連載小説
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ピースは揃う
 トーマは1枚の資料を取り、中央へ置いた。
 その資料とは行方不明者の1人、ジーナについてのものであった。

「まずこの資料には誤りがある可能性がある」
「…どういうことだ?」

 怪訝そうな顔でトレアは、いやミラとノルヴィも資料を覗き込んだ。

「誤りだと思われるのは、行方不明になったタイミングだ。資料には街の外へ落下物の捜索に赴き、街に戻った後とある」
「ああ、たしかに。それで、これのどこが誤りになるんだ?」
「街から出る時に彼女を見た人物と、戻った時に彼女を見た人物は別の人間だ。トレアとミラはその理由が分かるはずだ」

 急に話を振られた2人は少し考えたが、すぐに答えは見つかった。

「そうか、門兵が日勤と夜勤で交代してるんだな?」
「その通りだ」
「ということは…もしかして出ていった人物と戻ってきた人物は別人…?」
「ああ。その証拠は門兵の帳簿に残ってたよ」

 トーマは出る時のジーナの筆跡と戻った時の筆跡に違いがあったという。
 その違いとは、文字の線の太さ。一見たまたまにも見えるが、トーマはそうではないと説明する。

「正確に言うと、字の形はそっくりなんだ。でも線の太さが戻ってきた時の方が太く、抜きや入りも戻ってきた時の方が勢いがない。どういうことだと思う?」
「あ…そういうこと…」
「ミラっち、わかったの?」
「ええ。文字を書くスピードが違ったのよ」
「それがどういうことになる?」

 まだよく理解出来てない様子のトレアとノルヴィに、トーマとミラは実際に見せてみるとこにした。
 紙を用意し、まずトーマが名前を書く。当然描きなれた文字だ、サラサラと書き終わった。
 それを見ながらミラがその横にトーマの名前を、文字の形が同じになるように模写していく。
 すると、文字の形はそっくりだが線の太い勢いにやや欠ける文字が出来上がった。
 それを見た2人は納得した様子で頷いた。

「つまり、出る時は本人が書いてるから特に何も無いけど」「戻ってきたのは別人で、本人の筆跡を真似て書いたから書くスピードは遅いし、文字に勢いがない。そういうことだな?」
「ああ、そうだ」

 これで全員、ジーナは街の外で姿を消したというとこを認識した。
 そして、このタイミングでミラからも情報がもたらされる。

「ハーピーの2人もきっと同じよ」

 ミラはモルアナとハンナの2人の失踪前の経緯を説明した。

「そういうことか…」
「ええ。社員証は戻されていたけど、配達に出た以降で彼女達は目撃されていないわ。あくまで、戻っていたと思われる状況なだけで」
「裏手に落ちていたロープや木片の中に、刃物で切った痕のあるものがあった。間違いないだろう」

 話が一旦切れた時、トレアが手を挙げた。

「私からもいいか?」
「ああ。病院か治安部で何か得られたのか?」
「いや、そっちはさっぱりだ」

 だが、と彼女は続けた。
 実はトレアは聞き込みに回る途中、ノルヴィと鉢合わせていた。
 そこで彼から気になることがあると言われた。

「これまでにこの依頼を受けた人物、みんな魔物だったようなんだ、とな」
「色んな噂聞いてる間にそれがわかってきてさ」
「それで、ノルヴィの代わりにギルドカウンターに確認しに行ったんだ。するとたしかにその通りで、しかも全員依頼を断念する時にギルドカウンターには来てないときた」

 ギルドには受託者が怪我で入院した時や素行の悪さでキャンセルしたい時のために、依頼主からギルドへ受託中断を申し入れられるシステムがある。
 この依頼の前受託者2組はどちらも依頼主のトーマス・ハンソンから中断の報告が上がっていたのだという。
 その理由は、受託者から解決できそうにないという話をされ、気を利かせたハンソンが秘書のダラードを介して申し入れたそうだ。

「どう思う?」
「あからさまに怪しいわね」
「だな」
「あと、俺っちからもう一つそういう話があるんだけど、いいかね?」

 不特定多数の住人に話を聞いていると、ある数字がよく出てくることに気づいたという。
 その数字は7。トーマス・ハンソンと秘書ダラードがやって来てハンソンカンパニーが立ち上がったのが7年前。
 また、今回捜査に当たっているゴードン・ウィリアムスも移住してきたらしく、それも7年前。

「んで、気になって役場に行く途中でトレアにあったわけ」
「そうだったのか」
「まぁそんでね、役場で確認してみたら七年前に越してきた人達って二十四人もいたのよ」
「なら偶然ということ?」
「まっさかー、とぉーんでもない…」

 おちゃらけた様子で両手を上げて、勘弁してくれというジェスチャー。
 そして一転して、ノルヴィは少し真剣な口調で続けた。

「確かに七年前の移住者は二十四人だけどもよ、あのおっさん達と治安部のゴードンの三人は同じ月のうちに来てるのよ。んで、その前後半月の間に越してきたのが二人。男女一人ずつ、男の方は治安部で、なんとゴードンの部下ときた」

 それを聞いて3人は思った。これは単なる偶然なのか、と。

「ちなみに女の方は、越してきてすぐに行方をくらませてる」

 それを聞いて、トーマはしばらく考えたあと、次の言葉を発した。

「俺を襲ったヤツらに太った男はいなかった」

 唐突とも思われるトーマの言葉を怪訝に思う者はいない。
 なぜなら全員が同じことを思っていたのだから。

「ということは他の四人が実行役かしら?」
「ああ。女は端からそういう役回りのつもりで身を隠した可能性が高いな」
「なるほどな…。問題は魔物や女性たちの行方だが…」
「それについてだが、恐らく街の中。むしろハンソンカンパニーと言い替えた方がいいか」
「…どういうことだ?」

 トーマは街の外で見つけたものを伝える。
 それは、ハンソンカンパニーの真後ろの壁に上手く隠された扉だった。
 見つけるきっかけとなったのは壁を伝う蔓だ。
 積み重ねられた石レンガの隙間に、そこだけ不自然なほど蔓の先端が入り込んでいた。しかし、それでもよく見なければ違和感には気づけないだろう。
 そして僅かに空気がその隙間から吹き出しており、周りの箇所とは叩いた時の音が違う。となれば奥に空間がある可能性が高かった。

「つまり街の外まで誘い出し、例の昏睡魔法で意識を奪って隠し扉からハンソンカンパニーに運び込んだ。そして街まで戻ってからいなくなったように見せかけて、捜査を撹乱している、ってことかね?」

 ノルヴィが誘拐の流れを簡潔にまとめて口にすると、トーマは頷いた。

「ハンソンカンパニーの地下だけど、それを踏まえると怪しいところがあるわ」

 今度はミラが地下倉庫に使用禁止のエレベーターと得意先用の小倉庫があることを伝えた。
 加えて、老朽化という理由で使われていないエレベーターのロープはとても傷んでいるようには見えず、巻き取り機に積もった埃の層は周りと比べてかなり薄かったことから、実際はここ最近で使われた可能性があることを示唆した。

「おそらくはミラの言う通りだと思う。それにゴンドラが上に上がったまま放置されているというのも、俺は引っかかかるな」
「言われてみればそうだな。老朽化してロープが切れたら、ゴンドラが落下して大事故だろう」
「多分たけど、上の方を見られたくないんじゃないかしら。そのエレベーター、外から中の様子が筒抜けなのよ」

 情報は出揃った。状況から見て、トーマス・ハンソンが関与しているのは間違いないだろう。
 時刻は今21時を回った。
 明日まで待ってもいいが、日中では戦闘になれば巻き込まれるものも多くなり、夜まで待てば何かしら手を打たれてしまう可能性がある。
 4人はこれから、この事件に幕を下ろす決断をしたのだった。

__________

 長い蝋燭が1本、部屋を薄暗く照らしていた。その蝋燭が置かれた円卓に5人の人物が着座している。
 灯に照らされ浮かび上がっている彼ら。1人は丸い顔に丸い体型、紳士風の髭…トーマス・ハンソン。
 その右隣には黒髪をオールバックにし、鋭い眼光を光らせる壮年の男…ダラード
 ハンソンの左隣にいるのは20〜30代の茶髪の男。特徴らしい特徴もない、目立たなそうな人物である。
 ハンソンの向かいには紅一点。印象としては垢抜けていない町娘、という所か。ぱっちりとはしているが一重瞼で、気にならない程度にそばかすがある。

「逃してしまったか…」
「ええ。もう回復しましたが、目と耳を一時的に潰されました」
「しかも私たちの昏睡魔法が効かないわ」
「なに?魔道具か?」
「いえ、副長の攻撃魔法は避けていたので魔法無効では内容です」
「…とすると、体内魔力の強制操作だけを無効化するものか。が、それも不自然だな?」
「そうね。そんなもの用途が限られすぎてるわ」

 ハンソンの左隣の男と向かいの女は、見た目からはイメージ出来ない冷たい口調だった。

「それで、彼らはどこまで掴んだかだが…」
「あのトーマとかいう者は隠し扉を発見した様子です。ミラというケンタウロスも本日カンパニーまで赴いておりましたので、恐らく手口も我らのことも掴まれたと見ていた方が良いかと」
「そうか…」

 ハンソンは憎々しげな表情で机の上で両手を組んだ。

「わずか二日で暴かれたか」
「はい、ゴードンからの情報ですとトーマという男はこの手のことに慣れているらしく、また戦闘に置いても身のこなしは訓練されたもののように思えました」
「副長、そんなことより私たちのこれからよ」
「いっそのこと宿ごと消し去りますか」

 ハンソンの左隣の男が一層冷酷な目をしてそう言ったとき、部屋の扉が開き男が入ってきた。
 治安部隊の鎧を纏い、腰には剣を携えている。

「隊長」
「ゴードンか、どうした?」
「はい、奴らが動きました」
「なに?」
「この後、カンパニーの地下倉庫まで来るようにと」
「…むしろ好都合だな」

 ハンソンは怪しく笑うと、椅子から立ち上がった。

「加減などいらん、葬りされ。その後は贄を連れて本国まで戻る」

__________

 1時間後、ハンソンカンパニー地下倉庫の奥。
 険しい顔をしたトーマ、ミラ、ノルヴィの3人とこちらも同じ表情を浮かべる治安部隊3人の姿があった。
 彼らの背後には開かれた扉があり、彼らの正面にはそれぞれ短剣と剣を構えたハンソン、ダラード、少し疲れのうかがえるゴードンが冷たい表情を向けていた。
 ダラードは意識のないトレアを抱え、探検の切っ先を彼女の首に向けていた。

「さあ、大人しく後ろの部屋へ入れ…」

 ハンソンのこれまでとは違う低い声に従い、トーマたちは暗室へと後退した。
 そして目の前の扉が閉まり、錠の落ちる音が響く。

 文字通り、トーマたちの視界は闇に閉ざされたのだった。

21/09/05 21:50更新 / アバロン3
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■作者メッセージ
また長く空いてしまいました。

お楽しみ頂ければ嬉しいです。

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