連載小説
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平穏が終わる時
あっという間に冬休みを迎え、朱鷺子は学園長と龍堂夫妻の厚意で冬休みの間、龍堂家に居候する事となった。
教師陣の中ではアルマとマリアナが生家のある魔界に里帰りした。きっと、家族達との団欒に囲まれている事だろう。
黄泉は亜莉亜と同じ人間で、中学時代からの腐れ縁でもある彼女は魔物娘の魔力を浴びた事でオーガになった。
だが、黄泉もまた、親族の待つ郷里へと里帰りした。
長年帰っていなかったのが原因で実家から矢のような催促を受け、止む無くこれを承知したのだそうだ。

亜莉亜にだけは最悪の事態が待っていた。
居住しているアパートが著しい老朽化でこの冬を越すには厳しい事を理由に、大家から退去を懇願されたのだ。
土地は既に別の者に売り渡されており、大家はその金を持って生まれ故郷に帰り、親の家業を継ぐらしい。
今のアパートを取り壊し、マンションを新築する事も決まっていた。
                                     
まさに青天の霹靂である。

しかも大家は言うだけ言うと、予めまとめていた荷物を持って逃げるように去ったのだ。
急な退去を告げておきながら、引越し先の斡旋やその為の補償をせずに。
権利を得た業者が入れ替わりでやってきて、すぐさま立ち退きを迫ってくる状態では冬を乗り切るのは到底無理な話。

そこで亜莉亜は学園長に事の次第を報告。
理解こそ得られたが、余りに急な事態だった為、住まいを用意する事が出来ないと言われてしまう。
落ち込む亜莉亜に学園長は「方法が無い訳では無いから、とりあえず学園に来るように」との指示でその日の内に学園に出向き、暫くして学園長に呼び出される。

「実はのう、鬼灯教諭。龍堂家にもう一人居候を頼めないか相談してみたんじゃ」
「凱ちゃんと瑞姫ちゃんのお家ですかー?」
「そうじゃ。実は……かの家のお父上は魔物娘が社長を務める会社に出向しておってのう。そこの社長経由で頼んでみたんじゃ」
「それで、何と……?」
「『既に一人来ていて狭くなっているので、それを承知して頂けるなら』と、了承して貰った」
「一人来ている、とは誰ですかー?」
「……三日月朱鷺子じゃ」

先客の名をフルネームで出し、驚く亜莉亜を無視するかのようにエルノールは話を続ける。

「あの娘、龍堂君の妹御と親しいでな。贔屓になってしまうからと止められていたが……、あの三日月と友人になった娘の事も無碍に出来んと思うての、わしの独断で兄妹の両親に事情を話し、その上で本人の意思を確認して一時的に居候をして貰ったと言う訳じゃ」
「でもー、私が、仮に居候するとなると狭くなりますし、何より食費が……」
「その心配は無用じゃ」

一拍置きながら、エルノールは再び話し始める。

「会社の方に事情を話して、親御さんへ臨時手当を出させるよう頼んだんじゃ」
「ええぇ!?」
「……そちが驚くのも、まあ、無理は無かろう。人間共では絶対出来んからな。人間相手にそんな事したら龍堂家は路頭に迷ってしまうじゃろうて」
「学園長は斜め上過ぎるですよー……」
「ははは、済まぬ済まぬ。じゃが、冬休みが明ける頃には新しい住まいも用意できるじゃろうて。申し訳無いが、それまでは辛抱してくれ」
「分かりましたです」
「うむ、重ね重ね済まぬ。今の住まいから出す物があれば、学園で預かろう。一度帰って、持って行って欲しい物に印を付けておくが良い。リストも忘れずにな」
「はいー。では早速やってくるですー」
「気を付けてな」

亜莉亜はすぐさまアパートに戻り、搬出する物品をリストアップし、その現物に付箋紙で印を付けていく。
時間が経つのも忘れるかのよう作業を済ませると、疲れが一気に来たのか床に突っ伏して寝てしまい、気付くと既に日付が変わっており、日も昇り始めている。

作業を一通り終えた亜莉亜は、報告と事後の指示を仰ぐ為に電話をかけた。

『もしもし、鬼灯教諭か』
「はいー。作業終わったですー」
『うむ、よろしい。では済まぬが、必要な荷物を持って、また学園の方に来てくれんか。龍堂君を迎えに来させる』
「分かりましたですー」

電話を切った亜莉亜はすかさず、着替えとゲーム機を入れたバッグを抱えて学園に赴く。
彼女が学園に来て1時間ほど経った頃、凱が学園に到着した。
学園長室に来るように指示を受けていた彼は、学園長室の扉をノックする。

「龍堂です。学園長、おりますか?」
「入れ」

扉が開かれ、中には入った凱は亜莉亜がいる事に多少の驚きを見せる。
エルノールは申し訳なさそうに口を開く。

「龍堂君。済まぬが、鬼灯教諭をそなたの家で預かって貰えるかのう」
「はい? どう言う事ですか?」
「それがのう……、鬼灯教諭がいきなりアパートを追い出されて、住む所が無くなってしまったんじゃ。じゃが、新しい住まいを用意するにも冬休みが明けるまでは困難じゃ。同僚の教師達もみんな実家に里帰りしておって、彼女らを頼りには出来ん。そこで知己であるお主ら兄妹の家に居候させてやって欲しい。両親へは特別手当も約束させておる」
「それは学園長命令、と言う事で受け取ってよろしいんでしょうか?」
「そう取って貰っても良い。ともかく頼む。鬼灯教諭の家財道具はもう学園の倉庫にしまわれてる頃じゃろう」
「ありがとうございますー」
「分かりました。では、鬼灯教諭、家に案内します。それ重そうですから持ちますよ」

ゲーム機の入ったバッグを肩に掛け、凱は亜莉亜を促して家路に向かう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ただいまー」
「お帰りなさい、お兄さん」

凱が玄関に入ると、瑞姫が早速出迎えていた。

「相変わらず、俺の気配を読み取るのは鋭いな」
「うふふ。オンナの勘は鋭いんだよ……って、その荷物は?」
「あ、そうだったな。入って下さい」
「はいー、失礼するですよー」

間延びする語尾で話しながら入ってくる人物を見た瑞姫は仰天する。

「え!? 亜莉亜先生?!」
「冬休みの間、ここでお世話になるですー」
「お兄さん、これって一体?」
「学園長命令だ。父さんと母さんには話をつけてるそうだ」
「朱鷺子さんまでいるのに、先生の寝る場所はどうするの?」
「……俺の部屋を使わせよう。それよりも玄関開けっ放しじゃ、家が寒くなる。さあ、早く入りましょう亜莉亜先生」
「お邪魔するですよー」

ドタドタと足音が鳴り響き、瑞姫の部屋にいた朱鷺子が何事かと居間に姿を見せると、やはり瑞姫と同じ反応を見せる。

「……亜莉亜先生!」
「朱鷺子ちゃんもいるですねー。お世話になるですよー」

3LDKの家に都合六人。
世帯主も含めれば成人が四人もいるのだから、手狭になる事は火を見るより明らかだった。
しかも凱の部屋には亜莉亜、瑞姫、朱鷺子の三人が揃って入って来ているのだから、狭い事この上ない。
マンガ半分、レシピ本半分という、彼らしいと言えば彼らしい部屋ではあるのだが、亜莉亜と朱鷺子は興味深そうにレシピ本を読み漁り、瑞姫は机に向かって学食でのレシピを書き写している義兄にいろいろと質問をする。
噛み合わなそうなこの取り合わせ、これが意外とバランス良く作用し、場の空気を乱さなかった。

そんなこんなで時間はあっという間に流れて夕食時。
凱は食材の買い出しをすべく、外出しなければならなかった。
瑞姫はアルビノゆえに登下校以外で外に出すのは以ての外だったし、朱鷺子も基本的にはインドアだ。
亜莉亜は来たばかりと言うのもあるが、教職に就く身として二人の監視に当たる事となった。

しかも丁度クリスマスの日である。
店の至る所にケーキやローストチキンを必死で売りさばこうと、アルバイトの学生達が声を張り上げる。

だが、凱の目的は全く違った。
彼が向かうのは八百屋と精肉店。
野菜を大量に仕入れたいと店主に頼むと、それはそれは大喜びで、車を用意するとまで言ってくれた。
その好意に甘え、隣の精肉店でもしゃぶしゃぶ用の豚肉を大量に仕入れる。
ローストビーフやローストチキンの材料ばかりが売れて、しゃぶしゃぶ用の肉が大量に余っていたのがこの時は幸いした。
大喜びする店主に相応の金額をきちんと払い、用意されていた八百屋の車に肉と野菜を一気に乗せて帰宅する。
帰宅した所に両親も居合わせ、大わらわとなりながら食材の搬入を終えた。

凱は早速、野菜を切って切って切りまくり、大きな土鍋には昆布と水、しいたけを入れる。
次にテーブルを用意し、カセットコンロをセットして鍋に火をかけると、今度は肉を皿に盛り付ける。
更に事前に作っておいた、四リットルもの胡麻だれも準備する。

「よし。これでいいか。……出来たよーー!」

一仕事終えたように一息つくと、少し大きめの声で呼ぶ。
その声に反応した義両親と義妹、そして同居人達が続々と居間に集まってくる。
クリスマスの日にしゃぶしゃぶという変則的なものではあるが、大人数で、しかも手軽に食べられる物と考えて思いついたのがこれだったのだ。

皆が座って鍋の水も沸騰し始め、今か今かと待ち構える。
凱はその様子に苦笑しつつ、盛りつけた野菜と肉をテーブルに置いて行くと、皆が思い思いに用意した飲み物をコップに注ぎ、乾杯の音頭が取られる。
パーティーが始まるや否や、箸を持つ手が動き回り、肉も野菜もたちまち無くなって行く。
その度に凱が動き、鮮やかに切って盛りつけて行けば、再びその手が動き回る。
牛乳をベースにした手作りの胡麻だれも好評だった。
クリスマスのしゃぶしゃぶパーティーは大盛況の内に終わり、食材も殆ど無くなったが、それでも数日は買わなくて済む分はあった。

朱鷺子と亜莉亜にとって忘れられない冬の思い出が刻まれ、日はあっという間に新しい年を刻み、冬休みも瞬く間に終わりを告げた――。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

三学期が始まり、朱鷺子にとって最後の学校生活が始まった。
始業式を終え、学校も卒業式に向けて早くも忙しくなりそうな雰囲気だった。

凱も朱鷺子に思い出を作ってあげようと、亜莉亜と瑞姫を交えてささやかなティーパーティーを開こうと準備していた。
この事は事前に彼女達の耳にも入っている。

そして、その放課後。

運命の時が遂にやって来た――

「二人とも待たせて済まん。やっと終わったよ」
「お待たせですー。さあ! パーティーやるですよー!」

はしゃぐ亜莉亜に苦笑する凱だったが、瑞姫と朱鷺子を見つつ、来るように促す。

「行こうか。途中で何か買いながらな」
「はい!」「……うん」

しかし、瑞姫の様子がこの直後に一変する。

「う……っ!」

過呼吸になったかのように突如倒れ込む彼女に、三人は駆け寄る。

「先生! 急ぎ学園長を!」
「分かったです!」
「三日月君は瑞姫の傍に! 俺は救急車を呼ぶ!」
「……っ! 分かった」

やがて救急車がやってきて病院に搬送された瑞姫は即刻入院となる。
医者もこの少女の身体を看るが皆目見当もつかない。
何しろ体内の、全ての臓器の働きが急激に弱まっていたのだから。

その場に居合わせていた者の中で凱だけが、何となくではあるが、瑞姫の身体の中を蝕むように暴れ狂うものを見た。
が、それが何であるかまでは流石に凱も分からない。

だが、彼の目の前に突如飛び込んできたものがあった。
父の形見であり、夏の日に凱へあらゆる世界の言語読解力を与えた黒い水晶球だ。
音も無く、しかも凱の目の前に正確に飛来してきた水晶球が、彼の脳に《幻影(ヴィジョン)》を直接流し込んで来る。

――それは瑞姫を捕らえる異形の竜の姿であり、瑞姫に触るなと言わんばかりの勢いでこちらを威嚇する。

その姿は白金に輝く鱗を持ち、禍々しさと神々しさを渾然一体にした美しさを放ちながらも、ドラゴンとしての力強さと荒々しさを隠そうともしない。
しかも翼そのものが腕になっている。
同時に、凱の身体の奥底を揺さぶる何かを発しているのが感じ取れる。

この幻影が瑞姫の運命を決定付けていた事を知るのは、このすぐ後の事である――
19/01/01 19:02更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
今回は冬休みのちょっとした思い出作りと、
瑞姫の魔物化への始まりの回です。

思ったより字数が少なかったですね…(汗

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