連載小説
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三眼
瞳に監禁されて、三日と経った。
俺が解放される兆しはなく、毎日勉強を教えてもらう日々だった。
その中で、色々と卑猥なことをされたりもしたが、本番までもつれ込むようなことはなかった。
正直、俺が理性を保てていることに素直に拍手を送りたい。瞳の裸体や情欲をそそる行動によく耐えられたものだ。とは言え、俺の理性は薄氷一枚で支えられているようなもの。もし、瞳に誘われたら耐えきれるかどうか。
襲いかからないという自信は、全くない。

日中は瞳は学校に行っているので、俺は無人の家に一人きりだ。トイレ等もあるため首輪は解除してくれている。しかし、首輪に込めた魔術と同様のものが外への鍵に掛けられているらしく、俺は外には出られない。

なんせ、暇だ。俺は一人きりで暇を持て余し、テレビを見るか本を読むかしかないが、それも飽きた。昼ご飯は瞳の作りおきがあるから問題ないが、暇はどうしようもない。なにもしないでいいのは楽だけど、一人だとかなり寂しいぞ。
せめて瞳がいてくれたら。
と俺は、俺を暇にさせている元凶を求めている。苦笑するしかない。

「瞳もなんでこんなことを……」

さっぱりだ。何度聞いても教えてくれないし。
魔物娘化した理由も全然教えてくれない。頑なに口を閉じて、俺が折れるしかなかった。

もし、仮に。仮に瞳が俺のことを好きだとして。

「……」

自分で言っていて恥ずかしい。けど考えるのはやめない。少しでも瞳のことを知りたい。

なんで魔物娘化したんだ。
本当に好きだとしたら、瞳は俺に襲いかかって無理矢理にでもセックスをするはずだ。魔物娘とはそういう存在じゃなかっただろうか。これと決めた人を徹底的に愛しまぐわう存在じゃなかっただろうか。
でも、瞳はそんなことをしない。いや、普通じゃ考えられないエッチなことはしてくるけど。恋人でもここまでやらんだろ、っていうくらいのことはしてきてるけど。
それでも、俺を無理矢理犯すということはしてこないんだよな。
魔物娘はその辺りの自制は効くものなのだろうか。

いや、もしかして。

瞳は別に俺をどうこう思っていないかもしれない。好きとか嫌いとか関係なくて、ただ幼馴染みとして魔物娘として遊んでいるだけなのかもしれない。
だとしたらすごい恥ずかしいな、俺。
こうして、やきもきしてるのが滑稽にしか見えない。
でも普通なら、幼馴染みだからといってここまでしないよな。それは魔物娘だからすることの幅が広がっていることなのか。魔物娘博士でもあるまいし、この俺にわかるわけないか。

考えれば考えるほどどつぼに嵌まる感じだ。時間はあるとはいえ、これでは答えなど出るとは思えない。瞳とどうなりたいんだよ、俺は。

「瞳、す、す、…………すきやき」

無理無理!言えるか!言わされることはあっても、俺から言えるか!
でもなぁ、この気持ちはな。昔の瞳に対してなのか、今の瞳に対してなのか、それが判然としないんだよな。
だから困る。

口では瞳がどんなになっても気にしないと言った。でも、それが本当に俺の本心なのか俺にはわからない。自分が理解できない。疑わしい。

メドゥーサという魔物娘になった瞳を、俺は本当に受け入れることができるのか。
本当に俺は瞳をまっすぐに見れるのか。
あの眼を見返すことができるのか。
胸を張ってこの気持ちが本心だと言えるのか。

怖い。俺の気持ちが俺の本心ではないと考えると怖い。
憎い。はっきりとしない疑わしい自分が憎い。

俺にもっと素直さがあれば。なまじ理性なんかなくて、もっと本能で、この気持ちに従順であれば。
そうであれば悩むことなんてないのに。

俺は狂おしいほどに胸を掻き毟り、ベッドに寝転がる。寝れば問題が解決するわけでもないのに。


―♪―


異変に気づいたのは、寝返りを打った頃。昼前だろうか。

窓にいた。

怖い怖いお姉さんがいた。

「みぃつけぇた」

闇が象ったような深い黒色のショートカットの髪。それ同じ色の悪魔のような羽。にやりと笑むその顔は、聖職者を堕落せしめんとする娼婦のごとき悪魔の表情だった。
世浪桃花さん。俺の一個上の先輩で、俺に好意を寄せてくれている人物。
その人に俺がここにいるのがバレた。

「学校に来ないからどうしてかと思ったら、こんなところにいたのねえ。風邪で休みなのも嘘ってわけだ」

「世浪さん、どうしてここに」

窓は開いてない。だから小声で言った俺の声は聞こえないと思ったのだが、

「怪しかったからねえ。石神さんが。君が来なくなった翌日から魔物娘に変わってるんだよ?しかも、君と石神さんは幼馴染み。なんかあったと考えるのが普通だよ。とは言え、気づいたのは今さっきだけどね。確証もなかったけど正解でよかったわ」

世浪さんはそう言いながら窓に手をかけようとする。すると、
バチンッ!
その触れた辺りから電流のようなものが走り、世浪さんの手を弾いた。
しかし、世浪さんに驚いた様子はなく、薄笑いを浮かべている。

「中は出さず、外は入れない。監禁用の結界か。なるほどねぇ。龍郎くん、石神さんに監禁されてるんだ?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、私が出してあげるねー」

はい?

「ふふ、なかなか強めだけど監禁の結界としては甘いかな。この手の結界に一番重要なのは外から見えないようにすることなんだから。……石神さん、あなたと私じゃ、魔物娘としての年期が違う」

世浪さんは闇の衣のような靄に包まれた拳を、窓に叩きつけた。電流が火花のように飛び散り、そして、ガラスのごとく弾けた。

「ごり押し完了ー」

世浪さんは窓を引き、宙に浮いたまま部屋に入る。下足は脱いで、外においたようだ。

「ハロー、愛しのマイダーリン。助けにきたよー」

「頼んでませんよ」

「お礼にぃ、私をもらってほしいなぁ」

聞いちゃいねえ。

「って、ちょ、なにするんですか!」

「なにってえ、私を食べてもらうのよ。じゃあ、邪魔なものは脱がないと」

「世浪さん、やめ、」

「ダメダメ。今度という今度は逃がさないんだから」

身体が動かない。
違う、逃げたくない。
世浪さんから離れたくない。

「私のチャームの味はいかがかしら?私のことが欲しくて欲しくて堪らなくなってきたんじゃない?」

身体が勝手に動く。髪色に反した真っ白な世浪さんの裸に飛び付こうとしてる。

「石神さんもバカねぇ。さっさとセックスしていたら、私のチャームもかからなかったのに。どうしてかしら?」

ひ、とみ。だめだ。なにもかんがえられない。
世浪さんが、欲しい。あのエッチな身体を貪りたい。俺の逸物を世浪さんの秘部に突き入れたい!

「さあ、私と交わろう。快楽の海に溺れましょう」

上気した世浪さんにベッドに押し倒される。俺に抵抗の意思はなかった。
世浪さんの顔が俺の顔に近づく、そして、

「なに、してる、の?」

温度が下がった気がした。
それくらい、冷たく薄く尖った言葉。
纏わりつくように鼓膜に残る。

俺は虚ろな目で、そこを見る。

「ひと、み」

メドゥーサの姿をした瞳だ。

「な、なんでここにいるの。学校にいたんじゃないのかしら」

「なに、してる、の?」

「なによ、その目、龍郎くんは渡さな、…………?」

いきなり世浪さんが喋るのをやめた。
口を半分開けた状態で動かない。何故動かないのか、自分でもわかってない様子。ということは。

「なにしてる、の?」

瞳は僕たちににじり寄り、脇にまで来ると、

パチンッ!

世浪さんの頬を思いきりひっぱたいた。
世浪さんの顔はまるでその空間に固められたように動かない。
世浪さんは眼を白黒させて驚くも、すぐに反抗的な目を瞳に向ける。
口は動かないから、目でだ。
しかし全く怖じ気づいた様子なく、瞳は無表情に手を振りかぶる。

パチンッパチンッパチンッパチンッパチンッ!!

何度も何度も何度も何度も。
瞳は世浪さんの頬をひっぱたいた。
叩かれる度に、頬が真っ赤に染まっていく度に、世浪さんの目の反抗の意志が潰えていく。
やめてと懇願する目に変わっていく。

「なにをして、るの?ねえ、なにを?ねえ、ねえ、ねえ、ねえ」

パチンッパチンッパチンッパチンッパチンッパチンッパチンッ!!

口を動かそうとしているのだけれど、動かない。瞳の眼を見てしまった世浪さんは目で懇願するしかなかった。

それがようやく瞳に伝わったのだろう。瞳が世浪さんの頬を叩くのをやめる。

しかし、安堵したのも束の間だった。

「許さない」

瞳の眼が、世浪さんの目を捉えた。
瞳の眼光に重い光が宿ったかと思うと。

「っ!」

世浪さんの身体が、先の方から石へと変じ始めた。ただ動けなくなるのとは違う。重々しい黒灰色の石になっていっているのだ。

「っ!……っ!!!」

喋れない。だから目で訴える。
ごめんなさい、と。
助けて、と。
だけど、瞳は酷薄に笑った。

「一生、固まってて」

「っ!」

ゆっくりと、徐々に、石が世浪さんを蝕んでいく。
そして、恐怖に顔を歪めたまま、世浪さんの全身は石となってしまった。

「ふん」

瞳はそれを下半身の蛇の尾で持ち上げると、外に投げ捨てる。鈍い音はしたが崩れてはいなさそうだった。

「ひ、と、み……」

「龍郎」

瞳がこちらを見る。そこにあるのは笑顔だった。
だけど違う。笑顔は瞳の本心じゃない。
だって、髪蛇たちは狂ったように牙を見せて、怒りを示しているから。

「もう大丈夫、だよ。ゴミムシは、駆除した、から。でもね、また、寄るかもしれない、から、龍郎、私のもの、にする、ね」

「え?」

「私、無しじゃ、生きてけない身体にして、あげる。私しか見えないようにして、あげる。私だけのものにしてあげる」

たどたどしい言葉がどんどんとはっきりとしたものになっていく。

「どんな女も寄せ付けない。龍郎は私だけのもの。誰もあの女もお母さんにもだって、龍郎を渡さないんだから。龍郎は龍郎は私だけのもの。龍郎龍郎龍郎龍郎龍郎龍郎龍郎龍郎」

「瞳……」

瞳の眼の色が、どんどんと暗くなっていく。光のない、濁った沼の底のような、ドロドロとしたものに染まっていく。

「龍郎は、私のことだけ考えてればいいの」

瞳が俺の頭をがっちりと掴み、俺に目を合わせようとした。
これはやばい!
本能的に俺は目を閉じ、瞳の眼を見ないようにする。だけど、

「私を見てくれないんだ。龍郎ってそんな人だったんだ。私のこと嫌いだったんだ。嫌い、なんだ」

「違う、瞳のことは嫌いじゃな」

「じゃあ、見てよ。私の眼。ねえ、見てよ。私の眼を見てよ」

声が次第に弱々しいものに変わっていく。

「私のものになってよぉ」

「ひと、み」

「私は、龍郎のためならなんでもするから。ねえ、一度だけ。一度だけでいいから」

「うぁ」

瞳の髪蛇が俺の首筋を舐めあげた。

「ねえ、龍郎ぉ。私の眼を、見てぇ」

「ひと、み……」

泣きそうな瞳に声に俺は耐えられなかった。瞳を悲しませたくなかった。瞳を悲しませるくらいなら俺は、喜んで瞳のものになる。

俺は目を開けた。

「っ!」

数センチもないほど目の前に、瞳の眼があった。暗く、深い、沼の底のような眼。それが俺をまっすぐ見つめ、そして俺を沼の底へと引きずり込んだ。俺は逃げなかった。ただ甘んじて、瞳に身を預け、沼へと引きずり込まれていく。身体が沼に囚われる。口からは泡しか出ない。淀んだ沼の底に、俺はどんどんと堕ちていく。

「龍郎は、私のもの。私だけの想いで固定する魔法。もう龍郎は、私しか見えないんだよ。私のことしか興味がなくなるんだよ。私だけで固まっちゃうんだよ」

耳元で瞳の声だけがする。それ以外なにも聞こえない。それがうれしい。瞳だ。瞳だけだ。俺の世界にいるのは瞳だけなんだ。
もう俺には瞳しかいない。

「龍郎、龍郎、龍郎、龍郎、もう私だけのものなんだから」


―♪―


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

貪られている。

俺は瞳に貪られている。

どれほど時間が経ったかわからないほどに。
その行為はセックスと呼べるかもわからない代物。
俺の堅くなった逸物を、瞳が自身の秘部に呑み込ませ、腰を振る。

それだけ。
それ以外はなにもしない。

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

瞳は腰を振り、俺は固まったままその快感を受け、白濁した欲望を瞳にぶちまける。
それでも瞳は腰を止めず、俺の逸物をただ無心に搾り取ろうとした。それ以外の行動はなにも不要だと言いたげに。

「あ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

手を繋ぐことも、愛の言葉も、キスもない。
ただ瞳は腰を振り、俺は欲望を吐き出す。

生きているのかも死んでいるのかもわからないような、そんなセックスだった。



俺は泥のまどろみの中を漂っていた。
意識はぼやけている。
だけど、思うことはあった。

ごめん。

瞳に対してだった。

俺がもっと早く答えを出していれば。いや、己の心に臆病にならなかったら。
瞳を悲しませることなんてなかったのに。痛ましい表情をさせることなんてなかったのに。

瞳の、想いを固定する魔法は解けている。
だからこれは俺の本心。

俺は、瞳のことが好きだ。

たまらなく、それこそ瞳以外誰も要らないくらいに。
俺は瞳のことが大好きだ。一生、傍にいたい。

でも、こんなのはいやだ。

一緒にいるのに、うれしいはずなのに、悲しくなるのはいやだ。

瞳の悲しそうな顔を見るのがいやだ。
苦しそうに腰を振る姿を見るのがいやだ。

瞳。瞳。

届かないのか。俺の言葉は。もう手遅れなのか。
瞳に、この想いを伝えることはできないのか。

俺の想いを、瞳に。


―♪―


遠くで音がした。なにかがぶち破られるような音だ。瞳の腰の動きが止まる。怒号が聞こえる。言い争う声。俺の逸物が瞳の秘部から抜ける。ややあって、俺の身体が誰かに起こされた。
なにが起きているんだろう。わからない。俺と瞳だけで閉じているこの世界に、誰が入り込んだんだ。なにをしているんだ。

「…………」

なんだ?光?目の前に光が差し込む。誰だ、俺を沼から引きずりあげるのは。

「だ……ょぶ……いし…………」

「お、ろ……おき……も、だい……うぶ…………」

声もする。瞳のじゃない。誰だ。男?男。新橋知憲?

「もう大丈夫だよ」

「…………ともあき?」

真っ白な光が弱まり、鮮明な光景が広がる。目の前には新橋知憲の顔があった。安堵した表情を浮かべている。

「俺……」

「石化消しの薬を飲ませたから。ごめん、僕のせいで。煽るんじゃなかったよ、まさかこんなことになるなんて……」

身体は、動く。俺はパンツだけを履かせてもらったようだ。

「瞳は……?」

知憲の視線が俺から別のところへ移る。
節々が悲鳴をあげるのに耐えながら、俺は身体を起こす。
知憲の目線の先は部屋の隅。入り口からは対角線の場所。
頬を腫らした、裸の瞳がいた。
その表情は憎しみに染まっている。歯をむき出しに、険しい目をドアの方へ向けていた。
その先にいるのは、二人の男女。
一人は世浪さんだ。
もう一人は長身の黒衣の男だが、見覚えがない。容姿からして二十歳はいっていそうだ。

「あの人は探偵の人だよ。君を助けるために呼んだんだ」

「……俺を」

俺を助けるために?

「あなたのやったことは間違ってるわよ、石神さん」

「うるさい、色情魔……私の邪魔するな」

「あなたは今、おかしくなってる。それを放っておいたらおかしくなるわよ」

「黙れ!」

俺を助ける?

「本当にやるのかい?魔物娘とはいえ、女の子を組伏せるのは気が引けるんだけど」

「危険な状態よ。悠長なこと言ってられない。それにあいつをなんとかしないと、龍郎くんを助けられないじゃない。また監禁される」

「組伏せたあとはどうする」

「気絶させるから。後のことは私に任せて」

「龍郎を返せっ!」

二人が相談しているうちに、瞳はこちらへと眼を向ける。蛇の尾をバネのようにして、俺と知憲に飛びかかってくる。
しかし、探偵は速かった。

「悪いな」

一瞬のうちに俺らと瞳との直線上に割り込むと、飛びかかる瞳の伸ばした手首を掴む。そして瞳の胸に手の平を当て、勢いを殺すのではなく利用することで、瞳を持ち上げ、その力の方向を転換。うつ伏せに床へと叩きつけた。
叩きつけたあとも早く、瞳の首根っこと、蛇の尾を動かせないように床へと押さえ付けて、腰の辺りに馬乗りになった。瞳が何度もがこうともガッチリと縫い付けられたようにして、身動きできなかった。

「悪いが、少しの間じっとしていてくれ」

「じゃあ、眠ってもらうからね。あなたのためにも、龍郎くんのためにも」

俺のため……。

「離せ!離せ離せ離せ!」

「暴れたら注射打てないよ。大丈夫、危ないのじゃないから」

「う゛ぅー!」

組伏せられた瞳が、眼に憎しみを込める。
それは全てを呪わんとする呪詛の眼。
怒りと憎しみに濁った、闇色の眼。

だけど、俺にはそれが別のものにしか見えなかった。憎しみを向けているだけとは思えなかった。
あれは、助けを呼ぶ眼だ。
そうだ、助けがいるのは俺じゃない。

「早くしてくれ。腕が疲れ、っ!?」

だから、俺は動かずにはいられなかった。

殴りかかった俺の右の拳は、探偵の黒い革手袋をはめた左手に容易く受け止められてしまう。

「なに、を」

困惑しているようだった。
探偵だけじゃない。
知憲も世浪さんも。
そして、瞳も。

「当たり前だ」

俺はそう吐き捨て、左拳を探偵に向け振るった。だけど、やっぱりか。それも左手で軽々と受け止められてしまう。
俺は探偵を見据えた。そして思う。
そうだ。当たり前のことだ。
俺がこうするのは当然のことなのだ。
だから、それを全員に伝える。

「男が惚れた女を守るのは当然だろ」

俺は頭を振りかぶると、探偵の頭に向けて加減なく頭突きをした。

「ぐっ!」

手が塞がっていて、俺と対面していた男はかわしようがない。もろに俺の頭突きを受けて、身体を痛みに浮かす。
その隙に、瞳は身体を器用に這わせて俺の後ろへと回った。

「待ちなさ、」

俺の脇を通り抜けようとする世浪さんを、俺は身体で遮る。

「瞳には指一本触らせない」

「龍郎くん、どうして。あなたは、無理矢理監禁されて、レイプされてたのよ?」

「さっきも言いました。俺は瞳に惚れてるんです」

後ろで瞳がピクッと身体を震わした気がした。

「それは、魔法で無理矢理思わされて、」

「もう解けてますよ。それに、」

俺は後ろに振り返る。
胸元に手を当てて、ぺたんと座り込んでいる瞳。その眼はもう憎しみの色はなくて、ただただ驚愕に眼を剥いていた。

「その魔法が解けたからこそわかるんです。俺は、瞳がどんなに変わっても好きなんだって」

俺は瞳の隣に座り、瞳を抱く。その冷えた身体を、暖めるようにぴったりと引き寄せた。瞳の頬が紅潮していくのが目の端に映る。

「どれだけ瞳が変わっても、俺が瞳を愛していることは変わらないって、俺はわかったんです。ずっとずっと、子供の頃から好きだった瞳を、今もこれからも俺はずっと愛せるって、俺はわかったんです」

ぎゅっと瞳を抱き寄せる。瞳は赤く染めた顔を俯かせて、石のように動かない。

「だから、帰ってください。俺たちは大丈夫です。もう大丈夫です。あとは俺たちだけでなんとかしますから」

「でも、でも」

「世浪さん」

涙目になりながら抗議しようとする世浪さんを、探偵が遮る。

「もうやめたほうがいい。本人がこう言っているんだ」

「うぅ……でも」

「やけ酒なら付き合うよ。今日は帰ろう。君の気持ちはわかってるからさ」

知憲が世浪さんの肩を叩いてそう言うと、世浪さんは渋々といった表情で頷いた。
世浪さんは探偵に連れられ、部屋を後にした。その後を歩いていた知憲がドアの入り口で止まり振り返った。

「じゃあ、学校で」

「今日はありがとな。お前たちが来なかったらなにもできなかった」

「まだ終わってないよ。ちゃんと本人に向けて想いを伝えなきゃ。それじゃあ」

「酒はやめとけよ」

意味深に笑って、知憲は部屋を出ていった。

「……………………」

「……………………」

部屋を静寂が包む。
それを立ち切ったのは俺だ。

「瞳」

「……………………」

「瞳」

「………………うん」

「お前のこと、俺は好きだから」

「っ………………うん」

「どんなにお前が変わっても、この気持ちは変わらないから」

「……………………ごめん、なさい」

「どうして謝るんだよ」

「私、龍郎に、ひどいこと、した」

「謝る必要はないよ。むしろ俺が謝る。自分の気持ちに素直になれなくて気持ちを伝えれなかった。すまなかった」

「龍郎は!わるく、ないよ。私が、むり、やり。嫌いになる、」

「ならない。お前を俺が嫌いになることは絶対にない」

「……………………」

「どうした?また俯いて」

「た、龍郎は、私のこと好き」

「ああ、愛してる」

「ぅう……じゃ、じゃあ、私と龍郎は、恋人?」

そう言うと、瞳はさらに俯いてしまう。しかし、今度は耳が真っ赤に染まっていたので、羞恥に顔を俯けているのがわかった。
その態度に俺は胸の内が暖まっていくのを感じた。同時に、いたずら心も芽生えてしまう。

「どうだろな、俺たち本当に恋人かわからん」

「え、えぇ」

面白いくらいに声を裏返らせて俺を見てくる。真っ赤な表情がかわいらしい。にやけてしまいそうになる。

「だってさ、俺は瞳のことは好きだけど、瞳から好きって言ってもらったことないもん。だからさぁ、本当に恋人なのかなぁ。瞳が俺のことを好きって言ってくれたら、恋人になれるんだけどなぁ」

「あぅー」

紅潮させた渋面で瞳は唸る。
髪蛇たちは俺にしつこく絡まったり舐めたりしてくるので、瞳の俺に対する好意はいやでも伝わってくる。だけど、俺は瞳の声で、言葉で瞳の気持ちを聞きたかった。

「瞳は、俺のこと嫌いか?」

瞳はブンブンと首を横に振る。

「じゃあ?」

そこで瞳は石のように固まる。
本当に恥ずかしがり屋だな。

「俺は瞳のことが好きだ。瞳はどうなんだ?」

助け船として瞳に問いかける。ややあって瞳は顔を上げた。でも、俺と顔を合わせようとはしない。

「…………私も、好き。龍郎、好き」

恥ずかしげに言う瞳がたまらなく愛おしくて、俺は瞳をさらに強く抱き締めた。

「ぅう……龍郎、お願いが、ある」

「なに?」

「………………キス、したい」

もう我慢できるか。

「きゃっ!」

俺は瞳を持ち上げる。

「わわ、私、重い、よ」

「ん?そうか?そんなに重くないぞ」

「蛇の尾、身体大きく、なってるから、重いはず」

しかし、そんなに重くない。余裕で持ち上げられる。まあ、どうでもいいか。
俺は瞳をベッドに押し倒した。

「あぅ……初めて、だから。優しく」

「え、初めて?」

両手で顔を覆って、こくんと頷く。
俺は生唾を飲み込んで、マジかと呟いた。

「セックスしたのにキスはまだ、だったのか」

瞳は頷く。そういえば、監禁されているときもキスをした覚えがない。
そうか、初めて、なのか。

そう思えば、なんだか無性に恥ずかしくなってくる。
瞳の顔をまっすぐ見れない。やべえ、恥ずかしい。

「龍郎、キ、キス……」

「お、おう」

「ん……」

瞳の口。頬より赤く、厚みのある熟れた唇。艶かしくそれは濡れていた。

「……ごくっ」

「たつ、ろぉ」

俺は頭を下ろす。瞳へ向けて、ゆっくりと唇を落とした。

「ん……」

唇が重なる。たったそれだけの軽いキス。それだけなのに……。

「んんっ!」

蕩けてしまいそうなほどに甘く、これだけでイッてしまいそうなほどに気持ちよく、幸せな気分が胸に去来した。
目を開けると、瞳も眼を開けた。蕩けきった眼が嬉しそうに細まる。瞳も、俺と同じ気持ちなんだ。

「ん、っはぁ……」

たっぷり一分と、軽いけども長いキスを終わらせる。

「ハァハァハァ」

名残惜しそうな表情で俺を見てくるが、俺はもう我慢できない。

「ひと、み!もう、したい。瞳としたい!」

俺はパンツを脱ごうとするけれど、瞳はそれを制止した。

「なんで?」

「うぅ、私、臭う、から、お風呂」

「俺は気にしないよ」

瞳の臭いならどんな臭いでも構わない。
しかし、瞳はふるふると首を横に振ると、俺から距離を取った。

「私、気にする、から」

むむむ。テコでも動かないという感じだ。

「しょうがない。確かに汗とか精液とかも酷いし。じゃあ、一緒に」

「ダ、メ」

「なんで?」

「一緒に、入ったら、我慢、できない。最初はベッドで、したい」

ぐふ……。やばい、かわいすぎる。

「わ、わかった。じゃあ、お先にどうぞ」

「……うん」

瞳は頷くと、するすると部屋を出ていった。
唇に瞳の味がほんのりと残っていた。
13/03/11 19:49更新 / ヤンデレラ
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