連載小説
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背中
「ふぅ・・・」
ラティは集会場の前に置かれた椅子で休憩していた。
雪に埋もれた冬ではあるが、晴れた日中の空の下に居れば、それなりに気持ちよくはある。
ラウエルに到着してから四日目。
当初は集会場から溢れんばかりだった患者も、自宅に帰れる者が増えた為に、集会場での治療を続けているのは半分にまで減っていた。
病気から回復した村人によって、大雪に埋もれた村の復旧も始まっている。
危険な容体の者も居なくなり、ラティの仕事も峠を越した様だった。

「お昼だよ〜」
サラとホルスタウロスのエミリアが、昼食を入れた籠を持ってやって来たので、とりあえず三人で昼食を取る事にする。
ラティ達の昼食は、黒パンに薄いハムとリンゴを挟んだ物だった。
ハムの塩味とリンゴの酸味が調度よく、体に染み渡る様に旨い。
「なかなか本隊来ないなあ・・・」
「あれだけ準備をしていたんだから、大丈夫だと思うわよ?」
本隊が到着する予定を考えれば遅れている訳でもなく、ラティとサラが無茶な強行軍をしただけなのだが、ただ待つだけの身というのは不安な物である。
「到着が遅れてくれた方が、二人は良いんじゃない?」
「誰のせいであんな事になったと思うのよ!」
サラは真っ赤になって反論し、ラティも顔を赤くしながら、明後日の方を向いてパンを食べている。
「うちのチーズは媚薬じゃないんだから、とんでもない濡れ衣よ〜」
疲労回復の為にと、食事にホルスタウロスミルク100%のチーズをエミリアが出したのが、あの夜の一因であったらしい。
チーズになるとミルクと共に魔力も濃縮されるので、ホルスタウロスミルク100%で作られたチーズは、ホルスタウロスの夫婦以外が食べるには魔力が強すぎるのだ。
エミリアは「そんな意図は無かった」と否定していたが、その後のエミリアの様子から察するに、未必の故意くらいの感覚はあったのだろうと二人は確信していた。
「第一、うちのチーズを食べたのは、あの晩だけだし」
「う・・・それは・・・」
エミリアのニヤニヤは止まらない。あの夜以降のラティとサラの関係は、つまりはそういう事なのであった。
「あ・・・あれ」
明後日の方を向いてパンを食べていたラティが、何かを見つけていた。
村に向かって声を上げて手を振る一団。
それは紛れもなく、救援隊の本隊であった。
雪に埋もれた長く困難な道程を経て、ようやく彼らもラウエルへとたどり着いたのである。

医者にホワイトホーン、それ以外の隊員に加えて、助けを求めに来た夫達が加わった為に、本隊の人数はかなりの物に膨れ上がっていた。
もっとも、ホルスタウロスの夫達はラティ達への感謝もほどほどに、妻達の元へと走り去ってしまったので、すぐに見た目の数は減ってしまったが。
集会場の前で、ラティは本隊に経過を説明して、仕事を引き渡した。
「誰にでも出来る仕事では無かった。後世に語り継がれるだろう」
救援隊の隊長である医師は、そう言ってラティとサラを讃えた。
救援隊が入った事でラウエルの本格的な復旧も目処が立ち、ラウエルでの仕事が完全に無くなる訳では無いにしろ、ラティとサラもようやく任務から解放される事となったのである。

さしあたっての引き継ぎを終えたラティとサラは、宿舎に割り当ててある小屋へと歩き始めた。
「ん〜〜〜、やっと本格的に休める」
休み無しで働いていた訳ではないが、夜中に叩き起こされる心配が無くなっただけでも、ラティとしては気楽であった。
「一緒に居れなくなっちゃうけどね」
これ以降はサラも本隊のホワイトホーン達と共に仕事をする事になる。
必然的にラティと一緒に居れる時間は減るのは目に見えていた。
「一緒に居る為に来てる訳じゃないからなあ・・・」
「分かってるけど・・・」
「何の為に来たって?」
「「うわぁっ!?」」
「失礼な奴等だな・・・」
声に驚いて振り向くと、そこにはクライドとマーリカが立っていた。
「良い仕事をしたな、ラーティ」
がっしりと握手を交わすが、それもほどほどにクライドとマーリカが、なぜか二人を観察し始める。
「・・・どうよ、マーリカさん?」
「・・・負けたわ・・・」
「よっし、勝った!」
「・・・何が?」
ガックリと肩を落とすマーリカに、喜ぶクライド。
ラティとサラには二人のやり取りが理解できない。
「いやー、雪山で何日も過ごしているもんだから、みんな暇でよ」
「救援隊のメンバーで、ラウエルに着いた時に二人が付き合ってるかどうかで賭けてたのよ」
「・・・はぁ!?」
「マーリカまで何やってるのよ!?」
賭けの内容としては、医師側が付き合っているに賭け、ホワイトホーン達を中心としたその他のメンバーは付き合っていないに賭けていたのである。
その結果を知るために、サラからラティの精が感じられるかどうかを、マーリカは確認していたのだ。
かくして賭けは医師側が勝った事になり、フェリンツァイスに帰った後の打ち上げはホワイトホーン持ちとなったのであった。
「どっちが勝っても二人の分は奢りだったから、そう怒るんじゃないよ」
「そういう所を怒ってるんじゃ無いんですよ・・・」
到着を待っている間にしていた心配は何だったのか。それを思い出すとラティは徒労感に襲われた。
「二人が一緒に仕事を出来る様に隊長に言っとくよ。賭けに勝って機嫌が良いだろうからな」
クライドはそう言いながら、右手をヒラヒラと振ってマーリカと一緒に集会場の方へと帰っていった。
「・・・僕らの事、街中に広まっちゃうかな、これ」
「あたしはもう諦めたわ・・・」
この調子で打ち上げがされれば、後は野に火を放つが如しなのは目に見えていた。
「・・・まあいいか。僕は気にしないし」
「そう言ってくれるんだ?」
「サラの迷惑でなければ」
「迷惑だったら毎晩一緒に居ないわよ」
サラがラティを後ろから抱きしめる。
ラティがサラの体温を背中で感じるのは初めてだった。
「・・・なら、今後ともよろしく」
「うん・・・よろしく」
誰かに背中を預けるのも、誰かに背中を預けられるのも、同じくらいに悪くない。
互いに背中を預けたり預けられたりしながら進んで行くのだ。
雪の道も人生も。



17/02/18 10:47更新 / ドグスター
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