連載小説
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不思議のお話
「これ、やる!」
「……へ?」

初めて友達ができた、忘れられないあの日。

「私と仲良く?」
「お、おう。えっと……前たまたま見掛けた時、可愛いし友達になりたいと思って……その時先生と一緒だったし診療所の裏にある家に住んでるかと思って……その……それで居たから外から話し掛けてみようと思ったけど……えっと……」

一輪の綺麗なお花を持って、私と友達になりたいと言ってくれたノフィ。

「友達? 私と?」
「う、うん……駄目かな?」
「私、魔物だよ? 化け狼だよ?」
「うん知ってる。でも関係ねえよ! 魔物でも怖くねえし、俺はお前と友達になりたいだけだ!」

魔物だろうが関係無く、友達になりたいと真っ直ぐ言ってくれたノフィ。

「……いいよ」
「え?」
「友達に、なろう」
「お……おおう! 俺達は友達だ!」

そんなノフィと、私は友達になった。



そのおかげで私は世界が広がったような気がして、周りの環境や人間に対する思いは、急速に変わったのであった……



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「えっと……こっちのギザギザの薬草は火傷によく効いて、こっちのちょっと匂いがキツイのはお腹壊したのを治す薬のもとになる植物だっけ?」
「その通り、正解!」
「えへへ……やった!」

診療所がお休みの日の、いつもと変わりのない朝。

「結構覚えるの速いなぁ……これは将来本当に医者になれるかもよ?」
「スノア兄ちゃんの教え方が上手だからだよ! それに私は本当にお医者さんになるつもりだもの! そしてスノア兄ちゃんやお婆ちゃんのお手伝いするの!」
「はは。それは頼もしいよ」

私は、スノア兄ちゃんの教えで薬草のお勉強をしていた。
それもこれも、私は大きくなったらお医者さんになりたいからだ。お婆ちゃんやスノア兄ちゃんの助けになりたいから、お医者さんになる事を目指している。
だからこうしてお休みの日や一日の診察が終わった後など、余裕がある日にスノア兄ちゃんに教えてもらっているのだ。

「次は?」
「次は……と言いたいところだけど、リムはこれからノフィ君達と遊ぶ約束していたんじゃなかったっけ?」
「え……あ、もう約束の時間だ!」
「やっぱりそうだよね。じゃあ今日のお勉強はここまで。お昼ご飯までには帰ってくるんだよ」
「はーい!」

次はどんな事を教えてくれるのかと聞いてみたら、遊びに行く時間じゃないのかと言われた。
約束の時間は10時だ。言われてから今の時間を確認してみたら……10時だった。
お勉強をしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。それだけお勉強が楽しいってのもあるけど、夢中になり過ぎて友達との約束を破るのは良くない。

「よいしょっと。急がなきゃ!」
「おやリムちゃん。今からお出かけかい?」
「あ、おばあちゃん!」
「おっとっと。朝から元気だねぇ」
「うん! 今からノフィ達と遊びに行くの!」
「そうかいそうかい。気を付けて行くんじゃよ」
「うん! 行ってきますお婆ちゃん!!」

という事で、急いで準備を済ませて家を飛び出した。
その途中、居間からお婆ちゃんが出てきたので、抱きついて行ってきますの挨拶を済ませた。

「さーて、急がなくっちゃ!」

玄関を出て、集合場所である村の広場まで駆け出したのだった。



====================



「……ほっほ。今日もリムちゃんは元気だねぇ」
「そうだね。本当に元気だよ」

目にも止まらぬ速さで玄関から飛び出したリムを見送る僕とお婆ちゃん。

「本当に、明るくなったなぁ……」
「そうだねぇ……ノフィちゃん達のおかげかねぇ……」

ここ2、3年の間に、随分と明るくなったリム。
いつ頃からか笑顔を浮かべるようになったし、元気にはしゃぎ回る事も多くなった。
それに、僕を始め多くの人間を信頼し、元気に接するようにもなった。同じように、村の人たちもリムを受け入れられるようになった気がする。
それもこれも、ノフィ君を始めとした同世代の子達と遊ぶようになってからだ。子供達と一緒に遊ぶうちに本来の明るさと元気を取り戻したのだと思う。

「さてと、勉強道具を片付けるか。パンさんもそろそろ来るんでしょ?」
「おや、そういえばそんな時間だねぇ。それにしても医者になるための勉強か……リムちゃんがお医者さんになる日が待ち遠しいねえ」
「そうだね。物覚えはかなりいいし、本人がずっとその気ならばきっとなれるよ」

一旦勉強道具を仕舞いながら、リムの将来について考える。
去年あたりから医者になりたいと言い始めたリム。その前からも仕事中に診療所の方まで来て覗く事もあったし、僕達の仕事に興味を抱いたのだろう。
それならばとこうして時間がある時に医療について教える事にしたのだが、元々知恵が働く方なのか、それとも興味による脅威の吸収率かはわからないが、瞬く間に医者として必要な知識を備えている。

「本格的な手術や医療まで行かなくても、薬学さえ学んでくれたらそっちの仕事はリムに任せられるからね。お婆ちゃんの負担が減って診療所も楽になるよ」
「たしかにそうかもしれないねぇ。でも、もしリムちゃんが医者の道を諦めて他の道を進むにしても、その時はその時で応援してあげたいのぉ」
「もちろんさ」

ワーウルフだから鼻が利くため、見るだけじゃなくて匂いでも覚えるので、うちで扱っている薬草や薬品の種類はもうほぼわかる。
とはいえ、鼻が利き過ぎるが故に刺激が強いものは苦手なようで、そういった物にあまり近付かない事が大きな壁になっている。
その結果違う道に進んだとしても絶対に文句は言わない。別にリムが医者になって僕達を助けてくれるようになってほしいから勉強を教えているのではなく、妹だから兄として勉強を教えているだけなのだから。

「さて、片付いたかな」
「こーんにーちはー!! お邪魔しますね!」
「あ、パンさんが来たようじゃの」

勉強に使った薬草を仕舞い、紙やペンも片付けたところで、裏口の方から若い女性の声が聞こえてきた。
この声の主は、僕等のお得意様であるパンさんの声だ。

「こんにちはルネちゃん、スノア君。これ頼まれてた物だよ!」
「やあパンさん。毎度ありがとうございます」
「いいよ別に。きちんと貰える物は貰ってるし、こっちとしても結構面白いからね」

しばらくすると、見た目はリムと同じぐらいの少女が部屋までやってきた。
見た目こそリムと同じく10代前半の少女だが、こう見えて実年齢は僕よりも上だったりするのがパンさんだ。
初めて会った時はてっきり同じぐらいの年齢だと思っていたので、年齢を聞いた時はとても驚いたものだ。

「それでこれがルネちゃん用。もちろんいつも通りよ!」
「いつもすまないねえパンさん」
「だからいいってば!」

パンさんが持ってきた大きな袋。その中身は、様々な薬草や薬品、それとこの地域では珍しい食品などが入っている。
もちろん薬草や薬品は治療や内服薬に使っているし、食品は日々の食卓に並ぶ。
この村や隣の街だけではどうしても手に入らないものもあるので、こうして定期的に持ってきてもらっているのだ。

「あ、お茶入れてきますね」
「ありがとうスノア君。じゃあルネちゃん、早速始めようか」
「そうだねぇ。お願いします」

遠くから来てくれたパンさんの為にお茶を運ぶ。
テーブルに座る二人を尻目に、僕は食品を片手にキッチンまで移動したのだった。

「いやぁ……パンさんにはお世話になりっぱなしだなぁ……」

ある程度大げさではあるが、僕達はパンさんのおかげで生きているようなものだ。
この村で医者をしていけているのもパンさんのおかげなので、僕もお婆ちゃんも頭が上がらない。

「……はい、これでよし!」
「ありがとうパンさん」
「おつかれさまです。お茶とお菓子をお持ちしました」
「ありがとうスノア君。このスノア君特製ケーキ大好きなんだ!」

人数分のお茶とお菓子を持って部屋に戻ると、丁度お婆ちゃん達の用事も終わったところだったようだ。
お茶とお菓子を全員分配給して、僕達は話を始めた。

「そういえばリムちゃんはどうしたの?」
「リムちゃんは今友達と遊びに行ってるのぉ」
「あ、そうなんだ。残念もふもふしたかったのに」
「はは……」

自分で入れたお茶と自分で作ったお菓子だが、なかなかの出来栄えだ。
パンさんやおばあちゃんも美味しそうに食べてくれているので作った甲斐があるというものだ。

「でもパンさんならいつでももふもふできるのでは? そういった魔物だって大勢いるでしょうし」
「いやいや、いっつも会う奴をもふもふしても新鮮味も面白味もないんだもの。リムちゃんはたまにしか会えないからこそもふり甲斐があるのよ!」
「いくらパンさんとはいえ、あまりリムちゃんをおもちゃにせんでほしいんだがのぉ……」

ちなみに、パンさんは少し遠いところにある親魔物領から来ている。
だから村の人達にどこから来たか悟られないように裏口からこっそりと来たりするのだ。
僕やお婆ちゃんが魔物に対して一定の理解を得ているのも実はパンさんのおかげだったりするのだ。

「まあでも一応お昼には一旦帰ってくるように言ってありますけどね」
「あ、そうなんだ。じゃあお昼も御馳走になってから帰ろうかしら。リムちゃんに会いたいからね!」
「もちろんいいですよ。些細な物しか出せませんがね」

そんなパンさんなので、初めてリムがこの村にやってきた時から全く抵抗無く接してくれている。
リムが懐いたのは僕と同じような時期なのだが、ベタベタと触られるから少し苦手ではあるみたいだ。とはいえ尻尾はブンブン振っているので本当は抱きつかれるのは嬉しかったりするのだろう。

「ではリムちゃんが戻るまでゆっくりとお茶でもしましょうかねぇ……」
「そうだね。スノア君。ケーキのおかわりある?」
「あるにはありますが食べ過ぎるとお昼が食べられなくなりますよ?」
「あ、うーん……仕方ない我慢するか〜」

リムが帰ってくるお昼の時間まで、僕達はゆっくりとお茶を啜りながらお喋りをするのであった……



====================



「あ、来た来た!」
「遅いぞリム!」
「ごめーん! お勉強してたら遅くなっちゃった!」

広場まで全力で駆けて行ったが、既に皆集まっていた。

「お医者さんになるためのお勉強かー」
「むずかしそー」
「そんな事無いよ。まあまだそんなに難しい事は教えてもらってないだけなんだけどね」
「勉強できるだけすごいよ。俺なんて文字もよくわかんねえもん」

遅れた事を皆に謝りつつ、ちょっとだけ荒れた息を整える。

「ところで今日は何するの?」
「今日はお昼から裏山まで遊びに行こうかなってさっきまで話しあってたの。リムちゃんはどう思う?」
「賛成! じゃあ今からは?」
「それはリムが来てから決めようと思ってな!」

どうやらお昼ご飯の後からは裏山までハイキングの予定らしい。
あの山には綺麗なお花が沢山咲いている。なのでよく遊びに行くが、何回行っても飽きはしない。
あそこでお花遊びするのも楽しいし、それ以上に山の上を走りまわるのが大好きだ。

「リムちゃんは何したい?」
「ん〜……アルモちゃんは?」
「んー、お昼までは近場で遊ぶ方がいいと思うな。ご飯食べる為に帰らないといけないからね」

息を整えていると、1歳だけ年上でしっかり者のアルモちゃんが何したいか聞いてきた。
今着いたばかりなのでパッとは出てこないが、たしかにお昼までは近場のほうが良い気がする。

「ノフィ的にはどう?」
「んー、村内で鬼ごっこ……は、昼前に疲れちゃうか」
「別にいいけど、鬼ごっこはこの前もやったし、できれば別の遊びが良いな」
「それじゃあガネンは何がしたいんだよ?」
「僕はまあ……こうやって喋ってるだけでも楽しいから良いけど」
「まあそれは否定しないが、ジッとしてるのはつまんねえよ」

目の前では男同士でノフィとガネンの二人がどうするか話し合っている。
畑仕事で筋肉が付いているノフィと、家で勉学に励んでいる眼鏡のガネンは正反対だ。ノフィは事あるごとに動きたがるし、ガネンは散歩などは好きだが激しく動くのがそんなに好きではない。
そんな二人だけど、同い年だって言うのもあって仲はとても良い。私と合わせて3人は同い年トリオなのでとっても仲が良いのだ。

「ネムちゃんはどうしたい?」
「ん〜、教会まで走って行って、そこで神父さんたちとも一緒におしゃべりするとか?」
「何故そこで教会が……まあいいか」
「まあネムもそう言うし、お菓子貰えるかもしれないし教会行くかー」
「そんな理由で行くとかノフィは罰当たりな奴だなぁ」
「うっせ。神様への祈りは朝一にもうさせられてるんだよ。それじゃあ教会まで競争な! よーいドン!!」
「あっずるいノフィ!!」

アルモちゃんとは逆に1歳年下の女の子、ネムちゃんが教会まで競争しようといったので、そうする事にした。
ノフィの勝手な合図をきっかけに、私達5人は教会まで走り始めた。

「へへーん、おっさき……」
「残念おっさきー!」
「なっ待てリム!! くっそ負けるか〜!!」
「ふ、二人とも速過ぎ……」
「ひぃ〜!」

一人先を走っていたノフィを軽々と抜き去り、教会まで一直線に走り抜ける。
足の速さは私が5人の中ではトップだ。まあ、ワーウルフなのにトップじゃなければそれはそれでおかしいけどね。

「やったいっちばーん!」
「ぜぇ……ぜぇ……くっそぉ負けたー!!」

教会の壁にタッチして、一番だった事を誇らしげに見せつける。
息を切らして悔しそうに睨みつけてくるノフィ。その視線が勝利の余韻と相まって心地良い。

「次こそは勝ってやる!」
「次も私が勝っちゃうもんね!」
「はぁ……はぁ……二人とも速過ぎ〜」
「ふぅ……リムちゃんはともかく、ノフィ君もかなり足速いよね……」
「しぬぅ〜」

残りの3人も続々と到着した。
ただ、体力が一番無いガネンは今にも倒れそうだ。眼鏡もずれて足取りも覚束ない。

「あらあら、なんだか外が賑やかだと思ったら遊びに来てくれたのね」
「あ、リーパ様。こんにちは!」
「こんにちは。君達は今日も元気ね。子供は元気が一番!」

息を荒げながら倒れ込むガネンのおかしさに少し笑っていたら、教会から一人の女性が出てきた。
彼女はリーパさん。この村の教会に住むエンジェルの一人だ。

「皆、折角だからお祈りしません? もちろん、したくないというのでしたらそれでも構いませんが、それはそれとして折角なので中でお喋りでもしましょう」
「はーい!」

リーパさんに案内され、皆で神父さんの待つ礼拝堂へ入る。
魔物である私が入っても問題無いのかと思う事もあるが、今のところ誰にも罰は当たっていないので大丈夫なのだろう。

「……」

皆静かに神様へと祈りを捧げる。なんだかんだ言いつつノフィだって神様を信仰しているし、ネムちゃんは将来の夢がシスターな程神様が大好きだ。
でも、正直私はそこまで神様とやらに祈りを捧げる事はできない。
だって、私の家族や友達は、その神様の名の下にと叫んだ人間達に、皆殺されてしまったのだから。
その事を知っているからか、リーパさんや神父さんも私には無理に祈る必要はないと言ってくれる。神様が集落のワーウルフを皆殺せといったわけではないが、魔物は悪と教えているのは事実だからと。
皆を殺した人間が正義で、殺された皆は悪……そう言うのであれば、神様はなんて身勝手なんだろうって思ってしまう。
でも、ボロボロになって無我夢中に逃げた先で、お婆ちゃん始め皆と出会えた事はその神様のおかげかもしれないから、少しは感謝している。

「……さて皆さん。神様への御祈りも済みましたし、奥でお茶しましょう」
「はーい!」

ちょっぴり長い御祈りの時間が終わり、私達は神父さんとリーパさんについていき、奥の客間でのんびりとくつろぐ。

「それにしても神様か〜……」
「ん? 神様がどうかしたのノフィ?」
「いやぁ……神父様やリーパ様には悪いし、罰当たりだけど……イマイチ好きになれないからさ〜」

出されたお茶とお菓子を皆で頬張りながら、ゆったりとお話をする私達。

「おや、それはどうしてだい?」
「だってさ、神様が言うには魔物は悪い奴なんでしょ? つまりそれってリムも悪い奴だって言ってるみたいじゃんか。そこが気にくわないよ」
「それ私もちょっと思う事ある。リムちゃんが悪い子なんて思えない!」
「ノフィ、アルモちゃん……」
「なるほどね」

教会で言っていい事かわからないけど、そう言ってくれた友達が嬉しい。
嬉しくてつい尻尾がブンブンと揺れ動いてしまう。相変わらずわかりやすいなと自分でも思うけど、お婆ちゃんが「そのままで良いんじゃよ。嘘付けないつまり素直なのは良い事なんだからのぉ」と言ってくれたので、もう治す気はない。

「魔物は悪。それは間違ってはいないと、私は思うよ」
「えー!? リーパ様は?」
「私も主神様が仰っている事が間違っているとは思いません。魔物は悪だと思うわ」
「そっか……」
「ひどーい! リムちゃんを悪い子だなんて言うなんて酷いよー!」

魔物は悪……そう言われて、シュンとなる私。
私だって魔物だしお母さん達だって魔物だ。実際にそう言われるとキツイものがある。

「でも、リムちゃんまで悪かと言われたら、私はそうは思わないわよ?」
「え……?」
「魔物は悪。じゃあ人間は善かと言えば、必ずしもそうではない。世の中には同じ人間を殺す悪人だっている。その者とリムちゃんのような優しい魔物、どちらが悪かと言うと……もちろん前者だ」

でも、私は全然悪ではないと、二人は言ってくれる。
実際、リーパさんはこの村に来たばかりの2年前は、何もしていない私をハッキリと敵視していたし、挨拶しても無視され続けていた。
でもある日から急に心配してくれるようになった。これはつい最近聞いたのだが、神父さんから私の事情を聞いて、色々と考えを改めてくれたようだ。

「でもその言い方だとリムのお母さん達は悪者みたいですね。リムの仲間だって僕は悪い事していたとは思えません。リム自身もそう言ってますしね」
「俺もそれ思った。そこはどうなの?」
「そこはまあ、難しい問題なの。悪と言う言葉が何を差しているか、という事になるのだけど……」
「君達にはおそらく難しい事だと思うよ。大人でもわからない人はいるからね」
「えー」

だが、たしかに私は悪ではないとは言ってくれるが、魔物は悪だという考えは否定しないようだ。
そこがかなりムッとするが、二人とも良い人なので嫌いにはなれない。

「じゃあできるだけわかるように言ってよ!」
「う〜んそうね……魔物は人を食べちゃうから……」
「違う! 私は人なんて食べないよ!」
「リムちゃん落ち着いて。たしかに、今の時代の魔物はどうやら人間のお肉をバリバリ食べる事は無くなったようだね。でも、一昔前はたしかに魔物は人を食べる邪悪な存在だった。そして今後またそんな存在になってしまう可能性は消えていない。だから我々は『魔物は人を食らう』と言っている面もあるのだよ」
「むぅ……今は食べないしこれからもアルモちゃん達を食べようなんて思わないもん……」
「えっと、実はそれだけじゃなくて、正確には違うけど今の魔物も人間を食べちゃうの。ここら辺はまだ子供には早い事だけど、この食べちゃうは神聖である子供を作るための儀式を自らの欲の為に好き勝手に行う事を指しているの。リムちゃんはお母さんがお父さんをベッドの上に押し倒してその上に乗っているところを見た事ないかな?」
「うん」

魔物は人を食べる……そんな事はありえない。
人間を食べようだなんて考えた事もないし、食べているのを見た事もない。
そんな出鱈目を広めるなんて神様は嘘付きだ……なんて最初は思っていたが、この説明をされると少し納得できる。
たしかに、女性器に男性器を挿入する行動は食べると言えなくもない。とはいえ、誤解をするように広めているので、神様のそんなところが私は好きになれない。

「子供の作り方もお勉強してて知ってるから言ってる事はわかるよ。でもそれはお母さんがお父さんを愛してるからであって、それっていけない事なの?」
「そうねえ……二人が愛し合っている事はこの際問題無いとしても、それ以外にも様々な問題を抱えているからかな。まず無駄に回数が多い。欲に溺れる事はいけない事よ」
「ずっと食べていたり、ずっと寝ていたり、ずっと子作りしていたりと、欲に溺れているところも魔物が悪とされている所以だったりする。もちろんリムちゃんはそんな事無いっていうのはわかっているがね」
「それと魔物が人間に無理矢理行う場合が多い事と、その結果生まれてくる子供は皆魔物だという事。相手も人間からインキュバスになってしまう。実際、リムちゃんが誰と子を成そうと産まれてくるのは皆ワーウルフになるし、相手はインキュバスになってしまう。リムちゃん一人ならともかく、全ての魔物が人間と子供を作ると……」
「あれ? 人間が減っちゃう?」
「そう。最終的には人間がいなくなっちゃう。間接的に人を滅ぼすから、今でも変わらず魔物は悪となっているの」
「へぇ……」

たしかに、集落に男の子は二人しかいなかった。その二人のうち一人は近所のお姉ちゃんの旦那さんだったし、もう一人はご主人様ってところから逃げてきた子で、おばちゃんの本当の子供ではなかった。
つまりはリーパさんの言う通り、私のような魔物が人間と子供を作れば魔物しか誕生せず、いずれはいなくなってしまうので、人から見たら悪なのかもしれない。
納得はできないが、一理はあると思う。
とはいえ、全部の人間を旦那さんにしちゃったら魔物だって子供が産めなくなっていなくなっちゃうから、そこまでやるとは思えないけど。

「それと……そうだね。リムちゃんが元々住んでいた集落にいたワーウルフの中で、元々は人間だったって人はいなかった?」
「ん〜、そんなような事言ってたおばちゃんなら数人いたかな。あとちゃんと聞いた事ないからハッキリとは言えないけど、たぶん私のお母さんも人間だったんじゃないかなぁ……」
「え、人間が魔物になるの!? インキュバスって奴以外で?」
「ああ。種族によっては人間を魔物に変える力を持っているよ。有名な所だとサキュバスなんかがそうだし、リムちゃんのようなワーウルフもだね。ワーウルフに噛まれたり傷付けられた女性は皆ワーウルフになってしまうんだ」

たしかにリーパさん達が言う通り、元人間だった人も何人かいた気がする。
お母さんだって今にして思えばお父さんと結婚する前は人間だったのかもしれないと思うところがある。
それに、私も本能からか、たしかに人を同じワーウルフにする方法を知っている。その気になれば噛みついてアルモちゃんとネムちゃんを同じワーウルフにする事だってできる。

「じゃあわたしもリムちゃんに噛まれたらワーウルフになっちゃうの?」
「たぶんね。でもお婆ちゃんにそれはしちゃダメだって言われてるから噛まないよ。皆を爪で傷付けないようにって爪もほら」
「全然ツンツンしてないね〜」
「お婆ちゃんにやすりで手も足も爪はほぼ毎日丸くしてもらってるの。これなら誰も傷付かないよ!」

でも、噛みついて皆をワーウルフにしちゃうと、皆も私自身も困るからしちゃいけないってお婆ちゃんに言われているので、私は絶対にしない。

「そういえば二人はワーウルフになりたいって思う?」
「リムちゃんには悪いけどわたしはイヤ!」
「私はちょっと気になるかな。リムちゃんの銀色ふわふわ尻尾や三角お耳も可愛いし、足も速いからちょっとうらやましいもん。でも、人間じゃなくなるのは流石に怖いかな……」
「んー、そういうものなの? ワーウルフになると元気になっていいと思うんだけどなぁ……」

でも、なりたいって相手が言うならいいのかなと思って聞いてきたけど、二人ともなりたくないみたいだ。
ワーウルフになった方が絶対に良いと思うし、実際に人間からワーウルフになってよかったって皆言ってたのに、何がダメなのだろうか。
と、疑問に思ったのだが……

「そう、そこ。そこが問題なの」
「え?」
「今リムちゃんが言った通り、リムちゃん達魔物は人が魔物になる事はとても喜ばしい事だと思っているんじゃないかな。でもね、人にとって魔物になるという事は、すなわち自分と言う存在を別の者に変えられてしまうという、下手をすれば殺されてしまう事よりも怖い事なの」
「え? そうなの?」
「んーまあ、たしかに凄く怖いかな」

どうやら、そういったところが問題らしい。
たしかに……私もワーウルフからただの狼にされるって言われたらちょっと嫌かもしれない。狼になったらお医者さんになれないし、お婆ちゃんに抱きつく事だって難しいのだから。
そう考えると、人間が魔物になるのも嫌だと思っちゃうのもわからなくは無いかな。

「俺は羨ましいけどな。リム足速いし力もあるし……ワーウルフだったら畑仕事も楽だったんだろうなって思う事はある」
「ノフィ……」
「でも、たぶん俺がワーウルフになったら母ちゃんや父ちゃんは悲しむんだろうな。そんなような事言ってたし」
「そういう事だよ。君達が魔物になったら、おそらく親御さんは悲しみに包まれてしまうだろう。魔物に恨みを持ち、挙句はリムちゃんの故郷を襲った人達のようになってしまうかもしれない。難しい事かもしれないけど、深い愛情は時に深い憎悪に変わる可能性もあるものだからね」
「……」

そして、もし自分の子供が魔物に変えられてしまったら……じゃあ親も魔物になってしまえばいい、というわけにはいかないのだろう。
もしかしたらあの人間達もそういった集まりだったのかもしれない……まあ、だからと言って私の仲間を奪ったのには変わりは無いし、怖く憎い相手だっていう事も変わらない。
憎いけど……私は殺そうとは思わない。そんな事したって仲間は戻って来ないし、私はお医者さんになりたいのだ。人を殺すのではなく、人を救うお医者さんに。

「おーいリム?」
「……ん?」
「ぼーっとしてたけどどうかしたか? リーパ様や神父様の話を聞いてショックだったか?」
「あ、ご、ゴメンねリムちゃん」
「あ、ううん。別にショックじゃない……ただ、ちょっと考え事してただけ」

色々と考えていたら横からノフィに身体を揺さぶられた。どうやら考え事をしていたら身体が固まっていたらしい。
これ以上考えていても仕方ないので、この事は一旦忘れて他の話をする事にした。

「そういえばノフィとアルモちゃんの夢って何? 私はお医者さんだし……」
「わたしはシスターさん!」
「僕は学者さんだね」
「……って感じにネムちゃんとガネンは何度も聞いてるけど、二人は聞いた事ないなと思って」

改めて皆の将来の夢を確認する。
ネムちゃんやガネンはよく聞くけど、残り二人は聞いた事が無いなと思ったので、ついでに聞いてみた。

「俺はまあ……まだ考えてねえな。日々の畑仕事であまり考えてる余裕が無いってのもあるな。アルモは?」
「私もそんなには……まあ、しいて言うならお母さんになりたいかな。誰の、とかは決まってないけどね」
「お母さんか……」

ノフィはまあ予想通りだった。夢を追うより、日々を一生懸命過ごしているイメージがあるのだから。
そしてアルモちゃんはお母さんになりたいと……

「それは私もなりたいけど……この村じゃあ難しいよね……」
「うーん……リムちゃんが誰かを好きになる気持ちは否定できないし、それ自体は悪い事じゃないけど、聖職者としてご遠慮願いたいかな……」

それは、私もそうだった。
一緒に居られた時間は少ないけど、私はお母さんの優しさも頼もしさも覚えている。そんなお母さんに、私もなりたい。
ただ、最近は私には優しくなったとはいえ、未だ魔物には強い恐怖心や敵対心を持っているこの村で魔物を増やす行為をしたらどうなるか……少し考えればわかる。

「むぅ……」
「あ、リムちゃんがむくれちゃった」
「あーっと、まあお母さんになるまで時間はたっぷりあるし、その時までに考えれば良いさ。一人ぐらいなら増えたって皆も文句言わないし、私も言わせないさ」
「えっ本当に?」
「神に仕える神父が言っていい事ではないと思いますが……まあ仕方ないわね」
「えへへ……ありがとう!」

けど、やっぱり私だって女の子だ。お母さんになりたい。
反魔物領だと厳しいかもしれないが、教会の二人が味方してくれるのだから、そこは問題無いかもしれない。

まあ、相手はまだハッキリと思い付かないけどね。



……………………



…………



……







「よし、全員揃ったし山登ろう!」
「あれ? リムちゃん髪の毛とか尻尾とかちょっとクシャッてなってるけどどうしたの?」
「お客さんが来ててお昼ご飯前と後に凄くもふもふされてた」
「あはは……まあリムちゃん抱きつくともふもふしてて気持ちいいから仕方ないよ」

雨の匂いが一切しない、いい天気の午後。
お昼ご飯をパンさんにもふられながら食べ終わった私は、再び皆と村の外れで集合した。

「山の上まできょ」
「山の上まで競争しようとかは止めてねノフィ。僕無理だし、どうせノフィとリムの二人がぐんぐん先に行っちゃうだけだからさ」
「……ちっ仕方ねえな。じゃあゆっくり登っていくか」
「さんせー!」

そして私達は当初の予定通り裏山を登る事にした。
競争して一気に駆け上がるのも楽しいが、今日は皆とお喋りしながらゆっくりと登る。

「あ、この葉っぱは風邪の時によく効くやつだ」
「へえ……こんな普通の山にある植物でも薬になるんだね」
「うん。たまにスノア兄ちゃんと採りに来る事もあるよ。もちろんこの山にある全部の植物が薬になるわけじゃないけど、それでも結構あるよ」
「それじゃあ薬取り放題か!」
「そうもいかないでしょ。だってスノアさんから貰うお薬ってこのままの形じゃないじゃん」
「あ、それもそうか」

かさかさと風に揺れる葉。それは、うちの診療所でも良く使っているものだ。
この山だけではなく、周辺にある森にはよくスノア兄ちゃんと薬草を取りに訪れる。だから、うちで扱っている薬草ならすぐにわかる。

「はぁ……ふぅ……」
「おいおいガネン、もう疲れたのか?」
「もっと体力付けないと大変だよ? 学者だって別に家の中に引きこもってるだけじゃないんだから」
「わかってる……はぁ……けど……」
「わたしもあまり体力は無いけどまだ元気なのにね〜」
「ほんと体力付けないとね。ほらほらファイトー」
「あ、ありがとアルモ……はぁ……」

バテているガネンの背中を皆で押しながら、山道を登り続ける事30分……

「とーちゃく!」
「ふひぃ……」
「おつかれガネン君。いや〜やっぱりここから見る景色は良いね!」

とうとう私達は山の上まで辿り着いた。
山と言ってもそんなに高くないしすぐに登れるが、ここからなら村全体をほぼ見渡す事ができるどころか、遠くの景色まで見れるので、なんだか自分が大きくなったように思えるのだ。
風は気持ちいいし色とりどりの花が咲き乱れており、私も皆もこの場所が大好きだ。

「そういえば、昔ノフィが私にくれたお花ってここのだよね?」
「えっ……ああ。そうだぞ。よく覚えてたなお前」
「忘れないよ。あれが初めてだったもん。この村に来てからお婆ちゃんやスノア兄ちゃん以外で安心できた人間に会ったのはね」
「お、おう。そうか」

足下に一杯生えているお花は、かつてノフィが友達になりたいと私にくれたお花と同じものだ。
私にプレゼントするために、当時7歳だったノフィは一生懸命この山を登ったのだろう。今でこそ軽々と登れるけど、当時は大変だったはずだ。

「ふふ……ありがと!」
「おわっ! 急に抱きつくなよ!!」
「おお、らっぶらぶー!」
「ひゅーひゅー!」
「おいそこ! からかうんじゃない!」

そこまでして、私と友達になるためにこの花を摘んでくれたノフィに、私は嬉しくなってつい抱きついた。

「……ん?」
「どした?」
「いやなんでも……」

なんだかノフィに抱きつくとちょっと変な気持ちになる。
何かはよくわからないけど……なんだかお婆ちゃんやスノアお兄ちゃんや他の友達に抱きついた時と微妙に違う感じが……胸が高鳴るとでもいうか……

「てか離れろリム! 暑苦しいぞ!」
「あ、ごめん……」
「あ、いや、そんなしゅんとされてもこっちが困るんだけど……」

なんだかよくわからない気持ちに首を傾げていたら、ノフィに引き剥がされた。
急に熱が無くなったので、なんだか少し寂しくなってしまい、その場でしゅんとして座っていたのだが……

「……ん? 何だあれ……ってリム危ない!」
「うわっ!? い、いきなり何……え?」

突然ノフィが立ち上がったかと思えば、私を押し飛ばした。
いきなり何するのかと抗議しようとしたら……突然目の前の花が火に包まれた。

「きゃあっ!」
「な、何が起きたの?」
「君達! 今すぐその魔物から離れるんだ!!」
「ここは我々が抑える。君達は速く村へ逃げなさい!」

そして、突然山の向こうから、一人の鎧を身に付けた男性と、リーパさんとはまた違った天使系の剣を持った女性が突然現れ、そう叫んだ。

「さあ、観念するんだワーウルフ!」
「見たところ子供の個体のようだ。だが、人間を襲う魔物である事には変わりない。成敗する!」
「え? ええ?」

突然の事で何が何だかよくわからないが、とりあえず現状私が大変な事になっているらしい事だけは把握できた。
これが所謂勇者という人なのだろうか。どちらにせよ、私の事を強く、そして冷たく睨むこの人は危険だろう。
早く逃げたほうが良さそうだけど……突然の事で足が動かなかった。

「な、なに……?」
「子供を襲う悪者め、死ね!」

私の目の前までやってきた男の人は……腰に掲げていた剣を構え、私に振り下ろそうとした。
動けない私は、意味は無いかもしれないが咄嗟に目を瞑り伏せた。

「……?」

ただ、いつまで経っても痛みが来る事はおろか、剣を振り下ろす音すら聞こえない。
どうなったんだろうと思い、恐る恐る目を開けてみると……

「君、いきなり飛び出して危ない……」
「お前、いったいリムに何しようとしてんだ!」
「の、ノフィ!?」

私とその男の人の間に、ノフィが手を大きく広げて立っていた。
まるで……いや、まさに私を庇うようにして、相手を強く睨みつけながらそう言ったのだ。

「何をって……君達が魔物に襲われていたから助けようと……」
「ふざけんな! 俺達はリムと遊んでただけだ! 襲ってきたのはそっちじゃないか!」
「これはいったい……」

戦ったら絶対に敵わないような大きい相手に、ノフィは恐れる事無く強く叫ぶ。

その姿を見た私は、なんだか胸が大きく揺れた気がした。

「えっと……あなた達はいったい何者ですか? 見たところ勇者様と天使様のようですが……」
「えっと……僕はヤム。君の言う通り勇者をしている」
「私はヴァルキリーのアミンだ。君達はこのワーウルフに襲われていたのではないのか?」
「違います! 私達はリムちゃんと友達で、一緒に遊んでいただけです!」
「そうです! リムちゃんとわたし達は友達です! 悪い魔物じゃありません!!」
「僕達はもう2年以上も一緒に遊んでいる仲です。リムが人を襲う魔物でしたら、もう僕達はとっくの昔に死んでますよ? ですからリムは悪い魔物じゃありません」
「アルモちゃん、ネムちゃん、ガネン……」

見た目通り勇者と神族だった二人に、他の皆も私は悪い魔物ではないと説明してくれた。

「皆……ありがとう……ふぇぇ……」
「あ、おい泣くなよリム!」

私は嬉しくて、つい涙を流してしまった。
そんな私を抱き寄せ、胸に頭を埋めさせるノフィ……その温かさが心地良かった。

「な、何が何だか……」
「リムはこの村の住民で、僕達の友人です。村にある教会にいる天使様や神父様にも確認してみてください」
「あ、ああ……では案内してもらえないか」
「わかりました。じゃあ行こうか皆。あ、ノフィとリムは落ち着いてからでいいよ」
「あ、おう」

皆は勇者達と一緒に下山していった。
私とノフィだけが、風が吹く山の上で二人残されていた。

「ぐす……ありがとう……」
「ああ……」

泣き続けていた私を落ち着かせようと、頭を優しく撫でてくれるノフィ。



それはとても温かく、そしてなんだかむずむずして、私を不思議な気持ちにしたのであった。



……………………



…………



……







「なるほど……ただ一人生き残ったワーウルフか……」
「大変な思いをしてきたんだなお前さんも」
「うん」

日も暮れて、まんまるお月さまが夜空を輝かせる時間。

「ほれ天使の剣士さん、お茶菓子でもいかがかのぉ」
「あ、ありがとうございます」
「勇者さんも。適度な糖分は疲れを飛ばすしええぞ」
「かたじけない」

落ち着いた私はノフィと一緒に山を降りて教会へと向かい、色々話した後家へと帰った。
そして美味しい夜ご飯を食べていたら、先程の勇者とヴァルキリーが家にやってきたのだ。

「まあ事情はわかった。悪いな何も知らずに襲いかかったりして」
「いいよ別に。勇者って魔物を倒すのがお仕事なんでしょ?」
「正確には違うが……まあ、そうだ」

この二人は昼間の非礼を詫びたいとかいう理由で来たらしい。
たしかに驚いたし、迷惑ではあるが、仕方ないと言えば仕方ないので、もう私は怒ってはいない。

「あなた達はよく魔物であるリムちゃんをすんなりと受け入れましたね」
「僕達は医者ですからその命は平等です。魔物だから見捨てる、なんて選択肢はありません」
「それは素晴らしい心構えですね」

そしてお婆ちゃんがお茶でもと言ったので、少しリビングでお話する事になった。
どうやらヤムさんとアミンさんは数日教会に泊まるらしい。なんでも魔王退治の旅の途中で、旅の英気を養うために数日間休んだり、旅の準備をするとの事。

「ところで……あんたら、今まで何人の魔物の命を奪ってきたんだい?」

そこそこほのぼのとした空気で喋っていたが、突然いつも優しい顔をしているお婆ちゃんが、冷めた声でヤムさん達にそう聞いた。

「……そうですね……実は、わかりません」
「……」
「あ、わからないというのは殺し過ぎて数がわからないという事ではないですよ。大体は止めを刺さずに去っていますから、その後死んだか生きているかがわからないという事です。我々の狙いはあくまで魔王ですから」
「そうですかい……」
「僕としても、人に近い姿をして、同じように会話もできる魔物を殺すのは躊躇うので、ある程度傷付けて逃げて行ったらそれまでです……勇者としては失格かもしれませんがね」
「そんな事はありません。むしろ、躊躇せず殺せる勇者がいたとするならば、それは勇者の皮を被った狂人ですよ」

お医者さんとして、相手が何者であれ命を奪う事は許せないのだろう。血みどろの私を、反魔物領のこの村であっても助けてくれたのだ。
お婆ちゃんのそんな優しい所が私は大好きだ。だからこそ、私もお医者さんになりたいのだ。
そしてヤムさん達は今まで魔物を殺してはいないらしい。傷付けているのも嫌だが、殺しているような人達よりはマシだ……

「あれ? さっき私に死ねって言ったような……」
「なぁにぃ!? あんたらリムちゃんに死ねだなんて言ったのか!? 私の孫にそう言ったのか!?」
「あ、いやあれはその本気では無く……」

と、そういえば先程山の上で剣を振り上げ死ねと言われていた事を思い出し、ついボソッと口に出してしまった。
その瞬間お婆ちゃんは立ち上がって私を強く抱きしめ、鬼の形相を浮かべてヤムさん達を怒鳴りつけた。
お婆ちゃんが怒るのなんて珍しい……というより、ここまで怒るのは初めて見た気がする。

「とにかくすいませんでした!」
「まあまあお婆ちゃん落ち着いて。今までの話や状況を纏めると、子供を襲う猪の目を逸らす為に石を投げるようなものだよたぶん。相手も謝っている事だしさ、ね?」
「ふん!」

スノア兄ちゃんが抑えたものの、未だご立腹のお婆ちゃん。
そこまで私の事を大事に想ってくれている……つい尻尾がブンブンと揺れ動いてしまう。

「では我々はここでお暇させていただきます。お茶と菓子ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はい。お粗末さまです」
「もう二度とくるんじゃねえ……と言いたいところじゃが、怪我をしたらきちんとうちにくるんじゃよ」
「はい。本当にスイマセンでした!」
「私じゃなくてリムちゃんに謝りな!」
「あ……ゴメンねリムちゃん。もう絶対あんな怖い思いさせないから」
「うん。別にもう気にして……あれ?」

そんなお婆ちゃんの気迫に押されたのか、そそくさとお茶を飲み干してお菓子を頬張り席を立ったヤムさんとアミンさん。
お婆ちゃんに言われ、私に謝る二人。その時、アミンさんの指にある物を見た私は、ふと頭の隅に引っ掛かった事があった。

「ねえアミンさん、その指輪……」
「ああこれか。これがどうかしたか?」
「うん。ちょっと見せて」

アミンさんの指にはめてある、キラキラ輝く黄色の宝石が付いた指輪。
なんだかどこかで見た事ある気がしたので、じっくりと見せてもらった。

「……ううん、違った」
「どうかしたのか?」
「えっと、昔お母さんが見せてくれた指輪に似ていたから……でも宝石の形がちょっと違った」

もしかしたら生前お母さんが大きくなったら私にあげると言っていた宝物の指輪かと思ったが、よく見たら違っていた。
あの指輪はとっても綺麗で忘れるはずもない……そっくりだったが、宝石の形がこの指輪のように四角では無く、今日のお月さまのように丸だったので、これは違う。

「丸い黄色の宝石、ワーウルフが持っていた……」
「なあヤン、もしかして……」
「ああ……」

違った事を告げたら、何やら顔を見合わせて確認し合い始めた二人。
いったいどうしたのかと思ったら……

「リムちゃん、僕達その指輪を見たかもしれない」
「え……本当に!?」
「確信は無いが……ワーウルフの魔力の籠った、この指輪にそっくりな呪いの指輪を売っている者を最近見た。しょっぴいてやろうと思ったが逃げられたから、今はどこにいるかわからんがな」

もしかしたら、その指輪を売っている人がしれないという事を私に伝えてくれた。

「歩き売りをしている商人だったから今どこにいるか全く見当がつかないが、もし旅の途中で見掛けたらリムちゃんの為に取り戻してあげるよ」
「え……ほ、本当に!?」
「ああ。迷惑掛けたお詫びだよ。建前としては、呪いの装備なんて人の手に渡らないほうが良いから同じワーウルフである君に押し付けるってだけだけどね」
「それでもいい。ありがとう!」

そして、また見つける事ができたら、私に渡してくれると言ってくれた。
もう二度と手に入る事のないと思っていたお母さんの形見……それが私の手に来るかもしれない。
とても嬉しくて、私は千切れるんじゃないかという程尻尾を振り回しながらお礼を述べた。

「良かったのリムちゃん。お母さんの大切な物が見つかるかもなぁ」
「うん!」

私と約束し、教会方面へと去って行ったヤンさんとアミンさん。

「リム、お風呂の準備が終わったよ。今日はいろいろあって疲れただろうし、ゆっくり入るといいよ」
「わかった。じゃあお婆ちゃん、今日は身体洗って! ちょっとお話したい事もあるの!」
「そうかいそうかい。じゃあちいとだけ待ってくれんかの。お客さん達の食器を片づけないと……」
「あ、それは僕がやっておくから二人はお風呂に行きなよ」
「ほお、ならスノちゃんに任せましょうかね。それじゃあお風呂に行こうかリムちゃん」
「うん! スノア兄ちゃんありがとう!」
「どういたしまして」

今日ノフィに抱きしめられて感じた不思議な気持ちをお婆ちゃんにお話したいので、私はお婆ちゃんに身体を洗ってもらう事にした。
裸を見られたくないからと頑なに一緒にお風呂に入ってはくれないが、身体を洗ってくれるだけでもいっぱいお話できるので不満は……全くではないが、とりあえずは無い。

「ねえねえお婆ちゃん。今日あの二人が襲って来た時、ノフィが護ってくれたんだけどねー」
「ほぉ、ノフィちゃんがねぇ……」

身体をわしゃわしゃ洗われながら、私はお婆ちゃんと楽しくお話をするのであった。



この時お婆ちゃんに話し、朗らかに笑われたこの不思議な気持の正体がわかるのは、もう少し私が大きくなってからなのであった。
14/05/26 22:57更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
おばかみちゃんなのにちと長くなってしまった…まあ今回はそれだけ多くの物を詰め込んだからですけどね。
そんな今回はリムが10歳になり、沢山の友達がいる時のお話で、少しずつノフィの事を意識し始めるお話でした。

次回は、リムが14歳ぐらいになった頃のお話。とうとうリムにも獣人特有のアレがやってきて……の予定。

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