連載小説
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第一話「物語の記憶」




遍く物語がある。




異なる世界、異なる歴史、異なる運命を紡ぐ物語、それらは常に先へと進んでいく。




物語には最後のページがあり、必ずそこで世界は完結する。


しかし、もしその過程において問題が発生して本来ならばあり得ない形となったならどうなるのか?



植物が過程を失えば成長出来ず、枯れ果てるのと同じく、その世界は完結することが出来なくなるのだ。








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西暦二千年代の日本国。


その日も通学出社による朝の混雑により、交差点はごったがえしていた。


たくさんの人間が行き交う交差点、いつもと変わらぬ日常であり、多くの人間からすればこれからも続くであろう日常である。


だがしかし、そんな日常は、いとも容易く崩れ去るものである。


突如として空から、光が走り、その街を包み込んだかと思いきや、一瞬にしてそこにいた人間たちを消滅させたのだ。



先ほどまではたくさんの人間がいた交差点は一瞬にして無人の場所となり、後には霧に包まれ、人間のいなくなった街だけが残った。



『次元消滅』後の時代にそう呼ばれることになる、正式に記録される限りでは、人類最初の、次元転移事件だった。







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八咎緯度(やどかいど)は一人深い山の中を彷徨い歩いていた。


手には巨大な鉾を持ち、黒いロングコートを着込んでいる。




腰には大小の太刀と形の違う二丁拳銃が収められており、見た目よりも重武装なことがよくわかる。




少しだけ急ぎ足で道を歩く緯度、そんな緯度を木の上から見ている者がいたのだが、彼はまったく気づかなかった。



未曾有の大事件、一つの都市の人間が丸ごと神隠しにあった『次元消滅』から早三年、日本政府は群発する空間のゆらぎである『神隠し』に対応すべく、特務機関『士魂』を創設、神隠しに当たらせた。



緯度が足を止めたその瞬間、突如木の上から何者かが現れ、彼に襲いかかった。


慌てずに緯度は鉾を構えて下手人を攻撃してみるが、相手は特に慌てる様子もなく、軽やかに鉾をかわした。



緯度はすぐさま鉾を地面に突き立てると、腰から二丁拳銃を引き抜くと、距離をとる下手人に向ける。


『紅桜』と『針槐』と名付けられたこの二丁拳銃は、それぞれ緯度の仙気を金属性と土属性の弾丸に変えて放つ拳銃である。


容赦なく発砲する緯度、『紅桜』からは金色の弾が円軌道を描きながら、『針槐』からは土属性の弾丸がまっすぐに下手人に襲いかかる。



だが信じ難いことに下手人はこれらの弾丸の軌跡すら余裕で見切ると、手にした脇差で簡単に弾いて見せ、そのまま緯度に接近する、



「・・・さすがにやるな」


短く呟くと、緯度は拳銃をホルスターに収めると、今度は『菊水』と『放下』、太刀と脇差を引き抜いた。


緯度が大小の刀を引き抜くのと、下手人が斬りかかるのほぼ同時である。


彼の感情の高ぶりに応じて、『菊水』からは水が、『放下』からは炎が溢れ、下手人を弾き飛ばす。


水属性と火属性の力が秘められた刀を軽く振るうと、緯度は刀を二刀流で構え直す。


これで最後とばかりに下手人は飛刀を緯度に飛ばすが、彼はこれを刀で弾き、下手人に接近して刀を振るった。



「うむ、見事じゃ」


脇差で太刀を止め、下手人はにかっ、と微笑んだ。



「なかなかに強くなったではないか、妾も油断すれば危うかったぞ?」



「どの口が言うのか、一度も私に仙術を使わなかったくせに、よく言う・・・」


緯度は不満気にそう呟くと、下手人に一枚の紙を渡した。



紙には『特務機関士魂正規兵実技試験』と書かれている。


「そう言うでない、妾の、この妹喜(ばっき)の指導に最後までついてこれたのはお主がはじめてじゃぞ?、もっと胸を張るが良い」



下手人の姿は、まだ十代でも通用するような小柄な外見の可愛らしい少女である。


しかしその本質はまさしく魔物と呼ぶに相応しい、頭からは三角のフサフサの耳が生え、後ろからは九つの尻尾が揺れている。


『妖狐』と呼ばれる魔物娘らしいが、妖狐の世界では千年経たねば尻尾が多くとも一人前とは認めらないらしく、まだ963年程度しか生きていない妹喜は、人間で言う未成年らしい。


書類にしっかり自分のサインと、合格印を押す妹喜、『士魂』の一員となるために厳しい訓練に耐え、技を磨いてきた甲斐があったというわけだ。


「これで良い、今日からお主と妾は教官とその弟子ではなく、対等なパートナーじゃ、よろしく頼むぞ?」



基本的に『士魂』の訓練兵は先輩との二人三脚で数ヶ月訓練を行い、以降はその先輩とともに任務に赴く。



『士魂』最古参の一人である妹喜が今まで一人だったのは、張り切りすぎて訓練を厳しくし過ぎたために、逃げるものが続出したためだが、それは良い。







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山から降り、本部に書類を受理してもらうと、すぐさま緯度は新しい任務を与えられた。



「旧道にある謎の図書館の謎、か」


霧が跋扈する旧道に突如として現れる謎の図書館、そこには本来何もなく、実際霧がない、晴れた時にはそこに何も存在しないはずだが。


「ふむむ、気になるところじゃな」


旧道に向かう輸送機の中、妹喜はベテランらしくのんびりと何かの本を読んでいる。



タイトルは『魔物娘図鑑V』魔物娘が魔物娘に関する書籍を読むという珍しい構図がさらっと完成していた。



「そういうのが好きなのか?」



緯度がそう尋ねると、妹喜は本文からは目を離さずに頷いてみせた。


「うむ、妾は実は健康クロス氏の大ファンでのう、こうして魔物娘について書いたものは欠かさずチェックするようにしておるのじゃ」


そう言えば妹喜は三年前の『次元消滅』以降に群発する神隠しで、異世界から現れたらしいが、その世界は魔物娘のたくさんいる世界だったのだろうか?



「うむ、健康クロス氏が提唱する世界に極めて近い世界じゃ、サキュバスの魔王もおれば主神もおる、じゃがな、レスカティエやポローヴェ、ドラゴニアなどは存在しなかった世界じゃな」


なるほど、似て非なる世界、極めて遠く限りなく近い世界というわけか。



「お、緯度よ、ついたようじゃぞ?」


輸送機は霧の濃い旧道にたどり着いていた、ここから調査をしなければならない。



「ふむ、座標的にはこのあたりのようじゃが、図書館のとの字もないのう・・・」



輸送機から降り、あたりを調べてみる緯度と妹喜だが、図書館らしきものは見つけることが出来ない。


「にしても、霧が濃いな・・・」


かなりの濃度の霧が出ており、実際緯度は空を見上げてみても、太陽はまったく見えず、白い靄がかったものしか見えない。


「うむ、この濃霧では調査にも支障をきたす、しばらくは輸送機内で様子を見るとしようか」


やむを得ない、緯度は妹喜に従い、輸送機に戻ったが、もっぱら外の様子は緯度が見て、妹喜は相変わらず『魔物娘図鑑V』を読み耽っていた。






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さて、夜になっても霧はなかなか晴れる気配はない、これではいつまでたっても調査をすることは出来ないだろう。



「ううむ、霧が濃いことが此れ程までにネックになるとはのう・・・」



妹喜は晴れない霧を見つめながら苛立たしげに呟いた。



「しかし視野が狭ければ調査出来ないのも事実、なんとかしなければ」



「うむ、どうじゃ緯度?、明日になれば霧も多少はましになるはず、今日はもう休まぬか?」



妹喜の言葉になんとなく緯度は頷いたが、ふとその瞳が大きく見開かれた。



「どうした?」


「あれをっ!?」



指差した窓の先、緯度が驚愕するのもわかる、そこには霧の中に、まるでそこだけ霧が失せたかのようにくっきりと、洋風の館があったからだ。







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洋館の中は、意外なほどに整い、埃も雨漏りもない、廃墟にしては綺麗な部屋だった。


「ふむふむ、なかなかに良い物件のようじゃな、電気水道ガスが来ておれば問題なく住めそうじゃな」



壁には本棚があり、図書館らしくぎっしりと本が納められている。


ホールの奥には巨大なタペストリーがあり、そこには霧がかかった巨大な街が描かれていた。


「ふむ、緯度よ、ちょっとこっちに来てタペストリーを動かしてくれぬか?」


タペストリーの横には細長い紐がある、これを引っ張ればタペストリーが動くのだろうか?



細長い紐を試しに引っ張ってみると、突如として新しいタペストリーが降りてきて先ほどのものと交換された。


そのタペストリーには薄暗い学園が描かれ、空にはサキュバスか、吸血鬼のような存在が複数体浮かんでいた。



「なんだ?、・・・っ!」


タペストリーを変えた瞬間辺りの空気が変わり、緯度の頭の中に、様々な記憶が流れ込んできた。



「・・・なんだ?、これは、私は、夜麻里緯度?」



「なんじゃ緯度、どうかしたのか?」


心配そうな妹喜に手を向け、緯度は頭を振るう。



「ここは、別の世界だ」


16/10/21 23:39更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんばんは〜、水無月であります。

今回は趣向を変えまして、平行世界ネタに一つ挑戦させていただきます。

実はホワイトホーンたんの長編を考えてる時に、『堕落の花嫁達』を弟に人質にされて書き出したのは内緒です。

ではでは、今回はこの辺りで。

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