読切小説
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神々の陰謀
 部屋の中でくつろいでいると何度も感じたことがある気配がした。
「げ」
 ボクは思わず声を上げた。
「どうかしたんですのロキ?」
 小説を呼んでいたジュリアが聞いてきた。
「…すぐにわかるよ」
 明るくて活発そうな気配が2つ、快楽に溺れていながらもどことなくクールな気配が1つ近づいてくる。なんで気配だけでわかるのかって?何度もその気配の持ち主と会ってるからに決まってるじゃん。
「「ロキ兄ちゃんおっひさー☆」」
「久しぶりだねロキくん」
 現実逃避してる間に窓から小柄な影が3つ抱きついてきた。…あの、ジュリア?殺気をこめてにらみつけるのやめてくれない?
「エンジェルとダークエンジェルにまでフラグを立てるとは。わたくしとしたことがあなたの女たらしぶりを見くびっていたようですわね」
 ジュリアは怒り8割、驚き2割くらいの視線を向けてきた。いや、他に驚くことがあるんじゃない?なんでエンジェルがダークエンジェルと一緒にいるのかとか、ベントルージェなんていう親魔物領にエンジェルがいるのかとかさ。
「「お姉ちゃん誰?」」
 鏡にうつったように瓜二つのエンジェル2人組がジュリアに気付いて目を丸くする。最後に会ったときにはいなかったからね。
「多分父さんが話してたヴァンパイアじゃないかな?」
 やっぱりそういうこと把握してるんだ。さすが神だね。
「…ヴァンパイアのジュリアですわ」
 ジュリアは少し不機嫌そうに言った。3人はニヤニヤ笑いながら体を離す。やっぱりわざとやってたんだね。
「ミリーはミリエルだよ。よろしくね☆」
 髪を右にサイドでまとめたミリーがあいさつする。
「メリーはメリエル。ミリーとは双子だよ。よろしく☆」
 左にサイドでまとめたメリーもあいさつする。あいかわらず元気だね。
「ダークエンジェルのグルニエルだ。よろしくジュリアさん」 
 長髪でクールっぽいグルニエルがあいさつする。この娘も変わりないみたいだね。やっぱり双子の暴走エンジェルには苦労させられてるのかな。

「それにしてもエンジェルがベントルージェ領に何しに来たんですの?しかもダークエンジェルと一緒になんて聞いたことありませんわ」
 ジュリアは疑わしげに聞いた。少し今さらすぎるような気もする。
「安心していいよジュリア殿。私たちは主神なんかに派遣されていない。父さんはかなり魔物に寛大な神だよ」
 ジュリアはボクに視線を向けてきた。ボクがうなずくとジュリアは少し落ち着いたみたいだよ。
「「パパは楽しいことや気持ちいいことが好きだからね☆」」
「逆に快楽を理不尽な理由で制限されたり、誰かが傷つくのを見るのは大嫌いなんだ」
「…なるほど。確かに主神とは相容れませんわね」
 ジュリアは少し警戒をゆるめた。主神は快楽が嫌いで、それを理由に快楽を与える魔物を殺しているということになってるからね。…少なくとも表向きでは。
「でもそんなに魔物寄りの神ならなんでグルニエルさんはダークエンジェルに堕ちてしまったんですの?」
 確かによっぽど厳しい神じゃない限り堕天するようなことはないっぽいからね。
「あー。グルりんは快楽を求めすぎちゃったんだよ」
「それに合わせて体がダークエンジェルになっちゃったんだってさ」
 ジュリアは意外そうな目を向けた。見た目がクールなだけに想像しにくいんだろう。
「まあついついやりすぎてしまったというわけだよ。ジュリアさんにも経験があるんじゃないかな?」
 グルニエルはボクの方を見てニヤニヤ笑っている。インキュバスになったことがバレてるみたいだね。ジュリアは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。 
  
「…それで今回は誰を倒せばいいの?」
 ボクはあまり入りたくない本題に入ることにした。
「なんでそんな嫌そうな顔するの?」
「メリー達のこと嫌いなの?」
 ミリーとメリーが泣きそうな目で見つめてきた。
「君たちのことは好きだよ。一緒にいると楽しいしね。でも君たちが来るってことは教会のゴミ掃除に関することだろ」
 ボクの言葉にグルニエルは申し訳なさそうな顔をする。
「すまない。このようなことに巻き込んでしまって」
「気にしなくていいよ。君たちはあくまで伝令だし、何も知らないで対処するよりはマシだからね」
 ボクがそう言うとグルニエルはいくらかほっとしたような表情を見せる。

「…話が見えませんわ」
 ジュリアがむくれながらにらみつけてきた。自分だけのけものにされてるから怒ってるんだろう。さて、どこから説明しようかな。
「…昔レイがいるレストランで教会から変なのが来るって話したの覚えてる?」
 ジュリアは一瞬考えた後顔をあげた。
「ああ。そう言えばロキと初めて会った日にそんな話を聞きましたわね」
 どうやら思い出してくれたみたい。これなら話が早い。
「その時教会を裏で操ってる黒幕がいるって言ったの覚えてる?」
「覚えてますわ。それが…」
 そこでジュリアは言葉を切って3人を見た。どうやら気づいたみたいだね。
「…そういうことでしたのね。エンジェルを主神の使いとして教会に送り込めば誰も疑うわけありませんわね。仮に疑いを持ったとしてもそれを誰かに伝えた時点で主神に対する裏切り行為ということにして消せばいいだけの話ですわ。教会を裏から潰すのにこれほどの適任はいませんわね」
「ご名答。よくわかったね」
 ボクがジュリアの頭をなでてほめてあげると、ジュリアは幸せそうに目を細める。
「まあ教会に天使を送り込むのは男の神だけだけどね」
「それはどうしてなんですの?」
 ジュリアは首を傾げた。ボクも彼女たちと初めて会った時同じ質問をしたような気がする。
「「それは主神が人間には男として伝わってるからだよ☆」」
「女神が送った場合母とか、母上とか、お母様とか、母さんとか、ママとか、お袋とか言い間違える可能性があるからね」
 3人の説明にジュリアは納得したみたいだ。
「一体教会には何人くらいそういうエンジェルがいるんですの?」
 ジュリアの言葉にグルニエルが黒い笑みを浮かべる。
「…教会にいるエンジェルはまず私たちの仲間だと思ったほうがいい。教会の影響力があまりなかったり、魔物と教会が共存してる所なら別だけど。わざわざ私たちが手を下すまでもないからね」
「…思ったより潜り込んでますのね」
 ジュリアは心底驚いたという顔をした。

「それで今回はどこの誰が送りこまれるの?」
 とりあえず脱線していた話を戻す。これ以上説明させたら日が暮れてしまいそうだからね。
「えーと誰の所だったっけ?」
「確かゼラちんの所の人たちだと思うよ☆」
 ゼラエルの所か。たちってことは複数いるってことだね。正直めんどくさい。ジュリアは何か考えてる。ゼリーの原料っぽいとでも考えてるんじゃないかな。
「ここに今回の生贄の情報をまとめたから読んでおくといいよ」
 グルニエルの忠告の通り資料に目を通す。今回の人数は4人。そのうちボクの奇襲に対応できるのは1人しかいないっぽいね。
「今回の監視は誰?」
「「くっきーとマカろんだよ☆」」
 ジュリア。よだれたれてるよ。
「…ジュリア殿は一体どうしたんだい?」
「ジュリアは甘党だからね。クキエルとマカエルのあだ名がお菓子っぽいから反応したんだよ」
 ボクが軽くこづくとジュリアははっと我に返る。
「な、なんで監視なんかがついてるんですの?」
 ジュリアがボクによだれをふきとられながら聞いた。
「教会から送り込ませるのは魔物をむやみに殺したがる輩だからね。魔物を殺して誰かに騒がれないようにするためって名目で監視をつけてるんだよ。事前に剣を抜いた段階で殺すって脅してるから命令違反するようなやつはめったにいないけどね」
「なるほど。理にかなってますわね」
 ジュリアが納得したようにうなずいた。

「それじゃこれで帰るねー☆」
「その人たちが来たらまた来るねー☆」
 お茶を出してしばらくくつろいだ後ミリーとメリーがそんなことを言って翼をはためかせた。
「おっと。そう言えばこれを忘れてたよ」
 そう言うとグルニエルが空間から剣を取り出した。なんかものすごく神聖っぽい気配がするんだけど。
「それってもしかして聖剣ってやつ?実物を見るのは初めてだよ」
 レプリカとか、神の加護がないニセモノとかなら見たことはある。でもこの剣からはそんなものとは比べものにならないほどの聖なる力っぽいものを感じる。
「これがわかるとはさすがロキくんだね。あなたならきっと認められるだろう」
 そう言ってグルニエルが聖剣を差し出してきた。
「こんな貴重なものもらっていいの?」
「もちろん。今までの迷惑料だと思ってくれていいよ」
 まあもらえるって言うんならもらっておくよ。ボクはダークエンジェルのグルニエルがさわって大丈夫ならインキュバスでも大丈夫だろうと判断して手を伸ばした。
「思ったより軽いね」
 ボクは柄に手をかけて剣を抜いた。光り輝く刃が現れると頭に声が響いた。
『あなたが私のマスター?』
 突然聖剣から声が聞こえてきた。
「そういう君はこの聖剣に宿る魂だね」
『驚かないの?』
「まあ慣れてるからね」
 ボクは背中のヘルを示す。それからしばらく念話で会話しているような魔力の流れを感じた。
『あなたなら私の力を正しく使える。これからよろしくマスター』
「うん。よろしくね」
 ボクが答えると剣がうれしそうに発光した。
「グルニエル。この剣の銘ってわかる」
「さあ。なんならロキ殿が名づけたらどうだい?」
 うーん。どんな名前にしようかな。
「シャイナなんてどうかな?」
『シャイナ…。いい名前』
そう言うとシャイナが激しく輝いた。ヘルと同じで名前をつけると力を解放するみたいだね。
「気に入ってもらえてよかった。それじゃまた会おうねロキくん」
 グルニエルはそう告げてからミリーとメリーの後を追って飛び去った。
「…ロキも大変ですわね」
 ジュリアはお疲れ様という目で見てきた。
「もう慣れたよ」
 ボクはシャイナを背中に装着した。デスとライフが騒ぎ始めたけど宝玉をなでるとおとなしくなった。
「それじゃ適当に対策を考えとくよ。多分1人としか戦わないと思うけどね」
 相手のことを知っておくのは悪いことじゃない。まあ負けるつもりは少しもないけどね。


 それから3日後、ミリーとメリーとグルニエルがやって来た。どうやらついに来たみたいだね。
「ジュリアは身を隠してて。見つかったら危ないからね」
「でも」
「今回の相手は強敵だ。夜ならともかく昼に守りきる余裕はないよ」
 ボクが肩を叩くとジュリアは渋々うなずいた。
「…無事帰ってきてくださいね」
 ジュリアが心配そうな顔で見てくる。それ死亡フラグなんじゃないかな?
「うん。それじゃ行ってくるよ」
 ボクはジュリアの頭を軽くポンと叩いて立ち去った。そっけないとは思うけどこれ以上よけいな死亡フラグは立てない方がいいしね。
「もっとかっこいいこと言っちゃいなよー☆」
「戻ってきたら結婚しようとか、ボクが死ぬわけないだろとかさー☆」
 だからそれ死亡フラグだって。グルニエルもおもしろがってないでなんか言ってよね。
「ジュリアのことを頼んだよとでも言ってあげれば?」
 なんでボクの周りには死亡フラグを立てたがる人が多いんだろう。まあいいや。ボクはとりあえず待ち合わせ場所と言う名の狩り場に向かった。

「あなたがロキ殿ですか」
 人目につかない待ち合わせ場所に着くと、かなりナルシストっぽい騎士があいさつしてきた。確かジョンなんとかっていうムダに長い名前だったような気がする。正直どうでもいいけどさ。
「先生に会えれば勝てますね」
「今までは会う前に捕まってましたから」 
「これなら狩りができますね」
 ザコ3人が何か言ってきた。
「そうだね。まあ」
 ボクはそう言いつつ手を動かした。
「―――狩られるのは君たちだけど」
 ザコ3人は眠りのナイフに刺されて倒れた。この様子じゃ何が起こったのかもわかってないんじゃないかな。
「ろ、ロキ殿?どういうことですか?」
 ナルシスト騎士だけが剣でナイフを弾いて、ボクから距離をとった。
「どういうことってこういうことだけど?」
 ボクはすかさず魔導銃を連射した。ナルシスト騎士は最小限の動きで致命傷だけはさけた。

「くそ。天使様!この男を裁いてください!」
 ナルシスト騎士が空にいるクキエルとマカエルに呼びかけた。少しは自分で対処する気はないの?
「なんであなたなんかの言うことを聞かないといけないんですか?はっきり言ってめんどくさいんですけど」
「ロキくん。そのナルシスト倒しちゃっていいの。むしろそいつうざいからボコボコにしてくれなの」
 クキエルとマカエルはやる気なさそうに浮かんでいる。ナルシストは何がなんだかわからないという顔をする。
「まだわかんないの?あんたは初めからこの娘たちに騙されてたんだよ」
 ボクの言葉にナルシストは絶望の目を向けた。
「ば、バカな。主神がこの俺を裏切るはずがない!」
 その言葉を聞いたとたんクキエルとマカエルが嘲笑を浮かべた。
「私たち一度でも主神なんかの部下なんていいましたか?」
「あんなのの下につくなんて考えただけでむしずが走るの」
 ナルシストは顔を怒りでゆがめた。だまされたのがよっぽど許せないみたいだね。
「それならきさまらも葬らせてもらおう!」
 そう言ってジャンプしようとした。
「だから相手はボクだって」
「ぐあっ」 
 ボクは先が蛇のような形をした矛を出して叩き落とした。届くとも思わないし、空中戦で人間がエンジェルに勝てるとは思わないけどさ。
「ど、どこからそんな武器を出した?!」
 まあ普通驚くだろうね。どこをどう見てもしまうスペースがないだろうからね。
「行きつけの武器屋が武器に色々な機能をつけるのが得意だからね。収納スペースを確保するくらいわけないよ」
 この蛇矛の場合は変形かな。スイッチ1つですぐ戦闘用の形態に姿を変えることができる。他にボクが持っているこのタイプの武器は、青龍堰月刀とか、方天画戟とかがある。ボク密かにサンゴクシファンなんだよね。こんな武器を造ってるアムルもそうとうなものだけどね。

「きさまあ!教会騎士団四天王のおれ様に逆らおうと言うのか!」
 うわ。キャラ崩壊しちゃってるよこいつ。かなりめんどくさいなこういうやつ。
「だから?どうせあんたなんか『しょせん四天王最弱の男』とか、『四天王に入れたのが不思議なくらいの強さ』とか、『やつ程度を倒したくらいでいい気になるな』とか言われるレベルじゃないの?」
 ナルシストは固まった。やっぱり図星だったか。
「そ、それがどうした!それでもきさまよりは強いぞ!」
「だったら吠えるだけじゃなくて証明してみなよ」
 相手が勝手に死亡フラグ立ててくれてるんだからそれでいい。何か喋ってよけいなフラグ立てたくないからね。
「クソが!『光の矢陣』!」
 ナルシストが唱えると光の矢がボクを取り囲むように現れた。いくらなんでもヘルで全て叩き落とすことはできそうにないみたいだね。
「よくもさんざんコケにしてくれたな!死ね!」
 その言葉と共に矢が飛んできた。逃げ道はないみたいだね。こりゃ仕方ないね。
「『光輝く聖剣よ。我が敵を裁き、退く力を与えたまえ』…シャイナ。初めての実戦だけど大丈夫?」
『問題ない』
 頭にシャイナの声が響く。
「聖剣だと?!だがそれだけで打開できるわけがない。お前が死ぬことに代わりはない!」
 降り注いだ矢はボクの目の前で爆発した。思った以上にすごいね。

「どうだ!おれ様をバカにするからこんなことになるんだ。せいぜいあの世で後悔するんだな!この」
 それ以上続ける前にハンマーで弾き飛ばした。すかさず魔導銃を悪趣味に光る鎧に打ち込んだ。
「な、なんで生きてるんだ!」
 これでも立ち上がるんだ。思った以上に頑丈だね。
「さあ?なんででしょう」
 ボクはシュリケンを投げた。ナルシストはなんとか避けたけど頬から血がでている。
「よ、よくもおれ様の美しい顔に傷を!もう許せん。『魔光砲』!」
 相手の手から極太の閃光が飛んできた。
『ムダ』
 相手が放った閃光はボクの前に出きた結界に当たって弾かれた。
「な、なんだこの結界は?!」
「この聖剣、シャイナの力だよ。結界の強さは持ち主の心によるけどね」
 ボクの言葉にナルシストは驚いたような顔をした。
「だ、だったらなんで魔物と通じているきさまがこれほど強い結界を使えるんだ?!」
「正しい心を持ってるからなんじゃない?少なくともボクが掃除してるあんたみたいなゴミよりはね」
 ボクの言葉にナルシストは青筋を立てた。
「ゴミだと?!魔物を倒すという正義をなしているおれ様がゴミだと?!」
 大事なことだから二回言いましたってことかな?ここで我らって言わないあたりやっぱり自分本位のゲス野郎だね。
「ふーん。魔物と交流があるってだけで人を殺し、集落ごと燃やすのが正義ねえ。本当にこっちに回ってくる粗大ゴミは独善的で、狭量で、融通が利かない殺人狂のゲスしかいないから困る」
 ナルシストの顔が怒りに歪んだ。
「きさまにはおれ様の崇高な思想が理解できないようだな」
「おれ様の思想?教会から与えられた教えを疑いもなく鵜のみにする程度の頭しかないくせに何偉そうにしてるの?そんな程度が低い上に腐ってて下劣な妄想しか浮かばない脳みそからひねり出した答えに賛成するやつなんていると思ってるの?大体」
「黙れ!」
 ナルシストがどなった。
「人の話は最後まで聞けって教わらなかったの?まああんたみたいな心が狭くて忍耐力がないやつに三日三晩たっても言い切れない罵詈雑言に耐えることができるなんて初めから思ってないけどさ」 

 ナルシストが剣を抜いた。
「どうやらきさまとおれ様とは相容れないみたいだな」
「今さら気付いたの?血のめぐり悪すぎじゃない?」
 ボクは呪文をつぶやいてヘルを抜いた。
「ごめんね。こんなやつの相手をさせることになっちゃって」
『気にしないでいいわよ。あたしもこいつには腹が立ってるからね』
『私もサポートしますぅ』
 ボクがヘルとシャイナを構えた瞬間ナルシストが切りかかってきた。ボクはシャイナの結界で受け止めつつ、ヘルで肩を一閃した。
「ぐっ。な、なんだ今の感覚は?!」
「さあね」
 わざわざ説明する気もない。せいぜい一歩も動けなくなってから気付けばいいよ。
「クソが!」
 ナルシストが剣を闇雲に振り回した。ボクはシャイナとの念話で結界のタイミングと位置をずらしながらヘルで切りつける。攻撃の中心はナルシストの命である顔と、急所の近くだ。ボクは普段こんなふうに相手を必要以上に傷つけたり、恐怖を刻み込むようなことはしない。クエストの時はよけいな手間をかけないで迅速に倒すし、サラさんの時のように互いの信念をぶつけ合う時はどんな手を使ってでも自分の意思を押し通す。でも教会のやつらを倒す時は違う。圧倒的な力の差を見せ付けて還付なきまでに叩き潰し、骨の髄まで恐怖と絶望を刻み込む。
「グハッ!」
 少しひどすぎないかって?客観的に見たらそうかもね。善悪の区別もつかない小さいころから主神の腐り切った思想に毒されて、植え付けられた歪んだ正義感に従って教会に入った。そして主神の大言壮語で飾り立てられた詭弁を鵜呑みにして魔物を倒すために力をつけた。とり返しがつかないほど腐り切ったのは自業自得だけどこの自意識過剰野郎の腐敗が始まった原因は主神の例えられるものがかわいそうなほどの薄っぺらで、自己中心的で、これっぽちも価値がなくて、おぞましいとしか言えない目的で作られた教えが原因だろうね。だから雀の涙の一滴分くらいは同情とか憐れみとかかわいそうだって気持ちを感じてあげないこともない余地がある可能性がなきにしもあらずだと思っていた時期がボクにもあったのかもしれないような気がしないこともないよ。それにあの神の風上にもおけないゲスが信者にどれだけ強い洗脳をかけたのか想像するだけで吐き気がするボクみたいなやつが教会の人たちを非難しても説得力はないだろうしね。
「フゲラッ!」
 でもそれが何だって言うの?こいつらはベントルージェ領のみんなを殺しに来たんだよ?ジュリアや、ボクの弟子たちや、アムルや、コティや、レイや、コゼットたち大勢の魔物たち、何かを追い求めてここにやってきた冒険者たちや、マスターや宿屋のおばちゃんたち魔物と仲良くする人間たち。こいつらはそんなボクの大切な人たちに主神の薄汚い洗礼を受けた汚らわしく腐食した刃を向けた。いくら他の神のエンジェルにだまされていても害意を抱いた時点で罪なんだよ。葛藤?なにそれおいしいの?なんでそんな相手になんで手心を加えたり容赦する必要があるのか逆に聞きたいよ。残念ながらボクはそんなクソどもに対する情けなんか持ち合わせてないんだよね。
「ひでぶっ!」
 あんたの敗因はただ1つ。てめーはおれを怒らせた!なんちゃって。…あーもうだから語りたくなかったんだよね。だってこんな風に熱くなったり、激情するのってボクのキャラじゃないじゃん。こんなくさいセリフ口に出したら恥ずかしくて死にそうだよ。

「な、なんでおれ様がこんな目に…」
「力を振るわれる覚悟もないのによく四天王なんて名乗れたね。まあどうせおれ様に勝てる魔物なんていないとか覚えてたんだろうけどさ」
 静かな怒りを胸にたぎらせながら目の近くを切りつけた。もうナルシストの自慢の顔は激しく傷ついていた。
「うわ。もう二目と見られない顔になってるね。まああんたの醜い心にはちょうどいいんだろうけどさ」
 ついでにシャイナの結界を顔にぶつける。シャイナの結界は防御以外にも色んな使い方ができるみたいだね。
「『滅』」
 顔の前の結界が破裂して破片が顔に突き刺さった。敵を中に閉じ込めたら普通に結界ごと吹き飛ばせるね。死んじゃうだろうからやらないけどさ。
「い、いやだ。おれ様は死にたくない!」
 ナルシストはシャイナとヘルの力に怯えだした。この二刀流教会相手にする時くらいしか使わないようにした方がいいね。
「殺される覚悟もないのに殺してきたわけ?まあどうせ魔物相手だから何してもいいとか考えてたんだと思うけど。救いようがない傲慢さだね」
 飛び上がって顔に回し蹴りをくらわせた。着地して腹の辺りをヘルで切りつける。
「く、クソが。いい気になりやがって!」
 男は剣になんか魔力を込めだした。ヘルにかなり吸われてるはずなのによくあんな力がだせるね。
「シャイナ」
『了解』
 シャイナに指示を出した瞬間相手の剣が根元からポッキリと折れた。
「は?!」
 相手はかなり驚いているみたいだ。それも当然かもね。ボクだってここまで使えるとは思ってなかったよ。
「い、一体な、なにをしたんだ?!な、なぜおれ様の最高級の剣が折れるんだ!」
 やっぱり高いんだその剣。ムダに悪趣味な装飾があったからそうじゃないかと思ってたんだよね。
「結界を刃と柄の空間に作っただけだよ。空間の間に結界ができたら前にあったものが押し出されるのは当然じゃん」
 まあ理論上の話だけどね。それを可能にするシャイナの能力は本当にすごいよ。
『こんな使い方を考え付いたのはマスター。私はそれに従っただけ』
 シャイナがそんな言葉を返してくる。
「君がボクと相性がよかったからだよ。これからもよろしくね」
 ボクはシャイナの宝玉をなでた。
『あっ』
 シャイナは気持ちよさそうな声を上げる。
「いい気になるなよ!剣はなくてもおれ様には魔法があるんだ!『聖なる十字架』!」
 ナルシストは呪文を唱えたけど何も起こらない。
「な、なぜ出ない?!『薔薇の嵐』!『聖なる炎』!」
 魔法は全く出ない。
「ば、バカな!何でおれ様の魔力がこんなに早くなくなるんだ!」
 ふふっ。焦ってる焦ってる。今さら気付いても遅いよ。
「剣術にしてもそうだけど、あんたの魔法は見た目は派手だけど魔力を大量に消費するし何よりムダが多すぎる。どれだけ魔力があっても大技ばっかりつかってたら魔力がなくなっていくに決まってるじゃん。その上この魔剣ヘルに魔力をかなり吸い取られてるんだから切れるのは当然だよ」
「くっ。卑怯な!」
 そんなことボクが敵だとわかるとすぐエンジェルに頼るような騎士道精神のかけらもないようなやつに言われたくないね。
『卑怯?気付かなかったあんたが悪いんじゃない』
『ちゃんと確認しないからこういうことになるんですよぅ』
 デスとライフもナルシストをけなしている。まあ自分の魔力残量も確認しないなんて基本を怠ってたんだからムリないけどさ。

 ボクはヘルとシャイナをナルシストののど下につきつけた。
「た、頼む!い、命だけは」
「あんたは魔物の命乞いに耳を傾けたことあるの?自分は殺してきたくせに見逃してもらえるなんて考えるなんて虫がよすぎるよ。そんなことを少しでも考えられるなんてどういう思考回路してるのか知りたいんだけど」
 ナルシストは無様に震えつつにらみつけてきた。そんな顔で見られても嫌悪感しか感じないんだけど。
「おれ様は自分の正義に従って魔物を葬っていただけだ!」
「ふーん。だったらボクがあんたみたいな頭が腐ってて、殺人狂で、傲慢で見栄っ張りで、生かしても害悪しか生み出さないようなやつを正義に従って斬っても文句は言えないよね」
 ナルシストは顔を青ざめた。
「お、おねがいします。なんでもしますから」
 もうプライドもへったくれもなく命乞いしてる。完全に心が折れたみたいだね。
「ボクにはあんたなんかを斬る気ないよ。殺す価値もないし、ここを血で汚すわけにもいけないからね。大体ボクのルールにも反する」
 そもそも命を奪うと堕ちた神々に何言われるかわからないからね。
「だ、だったら」
 ナルシストは顔を上げる。
「うん」
 ボクはにっこりと笑って身に着けている武器を出した。
「―――死んだ方がいいと思うような目に合わせてあげるよ」
 ナルシストの悲鳴が空しく響いた。

         おわり 
10/04/09 18:00更新 / グリンデルバルド

■作者メッセージ
一応伏線を回収してみました。念のため言っておきますけどこの天使たちを送り込んだのは手のひらの上の戦場とは別の神です。あの神はここまで軽くありません。

後聞きたいんですけどなんで多くの神々がエンジェルを送りこんでまで主神の思惑を阻止したいのかとか、どうして他の神々のエンジェルがここまで主神を嫌ってる理由とか書いてしまっていいんでしょうか。主神の影の薄さとかミステリアスさとかを残した方がいいのかとか、一応図鑑世界の設定に矛盾してないけど激しくキャラ崩壊してる主神を書いてしまってもいいのかとかかなり迷ってます。できればご意見くださるとうれしいです。

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