夜空より飛来し少女

その日、俺は何を思ったのか自分でも良く分からないけど星空を見上げた。
此処で自己紹介だ、俺の名は紫雲(しうん)冬夜(とうや)ただの平凡な学生。
成績は良くもなければ悪くもない至って普通の順位。
別段、勉強が好きなわけでもないし、嫌いなわけでもない為、そこそこ勉強はしている。

「星空が綺麗だね」

俺は誰に聞かせるでも無く独り言のように呟いた。
その時、俺の視界に目も眩むほど輝く閃光が夜空を照らし出す。
そこから一筋の流れ星が輝く光の尾を引いて小高い丘に落下した。

「なんだ!?」

上着を羽織った俺は流星の落ちた場所に急いで向かった。
この町は非常に空気が澄んでいる為、直ぐ息切れを起こす事は少ない。
その御蔭で朝や昼以上に夜間は新鮮で綺麗な空気を取り込む事が出来る。

「確か、ここら辺りだと思うんだけど」

きょろきょろ、と流星が落下した周辺地点を捜索すると視界の先、落下する直前に輝いてた光の閃光が見えた。俺は急いで光の許に向かうと、そこには大きな胸を強調した様な衣装を身に纏うルックスの非常に良い神秘的な美少女が瞳を瞑って仰向けに横たわっていた。

「どうして空から少女が?」

そもそも流星とは太陽の周りを公転する小さな天体が地球の引力に引かれ、地球圏の大気圏に衝突・突入し、地上に到達する前に燃え尽きる現象の事だ。稀に大きな天体が地球の衛星軌道上に現れる事もあり、これが重力に引かれて飛来する事もある。この場合は燃え尽きる前に地上に落下する。またこれは流星より非常に明るい輝きを放つ火球とも呼ばれ、小惑星の衛星軌道から何らか影響を受け、地球の重力に引かれて来る俗に隕石と呼ばれるものだ。
また隕石は小さな欠片部分でも非常に重く当たれば即死の危険性がある。
けど少女は炎に包まれて地上に落下して来たというのに火傷の痕すらない。

「それにしても綺麗な子だな…」

見れば見るほど空から飛来した少女は美の化身と言って良いほど美しい。
整った美貌、長いまつ毛、透き通る様な白い肌、まるで神話の女神が現代に蘇えった様に美少女は美しく安らかに目覚めの時を待っているかのようだ。
また隠れて視認は出来ないけど少女の背中には確かに蒼い双翼が見える。
俺は好奇心に後押しされ、美少女の滑らかな白い肌に優しく手を触れた。
すると突然、閉じてた瞳が見開かれ、気付いた頃には空に"浮遊"してた。
いや、正確に表すなら浮遊したわけでなく先程、流星となって落下した有翼美少女が俺の手を取り、蒼い翼を大きく広げて夜空を飛翔してた。

「初めまして…私のマスター」
「え?」
「私は貴方の愛玩用ゴーレム…TYPE-X[ZERO]」

肩甲骨まで長い髪と水晶の様な瞳の少女から紡がれた美声は心に響いた。
早朝…小鳥のさえずりが聞こえ、俺は目覚まし時計を見た。
時計の針は朝の九時を示し、普段なら遅刻の筈だけど今日は休日だ。
俺は再び布団で惰眠を貪ろうと掛け布団に手をかける。
その時ふにょんっ、と柔らかな感触を掌に感じた。

「何だこれ?」

もにゅむにゅ、とふっくらと丸く盛り上がった何かを掌の中で動かす。
全体に丸く非常にボリューム感たっぷりの膨らみは全体に均等だ。

「マスター、気持ち良いですか?」
「んー、何か分からないけど癖になりそう」
「よかったです、マスター」

少女特有の高い声が耳に響いた次の瞬間、俺の頭は一気に覚醒する。
慌てて布団から起き上がり、視線を移せば掛け布団だと思ってたものは昨夜、煌めく閃光と共に夜空から飛来した蒼い翼を持つ有翼美少女だった。
俺は其の綺麗に形の整ったお椀形の大きな胸を思いっきり鷲掴みにしてた。

「な、何で君が俺の部屋に!?」
「私はマスターの愛玩用ゴーレム…貴方を奉仕する事が私の務めです」
「そうじゃなくて!あれは夢じゃないのか?」
「夢とは良く分かりませんが、これは現実です」

微妙に歯車が噛み合わないけど恐らく少女の言ってる事は本当だろう。
昨夜の出来事は夢ではなく現実であり、俺は未確認美少女を家に招いた。
また両親は海外へ出張に出掛けてる為、偶の休みしか家に帰ってこない。
その為、事実上、俺は一人暮らしと言う形で、この家に住んでいる。
勿論、海外に居る両親からは定期的に生活費等が送られている。

「ではマスター先程の続きを…」
「え?」

少女は細くしなやかな指を伸ばし、俺の手を取ると柔らかな胸に導く。
もにゅんっ、と衣服からはみ出た少女の乳房は非常に張りと弾力がある。

「ち、ちょっと何やってるんだ!」
「先程、マスターが私の胸を気持ち良いと…」
「確かに言ったけど、あれは不可抗力だから!」
「では他に何なりと御命令をマスター」

俺は少女の柔らかな胸に導かれた腕を引っ込める。
引っ込めた手には少女の胸の温もりが今も暖かく残留している。

「その…マスターって何?昨夜も言ってたけど…」
「マスターはマスターです、私の主様」
「まぁ、いいや…じゃさ、君の名前は?」
「TYPE-X[ZERO]これが私の名前です」
「タイプエックスゼロ?何だか長い名前だね」
「私は仕えた主を楽しませる為に造られた存在ですので…」
「そうか…なら君はスピカだ」

スピカとは春の星座で知られる乙女座の持つ麦の穂先で光り輝く一等星だ。
その美しさから"真珠星"とも呼ばれ、古来より親しまれている。

「スピカ…」
「君は今日よりスピカだ」
「それは御命令ですか?」
「命令じゃないよ、スピカは君の名前だ」
「名前…」
「気に入らなかった?もしそうなら他の名前を考えるけど」
「いえ、スピカで構いません」

感情表現に乏しい為か翼の少女はあまり嬉しそうに見えない。
しかし、少女がいいと言ってるのだから気に入ったのだろう。

「じゃさ、次にスピカ…君は何処から来たの?」
「異界より次元の門を通過して来ました」

スピカは何を言ってるのだろう…異界?
彼女の頭がおかしくなったわけでない…俺が会話に付いて行けないのか?
しかし、感情表現に乏しいスピカから紡がれた言葉は真剣みを帯びている。
異界で最も良く知られるのが黄泉の国等と言った人が死後に行く世界だ。
けど、この世には科学では解明できないような事が多く存在する。
その為、スピカの言う異界もまた俺の常識から懸け離れたものなのだろう。
それに考えれば考えるほどスピカの異界の話を信じないわけにもいかない。
何故ならスピカは空より飛来した際、高熱の炎に包まれて落下して来た筈なのに彼女の身体には火傷の痕跡が全く残って無かった。これは現代の科学では有り得ない実態だと思う。

「何でスピカは異界からやってきたの?」
「マスターに会いたかった…それだけです」
「誰でも良かったの?」
「いえ、私を愛でてくれる…そんな人です」

何やらスピカは水晶の様に美しい瞳から熱っぽい視線をこちらに送っている。
さすがの俺も年頃の男児として錦上添花の様な美少女から熱っぽい視線を貰うと妙に居た堪れない気持ちになり、顔が赤くなるのが自分でも良く分かる。

「と、とにかくスピカは異界から来たんだね?」
「はい」

俺は話題を変える様に話を振った。

「私は異界よりマスターをお迎えに上がりました」
「迎えって…俺を?」
「はい」
「何でまた?」
「私のセンサーがこの世界に住むマスターの存在を感知したのです」
「いやいや、それは無いでしょ?全く別の世界だよ?」
「私のセンサーは古代文明の産物ですので次元の門を開く事が可能です」
「(つまり何でもありって事か…どれほど文明が発達してるのだろうか?)」
「しかし、この次元の扉を開く力は往復一回しか使用できません」
「なら仮に君と一緒に異界の扉を通れば二度とこの世界に俺は戻って来れないって事?」
「そうなります」

この話に乗るべきか乗らざるべきか…でも此処での生活はどうする?
両親や学園の教師等は俺が突然、居なくなって何とも思わないだろうか?
仮に俺が異界に行って最初から"居なかった事"つまり"存在しなかった事"になれば変に思わないだろう…。しかし、もしそうなった場合、いきなり両親は子供を持たなかった事になる。だけど死ぬよりは悲しみを永遠に残さない為、良いのだろうか?けどそうなった場合、俺を育ててくれた十八年間という長い両親の年月を無駄にさせてしまう事になる。

「あの…マスター?」

葛藤する俺の耳にスピカの声は殆ど届かない。
俺はどうすればいいのだろう…スピカと一緒に異界に行くべきなのか?
それとも異界に行く事は出来ないと言ってスピカを拒むべきなのか?
もし断れば彼女は新たな主を探す為、この世界に留まるだろう…しかし、その際、無垢なスピカは"仕える主を楽しませるだけに存在する"と言って多くの餓えた狼の餌に自ら成り下がって穢されてしまう。

「(それは嫌だ…)」

ん?どうして俺はスピカが穢される事に恐れを抱いている?
答えは簡単だ、出会った時から既に俺は恋に落ちていたんだ…彼女に。
容姿や性格じゃない、運命と言った方がしっくりくるかもしれない。
しかし、自分の気持ちが理解できても心の何処かでは両親の顔が浮かぶ。

「マスター、別に急ぐ必要はありません」
「どう言う事?」
「次の満月までは異界の扉を開く事が出来ないからです」
「そうなの?」
「古来より月には不思議な力が宿っているのは御存知ですよね?」
「知ってるよ」

西洋において月の光は人間を狂気に引き込むと言われ、有名なのが満月に月光を浴びた者が人から狼に変化する人狼、不思議な力を持つ魔女たちは黒ミサを開くと言われ、他にも様々な言い伝えがある。また東洋において月は陰の象徴となって女性に関連すると考えられ、伝記によると絶世の美女と称される『月の巫女』は月の出身であり、その裏側には我々人類の想像を絶する様な大都市があるとも言われてる。これは嘘か真か今も審議が問われている。

「実を言いますと私達の世界とマスターの世界を繋ぐ扉も月が影響してます」
「そうなの?」
「はい…満月の日は、ある一定区域の大気がイオン化され、そこに電離層が発生します…すると強力な磁場が生み出され、その影響が空間に僅かな歪みを生じさせます…その歪みが異界の扉となるのです」

専門用語なのか今一つ分からない単語が次々とスピカの口から紡がれる。
つまり人が死後の世界へ行く為、通過する黄泉比良坂や三途の川等は磁場による影響で起こった現象なのかもしれない。しかし、それは科学的に解明されてない為、自然現象として片付けられているのだろう。彼等は超常現象等の非科学的な事には全くの無関心なのだからな。

「ですのでマスター、次の満月までは暫らく此処に留まる事になります」
「そうか…直ぐにってわけじゃないんだね」
「はい、計測しますと次の満月までおよそ十四日間あります」
「二週間か…(それ位の時間があれば気持ちに整理がつくかな)」

何にせよ、俺とスピカは一つ屋根の下で同棲と言う形で暮らす事になった。
翌日…スピカに家の留守番を任せた俺は制服に着替えると学園に向かう。
その後、学園の門を通過し、げた箱で靴を履き替え、二年の教室に入る。
そしていつもの様に席に座ると今日は何気なく窓際の席に視線を移した。

「(そう言えば、輝(ひかる)の奴…"今日"は遅刻か?)」

俺と輝は学園中等部の頃からの友人で輝は剣道部の幽霊部員、俺は拳闘部に所属し、平和な学園生活の日々を送っている。輝も俺と似て成績はあまり良い方ではない為、遅刻する事は先ず有り得ない事なのに今日は違った。
何と表現すればいいのか…近くに居るのに遠くに居る様な感覚だろうか。

「(輝の奴…どうしたんだ?)」

疑問を持つ俺の耳に朝の予鈴が響き渡り、暫らくすると予鈴が鳴り終わる。
同時に教室の引き戸が開かれ、教員が朝の学級活動を始める為にやってきた。

「席に付け、ホームルームを始める」

友人達と雑談する生徒は次々と着席し、教員は出席を取り始める。
其の時、俺は輝がまだ学園に来ていない事を教員に教える為に訪ねた。

「先生、輝の奴がまだ来てません」

しかし、教員の口からは思いもよらない答えが返ってきた。

「誰だ?輝って」
「風神輝ですよ、ほら窓際の席に座る」
「紫雲冬夜、何を言ってるんだ?」

俺と教員の会話が全くかみ合わない。

「いつも窓際に座っている男子生徒ですよ」
「だから何を言ってるんだ?"窓際の席は最初から空席"だぞ」

俺は硬い鈍器の様なもので頭を強く殴られた様な錯覚を覚える。

「("窓際の席は最初から空席"一体どういう事だ?)」
「変な事を言ってないで席に付け、出席を取るぞ」

俺は未だに"窓際の席は最初から空席"という言葉が理解できない。
最初は冗談半分で言っているのかと思ったけどクラス全員も同じだった。
俺以外の全員が風神輝という男子生徒の事を覚えていない…いや、正確に表すなら"覚えてない"のではなく"最初から存在しない"事になってる。つまり"この世に風神輝と言う人間は最初から居なかった"と言う奇怪な現象。俺が変なのだろうか?それともクラス全員で俺をからかっているのだろうか?
しかし、それは有り得ない…俺をからかっても彼等には何の得もないからだ。
ならこの奇怪な感覚は一体何なのか?まるで世界から俺だけが切り離された様だ。
俺は今一度、窓際の空席に視線を移す…やはり其処には輝の気配がある。
毎日の様に空を見上げ、欠伸をしながら授業を受ける友の姿が鮮明に浮かぶ。

「(俺は覚えているのに何で他の人は輝の事を忘れてるのだろうか)」

俺は授業を受けながら何故、輝の存在が皆の頭からが消滅したのか考える。
そもそもどうして俺は今日になり、今まで気にも留めなかった筈の空席に興味が湧いたのか?昨日まで確かに無関心だった筈…それが今日になって突然、何かを思い出した様に輝の名前や容姿等が次々と頭の中に、しかも鮮明に浮かび上がってきた。

「(考えられるのは一つ…あの夜、スピカと出会ったから?もしそうならスピカの言う異界に輝が居ると言う事になるが果たして本当にそうなのか?)」

ダメだ…幾ら俺が推論を立てても答えに結び付かない。
本当にそうなればいいけど、そんな非現実な事は有り得ない。
この世界では"存在が失われている"筈なのに別の世界…つまりスピカの話す異界では"存在が失われず保たれ続けている"なんてどう考えてもおかしい。
けどもしそれが本当なら俺も異界に行けば輝と同様"この世界の人々から存在が抹消されるが異界では存在が維持される"と言う事になるが果たして…。

「(ダメだ…今は授業に専念しよう)」

輝の事は保留と言う形を取り、俺は授業に集中する事にした。

「(帰ったらスピカに聞こう…それが一番の得策だ)」

その後、午前午後と授業が終わり、俺は鞄を持つと早足に教室を出た。
家に到着した俺は早速、スピカに教室での不思議な違和感を簡潔に話した。

「つまりマスターだけが輝さんを覚えていたのですか?」
「ああ…つい昨日まで輝の名前すら出てこなかったんだ」
「それは恐らく私達の世界が干渉してるのだと思います」
「スピカの居た世界?」
「はい…私がマスターと出会った事で輝さんと交流の深いマスターが間接的な影響を脳に受け、忘却された記憶…と言いますか、それが甦ってきたのだと思われます」
「俺がスピカと出会った事で"この世界に存在しない筈の輝が次元を超えて甦った?"はは…絵空事と思いたいけどスピカが此処に存在するなら現実か」
「全て現実です、マスター」
「そっか…なら俺の心は決まった、一緒にスピカの世界に行くよ」
「よろしいのですか?私達の世界に来れば、この世界の人々の間から"貴方と言う存在が抹消されて最初から居なかった事"になります」
「もう決めた事だから…」
「ですが…」
「それに良い知らせがあるんだ」
「良い知らせですか?」
「ああ…帰ってくる途中、母さんから俺宛てにメールが届いたんだ」

俺はポケットから携帯電話を取り出すとメール画面をスピカに見せる。
題名には『冬夜』とあり、文を見る画面に目を移せば『冬夜、貴方に弟が出来たわよ』と簡潔に書かれた文字があった。其処から両親の歓喜の思いが画面越しからでも伝わった。

「母さん達の事は弟に任せる」
「マスター…」
「俺が居なくなっても、きっと大丈夫さ」


其の時、私はマスターの黒い瞳から涙が流れたのを見逃さなかった。
でも私は敢えて指摘しない…見てるこっちもつらいけど、マスターの方がもっと辛い思いをしてる…だから私はそっ、と背後からマスターを抱き締める。
自分でもこの行動が理解できなかったけど不思議と、こうしたかった。
マスターは何も言わず、私達は互いの体温を確かめ合う様に抱き合った。

「マスター、準備はよろしいですか?」
「大丈夫」

あれから光陰矢の如く十四日が経過した満月の晩。
私はマスターと最初に出会った小高い丘にマスターと来ている。
夜空を見上げれば煌めく星と美しい月の光が私達の門出を照らす。

「この世界に心残りはありませんか?」
「無いよ」
「では」

私はイオン化した大気の電離層をセンサーを使って探し出す。
程なくして強力な磁場を発見した私は僅かな空間の歪みを捉えた。

「見つけました、異界の扉です、マスター」
「この後はどうする?」
「こうします」

私はマスターの手を取り、しっかりと手を繋ぐ。
それに呼応してマスターも固く握り返してくれた。
掌から伝わるマスターの暖かい手が私の身体中を潤す。

「絶対に離さないでください…マスター」
「約束するよ」

私はもう片方の空いた手で空間の歪みに手を触れる。
すると徐々に歪みは姿形を変化させ、そこに簡素な異界の扉が出現する。
扉は観音開きとなっており、無駄に装飾の少ない造りになっている。

「この扉を開ければ、そこはもう私達の世界です」
「それじゃ、スピカの世界に行こう」


スピカは空いた片方の手で中央より左右に分断された扉に掌を添える。
そして扉の境目に添えた掌を徐々に押すと隙間から白い光が射し込む。
完全に開かれた扉の先に見えたのは俺の居た世界とは全く異なる景色。
俺とスピカが門を潜り抜けると扉は音もなく閉まり、消滅する。

「此処がスピカの世界か」
「はい、人々の争いの種は無くなりませんが良い世界です」

この世界は"以前"と比較して緑が多く自然も豊かで空気が非常に澄んでいる。
"以前居た世界"も自然は多かったけど、この世界の方が遥かに過ごしやすい。

「マスター…これを」

俺はスピカから半指タイプのグローブを手渡された。
このグローブは手の甲を隠す部分に宝玉の様なものが埋め込まれ、そこから紫電の閃光が淡い煌めきを放っている。

「この世界はあちらの世界とは異なり、身を護るものが必須です」
「だからこのグローブを俺に?」
「はい」
「ありがとう、大切にする」

俺はスピカから手渡されたグローブを両手に装着する。
すると主を待ち侘びてたかの様にグローブは激しく放電する。
その輝きは、より一層煌めきを増し、紫電の稲妻となった。

「だけど…どうやって使うの?」
「マスターは使い方を知り得ています」

其の時、俺は微弱ながらも殺気の様なものを感じた。
視線を其の先に移すと数名の見知らぬ男達が近づいてきた。
彼等は皆、白装束を身に纏い、手には得物が所持されている。

「やはり現れましたか」
「どう言う事だよ」
「あの者達は『光の教団』と呼ばれる宗教団体です」
「光の教団?」
「はい、快楽や欲望等に溺れる事無く生きる道を選んだ者達の組織です」

快楽?欲望?この世界の専門用語なのかスピカは淡々と紡ぐ。

「迂闊でした…此処は大丈夫だと思ったのですが」

何だかんだしてる間に光の教団と呼ばれた武装勢力が俺の近くに来た。
その中から一人…リーダー格の男が殺気を放ちながら近づく。

「お前は親魔物派の人間か…ならば容赦はしない、其処の魔物共々消す」

刹那、鞘から抜かれた白銀の刃が躊躇なく俺の頭に振り下ろされる。
正真正銘、殺気の籠った一撃だったが俺はそれを寸前の所で回避した。

「いきなりの御挨拶だな」
「魔物に感化された人間の戯言など聞く耳もたん」
「なら俺も自分の身を護る為に抵抗させてもらう」
「反撃の機会を渡すと思うか?後衛部隊…やれ!」
「!?」

突如、リーダー格の男の背後から白い閃光が次々と雨の様に放たれた。
これが恐らく俗に言う不可不思議な超常現象…魔法というものか。
当たり前だけど実際、目にするのは初めてだ。
そもそも魔法なんて俺の居た世界じゃ有り得ない現象だからな。

「(これじゃ迂闊に近づけない…どうする)」
「(マスター私が後衛を押さえますので其の隙に)」
「(大丈夫なのか?)」
「(私だって戦えます)」
「(分かった、幸運を祈る)」

言うや否や数分も経過しない内に後衛部隊が前線から退く。
この機を逃さずシャドーボクシングの要領でラッシュを放つ。
すると埋め込まれた宝玉から紫電の球体が発射されて男に命中する。
最初は戸惑ったけど直ぐに順応し、拳を何度も振り回す。

「これで終わりだ!『ライトニングウェーブ』」

トドメとばかりに拳を強く地面に打ち下ろすと紫電の閃光が一閃。
一直線上に走る高波…不意を突かれた男は紫電の荒波に飲み込まれた。
そして光の教団もこれ以上の戦闘行為は危険だと見なして撤退した。



その後、幾度か教団の襲撃を振り切った俺達は親魔物派の大国に到着した。
そこで輝と出逢い、国王と王妃に忠誠を誓う『蒼穹の騎士団』の一員となった俺は『紫電の拳闘士』という称号を授与された。

久しぶりの投稿です。
また新たに『蒼穹の騎士団』のメンバーが加入しました。
今回は己の拳を信じて戦う"拳闘士"要するに"ボクシング"です。
しかし"ボクシング"では捻りが無いと思い"拳闘士"と言う設定にしました。


10/11/22 15:59 蒼穹の翼

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