読切小説
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一目恋慕
人生には何度か、のっぴきならない状況が訪れるものだけれど。
僕は今、まさに、その何度か訪れる不運のひとつに陥っていた。

そのことを語る前に、まず、事の経緯から説明しようと思う。

僕の名前はソラ。小さな島国で暮らしていた、漁師の一人息子だ。
暮らしていた…というのは、今はもう、故郷の地を離れたから。
では、どこにいるかというと、船だ。船に乗って、海の上を漂っている。

旅に出たのだ。果て無き夢を追って、退屈な田舎を飛び出した僕。
立派になって、いつか帰るという置き手紙だけを残し、家を後にした。
父さんも母さんも、今頃心配しているに違いない。僕は悪い子だ。
でも、もう帰れない。夢を果たすまでは帰らないと、心に決めた。
故郷に帰るそのときは、職と、孫の顔を手土産にすると決めている。
謝るのも、恩を返すのも、その時だ。決意は固い。振り返ることはない。

思い立ったが吉日、僕は小さなカバンを背負い、船に乗り込んだ。
詰まっているのは、大きな夢と、数日分の食料、わずかなお金。
陸地についたら、まずは仕事を探すことから始めなければならないだろう。
計画性など何もない、突っ走りの旅だ。不安を通り越して、むしろワクワクする。
今の僕は、夢と自由に突き動かされた、無敵でお気楽な存在なのだ。

でも、この旅は、決して快適なものとはいえない。
それも当然。僕は潮風を感じることも、白波を見ることもできないからだ。
僕がいるのは、暗く狭い、荷物庫の中。それも、人という人でぎゅうぎゅう詰めな、だ。

そう、僕は…いや、僕達は、無賃乗船者なのだ。
乗船代をタダにしてもらう代わりに、扱いは荷物と同等。
家畜小屋よりもひどい密集状態で、目的地まで運んでもらうのである。

当たり前だが、船長には、文句のひとつも言えるはずがない。
むしろ、タダで乗せてくれてありがとうと、感謝するのが筋だ。
なけなしのお金を使わずに済むというのなら、それに越したことはない。
言われれば、甲板掃除から服の補修まで、尻尾を振ってやらせてもらう。

さておき、僕のここまでの経緯は分かって頂けただろうか。
では、それを踏まえて、今僕が陥っている状況について聞いてほしい。

先にも述べたように、ここは人でごった返した、荷物庫の中だ。
天井の板張りから、わずかに日の光が漏れている程度の、薄闇の世界。
見えるものといえば、近場の人の顔くらいだ。あとは影の形だけ。
加えて、お互い肌と肌が密着して、座る隙間もない。吐息が届く距離。
湿気高く、気温高く。室内には、息詰まる臭いと熱気が篭っていた。

しかし、そんな不自由な環境下にも、暗黙のルールがあった。

それは領域だ。男性と、女性が密集する場所の領域。
この狭い部屋の中において、男女が居る位置は、明確に二分されている。
と言っても、女性の数は非常に少ないので、隅っこの一部分だけなのだが。
それでも、彼女達にとって、そこは安心できる唯一のスペースには違いない。

安心できる…というのは、まあ、つまり、そういうことだ。
もしイヤラシイことをされても、この状況じゃ、どうにもならない。
手を上げることさえ一苦労な中で、誰が助けてくれるというのか。
悲痛に声を張り上げても、皆のフラストレーションを溜めるだけ。
ならば、そんな事態を予め防ぐことこそ、最善の方法といえよう。

…ここまで言えば、幾人かは予想がついたかもしれない。
改めて言うまでもないが、僕はれっきとした男である。オスである。
したがって、僕が身を置くべき領域は、大多数の方…隅っこではない方だ。

だが。だが、しかし。無計画が災いした。
僕は船が出港するまで、このルールを知らなかったのだ。

一瞬のミスが、一時の不幸。
乗船時、人波に押され、僕はあっという間に隅っこに追いやられてしまった。
背もたれできる場所に来れてラッキー、なんて考えていた、あの時の僕を殴りたい。

ふと気付けば、僕の周りは、女の人でいっぱいになっていた。
何が起きたのか、状況と、ルールに気付くまで、僕は軽くパニックになった。
肌という肌に押し当てられる、ムチムチとした異性の艶肉。魅惑のもち肌。
目の前に迫る、豊かな女性のシンボルに、僕は思わず目を丸くしてしまった。

…そして、今。深呼吸し、やっと現状が掴めた、今。
どうすれば僕はこの状況から脱出できるか、困りに困り果てていた。
役得といえば役得ではあるが、このままでは、あらぬ疑いを掛けられるかもしれない。
今は大事にならなくても、下船時、女性陣に袋叩きにあわないとも言い切れない。
だからこそ、僕はこの女性だけの領域から、一刻も早く脱出する必要があった。

でも、どうやって? どうすれば、ここから逃げられる?
人どころか、ネズミが通る隙間さえない、超過密地帯。
まるで力いっぱいに握ったおにぎりだ。空気さえ通れるか怪しい。
どちらもまずい点まで一緒…とか、そんなこと言っている場合ではない。
早く。一刻も早く、この最隅の天国…いや、地獄から離れなければ…。

「あらあら。ボク、大丈夫?」

不意に、脱出を試みる僕へ。
穏やかに問い掛ける、女性の声があった。

見ると…その人は、ちょうど僕の目の前にいた。
白い肌、紫色の髪、大きなオッパ…じゃない、体躯。
黒いドレスに身を包んだその人は、どこかの令嬢のように見えた。

まるで掃き溜めに紛れ込んだ、一羽の鶴。
そのあまりの輝きに、僕はつい、見惚れてしまった。

「ごめんなさいね。邪魔でしょう、コレ」

呆ける僕に対し、申し訳なさそうに笑い、自らの胸を責める彼女。
僕は慌てて首を横に振り、大丈夫です、と答えた。異様に甲高い声で。
緊張のせいだ。息が詰まる。あからさまなまでの一目惚れである。

「うふふ♪ 可愛いコね」

恥と緊張で混乱する頭で、僕はいろんなことを考えた。
美人なお姉さんと隣り合えたことに喜び、しかし、ますます事態は窮し。
もし彼女に勘違いされたら、僕はきっと、大いにヘコむに違いない。
そんな気分のまま、新たな地の第一歩を踏み出したくはないし、
もっとお近付きになりたい僕としては、逆の道を探りたいくらいだ。

とりあえず、僕は愛想笑いを返して、彼女から視線を逸らした。
人と人とが見つめうことほど、時間を長く感じることはない。
加えて、冷静になりたかった。彼女の容姿は、僕にとって、目の毒過ぎる。

「ねえ。ボク、一人?」

が。彼女はどうやら、それを許してくれないらしい。
おしゃべり好きなのか、続けざまに僕へと問い掛けてくるお姉さん。
現状が現状でなければ、これほど嬉しい機会もないのだが、運が悪かった。
笑って誤魔化せるような質問でもなく、僕はなるたけ、彼女の方を見ないまま答えた。

「その若さで一人旅なんて、勇ましいのね。うふふ…♪」

上機嫌に、お姉さんが僕へ眩しい笑顔を見せる。

辛い。色々と辛い。どうしてここが、船のデッキじゃないんだろう。
水平線でも眺めながら、カッコイイ言葉のひとつやふたつでも言いたい。
夢を語って、お姉さんに、すごいって思ってほしい。もっと尊敬してほしい。

それが、こんな荷物庫の片隅で…じゃあ、ムードもへったくれもない。
今語っても、きっと、笑い飛ばされるだけだろう。子供の僕にだって分かる。
カッコよさには、実力と、台詞と、雰囲気が必要だ。どれひとつ欠けてもいけない。

ああ、不運だ。ことごとく不運だ。
先が思いやられる。これじゃ、きっと向こうに着いても…。

「きゃっ!?」

と、その時。波に揉まれたのか、急に船が大きく傾いた。
同時に、僕の方へと、勢いよく突っ込んでくるお姉さん。

避ける暇もなければ、受け止めるだけの力もない。
僕は何の抵抗もできぬまま、ふたつの実りに、顔面を押し潰されてしまった。

「あっ…♥」

瞬間、耳に届く、悩ましげな女性の声。
それを聞き、ドキリと跳ねる胸。声だけではない。顔を包む感触にも、また。
圧迫される息。鼻腔に響く、胸元に篭もった汗の匂い。香り濃ゆく。
驚きと、息苦しさと、心地良さに苛む心。脳は麻痺し、働かない。

それは、ほんの一瞬…7秒間の出来事。
しかし、幼い僕の心を狂わせるには、充分なものだった。

「…ごめんなさいね。ケガはない?」

身を引き、お姉さんが僕から胸を離す。

しかし、もう遅い。芽生えてしまった。
卑しい欲に呼び覚まされ、ムクムクと、首をもたげる蛇。
止まらない。僕の意思じゃない。止まれと願っても、止まらない。
この隙間ない空間で、居場所を求めるようにして膨らむそれ。
僕の下腹部を押し、お姉さんの太股を押して、自分の存在を主張する。

それは、僕が最も恐れていた事態だった。

「やっぱり邪魔ね、コレ。痛かったでしょう?」

目を伏せ、深く、小さく…されど、荒く息吐く僕を気遣う彼女。
対し、僕は何とも答えない。答えられない。そんな余裕は、とうにない。

ただ、必死に祈った。気付かないで、と。
優しいお姉さんのこと、きっと、僕を責めることはしないだろう。
でも、幻滅されるのは間違いない。嫌われるに決まっている。

そんなのは嫌だ。好きになった女性に嫌われるなんて。
どれほどの苦痛だろう。想像しただけで、立ち直れる気がしない。
恥さえ忘れるほどの、絶望が僕を襲うだろう。それほど、僕は彼女に恋している。
一目惚れだって、恋だ。強い恋だ。フラれてもいいや、なんて思えるはずがない。

「…どうしたの? 辛そうね…」

顔を伏せたままの僕を、不思議に思ったのか。
お姉さんが、僕を気遣い、話し掛けてくる。

このままではまずい。僕は咄嗟に、首を大きく横に振った。

「嘘。ボク、無理しているでしょう。ほら、お姉さんに見せて…」

しかし、それが墓穴だった。
大げさな振る舞いが、余計に不審を買ったようだ。

耳元から響く、想い人の声。顔を近付けているのだろう。
吐息が耳をくすぐるたびに、制御の利かない肉芽が跳ねる。

「過呼吸かしら。息が荒いけれど…」

脳で木霊する彼女の声が、高鳴りを加速させる。
僕の容態を確かめようと、更に身を寄せてくるお姉さん。
触れ合う面積が増え、より密着し、甘い刺激となって僕を弄ぶ。
動く太股。擦れるペニス。息苦しいものが、徐々に下腹部で込み上がる。

「落ち着いて、深呼吸してごらんなさい?」

船は。船はまだ、目的地に着かないのだろうか。
そうすれば、僕は解放されるのに。この幾重もの苦しみから。
長い。見つめあうよりも、もっと長く感じる、時間の進み。
時計もない室内。分からない。僕はあと、どれくらい耐えればいいのか…。

「さぁ、すー…はーっ…。すー…はーっ…」

乱れる心を、お姉さんの優しさが逆撫でする。
優しくて、優しくて、よけいに『好き』と想う気持ちが溢れてくる。
止められない、自分の中の暴走。留め金は壊れ、使い物にならない。
なのに、こんな状況でも、脳裏にちらつくものといえば、先刻の一件。
彼女の匂いや、柔らかさ。思い出し、興奮する、ひどい悪循環。

「大丈夫。ゆっくり…、ゆっくりと…。ね?」

視界が滲む。流れ出ようとするものが、抑えられない。

お願い、神様。お願いします。一生のお願い。
これが家を出た罰だというのなら、今だけは、どうかお許し下さい。
後で、もっとひどい罰でも、なんでも受けますから。どうか、今だけは。
お姉さんの前だけでは、どうか。何でもしますから。そう、何でも…。

だから………ッ。



「…あら…?」

…気が付けば、僕は深く息を吐き、お姉さんの服を握り締めていた。
ズボンに染みを作り、そこから、真っ白な液体を流しながら…。

「あら、あら、あら〜…」

呆気に取られるお姉さん。それもそうだろう、彼女にとっては予想外の出来事だ。
そして、僕にとっては、予想しうる中でも最悪の出来事だ。破滅的だ。

「………」

全てを出しきり、ようやく落ち着く、心と身体。

しかし、それも今更だ。時既に遅し。
もう、どんな顔をしてお姉さんを見ればいいのか、僕には分からない。
ごめんなさい、すら言えない。返ってくる言葉に、恐怖を感じてしまって。
逃げ出そうにも、逃げ場もない。船が目的地に着くまでは、このままだ。
水浴びも、拭いてあげることさえもできない。この上なく最低な状態。

…いや。何よりも最低なのは。
お姉さんに、嫌われてしまっただろう…ということだ。
言い訳の余地もない。船を下りたら、ビンタされて、さよならだ。
二度と会えることもなく、僕の初恋は、空しく終わってしまうのだ。

「…もう」

ああ、鬱だ。憂鬱だ。消えてしまいたい。
僕の立っているところの床板だけ、うまい具合抜けないだろうか。
そのまま海に落ちて、藻屑になりたい。消えて無くなってしまいたい。

もう、本当に、あぁ、もう。
どうしてこうなったんだ。どうして…。

「ダメじゃない、ボク」

後悔と自嘲に浸り、生気を失くす僕。

…そんな、自分を信用できない状態に陥ったためだろうか。

「ちゃんと『ヌイて』って言わないと…♥」

その時、彼女の発した言葉が、空耳としか思えなかった。

「うふふ…♪」

優しいお姉さんの顔に浮かぶ、妖しい笑み。
その表情を、涙を溜めた僕の目が、きょとんと見つめる。

…聞き間違いだろうか。
今、お姉さんが、ありえない台詞を言った気がする。
『ヌイて』、と。そう言わないとダメだと、今…。

「…まだ、溜まっているんでしょう…?」

言いながら、お姉さんの指が、僕の萎えゆく部分に触れる。
瞬時、全身を巡る快感。それと共に、確信する先の言葉。

まったくもって信じられないことだが。
お姉さんは、なんと、僕とエッチなことをしようと言ったのだ。
まるで、地獄から一気に天国まで引き上げられたかのよう。
驚天動地。あまりの展開に、僕の思考は、まったくついていけない。
ただただ、混乱するばかり。渦潮に呑まれゆく木の葉のように…。

「おおきくなぁれ、おおきくなぁれ…♥」

甘い囁き。ズボン越しに触れる指は、愛しき彼女の指。
その事実に、すぐに僕のモノは固さを取り戻し、雄々しく反り立った。

「あらあら♪ 若いって素敵ね♥」

言うが早いか、長い指が下着の中に滑り込み、肉芽を撫でる。
指先でつつき、手のひらで包み込んで。形や大きさを確かめるように。
潤滑油となった精液が、その快感を何倍にも膨れ上がらせ、僕を苦しめる。

彼女の一挙一動に、声を漏らし、身を捩る僕。
未だに状況は掴めていないが、しかし、目の間で起きていることだけは理解できた。
お姉さんが、僕にエッチなことをしてくれている。それが、今の僕の全てだった。

「ほら…。これが好かったんでしょう?」

不意に、再び顔に押し付けられる、たわわな胸。
柔らかく、弾力に富んだオッパイが、僕の顔を埋めてゆく。

「ほぉら…♥ すー…はーっ…、すー…はーっ…♥」

彼女の声に合わせ、深呼吸をすると。
先ほど嗅いだ、甘く濃い匂いが、胸いっぱいに流れ込んできた。
桃のように甘酸っぱい、それでいて、レモンのように刺激的な香り。
理性のタガが外れた僕は、夢中になって、お姉さんの匂いを呑み込んだ。

「いいコね…、もっとよくしてあげる…♥」

ふと、汗でぬめる身体を、それ以上に粘ついた何かが撫ぜる。
つま先から昇り来るそれが何なのか、僕には予想も付かない。

しかし、驚きはしなかった。そんな余裕はなかった。
僕は、もう、彼女のオッパイしか目に映っていなかったから。
彼女の許可も待たず、犬のように舌を這わせ、味わい尽くす僕。
汗か、母乳かも定かでないまま、彼女の体液を舐め、飲み込む。
薄暗の中、うっすらと浮かぶ、乳白色の艶やかな肌に見惚れながら。

「えいっ♥」

が、それほどの陶酔さえも覚ます、強い刺激が僕の身体を貫く。
思わず上がる、室内に響き渡るほどの声。子犬のような嬌声。

「うふふ…♥ おシリははじめて?」

明滅する世界の中、彼女の一言で、何が起こったのかを理解する。

お尻だ。お尻の中に、指か何か、細いものが入ってきたのだ。
いや、入るだけでは飽き足らず、くちくちと僕の中で蠢いている。
それだけでなく、お尻自体にも、無数の口が吸い付いているような感触が…。
違う。下半身に、だ。下半身に、何か長いものが巻き付いてきている。

でも、この感触、どこかで…。
そうだ。昔、父さんと一緒に漁に出たときに釣り上げた、あの…。

「コラッ、そんな大きな声を出しちゃダメでしょう♥」

しかし、それを遮るように。
甦る記憶を、僕の顔と共に、ぎゅうと押し潰す豊満な胸。
乱れたドレスからこぼれた、ピンク色の先端に、否応にも興奮が増す。
鼻息荒く、サクランボのようなそれを咥えれば、舌も蕩ける濃厚な甘味が広がりゆく。

もう、僕の頭には、故郷の思い出も、新天地への夢もない。彼女だけ…だ。

「ほら。今ので気付かれちゃったわよ?」

言いながら、ちらりと横目で辺りを見る彼女。
その視線を追うように、僕も周囲を見渡すと…。

「アハッ♥ もしかして、ボク、こういうのが好み?」

…見られていた。無数の目が、僕達の行為を見ていたのだ。
隣の人、その肩越しから覗いている人、またその隣の…。
周りにいる女性の全てが、皆息を呑み、頬を真っ赤に染めて。
ある者は、いやらしく微笑みながら。ある者は、真剣な眼差しを携えて。
誰もが誰も、部屋の隅で痴態に演じる二人を、食い入るように見つめていた。

「声だけじゃないわ。匂うもの、すごく。イカ臭い匂い…♥」

ズボンを脱がしながら、彼女が囁く。妖美に唄う。
意地悪なことを言う反面、その手は、僕の頭を優しく撫でる。
それも彼女の愛情だと言わんばかりに。幼い心を、懐柔してくる。

対し、僕は、一片の疑いも無く、彼女の行為を…好意を受け入れる。
晒されている恥辱はある。しかし、それ以上の安らぎに包まれているために。
理性は破裂し、本能さえも溶け落ちた。残るのは、彼女を求める心だけ。
止まらない。見られていようとも、彼女を愛する気持ちが止められない。

まるで、誘灯に釣られる烏賊のように。
贖えぬ、自分の中の何かに、狂い、喰らいゆく。

「あんっ♥ もう…、がっつかないの♥」

音立て、乳首に吸い付く。赤ん坊のような生易しさはない。
唾液を口端からこぼし、もろとも啜る。喉を鳴らして飲み込む。

お姉さんの体液を飲むにつれ、更に滾りを増すペニス。
ガチガチに固まったその先端からは、とめどなく愛液が溢れ出す。
口にできぬ彼女への想いが、流れ出ているかのよう。果てしなく。

「…♥ ねえ、ボク? お姉さんね、そろそろ…♥」

そう告げると共に。お姉さんが、僕のアソコから手を離す。
そして、僕の手を取り、下へ…暗闇の中へと誘う。

「ふぁ…っ♥」

…ふと、僕の指が、濡れそぼった何かに触れた。
指を動かすと、それは柔らかく、熱いものだと分かる。

「あっ…♥ やっ♥ ん…♥ そう…、上手よ…♥」

いじらしく指動かすたびに、彼女は艶やかな喘ぎ声を上げ。
いやらしい水音が響くたびに、その答えが、僕の頭の中に浮かんでくる。

「はっ…ん…♥ うふふ…♥ もう、ボクも待ちきれなさそうね♥」

顎に手をやり、僕の顔を持ち上げる彼女。
絡み合う視線。一度絡まれば、もう、解けぬ視線。

掠れた声で、僕は彼女を呼ぶ。お姉さん…と。
恋慕も、肉欲も、全てを込めて、彼女を呼ぶ。
身体だけでなく、心も、彼女と密着していることを確かめるために。
実力も、台詞も、雰囲気もないまま。とてもカッコ悪いけれど。

でも、たったひとつだけ。
彼女への想いだけは、本物であると示したいがために。

「…♥」

輝きと淀み。矛盾を携えた、彼女の瞳。
その瞳に僕を映しながら、お姉さんは、自らの指先を噛んだ。

「ここから先は、ふたりきり…」

言うに合わせ、指を引き、手袋を破るお姉さん。
すると、破れた指先から、キラキラと輝く黒い水が漏れ出した。

「もう誰にも、貴方の可愛い姿を見せてはあげない…」

彼女が、指を口の高さまで掲げ、ふぅっ、と吹くと。
黒い水は、霧散し、周囲を少しずつ飲み込んでいった。
天井から漏れる光も、僕達を見つめていた女性達も。

…最中、目の錯覚だろうか。
彼女達の耳には、まるで魚のようなヒレが…。

「さあ…、愉しみましょう♥」

あっ………。

「ん…っ♥ ふぁ…っ…ぁ……♥♥♥」

瞬間、声にならない声が、僕達の口から搾り出された。
首を絞められたのかと錯覚するほど、かほそい声。

僕と…彼女が、繋がったのだ。

「あぁ…ぁ…っ♥ すご…いっ…♥ すごいわ…っ♥」

まるで出迎えるかのように、うねりにうねる彼女の膣内。
そのあまりの快感に、腰が抜け落ちそうになる僕。霞む意識。
初めてということを差し引いても、耐え難いほどに甘い刺激だった。

「まだ会ったばかりなのに…こんな……こんな、に…っ♥」

…しかし、どういうワケか。
僕以上に、なぜか、彼女の方がより刺激に惑わされている。
あれほど胸に吸い付いても、余裕綽々に微笑んでいた彼女が。
表情は蕩け落ち、吐息は蒸れ。僕を抱き締める腕は、何よりも力強く。

今、彼女は初めて、僕にメスの表情を見せてくれたのだ。

「だ、だめっ…♥ 感じすぎ、て…っ……ふあぁぁぁっ♥♥♥」

大口を開け、背を反らし、全身を震わせるお姉さん。
きつく締まる膣内では、子宮口が降り、僕の先端にキスしている。
注いでほしい、と言うかのように。子種がほしい、と乞うかのように。

それは、強く、強く、より強く。
僕のオスとしての本能を刺激して…。

「はぁっ……はっ…♥ …うふふ♥ イッちゃった…♥」

深く息を吐き、照れくさそうに彼女が笑う。
その股座は、達した快感でびっしょりに塗れていた。
しかし、それでもなお、男根を離そうとはしない。しゃぶりついてくる。
腰は動いてもいないのに、蠢く襞が、僕の肉芽を搾り尽くす。
愛液を吐き出し、絡める様は、まるで底無しの蜜壷のよう。

………ああ、もう。

「ごめんなさいね、一人で勝手に。次は貴方も、ちゃんと感じさせて…」

もう、限界だ。

「きゃっ!?」

彼女の肩を掴み、おもいっきり押し倒す。
暗闇の中、横に倒れる二人。人影も、壁も、床もない。
が、目に見えない柔らかな何かが、優しく僕達を受け止める。

「え、え? ちょ、ちょっと、ボク…」

言い終わる前に、突いた。渾身の力を込めて。

「ひゃううぅぅっ♥」

とても彼女らしからぬ、情けない声が上がる。
しかし…いや、だからこそ、余計に愛らしい。
僕しか知らない、お姉さんの姿だ。本当のお姉さんの姿。

もっと見たい。もっと曝け出してほしい。
僕のように。全て、愛する人の前に…。

「ま、待っ……ひぅぅ♥ やっ♥ あぁっ♥ ちゅ…んっ♥ ふぁぁんっ♥」

がっつく。それ以上にぴったりな表現はない。
唇に吸い付き、胸を揉みしだき、乱暴に腰を振った。
何度も、何度も、何度も、その単調な動きを繰り返した。

一突き一突きに、彼女への想いを込めながら。

「だめっ♥ あっ♥ ちゅっ…♥ だめぇっ♥ こんなのぉっ♥」

ぷしゃあっ…と、彼女のアソコから潮が噴き出す。
しかし、止めない。止まらない。止まるはずがない。
例え彼女が、足腰立たなくなろうとも、止められない。
僕が満足するまでは。彼女に想いと伝えられたと確信するまでは。

「はっ♥ やぁっ♥ 好きっ♥ 好きぃ♥ あぁんっ♥」

刹那、僕の胸に、電流のような刺激が走った。
吸い付くような刺激。お腹にも、背中にも、肩にまで。
下半身を覆っていた何かが、上半身まで上がってきたのだ。
お尻の中のそれも、徐々に激しく、深く僕の中を犯してくる。

だけど、構わない。そちらを見る暇も惜しい。
もっと…ずっと、彼女を見ていたい。空でもなく、海でもなく。
彼女の笑った顔を、彼女のエッチな顔を、彼女の幸せそうな顔を。
ずっと、ずっと見ていたい。僕が一目惚れした、愛する人の表情を…。

「もっと…もっとぉ♥ やぁぁんっ♥」

小さな肉芽で、何度となく彼女の中を抉る。奥を突く。
求める彼女に応えるように、力の限り、突き上げる。

「もっと…好きになっちゃうっ…♥ もっとっ…あぁっ♥ もっとぉっ♥」

髪振り乱し、彼女が舞う。黒い世界で踊る、白き姫。
汗と愛液が混じった、互いのフェロモンが脳を掻き乱す。
僕も、彼女も。目の前の相手に、求め、与える。全てを。

「ねっ…♥ あっ♥ 私…♥ 私ねっ♥ きゃうぅっ♥」

上り詰める射精感。もう抑えられないところまで。

それを感じた僕は、彼女の腰を抱き、顔を胸に埋めて…。

「貴方を船で見たときから…ずっと…♥」

抜け落ちるギリギリにまで、腰を引くと…。

「ずっと………っ♥」

強く………ッ。

「ふああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っっっ♥♥♥♥♥♥♥」

……………

………



「…ねえ、見て」

指差す彼女に、僕は胸へ吸い付いたまま、海面を見上げた。

太陽の光で、きらきらと輝くその場所には、底の抜けた船が一隻。
大きな穴からは、たくさんの人間と、彼らを抱えた人魚達が出てきている。
まるでランデブー。想い人を抱えた彼女達は、嬉しそうに輪を描き泳いでいた。

「皆、素敵な人が見つかったみたい。よかったわ」

どうやら、あの船に乗っていた女性は、ほとんどが魔物だったようだ。
つまり、僕達はまんまと化かされたのだ。罠に掛かったネズミである。
しかし、それも今となっては、不運どころか、幸運だ。掛け値なしの幸運。

僕も例外ではない。こうして、彼女に出会うことができた。
これを幸運といわずにして、何が幸運だというのだろう。

「ごめんなさいね。貴方の旅は、ここで終わりになるけれど…」

甘える僕の頬を、優しく撫でる、温かな手。

謝る必要なんてない。
だって、僕は辿り着き、手に入れたんだ。

「でも、これからは、ここが貴方の暮らす世界」

そう、ここが僕の新天地で。

「そして、私が貴方のお嫁様」

そうさ、キミこそが僕の夢だ。

「一緒に暮らしましょう。この海の底で、ふたり、永遠に…」

彼女の言葉に、僕は大きく頷いた。
それを見て、微笑む彼女。頬に手を添え、眩しい笑顔。

「うふふ♪ 幸せ…♥」

…ああ、でも、一度だけ。
一度だけ、家に帰りたいな。そう決めて、僕は故郷を出たんだ。
親不孝をしたまま、終わりたくはない。筋はちゃんと通したい。

それに、キミのことだって、ちゃんと両親に紹介したい。
こんなに良い人に出会えたよ、って。きっと祝ってくれるさ。
驚かせるといけないから、予め、手紙を書いて送っておこうか。

「…ねえ。それじゃあ、夫婦になった記念に…」

文面は、こうさ。

―父さん、母さん。お元気ですか。

「もう一回、子作りしましょ♥」

孫の顔を見せに帰る日は、思ったよりも早そうです。
13/07/01 20:44更新 / コジコジ

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