連載小説
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反転のパネルと曖昧の記憶
Μ郷愁の霧Μ
Μ初太視点Μ


「ごめんなさい!」


手を差し伸べようとするエリンにマドラは頭を下げる

「ぼく………ううん、わたしの道はわたしで決めます」

「それでいいの?苦しいよ、マドラちゃんは辛い過去を送ってきたはずだよ」

「それでも」

マドラの決意は変わらない

「全て受け止めて、今、この時を生きていきます」

「……やっぱり、マドラちゃんには敵わないよ」

と、エリンの身体にノイズが走る

エリンだけではない、周りの景色までもノイズが入る

「ところでマドラちゃんの隣にいる男の子だけど…」

エリンは改めてマドラに尋ねる
たださっきとは違いその顔は何故か素直に見える

「モしかしてその男の子ガ、いつかマドラちャんが言っテいた王子サ――」

その声は完全に遮断される

ノイズの嵐に残されたのは俺とマドラの二人だけ

「マドラが幻覚を打ち破ってくれたのか…」
「はい、偽りの記憶に塗り潰されることなく、打ち破ることが出来ました」
「良かった、これで幻覚から脱け出せる――」



「いいえ、まだです」



「え?」
「聞いたことがあります。二人分の記憶が混じった幻覚は、二人とも幻覚を乗り越えない限り――」


ノイズの嵐が収まってゆく


「――まだ幻覚を見続けるのです」

嵐の後の静けさに見たものは

「大丈夫だから、泣かないで初太君」

せんせーと

「えっく、えっく、おとうさん、おかあさん」

嗚咽を上げる幼い頃の俺の姿





Μ不思議の国・不思議美術館Μ
Μ満知子視点Μ


「満知子、あれってジャブジャブの卵だよな?」


不思議な通路の天井を歩くアタシはへーくんが指したところ、床を見上げる

それはとても大きな卵、きっとジャブジャブが産み落とした卵なのだろう

「満知子、ジャブジャブってさ、産まれた時から膨らんでいるのかな?」
「何が?」



「どけ、邪魔だ」
「きやっ!」


アタシを邪魔者扱いするように突き飛ばしたのは討伐隊の一人らしき男

「ちょっと、突き飛ばさないでよ!」
「こんな奇妙なところ一刻も早く脱出せねば」

そいつはアタシにぶつかったことも謝ろうともせず天井を走る
気持ちに余裕が無いのか、単に魔物だから謝る必要はないのか、色々と考えられるけどさ

「急げ、急げ」

丁度そいつの真上…というより真下にある床の卵がカタッと動いて天井に向かって落下

「うわ」

卵が討伐隊の頭に直撃、討伐隊が白身と黄身に染まる

「だぁー」

幼児の姿をした黄身が討伐隊に抱きついてくる

「スライム!?どけ!どけ!」

必死に振り払おうとするけど、粘液の滑りで中々出来ない


「舐めるな、毎日バブルスライムゼリーを口にして慣らした身体ではそんなもの……うっ!」

討伐隊のズボンからじわ〜っと精が漏れだし始める

「何だ、このスライムゼリーは、精が漏れるなんて、聞いてない」
「しろいの、おいちい、おいちい」

思わぬ作用に戸惑う彼をよそに、スライムは母乳を吸うように精を啜る


「それはハンプティ・エッグですよー貴方が近くを通りかかったから孵化するのを待ちきれずに襲いかかったと思いまーす。あとハンプティ・エッグの粘液には飲むと精液が漏れだす作用がありますからー」


エリンは大きな声で説明するけど、当の討伐隊は迫ってくる赤ん坊を振り払おうと必死で聞こえてないみたい

「だぁー、みるく、みるく」
「ひぃぃ、白身がズボンの中に入ってるぅ!」
「おちんちん、かたーい」
「ひいっ、ひい、ひい……あはっ、あはは、くすぐったい、あはははは…」

最初は抵抗したそいつも徐々に顔を歪ませる
まるで透明な白身が白く染まるように…

「……」

アタシはその一部始終をまじまじと見つめながら考える

アタシもへーくんの透明な液体を飲みたい、白身も飲んで、全身を飲みきれなかった白身で染まりたーい……と妄想したいけど、この通路の奇妙さで頭がいっぱい

「参ったわ、床の卵が天井に向かって落ちるってあり得ないわ」
「天井と床の境界が曖昧な捻れた道だからな。そういうことがあっても不思議じゃねえ」
「そもそもアタシ達が歩いているここも天井すらどうか…」

床も壁も天井も住人が歩いている、当然交わっている
前も後ろも上も下も横も斜めも交わりだらけ

不思議なのは住人たちだけではない

排水口から媚薬の雨が降り注ぎ

巨大なティーポットからはドーマウスの魔力が混じった糖蜜のように甘い紅茶が滝のように流れて行く

全方向に設置されたテーブルではそれぞれお茶会が開かれており、住人達が色狂いの会話と交わりをごく当たり前に繰り広げる

雨が降れば男は発情し、紅茶を飲めば眠るように淫乱な夢を見て、お茶会に参加したら最後、身も心もこの世界に染まるのが不思議の国クオリティ

でも今のアタシ達は目的地へ向かうのが優先

ただでさえ初太とまどっち見つけるどころか、未だに手がかりらしい手がかりすら掴めていないのにこんなところでへーくんと交わっている場合じゃない

アタシ達は雨が降らず、紅茶が注がれていない道を進み、お茶会に誘われても断り、先へ進む

「やっぱり男の人が相手だと、すんなりとハンプティエッグとして孵るのですね」

さっきのことを思い返したエリンに、アタシはどういうこと?と歩きながら尋ねる

「前に学校の授業で、ジャブジャブの卵をハンプティエッグとして孵化させる実習がありまして…」

「そもそもハンプティエッグはジャブジャブの卵が孵化する前に、エッチしたーい気持ちを待ちきれずに変異するものだろ?」

男ならまだしも女相手じゃ無理あるだろ、とへーくんは断言するけど


「そうでもないよ、女の子でも可能だよ」


コルヌさんがそれを切り捨てたわ


「いやいやコルヌさん。どこをどうすれば女の子でもハンプティ・エッグ化するのさ?」
「簡単なことさ、例え百合でもその娘と交わりたいと思わせればいい」
「百合でも交わりたいなんて、変わった授業内容だな。まぁ不思議の国だからこそだけど」
「確かに端から見れば変わっているかもしれないね、でもエリンが通っていた学校は女の子同士の恋愛を学ぶことが多かったね」
「ふーん、一度行ってみてぇな」

へーくんは興味津々

そんな世間話をするうちに道は一本に収束しつつあった
もうすぐかしら?

「はぁはぁ」
「やぁんっ」


住人達が全員同じ方向で歩いて行くのがわかる

「あんっ」
「犯してやる!」

このように人と魔物がところ構わず交わっているけど、生憎この国ではそれが普通なのよね…

「ふぅ参ったわ、ほんの数時間歩いただけなのに、なんだか長い間歩いたような気がするわ」

道は一本に纏まったのでアタシ達は一旦足を休める


「すまん、またエリンに迷惑をかけるところだった」
「いいよ、エリンは気にしてないから」

ようやく落ち着いて話せるタイミングが出来たのかギウムはエリンに何度も頭を下げる

何度も、何度も

「良くねえよ! いつもあの時のことを思い出す度に苛立って、それで城のみんなに迷惑をかけてさ、エリーゼ隊長からも注意されてたのに」
「嫌な思い出を思い出したら、つい感情的になるのは当然だよ」
「感情的という生温いもんじゃねぇ、あの時、あの黒い馬が率いる悪魔共のせいで、好きだった人の本性を、正しいと信じていた教団の醜さを知ってしまった…一気に人生観が変わるくらいに」
「もしエリンも、昔の、旧魔王時代の魔物を見たら、お兄ちゃんを返してって泣きながら怒っちゃうかもしれない」

こんな感じでお互いに慰めあっている

いったい彼はどんな体験をしたのかしら?
さっきのように感情的になるなんて余程酷いことだと思うわ、アタシにも想像もつかないくらいの

だからといって安易にその理由を聞くことはアタシはおろかへーくんすらしない



「はぁー、どこの世界も人間は悪魔のような本性を持ってるんだなー」



眼鏡のレンズを拭きながら、へーくんはそう独り言をぼやく

「へーくん…」

本来なら、アタシはここで悪魔だったら淫らに堕落するのが当然よね?と何かと理由をつけてへーくんを襲うけど、とてもじゃないけど襲える雰囲気じゃない


「はいはい、二人ともそこまでにしようね」


そんな二人の無限ループをコルヌさんが止めてくれた


「お互いに慰めるのは別に構わないけどさ、他の人たちの通行の邪魔をしないようにね?」



どうやらパネルを運んでいる人たちの邪魔になっていたようね


無地の白い背景に一人の少女の肖像画が描かれている

「西洋のファンタジーに出てきそうな勇者みたいね」
「あの勇者はウィルマリナ・ノースクリムといいまして、レスカティエでは優秀な勇者と言われていました」

係員が一人でそのパネルを運んでいるようね

「おーい、まだ他にも運ぶあるやつがあるから……ってそこ!サボって交わるな!」

ジャバウォックと男性がパネルを放り出して交わっている

「また延期決定だよ。そんなに奥さんとイチャイチャするのが大事なのか?」

頭を抱える係員が大きくため息をつく

「あの〜レスカティエ展はまだ開催されていないのですか?」

と、一人のマーチヘアがその係員にレスカティエ展について訪ねてきたわ

「すみません、あんな風に資料を運搬するのに手こずっていまして」
「手こすっているのですか?」
「はい、手を擦って、いえ手こずるです、決してセンズリしている訳では」
「可愛そうに、一人で寂しくシコシコしているなんて、まるで堕落前のレスカティエじゃない、よしここはデルエラ様のようにわたしが一肌脱いで貴方を救ってあげる」

言葉の通り服を脱いで、大きな胸をぷるんと露出

「まて、今はまだパネルを運ぶ大事な仕事」
「大丈夫、独り身という孤独から解放してあげる、堕ちるという形でレスカティエが教団というしがらみから解放されたように!」

係員はマーチヘアに押し倒される
その勢いで彼女の胸はぐにゅりと潰れる

全身を動かすたびに胸は形を変えてゆくの
互いに密着しているためはっきりとその詳細は判らないけど、そこはマーチヘアの妄想力で――


「へーくん、耳元でありもしない妄想を吹き込まないでくれる?」
「えー、これからがもっとエロくなるのに?」
「またグダグタになるでしょうが」
「ちぇっ」

へーくんは残念そうに口を尖らせる
これで先に進めるわね


「展示会を開くだけでもこんなにも大変なんて、レスカティエは今も昔も変わりませんね」
「エリンちゃん、レスカティエも知っているのか!」

という訳にはいかないのがへーくんなのよね。

「はい、エリンはレスカティエの近くに住んでいましたので」
「詳しく聞かせてくれ」
「旧時代のレスカティエは軍事国家です。エリンの時代で活躍した勇者は『収監』の二つ名を持つ女勇者カノウ――」

エリンの言葉が止まる

「エリンちゃん?」
「あれ、レスカティエって勇者産出国だったかな? それとも普通の一般国家だったかな?そもそも旧時代にレスカティエってあったのかな?」

エリンは首を傾げる

「あの時エリンが住んでた村が魔物に襲われたとき、教団の勇者さん達が身を呈して魔物からみんなを守ってくれたのは…はっきり思い出せるけど」

「覚えていることは、魔物の姿は異形であったこと」

「家族全員、魔物の脅威に怯えながら生活していたこと」

「そして、魔物の襲撃によってお兄さんを失った」

「でも旧時代の魔物がどんな姿をしていたのか、誰がエリンを助けてくれたのか、お兄ちゃんはどうなったのかが鮮明に思い出せないのです。まるで頭の中に菌糸が張り巡らされているかのように……ごめんなさい、重い話をしちゃって」
「気にすんな、自分から言うならセーフだからさ!」

謝るエリンに、へーくんは笑顔で返す

「見ろよ満知子、パネルの裏にも肖像画だ」
「裏にも絵があったのね」

裏側は黒塗りの背景にサキュバスの姿

「ノースクリム様、サキュバス化したらバストアップしてるな。これは最低二段階言ってるぜ、満知子とは大違い」
「ぐぬぬ何でこんなにエロいのよ!」
「これ以上はまたグダグタになるから先に行くぜ!満知子」
「待ってよへーくん」


Μ続くΜ
16/02/29 23:58更新 / ドリルモール
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■作者メッセージ
ドリルモールです。


ようやく続きが書けました。
久しぶりなのであまり展開が進みませんでしたが、次回こそ満知子達は映写室へたどり着きます。
そこでコルヌ達の記憶を上映することになり――?


ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

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