連載小説
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友達のお話
「うぅ……うぅぅ……」
「泣いてもええ。辛かっただろ? 泣きたいだけ泣いて、落ち付いたらご飯にしよ、ね?」

あの日……初めてお婆ちゃん達に話しかけた、忘れられない日。

「うぅ……うぇぇぇぇぇえっ!!」
「よしよし……もう大丈夫じゃよ……めいっぱい泣いたらええ……」

お婆ちゃんが私に言ってくれた言葉は、お婆ちゃんの温もりは、私の中から、人間に対しての恐怖と、両親や友達、集落の仲間を失った悲しみを、全て包んで、消してくれた……

「うえええぇぇぇ……ぐす、ふぇぇぇぇぇえっ!!」
「よしよし……ばあちゃんの胸の中で、苦しいもの全部流すとええ。もう怖いもんはねえからな……」

このお婆ちゃんなら、安心できる。本当にそう思えた。
それでも……まだ私は……



お婆ちゃん以外、人間を信用できなかった……



====================



「はい。前よりも効くお薬です。お大事にしてくださいね」
「ああ、いつも済まないねスノア君」
「いえいえ、元気になってくださいね神父様」

いつも通りの夕方。西日が窓から射し込み、診察時間も終わりに近付いてきた。

「そういえば……あのワーウルフはどうしているんだい?」
「リムですか? 一応元気にはしてますが……まだお婆ちゃん以外にはあまり心を開いていない感じですね」
「そうか……それは大変だね」

今日最後の患者であった、この村唯一の神父様(腰痛持ち)が帰れば、診療所は閉めるつもりだ。
そんな神父様が、うちで世話をしている魔物、ワーウルフのリムについて聞いてきた。
彼女がこの村に来てからそろそろ2年になるが……未だにお婆ちゃん以外には完全に心を開いてはくれていなかった。
一応僕が話しかけても反応はしてくれるし、ご飯もちゃんと食べてくれるし、たまに僕の手伝いをしてくれるけど……どうも壁を感じていた。
まあ、名前は教えてくれたし、事情も話してくれたし、顔を合わせようともしない他の村人達よりは信用されているとは思うけど……一緒に暮らしているのにそっけないので、少し寂しい。

「神父様もリムを心配して下さるのですか? それは立場的に大丈夫なんですかね?」
「いくら魔物とはいえ、主神様がまだ何も悪い事をしていない子供まで殺せなど非道な事を言うとは思えん。そろそろ2年経つが、誰もワーウルフになっておらんところをみると、大人しく良い子でいるのであろう?」
「ええまあ。おそらく人を襲う事は無いと思います。襲ったとしても、おそらくそれは自衛でしかないと思います」
「ならば問題は無い。しかし、子供ですら殺そうとしたとは……そこの兵達が暴走したか、それともそもそも教団を偽った暴徒の仕業か……どちらにせよ、主神様の名を語り虐殺を行った者達には憤りを感じるよ」
「そう……ですね……」

心優しい神父様も心配してくれているが……こればかりはどうしようもない。
幼少期のトラウマはそう簡単に拭えるものではない……僕だって小さい頃服の中に入ってきて身体の上を暴れ回ったカエルが未だに苦手で、見るだけで鳥肌が立つ。

「はぁ……しかし今日は疲れたな……最近は夜遅くまで新薬の研究をしていて寝不足なのもあるだろうけど……」

神父様を見送った後、準備中の札を掛けてから、奥へ行き夕飯の準備を始める。
診察室にお婆ちゃんの姿がなかったので、おそらく先に戻ってリムの相手をしているのだと思う。日中は家の方で一人にさせているので、急いで姿を見せに行ったのだろう。
リムばかり構って……と、小さい頃なら嫉妬していたかもしれない。もちろんもう20歳を越えたのだから嫉妬する事は無い。むしろ自慢のお婆ちゃんの良さをリムにはもっと知ってほしいものだ。

「さて、ご飯を作るか……」
「スノちゃん、今日の夕飯は何かの?」
「あ、お婆ちゃん。それにリムも」
「……」

キッチンに立ち、調理を始めようとしたところで、後ろからお婆ちゃんの声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはお婆ちゃんと、出会った頃より少しだけ大きくなった銀色の毛のワーウルフ、リムが手を繋ぎながら立っていた。
まあ、あの頃は5歳で、今は7歳なのだから、大きくなって当たり前なのだが……それでもまだまだ小さな子供の彼女は、ジッと真顔で僕を睨んでいた。

「今日はハンバーグを作るつもりだよ」
「おお、ハンバーグか。リムちゃんの大好物だねぇ」
「うん。ハンバーグ大好き……」

今日の夕飯のメニューを聞き、自分の好物だからとうっすらと笑顔を浮かべたリム。その笑顔は、お婆ちゃんに向けて浮かべている。
このように、お婆ちゃんに対しては心を開いているようで、お婆ちゃんに対してだけは可愛らしい笑顔を浮かべたり、自分から話しかけたり、たまに一緒に遊んだりしているのを見掛ける。
でも僕にはそんな姿は一切見せない……一歩距離を置いたところから、こちらから話し掛けない限りは滅多に話をしない。寂しいものだ。

「今から急いで作るから、二人とも遊んでるかダイニングで座って待ってて」
「わかった。じゃあお婆ちゃん、ダイニングで待ってよ」
「そうだねえ。どんなお話して待っていようかねぇ……」

ふさふさの尻尾を楽しそうに揺らしているところをみると、ハンバーグ自体は楽しみにしているらしい。
心を完全に開いてはくれていないみたいだが、全く信用していないわけでもなさそうだ。少し嬉しくなる。
ただ、歳の離れた妹のようなものなのだから、もう少し僕にも懐いてくれたらなぁ……と、思わずにはいられないのであった。



……………………



「……お風呂出たよ」
「サッパリしたかい?」
「うん」

ご飯も食べ終わり、夜も更けた頃。
僕が薬の調合をしていたら、先にお風呂に入っていたリムが戻ってきた。身体から湯気が出ており、まだ毛皮もしっとりとしている。

「私、お婆ちゃんと一緒に入りたい」
「うーん、ゴメンなあリムちゃん。それはちょっと難しいんじゃよ」
「残念……」

お婆ちゃんが買ってきてあげた可愛い女の子らしいピンクのパジャマを着ているリム。尻尾を通す穴は僕が開けたが、ずれているなどの問題は無いみたいだ。

「ふぁ〜……」
「おや、もうおねむかい?」
「うん……」
「ワーウルフって夜行性ってイメージあるけど、そうでもないんだね」
「うん。夜は眠い……」

大あくびしたリム。お風呂に入って体が温まった事で、眠くなってきたようだ。

「じゃあもうベッドに入るかい?」
「うん……おやすみお婆ちゃん……」
「おやすみリムちゃん。いい夢見るんじゃよ」
「うん……」

眠そうに眼を擦りながら自室に戻るリム。
魔物とはいえまだまだ子供。夜の早い時間には眠くなるみたいだ。

「スノちゃんはお風呂行かないのかい?」
「僕は薬の調合が途中だから先にお婆ちゃんが入りなよ。埃は隙間に溜まりやすいし、医療をする立場として身体を綺麗にするのは大事だからね」
「じゃあそうさせてもらおうかねえ……それともスノちゃんと一緒に入ろうかの?」
「え……いや、まだ掛かるしリムに嫉妬されるのも嫌だしそれになんというか恥ずかしいというか……」
「冗談じゃよ冗談。ほっほっほ!」
「もう、お婆ちゃんったら……」

僕にはお休みって言ってくれなかったなと思いながらも、調合を続けるのであった……



====================



「ねえねえお母さん、これなーに?」
「ん? ああ、それか。懐かしいなー」

なんとなくお母さんの部屋にあった小物箱を探っていたら、キラキラした石が付いている指輪が出てきた。

「これお父さんがお母さんにあげたのー?」
「……だったらよかったんだけどねぇ……」
「残念だけど、これは私自身で取ったものさ」
「お母さんが? 取ったって?」

隣のおばちゃんに遠くの地では好きな人に指輪をあげる習慣があるって聞いた事があったから、てっきりお父さんがお母さんにあげた物だと思ったけど、どうやら違うらしい。

「こう見えてお母さんは若い頃はお宝探しの名人だったのさ!」
「お宝探しの名人? すごーい!!」
「それが今や旦那の上で激しく腰振るだけの雌狼だもんな〜……人生何があるかわかったもんじゃないね」
「……そうかそうかお前は私が作る飯はいらないというのか」
「えっ、あ、いや……」
「更には家事をせずにずっと自分の上で腰を振っていろというのか仕方ないじゃあそうして……」
「す、ストップストップ! ご、ゴメンよ!!」

二人が喧嘩……というよりはお母さんがいつものように一方的なお父さん苛めをしてるのをよそに、私は指輪を見ていた。

「おや? リム、その指輪気にいったのか?」
「うん。だって綺麗だもん!」

キラキラ光る石……満月よりも綺麗で、私は夢中になってその指輪を見ていた。

「そっか……じゃあ、この指輪がリムの指にピッタリになったら、これをリムにあげる」
「え……いいのお母さん!? これお母さんのお宝じゃないの? 貰ってもいいの?」
「ああいいよ。私にはこれよりももっといいお宝があるからね」
「もっといいお宝? それ何?」
「ふふ……秘密だ。それももっと大きくなったら教えてあげるよ」
「わかった! 私大きくなる!」

もっと大きくなったら、お母さんの宝物を教えてもらえる。
その言葉に私は、指輪をくれること以上にワクワクしたのだった。

「楽しみだな〜♪」

……その日は、永遠に来ないなんて知らずに……



……………………






「ん……みゅぅ…………」

カーテンの隙間から射す陽光を浴びて、私は眼を覚ました。

「……お母さん……」

懐かしい両親の夢を見たからか、私はもの寂しくなり……この村に逃げ込んだ時に被っていた布を抱き寄せる。

「……お父さん……」

ここは診療所なので、本当は不衛生なこの血が沢山付いた布は捨てたほうが良いのだろう。
だが、ほとんどが焼き焦げた臭いや私の血の臭いに覆われていても、微かに両親の匂いが残っているこれを、捨てる事なんかできなかった。
だから私は、お婆ちゃんに無理言ってこの布を捨てずに取っておいてもらい、自分にあてがわれた部屋に飾って貰った。

「……ぐす……」

両親の事を思い出すと、目から涙が零れ落ちてくる。
集落から逃げる時、人間達はたしかに「あと1匹だ」と言っていた。その1匹は私の事だ。つまり……もう両親どころか、仲の良かった友達も、近所のおばちゃん達も、誰も……いない。

「ひっく……」

たった一人生き残った私……寂しくて、苦しくて、悲しくて……どうにかなりそうな時もあった。
そんな私を支えてくれたのが、ルネお婆ちゃんだった。身も心も傷付いた私を治してくれたのは、優しいお婆ちゃんだった。

「ぐす……ふぅ……」

人間は信頼できないし、怖い。誰も彼もが私を殺すんじゃないかと思えてしまうし、一目見ただけで自分の意志とは関係無く身体が縮こまってしまう。
でも、お婆ちゃんだけは安心できた。どうしてかはわからないけど、お婆ちゃんだけは信頼してもいいと思える。

「……お腹空いてきちゃったな……」

両親の匂いがする布を抱きしめて落ち付いていたら、私のお腹がぐぅ〜って鳴った。
ちょっと落ち付いたからだろうか、私の身体はご飯を所望しているみたいだ。

「今日のご飯なんだろ……」

私の分を含めて、皆のご飯はお婆ちゃんの孫のスノアさんが基本的には作ってくれている。
毎日おいしいご飯を作ってくれるし、私の事を大事にしてくれるとってもいい人。けれども、お話したりしようとすると、どうしてもビクッてなってしまい、中々こっちから話しかけられない。
絶対にそんな事は無いってわかってはいるけど……どうしても、お婆ちゃん以外の人間は私を殺そうとするんじゃないかって思えてしまい、怖くて近付けない。
別に人間が嫌いというわけじゃない。言ってしまえばお父さんは人間だし、お母さんだって詳しく聞いた事は無かったけど元人間だったらしい。人間を嫌うというのは、大好きな両親を否定するみたいだし、そう考えてはいない。
でも、そんな両親を、皆を殺し、私すら殺そうとしたのも人間だ。嫌いではなくても、怖い。全員が私を殺そうとしていない事ぐらい、ここで2年も暮していれば嫌でもわかるけど……恐怖は未だに拭えない。
むしろ、私の事を恐る恐る見ている人や、奇妙なものを見る目で見ている人のほうが多いのは感じ取れる。『化け狼』は人間にとって怖いのだろう……そのせいもあって、お婆ちゃん以外の人は近付き難く、信用できなかった。

「おーいリムちゃんや、朝ご飯じゃよー」
「あ、はーい」

部屋の戸を叩く音と共に、お婆ちゃんが朝ご飯だと教えてくれた。
お腹も空いたし、今日も診療所は開くので、待たせては悪いと思ってベッドから飛び降りた。

「……!?」

そして、部屋の戸を開けようとした時、不意に背中に強い視線を感じた。

「誰!?」

咄嗟に後ろを振り向くと……あるのはカーテンが閉めてある窓だけ。
いや、私が適当に閉めたからか、カーテンは少し開いている。そこから覗いていたのかもしれない。

「……」
「おーい、どうかしたかの?」
「えっと……ううん、なんでもない」

急いでカーテンを開け、窓から顔を出してみたが……そこには誰も居なかった。
でも、微かにだけど知らない男の人の臭いが残っていた。誰かがここで私を見ていたのは間違いないみたいだ。しかも臭いの感じからして、少しの間はその場にいたみたいだ。

「おはようお婆ちゃん」
「おはようリムちゃん。ぐっすり眠れたかい?」
「うん……」

でもいったい誰がどんな目的で私を見ていたのか……それがわからない。
私を殺したい人間だろうか……でもそれなら私が寝てる間に窓ガラスを割って侵入して殺せばいいだけだし、違うかもしれない。私が怖くて監視しているだけかもしれないけど、それならもっと前からでいいはずだ。
よくわからないし、お婆ちゃんに心配掛けたくなかったから黙っている事にした。明日も来たら怖いけど、お婆ちゃんが巻き込まれるのはもっと怖いから。

「どうかしたのかい?」
「え……なんでもないよ」
「そうかい? 何か相談したい事があるなら、なんでも婆ちゃんに言っていいんだよ」
「う、うん……」

お婆ちゃんの凄い事は、私が思っている事を簡単に見抜いちゃうところだ。今も悩みがある事にすぐに気付いたし、いつも眠かったりお腹空いたりしているとすぐに気付いちゃう。
でも、今回は心配掛けたくなかったから相談はしない。黙っている事はちょっと心苦しいけど、誤魔化す事にした。

「おや、お腹がなっとるのぉ」
「わうぅ……」

私のお腹が、ぐぅぅって大きく鳴った。お腹が空いていたから仕方ないけど、お婆ちゃんに聞かれてちょっと恥ずかしい。
今日の朝ご飯はなんだろうってお婆ちゃんとお話しながら、私はダイニングに向かった……

そのうち、朝の視線の事も忘れていた……



……………………



「ふぅ……美味しかった」
「ふふ、ありがとう」

今日も一日が終わり、お仕事が終わったお婆ちゃん達と夜ご飯を食べた。
今日の夜ご飯はミートソーススパゲティ。もちろん美味しかった。スノアさんのご飯はお母さんとはまた違った美味しさがあって好きだ。

「明日はお休みの日だから、どこかにお出かけしようかねえ」
「お出かけ……うん、したい」
「おお、リムちゃんもお出かけしたいのかえ。じゃあ朝から隣町の公園にでも行こうかねえ」
「いやいや、明日はパンさんが来てくれる日でしょ。それに隣町にリムを連れて行ったら魔物が来たーって大騒ぎになっちゃうよ」
「ああ、それもそうだねぇ。それじゃあパンさんが帰ったあとお昼から近くの山にハイキングにでも行こうかねえ」
「どこでもいい。お出かけ楽しみ」

明日は診療所がお休みの日だ。だから、明日はお婆ちゃん達とお出かけする事になった。
今日もだけど、普段はお婆ちゃん達がお医者さんをしている間、私はお家に一人でボーっとしている。寂しいけど、お手伝いができないから仕方がない。
だから、休みの日にお婆ちゃんと一緒にお出かけするのは、凄く楽しみだ。いつもしている寂しい想いの分だけお婆ちゃんとお話したいと思う。

「リム、尻尾をブンブン振り回して楽しみにしているところ悪いけど、食べたお皿は運んでね」
「あ……はい。ごめんなさい」
「あ、いや、別に謝る程の事でもないからね」

どうも嬉しくなると尻尾が勝手に揺れてしまう。お母さんや皆からもよくわかりやすいって言われたけど、ここに来てスノアさんに言われるまで気付かなかった。これではわかりやすくて当たり前だ。

「リムちゃんお風呂はもうちょっと掛かるからね」
「お婆ちゃん、やっぱり一緒に入れない?」
「……ゴメンねリムちゃん、婆ちゃん裸見られたくないんだよ」
「残念……」

今日もまた一緒にお風呂に入る事を断られてしまった。何ヶ月も同じ事を言っては同じように断られているから仕方ないのはわかるけど、やっぱりちょっとがっかりする。
尻尾も同じように力無く垂れ下っている。やっぱりわかりやすいな私……

「……!?」
「ん? どうかしたのかリム?」

……なんて思っていたら、また今朝と同じように鋭い視線を感じた。
パッと振り向いてみたけど、そこには窓があるだけで誰も……

「おや? 今誰かが窓に居たねぇ」
「本当に!? ちょっと見てくるよ!」

……いや、いたみたいだ。お婆ちゃんが誰かの姿を見たらしい。

「……」
「リムちゃん、怖いのかい?」
「うん……」

ダイニングの窓から顔を出してみたが、そこにはもう誰の姿もなかった。
でも、残り香が今朝のそれと全く同じだった。つまり、今朝私の部屋を除いていた人物と同一人物だ。
何故私をそんなジロジロと見ているのかがわからない……言い知れぬ恐怖に、私の身体は少し震えた。

「大丈夫だよリムちゃん。私が護ってあげるからのぉ」
「……あぅ……」

でも、お婆ちゃんが力強く抱きしめてくれたおかげで、震えは止まった。
初めて会った時もそうだった。お婆ちゃんにぎゅっとされると、凄く落ち着く。

「おーい二人ともー。犯人捕まえたよー。こっちに来てごらん!」
「は、はなせー!!」

しばらくお婆ちゃんの腕の中で落ち付いていたら、玄関の方からスノアさんの声と、知らない男の子の声が聞こえてきた。

「おや、スノちゃんが捕まえたみたいだねぇ。行ってみるかい?」
「え……怖い……」
「だーいじょうぶだ。婆ちゃんがついとる」

こっちに来てと言われても、なんで私を見ていたのかわからない相手に会うのは怖い。
でも、お婆ちゃんが手を握って、一緒に行ってくれるみたいだ。それでも怖いけど、私は確かめるためにお婆ちゃんと一緒に玄関へ向かった。

「それに、ちょっと聞こえた声からして、たぶん知っておる子じゃからの」
「え?」

向かっている途中、そう言ったお婆ちゃん。
お婆ちゃんの知っている子という事は、この村の住民なのだろうか。どちらにせよ、この診療所から滅多に出ないうえ、外に出ても人を避けている私にはわからなかった。

「あ、きたきた。犯人はこの子だったよ」
「ゔ〜……」

玄関に辿り着いた私達の目に入ってきたのは……私と同じぐらいの一人の男の子だった。
スノアさんに持ち上げられ、恨みの籠った目でスノアさんを睨んでいる。

「おや、やっぱりノフィちゃんじゃないか」
「……だれ?」
「この村に住む男の子じゃよ。たしかリムちゃんと同じ年齢だったかの?」

どうやら犯人は、本当にこの村に住んでいる子だったらしい。彼の匂いが残り香と一致するので間違いない。

「ノフィくん。どうしてうちの周りをうろちょろしてたんだい? その様子からして、おうちの人が急病って事じゃないんだろ?」
「そ、それは……」

どうして家の周りにいたのかと聞かれ、しどろもどろするノフィという男の子。

「私を……殺そうとしたの?」
「え……そんなわけないよ! お前……じゃないや。キミはたしかに魔物だけど、女の子を傷付けるなんて、ましてや殺すなんてとんでもないよ!」
「そう……」

どうやら私を殺すつもりではないらしい。力強く言うその姿から嘘とも思えないし、ちょっと安心した。

「じゃあ……なんで今朝もさっきも私の事見てたの?」
「げ、朝もバレてた」
「おいおい、朝もやってたのか……」

ではどうして私をずっと見ていたのか……それがわからない。
お婆ちゃんも居るし、ノフィさんが抑えてくれているので、聞いてみた。

「なんで?」
「そ、それは……その……えっと……あっと……」

聞いてみたら、余計にしどろもどろし始めた。顔を真っ赤にして、目も凄く泳いでいる。
いったいなんだというのだろうか。

「おや? ノフィちゃん、何を持っているんかの?」
「へ? あ、いやこれは……」

お婆ちゃんが何かに気付いたみたいで、ノフィにそう告げた。
たしかに、ノフィの手には何かが握られていた。よく見るとそれは……

「お花?」
「あ……うん」

白くて綺麗な、一輪の花だった。

「これ、やる!」
「……へ?」

そしてその花を、私にやると言いながら押し付けてきた。
反射で受け取ってしまったけど、いったいどういう事だろうか。

「もしかして……リムちゃんへのプレゼントかい?」
「い、いや、そうじゃないから先生! たまたま拾ったからあげるだけだ!」
「ほっほっほ。私にはなーんでもお見通しじゃよ。ノフィちゃんはリムちゃんと仲良くなりたいんだねえ!」
「う……そ、そうだよ!」

どうやらこのお花は私へのプレゼントだったらしい。
そして、私と仲良くなりたいのだと言ってきた。

「私と仲良く?」
「お、おう。えっと……前たまたま見掛けた時、可愛いし友達になりたいと思って……その時先生と一緒だったし診療所の裏にある家に住んでるかと思って……その……それで居たから外から話し掛けてみようと思ったけど……えっと……」
「なるほどね。リムと仲良くなりたかったけど、話し掛けるタイミングが掴めなくてただ外から見るだけだったって事か」
「……はい……」
「それで気付かれたから咄嗟に逃げたと……まったく、わからなくもないけど、そのせいでリムは怖がってたんだぞ」
「え……ご、ごめん……」

どうやら、私と喋ってみたかったけど、きっかけが掴めず外から見ていただけらしい。そして、見つからないように気付かれたらパッと逃げていただけらしい。


「友達? 私と?」
「う、うん……駄目かな?」

私と友達になりたいと言ってきた、同じ歳の男の子。

「私、魔物だよ? 化け狼だよ?」
「うん知ってる。でも関係ねえよ! 魔物でも怖くねえし、俺はお前と友達になりたいだけだ!」
「……」

魔物だろうが関係無く、友達になりたいと真っ直ぐ言ってくれるノフィ。

「……いいよ」
「え?」

そんなノフィと、私は……

「友達に、なろう」
「お……おおう! 俺達は友達だ!」

友達になってもいいと、そう思えた。
なんでかわからないけど、ノフィは怖くないし、仲良くしてもいいと思えた。

「よかったねえ。ほれ二人とも、友達同士仲良く握手でもせえ」
「えっ!? よ、よろしく!」
「よろしく」

お婆ちゃんに促され、ノフィと握手した……
その手は私より小さかったが、力強くて、お婆ちゃんと同じぐらい温かかった。

「さてと、今日はもう遅いから早く帰りなさい。明日また遊びに来ていいからね」
「あ、ありがとうスノアさん! それじゃあえっと……リム! また明日!!」
「うん、また明日」

そう言って、手を振りながら帰っていくノフィ。
私も小さく手を振りながら、その姿を見送った。

「……ぁ……」
「よかったねえリムちゃん。お友達ができてなぁ」
「……ともだち……」

お婆ちゃんが私の頭に手をポンッと置きながらそう言った。
友達……ここに来てからずっと人を避けていた私に、初めてできたもの。

「また、明日、か……」
「あー、勝手に決めちゃったけど嫌だった?」
「ううん、全然。楽しみ」
「そうか。それはよかったよ」

明日もその友達と会える。
どんな子なのかまだあまりわかってないけど、私の事を変な目で見ない友達と会えるのは凄く楽しみだ。

「ふぁぁ……」
「おや、もうおねむかいリムちゃん?」
「うん……」
「寝る前にお風呂入ろうね。なんならお婆ちゃんが身体を洗ってあげたら? 服着たままでもそれぐらいならできるでしょ?」
「おお! その通りだ。さすがスノちゃん頭いいねぇ。どうするリムちゃん?」
「うん、一緒に入ろうお婆ちゃん」

でも今は、それ以上にお婆ちゃんと一緒にお風呂に入るのが楽しみな私であった。



これが、この先ずっと仲良く遊ぶ事になるノフィと、友達になったきっかけだった。
14/04/22 23:47更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
ちなみにリムが住んでいた集落を襲った者の正体を書く事はありませんのでご了承ください。
という事で第2話、村に来てから約2年が経過し、初めて友達(しかも異性)ができたお話でした。
もちろん、タイトルはおばあちゃんとおおかみちゃんなのでこれからもルネお婆ちゃんは中心となりますが、ここからはノフィも大きくリムと関わってくる事になります。

という事で次回は、さらに時が進みリムが10歳になった頃、その頃になると色々とリムの心境や周りの関係も変化して……の予定。

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