連載小説
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真実を知る
 クロフェルルが部下と「捕虜」を連れてグレイリア・サバトの件の拠点にやって来たのは、「第一陣」が大部屋の中に消えた数時間後のことだった。彼女を先頭にして現れた一団を、佑とグレイリア、そして僅かに残っていたサバトの面々がそれを迎えた。
 佑達はこの時、玄関周りの掃除をしていた。そこにクロフェルルの一団が来て、双方がちょうど玄関でかち合わせた格好になった。
 
「グレイリアよ、失礼するぞ」
「んっ? 来たのか? どうした?」

 それはグレイリアにとっても突然の来訪だった。驚く白衣の幼女を見て、彼女の傍らに立つ佑もこれが普通ならざる事態であることを察した。他の面子も同様に、グレイリアの様子からそれを悟った。全員緊張したのは言うまでもない。
 一方のクロフェルルはどこまでも冷静だった。凛とした佇まいを崩さず、堂々とした立ち姿のまま、先方の長たるグレイリアに言葉を投げた。
 
「我がサバトの一部がこちらに来ていると聞く。彼女らはもう着いているか?」
「ああ。数時間前に部屋を貸した。今頃『布教』の真っ最中だろう」
「そうか。ならばその者らと合流したい。正確には、彼女らの愛している者達と、我が連れてきた者達を引き合わせたい」
「それなら問題ない。彼女達は向こうにいる。配下の者にも案内させよう」

 そう答えてから、今度はグレイリアがクロフェルルに問う。
 
「何かあったのか? 誰か手強い相手でもいたのか? 勇者とか」
「いや違う。特別強大な人間はいなかった」
「では何故?」
「そうだな……強いて言うなら、面倒だから来たと言うべきか」

 少し考えてから放ったクロフェルルの言葉に、グレイリア・サバトの面々が一斉に怪訝な顔を見せる。それには答えず、クロフェルルが肩越しに背後を見る。
 クロフェルルと彼女の部下が連れてきたのは、主に大人――揃って同じ格好をした教団の人間だった。そしてそれに混じって、こちらの世界では見ない衣服を纏った大人の姿もちらほら見られた。佑はその「違う衣服を着た大人」に見覚えがあった。
 
「先生」

 異物を見た佑が思わず声を出す。小さな呟きであったが、グレイリアは聞き逃さなかった。
 しかしこの場で追及はしなかった。それを胸に留め置いたまま――もっとも深く追求はしないだろうが――話の矛先をクロフェルルに向けた。
 
「具体的に説明してくれ。何があった」
「彼の世界の者達に、教団の者達が間違った知識を教え込んでいたのだ。こちらに来ている子供達にも、同じ説明をしている可能性が高い」

 彼の世界、の部分で佑を見つめながら、クロフェルルが答える。言わんとするところを佑が理解したのは言うまでもない。
 他方でグレイリアとクロフェルルが話を進める。
 
「つまりその誤解を一度に解きたい、ということだな」
「そういうことだ。手を煩わせて恐縮だが、手伝ってはくれまいか」
「無論だ。断る理由も無い。彼らの下へ案内しよう」

 そこまで答えて、少しを間を開け、グレイリアが補足を加える。
 
「明日か。明後日か。どちらが良い?」
「明日で頼む。こういうことは早い方が良いからな」

 ん?

「わかった。では部屋を用意させよう」
「すまぬな。皆を代表して礼を言う」
「よしてくれ。恥ずかしい。すべきことをしただけだ」
「あの、ちょっと」

 会話を聞いていた佑が思わず割り込む。二人のサバトの長の視線が同時に人間の子供を見据える。子供の身を案じてか、囚われの教団員の中から悲鳴じみた声が響く。
 構わず佑が話し続ける。他の面々と違い、既にグレイリアと合体していた彼に、長への恐怖は無かった。
 
「どうして今すぐじゃないんですか? 早い方がいいんですよね」
「ん? ああ。それはだね――」

 それに対してグレイリアが先に反応する。事務的なものではない、親しみと愛情がこもった優しい語調だった。
 とうとうやったか。それだけで二人の関係を察したクロフェルルが、心中で称賛と祝福を贈る。その場にいた他のサバトメンバーも同様に、その瞬間だけ表情を綻ばせる。教師陣は何が起きてるのかさっぱりだった。
 戦々恐々としていたのは教団員だけだった。
 
「こういうことだ」

 話をグレイリアに戻す。彼女はそう答えるなり、横から佑に密着し、両手で彼の身体を服越しに撫でさする。
 首筋。鎖骨。乳首。脇腹。敏感な部分を的確に突き、少年の欲求を高めていく。
 
「あっ、あう、あはぁっ……」
 
 恋人の手の感触と体温を直に感じ、佑が吐息混じりに喘ぐ。発情した雌の手つきに、佑の愚息が馬鹿正直に反応する。
 服の上からわかるくらい膨張していく恋人の生殖器官に頼もしさを覚えつつ、グレイリアが耳元で言う。
 
「話の前に、まずはすることをしなければ。わかるだろう?」
「はっ、はい……随分、積極的ですね……」
「わ、私だって欲しくなる時があるんだ。そもそも私をこういう風に変えたのは、き、君なんだからな」

 佑からの指摘を受け、グレイリアが躊躇いがちに反論する。
 周りから桃色の悲鳴が上がる。同じく乳繰り合いを見たクロフェルルが淫欲に蕩けた笑みを浮かべる。
 捕虜はひたすら気まずい空気を味わっている。
 グレイリアが続ける。
 
「だから今日は、難しい話はこれでおしまいだ。傷病者もいないことだしな。後は……」
「めいっぱい楽しむ、ですね?」
「そ、そうだ。さすがは我が兄。わかってるじゃないか」

 佑の返答にグレイリアが答える。彼より上に立とうと余裕を見せようとしたが、動揺しているのが端から見ても丸わかりだった。
 可愛い。その姿に、佑はどうしようもなく愛おしさを覚えた。
 
「それじゃあ、まずはクロフェルル様たちをお部屋に案内して、それから俺達の番ってことですね」
「う、うむ。それで行こう。そうするとしよう……ふふっ」
「どうかしましたか?」
「いや、君が中々に男らしくなったからな。つい嬉しくなってしまったんだ」
「俺を男に変えてくれたのはグレイリア様じゃないですか」
「それを言うなら、私を雌に堕としてくれたのは君だぞ。責任は取ってもらうからな、兄様?」
「もちろんです。グレイリア様のこと、絶対幸せにします」
「……ッ、そ、そういう恥ずかしいことをさらりと言うのはやめろ! こちらまで恥ずかしく」

 中略。二人の惚気はこの後十分は続いた。全て書き起こすと大変なことになるのでここで区切る。
 視点を戻す。その後美味しい思いをしたクロフェルル・サバトの魔物娘とグレイリア・サバトの配下たちは、実に軽い足取りでそれぞれの部屋へ向かった。
 前者は「第一陣」とは別の大部屋へ。後者はそれぞれ愛する殿方を連れて個別の部屋へ。
 台風の目である佑とグレイリアは、グレイリアの専用執務室へ。
 
「今日は寝かさないぞ、兄様?」
「お、お手柔らかに……」

 こうして、魔物娘達の一日は幕を閉じていったのだった。
 予定調和と言えばそれまでである。
 
 
 
 
「馬鹿め! 貴様らは絶対に元の世界には帰れん! 一生こちらで生きていくしかないのだ!」

 翌日。二つのサバトの主要人物と教団と「向こう側の人間」の全てが大広間に集められ、そこで話し合いが行われた。
 肝心の議題については――本当にありがたいことに、教団側の代表である初老の男が全て喋ってくれた。
 
「貴様達を帰すことが出来るのは我々だけ! 貴様達を呼び寄せた、我ら教団だけなのだ! 返りたければ、我らの要求を聞き入れるしかないのだ!」

 要するにそういうことである。この時点で「向こう側の人間」のほぼ全員と教団員の大半が幼女趣味に目覚めていたが、初老の男は自分を保ち続けていた。おそらくは「これ」が彼の心の支えとなり、その精神を堕落から遠ざけていたのだろう。
 最後の砦。最後の切り札。これがある限り、自分の優位は揺るがない。
 
「さあ魔物共、取引だ。こいつらを無事元いた場所に戻してほしければ、私を自由にしろ! この町から無事に出せ! それが出来たら、奴らの返還を考えてやろう!」

 どこまでも強気だった。あるいは場の空気に潰されないための虚勢なのかもしれない。
 どちらでも良かった。本当に、魔物娘にとっては「どちらでも良かった」。
 
「……と、いうわけだ。教団の蒙昧を払い、巻き込まれた人間達を送り帰す。これを一息に済ませてしまいたかったのだ」
「なるほど。確かに個別に済ませるより、一遍に片づけた方が楽ではあるな」

 初老の男がまくしたてた後、クロフェルルがそれを踏まえてここに来た目的を簡潔に話す。グレイリアも納得し、彼女の意図に理解を示す。
 そうして並んで話す二人の長は、どちらも全く動揺していなかった。焦りや危機感も無く、初老の男の言動に呆れてすらいた。佑はその「呆れ」を、彼女達が初老の男に向ける視線の生暖かさから感じ取ることが出来た。
 
「そういうことなら喜んで協力しよう。何か手伝うことはあるか?」
「この場を貸してもらえるだけで良い。これくらいの事ならば、我だけでも行える」
「さすがは過激派サバトの長。魔術の扱いも一流だな」
「やめよ。褒めても何も出ぬぞ」

 おだてるグレイリアにクロフェルルが釘を刺す。深刻さとは無縁の、冗談めかした空気を纏った気楽なじゃれ合いだった。
 大した問題ではないんだろう。二人の会話を聞いた佑が安心して見つめる。両サバトの面々も緩んだ眼差しでそれを見る。
 連れてこられた面々は一様に不安げな顔を見せる。中には不安のあまり、自分の「妹」に身を寄せる者もいた。妹は無言で受け入れ、自分からも身体を寄せていった。
 教団の面々は十人十色の反応を見せる。警戒する者、興味を持つ者、完全に堕落して妹以外眼中にない者。誰もそれを責めなかった。
 言いだしっぺの初老の男は引きつった笑みを浮かべた。何ができるものか。彼の強気はまだ健在だった。
 
「それで? 今すぐ実演するのか?」
「そうだ。不安要素はすぐ消してしまうに限る。我も彼らも気が楽になるだろうからな」

 グレイリアとクロフェルルは最初の調子を全く崩さない。どちらも落ち着いた態度で、淡々と話を進める。
 その余裕ある姿が、初老の男を無自覚に追い詰めていく。
 
「ば、馬鹿なことを。お前達のような邪悪な存在に、そ、そんなことが出来るわけ――」

 苦し紛れな言葉。誰の耳にも届かなかった。テンプレートじみた彼の態度はもはや特別でもなんでもない。
 サバトの長にとっては猶更である。二人の心に初老の男の言葉は全く響かなかった。
 
「ではクロフェルル。始めてくれ」
「任せよ」

 長二人が話を進める。その後グレイリアが一歩退き、クロフェルルがおもむろに両手を前に突き出す。
 クロフェルルの目が閉じられ、口がゆっくり開く。小さな口が呪文を紡ぎ、聞いたことも無い文言を不可思議なリズムで唱えていく。呪文が進むにつれて両手が光り、眼前の空間が歪み始める。
 数秒後、詠唱が終わる。クロフェルルが目を見開き、手の光がより強さを増す。
 
「――アァ……ッ!」

 腹から息を吐き、気合いを入れる。
 直後、クロフェルルの目の前の空間が縦に裂ける。裂け目の内は真っ黒で、その中で砂粒程度の大きさをした銀色の光が儚く瞬いている。宇宙空間を覗き込んでいるかのようだった。
 向こう側の人間の何人かが驚いた声を上げる。教団の人間の何人かが悲鳴を上げる。
 初老の男の顔から血の気が引いていく。
 
「出来た」

 そして事もなげにクロフェルルが呟く。疲労の色は見られず、汗もかいていない。ただ肩の力を抜くように息を吐いただけである。
 切なく呆気ない。感慨も感動もない幕切れ。
 
「さて、虜囚達よ。ここを抜ければ汝らの世界に帰れるぞ」

 さらりとクロフェルルが言い放つ。
 
 
 
 
 最大の間違いは、この世界における魔物娘の可能性を過小評価したことだった。
19/12/02 18:57更新 / 黒尻尾
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