読切小説
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孤独のレシピ番外編 〜【麻婆豆腐専門店】にて麻婆豆腐を食す〜
 今回の一件の始まりは、私がたまたま一泊した、とある新魔物領の港街。
その朝の町並みを散歩していた時だった。

「あら〜、これは王女殿下やないですかぁ、なしてこんな港町に?」

 外見の認識阻害をかけているにもかかわらず、一瞬で私をリリムと見抜き、声を掛けてきた刑部狸。
 頭にちょこんと載せた木の葉のアクセサリーに、ぴょこんとした丸い耳とふわりとした尻尾、緑の着物姿に背中に賞品を入れた葛籠を背負った、行商姿。
後から聞いた話だが、認識阻害を突破したわけではなく、商人のカンと金の匂いでリリムとだけ確信し、カマをかけたらしい。 
 私があの「ナーラ=シュティム」だとは、名乗られて初めて気がついたそうだ。
 その後、彼女が食材の卸売商だったのもあり、食いしん坊の私とは食事談義で意気投合。

『最近、ウチが目をかけてる料理人がおるんですよ。しかも此方では珍しい霧の大陸の料理を作る子なんですわ〜』

 と言われ、昼食を取るならば是非オススメしたい、と案内されてきたのがココだった。

【麻婆豆腐専門店】

 そう書かれた看板を掲げ、大通りから一歩入った静かな路地に店を構えている食堂が、私達二人の眼の前に有る。

「あさ、ばあ、とうふせんもん?」

 コレ、ジパングの文字・・・漢字よね? 
 豆腐はまだわかる、だが麻と婆? 全く料理の全容が見えてこない。 

「いえ、霧の大陸では漢字の読みが少しちがうんですわ〜、マーボー豆腐って読むんですぅ」

 ニコニコとしながら答える、私をここに案内した刑部狸。
 えーっと、たしかもらった名刺には『浅黄』(あさぎ)って書いてあったわね。

「麻婆豆腐、ねぇ・・・・」

 霧の大陸の料理はあまり知らない、まだ此方にほとんど浸透していないのに加え、まず作れる料理人が絶対的に少ないのだ。
 それがこんな所に居たとは・・・・

「まだ店開いて数ヶ月ほどやから、他の街にはまだ伝わっとらんのですわ〜」

 よく見れば、まだ【支度中】と書かれた札が下がっている。
 時刻は十一時過ぎ、たしかに昼の営業には少し早い。
 と、浅黄は懐をゴソゴソと弄り・・・・

「勝手知ったる合鍵〜♪」

 とても、いい笑顔でそれを取り出した。
不思議とテテテテッテテ〜♪ と効果音が聞こえた気がする。

 ガチャン。

 い、いいのかしら、あれ?
 さも当然のように鍵を開けてるんだけど・・・

「ええんですよ、それに、この時間カギ開けとらんとなると・・・・」

 そう笑顔で言いきる彼女に続いて店に足を踏みれると・・・・

「グゥ〜・・・・ZZz・・・」

 玄関前で、地面にうつ伏せで突っ伏して青年が寝ていた。
 しかもイビキまでかいて熟睡中。

「えっ・・・・と」

 状況が理解できない。
 一瞬どうすればいいか解らず、私は思わず絶句する。
 そんな中、彼女は懐から帳面を取り出し、迷うこと無く、眠る青年の頭に振り下ろした。

「はよ起きぃ!」

 スパーンッ!

 非常にいい音が店内に響く。

「あ、大丈夫です〜、ナーラ様、すぐに叩き起こしますんで〜」

 笑顔で振り向きながら、さらに一発。

「えっと、大丈夫なの・・・かしら?」

 それはもう、いろいろな意味で、だ。

「いつもの事ですから、何の問題も無いですわ〜」

「・・・・・・・・(汗)」

 いつもこんな事してるのかしら・・・・この二人?

 ――――――――

 数十秒後、もぞもぞと身をよじって、青年が目を覚まし、呟きながらのっそりと起き上がる。

「・・・・・いっ・・・痛ぅ・・・・・・・」

 なんというか、清潔感を感じさせる短く刈り込まれた黒髪。
 年若い青年だが、目がしょぼしょぼというか、トロンとしているというか、寝起き関係なくぼーっとしているこの顔が彼のデフォルトなのだろう

「ま〜た、玄関先で寝とるからやろ、レイジ。大方、朝イチで豆腐作ってそのまま?」

 腕組みをして、頬をふくらませて少し怒った様子で答える浅黄。

「あはは、面目ない、浅黄さん。眠気が限界に達しまして・・・・」

 レイジ、と呼ばれた青年は、頭を掻きながら照れくさそうに答える。

「今日は、新しいお客さん連れてきたったんやから、ちゃんとしぃや、まったく・・・」

 と、腕組みをほどいて浅黄は此方に振り返る

「えーっと、幻滅せんといてくださいね、ナーラ様。このコ、ぱっと見だらしないこんなんですが、腕は確かですから・・・・」

 尻尾でペチペチとレイジを叩きながら、頭を下げる浅黄。

「いやぁ痛ッ、その、お恥ずかしい所を痛ッ・・・・面目ない」

 尻尾でペチペチされながら頭を下げるレイジ。

「あの、そろそろ夫婦漫才辞めて話を進めてもらえないかしら? 私正直お腹すいたんだけど・・・・」

 実は、浅黄と意気投合して井戸端会議に夢中になりすぎ、私は朝食を食べそこねている。
 正直。お腹がぺこぺこなのだ

「あはは、やだなぁ、お客さん。夫婦だなんて、浅黄さんとはそんなんじゃないですよ痛っ! 浅黄さん痛い! なぜペチペチが増えて痛っ! 痛い!」

「さーてなー、どうかなー、どうしてかなー、とりあえず早く麻婆豆腐作ったらー?(ペチペチペチペチ)」

 あ、触れちゃいけない所触っちゃったみたい。
 あまりにも仲がいいから、そういう関係かと思ったら・・・・・どうやらまだのようだ。
 尻尾でぺちぺちと追い払われて、レイジは厨房へと引っ込んでゆく。
 見たところオープンキッチンのようで、調理の様子が客席から見て取れるようだ。

「あ、ナーラ様、此方へどうぞ」

 彼女に示されて、二人掛けのテーブルに向かい合って座る。
「はぁ・・・・」

 と、レイジが見えなくなった所でため息をつく浅黄。

「相手が鈍感だと苦労しそうね・・・・」

「いえ〜、コレはコレで落としがいあってエエもんですよ〜、それに、今は着々と外堀を埋めとるトコですから・・・・・」

 彼女の目元に影が差し、クックックックック・・・・・・とこみ上げてくる声をおさえるようにして笑う。
 その妖しい笑みを見て、改めて確信した。
 嗚呼、この娘、骨の髄まで刑部狸だわ・・・と。
 とりあえず、あの料理人のレイジくんには、色んな意味で頑張れ。と、心のなかで祈っておこう。
 それにしても、浅黄はあの青年のどこに惚れたのだろうか?
 人の好みにケチを付けるつもりはない・・・・のだが、現状彼女がダメ男好き? という疑惑が絶賛浮上中である。
 ダメ男? いや、まて、そういえばさっき彼女は・・・・

「そういえば、さっき、彼が朝イチで豆腐作りって、言ってたけど・・・・」

「ええ、レイジは豆腐も自分で作っとるんですわ、材料にはこだわりたいみたいで、麻婆豆腐はシンプルな料理だけに、理想の豆腐を手に入れたければ自分で作るのが一番やって・・・・」

 なるほど、とそれを聞いて、先ほどのダメ男という印象を取り消す。
 豆腐を作るには、とにかく手間と時間がかかる。
 良い大豆を選別して、一時間以上時間をかけて丁寧に洗い、十数時間ほど水に浸し、石臼で丁寧にすりつぶした後、ゆっくりと火にかけ、おからと豆乳に分けて、その後豆乳ににがりを入れて、型に入れて固める・・・・・
 私自身も知識として聞いただけなのだが、それだけでも恐ろしいほどの時間と手間隙がかかると理解できる。
 ジパングの料亭でも、専門の豆腐屋に作らせて納品してもらうのが一般的なほどだ。
 それをわざわざ、たった一人で?
 この時間にすでに完成しているのならば、おそらく夜明け前に起きて作業していたのだろう・・・・
 ちらり、とレイジの方へ視線を向けると・・・・
 なにやら食材の入った棚に顔を突っ込んでをゴソゴソと漁っている。

「浅黄さ〜ん・・・」

「ん〜? どしたんや、レイジ」

 レイジに呼ばれ、とことことオープンキッチン前のカウンターに向かう浅黄。

「調味料が切れてて・・・・今日の納品がないと作れないんだけど・・・・」

「ああ、今日の納品な。トウチィと豆板醤、甜麺醤。あと蒜芽。どれも霧の大陸からの直送品や。品質はウチが保証するで〜」
 
 密封された大きめのツボを三つ・・・・そしてニラに似た野菜を青年に手渡す。
 あれが、霧の大陸の調味料と食材・・・・こんど彼女に頼んで私も手に入れようかしら?

「確かに受け取りました。代金はいつもどおり・・・・・」

「月末に纏めていただくで〜、いつもどおり利子とかいらんから」

「んじゃ、少し時間をいただきますが・・・・・麻婆豆腐作らせて頂きます」

ザブザブと両手を肘まで石鹸で洗い、消毒用の蒸溜した酒精を両手に掛け、清潔な布で拭うと、彼は白いコックコートを羽織る。
 胸に【零時零次】と刺繍があるけど・・・・彼の名前かしら?

「レイジ、レイジ?」

「おもろい名でしょ? レイジレイジやなくて、レイジゼロツグって読むんですわ」

 私のつぶやきに、浅黄が答えを返してくれる。

「はは、母親がジパングの出身でしてね、ちょっと凝った名前にしたかったそうで・・・・でもレイジでいいですよ、ソッチのほうが呼ばれ慣れてますし・・・・」

 そう、軽口を叩きながら、手ぬぐいを取り出して、髪を覆うように巻き付ける。
 手ぬぐいを頭に巻いた瞬間、目つきが、否、纏う空気すらも変わった。
 トロンとしていた眼はキリリと力強く釣り上がりらんらんと強い意志を感じさせる光を宿し、ぼーっとしていた顔と口元もきっと引き締まる。

「へぇ・・・・」

ああ、と即座に理解する。
稀に居る、”仕事になると人が変わる”タイプの料理人であり、かつ、浅黄が惚れるだけの魅力がある男だと、即座に理解した。

「・・・・・・始めます」

 どん、と調理台の上に置かれるのは、たっぷりの豆腐が入った水桶。
 水桶の中から静かに豆腐をすくい上げる。
 と同時に、水によって遮断されていた、作りたての甘い大豆の香りがプンプンと漂ってくる。

「ごくっ・・・・」

 思わず、唾を飲み込んでいた。
 大豆の香りが仄かに香る、大理石の白壁のような、白く輝く超高純度の軟豆腐。
 くっ・・・・正直、今すぐソイソースをかけて冷奴で食べたいわね・・・・
 その豆腐を切るために、レイジが手にした包丁の刃は金属ではなく、木材を思わせる肌色。

「木の、包丁‥‥?」 
 
「【竹包丁】ですぅ、金属の包丁やと、金気や鉄の異臭が豆腐についてまうんで、それを避けての竹包丁ですわ」

 無言で食材に向きあう青年に代わり、彼女が答える。
 柔らかい豆腐だからこそ、竹包丁でも切ることが出来るのだろう。

 スッ・・・・スッ・・・・・スッ・・・・・

 縦に、横に、鮮やかに竹包丁が振るわれる。
 折り目よく、着実に次々と寸分違わず、豆腐が小さな六面体に切りだされてゆく。
 切り終えた豆腐が再び水桶に戻され、水の中に無数の賽の目に来られた豆腐が泳いでいた。

 次に、レイジが向かったのは、竃。
 すでに薪と炭が放り込まれ、足踏み式のふいごで煽られ、あっというまに燃えさかる。
 その竃に、大きな鉄鍋をかけ、ドボドボと油が注ぎ込まれる。
 まるで揚げ物をするような大量の油の中に、彼はおもむろにたっぷりのひき肉を放り込む。
 足元のふいごを強く踏み、釜戸の火力を激しく強め、まるで、炒めると言うよりは油でひき肉をほぐすように。大量の油で大量のひき肉をほぐし炒める。

「うわぁ・・・・あんなに油を使うの?」

 おもわず、油まみれでギトギトの料理が出てくるのではないかと、一瞬身震いする。

「大丈夫です、霧の大陸の料理って油をいっぱい使うんやけど、料理にはそれほど残らんのですわ」

「料理に・・・・残らない?」

 それは一体どういうことなのだろうか?
 霧の大陸の調理法は、独自の発展を遂げたものだと聞いてはいるのだが・・・・まるで検討がつかない。
 ジュゥジュゥとひき肉の炒まる香ばしい香りが漂う。白っぽい色と脂の香りから察するに、豚の挽肉だろうか。 
 やがて油が透き通り、肉の色が全て変わると、其処に先ほど彼女から受け取ったツボから、さじで漆黒の、ドロリとしたペーストをすくい取り、鍋へと投じる。
あたりに、ふわっと甘い香りが漂う。

「あれは・・・・・お味噌?」

 思わず身を乗り出す。
 霧の大陸の調味料は初めて見る・・・・正直好奇心が抑えきれない。

「霧の大陸の味噌ですぅ、小麦から作られる甘味噌の一種で『甜麺醤』言うんですわ」

「へぇ、なんか香りがジパングの田楽みそに似てるわね・・・・」

 やがて、ひき肉が甜麺醤を吸い込んで真っ黒に変わり、甘く香ばしい肉味噌の香りが店中に漂う。
 再び油が透き通るのを確認し、鍋から肉味噌をザルに移し、油を切って捨ててしまった。
 油が料理に残らない・・・というのはこういう意味か。

「あら、ほんと・・・・ザルで油は切って捨てちゃうのね・・・・・」

「ええ、うちもあんま詳しくはないんですが、レイジいわく、霧の大陸ちゅうところは、あまり上質な水に恵まれて無いらしく、それで水の代わりに油を使って食材に火を通す料理が発達したんだそうですわ」

「へぇ・・・・」

 一部の砂漠地帯を除き、比較的水に恵まれている此方の大陸では考えにくい、まさに、その土地独自に発達した調理法なのね・・・・
 と、感心していると、レイジは手際よく次の作業へと移行する。
 鍋をさっと水で洗い、油を布で拭い、再び新しい油を敷く、予め仕込んでいたであろうニンニクの微塵切り、そしてもうひとつのツボからは赤黒いペーストが、ほぼ同量ずつ鍋へと投じられた。
 今度は、むせるような、それでいて蠱惑的な、唐辛子の刺激的な匂いが漂う。

「あれも霧の大陸のミソですわ。唐辛子とそら豆を発行させて作った豆板醤て言うんですぅ、歳若いのは色が赤いんですけど、ウチが取り扱ってるのは5年以上熟成させてどす黒くなった最高級品ですわ〜」

 高温の油に放り込まれたニンニクと豆板醤が激しく爆ぜ、店内に刺激的な香りを撒き散らす。
 食欲をそそるニンニクの香り、鼻を刺激する唐辛子の香り、それらが一体となって、暴力的なまでに食欲を掻き立てる。
 不味いわね、しっかりお腹に力を入れておかないと、お腹が鳴っちゃいそうだわ・・・・
 くっと、お腹に力を入れ直し、何気なく隣の浅黄を見ると・・・・
 匂いを嗅ぎながら、楽しそうに足をプラプラさせ、千切れんばかりに尻尾を振ってるわ・・・・
 なんか、ビターンビターンって音までしてるし。
 まぁ、私に自信を持って紹介している以上、彼女が麻婆豆腐なる料理に病みつきなのは少し考えれば解ること・・・・
 なんだがすごく楽しみになって来たわ・・・・
 再び、厨房に視線を向ければ・・・・今度はニンニクと唐辛子の匂いに混じって、炊きたてのご飯の香りが・・・・
どうやら、奥にあるもう釜戸でご飯を炊いているみたいね・・・・
 いつの間に火を入れていたのか、すでにご飯は炊きあがり、蒸らしている最中のようだ。
 どうやら、麻婆豆腐とはご飯と一緒に食すものであるらしい。
 いけない、想像だけで涎が出そうに・・・耐えるのよナーラ!

 一方、レイジの調理は続く。
 大きなツボから取り出した、黒い豆を包丁で微塵切りにし、先ほどのニンニクと豆板醤を炒めた鍋に放り込む。
 香ばしい、醤油に似た香りが、ニンニクと唐辛子の香りに交じる。

「あの豆は・・・・?」

「あれは豆鼓(トウチィ)って言うて、塩漬けの黒豆を発酵させた、醤油みたいな味のする霧の大陸の食材ですぅ、あっちじゃ料理の風味付け味付けに使うそうですわ」

 さすが商人、さっきから私が欲しいと思った情報を、間髪入れずに提供してくる。
 まぁ、恐ろしい反面、非常にありがたいのだが。
 ソイソースに似た風味の固形の調味料・・・・手に入れようかしら? 
 霧の大陸って、本当に面白い食材が多いのね・・・・

「あ、仕上げ入りましたわ。もうすぐ出来ます〜」

「えっ本当?」

 あわててレイジの方へと視線を戻す。
 ニンニク、豆板醤、トウチィを炒めた鍋に、先ほどの豚ひき肉をお玉ですくって放り込む。
 さらにそこへ注ぐのは、寸胴で煮こまれていたスープ。
 中身は・・・・鶏ガラと香味野菜・・・・チキンブイヨンの一種ね。

 シュバァッ!!!

 熱した油がスープと合わさって弾け、先程まで別々だった香辛料、調味料の香りが渾然一体となり、たまらない食欲を誘う香りへと変わる。
 そして、網杓子で木桶の豆腐をすくって、鍋の中へと優しく投入した。
 そして調味料を少々・・・・酒とソイソースかしら?
 くつくつと赤黒いソースの中で、煮こまれた豆腐が踊る。
 そこへ、先ほど受け取っていた蒜芽、だったかしら? ニラに似たその野菜をぶつ切りにし、放り込んだ。
 ふわりと、新鮮な香味野菜の香りが広がる・・・少しにんにくの芽に似た香りだが・・・

「ねぇ浅黄、あれってひょっとして? ニンニクの一種?」

「はい〜、葉ニンニク言いまして、普通のニンニクと違うて、葉っぱ食べるニンニクなんですわ〜、珍しいでしょ? こっちの大陸では作っとらん野菜なんですわ」

「へぇ〜、実がないニンニクもあるのね・・・・」

 今度苗を取り寄せて、畑に植えてみようかしら・・・・と考えるうち、仕上げはすすむ。
 鍋の中は、唐辛子の赤、豆腐の白、葉ニンニクの緑が混ざり合い、見事なコントラストを生み出している。
 そこに、水溶き片栗粉・・・・とろみ付けね。
 同時に、ふいごを強く踏みしめ、全力全開の強火で鍋を一気にあおる!
 油が鍋の縁で弾け、さらに胃を揺さぶる香りが強くなり、同時に焦げるか焦げないかのギリギリのラインで生まれる香ばしさすらも漂う。
 表面にルビー色の唐辛子油が浮かんできた・・・その刹那、いつの間にか用意された白い深皿に、盛りつけられていた。
 その上に振りかけられるのは・・・・この匂いは、山椒の粉?
 ジパングでウナギを食べた時に使った、舌の痺れるあの香辛料の香りに似ているが・・・
 此方のほうが少し香りと風味が強い気がする。

「お待たせいたしました。【麻婆豆腐】です」

 手づから、二人分の麻婆豆腐と炊きたてのほかほかのご飯、そして氷水をテーブルへと運ぶレイジ。

「待ってたで〜♪ はよはよっ♪」

 尻尾を振って大喜びの浅黄。
 調理過程、そして彼女の反応を見る限り、これは期待が持てそうだ・・・・

 私達のテーブルに、ご飯が、氷水が、スプーンが、そして麻婆豆腐が置かれる。

「ごゆっくりお召し上がり下さい」

 言って一礼し、キッチンへと戻ってゆくレイジ。
 わたしは、ゴクリと唾を飲み込みながら、改めて目の前の【麻婆豆腐】へと向きあった。

「これが・・・・麻婆豆腐・・・・」





 立方体の小さな豆腐、それを浮かべる微塵切りの豚肉、濃緑色鮮やかな葉ニンニクに、香り高い粉山椒、そして、周囲につややかに浮かぶトウガラシ油。
 調理中から漂っていた食欲を誘う香りは、今ここ、目の前へと運ばれてきたことで、頂点に達する。

「・・・・・」

 浅黄から向けられた視線に、コクリと頷き、

「「――――戴きます」」

 二人の声が重なった。

 スプーンを差し込んで、麻婆豆腐を一口すくい上げる。
 立ち上る湯気が熱々であることを教えてくる。
 口の中を焼かぬよう、フゥフゥと息を吹きかけ、少しだけ覚ますと、一気に口に放り込んだ。

「ハフ、ハフッ・・・・」

 ――瞬間、私に電撃が走る――っ!

 熱々の麻婆豆腐を口に含んだ瞬間・・・・・辛い! 
 想像はしていたが・・・辛い、激辛だ。
 一口口に含んだだけで、額にはびっしりと汗のしずくが浮かんでいる。
 舌をピリピリっと焼くような唐辛子の辛さ、そして舌をシャーっと痺れさす、以前ジパングで食べたものよりもずっと強力な山椒の辛さが一気に押し寄せる。
 だが、その辛さを上回るタレやひき肉の香り、旨味が口の中にいっぱいに広がり、ふんわりとした極上の豆腐の甘さ、クリーミーさ、水分が辛さを中和し、渾然一体となって舌の上に極上の幸福を残し、楽しませる・・・・
 次の瞬間、私は無意識に熱々のご飯に手を伸ばしていた。
 口の中に麻婆豆腐がわずかに残る内に、一口、ご飯をスプーンで救って口の中へ。
 炊きたてのご飯を噛み締める、口の中で麻婆豆腐と混ざり合ってゆく。
 そして、次の瞬間、米の甘みが、旨味が、豆腐によって中和された麻婆豆腐の奥深い辛味を蘇らせ、十二分に引き出し、堪能させる・・・・・
 もう、止まらない。
 麻婆豆腐を食べ、ご飯を食べて、時折口直しに氷水を含み、麻婆豆腐とご飯を交互に口へと運んでゆく。
 何かに取り憑かれたかのように、一心不乱にスプーンを口へ運び続ける・・・・

「――――ご馳走様でした」

 気がつけば皿は空になり、私たちは氷水を飲み干して一息ついていた。
 顔が火照って、熱い・・・・
 滴り落ちそうなほどじっとりと汗をかいてしまっていた。

「はふぅ〜、今日も美味しかったわ〜」

 見れば、浅黄も額に顔にじっとりと汗を浮かべ、お腹をさすって満足そうな笑みを浮べている。

「お粗末さまでした・・・・お暑いでしょう、よろしければ此方をどうぞ・・・」

 食器を下げに来たレイジが差し出したのは・・・・キンキンに冷やされた濡れおしぼり。
 これはまた、気が引いている。

「ありがとう」

 有難く受け取って、顔や額の汗を拭う。
 火照った顔に、冷たいお絞りが当たるたび、なんとも言えない心地よさを感じる。

「あは〜、冷たくていい気持ちや〜・・・」

 浅黄は、とまるで殿方のように思い切りおしぼりで顔をごしごし拭いていた。
 さすがは行商人、なんともたくましいと言うかワイルドというか・・・。

「あ、此方サービスです、辛かったでしょうから、是非お口直しに」

 そう言って、私の前に置かれる、ぷるんとした、白い固形物が入れられている小さなガラスの小鉢。

「【杏仁豆腐】です」

「あんにん・・・とうふ? これもお豆腐なのかしら?」

 小さなガラスの小鉢を手に取りながら呟く。
 冷たい・・・・添えられた小さじ、そして器までもキンキンに冷やされている。
 心憎い程に気が利いている。

「いえ、豆腐といっても名前だけで、アンズの種で香りをつけた霧の大陸風のミルクプリン・・・だと思っていただければ。レシピは流石に秘密ですが」

 にこり、と微笑みながら答えるレイジ。

「レイジ、ウチの分わ〜?」

「浅黄さんの分もありますけど、浅黄さんからはお金取りますからね? それでもよろしければ・・・・」

「え〜、新しいお客さん紹介したんやから、その分サービスってことで・・・」

「ダメです、そういう所はきっちりしないとダメって俺に教えてくれたの、他ならぬ浅黄さんでしょ?」

「レイジぃ〜・・・・」

 瞳をうるうるとさせながら上目遣いに、レイジを見上げる浅黄。
 瞳の端には涙まで浮かんでいる・・・・

「分かりました、新しいお客さん紹介してくれたので、浅黄さんの分の杏仁豆腐は三割引で・・・」
「サービスで」
「三割・・・・」
「サービスで♪」
「四割・・」
「レイジィ・・・♪(うるうる)」
「わかりました、半額で。ラストプライスです・・・・・」

「オッケイ、んじゃ、ウチに杏仁豆腐一つ!」

 頭を抱えるレイジに対し、とてもいい笑顔で注文する浅黄。

「かしこまりました・・・・」

 振り向いて、氷室に杏仁豆腐を取りに行くレイジの背後で、浅黄は「計画通り」とでも言いそうな悪い笑みを浮かべていた。
 手にはもちろん目薬が。
 この刑部狸・・・最初から半額を落とし所に決めてたわね・・・
 プロの商人の交渉術、しかと見せてもらったわ・・・・
 でもデザート一つで、其処まで本気に成るのはどうなのかしら?

「ハムッ・・・・」

 そう思いながら杏仁豆腐を一口。

 ――瞬間、私に再び電撃が走る――っ!

 冷たくスッキリとした甘み、鼻へと優しく抜けてゆくアンズの爽やかな香り。
 そして、とろけるようなもっちりプリプリとろりんとした食感。
 そしてミルクのコクが、辛いものを食べた後の舌を優しく、ねっとりと愛撫するように纏わりつき、優しく、癒してゆく・・・・・
 訂正、これはプロの交渉術使ってでもしょうがないわ・・・・・
 そんな私の目の前で、浅黄はまるで子供のようにはしゃぎながら、運ばれてきた自分の杏仁豆腐を口に運んでいた。


 ―――――


「あら、混んできたわね・・・・・」

 時刻はお昼すぎ、ひとり、またひとりと少しずつ客が入り始める。
 どうやらこの店は流行っているらしく。客足は途絶えること無く、あっという間に満席に近づいてゆく。
 どうやらレイジは一人で店を回しているらしく、注文取りから料理出しまで、バタバタと動き始めた。

「そろそろ御暇させてもらうわね。ごちそうさま、美味しかったと彼に伝えておいて、今忙しいみたいだから」

 代金をテーブルにおいて、立ち上がる。

「いえ、よろしければ、お友達誘ってまた食べに来たってください。うちの方も霧の大陸の食材でしたらなんでも揃えてお届け出来ますんで、御用がおありでしたら、名刺の方にご連絡を〜」

 さすがは商人、抜け目がない。
 まぁ、最初はこうして新規顧客の開拓と、この店の宣伝が目的だったとは思うが、完全にそれだけでは無いはず。
 純粋に同じ食いしん坊として美味しいものを紹介したいという思いも負けては居なかったはず。
 それに、私としても素晴らしい料理を出す店と、霧の大陸の食材を商う行商人と知り合えて、お互いに悪い取引では無い、Win-Winだ。

「ええ、縁があればまた、いずれ・・・・」

 深々と頭を下げる浅黄を横目に、店の外に出る。
 そして、完全に戸が閉まる前に、少しだけ店内の様子を覗き見る。

「あ、レイジ〜! ウチ手伝うわ。ほら、ウチの割烹着そこにあるから、とって〜」

 浅黄が、なぜか置いてある自分用の割烹着を身に付けて、給仕の手伝いを始めていた。

「すいません、いつもありがとう、浅黄さん」

「ええってええって、気にせんといて~、お得意様へのサービスみたいなもんやし」

 そう言って、二人で店を切り盛りする姿は、どう見てもお似合いの夫婦にしか視えない。
 おそらく、店の客達にもそう写っているのだろう。
 なるほど、彼女の言っていた、外堀とはこのことか・・・・
 いや、これだけではないはず。
 先ほど、食後のお茶を飲んでいる時、気がついてしまった。
 この店の家具、器、酒、食器、割り箸、スプーンはおろか、小物や調理器具にすら、全てに浅黄の葛籠に描かれていたエンブレムと同じ、おそらく、浅黄が取り扱う品である証がうっすらと彫られていたことを。

 普通、こうした独占を防ぐために食材でも複数で分けて業者で仕入れるべきなのに、この店は食材どころか消耗品や食器、酒に至るまで、おそらく仕入れのほとんどを浅黄が独占している・・・・
 逆に言えば彼女に逆らえば店は一切回らなくなる、いわば生殺与奪権を握られてるも同じ。
 なるほど、これも彼女の言う外堀の一つなのか・・・・これほどの外堀包囲網・・・もう間違いなく、逃げ場はない、チェックメイトまでは秒読みのはず。
 彼が店ごと彼女のものに成る日はそう遠くない。

「まぁ、絶対に幸せになると思うけどね・・・・あの二人なら・・・♪」

 お幸せに・・・・と密かに呟いて、私は店の戸を閉めた。


 なお、しばらく後、ナーラのもとに、ある港町で、夫婦が切り盛りする【麻婆豆腐専門店】が絶賛大繁盛であるという情報が届くのだが・・・それは、もう少し先のお話である。




【FIN】
13/06/13 00:13更新 / たつ

■作者メッセージ
人の褌で相撲をとることの難しさ・・・・・
人様のキャラをお借りするのがこんなに精神すり減らすと学びました、たつです。
とりあえず、自分の本職を趣味に活かそうと思い、調理描写に力入れてみました。
読み終わった読者様が、麻婆豆腐を食べたくなっていただければ幸いです。

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