読切小説
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ユニコーンにも衣装
「――さま…?―――さまぁ?」

「………ユニ…か…?」

妖精でも住んでいるのではないかと疑う程に清潔で埃一つ落ちていないような部屋で、少年は聞きなれた少女の声に呼ばれて起こされる。
ふかふかのベッドでまだまだ寝ていたい気持ちもあったが、そう怠けているような身分でもないからと少年は無理やりにでも身体を起こす。
ぼーっとした頭ではあまり思考も廻らないが、目の前でニコニコと微笑む少女の姿だけはしっかりと捉えていた。

「……何してる…?」

「ふふっ……寝起きのリンクさまのお顔がすっごく可愛くて…」

「はぁ……からかってないで着替えの用意を頼む。ちょっと顔洗ってくるよ」

リンクの指示に楽しそうにはーいと返事したユニは、部屋の隅にあるタンスへとリンクの着替えを取りに行く。
そう、彼女はリンクの使用人、いわゆるメイドなのである。
それゆえに、彼女の容姿は一言で言い表せば「メイド」の一言に尽きる。
フリフリのヘッドドレスに少し大きめに作られたメイド服を身に纏う。
ただ、そのスカートはどうしようもなく大きかった。

「にしても……ユニコーンねぇ…」

「ふんふふんふ〜ん!」

チラッとユニの方を振り返ると、翻ったスカートからは人の脚ではなく馬の丈夫な足がチラリと見て取れる。
更には背を向けているからだろう、馬の尻尾がこちらを向いて楽しそうに左右へ揺れている。
彼女の種族は人間ではなくユニコーン。
無垢で純潔である事を生き甲斐とする(?)種族なのである。

「やれやr…っ?!」

「これがいいかな〜?あっちも良さそう〜…」

「……慌てて着替えたな…?また新しいのを買ってやらなきゃならんのか…」

ふらふらと揺れる尻尾に視線が奪われていたリンクだったが、ふとその裏側も見てしまう。
服のサイズが合っていないのか、それともただ伸びてしまっただけなのか、尻尾を出すための穴がユルユルのガバガバになって隙間が出来てしまい、その間からは彼女の大事な部分が見えていた。
彼女の長い髪の毛とほぼ同じくらいの長さを持つ馬の尾がゆらゆらと揺れ、ほんの一瞬だけその割れ目をこちらへ向けてくる。
きっと彼女は、それに気付いてはいないのだろう。
頭を冷やす事も兼ねて、リンクはそのまま宣言通りに顔をバシャバシャと洗った。
と、ここでほんの少しの悪戯心が彼を突き動かす。

「……」

足音を立てないようにそっと彼女の背後へ近づいて行く。
目的の場所は彼女の揺れる尻尾だ。
馬の尻尾というのは手入れが行き届いている物だと極上の触り心地を持つ物もあるんだとか。
今まではやれセクハラだの変態だのと言われて避けられていたが、今は違う。
スキだらけの彼女の背後に立つ事など造作も無かった。
そのまま、揺れるユニの尻尾を優しく掴む。

「んはぁぁっ!!」

「えっ…のわぁっ!」

確かに聞こえた、艶のある可愛らしい嬌声。
だがその直後にはリンクは目の前に迫った大きな馬の尻に撥ねられるようにして倒れてしまった。

「あぁっ!リンクさまっ?!申し訳ありません…」

「っつつぅ……いや、気にするな……自業自得だから…」

「えっ?何が…」

「あぁ、もう!気にするなって!それより、チリ紙か何か持って来てくれ!鼻血がっ!」

リンクの指示で、ユニは慌ててベッドの方へと向かう。
ベッドの隣にあったティッシュの箱を持ってこようとしているのだろう。
そんな彼女の後姿を見ながら、リンクは考えていた。

「……なんで俺がこんな…」

彼が思い起こしている事は、つい先月の出来事だった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜

「は?なんだって?」

「ですから、リンク様には私の手配した者を護衛に付けさせて頂きます!反対意見は聞きかねます」

書斎と呼ぶにはあまりにも汚れた、この地方一帯を管理する為に設けられた臨時の運営局。
その中に響き渡るような大声で怒鳴る女性が一人と少年が一人、いた。

「昨今の連続レイプ魔事件、リンク様の耳にも届いているかと思いますが?!」

「アレか。確かに物騒な事件とは聞いてるが、何もそこまで…」

「いいえ!我らがピーター領の領主であるリンク・ピーター様!確かにこのピーター領は本国から見れば片田舎でただ農耕地が広々と続いているだけのド田舎かもしれません」

その領主を目の前にしてこの言いようである。
まぁそれだけリンクが心配なのだ、この女性は。

「失礼な奴だn」

「ですが!リンク様はまだお若い!それに貴方の後釜に座ろうとする輩は意外と多いのですよ?」

「後釜ぁ?」

苦虫を噛み潰したような顔をしながら続きを聞こうとしたのに、彼女はそれ以上は何も語らなかった。
扉の向こう側を気にしているのか、視線がそちらに行ったきり戻ってこない。
そうして思いついた行動が…

「おーい、入って来ていいぞー?」

「……」

「あ、ちょっと!」

無言のまま部屋へと入ってきたのは、ユニコーンの少女だった。
額からは角を生やし、埃っぽいこの部屋の匂いを嗅いでか馬特有の小さな耳がパタパタと暴れる。
見た感じだと未婚のユニコーンのようだが、一般的なユニコーンとは大きく違う物をリンクは感じ取る。
魔物娘の事はもう広く知られるようになっており、その生息域や性格すらも網羅した図鑑が存在する。
それによると、ユニコーンとは本来温厚、献身的であり、目の前の少女のソレとは違っていた。

「………なぁ…」

「えぇ、分かってます。紹介しますね、彼女はユニコーンのユニです」

「ユニです。よろしく…」

軽く会釈したユニは、すぐに女性の影へ隠れるように一歩下がる。
その下がり際は見事だと言いたい所だが、それよりもリンクには気になる事があった。
この少女には、あって然るべきものがなかった。
「生気」だ。
悟られないよう時折微笑んだりしてきてはいるが、リンクにはすぐ分かる。

「……」

「………?」

一体どんな人生を送って来たかなんて事はリンクには分からない。
過酷な人生を歩んできたのかもしれないし、退屈な人生だったのかも知れない。
ただ一つ言える事は、幸せな人生だけは歩んでいないだろうなと思った事である。

「……リンク様?」

「……護衛の件、引き受けてもいいぞ?」

「っ!?それじゃ…」

「ただし!こいつは護衛としてじゃなくメイドとして雇い入れる!」

突拍子もないその申し出に、流石のユニの表情もキョトンとした物になっていた。
少なくともさっきまでの、生きているだけで苦痛を感じているような表情はどこかへ吹き飛んでいったようだ。
そしてそれはユニにとっても衝撃だった事だろう。

〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜

「リンクさまー?処置終わりましたよー?」

「……ん?あぁ、ありがと……寝てた?」

「はい、可愛らしいお顔がとっても素敵でした。ごちそうさまです」

屈託のない笑顔を向ける彼女に対し、リンクは合わせる顔が無いとばかりに顔を両手でもって隠す。
悲鳴こそ上げなかったが、きっと叫びたかったに違いない。
そんな乙女心に満ちたリンクの両手を、悪戯っぽく笑いながらユニが掴む。
その力は本当に女の子かと思う程に力強い物だった。

「ふふふっ…その可愛らしい顔、見せてくださいよー!」

「あっ!ちょっ!やめっ…つ、強いぃ…」

まさしく「馬力」と言っていいだろう。
もっとも、机仕事がほとんどだった事とまだ幼いリンク故の力量差だったかも知れないが。
結局抵抗虚しく両腕は拡げられて耳まで真っ赤な顔が露わになる。

「んん〜っ……可愛らしいですよ、リンクさま〜?」

「っっっ〜!……お、男に可愛いとかいうなー!」

必死にもがこうと暴れたりもするが、ユニの腕力に抗う事は出来ずじたばたと身体をよじる事しか出来ない。
最終的には抵抗する事も諦めて身体をユニの自由にさせる、というかそうするしかなかった。

「……あら?」

「………」

「よいしょっ!」

軽々とリンクを持ち上げたユニはそのまま自分の背中へとリンクを乗せる。
そのまま乗せられたリンクは、最初こそ何がしたいのか訳が分からなかったが、それもすぐに分かった。
ただただ甘えたいだけなのだ、ユニは。

「行きますよ?しっかり掴まっていてくださいね?」

「こ、こうか…?」

ユニの肩をそっと掴んだリンクだったが、ユニは「違います」とだけ言ってリンクの手を引っ手繰ると、ここだという位置に持って行く。
持って行ったはいいのだが…

「え、ちょ、おい!」

「んぁっ!そうです、しっかりと掴んでてくださいね〜?」

腕を腹の上でクロスさせ、手を自分の胸にあててしっかりと掴ませる。
勿論その分身体はしっかりと密着しているので、構図的に言えばユニを後ろから抱き締めているようになる訳で。

「い、いやだから…」

「揺れますから、離さないでくださいね…?そう…「離しちゃダメですよ…?」」

リンクの眼を見て話すユニの瞳に、一抹の狂気を感じたリンクはそれに危機感を覚えると共に動けなくなってしまう。
蛇に睨まれた蛙という訳ではないが怯んだ身体はもう本人の意志すら受け付けなくなる。
しっかりとユニの胸を掴んだリンクは、揉み心地を堪能するでもなくただ只管にユニの声に耳を傾ける。

「それでは行きますね!それ〜っ!」

きっとリンクが馬術の心得が無ければ振り落とされていた事だろう。
部屋の扉を勢いよく開いたかと思えば、屋敷の廊下を嬉しそうに駆け回る。
暫くすると中庭へ続く扉を開いて中庭へと飛び出した。

「ほーら!今日もいい天気ですよー?リンクさま?」

「……ん?あぁ、確かに…うぇ?」

昨夜は雨だったのか、まだ湿気の残る植木たちを見ていた筈だった。
だが次の瞬間には身体が浮いたかのような感覚と共に景色がグルンと回ってユニの顔が目の前に現れる。
その満面の笑みは、きっと作り笑いだとかそう言った物ではなく心からそう思っているのだろう。
気が付けばリンクは、優しくユニの頭を撫でていた。

「っ?!」

「………っ!あ、ご、ごめ…」

「リンクさまが撫でてくれたぁー!」

子供っぽい笑顔で喜んでくれたのは素直に喜ばしい。
でも、そのまま抱き締めてくるのは止めて欲しかった。

「んんぅっ!?」

「えへへ〜っ!リンクさまはお優しいですね〜」

ぎゅっと抱きしめて、それで終わりならまだ許せただろうが…
そのまま人間離れした力で胸の間に顔を押し付けられて息が出来ない。
創作にしかない現象だと思っていたが、まさか肉壁に包まれると本当に息が出来なくなるとは。
もがこうにも体は動かず、無意識にユニを「女」として欲するようになっていく。
それを見抜けない程鈍感ではないだろう。

「……あら?リンクさまこれは?」

「あ、いやその…」

「………ふふっ♪それはまたの機会にっ!」

嬉しそうな顔のままそれだけ言ったユニはゆっくりをリンクを足元に降ろす。
やっと地に足が付く感覚が戻ってきたからか、リンクは安心してその場に座り込んでしまいそうだった。
まぁ、そのまま倒れたりはしなかったが。
気が付けば二人で中庭を散歩するような形になっていた。

「……なんなら、今晩にでも…」

「やめろって……やめて…?お願いだから」

冗談にしてはちょっと度の過ぎた申し出が彼女の口から飛び出してくる。
最初の瞬間こそ呆れて目を閉じていたリンクだったが、次に目を開けた時のユニの表情を見て次第に身の危険を感じずにはいられなくなっていく。
期待の眼差しを向けてくれているのはとても嬉しく思うのだが、その瞳が、どうにも形容しがたい邪な物を湛えているように感じられたのだ。

「……ふふっ、冗談ですよ?」

「…………今度から部屋にカギ付けようかな…」

そんな事を話しながら、中庭を歩く二人の姿は、とてもお似合いのように見えた。
馬の身体が大きく見せているからか、リンクの幼い容姿が更に子供っぽさを際立たせている。
だが、そんな二人の幸せ(?)は、そんなにも長くは続く事はなかった。

続く。
16/09/04 18:50更新 / 兎と兎

■作者メッセージ
バイコーンSSに続きます。その内書きますよっと

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