読切小説
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負け犬と蛇
 男は立ち尽くしていた。汚れた男だ。泥で全身が汚れており、下半身は小便で汚れている。男の全身からは、汗と垢、小便の悪臭が立ち込めていた。貧弱な槍と鎧も、男の無様さを強調するだけだった。
 目の前には森がある。この先は魔物たちの領域だ。人間ならば踏み込まない。男は戻る事はできなかった。後ろからは敵兵が迫っている。男を嬲り殺しにするために、余裕を持って確実に迫ってきているのだ。男は力なく笑った。前に進めば、魔物たちに嬲り殺しにされる。後ろに戻れば、人間の敵兵に虐殺される。どちらに進んでも、生まれて来た事を後悔するような殺され方をするのだ。
 男は笑った。生まれて来てよかったと思える様なことなど、俺の人生にあったのか?男は笑うしかなかった。

 ゲッツは傭兵だ。なって1年にも満たない。所属しているのは弱小傭兵団だ。そんなところしかゲッツは入れなかった。
 ゲッツは、生まれた時から負け犬だった。ゲッツは、農家の次男として生まれた。長男が死んだ時に家を継がせるために産み落とされた。単なる補充でしかなかった。幼い時から、長男より少ない食事しかもらえなかった。物心つく前に農作業を強要された。殴られながら農作業を覚えた。ゲッツは要領が悪く、殴られない日は無かった。
 ゲッツは、15歳のときに家から追い出された。長男は無事に大人となり、家の畑を親に代わって耕すことができた。ゲッツには既に利用価値が無かった。15になれば独り立ちするのは当たり前だ、甘えるな。そう喚きながら親と長男は、ゲッツを家から叩き出した。ろくな物をゲッツに与えず、家から追い出した。
 ゲッツは、近くの町に住み着いた。他に働ける場所は無かった。有ったとしても行く事はできなかった。ろくな職に就けなかった。農業を少し出来るだけで、何の知識も技術も無かった。コネも無かった。不器用でもあった。荷担ぎ人足、工事現場の下働き、道路の清掃人。低賃金できつく汚い仕事をやるしかなかった。しばしば雇い主の都合や、一緒に働いている者の機嫌で仕事場から追い出された。住んでいた部屋から追い出された事は、1度や2度ではない。飯を食えない日も珍しくなかった。ゲッツを助けてくれる者は、誰もいなかった。
 ゲッツは、自分の人生に辟易していた。人生を挽回したい。そのためには自分の人生を危険にさらしてもいい。他人の人生をぶち壊してもいい。ゲッツは戦を望んだ。軍に入る事を望んだ。
 戦は、ゲッツのいる国に近づいていた。国は、近年の不作で国力を弱めていた。国力の低下に伴い、富者たちは自分の利益を露骨に追求し始めた。貧富の差は、急速に拡大していった。危機に対応するはずの王都の中央政権は、私欲をむき出しにした権力闘争を繰り返していた。中央政権の腐敗は進み、危機に対応できない事は誰の目にも明らかだった。中央の弱体化に伴い、地方勢力が台頭してきた。地方勢力を牛耳る大貴族達は、この国の実権を握るべく動き出した。地方勢力間の衝突は、既に起こり始めていた。国内の混乱を調停するはずの主神教会は、混乱に乗じてこの国での勢力を強めようとしていた。この国で内乱が起こる事は、確実なものとなった。
 内乱が勃発したのは2年前だった。国の西部の大貴族同士が、領地を争い大規模な戦闘を始めた。この戦いを狼煙として、国中で戦が始まった。王は乱の鎮圧を口実に、西部のある大貴族の領地に攻め込んだ。王の軍は、この地で虐殺、強姦、略奪、放火などの暴虐を行った。王の軍に虐殺された者は、少なく見積もって2万に上った。この暴挙により、王の権威は地に落ちた。王の叔父は、これに乗じて反乱を起こした。軍を扇動し、王都を襲撃した。王とその臣下の者達は殺戮された。殺戮されたものの数は1万に上った。王の臣下は、全て殺されたわけではなかった。王都から逃れた王子を担ぎ上げ、新王となった王の叔父を偽王と呼んだ。王子一派は、偽王追討を各地の大貴族に命じた。大貴族達はこの追討命令を利用し、この国を牛耳るために軍を動かした。主神教会は、混乱の平定を口実に教会軍をこの国に派遣した。国全土に戦乱が起こった。
 ゲッツは、この戦乱で自分を浮かび上がらせる事ができると考えた。出来ずとも、自分が加害者の側に回れると考えた。ゲッツは、自分が住む地域を支配する領主の軍に入ろうとした。ゲッツは門前払いされた。領主の軍は、身元がきちんとしており能力のある者しか入れなかった。戦乱が起きても、入れる条件は変わらなかった。農家から追い払われ、町で下等と見なされる仕事をしていたゲッツに入る事はできなかった。次に、この町に来た傭兵団に入ろうとした。外国から来た傭兵団と、国内で戦乱に応じて結成された傭兵団があった。その両方から追い払われた。傭兵団は身元は不確かでもかまわないが、能力が無ければ入ることはできなかった。兵士として何の経験も無く、これといった技能も無いゲッツが入る事はできなかった。やっと入れたのは、弱小傭兵団だった。この傭兵団は、この国の南西部での戦いで団員を失っており、誰でもいいから人を入れたがっていた。
 ゲッツのいる地域を支配する領主は、この戦乱に乗じて勢力を伸ばそうとしていた。領地の西側をめぐり、隣の領主と対立していた。軍を整え、傭兵団を雇って隣の領主に戦を仕掛けた。ゲッツは、初歩的な訓練を受けると実戦に投入された。ゲッツのいる傭兵団は、最前線に配備された。弱小傭兵団であるため、損耗の激しい最前線に配備された。断る事などできなった。
 最前線で、ゲッツは何度か小競り合いを経験した。傍から見れば、笑いたくなるほど無様なものだった。敵も弱小傭兵団の者達だった。にわか傭兵である事が明らかな者達だった。弱兵同士が矢を飛ばし、槍で突きあった。喜劇めいた光景だった。だが、当事者は喜劇どころではなかった。恐怖と混乱の中、殺し合いを続けた。ゲッツは、小競り合いの中で小便を漏らした。見物に来た領主の兵は、服を小便で汚しながらひいひい言って逃げ惑うゲッツを嘲り笑った。
 小競り合いの無い時も、ゲッツにとっては苦痛と恐怖に満ちていた。ろくな装備も無く寒さに震え、乏しい食料で飢えを満たした。敵襲に脅え、疲れきっているのにまともに眠れなかった。ゲッツは他の傭兵に馬鹿にされ、嫌がる事ばかり押し付けられた。傭兵団の者は、ほとんどが弱兵である。弱兵達は、自分より弱いゲッツをいたぶって憂さを晴らした。ゲッツにとって、味方と言える者はいなかった。
 いくつかの小競り合いの後、両軍は全面的な合戦を行った。ゲッツの傭兵団は、最前線に配備された。後にいる領主の軍と他の傭兵団は、ゲッツ達を無理やり前へ前へと突き出していった。両軍の最前列が衝突すると、領主の軍や他の傭兵団は、ゲッツ達ごと敵軍に攻撃を仕掛けた。ゲッツ達は捨て駒だった。
 敵味方入り乱れる中、ゲッツは逃げ惑った。まともに戦う気力など無かった。捨て駒にされ、味方が味方で無い状況でまともに戦えと言っても、無理な相談だった。そんな状態で、ゲッツは1人の敵兵を殺した。へっぴり腰で逃げようとしているところを、後から槍で突き刺した。敵兵は、泣き喚きながら死んでいった。よく見ると、まだ少年だった。ゲッツは少年兵から金目の物を奪おうとしたが、別の敵兵が向かって来るのを見て逃げ出した。
 戦は、ゲッツ達の負けだった。物資の違いが勝敗をきめた。ゲッツの側の領主は、物資を整えず補給もろくに考えず戦を起こした。自滅したようなものだった。戦慣れした他の傭兵団は、さっさと逃げ出した。逃げ遅れたゲッツ達の傭兵団は、領主の兵に戦場に残り戦い続ける事を強要された。領主の兵は、ゲッツ達を敵の生贄にして逃げ出した。ゲッツは見殺しにされ追い立てられ、無様に敗走した。

 ゲッツは2日間逃げ続けた。まともに飲み食いできず、眠る事もできないまま逃げ続けた。敵兵は、余裕をもってゲッツたち敗残兵を狩っていた。ゲッツの背後からは、敵に狩られた敗残兵の泣き喚く声が聞こえた。泣き声はしつこく響き続けた。すぐに殺さず、嬲っている事が推測できた。ゲッツの恐怖は増すばかりだった。既に疲労により倒れそうになっていたが、恐怖により持ちこたえていた。
 ゲッツは、あるくぼみを見つけた。くぼみは草で隠れていた。ゲッツは、倒れこむようにくぼみにうつぶせになった。全身が、疲労と興奮で痙攣していた。頭がまともに働かなかった。
 突然、近くで喚き声が上がった。ゲッツは、草の陰から辺りを見回した。左前方で、数人の敵兵が輪を作っていた。輪の中心には、倒れた兵士がいた。倒れた兵士は、両手両足を槍で地面に磔にされていた。敵兵は小刀を抜き、しゃがみこんだ。磔にされている兵士を切り刻み始めた。泣き喚く声が、絶え間なく響き続けた。楽しげな笑い声が、泣き喚く声と重なった。敵兵は、死なないように慎重に切り刻み続けた。切り刻まれている兵士の体で、血で汚れていない箇所は無くなった。1人の敵兵は、股間に小刀を当てた。股間から切り取った血みどろの肉塊を、喚き声を上げる犠牲者の口に捻りこんだ。その後しばらく楽しんだ後、敵兵は立ち去った。
 ゲッツは動けなかった。逃げなければとあせる気持ちに逆らうように、体が動かなかった。やっと動けるようになった時、ゲッツは自分が小便を漏らしていることに気づいた。
 ゲッツは逃げ続けた。疲労しきった体を、恐怖心で動かし続けた。もはやまともに物を考える力は無くなっていた。馬鹿になった頭に、脈絡も無く思念が浮き沈みした。俺がやっているこの戦はなんなんだろう?神の為の聖戦ではない。国を守るための正戦でもない。田舎領主が私利私欲のために起こした戦だ。俺は、自分のくだらない人生に愛想が尽きて参加した。そして今、俺は鬼畜どもに追われているわけだ。くだらねえ。ゲッツは泣きながら笑った。
 ゲッツたち敗残兵は、ある地点に追い詰められていた。魔物達の勢力との境界線だ。ゲッツたちの国は、南部において魔物の勢力と接していた。ゲッツを雇った領主と敵方の領主は、魔物の勢力と隣接していた。本来ならば中央勢力と南部の勢力は、魔物に対する防衛体制を整えるべきだった。特に、魔物側と接した地域を治める領主達は、協力して体制を整えるべきだった。実際にやっている事は、魔物にろくに備えず領地争いをしていた。領主達には、支配者として必要な力量は欠片ほどもなかった。
 敵兵は、敗残兵を魔物の勢力地に追い込むよう包囲網を作っていた。慎重に包囲網を狭めていった。敗残兵は、魔物の勢力地に入る事はできない。敵兵は、追い詰めた敗残兵をゆっくりと嬲り殺しにしようとしていた。
 ゲッツは、ついに魔物の支配地との境界まで追い込まれた。ゲッツの目の前には、鬱蒼とした森が広がっていた。ゲッツの全身は震えていた。自分の意思では震えが止まらなかった。歯の根は合わなかった。ゲッツは、魔物の森の前で立ち尽くした。
 ゲッツは選択を迫られていた。前に進み、魔物に嬲り殺しにされるか。後ろに引き返し、人間の敵兵に嬲り殺しにされるか。くだらない選択を迫られていた。くだらねえ、これが俺の人生かよ。こんなものを選ばされるのかよ。ゲッツは笑うしかなかった。

 ゲッツは、後を振り返った。槍を構えながら進み始めた。近くまで敵兵は来ていた。俺は殺される。もう逃げられない。ただでは死なない。敵を1人でも道ずれにしてやる。俺の抵抗が激しければ、奴等は嬲り殺しにする事をあきらめて、さっさと俺を殺すかもしれない。奴等を殺す事ができなくとも、奴等に槍を突き刺したい。ゲッツは笑った。奴等のチンポに槍を刺してやる。奴等は、逃げ切れなかった奴のチンポを切り取って口に突っ込んだ。だったら、奴等のチンポも使い物にならなくしてやる。
 ゲッツの目つき、顔つきは既にまともではなかった。目は据わり、顔には歪んだ笑いが張り付いていた。鼻水と涎を垂れ流していた。引きつった笑い声を上げながら、槍を構えて前へ突き進んだ。
 風を切る音がした。ゲッツの槍は弾き飛ばされた。ゲッツの体には、強い弾力のあるものが巻きついた。ゲッツは、何が起こったのかわからなかった。呆然と、弾き飛ばされた槍を目で追った。ゆっくりと自分の胴を見下ろした。赤く太いものが、自分の胴に巻きついていた。巻き付いているものには鱗がついていた。ゲッツは、後を振り返りたくなかった。自分の後には、おぞましいものがいる事がわかった。恐怖で叫び声もあげられなかった。
 魔物は、ゆっくりとゲッツに近づいてきた。息遣いが聞こえてきた。ゲッツは、弱々しく自分に巻き付くものを振りほどこうとした。魔物は、ゲッツの肩に手をかけた。ゲッツは、弾かれた様に身をよじった。力が瞬時に戻り、魔物から体を振りほどこうとした。全身を痙攣させながら振りほどこうとした。魔物の体はびくともしなかった。魔物は、ゲッツを抱きしめた。ゲッツは、首だけを動かして後を振り返った。女の顔があった。女は、嫣然と微笑んだ。
 ゲッツは、再度自分の体を見下ろした。自分に巻きついているものは、巨大な蛇の体だ。俺は、ラミアに捕まったのか。ゲッツは、恐怖のあまり意識が混濁した。ゲッツは、同じ傭兵団の者にラミアの話を聞いていた。人間の女の上半身と、蛇の下半身を持った魔物だ。人間を捕まえると、蛇の下半身で締め上げる。ゆっくりと全身の骨を砕き、内臓を押し潰す。砕けた骨が潰れた内臓に突き刺さる感触を味合わせながら、人間を嬲り殺しにすることを楽しむ魔物だと話していた。
 ゲッツは、涙と鼻水と涎を垂れ流した。小便を漏らした。そのまま意識を失った。

 ゲッツは目を覚ました。青空が広がっていた。俺は死んだのか?ゲッツの頭はうまく働かなかった。ゲッツは、ゆっくりと辺りを見回した。毛布をかけられた人々が寝ていた。少し離れた所には焚き火があった。焚き火の向こう側では、働いている者達がいた。蛇や馬の下半身を持つ者達だ。魔物達だ。
 「気がついたようね。よほど疲れていたのね。2日も寝ていたのよ」
 穏やかな女の声がした。声のほうを見ると、若い女が微笑んでいた。ゲッツを捕らえたラミアだ。俺は魔物に捕われているのか。ゲッツは恐怖がよみがえった。
 「起きることが出来るかしら?食べ物を持ってきましょうか?」
 ゲッツは起き上がろうとした。女はゲッツを支えた。ゲッツの体に震えが走った。女は、安心させるようにゲッツの体をさすった。ゲッツの体には、他の男達と同じように毛布がかかっていた。ゲッツが起き上がると、女は焚き火の方へ行った。椀を手にゲッツの元へ戻ってきた。
 「ゆっくりと食べなさい。急に食べると体に悪いから」
 女は、椀をゲッツに持たせた。椀を、ゲッツの手と一緒に支えていた。女は、ゆっくりとゲッツに椀の中の物を食べさせた。肉と野菜の入ったシチューだ。ゲッツは、女の指示どおりゆっくりと食べた。胃の中にシチューが納まっていくと、ゲッツの体に実感が戻ってきた。ゲッツは、食べる速さを上げようとした。女はゲッツを押しとどめ、ゆっくりと食べさせた。シチューがなくなると、女は椀を手にゲッツから離れた。
 「今は、これで終わりにしなさい。いきなりたくさん食べると、体を壊すから」
 ゲッツは、ぼんやりと辺りを見回した。自分の立場がわからなかった。俺は殺されるのではないのか?ゲッツの体はふらついた。ゲッツは床に手を突いた。女はゲッツのそばに来て、ゲッツを寝かせた。
 「今のあなたに必要なのは休息ね。ゆっくり休みなさい。あなたに危害を加える者はいないから。私達は、あなた達の保護者なのだから」
 女は、優しくゲッツの体を撫でた。女の声にはゲッツを落ち着かせるものがあった。ゲッツは睡魔に襲われた。ゲッツは眠りへと引き込まれていった。

 ゲッツは夢を見ていた。敵兵達が迫っていた。ゲッツを嬲り殺しにしようとしていた。逃げようとすると、一緒に戦っていた傭兵達と領主の軍がいた。連中は、怒号と罵声を上げながら敵兵の方へゲッツを突き飛ばした。敵兵は、わざとらしく冷笑を浮かべながらゲッツに迫ってきた。手には、槍や刀を構えていた。チンポを切り取ってやるよ。敵兵は、楽しそうに言った。
 女の声が聞こえてきた。優しくなだめるような声だ。自分の回りにいた男達は消えた。誰かが自分の体をゆっくりと撫で回していた。ゲッツは暖かなものにつつまれた。ゲッツは、それ以上夢を見る事もなく眠りに落ちた。

 ゲッツが、魔物に捕われてから7日が過ぎた。魔物達は、ゲッツに危害を加える様子は無かった。1日3度の食事を与え、衣服や毛布も与えられた。2度目の眠りから目覚めて気づいたが、ゲッツの汚れきった体は洗い清められ、清潔な服を着せられていた。魔物達は、ゲッツ達捕われの者達を清潔にしようとした。毎日体を洗い、服や毛布もきちんと洗濯した。ゲッツは傭兵団にいたころ、蚤や虱に悩まされた。この魔物達の野営地では、蚤や虱に悩まされる事は無かった。
 ゲッツの面倒は、ゲッツを捕らえたラミアが看た。ラミアの名はカテリーナと言った。赤い髪と緑の瞳をしていた。細面の顔は整っていた。下半身は髪と同じ色の蛇の体だ。カテリーナはゲッツに食事を与え、体を洗った。ゲッツには不可解なほど、まめに面倒を看た。
 今日も、カテリーナはゲッツの体を洗った。湯を入れた桶を持ってきて、湯を湿らせた布で体を洗った。手つきは丁寧だった。隅々まで洗った。洗いながら筋肉をほぐしていった。カテリーナは微笑みながらゲッツの足を洗い、マッサージをした。その様子からは、骨を砕き内臓を潰す事を好むラミアの姿は窺がえなかった。
 「お前達は、なぜ俺達の面倒を看るのだ?」
 ゲッツは、疑問を口にした。捕われる前は、魔物達から厚遇を受けるなど考えてもいなかった。
 「私達にはあなた達が必要なのよ。私にはあなたがね」
 カテリーナは、ゲッツのふくらはぎを上下にさすりながら答えた。
 「あなたは私のもの。余計な事を考えたりせずに、私に世話をさせればいいの」
 ゲッツは困惑した。このラミアは自分が必要だと言う。なぜ必要なのか?奴隷にしたいというのならば、このように自分を世話するとは考えられない。自分を食うためだろうか?それにしては手間をかけすぎている。目の前の魔物の態度は、自分の聞いている魔物の態度からかけ離れていた。ゲッツは、自分がどういう立場に置かれているのか理解できなかった。
 カテリーナは、ゲッツの太ももをさすり始めた。強弱をつけて揉みほぐしていった。ゲッツは、下半身に力が入った。気を抜くとペニスが起ちそうだった。ゲッツの様子を見て、カテリーナは微笑んだ。淫猥に見える微笑だ。
 「力を抜きなさい。私に身を任せて」
 カテリーナはいたずらっぽく笑った。
 「あなたは私のものよ。逆らってはだめ」
 カテリーナはゲッツの股間をむき出しにし、ペニスを洗い始めた。ゲッツは辺りを見回した。ゲッツとカテリーナは、岩と丈の高い草の陰に隠れている。それでも他の者たちから見られる可能性があった。
 「見られても大丈夫よ。他の人達も同じ事をしているんだから」
 カテリーナは舌なめずりしながら、ゲッツのペニスを揉み洗い続けた。片手で服をはだけ、胸をむき出しにした。
 「あなたは私に捕まえられたの。私の意のままになるしかないの」
 カテリーナは、ゲッツを軽くにらみつけた。
 「おしっこで汚れているあなたをつれてきたのよ。あなたは、女におしっこをかける趣味でもあるの?悪趣味じゃないかしら?」
 「そんな趣味あるか!」
 ゲッツは思わずはき捨てた。顔に熱があることを自覚した。
 カテリーナは、笑いながらゲッツを見上げた。ゲッツのペニスに口付けた。繰り返し繰り返し口付けた。震えるゲッツのペニスに、舌を這わせた。人間ではありえない長さの舌だ。ペニスに巻き付きながら、ねっとりと舐め上げた。ゲッツのペニスは怒張した。すぐに限界はおとずれた。出そうだとゲッツがうめくと、好きなだけ出しなさいとカテリーナはささやいた。
 ゲッツは、白濁液をカテリーナに向かって放った。カテリーナの顔と首を汚した。胸に白い液が垂れた。男の精独特の刺すような臭いが立ち込めた。カテリーナは、陶然として臭いをかいだ。長い舌を使い、顔についた精を舐め取った。胸を汚した白い精も舐め取った。
 「私の体に精の臭いがついちゃった。おしっこの臭いをつけるだけじゃ物足りなかったの?」
 カテリーナは、笑いながら言った。ゲッツは下半身を支配する快感から抜けきれず、カテリーナに何も言う事ができなかった。カテリーナは、白い粘液で汚れたゲッツのペニスを舐め回した。ゲッツのペニスはすぐに回復した。カテリーナは、服を全て脱ぎ捨てた。蛇の体をゲッツに巻きつけた。人の体と蛇の体の境目に、薄赤いヴァギナがあった。ヴァギナをペニスに押し当てた。そのままペニスを飲み込んだ。ゲッツは、自分のものが熱くきつい肉の渦に引き込まれたように感じた。薄いものを突き破ったように感じた。カテリーナを見ると、苦痛に耐えるような顔をしていた。カテリーナは自分の下半身を押し付け、ゲッツのものを奥へと飲み込んでいった。カテリーナの中は、ゲッツのものをきつく締め付けた。1度放ったにもかかわらず、ゲッツは絶頂へと引きずりこまれた。出すぞとゲッツが言うと、中に出しなさいとカテリーナは喜びをあらわにした声で言った。
 ゲッツは、カテリーナの中に放った。激しく放出した。これほどの射精は経験した事が無かった。射精は長く続いた。カテリーナは、歓喜で顔を震わせていた。そのまま2人はつながり続けた。

 カテリーナは、その後もゲッツの面倒を見続けた。2人はくり返し体を重ねた。初め魔物に脅えていたゲッツも、次第に魔物を恐れなくなった。魔物達は、いずれもゲッツに友好的だった。特にカテリーナは、ゲッツの身も心もほぐしていった。
 野営地には、ゲッツ以外の人間の男達がいた。いずれも敗残兵だ。ゲッツが目覚めた時に、毛布に包まって寝ていた男達だ。魔物の勢力との境界まで追い詰められた者達を保護したそうだ。その1人1人に魔物がついていて、面倒を見ていた。いずれも清潔な環境を与えられ、栄養を十分に取れているようだ。
 野営地は、森を抜けたところにあった。かなりの広さがあり、大勢の軍が展開していた。カテリーナの話だと、他にも複数の野営地があるらしい。現在魔物達は、ゲッツの国に侵攻を開始していた。既にゲッツのいた領主の土地と、敵対していた領主の土地は魔物の勢力下にあるそうだ。ゲッツの国が魔王領になることは、時間の問題だそうだ。ゲッツの国は、既に統治能力を失っていると魔王は判断した。周辺の人間達の国は、ゲッツの国へ侵略する準備を進めていた。主神教会も、勢力拡大のため乱を煽っていた。ゲッツ達の国は、大動乱へと突き進みつつあった。ならば魔王の支配下にして秩序を回復したほうがいいと言う事だった。
 ゲッツは無表情のままだ。カテリーナに何も答えなかった。カテリーナは苦笑しながら言った。
 「私達も、侵略者である事には違いないわね。他の国や主神教会と言っている事も同じかもしれない。今言った事だって、侵略正当化の方便でしかないかもね」
 カテリーナは、草をちぎって手遊びを始めた。
 「侵略者が、自分で征服した人々のために尽くす事なんてほとんど無い。虐殺と収奪を繰り返す事が大半だって事は、歴史が証明しているからね。でも、例外はあるのよ」
 カテリーナは軽く首を振った。
 「口では何とでも言えるわね。行動で証明しないとね。まあ、これからわかるわ」
 カテリーナは、草を放り捨てた。
 ゲッツは、自分達の国がどうなろうとかまわなかった。祖国とやらが、ゲッツを守った事など無かった。祖国の人間がどうなろうと知ったことではなかった。同じ国の人間は、ゲッツを虐げる事はあっても守る事は無かった。自分の家族がその典型だ。愛国心だの家族愛だのは、ゲッツには欠片も無かった。家族を含めた自分の国の人間が、魔物に皆殺しにされても憎しみは少しもわき上がらないだろう。
 「あなた達を虐殺しようとした者達は、捕らえているから。いずれ裁判が始まるわ」
 カテリーナの目は細くなった。獲物を狩る蛇のような目だ。
 「虐殺の現場は見たわ。罪にふさわしい罰が必要ね。それは私だけでなく、他の魔物の意思でもある。裁判の結果は今から予想できるわね」
 カテリーナの表情は、魔物の表情そのものだ。
 ゲッツは、虐殺者の末路を考えると満たされた気分となった。だが、今のカテリーナと目を合わせることは出来なかった。
 カテリーナは、表情を穏やかなものへと変えた。カテリーナは、ゲッツの首に腕を回した。蛇の体がゲッツに巻き付いた。
 「とりあえず、今は侵略者の権利を使わせてもらうわ。あなたは私のもの。あなたは私の意のままになるの。覚悟しなさい」
 カテリーナは、笑いながらゲッツに頬ずりした。

 カテリーナは、ゲッツに優しかった。カテリーナは、ゲッツの事を自分のものだと言った。仮にゲッツが奴隷だとすると、ゲッツほど優しく扱われる奴隷は珍しいだろう。捕虜としても優遇されすぎている。魔物は人間とはかけ離れた存在だと、ゲッツは思った。だが、魔物が優しいだけの存在ではない事を、ある日ゲッツは思い知らされた。
 ゲッツとカテリーナは、いつものように抱き合っていた。カテリーナは、ゲッツの胸に顔を寄せていた。カテリーナは、ゲッツの顔をのぞきこんだ。
 「あなたは、私と会う前に女を抱いた事があるの?」
 カテリーナは、ゲッツの目を見据えていた。カテリーナの目に吸い込まれそうだと、ゲッツは感じた。目をそらそうとしたが出来なかった。
 「ああ、ある」
 ゲッツは短く、正直に答えた。ゲッツは農家の次男であり、家から追い出された身だ。今までろくな職に就けなかった。金は無く、大した取り得もないゲッツに恋人などいるはずが無かった。娼婦を買う金も無かった。それでも1度だけ女を抱いた事が有った。
 傭兵として最前線から帰ってきた時、傭兵団の幹部はゲッツ達に金を与えた。この金で女でも抱いてこいとの事だった。傭兵団のいる野営地には、娼婦達が来ていた。天幕が張られ、そこが娼館となった。
 ゲッツは、他の傭兵に奪い取られないように金を必死に守りながら、娼館に行った。娼館では、1人の娼婦がゲッツの相手をした。年増で、お世辞にも美人ではない娼婦だった。そんな娼婦を、ゲッツは盛りのついた犬のように求めた。自分の服を素早く脱ぎ捨てると、まだ服を脱ぎかけている娼婦にかぶりついた。体を弄繰り回し舐め回した。何度も失敗しながら、娼婦の中に入れた。技巧も無い、獣以下のやり方だった。娼婦は、ゲッツを終始冷たい目で見ていた。傍から見れば、惨めなまぐわいだった。そんなまぐわいでも、ゲッツにとっては人生における数少ない楽しい思い出だ。
 カテリーナは、ゲッツの頬を両手で挟んだ。静かに目を見据えた。
 「私と会う前に、あなたが別の女を抱く事は仕方が無い」
 蛇の魔物は、獲物を見るまなざしで見た。
 「だけど、これからは私だけを抱くこと。他の女を抱くことは許さない。あなたは私のもの。私を裏切ったら、生まれて来た事を後悔することになる」
 魔性の蛇は低く笑った。
 「言葉ではなく行動で証明して見せるから」
 蛇女は、ゲッツに口付けた。冷たい唇だ。耳に唇を寄せてささやいた。
 「あなたの体に私を刻み込んであげる。他の女など見る気も起こらない様にね」
 蛇は、硬直したゲッツの体を撫で回した。人ではありえぬ長い舌を、ゲッツの体に這わせた。ゲッツは、ひと言も発する事ができなかった。

 魔王軍は、ゲッツの国の全土を制圧した。王や大貴族達は、魔王軍に完敗した。戦を煽っていた主神教会も一掃された。侵略するために準備を整えていた近隣諸国は、国境まで軍を動かした。それ以上は軍を進めず、魔王軍に対する防衛体制を整えた。魔王軍は、ゲッツの国の秩序を回復した。魔王軍は、占領政策を侵攻前に立てていた。制圧完了後、速やかに占領政策を実行に移していった。
 カテリーナのいた野営地は、もう必要なくなった。この地点は、侵攻前は前線基地となった。侵攻後は、補給のための中継地点となった。平定がすんだ今となっては、必要はなくなった。
 カテリーナは、ゲッツに1つの提案を行った。ここより南東の魔王領内に、開拓地がある。人間が支配していたころから、その地は開拓に適している事がわかっていた。人間同士の争いがあったため、開拓は進まなかった。魔王の勢力下に入った事により、現在開拓が進められていた。そこに行かないかと言うのが、カテリーナの提案だ。カテリーナは、ゲッツが自分の国を、自分の故郷を全く愛していない事を知っていた。ならば、別の土地で暮らしたほうが良いのではないかと考えた。ゲッツは、農家の出身である。開拓には適している。開拓のやり方を教えてくれる人も、開拓地にいる。カテリーナは、開拓地で募集している警備兵に応募するつもりだ。軍に入る前は親元で農業に従事していたため、開拓にも参加できるはずだ。
 ゲッツにとって、農地を手に入れる事は不可能なはずだった。兄が死なない限り、自分は農地を相続できない。自分が働いた金で農地を手に入れる事もできなかった。傭兵としてある程度成功すれば、農地を手に入れる金は稼げる。それもうまく行かなかった。今、その農地を手に入れる好機が目の前にあるのだ。忌々しい祖国と故郷を捨て、新天地で暮らす事ができるのだ。新天地での暮らしを、カテリーナを初めとする魔物達が協力してくれるというのだ。ゲッツにとって、夢のような話だ。
 ゲッツは、自分が負け犬としての人生から逃れられるかもしれないと思った。自分の人生を危険にさらさなくても、人生を挽回できるかもしれないと考えた。開拓地での仕事は、大変な事は色々あるだろう。それでも、自分にとって好機である事は確かだ。自分に出来る限りのことはやってみよう。負け犬として生きていく事には厭きていた。たとえ失敗する可能性はあっても、だめで元々で試してみたい。
 ゲッツは、カテリーナを見た。カテリーナがいれば、俺は人生に勝てるかもしれない。カテリーナは、俺の人生で初めて大切のものだと思えるものだ。カテリーナと共にいる時間はまだ短い。その短い時間に、俺は今まで誰からも与えられなかったものを得る事ができた。カテリーナは、俺の子を産むつもりだ。俺にとって、家族の思い出は痛みを伴うものだ。カテリーナとつくる家族からは、痛みとは別のものを得る事ができるかもしれない。
 ゲッツは、進むべき道を決めた。

 麦畑が広がっていた。残念ながら1面に広がっているわけではなかった。まだ、所々に荒地があった。この地は開拓している最中だ。畑の手入れをしている人々もいれば、荒地を開拓している人々もいた。
 女は開拓地を見回っていた。女は、開拓地の警備を担当していた。上半身は人間の女の姿だが、下半身は赤い蛇の姿だ。女はラミアだ。女は、開拓地の1画を注視した。1人の男が、畑の手入れをしていた。落ち着いた表情と態度だ。男に向かって1人の少女が走ってきた。少女はラミアだ。男は少女を振り返り、笑いかけた。女は、2人を見て微笑んだ。男は女の夫、少女は女の娘だ。
 女は、男をじっと見た。かつての男は、痩せた野良犬のような顔をしていた。居所の無いような態度を取っていた。今の男の顔は、たくましい人間の顔だ。態度は、地に足がついた生き方をしている者の態度だ。男が夫として、父としてふさわしい顔と態度をしている事に、女は喜びを感じた。
 女は腹を撫でた。中には2人目の子がいた。子はまだまだ産みたい。開拓地は人手が足りないのだ。新しい生命が必要なのだ。この子は、家族に否定される事はないだろう。
 女は、1つの光景を見た。1面に広がる黄金色の麦畑の中、自分と夫が大勢の子と笑いながら歩いている光景を、女は見た気がした。女は微笑んだ。これは幻ではない。いずれ実現する光景なのだ。
14/03/12 02:30更新 / 鬼畜軍曹

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