読切小説
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黒姫の降りる頃
その地には古くから時折黒い雪が混じることがあった。
不気味ではありながら、それが降った年の春には人々は子宝に恵まれ、その年の祭りの頃には、決まって黄金色の稲穂が首を垂らすように実りを付ける。
故に、古くからこの地ではその黒い雪が降ることを『黒姫が降りられた』と言い、吉兆とされてきた。
その所為なのか、この地には社はなく、神もいない。
人間たちは外が真っ暗になる新月の夜、空に向かって祈りをささげる。
『オンマイヤ、オンマイヤ。黒姫様の。オンマイヤ』
普段は白銀の光を大地に降り注ぐ月は、この日だけは星空に穴を開けたように、真っ黒な姿を現して、時折にこりとほほ笑むのだ。

















黒姫の降りる頃
















――ひそひそ
.    …忌まわしい…           …白い鬼の子…
.           …穢れた白い…             …祟りを振り撒く…
…呪われた子供…               …なぜ生きている…
.        …死んでしまえ…
.                          …殺してやる…


違う
私は鬼じゃないのに
どうして私ばっかり…


振るえる膝 抱えて
骨 軋むほど 強く

.   …殺してやる…     …消えてしまえ…
.                             …呪われた子…

私を取り囲む
真っ暗な部屋 影が盛り上がって 人の形
みんな 踊りながら 嗤って

いや… いや

.               ――殺してしまえ――

びくっ

あたまの深いところから
聞こえる                  ――殺してしまえ――
いやだ
私に話しかけないで               ――お前を傷つける者なんか――
そんなことはしない!
みんな優しい人たち
こんな私に毎日ごはんを持ってきてくれて
優しく声だってかけてくれる
.            ――こんなふうに

.  …忌まわしい…      …不吉な白い… 
.                            …殺せ…
.      …焼いてしまおう…        …毒を盛ろう…


「ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっっ―――――!」


しんと…  静まり返って
古い木と 埃の匂い
パチパチと燃える火鉢が傍にあって
白くて細い煙 高いところにある窓に向かう

いつも通りだった
私は汗びっしょりで
…これもいつも通り

入口の所
手紙と 小さな包み

“…× ※ #・_。。。”

文字がぐにゃぐにゃ 紙の上を蠢き回って
うう…
まだ“戻って”ないみたい
でも
きっとこんな事が書いてある

“姉さん。苦しそうだったから、ここに置いておくね”

包みの中には 大好きなお菓子と 竹筒に入ったお水

――ちくり                  …毒だ… …お前を殺すための罠だ…

部屋の隅から

はぁ…

無視無視

――ぱくり

舌の上で 雪が融けるみたいに
甘いのが広がって

「ん……っまぁぁぁ〜〜〜い!」

私の大好きなお菓子
ぐちゃぐちゃになった頭の中に
浸み込んでいくみたい

くしゅんっ

うぅ…寒い

私は包みとお水を持って火鉢の傍に
小さな火鉢だけど、蔵の中だからこれだけで十分にあったか
炭は源蔵さんがたくさん持ってきてくれたし
そんなことを思いながら
蔵の中を見渡して

ひぃ…ふぅ…みぃ…

う〜ん

今日は5匹か…
調子悪めだなぁ…

…ひそひそ

ぅわぁ…しかもなんか言い始めた…

やだなぁ… 今日、もつかな…

そうだ
火鉢のまわり 綺麗にしとかないと    倒しても火事にならないように

お布団 離して…
う…6匹目…中に…
き、気にしない… 気にしない…                ひそひそ

ふぅ…

片づけ終わって

なんで掃除するだけでこんなに疲れちゃうかな…

ああ…

ユウに会いたい…









あれ?
どれぐらいごろごろしてたかな?


――ごろごろ

重い音がして

「姉さん。起きてる?」

来たぁっ!

ユウっ ゆ〜うっ♪

「起きてるよ〜」

そのままユウに抱き着いて

「わわっ!?ちょっと?姉さん…」

あ〜。ユウの困った顔〜。かわいっ…

「ゆ〜うっ♪」

ユウの身体を抱きしめて
ユウのほっぺに私のほっぺをむにゅって
あ…
温かい

そうだ…

「ねぇ。ユウ。お風呂入りたい」
「え?ふふ。いいよ。でも、まだ昼間だよ?」
「いいの。私が入りたいの」
「もう。いつも姉さんは突然だなぁ」
「いいでしょ?」
「わかった。今用意してくる…」
「うんっ。ユウの着替えも忘れちゃだめよ」
「わか……えっ!?」
「一緒に入るのよ。当たり前でしょ!姉弟なんだから」
「姉さん…でも僕ら、もういくつになったと…」
「関係なっし!私が決めたの。ユウは潔く裸になるの」
「うぅ…。もう…姉さんには敵わないよ…」



う…さむ…

「ユウっ!早く入ろう!」
「そ、そうだね…」

ユウが震えながら私の後についてきた
ん?
なんで少し前かがみ?

――ざぱぁ〜

「ふいぃ〜〜〜〜」
「姉さん…だらしない…」

ユウがじとっと私を見た

「別にいいじゃない。ユウしかいないんだし」
「そうだけどさ…」

ユウがむぅって
ああ…もう
いちいち可愛い

「ユウ。今まで黙っててごめんなさい。私、実は…ユウの事が好き過ぎるお姉ちゃんだったの!」
「……うん。知ってた…」

ユウが呆れたような顔をした

「ごめんね。ユウ。こんなお姉ちゃんを許して!」

――ザバッ

「ぅわぁっ!?ちょっと!?」

ユウの白い肌を抱きしめた
裸で触れ合って
気持ちいい

「ねぇ、…いい、かな?」

私が訪ねて…

「……うん」

ユウ
少し、顔 背けながら
私だって いけないことだって言うのはわかってる
でも こうして ユウと繋がる時だけが 何もかもから解放されて
本当の私になれるの

――ちゅ

唇 合わせて

れろ … ちゅむ

甘い
とろりと 濃くて

ユウが私に混じり合うの               私の毒が ユウに混じる
そう思うと 心臓 どきどきして
ユウを私が汚す 染める

お湯の中 私の白い髪 ユウの黒い髪 融け合って
手さぐり ユウの熱い――
お湯の中でもわかる
私の汚いソコに

くちゅ

あぁ…

私がユウにしがみついて
ユウが私を抱きしめて

湯船が坩堝になったみたい
私たち 融け合って










「ねぇ、ユウ?ごめんね…」

いつもと同じことしか言えない 私

「……」

ユウは答えない
私の背中を静かに流しながら

「姉さん…」

呟いて
ゆっくり
私の背中に抱き着いた

さっきみたいな感じじゃなくて
壊れそうな私を包もうとするみたい
それを嬉しく思う 私

――つつ…

ユウが 私の腕と肩の傷に触れる

私が自分でつけた傷
どうにも 狂いそうになって
でも ユウと離れたくないから
自分を 保ちたかったから

「姉さん…」

ユウ また呟いて
今度は首の傷を 舐めてくれた
傷口は とっくに塞がってるけど
でも じん って痺れて
温かくなって

だから
このままでいいって
そう 思ってたんだけど な…


.           「姉さん…これで、もう…やめにしよう」




「え?」

一瞬
何を言ったのかわからなかった
でも
ああ、そうか って


「…うん。わかった。ごめんね。ユウ」









あれから、ずっと
ユウ 来なくなって
私はひとり

  …くすくす…                 …忌むべき者…
        …殺せ…          …穢れた女…
…弟を犯して…     …なぜ生きている…            …嫌われた…

幻たちが好き勝手言ってる
いつものこと
なのに なんで

こんなにイライラするんだろう

   ――殺してしまえ――
               ――その後でお前も死ねば――
  ――ずっとユウと二人――

ゾクリとした
私の中から
ああ これは私が望んでいることだ
でも 

――殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ――

「うるさいっ!」

――殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ――

うるさいうるさいうるさい!
やめて
そんな事しない!

――盗られるぞ――   ――ユウが盗られる――
.                        ――ユウが女に盗られる――

い、いやっ
言わないで

――ユウは嫁を貰う――
.             ――私と違って普通の子――
――お前は狂ってる――                 ――殺せ――
.          ――ユウを私だけのものに――

あ、あぁ…
そうだ…ユウを私だけのものにしなくちゃ…

「ちがう!ダメ!」

ダメ
そんなことしちゃダメ
ユウはいい子なの
早く私みたいな狂った女を捨てていい子と結ばれるべきなの

火鉢の影から 黒い蛇 伸びてきて
捕まえられる すごい力 ミシミシ

や、いやだ!


――ガリッ


爪を腕に突き立てた
長く伸びた爪
真っ白な私の腕に 赤い稲妻
古い傷に沿って 血 流れて

――痛い  痛い痛い痛い痛い痛い――

「うがぁぁぁああ。うぅ…」

引いていく

消えて

幻たち ゆらゆら

「はぁ…はぁ…」


――ガラガラ

入ってきた
母さん

「雪っ!?」

慌てて駆け寄ってくる
ああ
心配してくれてる
嬉しい  な…





――パチパチ

火鉢の音

母さんの膝枕

「母さん。ごめんね」
「いいのよ…。雪」

優しく
私の髪 撫でてくれて

「私、弟離れ できないみたい」
「そうね。あなた達は昔っから仲が良かったから…」
「……母さん。知ってるんでしょ?」
「…うん。でも、裕也からは言わないで欲しいって、言われてたから…」
「私、最低なお姉ちゃんだよね…」
「…お前は、とってもいい子だよ。私も、裕也も、知ってるわ」
「ふふ。お父さんはそう言ってはくれないわ」
「あの人には…」
「いいの。お父さんは家を護らなくちゃいけないもの。私みたいなの、捨てないで置いてくれてるだけでも、感謝してる」


――憑き者

私みたいなの
みんなそう言ってる
ほとんどは捨てられたり 殺されたり
でも
私の家族は
こんな私でも、こうして大切にしてくれる

「でも、もう潮時かもね…」
「え?」

母さん 驚いた顔して
怖い目をして

「馬鹿っ!何言ってるのよ!」
「うん。ごめんね」
「あなたは私のお腹を痛めて産んだ大切な子なのよ!」
「うん。嬉しい。私、とっても。とっても、幸せだよ」

でもね
もう、きっと限界なんだ
私も、みんなも

「ユウ、もうすぐ元服だよね?」
「…えぇ…そうね」
「きっときれいなお嫁さんを貰う」
「……そうね」
「そのお嫁さんに、私の事、なんて紹介するの?」
「裕也の姉の雪です。そう言って、胸を張って、紹介するわ」
「……お父さんは、きっと許してくれないわ…」
「そんなの、母さんがなんとでもするわ!私が何をしても、あの人を納得させる!」
「できないよ。そんなの」
「なら、髪を切ってでも…」
「やめてよ…。私のせいで、母さんの綺麗な髪…。そんなの見たら、私、死にたくなっちゃう」
「………」

母さんが
目を真っ赤にして
涙を堪えてる
嬉しい
それだけで 私がどれだけ愛されてるかわかる
優しい母さん
私が こんなになってしまっても
それでも変わらず 愛してくれてる



――ちゅ

「っ!?」

母さん
驚いて
目が真ん丸
ふふ
かわいい

「母さん 好きよ。私ね、母さんの子に産まれてよかった」

同じような背格好
同じように、細くて長い髪
背が高くて
笑うと糸みたいになっちゃう目とか
私のほとんどは、母さんにもらったもの
でも
余りにも違い過ぎるの
この真っ白な穢れた髪も
真っ赤な鬼のような眼も
透き通って 血の管まで見えてしまいそうな気持ち悪いくらい白い肌も
そして何より
私の心には魔が住んでいる
たくさん
其処彼処に

「ふふ。ごめんね。私、弱気になっちゃってた。ダメだね。ユウと、母さんと3人で約束したのに…」

私が笑いかけて
母さん 呆けたみたいに

「母さん。私、頑張るよ。一生懸命、戦う。そして、私の中の悪いの、全部追い出して、きっといつか、ユウよりかっこいい旦那さんを貰うわ」

そう言った

母さん 嬉しそうに

「うん。そうね。雪ならできるわ。私の子だもの」













〜ごめんね。母さん、ユウ。今まで ありがとう。これからも、愛してます〜





私には分かっていた
私の心に憑いた“魔”は私自身
出て行くようなものじゃない
きっと 私はこの先も ずっとこのまま



だから 抜け出した





何年振りだろう?
屋敷の外
子供の頃
私がまだ普通の子供だった頃
ユウと一緒に遊んだ道

――ちらり

通り過ぎる人が 私を見た

白い髪 白い肌

夜でも目立ちすぎる 私

私は急ぐように 街を出た

街のあちこちから声がする

いつもの幻の声

人が見ている

私を 鬼を

奇異の目で 恐怖の目で 軽蔑の目で

逃げる

走り出して

腕に爪を喰い込ませる

痛みに集中する

聞こえない 見えない
聴かない 見ない


街を抜けた先は
深い 暗い 怖い  森の中だった








――ビクッ!

木の枝に 心臓を刺されて 目が覚めた
森が襲ってくる
私を殺そうと
木の陰から私を狙って

違う

そんなものは居ない

ここは静かな森の中

「ふぅ…」

深呼吸

「気をしっかり持て!雪っ!」

一人で生き抜くって、決めた
私は死にに来たんじゃない
一人で生きていくんだ


でも、そんな私の、幼い決意も誇りも
幻たちに削られていく
血のにじむ腕に爪を尖らせて
耐える

森を越えれば 山を越えれば
きっとどこかに

そうだ
妖怪の村を探そう
妖怪達ならこんな私でも受け入れてくれる

…でも もし食べられちゃったら…

いいの
食べられそうになったら 目を抉ってやる
逃げて 探して
世界は広いんだもの
こんな私でも生きられるところはあるはずだわ

そう
そして、いつか
遊山をしながら家に帰る
すっごく綺麗なお嫁さんを貰ったユウに 「おめでとう」 って心から言ってあげるの
歳をとった母さんに 「私は幸せに生きているよ」 って心から安心させてあげるの

――ぶちっ

嫌な音と感触
裸足に

「うぐぅ…」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い

触れないようにしながら
腰かけて
足に刺さった枝を

――どろり

血が手に絡みついて
黒い血が
人の顔になって

――この足じゃ歩けないね――
.                ――死んでしまった方がらくになれるよ――

「うるさい!」

枝を放り投げて
血を振り払って
白い着物の裾を破く
足を縛って

「んぎぃ…」

痛い
でも 大丈夫だ

私は行くんだ







「はぁ…はぁ…」

頭がガンガンする

熱くて暑くて

着物を脱いでしまいたい

真っ白な息が視界を覆って

――げほっ
――がはっ

おかしいなぁ…

風邪、ひいちゃったかなぁ?


どこ 歩いてるんだろう

ずっと洞窟みたいなところを歩いてる気がする
森の中を彷徨ってる気がする

「みずが…のみたい…」

のど からからだ…

そうだ かわをさがそう…

あ…れ?…
じめんが ながれて …

ここ みずのなか …


そらに おちる






――りぃ…ん

鈴の音
聞こえてきて

――りぃ……ん

もういちど

「だ…れ?……」




“お姉ちゃんだぁれ?そんなところで寝てると危ないよ?殺しちゃうよ?”




小さな 女の子

真っ白な髪
首のところで切り揃えられてて
真っ黒な着物と女袴…
真っ黒な漆を塗ったような瞳で
冷たい目で


「わたしは…いきる…」

“へぇ。お姉ちゃん、生きたいんだ。くす…くす…”

「わら…うな……」

“好きよ。その眼。私にそんな眼をしたのはお姉ちゃんが初めて”

「うる……さ……」

“いいよ。お姉ちゃん、私の中に入れるかどうか、試してあげる。頑張って「生きて」みて”




女の子の影が私に伸びてきて
そこから蔦のように私の身体に
うねうね と
腕を 足を 首を
ぎちぎちと ひっぱって

「ぐぎ…」

苦しい
痛い
熱い

黒いの 私を覆って
口から 鼻から 耳から 目から
入ってくる
息 できな 

ぐねぐねと 私のなか
探して
何を?

心臓 絡みついて

どく どく どきゅ ぎゅりゅ

「んあぁぁぁア嗚呼あああゝああああ゛あ゛あ゛」

叫んだら 肺の中にも
苦しい 気持悪い

私の中 ぐちゃぐちゃに

「い…や……」

下からも

やだ…

ユウの意外…入れた事…

あ、や

「    ―――――!」

声 でなくなってた

内臓
掻き回されて
死ぬ
殺される


でも
これで…

いやだ

死ねない

私は決めたんだ


歯 食いしばって
ぬるり きもちわるい
でも 噛み千切る


“へぇ、すごぉい。まだ抵抗するんだね”


熱い
千切れた所から
黒い汁
私の中に溶けて
やだ
入ってこないで


融ける 溶ける 私の中に 私の中が 私が

お腹が膨らんで
苦しい 痛い 割れる
やめて

「あ…あぁ…が……」

獣みたいな呻きが 私の口から出てきて


“こうしたらどうかな?”


――ずぎゅ

「んぶっ」

黒い泥が喉の奥から

黒い槍が心臓 貫いてた

それなのに私 生きてて…


そ…か…

これは…私の幻だ…

負けない…私は……


“すごい…。まだ、壊れないんだね。いいよ。わかった。お姉ちゃんを私の中に入れてあげる。ねぇ、なんていうお名前なの?”

「わたしは…雪…」

頭の中 ぐちゃぐちゃなのに
言葉 勝手に


「雪…そっかぁ…。そういう名前なら、お姉ちゃんの綺麗な髪、私と同じ白い髪、染めずにそのままにしてあげるね。だから、頑張ってね」

え?


意識 途切れた
























.    最後に  れた 忌まわしき  神殺   上を し空 えも覆い 界を
.          べてを   いし  厄  黒の大妖
.   げろ   われる    畏怖   亡     跡形  





あれ?
ここはどこだろう?
真っ暗で何もない
立っている 眠っている
私はどっちを向いてるんだろう
目は開いてる?
あれ? 目の開け方が分からない
あれ?
私に目なんてあった?
そもそも身体だって
私は…


――ぼぅ


突然 光って


私が生まれた
暗闇に包まれて
いくつもの魂
ぶつかって
混ざり合う
消えて 融けて 産まれて
そうして出来た




にぎ にぎ …

手だ

ぺた ぺた …

触ってみる

胸もあった
おなか
おしり
太もも
あし

そうして
わたしのかたちを知った

もっと しりたい
わたしのこと




むね
小さい
さわると じんじんして
とがったところ
なにかな?

んひゃぁ!

ここ すごい



たら

あしのつけね たれて

なんだろ

ああぁ…

くちゅくちゅ

へん

じんじん して

ぼぅって

からだ ひがついたみたい



なかに ゆびいれたら もっとすごい

ん あぁ はわぁぁぁぁっ!

ずくん

おなかのおく

ふるえる もっとおくに

ゆび すぼめて

ん ひゃあぁぁぁぁぁっ!

あつい でも きもちいい








わたし みつけた

わたしがなにかやってる

おおごえだして たのしそう

わたしもまぜて






うしろから

え? あなた だぁれ?

うそ このこも わたし

なにして ひゃぁうっ!?

みみ かまれた

くちびるで くちゅくちゅ されて

あ もどかしい






ぞろぞろと あつまる

たくさんの  わたし




や そこは

ああ だめ

はいらな  あぁぁぁぁぁっ!

むりっ ――

うで はいっちゃった

うそ やめて

きす とけちゃいそう あ あ ああ

ももいろ の みつのはな 

にちゅ ――

きんいろに いとひいて

おいしそうって なに

あ やめて

んあぁぁぁぁっ!

はいってきちゃ だめ

むり はいらないよ













私たちが 混じり合った













「一人に…なっちゃった…」

さみしい くらい ところ

真っ暗な世界

真っ白な 私

名前もない…

名前…

雪のように白い…

雪…

雪…




そうだ

「私は 雪」










――ぼぅ

真っ暗な世界
私が浮かんでる
確かに感じる


温かなお湯の様な 闇に浮かんで

ああ ここ 知ってる

お母さんの お腹の中










――じゅぷ

泥の様な 私の中を

「ぷはっ」

――ちか

「うっ」

まぶしい
久しぶりの 光

しん 静まり返って

森の中

――ぶる

寒い

――じゅる

私の白い肌に 真っ黒い私 絡みついて
真っ黒な着物になった

ほっとして

し …ん

もう 幻は聞こえない

闇たちが私を包んでくれてるから

あの子はどこに行ったんだろう

――りぃ…ん

「呼んだぁ?」
「ぅわっ!?」

私の纏う 闇 の中から

「すごいねぇ。ほんの少しだけって思ってたのに、いっぱい持ってかれちゃった」
「ん?」
「気づいてる?お姉ちゃん、もう、人間じゃなくなってるよ?」
「それはまぁ…なんとなく…」

着物になってる私を うねうね 動かしてみる

――ぞわり

影も蠢いて

この中に… あるんだ 私の…

「うふふ…。すごいなぁ…。あんなにいっぱい“私”に犯されて…。なのに消えないんだね」

嬉しそうにしてる こうして笑ってると かわいい かも

「ねぇ、どうして私を……」

『助けたの?』 そう尋ねようとして、言葉に詰まった
助かった けど でも、この子は本当は 私を食べようとしてた
ううん 私を呑み込もうとしてた

「ふぇ?何言ってるの?お姉ちゃんが私の中に入って来たのに」
「え?…」

そっかぁ…
あの時、私、限界だったからなぁ…

「ん〜。そっかぁ。まぁいいや。何はともあれ、私は生き残ったわけだ」
「うん。そうだよ。おめでとぉ〜」

――パチパチ

無邪気に 拍手して

「ねぇ、妖怪って、どこに住んでるの?」
「ん〜?どうして?」
「ほら、私も妖怪になったわけだし、もう家には戻れないわ」
「そうなの?」
「そうなの。でさ、妖怪の街に引っ越そうと思うんだけど、どこかに無いかなぁ?」
「ん〜…さぁ」
「……あなた、どこに住んでるの?」
「ん〜?…さぁ」

ふと この子の闇の中での事を思いだした
ぐちゃぐちゃに混ざり合った 闇の中
この子は 一人で…

「………あなた、名前は?」
「…空亡(そらなき)。みんなはそう言ってる」
「へぇ…。じゃあ、くう。ね」
「くう?」
「そっ。“そらなき”ってお空の空でしょう?」
「たぶん…」
「じゃあ、あなたは、私の事も食べようとしたし、「くう」で決定」
「え〜。なんかやだ…」
「ざんね〜ん。もう決めちゃいました〜」
「え〜!?ぶ〜ぶ〜」
「もう決定よ。私が決めたから決定。お姉ちゃんの言う事には素直に従うの」
「ふぇ?」

くう が 首をかしげた
あ かわいい…

どうしてだろう
自分でもわからない
でも あの時
この子の中にいた時 くう の色々 全部見ちゃったから
他人事には思えなくて
だから

「今日から私がくうのお姉ちゃんよ」
「ふぇ……おねえちゃん?」
「そうよ。文句ある?」
「……ない…よ?」

よくわからない
そんな顔だった

「お姉ちゃんが私の… くう のお姉ちゃん?」
「そうよ。私はくうのお姉ちゃん」
「……うふふ。なんか、へんなの」

そう言いながら、くう が抱き着いてきた

――ずぐん

少し 混じって

『嬉しい』

そう聞こえてきた

『私も嬉しい』

そう返すと 二人で顔を見合わせて 笑った






























その地には古くから時折黒い雪が混じることがあった。
不気味ではありながら、それが降った年の春には人々は子宝に恵まれ、その年の祭りの頃には、決まって黄金色の稲穂が首を垂らすように実りを付ける。
故に、古くからこの地ではその黒い雪が降ることを『黒姫が降りられた』と言い、吉兆とされてきた。
その所為なのか、この地には黒い雪が降る日には、仲良く宙を舞うように空を駆ける2人の黒姫の姿が見られるという。
『御舞や、御舞や。黒姫様の。御舞や』



























――五年後


姉さんがいなくなった後

僕は父さんに言われるまま、春(はる)と結ばれた
春はすごく美人で 一途に僕の事を愛してくれる
そんな春に僕は、未だに後ろめたさを感じていた
こんなことではいけないと思っている
でも 姉さんのことが忘れられなかった
血の繋がった兄妹で
いけないことだって言うのは分かっていたけど
それでも僕は…

「こ〜らっ!」
「痛っ」

え?

「ま〜だ私の事、心配してくれてるの?」
「うそ…姉…さん?」

目の前に 姉さんがいた
あの時と変わらず まるで、ずっと傍にいたように

「なに?その幽霊でも見るみたいな眼は?」
「だって…姉さん…」
「ふふふ…残念でした。ユウにはまだ言ってなかったけど、私、実はすっごくしぶといお姉ちゃんだったの」
「……知らなかった…」
「だからさ。安心して。私ね、もう病気も治ったの。それに、家族もいるわ。だから、ユウは私の事、安心して忘れていいよ」
「そんな…忘れる事なんて…できるわけないだろ…」
「あら…。もしかして、私まだ聞いてなかったけど、ユウ、実はすっごくお姉ちゃん大好きな弟だったの?」

姉さんだ
紛れもない
姉さんだ
明るくて 強くて 俺の大好きな 

「姉さん…」

姉さんを抱きしめて…

「ユウ…ごめんね。いっぱい心配かけちゃったね…」
「ほんとだよ…」
「ごめんね…」

温かい
紛れもなく、姉さんがここにいる

そして
その姉さんが 言った

「ねぇ、ユウ。今度こそ、ホントにおしまい。ね?ユウはさ、もう、すっごく美人なお嫁さん、貰ったんでしょ?」
「うん…」
「私もね、やっと、弟離れする。決めたの」
「…うん」
「ごめんね。ありがとう」

そう言って、姉さんは身体を離した

「ユウ。最後に、言わせて」
「何?姉さん」
「おめでとう。春さん。幸せにしてあげてね」
「うん。任せて…姉さん」
「さようなら…。ユウ」
「…さよなら…姉さん」




その夜、黒姫が降りた






















「お姉ちゃん。良かったの?」
「何が?」
「あの ユウって人、お姉ちゃんの好きな人なんでしょ?」
「…いいのよ。私は人の恋路は邪魔しません。それに、この家を出るときに決めた事だもの」
「ふ〜ん」
「くうももっと大きくなればわかるわ」
「……くう、お姉ちゃんよりも年上なのに…」
「でもくうは私の妹だもの。まだまだ子供よ」
「むぅ…」
「ふふ。むくれたくうもかわいい」
「うぅ…」


12/12/25 00:44更新 / ひつじ

■作者メッセージ
クリスマスに風邪をひいて、熱出て、大雪で、彼女もなしで、明日から仕事で…。
そうしたら、黒い気持ちが湧き上がってきた。そしたら、これが書けた。

直接痛い表現は押えました。でも、かなりグロい表現のはずです。出身がこういうところだから仕方ないよね。でも、最後は甘くします。くうがかわいいです。危なっかしくて放っておけない感じでいいです。
くうはいろいろと特別なダークマターです。なので、融合後も個体として残っています。


ゆき「ねぇ、ところでさ。私は本体(?)を自分の影の中に沈めてるけど、くうはどうしてるの?
   見たことないけど」
くう「ふっふっふ〜。えっとね、お姉ちゃん。『月食』はなぜ起きるでしょう?」
ゆき「………え?」
くう「見る?降ろして来るの、ちょっと時間かかるけど」
ゆき「え、遠慮しとく…。世界が危なそうだし…」
くう「だいじょうぶだよ。昔降ろした時も、5000年ぐらいで元に戻ったよ?」
ゆき「……くうって何歳?」

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