連載小説
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0話:ぐうたら愚者は夢を見る。
 


 俺に相応しい仕事はきっとある。
 ただ、それが見つからないのは俺のせいじゃない。
 俺の価値が分からない社会のせいなんだ。
 
 

 俺は悪くない。

 

 

 2ヶ月前、自分はいつもと変わらない日常にうんざりしてた。
 変わらない時間に起きて、
 変わらない食事を摂って、
 変わらない通勤風景を見る。
 ずっと続くと思っていたからこそ、変化を望んだ。

 例えば空から女の子が降ってくるとか。
 例えば異世界への門がいきなり目の前で開いて自分はその世界でヒーローになるとか。
 例えば人生のやり直したい所まで戻って自分の人生を勝ち組にするとか。
 例えばもっと身近に職場やご近所の美女美少女にモテてモテてモテまくってハーレムを作るとか。

 自分が自分の人生を自分らしく輝けるような変化を望んだ。
 
 だから断じて間違っている。
 あんな、俺の輝きを潰すような変化は人生の間違いでしかない。
 きっと神様って奴が俺の才能を妬んで手を打ったに違いないんだ。
 俺の何処に問題があったのか。

 
 ―――『君には今の担当部署を外れて貰いたい』
 
 
 今まで外回りだったが成績が伸びず、社内の資料室へ転向させられた。
 通称『墓場』と呼ばれるそこは、用が済んだ企画書やら滅多に使わない行事物やらが安置されており、入ったらほぼ確実に一般の事務職にすら復帰出来ないと言われていた。
 そこに部署移動するという事は最早会社から何も期待されていない、無能者という烙印を背負わされる事となる。
 当然抗議した。
 
 「自分は実直に仕事をこなし、今の部署にも遣り甲斐を感じています。誰よりも努力したつもりですし、その自負もあります」
 
 足を棒にして、駆け摺り回って仕事を得てきた。
 何度も売り込み先に頭を下げてきた。
 全部会社の為にした事じゃないか。
 その自分が、何故こんな目にあう。

 ―――『君の努力は買おう。その姿勢は他の者も見習うべきかも知れないな』

 そうだろう。他の連中のように昼休みに群れて談笑するより、さっさと済ませて売り込みに行った方が効率的じゃないか。
 
 ―――『しかし、如何せん努力だけだ。結果が追い付いてない』

 「…確かに結果は芳しくありません。でも巻き返します!」

 自分の努力は他の連中とは違うんだ。
 あんなダラダラ休んでたんじゃ業績なんて伸びない。
 身を削って働く奴には、必ず結果は付いてくる。
 自分はこの会社の誰よりも身を削って働いているんだ。
 誰よりも結果が出る筈なのにまだ出ないのは、その結果が出るまで時間が掛かってるからに他ならない。
 何故この上司はそんな簡単な事が分からないのか。
 
 ―――『…君が入社して、もう1年位かな?』

 「はい。ですが、もうじき2年です」

 ―――『そうだったな。では、言い方を変えよう。君は今の部署に向いていない』

 「!そんなっ!業績が伸びるのに時間が掛かっているだけです!今に結果を…」

 ―――『それだよ』

 一体何なんだ。何でこんな事を言う。
 何で、思い出させる。

 ―――『熱意が変わっていないのは素晴らしい。だが、結果が伴わなければ意味が無いと思わないか?』

 ……何を言っているんだ。大事なのは結果じゃない。努力したという経緯だ。努力そのものだ。
 結果なんてすぐ出るもんじゃない。自分は特に人より結果が出にくいんだ。
 なら、評価するなら努力そのものじゃないと正統な評価とは言えないじゃないか。 

 ―――『君より後に入社した後輩達も、もう君より結果を出している』

 …止めろ、言うな。

 ―――『もう一度言う。君に今の部署は向いていない。異動し給え』

 自分は頑張ってるんだ。誰よりも頑張ってるんだ。
 何で認めてくれないんだ。

 ―――『もし異動が不服なら、残念だが君には―――』

 その、先を

 「言うなあああああぁぁぁぁぁっ!!」

 





 「あああぁぁぁぁぁ……」
 
 自分の声で目を覚ますのは、これで何日目だろう。
 空を掻く両手は、そこに居もしない男の首を絞めようとしていた。
 荒い息遣いで知っている天井を見る。

 はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…」

 ここは、俺の部屋?
 
 ―――夢、か。

 「クソ…何でまだあんな…」

 時刻は、真夜中だろうか?カーテンを閉めているとはいえ随分と暗い。
 最悪な寝覚めだ。
 
 2ヶ月前、自分は確かに変わり映えの無い人生を歩んできた。
 しかし何処でどう間違えたのか。
 端的に言えば俺、細井 一成(ほそい いっせい)は職を失った。
 
 理由は些細なものだった。
 職場環境が合わない。同僚と話が合わない。相手先と時間が合わない。
 色々な些細な事が重なって、結果として職を辞する事となった。

 別に俺が悪いわけじゃない。
 強いて言えばタイミングが悪かったとしか思えないからだ。
 ひたすら仕事一筋に打ち込んで、仕事の評価は最低ランク。
 理由はどれも結果が出るのに時間が掛かる案件ばかりだったからだ。
 結果が出るのに時間が掛かる以上、他の連中と比較して取ってくる仕事の量は少ない。
 ある意味仕方のない状況なのに、上司からは無能の烙印を押されて会社の墓場への異動を命じられた。
 
 それが我慢ならなかった。
 
 身を粉にして働いた俺の努力を、あいつ等はまるで理解しなかった。
 一言目には結果、二言目には業績だ。
 あいつ等こそ本当の無能だ。俺の本当の価値なんてまるで分かってない。

 そう思ったら辞表を提出していた。
 墓場に埋められるなんてこっちから願い下げだ。
 他の会社に就職して、俺の努力が如何に会社を支えていたか分からせてやる。
 未だに経営が傾いた等の話は聞かないが、そんなもの公表する馬鹿は居ない。
 きっと内部はもうズタボロだろう。ざまあみろ、だ。

 俺は自分を捨てた連中をひとしきり罵るとまた床についた。

 ―――急に下り坂に入った俺の人生を忘れたかったから。




 起きたのは昼頃だった。
 両親はつい昨日、七泊八日の温泉旅行へと向かっていったので家の中が妙に広く感じられる。
 居間に入ると既に朝食が準備してあり、書置きが添えられていた。

 
 『学校に行く、メシ作ったから食え』

 
 …どうやら、弟が準備したようだ。
 これから一週間程アイツと顔を突き合わさなきゃならないのは気が滅入る。
 苦笑いしながらも許してくれた両親とは違い、アイツは俺が仕事を辞めた時汚物を見るような目でこちらを見ていた。
 
 ―――『次がある、ゆっくり仕事を決めろ』。父さんはそう言ってくれた。
 ―――『貴方なりの考えがあったんでしょう?自分のペースでやりたい事を見つけなさい』。母さんはこう言ってくれた。

 理解ある両親とは違い、アイツだけは何も自分に言わなかった。
 
 慰めも無い。
 叱咤も無い。
 激励も無い。
 罵倒すら無く、ただ軽蔑の眼差しを向けるだけ。

 家族でありながら俺の価値を理解せず、愚か者共と同じ目を向ける。
 
 「父さんも母さんも、何でアイツのお守りを俺に押し付けるかなぁ…」

 理解ある両親だが、これは愚痴らずには居られない。
 まぁいい、まずは洗顔。その後食事だ。
 朝の活動源なのだから疎かにしてはいけない。

 ふむ、今日はベーコンエッグに漬物に豆腐と葱の味噌汁か。
 白飯は保温してあるようだし、ベーコンエッグをフライパンに戻して火に掛ける。
 俺の好みとは程遠い震えるくらいの固さの黄身だが、こうして火に掛ければ暖め直すのと同時に適度な固さに調整できる。
 相変わらずアイツは自分の好みを押し付ける奴だから、こうして自分で調整しないといけないのが難点だ。
 そうだ。味噌汁の鍋も弱火で温めておこう。
 こういう時間調整も出来る俺をアイツは見習うべきだ。

 
 


 

 ―――さて、つつがなく食事を終えたが今日も職を探さなければならない。
 
 何時までも無職では格好がつかないからな。
 食器はシンクに置いておけばいいから取り合えず腹ごなしに休んで…そうだな、夕方くらいから探そう。
 少し早めに出ればアイツの顔も見なくて済むし、帰りが遅ければ弟も俺の居る事の有難みが分かるだろう。
 そうと決まれば英気を養わないとな。
 
 善は急げ。部屋に戻ろうとするとポケットに入れていた携帯電話が震えた。
 あぁそうだ。目覚ましの音が五月蝿いんでバイブレーションにしてたんだった。
 しかしこの時間で電話を掛けてくる奴なんて居ただろうか?
 疑問に思いながらも通話ボタンを押す事にした。

 『よう、イッセー。お前今日暇だろ』

 「和夫か…何の用だ、俺は忙しいんだよ」

 電話の主は園田 和夫(そのだ かずお)。
 俺の高校時代からの腐れ縁からだった。
 背の高さは俺と同じ位だが、常に薄く微笑んだ人畜無害そうな表情と軽く後ろに撫でつけた髪型に普段からしっかりとした清潔感のある服装を好む為紳士的な印象が強く、学生時代から地味に異性にモテている。
 困っている人を見ると放っておけなかったり相手方の事情を時々鋭く察して行動したりと、普段相手との距離を保って接しようとする性格とのギャップもその一助かもしれない。
 特に距離を保って接してくれる性格は俺も助かっており、今まで特に破綻なく交友が続いているのは和夫の性格の割合が多いと自分でも思う。
 
 『嘘つけ。こんな昼間から電話に出れる奴が忙しい訳あるか。大方夕方まで寝過ごそうとか思ってたんだろ』

 バレてやがる。こいつは事ある毎に俺を振り回すからなぁ、あんまり付き合いたくないんだよな。

 「俺はスロースターターなんだよ。朝から晩までエンジン全開のお前と一緒にすんな。用は無いな?切るぞ?」

 『だあぁっ!ちょっと待てお前!今日暇なら遊ばないかって思っただけだ、気分転換だ!気分転換!』
 
 「はぁ?」

 こいつ大丈夫か?俺が遊びに行けるくらい余裕があると思ってんのか。
 言外に込めた感情が伝わったのか、和夫は先を続けた。

 『ほれ、郊外と住宅街の間みたいな所に有名な心霊スポットがあるだろ?あそこ行かねぇか。他にも何人か誘ってるけど今日都合つく奴があんまり居ないんだよ』

 和夫が言っている場所には俺も心当たりがあった。
 唯の更地だったのに、何時の間にか現れたゴーストタウン。
 中世と現代が融合したような造りの家屋が並ぶそこは、異界の一部とも出入り口とも噂されている。

 「まぁ、そうだろうな。で?まさかお前、こんな真昼間にそこ行こうなんて言うなよ」

 所詮噂だ。
 纏まって行動するだけでも億劫なのに、何故何もないと分かっている所に行かなくてはならないのか。
 
 『夜に決まってんだろ。女の子も誘ってるし、たまには学生の時みたいに馬鹿やって気分転換だ。夕方そっちに車で行くから、ちゃんと待ってろよ』

 「え?おい、まだ行くなんて決めてないだろ!俺にも予定が…って切りやがった、あの野郎」

 一方的に告げて切られる。
 こいつは強引な所さえなければ良い奴なんだが一度決めるとそのまま突っ走る悪癖がある。

 「誰が行くかバーカ。どうせ廃屋でビッチ共と宜しく犯る気だろ」

 女の子を誘ってるらしいが、そんなもんに釣られるか。
 俺の好みは旦那を立てる大和撫子なんだよ。
 どうせ顔もスタイルも指差して笑えるようなレベルの女を引っ掛けてきただけだろ。
 あいつの口車に乗るような女なんて高が知れてる。

 「…でも、それは別にして面白そうだよな。廃屋探検」

 学生気分で気分転換、いいじゃないか。
 名も無きゴーストタウンを懐中電灯の光一つで悠々闊歩する姿を想像する。
 他のビビリ達は逃げ出し、冷静さを失わない俺はただ一人闇夜に消える。
 時間が経っても戻らない俺に普段お気楽な和夫も焦り、残っている女の子達もざわめく。
 そろそろ警察に連絡した方がいいんじゃないか、という意見が出始める中、俺は素知らぬ顔で戻るのだ。
 
 《何もなかったよ。全く、詰まらない時間を使わせてくれたな、和夫》
 《え!?お前、何時の間に居たんだよ!》
 《ついさっきさ。…それはそうと、何でこの子猫ちゃん達は泣きそうなんだ?》
 《お前が何時までも戻らないから心配してたんだよ!もう少しで警察沙汰だぞ!?》
 《はは、悪い悪い。出来の悪いお化け屋敷みたいだったからな。つい居座っちまった。子猫ちゃん達よりも優先する事なんてないってのに心配掛けて悪かったな》
 
 俺のクールな一面と彼女達への気遣いに、女の子達は和夫そっちのけで俺に群がるだろう。
 
 《ううん、いいの。一成君が戻ってきてくれただけで私嬉しい!》
 《あー!どさくさに紛れて何抱きついてんのよ!一成君はあたしも狙ってたのよー!》
 《細井君ってクールで素敵ね…、どう?お姉さんとこの後一緒に探検しない…?》
 《素敵なお誘いです。是非ご一緒したいですが、生憎友人が待っていますので。少々失礼しますよ》

 普通の男では有頂天になるような状況だが、さり気無く友人を気遣う俺に彼女達の気持ちは益々俺に傾くだろう。

 《お前凄いモテっぷりだな…、敵わないぜ》
 《大した事じゃないさ。それより、他の男共はどうしたんだ?まさか…》
 《あぁ、逃げちまった。車で来てるのに走って行きやがったから、帰っても足がパンパンだろうな》
 《彼女達を置いてか…?なんて事だ。男の風上にも置けない奴らだな》 
 《皆が皆お前みたいな奴じゃないさ。それでどうする?お開きにするか?》

 その声を聞いて女の子達は残念そうなブーイングを上げる筈だ。

 《えーっ!あたし一成君と一緒に行きたーい!》
 《わ、私も行きたい!一成君と一緒なら…きっと、怖くないし…》
 《お姉さんも細井君と一緒が良いわぁ…。ねぇ、細井君もそうでしょ?》
 《おいおい、俺の体は一つだぜ?仕方ないな、みんな一緒に行こうか》

 空気を呼んで和夫はこう言うのだ。
 
 《はいはい、お邪魔虫は退散しますよ。車で寝てるから、終わったら起こしてくれ》

 力なく手を振り、さっさと行け、とジェスチャーする。
 
 《お待たせ。さあ、行こうか》

 普段より二割増の輝きに、彼女達の心は鷲摑みだ。

 《ふふーん♪絶対離さないんだから♡》
 《優しくして…下さいね?》
 《お姉さんは激しい方がいいわぁ♥》
 《はっはっはっ、皆纏めて可愛がってあげるよ!》

 
 
 …いいじゃないか。
 俺がこの上なく輝くイベント!非常に良い!!
 和夫め、こんなおいしい企画を用意してくれるなんて。
 仕方ない、あいつが俺の為に用意したんだ。ここは一つ乗ってやるのが親友というものだろう。
 夕方なら入れ違いで愚弟にも会わない。
 タイミングは完璧だ。

 「待ってろよ、子猫ちゃん達。今夜は寝かさないぜ?」

 風呂に入って身嗜みを整えて服も見繕わないとな。
 ああ、忙しい。これじゃ仕事を探しに行けないじゃないか。
 全くいつもタイミングが合わないのは、本当に何とかならないのか。












 和夫の運転する車は大型で、5〜6人は楽に乗れる座席が付いていた。
 乗り心地もよく、車の性能だけではなく運転する人間の技量の高さが伺える。
 もうじき目的地に着くのだろう。
 住宅街から離れ、流れ行く情景は運転席と助手席以外の空いた席と同じくとても閑散としている。

 「あー…すまん。まさか全員ドタキャンされるとは思わなかったんだ」

 窓の外は既に暗くなり始め、鏡のように車内を薄く映す窓には不貞腐れた自分が居た。
 和夫は苦笑いを浮かべ運転しながら尚も続ける。
 
 「でもホラ!野郎共は時間合わなかっただけだ!ちゃんと来るから、そんな気を落とすなよ!」
   
 コイツ、分かって言ってないか?普通に考えて男所帯だけで何が楽しいんだよ。
 汗臭いしヤニ臭いし腋臭臭いし良い事なんて一つもないだろうが。
 何?ホモなのお前。

 「…で、女の子達は何で来れないって?」

 最早建物が黒く塗り潰されるような光景しか映っていない。
 外の光景のように暗澹たる気分なのだから、不機嫌な声が出るのは致し方あるまい。
 俺は和夫のイベントに期待していたのだ。
 いつもそうだ。凡人共はこうやって俺の輝きを潰しに掛かる。
 何故遠回しでなく直接やらない。陰湿にも程があるだろう。
 和夫は誤魔化すような乾いた笑い声を出しながら答えた。

 「いや、最初はあの子達も乗り気だったんだよ。でも、何かグループの中の一人が急に、さ」

 「?体調でも悪くなってその付き添いか?逃げ道としては在り来たり過ぎないか、それ」
 
 適当に受け答えする。
 だが、和夫は違う、と続けた。
 どういう事か気になり、和夫の方を見る。
 
 「いや、体調崩したってとこはあってるんだが。その理由が『本当に出るから行きたくない』らしいんだよ」

 「はぁ?何だそれ?」

 今のご時世、不可思議が闊歩している状態だ。
 俺は見た事は無いが数年前に【ゲート】と呼ばれる異世界への門がこの国の中央部に出現し、そこから異界の住人達が押し寄せてきたという事はニュースにもなった。
 一度生放送で見た事があるが、露出度の高いドレスを着た銀髪で角と翼の生えた美女がお供と一緒に映ったのを見た記憶が有る。
 お供も皆美女美少女揃いで、この国の首相や議員が骨抜きにされているだらしない表情が全国で晒されたのはそんなに昔の事ではない。
 最も、まだこちらの世界に干渉してくる絶対数が少ないのか。
 はたまた人間に化けてるのか知らんが自分は全く拝めた事が無い。

 「無表情で物静かな娘だったんだけどさ、行く場所を行った途端急に青褪めて震えだしたんだ。『あそこは本物が居る。私には分かる。絶対行きたくない』ってな。他の娘にも変な空気が伝わっちまって女の子組は全員アウト」
 
 「何だよ、そんな下らない事が理由で来なかったのかよ。期待して損したぜ」

 「…へぇ?出不精のイッセー君も女の子には期待してた訳か。成る程ねぇ、だからそんなバッチリ決めてた訳か」

 そう、今の俺の姿を評する不届き者。
 普段は安物のジーンズに七部丈位の長袖をインナーにしてTシャツ着てるからな。
 それが今は黒のチノパンに黒いVネックシャツ、古着屋で購入した革製の茶色い革ジャンにシルバーアクセサリー付だ。
 一発で気合の入れようが分かってしまう。

 「とりあえずアクセだけでも外せ。冷やかされんぞ」

 対して和夫は黒のスラックスに白いYシャツ。ブラウンのジャケットという比較的落ち着いている出で立ちだ。
 腕に巻いた時計は重厚なフレームの割りに必要以上の装飾はなく、本人の微笑んでいるような表情と後ろに撫で付けた髪が相まって俺にも本人の誠実そうな性格が滲み出ているのが見えた。

 「…そうする。ダッシュボード借りんぞ」

 ネックレス位は残すが、腰のシルバーチェーンやら指に嵌めた指輪やら腕輪やらを全部悪友の車に保管する。
 そろそろ目的地が近づいてきたのか、カーナビの地図に表記されたピンに三角形マークが近付いていく。

 「今回はオーソドックスに廃校だな。向かいには教会やら寺やら有るけど、車を止められるスペースはこっちの方が広い」

 既に先客が居たのか、本来閉じられているであろう門が開きっぱなしの状態だった。

 「あいつ等もう着いたのか、丁度いいや。このまま入っちまおう」

 そういって正門から堂々と車を入れる和夫。
 意外と管理が行き届いてるのか、あまり荒らされたような形跡は見えない。
 建物自体の老朽化はあるが窓が割られていたりゴミが散乱していたり等は見受けられなかった。

 車の窓から見ると、一階の昇降口付近や二階の廊下やらに移動する光源が見つかった。
 本当に先に来ていたらしい。

 「おい、イッセー。どうする?あいつ等もう探検始めてるみたいだぜ、行くか?」

 和夫は既に行く気なのか、シートベルトを外して懐中電灯を手に提げている。
 
 「おう、そういや学校って怪談ってのがあったよな」

 園田に倣い、俺もシートベルトを外し懐中電灯を準備する。

 「音楽室の女学生の幽霊とか、トイレの花子さんとかか?」

 ドアを開けた所で園田が答えてきた。

 「そうそう。もし女の子の幽霊だったら持って帰ろうぜ」

 「お?イッセー、お前幽霊触れんのかよ」 

 「知らん、触れなくても取り憑かせればいけるだろ」

 車から降りて先に昇降口へ向かう。

 「おい待てよ、今行くから。ってもう入りやがった…」
 「…トイレの花子さん、ね。イッセー、悪いがお前、そいつに目をつけられたようだぜ?」

 


 正面から見る廃校は、どこか伝説や物語の中の洞窟のように入り込んだものを飲み込む様を連想させる。
 近代的な構造なのに重ねてきた年月は人の造ったそれを遥かに凌駕している印象を見る者に与えるのだ。
 聖域に似たその迷宮から、二人の男を見下ろすように明滅していた光源に細井一成は気付かなかった。
 
 彼が踏み入れた瞬間踊るように飛び回った事も。

 知るのは彼の背中を見送った腐れ縁の友人だけ。
 園田和夫はキーレスで施錠をすると、彼の元へ歩んでいった。

13/11/08 00:04更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
久々に投稿をさせて頂きます。十目で御座います。
今回は短期連載の形を取らせて頂きます。

唐突ですが当方、怠け者は嫌いです。
特にとっくの昔に成人しているのにも関わらず、親の脛を齧り皮を破り肉を食らって骨を砕き、髄まで啜ろうとする輩は大嫌いです。

このSSを書くにしても掲載するにしても悩みました。
果たして当方の書くこの人物に救いは必要なのか。
書く必然性はあったのだろうか。
本当の意味で『駄文』と思えたからです。
しかし駄文の中の駄目人間であっても魔物娘は救ってくれるのではないか。
そう期待して投稿に踏み切りました。

他ならぬ自分自身が彼女達に救われたいだけかも知れませんが、どうかお付き合い頂ければ幸いです。

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