
瞬時に全身の機能を止め、男を死に至らしめるはずだった。
なのに男は最後の瞬間に藻掻き、俺の腕に深い一撃を入れた。
驚くべき執念だった。

「地方の領主があまりに優秀すぎるというのも考えものだな。あの世での活躍に期待する」

俺は動かせる左手で凶器を拾うと、男の屋敷を後にした。


俺が仕事で怪我をしたのは後にも先にもそれが最後だった。
俺の右腕はその時受けた傷のせいで麻痺が残り、今まで通りに動かすことができなくなった。
長いリハビリの末に、なんとか生活に支障が出ない程度には動くようになったが、もうこの仕事を続けていくことは出来ないだろう。
この仕事を辞めた俺に何が出来るのか。

俺は物心ついた頃から生死の上で生きてきた。
まぁ、そんなことはこの世に生きている人間ならば皆同じかもしれないが、俺の場合は死がより身近だった。
食い物は奪い取るか盗み出すか。
生きるためには仕方のない事だった。
しかし、俺のような奴は他にもうんざりするほどいたし、そんなものだと思っていた。
そんな俺に転機が来たのは俺の背丈が大人の腰より高くなる頃だろうか。
俺はいつもどおりスリをしようとして、ジジイを狙った。
しかし、気づいたら俺は空を見上げて寝転んでいた。
ジジイは元軍人だった。
おそらくは軍人と言ってもまともな軍人ではなかったのだろう。
偏屈で性格の悪いジジイだった。
俺はその後、手足の感覚が無くなるまでジジイとは思えない力のジジイに殴られ続けた。
それでも泣くのだけは耐えた。
死ぬほど痛かったが、死ぬほど性格の悪いそのジジイに屈するのだけは死んでも嫌だった。
そんな俺を見たジジイは口元を歪ませてこう言った。

「悪い顔してるな。心まで腐りきった救いようのない悪人の面だ」
「俺は鏡なんか持ってねぇぞ、ジジイ」
「…悪くない。ガキ、名前は?」
「ねぇよ。覚える前に親は死んだ」
「そうか。そいつぁいい。じゃあくれてやる。ラミナス。お前にはもったいねぇ名だが」

それからはよく覚えてねぇが、目を覚ましたらジジイの家のベッドの上だった。
それからの俺はそのジジイと一緒に暮らした。
ジジイは俺に生き方を教えてやると言って戦いの技術を教えこんだ。
その一環として勉強をさせられた。
字を覚えたとおもったら、医学や語学、数学まで学ばされた。
ジジイの教育はシンプルで、うまくできれば夕飯が少し豪華になる、うまく出来なけりゃ拳が飛んでくる。
そんな毎日をジジイが死ぬまで続けた。
俺の身体は大きくなっていたが、その頃にはジジイの腕は枝木のように細くなっていた。
ジジイが死んだ時、特に悲しみも感動もなかった。
俺はジジイの墓をジジイの家の裏に掘ってやった。
墓石はそこらで見つけたでかい石だ。
ジジイが二度と起き上がって来られねぇように出来るだけでかいのを選んだ。
すべてが終わった後になって、俺は自分が涙を流していることに気がついた。
俺は悲しむことが出来るぐらいにはジジイに感謝しているらしかった。
ジジイはそんな俺を見てどう思って死んでいったのだろうか。
その時の俺にはわからなかった。

腕を痛めた俺はふとそんな時のことを思い出した。
ジジイと別れた後はまっとうな身分もない俺はいつしか汚れ仕事ばかりをやるようになっていた。
とある悪党の用心棒。
とある金持ちのボディガード。
俺が持っているのはジジイから教わった戦いと殺しに偏った技術だけだった。
そんなある時、俺は今の雇い主に拾われた。
雇い主はいわゆる政治家というやつで、表舞台での輝かしいご活躍とは引き換えに裏では多くの敵と戦っていた。
そして雇い主から任される仕事はもっぱら、他人じゃ難しい殺しや盗みの仕事だった。
俺はその仕事があまり好きではなかった。
しかし、他では得られない多くの金をもらっていたからやめる機会がなかった。
そんな中訪れたこれは好機だと思った。
だから、俺は雇い主に打ち明けることにした。
しかし、もっとよく考えるべきだった。
俺のような輩を雇い、何人もの人間を手に掛ける狡猾で残虐な雇い主が、裏の事情を知る俺を野放しにするわけがないと。


「ハァ…ハァ…。くそっ」

俺は追われていた。
追ってくるのはどいつも俺と似たような輩だろう。
そう簡単に消される訳にはいかない。
だから俺は雇い主と敵対する勢力に逃げこむことにした。
しかし、そんなことも雇い主には見通されていた。
俺はいつの間にか連続殺人犯として国中に手配され、逃げ場を失った。
奴はこれまで俺にさせてきた全ての殺しを、いや、それ以外の罪も全てを俺にかぶせて捨てやがったんだ。
そして、とうとう捕まってしまった。
雇い主に金を掴まされた聖人共は俺の証言をことごとく無視し、異例の早さで俺の極刑は決まった。
我ながら馬鹿だった。
なんとも間抜けな最後だ。
刑が執行されるまでの10日間、俺は静かに過ごすことに決めた。
あの雇い主のことだ。
俺が何をしたところで無駄だろう。
そして、悪夢を見た。

夜な夜な俺の監獄には俺が今まで殺してきた奴らが亡霊となって現れた。
正体はわかっている。
看守が持ってくる料理に幻覚剤が混ぜられているにちがいない。
幻覚と分かってはいても、それらは俺を苦しめるには十分すぎた。
5日目の朝、雇い主がやってきた。

「いい夢は見れたか?」

俺はふらつく頭で雇い主を睨み続けた。
しかし、雇い主はそれだけ言って、俺の様子を見ると満足そうに嗤った。
心底クズだと思った。
こんな奴が表の世界では王の側で輝かしい生活を送っていると思うと反吐が出た。

「クソ野郎」
「ふふっ。その通りだ。よく分かっているじゃないか。俺はクソ野郎だ。そして、そんな俺に従って罪もない人々を殺してきたお前もまた、クソだ」
「……」
「俺やお前は、いずれこうなる定めだ。自由や幸せなどを望むのはあまりに罰当りだ」

雇い主はそう言って嗤うと、地下牢を出て行った。

『自由や幸せなどを望むのはあまりに罰当たりだ』

その言葉だけが、静かな牢獄に木霊していた。













――ぺろぺろ

「ん……」

――チロチロ

「う゛ぅ…」

俺は顔に感じる生暖かい感触に目が覚めた。

――ギラン

「うっ」

イノのギザギザとした牙が目の前に迫っていた。
なんとも微妙な寝覚めである。
見れば俺は体中に嫌な汗をかいていた。
俺はうなされていたのだろうか。

「りゃみにゃ、おきたぁ?」

イノの少し心配そうな表情がそれを感じさせた。
少し恥ずかしい物を見られた。

「おきたぁ?」

イノは顔を伏せていた俺を覗きこんで再び聞いてきた。

「ああ…、起きたよ」

俺はその顔を見て笑い返し、答えた。

「おきたぁ♪おきたぁ♪」

俺の応えにホッとしたのか、イノは ニッ と笑みを浮かべて飛び跳ねて喜ぶ。

「おはよう。イノ」
「くぉ。く…。おふぁよぉ。りゃみにゃ」

イノは少し考えて、思い出しながら俺にたどたどしい挨拶をした。
まったく。可愛らしいやつだ。
そして、ふと、夢の中の雇い主の言葉が蘇った。

自由や幸せなどを望むのはあまりに罰当たりだ

「ふふ…」

俺は言葉を思い出して、静かに笑った。

「くぉ?」

「まったく。素晴らしい罰もあったもんだ」

俺は自嘲しながら目の前で首を傾げる生き物を抱きしめた。

「くぉ!?りゃみにゃぁ!?」

俺は不思議なめぐり合わせに感謝した。
俺はあの男の言うとおり、罰と思って島流しを受け入れた。
しかし、その結果は俺に思いもよらぬ幸せをくれた。
いつまで続くのかはわからない。
もしかしたら明日にも俺は森によって殺されるかもしれない。
もしくは俺に飽きたイノによって食い殺されるかもしれない。
それでも、最期かもしれない神の贈り物を、この幸せを満喫しよう。
そう思った。




それからしばらくが経った。
イノはみるみる言葉を覚え、簡単な会話程度なら出来るようになっていた。
相変わらず、発音は癖があるが、頬が裂けているため、ある程度はしかたがないのかもしれない。
それでも、俺は娘が成長しているのを見ているようでとても嬉しかった。
不思議なことに、島の木々はイノとともに居ると、襲ってくることはなかった。
もしかすると、この島の木々はイノを森の主として認めているのだろうか?
そう思っていたが、森には野生動物や鳥達が繁殖していた。
不思議とそいつらには森は見向きもせず、普通の木々のように振舞っている。
だとしたら、俺達人間だけがこの森からは嫌われているに違いない。
それがきっと森がかつて木々を焼き払った俺達人間に与えた罰なのだろう。
ならばやはり、イノは人間ではないのだろう。

イノは、高い知能だけでなく、その身体能力でも俺を驚かせ続けた。
イノは木々の生い茂る、昼でも暗い森のなかで、点にも見えない野生動物を見つけ出し、まるで木々の隙間を飛び回るように地を駆けて獲物を仕留めてみせた。
その速さは風のようで、動体視力には自信のあった俺でもこの暗い森のなかではその姿を捉えることは出来なかった。
それに、野生動物はイノが撫でるように触れると、それだけで生気を失ってしまったように倒れ、息絶えるのだ。
その姿はまるでイノに跪くかのようにも見えた。
森の王。
そう見えた。
イノがその気になれば俺はあっという間に殺されてしまうに違いない。
それでも

「りゃみにゃぁ!とえた(獲れた)!とえたよぉ!」

その姿は俺には可愛らしく写った。

俺はイノが獲った鹿や兎を焚き火で焼いた。
イノは見慣れない火や、焼いた肉に興味を示し、その度に愛らしい姿を見せる。

「りゃみにゃ、うみゃい。こりぇ、うみゃい」

俺はそんな姿に笑みをこぼした。


イノの姿を見守る傍ら、俺は俺とイノの住むボロ屋を少しずつ治して行くことにした。
さすがにかろうじて雨風はしのいでくれるが、穴だらけの壁や屋根は雨が降るととてつもなく寒い。
まぁ、イノはそもそも体温がなく、寒さなど感じていないのかもしれない。
でも、気温が低い日に冷たいイノの身体を抱きしめるのはさすがに辛いのだ。
かといって、イノと体を離そうとすると、

「やっ!りゃみにゃ、いっひょ!」

といって離れてくれない。
仕方なく俺は寒い部屋の中で水枕のようなイノに抱きしめられるハメになる。
いくら娘のように可愛いと言っても、それは勘弁だ。

そんなこんなで俺はまずは屋根から修理を始めた。
上陸した時には俺を殺そうと襲ってきた木々は、どうやら枝木にしてしまえばさすがに動かないらしく、大人しく木材に成り下がった。
が、ノコギリはおろか、刃物もない状況では作業は難しかった。
俺は原始人よろしく尖った硬い石を使って地道に木を削ったり、浜辺に打ち上げられた文明から流れてきたであろう板切れを干した植物の繊維をあんで作ったロープで縛り作業をした。
と、そんな俺を見てイノが言った。

「りゃみにゃ、にゃに ひてう(なにしてる)?」
「屋根を治したいんだが、板切れがなくてな」
「いたゃきりぇ?」
「ああ。木を薄く切ったものだ」
「木、切うの?」
「ああ。でも、刃物がないからな」
「はもにょ?」
「物を切る道具だ」
「はもにょ にゃい」
「ああ」
「れも、はもにょ、にゃい けろ 切えう」
「ん?」
「くぉっ!」

俺がイノの言った意味を考えていると、イノは突然ボロ屋の前にあった木に向けてその鉤爪を振るった。
すると、

――ズン

一抱えほどもある太さの幹がまるで鋭利な刃物で斬られたかのように切り裂かれ、大きな音を立てて倒れた。
そして、イノはあろうことかその樹の幹に爪を食い込ませ、片手で軽々と持ち上げてみせた。

「……」
「にぇ。切えたお」
「…イノ、すごいな」
「くぉ?」

俺は驚いてぽかんと口を開けていたがイノがそんな俺を不思議そうに見つめた。

「らめ、らたゃ?」
「あ、いや。すごいぞ。イノ」
「くぅ〜…」

俺が褒めて頭を撫でてやるとイノは気持ちよさそうに目を細めた。


結局、ボロ屋の修理はイノに手伝ってもらうことになった。
イノに木を切ってもらい、そうして出来上がった木材を修理に使った。
イノの爪はイノが魔力を込めると鋭い剣のようになるらしく、太い木も紙を切るように簡単に切断できた。
イノのような種族は聞いたことがないが、きっとイノは魔物に属するものなのだろう。
保守的思想の強い俺のいた国では魔物に触れ合う機会などなかった。
そもそも種族によっては人間を食うような生き物とどうやったら仲良く出来るんだと思っていた。
しかし、こうしてイノと触れ合う限り、胡散臭い聖人共が話すほど悪い者ではないように思える。
むしろ、俺が今まで会ったどんな聖人よりもイノの心は清らかだ。
イノはとても素直で、嘘などという概念すらも知らない。
俺は、そんなイノと一緒にいるうちに、自分の心までも洗われていくような心地がした。


「んきゅ〜。くぉっ♪く〜♪」

イノが俺に抱きついて独特な歌を歌う。
俺はそんなイノを抱きしめ、その頭を撫でる。
そんな日々が、変わらずにずっと続いてほしいと思った。



それからまた日々が過ぎた。
俺の時間感覚が狂ってなければ、そろそろ秋も終わる頃。
島の自然は相変わらず青々としていて、季節感は感じられない。
しかし、気温は少しだが下がってきたように思われる。
俺は汗の染みこんだ囚人服を洗い、先日作り終えたばかりの暖炉の前に吊るした。
さすがに裸では寒くて暖炉から離れられない。
暖炉とは言ってもただ大きさのいい石を積み上げて泥で固め屋根の穴へと煙突を伸ばしただけの物だが、案外良く出来たと思う。
イノの狩った獣から剥いで乾かした毛皮をかぶり、凍える俺をよそに、イノは相変わらず裸のまま外に木の実を取りに行ったりしている。

「イノ、寒くないのか?」
「ひゃうい。わきゃらない。いの、へ〜き」
「そうか」
「れも、りゃみにゃ、らっこ しゅりゅ あたゃたゃかい。しゅきぃ」

そう言って胡座をかいて暖炉の前に座る俺の膝の上に座ってきた。
最近はよく「らっこ、らっこ」とせがまれる。
俺は照れくさかったが、イノが喜ぶのでついやってしまう。

「くぉ〜」

そして俺の腕を自分の胸の前で組ませると、俺の胸に背中をもたれかけ、嬉しそうに肩を揺らした。
俺はいつもと違い素肌に直接感じるイノの肌の感覚になんとも言えない心地よさを感じ、イノの頭の上に顎をうずめ、そのままイノを抱きしめ続けた。

――とくん、とくん

自分の鼓動の音を感じる。
しかし、イノからはそれを感じない。
イノの身体は不思議だ。
体温はなく、汗もかかないし、鼓動も、脈もない。
まるで死んでいるようだが、それでも肌はすべすべとしていてハリがあり、歳相応の少女のようで、しかし、人間と比べるとあまりに美しすぎる。
髪はふわりと甘い香りがして、サラサラと心地いい。

――どくん、どくん

素肌を触れ合わせ、イノの匂いをかぐうちに、俺はひとつの衝動に駆られた。
おかしい。
イノは娘のような存在のはずだ。
今までずっと裸を見てきたが、そんなことは感じたことがなかったはずだ。
しかし、その時の俺には魔が差してしまったんだ。
俺は、イノを抱きしめる手を下に滑らせ、イノの一番神聖な部分に触れた。

「んひゅっ…」

やわらかな感触と共に、イノの身体がぴくりと動いた。

「くぉ?」

イノが少し不思議そうな声を漏らした。
それでも、俺はイノの割れ目に指を這わせた。

「ん…くぅ…」

少し強張ったような、気の抜けた様な声。
俺は、そこで我に返り、指をまたイノの胸の前で組み直す。
しかし、

――す…

今度はイノの手が俺の手を掴んで、再びイノの敏感な部分に滑り込ませた。

「イノ?」
「…もと…やってぇ」

イノは少し潤んだ瞳で俺の顔を見上げていた。
その瞬間、俺の中で衝動が加速してしまった。

俺はイノの幼い割れ目に指を這わせ、時折膣の縁や、クリトリスを皮の上から刺激しながらイノを愛撫した。

「んみゅ…くふぅ」

イノの声が色っぽくなってくる。
俺は取り憑かれるようにイノを愛でた。
いつしか左手はイノのほとんど膨らみのない胸の頂を滑り、イノのほとんど抵抗のないなめらかな肌を利用して、その桃色の突起を刺激していた。
イノの身体もそんな俺の愛撫に答えて、胸の頂を薄桃色の乳輪からぷっくりと膨らませ、立ち上がっていた。
汗ひとつかかないはずの肌、しかし、イノの陰部はいつしかぴちゃぴちゃと水音がするほどに湿り、指先では割れ目がひくひくと動く感触を感じた。
幼いクリトリスも指先に感じる硬さと大きさを少しずつ増していき、目いっぱいに存在を主張していた。
その肉芽を皮の隙間からつんつんと刺激してやると、

「んきゅ…くぅん…んん〜」

イノは艶のある声で応えてくれた。
いつの間にか、俺の息は上がり、俺の股間はイノの尻の下で存在を主張していた。

すると、

「ふぁ…いい、におい…すりゅ…」

そう言ってイノが不意に体勢を変えた。
イノと触れ合っていた肌から、不意にぬくもりが消える。
そして、イノは俺の肉棒をとろけたような瞳でじっと見ていた。

「いい…においぃ…」

そのまま、イノは俺の肉棒にかぶりついた。

――あむ…じゅむ

イノは歯を立てないように気を使いながら長い舌を何度も巻きつけるようにして俺をしゃぶりあげる。
俺のそこはたまらない気持ちよさにさらに硬さと大きさを増した。

――じゅる…じゅむ。れろ

頬のないイノの大きな口からは大きな水音がひびき、その卑猥な音に俺の興奮は加速していく。
俺はイノの頭を両手で抑え、腰を動かしていく。
イノはそんな俺の動きに合わせて唇と舌で俺を締め付けた。

――じゅぽ…にゅぷ じゅずず

俺の腰の動きが興奮とともに加速する。
それといっしょにイノの攻めも強くなっていく。
イノも興奮しているのか鼻息が荒くなり、それがさらに俺を攻め立てる。

「だめだ、イノ、イノぉ!」

――びゅくっくっ!

「んむぅ!?」

俺はたまらずにイノの中に欲望を吐き出した。

―――じゅずず

イノはまるで一滴もこぼすまいとするように俺の精を舐め啜った。

「はぁ…」

俺が身体を離すと、目の前でイノは口の中に吐出された精をまるで味わうようにして、ゆっくりと飲み込んでいた。

「ふぁ…りゃみにゃ…。しゅごい。おいひぃ…」

恍惚とした表情を浮かべるイノ。
その表情は普段の無垢な笑顔とは違い、まるで淫魔のような欲情に満ちたものだった。
俺はその光景を見つめながらも全身から力が抜けてしまったように動けなかった。
それでもなお俺の体の中心からは余韻ともいうべき鈍い快感が全身を支配していた。
異常だとは感じた。
たかがフェラでここまで感じるはずはない。
イノのそれはお世辞にも上手いとはいえないはずだ。
なのに俺は今までになく興奮していた。
快楽で痺れていた。
イノの牙には毒があるのかもしれない。
俺は俺をその幼い割れ目で飲み込もうとするイノに無抵抗にのしかかられながら、そんなことを思った。

「りゃみにゃ、ここ きゅぅきゅぅ すりゅ。たひゅ けてぇ…」

イノはすべすべとした割れ目で俺の肉棒をこすり始める。

――じゅ じゅ

「ん…んふぅ…くぅ…」

その度に息を荒げながらイノが心地よさそうな声を吐き出す。
その目は涙で潤み、高熱に侵されたように全身は薄桃色に色づいていた。
先ほどまでは感じなかったイノの体温を確かに感じる。
歳相応の少女のような高い体温が俺の肉棒をぬめる割れ目で挟み擦る。

「んひゅぅ…りゃみにゃ〜へんらよぉ〜。りゃみにゃ」

裂けた口からは熔けるように涎が溢れ、イノの割れ目も同じように蕩けていた。
俺は、ゴクリとつばを飲み込み、イノの軽い身体を持ち上げた。

「イノ、今、助けてやる」

いや
犯してやる。
イノのトロけた表情を見ているとおかしくなってしまいそうだった。
いや、おかしくなっていた。
愛おしくなっていた。
恋しくなっていた。
イノが俺を求めている。

俺はもう十分に硬さを取り戻していた一物をイノのそこへ導いた。

「イノ、いいか?」
「うん…いいぉ…」

イノは祈るように目をつむり、そのまぶたの端から一筋の涙がこぼれた。

――じゅぬ

イノのそこは人間の女よりもずっと柔らかく俺を迎え入れた。

――つっ

「んくゅっ 〜〜」

イノがビクリと跳ねる。
それと同時にイノが俺をきゅっと力強く締め付ける。

「んっ」

俺はたまらず声を漏らした。
気持ちよかった。
イノは痛みなど感じていないのか、次の瞬間には気持ちよさそうに目を細め、俺の身体に長い腕を回した。

「もっろぉ…もっろいっふぁい」

イノが腰を左右に動かし、急かす。
その度にイノの中は俺をうねり締め付け、俺を高ぶらせる。

「んくっ…」
「んふぁぁ」

俺の一物がビクリと跳ねるとイノも心地よさそうな声を漏らす。
たまらなかった。
たまらなく心地よく、
たまらなく幸せだった。
だから、一気に奥まで。

「んひゅぅぅぅぅ!!」

イノが背をのけぞらし、大きな口をガバっと開いた。

「んくゅ〜。ひもひ、りゃみにゃっ、りゃみにゃぁ」

俺は少しずつ腰を動かしイノをかき回す。
あまり一気にやると俺のほうが搾り取られそうだ。
それほどまでにイノの中は心地よく、
まるで粘りつくように俺に絡みついてくる。

――じゅぷ ぬぷ

「ん、くぅ…」
「んみぃ、りゃみにゃ、んくゅ、あぁ、りゃみにゃぁっ!」

――じゅぬ
――ぱぁん
――じゅむ

俺は気持ちよさに任せて一気に抜き差しを加速する。
一突きごとに目の前に星が光る。

「んみぃっ、りゃ、りゃみにゃ、あっ、んくゅ〜〜」
「で、出る。イノっ!出るぞぉ!」
「んくゅ」

――どびゅっびゅっ

「んくゅぅぅぅぅぅぅぅうううううううう!!!」

俺は目一杯をイノの中にぶちまけた。
出しきっても出し足りないとばかりに吐き出した。





イノはしばらく全身をのけぞらせたまま俺にしがみついていたが、ゆっくりと手を離し、床に倒れこんだ。

「ん、んきゅ、んあぁ…りゃみにゃぁ…」

未だにビクビクと軽い痙攣をするイノ。
よほど気持ちよかったのだろうか。

と、その時だった。

――かぁっ

突然イノの身体がかすかに輝きだした。

「なっ!?」

その光は徐々に強くなり、最期には目も開けていられないほどになった。
俺は思わず手で光を覆った。
しばらくすると光は収まり、俺はゆっくりと目を開ける。
そこには先程までと変わらない光景があった。
暖炉はぱちぱちと音を立て、イノはスヤスヤと寝息を立てていた。
少しだけ焦った。
俺が犯した罪が、
俺がイノを犯してしまったばかりに、イノが消えてしまうのではないか、
俺は一瞬そう考えてしまっていたのだ。
でも、イノはまだそこにいてくれた。
そのことにたまらなくホッとしていた自分があった。

「ん?」

そうして、イノを見つめていて、気がついた。

「イノ?」

そこにはたしかにイノが横たわっていた。
細くやわらかな小さな白い身体。
ふわふわとしたガラス糸のような白銀の髪。
しかし、先程までのイノとは明らかに違っている。
頬まで裂けていた口は、ぷっくりとした薔薇のゼリーを煮固めたような小さな唇になり。
ゴツゴツとした巨大な獣の腕は、細くしなやかな少女のものに変わっていた。
そこに眠っていたのは、イノの姿をした、人形のような、いや、どんな人形師も創りだすことは出来ないほどの美少女が眠っていた。

「イノ?」
「んくゅ…」

俺の口から漏れた声に、その人形のような少女の瞼がピクリと動く。

「ふぁ…あぁ〜…」

ムクリと起き上がり、両腕を大きくあげてあくびをした。
その口は避けてなどおらず、めいっぱいに広げても拳どころか、プルーンの実が入るのでやっとといったところだ。

「ふぇ…らみなぁ?」
「イノ、お前…」

俺がそっと近寄ろうとした、その瞬間。

「ラミナぁ!!」
「わぷぁっ!?」

突如獅子のように飛びかかってきた少女に押し倒されることとなった。

「ラミナぁ。ラミナぁ」

そして、小さな腕をめいっぱいに回して俺を抱きしめる。
ふわりと甘い香りがして、いつもどおりの無邪気なイノが俺の胸に顔を擦り付けていた。

「イノ…」

今度は俺の方からイノを抱きしめる。
柔らかで、すべすべとしたイノの肌。
そこには昨日まではなかった確かな温もり、体温があった。

「んくゅ〜。ラミナぁ?どしたの?」
「いや。イノがいて、嬉しくてな」
「くぉ?へんなラミナ」

イノが首を傾げる。
そんな姿が愛おしかった。

と、

「あれぇ?あれれぇっ!?」

突然イノが自分の体を見回してくるくると回り出した。

「あれ!?ラミナぁ。へん、へんだよぉ!?」
「ん?」
「いの 身体、変なの。腕、縮んでるの」
「ああ、縮んでるな」
「それに、口、開かないよ?なんで?なんでぇ!?」
「なんでだろうな?」

腕をブンブンと振ったり、口を開けたり閉じたりするイノ。

「ぷ…ははははは」

俺は思わずその姿に笑いを抑えきれなくなる。

「くぉ!? なんで、笑う? いの、たいへん だよ?」
「ははは。いや、悪い。しかし…ぷ、あっははははは」
「うぅ〜〜!なに?なんで 笑う? いの たいへん だよ!?」
「うん。そう、そうだな」

イノが先ほどできたばかりの頬をふくらませむくれる。
その表情にまた俺は笑い転げてしまう。

結局、俺の笑いが収まる頃にはすっかりイノは拗ねてしまっていた。


「イノ、悪かったよ。ほら、もう笑わないから」
「やっ!」

イノは部屋の隅で膝を抱えたまま動かなくなってしまった。

「イノ。ほら、抱っこしてやるぞ?」
「…ぅ、やっ!」

イノは割と強情なようである。

「じゃあ、高い高いしてやるぞ?」

自分で言っておいて可笑しく思った。
しかし、我が子にはこういうことをすると昔読んだ本を思い出した。
いや、普通我が子を犯す親などいないか…。
そんなことを思うと更に可笑しくなってしまった。

「くぉ?」

イノはどうやら聞き慣れない単語に興味を示したらしい。
ならばここは攻めるべきだろう。

「びゅーんって、してやるぞ?」
「びゅ〜ん?」
「そう。イノがびゅーんって」
「びゅ〜ん…ほんと?」
「ああ。本当だ」
「…ちょっとだけ、だよ」

イノは少しほっぺを赤くして俺の方にトコトコ歩いてきた。
俺はそんなイノの身体を両手でつかみ、ヒョイッと放り投げた。

――ビューン

「くぉぉ!!」
「ほぉら、たかいたかーい」

――ビューン
――ビューン

「くぉっ!くぉおお!!」

イノの軽い身体は俺も驚くほど高く飛んだ。
ボロ屋の屋根を突き破りそうな勢いだ。

「くゃ!くぅ〜〜〜!!!」

イノはエメラルドの瞳をまんまるに開けて、大きな声で感嘆の言葉を吐いた。

「くぉ〜!すごい!すごいよぉ!!」
「イノ!」
「くゃひゃひゃひゃひゃ!!」

イノは大きく口を開けて笑う。
イノは両手両足を大きく広げて全身で喜び宙を舞った。
イノの眩しい笑顔が遠ざかって、また近づいて。
俺は最後にひときわ大きくイノを放り投げると、それを受け止めた反動で毛皮のベッドに2人で転がり込んだ。

「……」
「……」

イノと目が合う。
エメラルドのくりくりとした宝石のような瞳が俺を見つめ、そして、次の瞬間には嬉しそうに細められる。

「「あはははははは」」

自然と俺も笑っていた。
イノと俺の笑い声が重なる。

「イノ。ごめんな。イノがあんまり可愛らしいから笑っちゃったんだ」
「くぅ…。もう、しない?」
「…それは約束できない」
「…そしたら、また たかい たかい して」
「ああ。それなら約束できる」
「じゃあ、ゆるす!」

そう言ってイノは俺を抱きしめた。
俺もイノを抱きしめた。
お互いに、裸で。
さっきまでの交わりとは違う。
でも、同じように心は満たされる。

これほど笑ったのは、
これほど心が動いたのは、
初めての事だった。



それ以来、寝るときは裸で居ることが多くなった。
時折、身体を重ねた。
あれ以来、イノはセックスの感覚を気に入ってしまったらしく、2日に1度は俺の身体を求めるようになった。
イノとのセックスは毎回、とても気持ちが良かった。
そんな日々が、1ヶ月ほども続いた。



「…イノ、背ぇ、伸びたんじゃないか?」
「くぉ?」

俺はふと気になって、言った。

「ほら、前はこれぐらいだったと思うんだが」

俺は自分の臍と胸の間ぐらいに手を当てた。

「くぉ?」

首をかしげるイノの頭はそこから5センチほど上にあった。
俺の胸の少し下ぐらいだ。
俺の身長が186だから、140ちょっと下といったところか。

「そぉ?」

しかし、イノはいまいち実感が無いのか、首を傾げるだけだった。



それからまた1ヶ月が過ぎていた。
イノの背は俺の胸ぐらいまで来ていた。
あれからはあまり伸びてないようにも思える。
しかし、今度は別の場所に成長の兆しが現れていた。

――ぽよ

イノのまっ平らだった胸が僅かに膨らんでいる。
まだ手の平に収めるには小さいぐらいだが、その成長は、セックスの時には明らかな変化としてとれた。
それに、尻も1回り、いや、下手をすれば胸よりもずっと成長している。
イノがもともと細いということも有り、くびれの様なものができていた。
イノの身体はもう見間違いようもなく、発育していた。
当のイノ自身は、これまでずっと成長なんてしたことがなかったらしく、

「よく わか ない」

と首を傾げていたが、
俺が成長するということについて教えてやると。

「イノ、おとな、なる!?」

と、喜んでいた。

そして、変化は別のところにも現れた。


イノが成長するに連れて、セックスで感じる快感はどんどんと増していった。
ただ単に、イノが上手くなっただけかもしれないが、
なんというか、イった時の一体感というのだろうか、それが増している気がする。
そして、俺の精の量もドンドンと増している気がする。
3ヶ月前までは2,3発も出せば十分だったが、最近では10回出しても平気だ。
しかし、これでいいのだろうか?
いや、確かに、イノが成長したことで、俺としてはイノが俺の好みに近づいていき、嬉しくはある。
しかし、半分は娘のように思っているイノとこのままの関係を続けてもいいのだろうかという後ろめたさもあるわけで。
でも、いざ身体を交えてしまえば、イノの身体は麻薬のように俺の身体を狂わせ、俺の精を絞りとるのだ。
そして、そこに快感はあれど、後悔は起こらない。


そんなこんなで、俺はイノと出会って、次の夏を迎えていた。
残念なことにイノの成長はあれ以来殆ど見られなかった。
顔つきは相変わらず幼く、あれからあまり伸びていない小柄な背丈と相まって、全体的に幼い印象を受ける。
身長は相変わらず140センチあるかないか、胸はかろうじて膨らんでいるかいないか。
なんとか尻と太股だけは出会った頃の、押せば折れそうなものから女性らしい丸みを帯びたものになったものになった。
いや、むしろウエストが細いこともあって大きく見える。
だが残念ながらそれは見えるだけであって触ってみるとやはりそれほど大きくもない。
俺としては未だ娘を犯しているようで夜には心苦しさを感じる。
できれば胸と尻はもう2回りほど大きく育って欲しかったものだ。
あ、いや、高望みはしないでおこう。
せめて身長は後20センチ、手の平から零れんばかりのバストに沈み込むほどの尻など願ったところでそれは最早イノではない別の誰かなのだろう。
しかし、女というよりは少女、下手をすれば童女と呼んだほうがしっくり来る体型のイノを見て、 “どうしてそこで諦めるんだ!” 程度には残念な気持ちはあるわけで。
ふむ。
思えば、俺のイノに対する感情も少し変化しているのかもしれない。
あの日、身体を交えるまでは純粋に娘のようでしかなかったイノは、いつの間にか自分の中で女に変わっていた。
それは、見た目が変わったというだけではなく、毎日いっしょに過ごし、毎晩のように身体を重ねるうちに意識が変化していったのだ。
最近では昼間でも、イノの尻を見ていると、抱きしめついでに小ぶりな胸や、やわらかな割れ目に手を伸ばしてしまう自分がいた。
そして、イノもそんな俺を嫌がることなく、むしろ自分から進んで身体を交わらせる。
そうした日々を送るうちに、俺の身体にも変化が現れた。
俺の精はイノが求めれば、どれだけでも湧いてきて、昼と夜と関わらず、何度セックスしても枯れることがない。
そして、イノが側にいなくても、いつの間にか森の木々は俺を攻撃することはなくなっていた。
なんとなくだが、わかっていた。

きっと俺は、もう、人間じゃなくなっているんだ。

でも、そんなことはもうどうでも良かった。
人間としての俺は、あの日、この島に流れ着いたあの時に、とっくに死んでいたんだ。
俺は、俺のためにイノがいてくれたと思っていたが、
最近では、俺がイノのためにいるんだ、ということが分かってきた。
イノはきっと、やはり、この森の王なのだろう。
そして、俺はその王に許されたからこうして生きている。
でも、そんなことを考えるときに、ふと思い出す。
イノをイノに、イノゼンティアと言う名を与えたのは俺だ。
そう思うと、それだけでとても嬉しい気がした。












私は目を覚ました。
素肌に触れる暖かで心地よい感触の中で目を覚ました。

「……ぇ?」

目の前に男がいた。
見知らぬはずなのに、どこか愛おしいと感じる顔の男がいた。
若い男だ。
男の体は締まっていて、無駄な肉がついていない。
まるで城の兵士のようだ。
そこでふと気がついた。

「……っ!!?」

私も男も裸だった。
私はその見知らぬ男に気付かれないように体を離し、立ち上がった。
そのままゆっくりと男と距離を取る。

――コツ

すぐに背中に冷たい感触が当たり、壁にあたったのだと気づいた。

「ここは…どこ?」

私は見知らぬ場所にいた。
私のよく知る私の部屋ではなかった。
ゴツゴツとした石造りの壁、みすぼらしい石を積み上げただけの暖炉。
私は慌てて出口を探す。
男に見つからないように息を殺して。

――バッ

何かの動物の毛皮が吊るされていた出口を抜ける。

「え?」

目の前は深い森だった。
私の知る美しい街並みはどこにもない。
でも、嗅ぎ慣れた潮風だけは感じる。
どこかの島?
いつの間にか連れて来られたのだろうか。
だとしたらあの男は盗賊かもしれない。

「っ……」

ズキリと痛みが走って、それとともに不意にその男が私に笑いかける光景が頭に思い浮かんだ。
とても愛おしいものを見るような目で。
私の頭を撫でる光景。

「これは、なに?」

――ズキ

「っ!」

次の瞬間、鮮烈な痛みが私に襲いかかった。
一瞬、背後から頭を何かで殴られたのかと思った。
でも、それが頭の内側から響いてくるものだとわかって、私は両手で頭を抑えてうずくまった。

「あ、あああぁぁぁぁぁああっ」

痛い。
痛い痛い痛い。
なに?
一体何が起こってるの?

「誰か、助け…てぇ…」






あたまが痛いの なおった。

「あれぇ? なに してたっけ?」

イノ、お外にいた。
どうして?

――さぁ

かぜが からだ なぜる。

「まだ、よる。ふぁ…。らみなぁ…」

イノは おうち もどることにした。
はやく ラミナにぎゅってしよぉ。













「ん…ん?」

俺はなんだかくすぐったい感覚に目を覚ました。
外からは太陽の光が差し込んでいる。
見ればイノが出会ったばかりの頃のように、俺を離さないと言わんばかりに俺の身体にしがみついていた。

「くぅ…くぅ……」

イノの寝息がその行動がイノの無意識によるものだと知らせる。
俺は微笑ましく思いながらも、このままでは動けないと分かり、どうしようか悩んだ。
仕方なく、俺はイノを抱きしめ、イノが目を覚ますのを待った。



「くぁ〜…くゅ〜…」

独特の”鳴き声”と共に目を覚ますイノ。

「おはよう。イノ」
「くぁ…〜ぁ。…おふぁよぉ」

イノが寝足りないというふうに小さな口を大きく開けてあくびをする。
出会った頃のイノだったら俺の目の前には怪物のような巨大な口が牙を覗かせていただろう。

「珍しいな。あまり眠れなかったのか?」
「くぉ…。くぅ〜…よく、わか…ない?」

なぜ疑問形?
まぁ、いいか。
と、俺は起き上がって服を取ろうと立ち上がる。

――きゅ

「ん?」

俺は左手首をイノに掴まれた。

「どうした?」

俺は振り向いてイノに尋ねると、

「よく…わか、ない……」

イノは頬を赤くして膝をもじもじさせて目をそらせていた。
なんだろう。
何かよくわからないがとてもかわいい。

「ラミナ…。どこにも、行かないで?」

辿々しいというか、不安そうというか、そんな表情の言葉。

「ん?俺はどこにも行かないぞ?」
「うん…。わか…てる…」

言葉とは正反対の態度と行動。
なんだろう。
こんなイノは初めてだ。
俺はなんとも言えない衝動にかられてイノを抱き上げた。
イノの軽い身体はすんなりと持ち上がり、イノは俺の身体を強く強く抱きしめた。
人間の少女の力とは思えない強い力。
ギリギリと俺の身体が鳴りそうな。
その痛みが俺にイノの感じている不安の重さを文字通り痛いほどに感じさせた。

「大丈夫だ。イノ。俺はどこにも行かない。ずっとイノのそばにいるぞ?」
「うん。わか、てる。なのに…」

その言葉とともに俺の身体を締め付ける力が弱まる。
俺は内心ホッとして、代わりに今度は俺が強くイノを抱きしめる。

「俺はイノのものだ。お前が望む限り、ずっとそばにいる」
「うん…。あり…がと」

俺はその時、イノの頬に涙が瓶色の筋を引くのを見た。


その日は、日が沈むまでずっとイノと一緒にいた。
お互いに裸のまま。
特に何をするでもなく。
お互いの身体を抱きしめていた。
俺の身体は空腹を訴えることもなかった。
もう、最近では俺の身体はイノのそばに居て、心が満たされていればそれだけで身体が食べ物を要求することもなくなっていた。
異常だということはわかっていた。
でも、“そういうものなのだろう”と理解していた。
イノのものになる。というのは、なんの例えでもなくそういうことなのだろう。
そして、イノもまた、俺とともにあれば空腹を訴えることもなかった。

「ラミナぁ、ちゅう、して?」
「突然だな」
「だめ?」

イノはきれいな水晶の糸のような眉毛をハの字にして俺の顔を見上げる。
こんな顔をされて「ダメだ」とは言えるはずもない。

「ん…」

長いキスだった。
ついばむように、絡みあうように。
俺はイノの小さな舌をなぞるように舐め、その度に

「んゅ…」

イノの身体は小さく反応して感じていた。
一日の間何も食べていない分、お互いの唾液を喉に染み込ませるように飲んで、キスをした。
唇を話した時には、俺の臍の辺りにはイノの愛液が流れるほどに垂れていた。
イノは欲しくなったのか、もじもじと柔らかく、幼さ相応の肉厚な割れ目を俺にこすりつけてくる。
花の蜜のような甘さと、レモンのような酸味の臭いがベッド、というにはあまりにみすぼらしい寝床に漂う。
イノが甘えているためか、いつもよりもずっと濃いその香りを吸って、俺の方も硬くなっていた。
太ももにそれを感じ取ったイノは愛液で滑りの良くなった割れ目と内ももでそれを挟んで、小さな身体を目一杯揺すってそれを扱く。
それだけで少しずつイノの息が上がっている。
俺の身体が変わっていったように、一見成長の見られないイノも、どんどん感じやすく、とても敏感になっていた。
行為の最中ではどこを触ってもとても可愛らしい声で鳴いて反応してくれる。
イノの首筋に浮いた汗をなめ、その味を感じる。
驚くことに、イノの汗はそれほどしょっぱくない。
微かに甘い香りがするが、ほぼ水のようなものだ。
きっと体の作りからして人間と違うんだろう。
俺がそんなことを思っているとも知らずにイノは必死に感じてくれる。
俺の舌が首筋を撫でると細い背中をのけぞらせ、すべすべとしたお腹を俺に密着させる。

「んくゅ〜」

かわいい鳴き声付きだ。
その声を聞くと、自分の中からゾクゾクと様々な感情が湧き上がる。
イノを欲しくなる。
俺は潜るようにしてイノの臍から胸、顎裏を舐めて、鳴き声を上げるイノの口を塞ぐように唇にキスを落とす。
イノの身体は一層香りを濃くして全身から球のように汗を出す。
シルクのような肌を転がるように汗は流れて、鎖骨、首筋、耳裏のそれを吸い取るようにキスの雨を降らせる。

「くぅ〜、んっ…んくゅ〜」

その間に右手でイノの柔らかな尻や、湧き水のように愛液を流す幼い割れ目を愛撫してやる。
もう完全に火は着いていた。
何度も軽く絶頂を迎えているイノの身体を寝床の毛皮に押し付け、俺はイノの割れ目に自分を滑りこませる。
イノは可愛らしく悶えて全身でそれを感じているが、イノのそこはそれとは正反対に貪欲にパクパクと俺を飲み込み、ギュウギュウと吸いついてくる。
窓から入る青白い薄明かりの中でイノのなめらかな肌は真珠のように輝き、のけぞる度に誘惑の光を反す。
押送を繰り返す度にイノのそこはまるで魔物の口のように俺に吸い付き、搾り取ろうとしてくる。
俺が奥まで突き上げるとイノの子宮口が俺の傘を受け入れ、引くと同時にズニュっという感覚がしてそれが吐出される。
艶めかしく動く膣道と吸盤のように吸い付く子宮口が俺を攻める。
イノの中はうねうねと絡みついて俺を離さない。
俺はその中で少しずつ力が抜けていくように快楽に支配されていく。
イノも突き上げる度に何度か絶頂している。
その度にビクビクとイノは俺を締め上げる。
俺は上り詰める脱力感とともに、最初の開放感を味わう。

「んぁ…くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

ズジュジュ。と音がしそうな程貪欲に俺の性をイノの小さな子宮が吸い上げる。
それと同時に俺とイノの体温が上がったように身体が熱を帯び、それが引いていく。
心が快楽と幸福で満たされる。
イノを見下ろすと先ほどとは違い心底安心したような顔で、うっとりと目を閉じて余韻に包まれている。
イノの膣は未だにビクビクと動いて、もういっかい、もういっかい。と訴えかけてきている。
俺は愛おしくなってイノの可愛らしい唇に優しいキスをした。


結局、その夜は数えきれないほどイノに出して、いつ眠ったのかさえも分からなかった。















私は言い知れぬ心地よさと暖かさの中で目を覚ました。
おへその辺りから幸福にも似た暖かさが広がっている。
そして、嗅ぎ慣れた匂いを感じる。
鼻や紅茶のようないい香りではない。
それでも、まるで日向の中にいるようなこころの休まる匂い。
そして、目を開いた。

「ぇ?」

目の前にあの男がいた。
そして、

「んひゅっ?!?」

身体を引こうとした瞬間に、おしっこの出る辺りからお腹にかけて、気が遠くなるほどの刺激が襲い、反射的に身体がビクビクと痙攣を起こした。
それが快感だと分かったのは一瞬遅れてだった。
そして、私のそこに、目の前の男のものが入り込んでいるということが分かり、私は声も出せずに驚く。
見知らぬ男が私を犯している。
そんな異常事態だというのに、何故か頭は冷静で、恐怖というものは感じない。
それどころか、男のものを抜こうと身体をよじり、それが抜けていこうとするのを私は本能的に嫌がってしまう。
おかしい。
私はどうしてしまったの?
ずにゅ。
ゆっくりと、謎の葛藤の中で私はそれを抜いて、身体を離した。
ずず…。と私の中から白い液体が流れ出る感覚があった。

「ぁ…」

そして、その匂いを嗅いだ瞬間、私の身体に妙な衝動が走った。
ずくんずくんと、心臓が震えた。
まるで全速力で走ったみたいにドキドキして、そこから垂れてくる白い液体を指ですくい取る。
おかしい。
こんなのおかしい。
頭ではわかってる。
でも、私は見つめていた指についていたそれを、

――ちゅむ

口で舐めとった。

「っ!!」

ドクンッ。
ひときわ大きく心臓が響いて、その匂いと味に頭が、身体が戦慄いた。
ビクン、と背筋が伸びて、
プシャ。
私のそこから飛沫が飛んだ。
気がつけば私の口はだらしなく開いて、口の橋からは涎が垂れて、私は粗末なその部屋の天井を見上げて放心していた。
そして、目が覚めた私は、はしたないと思いながらも、自分のそこから垂れるその液体を救っては舐めとっていた。
いつの間にかもう片方の手では汗でぬめる乳房を弄んでいた。
しばらくして、私のそこから漏れ出る液がなくなると、疼くままに私は指をなめしゃぶったまま、乳房を遊んでいた手で、濡れそぼったそこに指を這わせていった。

「んっ…ふんん…」

声を押し殺しても、歯が噛み合わなくて、唇がうまく閉じない。
私は男の隣に身体を横たえ、敷かれた毛皮を噛み締めながら自慰にふけった。

「んっ…んん……。ふっ…ん!」

床に敷かれた毛皮を噛み締めたまま、膝をついておしりを持ち上げて、愛液が胸まで垂れてくる。
おかしい。
何度も気をやってる。
でも、一向に収まらない。
悪い侍女に教わってから隠れてしていた自慰。
それとは比べ物にならない快感を何度も何度も味わっている。
なのに、ちっとも満たされない。
切ない。
隣では男が何も知らずに寝息を立てている。
その顔を見つめる。
見知らぬはずの男。
なのに次から次へとその男の微笑む顔や、困ったようにしながらも優しく呼びかける姿が思い浮かぶ。
そして、それを見る度に増していく快感と幸福感。
徐々に、高まっていく。
来る。
大きいのが来る。
そして、

「んんんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

やっと、満足の行く絶頂が出来た。
でも、その頃には頭がクラクラとして、まともに思考もできなくなっていた。
頭の中で考えがまとまらない。
見知らぬ男のそばで、その男を見て、その姿を思い浮かべながら自慰をして。
それなのに何も考えられない。
こんなのは異常だった。
でも、どうでもいいぐらい気持ちいい。
私はおかしくなってしまったんだろうか?
私は―――――なのに…。

「え?」

その瞬間、快感が消し飛んだ。
代わりに恐怖が頭を支配した。
私は、…え!?
私は誰?

「あ、あああああ…」

唇が震えている。
ううん。
膝も、心臓も、戦慄いて。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

私は無意識に叫んでいた。

「っ!!?どうした!?イノ!!?」

男が飛び起きて、私を驚いた表情で見つめた。

――ズクン

頭が内側から締め付けられた様に痛む。
そして、

「あ、あああ。ラミナ、ラミナぁ!」

私の身体は私の意思とは別に、いや、意思に反して男の名前らしき言葉を叫び、男に抱きついた。

「イノ!?どうしたんだ?」

男はそんな私を優しい力で抱きしめ、いつもそうしているという風に私の頭を撫でた。
そして訪れる幸福感に、ハッとして、

「いやっ!」

私は恐ろしくてラミナの身体を突き飛ばした。
あれ?
ラミナ?
どうしよう。
わたしラミナになんて事を。
ラミナ、びっくりしてイノの事を見てる。
違う!
わたしは――――。
あれ?
わたしは、誰?

「どうしたんだ?…イノ?」
「ラミナ…。どうしよう…。イノ、わたしが誰か分からなくなっちゃったよ…」
「イノ?……」

わたしはどうしていいか分からなくなって、ラミナの胸に飛び込んだ。
頭の中がグルグルしてる。
でも、ラミナのぬくもりを感じると、少しずつ落ち着いてきた。

「…。大丈夫だ。…俺はここにいるぞ。お前のそばにいる」
「…ありがとう。ラミナ…」

私はラミナの胸に身体を預けた。
ラミナの匂いが私を落ち着けてくれた。



私が話せる様になるまでラミナは私を膝の上に乗せて、私の震える身体を抱きしめて、頭を撫でていてくれた。
頭の中も落ち着いてきていた。
ちゃんと、イノだって分かるようになった。
私のことは思い出せない。
でも、あの頃の光景は断片的に蘇ってきている。

「ラミナ…」
「ん?どうした?」
「私、自分のことが思い出せないの」
「………そうか」

ラミナは優しい。
驚かないように、ゆっくりと答えてくれる。

「でも、イノは分かる。イノは、ラミナのことが好き」
「……なんか、そう改めて言われると照れるな」
「驚かないの?」
「いや、驚いてる。でも、俺まで慌てたら、イノが辛いだろ?」

ラミナは、やっぱり優しい。
私は顔を横に向けて、背中でラミナの温もりと匂いを感じた。

「私、イノになる前はお姫様だった…と思う」
「えっ!?」

ラミナが驚いた声を上げて私の顔を覗き込んだ。
私はその顔がおかしくて、

「くすくす。ラミナ、驚かないって言った」
「いや、待て。それはさすがに驚くぞ」
「イノはラミナが王子様だって言っても驚かないよ?」
「そうか…。実は俺、王子だったんだ」
「うん。知ってた」

私は笑いをこらえながらラミナに向き直って抱きついた。
胸いっぱいにラミナの匂いを吸い込んで、それからラミナを見上げる。
ラミナは一瞬目が合った後、少し罰が悪そうに顔を背けた。

「…いや、すまん。俺はただのチンピラだ。ここに流れ着いたのだって、悪さやらかして、流刑にされたんだ」
「るけい?」
「…すっごい悪いことをして、罰を与えられたんだ」
「えっ!?」

今度は私が驚く番だった。

「ラミナはいい人だよ!イノをいっぱい幸せにしてくれたよ!」
「そうか。ありがとな。でも、…俺はただの人殺しだ」
「……ラミナ」

ラミナが辛そうな顔してる。

「ラミナ。大丈夫だよ。イノは知ってるよ。ラミナはとっても優しいよ。とっても温かいよ」

立ち上がって、胸でラミナを抱きしめる。
ラミナの匂いのするラミナの髪の毛に顔をうずめて。

「イノ…。ありがと…」

ラミナ、子供みたいに私の事抱きしめて。
かわいい。
好き。
大好き。
ずっと一緒にいてほしい。
私がどんなになっても。
ラミナがどんな人であっても。
お姫様のそばにいるナイトみたいに…。

「あ、そうだ!」
「ん?」
「こほん」

私はラミナから身体を離してラミナを見た。
ラミナは不思議そうに私を見上げた。
くすくす。

「イノ姫の権利により命ずる!ラミナ!そなたを妾の騎士に任命する!」
「…は?」

ラミナはぽかんとしてる。

「くぅ…」

私はむっとして。

「ラミナ!そなたを妾の騎士に任命する!」
「なんだ?突然?」
「いいから!こういうのはムードが大事なの!」
「はぁ…。えぇっと…。有難き幸せ?とかか?」
「うん! えへへ。これでラミナはイノの騎士だよ」
「…裸のお姫様と囚人服のナイト様かよ」
「あら。ロマンチック」
「…そうか?」
「くぅ〜!そうなの!」
「怒るなよ…」
「怒ってないもん!!」
「怒ってるだろ」
「怒ってない!!」

怒ってる。
ラミナは乙女心が分かってない。

「……イノ。高い高いしてやろうか?」
「……高い高い?」
「ああ。そうだ。イノが ビューン って」
「ビューン?」
「ああ。そうだ」
「ほんとに?」
「ああ。本当だ」

たかいたかい。
なんだろう。
おぼろげな記憶の中にそんなものが出てきた気もする。
なぜだか知らないけどとても心躍る響き…。

「ちょっとだけ…だよ?」
「ああ」

私は何故だかニコニコしているラミナの方に歩いて行った。
と、ラミナは私の身体を掴んで、

「たかいたかーい」

――ビューン

「くぉぉ!?」

思わず声が出た。

「ほぉ〜れ、もういっちょ」

――びゅ〜ん

「くぉおお!!」

――ビュ〜ン

「飛んでる!イノ、飛んでるよ!」
「ああ、そうだな」
「くぉぉぉおお!」
「そ〜ら」
「くぅひゃひゃひゃ!」

どうしてだろう。
こんな他愛無い遊び。
なのに、とても楽しくて。
一歩間違えれば私はそのまま地面に激突してしまう。
なのに、ラミナだから全てを任せられる。
ラミナだから、心の底から楽しいって感じる。

――ごろごろごろ

一際高く上がって、それから私を受け止めてくれたラミナと寝床に転がり込む。

「……」
「……」

一瞬、無言で見つめ合って、同時に大きな笑い声を上げた。
とても楽しかった。
ラミナと一つになった気がした。
そして、私の悩みなんてとってもちっぽけなものに思えた。
そうだよ。
イノは、イノだよ。
私は、イノだよ。
ラミナがくれた、大好きな名前……。

「ラミナぁ♪」
「ん?」
「くぅ…くぅ……」
「…なんだ。寝たのか?」
「しゅきぃ……」
「……俺もだ。イノ」










どれぐらい寝てたのかな?
とても、心地いい目覚め。

「くみゅ…ふぁぁ……」

昨日、いっぱいありすぎた。
ホントはいろいろ考えなくちゃいけないんだと思う。
でも、私はイノでいる時間が長すぎたみたい。
難しいことはまた今度でいいやって、思う。

「ぐぅ…ぐぅ…」

目の前にいびき混じりの寝息。
ほぉ…。
ラミナの寝顔見てると落ち着く。
それに、とっても美味しそう。

――ペロペロ

ラミナの味がする。

「んぁ?…んむぅ…」

ラミナ、顔をしかめて反対向いた。

「くぉくぉ…」

楽しい。
幸せ。
これからもずっとこの時間が続くといいなぁ。














――絶海の楽園に住む裸のお姫様と囚人服の騎士様のお話――
15/06/07 02:18更新 / ひつじ

■作者メッセージ
ハッピーエンドというよりは、スタートラインといった感じですが、今のところおしまいです。
一応この後のお話も考えてますがたぶん書かないです。
イノたんはワイトです。
性を吸ったら美しくなるらしいので、スタート時は魔物娘よりも魔物寄りです。
でも、個人的にはスタート時のデカ腕、お口がくぱぁなイノたんの方が好きです。
大きなお口と牙でカジカジして欲しいです。
「くぉ〜」は鳴き声ですw
個人的にはとてもかわいいと思ってます。
むしろ後に行くに連れて、「なんや、地味になってしもたなぁ」ッて感じです。
これ、書き始めた時はワイトたん新登場だったんだぜ?
他にもヘルハウンドたんと中年剣士のお話とか未来人(鬼畜)とオークのお話とか、エンジェル(ダークエンジェル)とフニーターのお話がエタ―なってるのは内緒です。

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