連載小説
[TOP][目次]
趨勢を知る
 クロフェルル・サバトの一団が、件の古城へ向かった。
 それが出向いて来たバフォ様の伝言内容だった。佑とグレイリアは、仲良く朝食を取っている時にそれを受け取ったのだった。
 
「それを伝えるためだけに?」
「うむ。今回の件はそなたらに深く関わり合いがあるからな。故にこうして、儂自ら来たわけじゃ」

 困惑するグレイリアにバフォ様が答える。この時彼女は当たり前のように同席し、テーブルの上にある果物を平然と手に取って口にしていた。
 口にしながら、その目は佑の方をじっと見つめていた。
 
「……っ」
 
 佑は自然と背筋を伸ばしていた。眼前の幼女が放つ迫力に、彼は逆らうことが出来なかった。
 
「バフォ様。兄様で遊ぶのはやめてくれないか」

 そこにグレイリアの助け舟が入る。バフォ様はケラケラ笑って視線を逸らし、佑はほっとしたように肩を降ろして息を吐いた。
 いやあ、すまんすまん。安堵する佑の耳に、バフォ様の謝罪の言葉が飛んでくる。その口調は愉快げで、あんまり謝意は感じられなかった。
 
「ようやくグレイリアに兄が出来たと聞いて、儂も嬉しくなってな。ついはっちゃけてしまったのじゃ。許してくれい」

 でも不思議と許せてしまう。明るく陽気なバフォ様の言葉には、聞く者の心を軽くさせる不思議な魅力があった。カリスマというものだろうか。佑はその魅力に完全に嵌っていた。
 横からグレイリアのため息が聞こえる。白衣を着た妹がジト目でこちらを見つめてくる。
 
「どうせ私は可愛げのないバフォメットだよ……」

 妹が愚痴をこぼす。いきなり言われた佑が反応に困って視線を泳がせる。二人を見たバフォ様が一際大きく笑い声を上げる。
 
「いいのう、いいのう! 甘酸っぱくてとても良い! これなら夜の方も問題なしじゃな!」
「茶化さないでくださいよ……!」
「茶化しておらん。儂は本気で言っておるぞ。愛する者同士が愛を交わすことは何より大事じゃ」

 笑みを湛えながらバフォ様が断言する。佑は瞬時に顔を赤くし、グレイリアも何かを誤魔化すように咳払いをする。
 たった一言で場の主導権を握る。恋愛関係の場数で言えば、こちらのバフォメットの方が何枚も上手だった。
 
「それより、ここでのんびりしてていいんですか」

 気を取り直して佑が口を開く。純粋な疑問の念が半分、この場の空気を切り替えたい気持ちが半分あっての発言だった。
 
「他のサバトの人達が攻撃するって、かなり大事な気がするんですけど」
「それはそうじゃな」
「確かにその通りだ」

 佑の問いかけに、二人のバフォメットが揃って同意する。困惑した佑が続けて問う。
 まだ人間の感覚が残っていた。
 
「今更かもですけど、もっと警戒した方がいいんじゃ?」
「その心配はない。大丈夫だ」
「どうして?」
「クロフェルルの所だからな」

 人間の問いに全てグレイリアが答える。横でそれを聞いたバフォ様も賛同するようにうんうん頷く。
 グレイリアが続ける。
 
「彼女達に対抗できる人間はいないよ」
「うむ。あ奴らは妹の素晴らしさを直接ぶつけてくるからのう。耐えきれる人間はおらんじゃろうて」

 バフォ様が同意する。直後、この二人が言うのだからきっとそうなのだろうと、佑の中にあった懸念が氷解していく。それだけ二人の言葉は自信と信頼に満ちていた。
 
「そういうわけじゃから、この話はここでおしまい。朝ご飯の続きと行こうではないか」

 直後、バフォ様がさらりと言ってのける。即座にグレイリアの指摘が飛ぶ。
 
「ここにあるのは私と兄様の分だけなんだが」
「固いこと言うでない。ちょっとだけ貰ってもバチは当たらんじゃろ?」
「あなたにも兄君がいるだろう。早く帰ってやるべきではないのか」
「ふふーん。今日ここにいることは、我が兄には外出前に伝えておる。それに焦らした分だけ、精の味も濃くなるというものよ」

 焦らすのもまた華である。よく覚えておくがよい。
 バフォ様が言い返す。思わぬ反撃を食らったグレイリアは、そのまま顔を赤くして押し黙った。佑に関しては言うまでもない。
 二人はまだ結ばれたばかり。性の話題には脆かった。
 
「そういうわけで、いただきますなのじゃー!」
 
 結局この日は、バフォ様と一緒に朝食を取ることになった。拒否権は無かった。言いたいことは大なり小なりあったが、満面の笑みで果物を頬張るバフォ様を見ていると、その気持ちも霧散してしまった。
 まったくずるい。二人はそう思うしかなかった。
 
 
 
 
 二時間後。件の教団の拠点が陥落したとの報せが入った。攻撃を実行したのは案の定、クロフェルル・サバトの面々だった。
 
「本当にやっちゃった」
「ヤると決めたらヤるのが彼女達だ。過激派の通り名は伊達ではない」

 報せを聞いた時、佑とグレイリアは一緒に資料の整理を行っていた。バフォ様は既に帰り、部屋の中に二人きりだった。
 愛で深く結ばれた兄妹はいつも一緒だった。至極当然の流れである。
 
「サバトの中でも屈指の手練れ達だからな。本気になった彼女達に人間が勝てる道理は無い」
 
 もっとも、二人の反応は対照的だった。驚く佑に対し、グレイリアは冷静にそれを受け止めた。一部言葉のニュアンスに違いが見られたが、僅かな差でしかなかった。
 なおその戦闘に関しては描写しない。奇襲からの一方的な蹂躙劇とだけ言っておく。戦いはこの話の肝ではないし、何より面倒くさい。
 そういうわけなので話を戻す。報せを受けた後、感慨深げに佑が呟く。
 
「それにしても速すぎでは?」
「おそらく教団側が慢心していたのだろう。ここにいれば悪魔も寄ってこないから安全だ、みたいな感じでな。それで足元を掬われたんだ」

 自業自得だ。グレイリアがばっさり言いきる。佑はグレイリアの発言に無慈悲さを感じながら、同時に一理あるとも思っていた。備えを怠る者に未来は無いのだ。
 そう確信しながら、佑がグレイリアに問いかける。
 
「でもこれだと、俺達の出番は無い感じですかね。別のサバトが解決してくれたみたいですし」
「そうもいかん。これから少しばかり忙しくなるぞ」

 それをグレイリアが否定する。気になった佑がグレイリアに尋ねる。
 
「どうしてです?」
「この町の拠点が一番近いからだ」
「つまり?」
「クロフェルル・サバトの者達が、ここの空き部屋を間借りする可能性があるということだ」

 体を休める場として。また気に入った人間を誘惑する場として。あの過激派の幼女達が、この拠点をアテにして「獲物」と一緒に飛んで来る。グレイリアはそうなるだろうと予想していた。
 そこに佑の質問が飛ぶ。
 
「教団の使ってた古城をそのまま利用した方が早いんじゃ?」
「もちろんその通りだ。だがこちらの方が居心地は良い。気兼ねなく羽を伸ばせるのは立派な長所の一つだ」
「ああ、そういうことですか」

 淀みなく回答するグレイリアに、佑が頷いて反応する。そういう事ならこちらに来ても不自然ではない。佑は頷くと同時に納得もした。
 素直に納得したのは惚れた弱みからではない。多分。おそらく。
 気を取り直して佑が尋ねる。
 
「こっちに来る方が多いんでしょうか」
「いや、半分半分といったところだろう。多すぎず少なすぎずだ」
「……ここ、ホテルじゃないですよね」
「もちろんだ。だが無碍にも出来ん」

 腕を組み、困ったようにグレイリアが返す。その後フォローするように「こちらも彼女達の魔術的接触データを貰えるから一方的なマイナスではない」と付け加えたが、グレイリアの顔は晴れなかった。
 それが気になった。
 
「何か困りごとでも?」
「うむ……」

 佑の問いに、グレイリアは正直に答えた。彼女は続けて、クロフェルルの面々はあまり歓迎できないとも答えた。
 
「どうしてです?」

 恐れを知らない佑の質問責め。グレイリアは即答せずに眉間を指で掻き、間を置いて気恥ずかしそうに言った。
 
「それはほら、あれだよ」
「あれとは」
「……クロフェルルの者達は、とても破廉恥なのだ」

 少しの沈黙。気を取り直してグレイリアが言う。
 
「その、やり方が蠱惑的すぎるというか、えっちすぎるから。もう少し良識と節度を持ってほしいと常々――」

 医療魔法も大概えっちいです。
 佑はその言葉を胸にしまった。
 
 
 
 
 グレイリアの予想は当たった。数十分後、クロフェルル・サバトの一団が町に凱旋してきた。足取りは軽く、全員が傍らに男性を引き連れていた。一部女性を連れている者もいた。
 彼女達の歩みに迷いは無かった。面々は一直線に、ここにあるグレイリア・サバトの拠点に向かった。
 
「申し訳ないんだけど、ちょっと部屋をお借りしてもよろしいかしら?」
「あっ、はい。大丈夫です」

 応対は佑がして、サバトメンバーのエンジェルが拠点内の案内を行った。事前にグレイリアが指示した人選である。佑が選ばれたのは、いわゆる「人生経験を積む」というやつである。
 グレイリアは佑に、もっとこの世界に馴染んでほしいと願っていた。故に彼女は、彼が「ある意味で純粋な魔物娘」と相対するようにしたのだった。
 お節介と言われればそれまで。それでも彼女はやらずにはいられなかった。
 
「貴方がユウね。クロフェルル様の仰っていた通り、素敵な男の子ね」
「ありがとうございます。でも俺にはもう、心に決めた人がいますので」
「あら、いいじゃない。淫らに幸せに、末永くね♪」

 渉外担当の幼女デーモンがクスクス笑う。好きな人がいるとはっきり言った佑を、彼女はとても気に入った。彼女の背後にいるクロフェルル・サバトの面々も同様だった。
 兄として。男として。佑は他のサバトからもよく認められる存在となっていた。クロフェルル以外のサバトも、おそらく同じ反応をしただろう。この場で長峰佑は甲斐性無しだと認識していたのは、佑本人だけだった。
 
「いいぞいいぞ。それでこそ我が兄。ふふふ、私も妹として嬉しいことこの上ない」

 一歩下がった場所にいたグレイリアが、その光景を見て満足そうに微笑む。自分の目論見が上手く行ったことに、彼女は大いに喜びを感じていた。
 
「ふざけるな!」

 そこに罵声が飛ぶ。視線がそちらに行く前に、グレイリア・サバトの面々は誰がどのような意図で言ったのかを察した。
 
「悪魔どもめ! この程度で我が意志が折れると思ったら大間違いだぞ!」

 言葉の主は、クロフェルル・サバトの魔物娘に引き連れられた教団の男だった。制服は所々すり切れ、顔には憔悴の色が滲み出ていた。しかし眼光だけは鋭く光り、容赦なく敵意を剥き出しにしていた。
 案の定だった。ワンパターンだなあと佑は思った。周りのサバト関係者は見慣れた光景に生暖かい視線を向け、他の「捕虜」は場の空気に縮こまるしかなかった。
 そんな中にあって、件の男だけが威勢よく声を上げた。
 
「俺はどんな拷問にも屈しないぞ! こちらには主神の加護がついてるんだ! 折れてたまるものか!」
「ひぃっ……」

 激昂する男の怒気に、他の捕虜――特に佑と同年代の少年少女が怯えた声を上げる。男の視界には敵しか入らず、自分以外の人間は眼中に無かった。
 引き連れていたクロフェルル・サバトの面々が、怯える彼らをそっと抱き寄せる。幼女に支えられる学生というのも、中々にアンバランスで背徳的なエロスがあった。
 
「……そういうわけだから、お願いできるかしら」

 隣の男子生徒を抱き寄せながら、幼女デーモンが静かに言う。彼女達は捕虜を幸せにしたかった。純粋な愛が彼女達を動かしていた。
 物は言いようである。
 
「わかりました。それではこちらへどうぞ」

 しかしその想いは、全ての魔物娘が等しく抱いていたものだった。全ての人間を愛で包みたい。共通の価値観を持つが故に、二つのサバトは軋轢なく協働することが出来た。
 
「個室と大部屋のどちらにしましょうか?」
「大部屋でお願いするわ。今日は皆で幸せになりたい気分だから」
「はい。わかりました」

 グレイリア・サバトのエンジェルが自然な動きで案内を始め、クロフェルル・サバトの面々が感謝を示しつつそれに続く。
 両者の間には確固たる信頼があった。
 
「……」

 その一団の姿を見て、佑の心の中である気持ちが芽生えていった。
 魔物娘は素晴らしい。身も蓋もないが、佑は全くその通りの思いを抱いた。
 直前に見たものが見たものだけに、その思いは尚更強固になっていた。
 
「歓迎するよ」

 いつの間にか隣にいたグレイリアが、その心を読んだかのように彼に告げる。佑は言葉で答えず、無言で頷く。
 ここに来て良かった。佑は最初に飛ばされた時には決して抱かなかったであろうことを、改めて胸に抱いたのだった。
19/11/18 20:27更新 / 黒尻尾
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33