連載小説
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朝とパジャマと試合
少年が焼野原で一つの死体を眺めていた。
女性だろうか、端正な顔立ちはまるで人形の様で、長く滑らかな質感の赤髪に大きく膨らんだ胸部、括れた腰は魅力的だった。しかし、腹部に弓矢が一本突き刺さっていた。彼女はもう動かない。
少年はただじっと、その死体を眺めていた。あたりには誰も居ない。もう嵐は過ぎた。
しばらくして、少年はそこに散らばっていた死体を集め出した。そして女性の死体に重ねるように置いていき、積み上げていく。
そして、見上げる程大きな山を作った。その山以外ににもう死体は無い。人も魔物も、動物も虫も。全てこの山に積まれた。


少年はその山を見て、ただ微笑んでいた。


「――!」
私はふと目を覚ました。
私は何を見ていたのだろう?何かの夢を見ていたようだが憶えていない。
ただ、何処か悲しい夢だと感じた。それだけは確かだ。
時計を見れば時刻は午前四時過ぎ。起床時間まではまだ二時間もある。
「…………何か飲もう」
……暑さの所為か汗が酷い。喉が渇く。
私は身を起しベッドから降りる。他のヴァルキリー達はまだ眠っている。私は物音を立てない様、部屋を出た。


下界の人々は誤解している者が多いが、ヴァルキリーである私達にも食事や水分補給、睡眠などは必要である。
腹は減るし喉も渇くし用も足す。ヴァルキリーも生き物なのである。


宿舎の広い居間に出ると、台所の魔導式冷蔵庫に手を伸ばす。
中を覗き、目当ての物を見つけるとそれを取り出す。
手に取った物はアップルジュース。私のお気に入りだ。
コップに注ぎ込み、一杯飲み干す。
「……ふぅ」
このほんのりした甘酸っぱさが何とも言えない。
……もう一杯頂こう。
「……ふう、そろそろ戻るか」
と踵を返した時、ふと微かに人の声が耳に届いた。本当に聞こえるか聞こえないかの僅かな声だ。
「誰だ?」
音源は恐らく修練場。私は気になって足を運んだ。


宿舎からそう遠くない修練場に、二つの影を見つけた。
「ハァ!」
片方は刃物を握り、数多の残像を作り出すほど速く振り回し、目の前の影を追う。
もう片方はそれを避けながら相手に針の様な小さく細い物を飛ばしていた。
「カイルと、……ワタヌキか?」
「む?」
「あれ、クレア?」
私の声に気付き、二人は手を休めこちらに振り向いた。
「まだ起床時間前だが、何をしているんだ?」
私は二人に近づき尋ねる。
「我々は互いに稽古をつけていただけだが」
「って言っても僕は無理矢理起されたんだけどね」
ワタヌキをカイルが追う様に言う。
この二人は入団試験で出会って以来、妙に仲が良い。
騎士団内では訓練時や食事時でも大抵二人で行動している。正確にはパートナーである私とオルガも含めて四人だが。(正直オルガは苦手なのであまり一緒に居たくないが)
友人兼ライバルとでも言おうか。そんな感じの仲だ。
「それにしても」
私は改めて二人の姿を見る。
「二人とも騎士然として見えるな」
二人とも青い布地に騎士団の紋章が付いた制服を身に纏っていた。しかし、同じ制服でも人が違えば雰囲気もまた違う。
ワタヌキは以前来ていた素朴でゆったりとした着物から一遍、洋服と言う新しい衣類に本人は若干抵抗があったものの、着てみると思いの他良く似合っていた。
若干幼さが残る外見はしかし、涼しげで締まった騎士制服と絶妙にマッチしていて、礼儀正しいその性格もあってさながら《大人びた少年騎士》だ。騎士団の女性陣からは「凛としているが愛らしい」と人気である。入団当初は人だかりも出来ていた物だ。
一方のカイルは血を吸ったかの様な赤い髪と対照的な清いイメージの青い服を身に纏っている所為かミスマッチなのだが、端正な顔立ちと長身故にどうも魅力的で映えていた。ワタヌキに負けず劣らず人気で「怪しい雰囲気がまた良い」と評判だ。
入団して二週間が過ぎた今、彼らの制服姿に見慣れてくるとそういう感想が浮き上がってくる。もちろん鎧などが付けばなお良いが。
「自分は一応武士なので」
ワタヌキは笑ってそう答える。そう言えばジパングでは騎士や戦士の事を《武士》と言うそうな。なるほど。もともと騎士なら当たり前の感想か。
一方のカイルも同様に笑って答える。
「クレアもなかなか可愛らしくて似合ってるよ。そのパジャマ」
「そうか、ありがとう」



……………………ん?



私は下を向いて自分の服装を確かめた。その身に纏うは愛らしく描かれた猫や肉球の絵柄が散りばめられたパジャマ一式。……私の私物だ。
「――な、ぁ……ぅ…………!」
自分でも顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。
私の様子を見てカイルは不思議そうに首を傾げ、ワタヌキは申し訳なさそうに眼をそらした。
……凄く、居た堪れない。

「ぅ、うわあああああああああああああああああああ!!!」

私は逃げ出す様に宿舎へと去った。
何だろう。もの凄く恥ずかしい。……死にたい。


あの地獄の様な醜態を 晒してから二時間ほど。
寝直そうにも寝付けずに起床時間が来てしまった。
起床した後すぐ布団を畳み、着替えて食堂で朝食を取るのが決まりだ。

宿舎三階建ての建物で東西で男女が分かれている。西が女性宿舎、東が男性宿舎となっている。戦乙女も基本的には西宿舎だ。部屋は人間と別れているが。
宿舎の一部屋はそれぞれ四人部屋で私物スペースなども設けられているため何気に広い。因みに私の同室者はどう言う訳かオルガとエドナと、人間で部屋にあぶれたシルビアと言う少女だ。
戦乙女は私物スペースをどの様に使っているのかと疑問に思っている者も多いが、実は私たちも人間と同様多趣味で私物スペースは主に趣味で集めた品などが多い。私は動物のコレクションが殆どだし、エドナは小説や《漫画》と呼ばれる絵の描かれた珍しい書物を大量に置いているし、オルガは私の――何でもない。アレは全て焼き払った。もう跡形も残っていないはずだ。

「あの、クレアさん。顔色悪いですけど、どうかしましたか?」
遠慮しがちに私に声をかけたのはシルビア・ジーンズだ。茶髪を首のあたりで切りそろえた、いわゆるおかっぱ頭が似合う少女で、筋は良く、一般から入団した実力者でもあるのだが、引っ込み思案なのが玉に傷だ。私達ヴァルキリーにも委縮する様な態度を取るので悩ましい。最近は少しだけ慣れて着た様ではあるが。
「いや、何でもない。思い出したくない物を思い出してしまっただけだ」
私の返事に若干不思議そうに「はぁ、そうですか……」と呟くシルビア。
「ところでクレア、先程一度部屋から出ていきましたか?」
「――!」
不意に掛けられたエドナの声に、私は思わず硬直する。あの悲劇の失態を思い出したからだ。
「……別に責めている訳ではないのでそんな反応しないでください。夜の外出は基地内でならある程度は認められていますし」
「……あ、済まん。ただ、居間で飲み物を飲んでいただけだ」
「そうですか。ただ、叫び声が聞こえたのですが――」
「い、いや、聞き間違えたのではないか?少なくとも私にそんな憶えはないが!」
「……そうですか。分かりました」
エドナの反応に私は安堵する。
「もしかしてやましい事が――」
「殴るぞオルガ」
「……済みません」
オルガの謝罪を聞き届け、着替えに入る。
着替えるのはもちろん騎士団の制服だ。制服は男性用と女性用で若干デザインが異なる。と言ってもスカートかズボンかの違いだけだが。
別にスカートでなくともズボンで良いのではないかと疑問を持ったのだが、エドナに聞けば「過半数以上の女性騎士からの要望と戦乙女の武装着を模してのスカートだそうです」と言われたので黙らざるを得ない。士気にも拘るし戦乙女も一応は崇められる存在であるからだ。されるこっちは居た堪れない限りだが。
着替え終えると寝間着を畳み部屋の隅の洗濯籠に放り込む。後で洗濯室に持っていくのだ。
エドナ達も同様にして準備は完了だ。
「さて、では食堂へ向かいましょう」


「おはよう、皆」
「オルガ殿、それに他の方々もおはようございます」
宿舎とは別館の食堂で会ったのはカイルとワタヌキだ。瞬間、あの出来事が脳裏に浮かぶが脳内で押し殺し平然を装う。
「おはよう。ここ良いか?」
「うん。かまわないよ」
席に座る彼らの向かいの席に座り、給食が並べられたトレーを置く。私と一緒に居た三人も隣り合う様に座り、それぞれ自分のペースで食事を始めた。
「いただきます」
もちろん挨拶も忘れない。
「さっきはちゃんと眠れた?」
「ふぇ!?……あ、ああ」
一口食べて早々カイルが尋ねてきたので思わず咳き込みそうになる。
眠れた訳がないだろう!
「おや、カイルさんも起きていたのですか」
「ええ。自分が四時頃に稽古に誘ったので」
カイルに先んじてワタヌキが答える。
「そうですか。二人ともクレアと会っていたのですか?」
何か悪寒がする。まずい。このままカイルに答えさせてはいけない!
「そうだよ。さっきクレアがパ――」
「――稽古の休憩中にクレア殿と会ったので一緒にどうかと誘ったのだが断られてしまったのだ!」
私が危惧したのも束の間、ワタヌキがカイルの言葉を遮りそう答えてくれた。
――ワタヌキ、君に感謝する。
「そうですか。しかし自主訓練は褒められたものですが、過剰な運動は体を壊します。それも朝早くからなら尚更ですのでほどほどに」
「面目ない」
一通りやり取りを終えた後食事に戻る。
ワタヌキ、本当にありがとう。
ワタヌキは私の視線に眼を伏せて答えた。
「それにしても、二人はそれ毎日やってるの?」
と聞いたのはシルビアだ。私達と接する時とは違い、彼女は親しげに話す。やはり戦乙女と言うだけで委縮してしまうのか……。
「ああ。そうだ」
「凄いなぁ。私そんなに早く起きれないよ」
「規則正しい生活が一番です。そこまで早く起きる必要はありません」
「そうよ。この子はもう習慣だから良いけど、無理に早く起きるのは良くないから止めておきなさい」
「……はぁ」
エドナとオルガのストップにシルビアは頷く。……その顔は少々残念そうだ。

…………。

「……だが、それも『一時的な早起き』ならの話だ。これから一貫してやり始める分には良いのではないか?」
「……はい!」
私がそう言うと、シルビアは花を咲かせた様に笑顔になった。
……なんだか癒されるな。
そんな話をしながらご飯をつついていると、トレーを持った青年男性が給食をもってこちらへやって来た。あれは……。
「あ、おはようございます、ウェスカー」
「ああ、エドナ」

ウェスカー・アルモンド。エドナのパートナーでありカイル達の同室者だ。
眼鏡を掛けた金髪で理知的な雰囲気を持った男だ。長身で細身な体系だがその実筋肉が凄いらしい。先日聞いた話だが、ウェスカーとエドナは騎士団でも上位に立つ実力者で数々の戦果を残しているらしい。

どうやらこの騎士団、戦乙女同士がルームメイトの場合、そのパートナーもルームメイトである事が良くあるらしい。部屋分けはどう決めているんだろう?
ウェスカーはワタヌキの隣、エドナと向かい合う形で席に着く。
ワタヌキと並ぶとその長身が際立って見える。
「何の話をしていたんだ?」
「カイルさん達の稽古の話です。四時くらいに朝稽古をしているそうですよ?」
ウェスカーの問いにエドナが答える。ウェスカーはどこか納得が行った表情を浮かべた。
「ああ、二人でいつもどこに行っているのかと思ったが、朝っぱらから良くやる」
「そうですね。シルビアもやってみたいと言い出すんですよ?」
「ほう?やるなら覚悟した方が良いぞ。まず朝起きるのが辛いからな」
「え、あ、はい……」
シルビアは少々戸惑っている。

その気持ちは解る。ウェスカーは普段寡黙で、ほとんど喋らない。訓練中の様子などを見れば良く分かる事だ。ただ、エドナと話す時はそこそこ饒舌になる。エドナも彼と接する時はどこか楽しそうだ。この二人も仲が良いものだ。
彼らの仲の良さが、もしかすると数々の戦果をもたらしたのかもしれない。
……と考えていると、話はこの後の訓練に切り替わっていた。
「そう言えば、この後はランニングに訓練ですよね。今の内に訓練相手を探した方が良いですよね?」
訓練は何人か一組で手合せをする。ちょうど朝にカイル達がしていたものと同じ様な感覚だ。
「えぇ。そうね。相手は誰かもう決めた?」
「いえ、まだ……」
「だったらうちのワタヌキとどう?」
「済まない。自分はウェスカー殿に相手をしてもらう予定だ」
オルガの提案をワタヌキが一蹴する。
「じゃあ、カイルは?」
「僕もウェスカーと予定があるんだ」
「貴方も!?」
カイルも同様に断る。と言う事は二対一か。構図は恐らくウェスカー対カイルとワタヌキだろう。
「なら……私達?」
「相手にならんだろう」
「うぅ……」
本人には悪いがさすがに人間とヴァルキリーでは実力が違いすぎる。ワタヌキの様な正面からの勝負はシルビアにとって無謀と言えるだろう。
落ち込むシルビアにエドナが声をかけた。
「なら、貴方もウェスカーと対戦したらどうですか?」
「え、良いんですか?」
「ええ、私も参戦しますし、二対三です」
――何?
「君も参加するのか!?」
「え、ええ」
いくらなんでも戦力が巨大だ。
一人でも一騎当千のウェスカーにエドナが加われば相手になるのかどうか。
「……でも、そうね。物は試しだし、やってみたら?」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「まぁ、完全な負け戦にはならないんじゃないかしら?ワタヌキは私から一本取るくらいの腕前だし、カイルも何気に強いし」
「は、はぁ。では宜しくお願いします」
「分かった。こちらこそ宜しく頼む」
……何だか凄いことになったな。
「じゃあ、私はクレアと――」
「私は五人の審判を務めるとしよう」
「もう、釣れないわね……」
食事を終えた私達は修練場へと向かった。


時刻は七時半。三十分のランニングの後、休憩を挟んで訓練が開始される。
だが、多くの騎士は剣を交える事はなく、一組の騎士達に視線を向けていた。
一人は刀を持った少年騎士。一人は丸腰の様に見える青年騎士。一人は細く長い槍を持った少女騎士。
向かいに立つのは片手剣をそれぞれ両手に持った眼鏡の青年騎士と、武装した戦乙女。
対立した二組の真ん中に立ち、私は第一声を上げた。
「これより、ワタヌキ・コトミネ、カイル・ウォーランス、シルビア・ジーンズ。並びにウェスカー・アルモンド、《ヴァルキリー》エドナによる訓練試合を開始する。制限時間は三十分だ。なお、禁止事項だが、《ヴァルキリー》エドナに関しては翼による飛翔、並びに魔法の使用を禁止する。カイルも拳銃の使用は禁止だ。構わないな?」
「ええ、構いません」
「分かった」
私の問いかけにカイル達は頷く。これらを禁止したのは公平な試合をするためと、危険防止の為だ。
エドナが翼を使えば公平さは失われるし、魔法を使われても試合にならない。
そしてカイルの持つ拳銃だが、これは非常に危険な武器であるからだ。
この訓練試合では訓練参加者全員に危険防止の為の防御魔法が掛けられるのだが、拳銃はこの魔法を破り、辺り所が悪ければ殺してしまう程の殺傷性を秘めている。そんな物を使わせられる訳がない。
「では両者姿勢を正して、礼!」
「「「「お願いします!」」」」
「宜しく」
一人だけ違う掛け声を発するが気にしない。
「両者、構え」
四人の騎士と戦乙女がそれぞれ武器を構える。それを認め、私は後ろに下がり試合を開始させた。

「始め!」

瞬間、カイル達三人が弾ける様に駆け出した。ワタヌキはエドナへ、カイルとシルビアはウェスカーへと向かい、戦闘を開始する。
「まぁ、そうなるでしょうね」
私の隣に立つオルガが呟く。
まず、三人の作戦はこうだろう。一番の脅威であるエドナをワタヌキが抑え、その間にカイルとシルビアがウェスカーを倒す算段だ。
ワタヌキの剣は相手の行動を抑える剣だ。攻撃する隙を与えず攻撃し、あわよくばエドナから一本を取る。
ウェスカーとエドナはそれぞれ自分に向かってくる騎士を迎え撃つ。
ワタヌキの連撃を盾と剣を駆使して防御する。
一方、ウェスカーは攻めてくるシルビアを片方の剣でいなし、カイルが飛ばす鉄線に拘束されまいともう片方の剣で次々鉄線を切る。
シルビアの槍が次々とウェスカーに襲い掛かる。しかしウェスカーにとってさほど脅威ではない。確かに筋は良いが、彼女の槍はまだまだ粗い面があり、ウェスカーには付け入る隙がいくつもある。しかしそうしないのはカイルを警戒しているからだろう。
カイルとウェスカーは今日初めて対戦している。二週間も経って初めてと言うのは数日前まで新入団員のほとんどがウェスカーに稽古をつけて貰いたいと押しかけていた所為である。

彼にとってカイルは未知の相手だ。

カイルの戦術は謎が多い。
彼は鉄線以外にも入団試験で出した《拳銃》と呼ばれる武器に毒針やナイフなど様々な物を体中に仕込んでいる。他にも入団してからちょくちょく武器を買い出していたりと、武具を豊富に持ち込んでいるのだ。
「そろそろかしら……」
オルガの声に視線をワタヌキに向ける。
ワタヌキは凄まじい剣劇でエドナを追い詰めていた。
「――クッ……!」
一太刀ずつ増えていく連撃に成す術も無く、苦悶の声を漏らすエドナ。やはりワタヌキは相当の実力者だ。ヴァルキリーをこうも追い詰める者はそう居るものではない。
そして、
「――っ!」
ワタヌキの剣が、エドナの剣と盾をすり抜ける。
そのまま一本取ったと思われたその時、

「……!」

ワタヌキは後ずさった。
直後にもの凄い速度でワタヌキが居た場所に剣が飛ぶ。
飛んできた方向を見ると、ウェスカーの片手剣が一本無くなっていた。
シルビアは好機と見て槍で突くが、ウェスカーに難なく槍を掴まれ引き寄せられ、足蹴りで一本取られる。カイルも針を飛ばしたが紙一重で躱される。
「一本あり。一時中断。シルビア、退場だ」
「は、はい……」
私の指示でシルビアは邪魔にならない様退場し、私の隣に来る。
「大丈夫か?」
「……はい。ウェスカーさん、手加減してくれた様なので動けなくはないです」
「そうか。両者位置に戻れ。試合を再開する」
カイル達は最初の試合開始地点まで戻る。残る人数は二対二。対等な人数となった。
「ウェスカー、先程は助かりました」
「あぁ」
エドナは拾った剣をウェスカーに返す。
準備が出来たと見て私は改めて試合を開始する。
「始め!」
「――わっ!」
再開直後、シルビアが驚いて声を上げる。
ワタヌキとエドナがダン!と地を蹴り、剣をぶつけ合ったからだ。
「攻めてきたわね。エドナ」
「あぁ。守れば負けると判断したからだろうな」
「守れば手が出せなくなって後の祭り。なら攻める事で少しでも勝機を得ようとしているって事ね」
鋭い金属音が耳を貫く。
その中で、ワタヌキは驚愕の顔を浮かべていた。
「エドナ殿、それはまさかっ!」
「ええ。貴方の剣、覚えさせて頂きました」
「何っ!?」
エドナの動きは、ワタヌキと完璧に合わせていた。
「貴方はただ我武者羅に振っている様でその実規則正しく振られています。基本的には八芒星を描く様な太刀筋ですね」
「……見事な観察眼だ」
エドナの分析にワタヌキだけではなくオルガまで驚いていた。
「凄いわ。私そんな事気づかなかったもの」
「おそらく天界で暮らしていた私達よりも、エドナは実戦経験が豊富だ。その分、余裕が出来ているのだろう」
両者の剣は徐々に剣筋を増やし、相手を切らんとする。
その脇で、ウェスカーとカイルは動きを見せず、ただ睨み合っていた。
「……攻めて来ないのか?」
耐えかねたのか、ウェスカーが問う。カイルは顔に浮かべた笑みで答える。
「ワタヌキ達が激しくなったからね。動いたら巻き込まれそうだ」
「そうか。攻めて来ないのならこちらから行くまでだ」
ウェスカーは走り出し、カイルに襲い掛かる。
カイルは何処からかナイフを二本取り出し迎え撃った。


「どちらも拮抗しているな」
試合が再開して数分。カイル達の闘いは未だに決着がつかずにいた。
エドナとワタヌキは剣の速さを競い合い、カイルとウェスカーは二刀の剣とナイフが鎬を削る。
刻々と制限時間に近づいている。そろそろ決着をつけて欲しい所だ。
「……ん?」
ふと隣で声がした。確認すると、シルビアが何やら疑問符を浮かべている。
「どうした?」
「いえ、その……。何だか砂埃が立ち込めてきたなって思って」
「何?」
「そう言えばそうね」
カイル達の方を見る。確かに砂埃が立ち込めていた。

――おかしい。

この修練場は石畳で出来ており、砂埃が立ち込める程の砂などある筈ないのだ。
では何故こんな……。
そう思った瞬間だった。

「――むっ!」

ウェスカーの足が止まる。
カイルはすかさずウェスカーにナイフを飛ばす。
ウェスカーは剣でそれを弾いた。
「どうしたんだ?」
不思議に思ってウェスカーを見る。彼は視線を地面に向け、何かを見ていた。
「……あ、足下を見てください!」
シルビアが叫ぶ。
砂埃で見えにくいが、彼らの足下に何かがばら撒かれていた。
ウェスカーが止まった事で、周りの砂埃が晴れていく。
「撒菱かっ!」
ウェスカーは驚愕する。
「「――!」」
その声はワタヌキ達にまで届いていた。
撒菱はウェスカーの周りだけでは無く、試合場全体に隙間なく撒かれていた。
よく見ればカイルの足首から砂が零れ落ちている。砂埃の正体はこれだ。
「――ワタヌキ!」
「ああ!」
ワタヌキは超人的に跳躍し、唯一撒菱の無い角まで移動する。
カイルは何本ものナイフを取り出し、ウェスカーとエドナに投げつける。
この試合は武器、または体術による攻撃で判定される。撒菱は武器なので踏めばカイルの攻撃と判定。つまり、移動する事は出来ず、カイルの攻撃を防ぐ他に突破口は無い。
カイルのナイフを盾用いて防ぐエドナ。だが、盾からはみ出た足に針が投擲され、判定となる。
「……ッ!」
「一本あり。エドナ。退場だ」
「……分かりました」
エドナは悔しそうに顔を顰める。
本来ならここで一時中断もするのだが、カイル達との距離は離れているし、翼を使えば邪魔せず容易く退場できるので中断は必要ない。
エドナが退場し、残るはウェスカーのみ。
ウェスカーは二刀の剣で迫りくるナイフと針を弾き飛ばす。
あと一分弱で試合は終わる。時間切れとなれば引き分けだ。
このまま続けるのはまずいと判断したのかカイルは、
「ワタヌキ、宜しく!」
と叫んだ。
「承知!」
カイルの攻撃を防ぐウェスカーにワタヌキが跳び込み、決定打を叩き込む。

――筈だった。

「オォッ!」
ウェスカーは真上に跳び、ワタヌキの刀を避けた。
そして、
「――なっ、グッ!」
ワタヌキを足蹴にし、ついでに剣で彼の背中を浅く切って大きく跳ねる。ここでワタヌキは一本取られた。
ウェスカーは弧を描き宙を舞う。その先に居るのはカイルだ。
カイルは針やナイフを投げ飛ばすが、迫るウェスカーは片方の剣でそれらを弾く。手元にはもう何も残っていない。弾切れだ。
カイルは冷や汗を流した。
「……まずい」
こうなればもう、後の祭りだった。


「一本あり。止め!」


こうして、カイル達はあと一歩の所で敗れた。


「いやぁ、凄かったわね。あれは」
「もう少しだったんだけどね」
時刻は正午。私達は食堂で昼食を取っていた。
「しかし、撒菱など何処で手に入れたんだ?前は使ってなかっただろう?」
「前から持ってたよ。でも使う機会が無くてね」
カイルはパンを口にしながら話す。
そこにウェスカーが尋ねた。
「君の戦術はいったい何処で身に着けたんだ?」
「む」
そう言えば前から気になっていた事だが聞くのを忘れていた。あんな戦術は見た事がない。
「えっと、お母さんからいろいろ仕込まれたんだよ」
「へぇ、お母さんは何をやってたの?」
シルビアの問いにカイルは少し困った表情を浮かべた。もちろん微笑んだままでだ。彼の笑顔は真顔扱いなのだろうか?
「企業秘密」
「……言えないの?」
「あまり口外するなって言われたから」
「そうなんだ」
人に言えない。……なかなか怪しいな。
「まさか裁かれる様な仕事ではないだろうな」
私は鋭くカイルを睨む。しかし彼の表情は変わらない。
「まぁ、そんなのだけどもう無理だよ。裁くのは」
「何故ですか?もしかして国境の外で暮らしていたりとかですか?」
「ううん。もう死んでるから」
その回答で、場は沈黙に包まれた。
本人は笑顔で言うが、それはかなり辛い事の筈だ。
沈黙の最中、エドナが恐る恐る尋ねる。
「……それは何時頃ですか?」
「うーん、七年前かな」
「…………」
私は、苛立ちを覚えた。フォークを握る手に力が入り、フォークが折れ曲がる。
彼が変わっているのは前々から承知しているが、いくらなんでも変わりすぎだ。
物心つく前に死んだのならまだ分かる。しかしそうでもないのに「母親が死んだ」というのはこんなにさらりと言える事ではない。
「…………君は……!」
激怒寸前で声が震える。私は思わず怒鳴りそうだった。
しかし、
「君は――!」

「明日から自由行動日だけど皆はどうするの?」

オルガに遮られ言葉を失った。
彼女は私を咎める様な視線を向ける。「気持ちは解るけど今は抑えて」とでも言う様に。
……少し冷静さが欠けていた。
「申し訳ない」と言う視線を送り、オルガは「分かればいいわ」と目を伏せ答える。
頭を切り替え、話は明日から二日間の自由行動日だ。
自由行動日は土曜日曜に設置されている、言わば《休みの日》の事だ。この日は文字通り騎士達の行動の制限が無くなり、外出なども許可される。二日目に戻ってくれば外での宿泊も許されている。
「えっと、私は家に顔を出そうかと思ってる」
とシルビアが言う。
「私はウェスカーと下町まで出かけようかと思っています。ちょうど私の好きな本の新刊が出ましたので」
とエドナ。ウェスカーが追う様に頷く。
「僕は新しい武器の調達かな」
「まだ増やすつもりか!?」
思わず出た突っ込みにカイルは「え、うん」と不思議そうに頷いた。
「ワタヌキは?」
「自分は鍛錬を続ける」
「もう、たまには休みなさいよ」
オルガは呆れたようにワタヌキを叱る。
「そう言うオルガ殿はどうするのだ?」
「私はクレアと――」
「私はカイルに付いて行こうと思う。構わんな?」
「いいよ」
「ええ!?最近私の事避けてない、クレア?」
と不服そうに言うオルガに私は厳しく言い放つ。
「どうせ昔の様に私を連れ回し着せ替え人形にする気だろう?」
「当たり前じゃない!」
オルガは堂々とした態度でそう言った。

……この女は本当に苦手だ。

「とにかく私は君とは絶対に行かない」
「ぶうぶう!」
とオルガは抗議するがすぐに諦め手に顎を乗せ溜め息を吐いた。
「……仕方ないわね。代わりにワタヌキを連れ回す事にするわ」
「何!?」
矛先を向けられたワタヌキは驚き持っていたフォークを落とす。
「あんた鍛錬も良いけど限度ってものがあるの!朝も話したでしょう?やり過ぎは体に毒!少しくらい息抜きしなさい!」
有無を言わせずワタヌキを言い伏せた。
ワタヌキは仕方なく頷く。
……言っている事はごもっともなのだが恐らく息抜きにはならない気がする。


気が付くともう午後の訓練が始まろうとする時刻だった。私たちは急いで昼食を食べ終え、修練場へと向かった。
15/03/13 16:19更新 / アスク
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■作者メッセージ
何か今回、凄く長くなりました。なんと10884文字!一万文字突破!
本当は試合の所で区切ろうと思ったのですが、次の所で休日イベントを入れたかったので詰め込んじゃいました。
ハ〜長い!

所で「撒菱」は普通に「まきびし」と打っても出ないんですよね。パソが悪いのかしら?なので書いている時は「さんひし」で打ってます。因みに「まきびし」と打つと「真樹美し」って出ます。

読み返してみるとまだそこまでシリアスでは無いんですよね。
まぁこれからやって行きたいと思うのですが。

もうすぐ四月ですねぇ。
四月を過ぎると殆どパソコンに触れられない状態になるので焦っています……。
四月を過ぎたら……、ゴールデンウィークまで顔を出せないでしょうね。
まぁ、気長に待ってくれたら嬉しいです。
エドナとウェスカーはフラグ立てまくりであります!乞うご期待!
それでは今日はこの辺で!

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