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第十八話 姫の好奇心
「んじゃぁ、俺は兵士どもの様子を見てくる。きっと奴ら、まだ勝利に浮かれてるだろうからな。まったく、下の奴らの面倒を見るのはつかれるぜ」
「ふふ。頑張ってね。バラガス元帥♪」
「うっせぇよ」

ふぅ
私は小さく息を吐く
なんだか不思議な感じ
世界に明かりが射したみたいな
心に明かりが灯ったみたいな
暗い会議の後なのに
バラガスが、みんながいてくれるからかな?
ニアや、カロリーヌががんばってくれてるからかな?
きっとこの後もどうにかなる気がする
そして、ニアと、みんなと喜び合うんだ
霧が晴れたように笑いのあふれる街で
みんなみんなで一緒になって

そんな世界が
そんな明日が
すぐ近くにまで来ているような
そんな気がする

私は嬉しい気持ちを抱えて、ベッドに腰掛けた

――トス

「ずいぶんと嬉しそうじゃない」
「わひゃぁっ!?」

突然背後から聞こえたのは見知った声だった

「なんだぁ。クリスか。脅かさないでよ…」
「ふふ。へぇ〜。それがシェルクの“素”なのね〜」
「え?あ…。な、なんだ?私をからかうな」
「うふふ。シェルク。そっちの方がかわいいわよ?ずっとそっちのシェルクでいてよ」
「ダメだ」
「えぇ〜!なんでぇ!?」
「言っただろ。私はまだ人間の国の王なのだ。せめてこの国が私の思い描いていた形になるまではこの仮面は手放せん」
「えぇ〜。もったいないわ。きっとこの可愛いシェルクなら今よりもっと人気も出るわよ?」
「ダメなものはダメだ。せめてフリーギアの件を解決するまでは私はまだ人間でいる。これは私の“命”なのだ」
「“命”か…」
「ふふ。先ほどの話、やはり聞き耳を立てていたのか?」
「うん。シェルク達が部屋に入ってきたときから」
「狸寝入りに盗み聞きとは…。はしたないお姫さまだ」
「ふふ。いいでしょ?私は姉さまたちとは違うもの。……ねぇ、ところでシェルク…」

クリスが眉を寄せて顔を近づける

「どうした?」
「さっきの話。私もいっしょに行っちゃダメかな?」
「行く?フリーギアにか?」
「うん。シェルク以外の王様、それも、シェルクが初めてをあげたっていう人間を、私も見てみたい」
「………」

私は喉元に言葉を詰まらせた

「ルキウスか…。いや。それはやめておいた方がいい」
「どうしてよ!?」
「お前は私や私の国の人間にしか出会っていないからわからんかもしれんが。魔物を嫌っている人間も多く存在する」
「……それ、姉さま達から聞いたことがあるわ。もしかして、ルキウスって人もそうなの?」
「いや。あの男は魔と人を差別するような男ではないさ」
「ならどうして!?」
「ルキウスがそうだとしても、フリーギアという国はそうではないのだ。前王の時代、フリーギアと私が戦をしたという話は知っているか?」
「え?ん〜。確かバフォメットがそんな事を言ってたような気も…」
「前王は聖教府の急進派だった。故に、魔物に対して理解しようとする私を邪魔に思っていたのさ。だからあの争いは起きた。そして、フリーギアという国の中枢にはその前王の息のかかったものが数多く存在している。人間は魔物とは違う。人間が、魔物を憎む人が魔物の姫など捕まえてみろ。お前にどの様な危害が及ぶかわからん」
「そんな……」
「クリス。これも現実なんだ。未だに人間の多くは魔物が人を喰い、人に害をなすものだと信じている。誰もが魔物と分かり合えるわけではないんだ」

私の話を、クリスは真剣な顔で聞いていた
しかし

「でも、シェルクももう魔物なんだよ?私が…そうしちゃったから…」
「ふふ。大丈夫だ。ニア程ではないが、私の変身魔法もなかなかのものなのだぞ?ヘマはしないさ」
「でも、なら!私も変身して、人間に化けてついて行くから!」

クリスの瞳は変わらず真剣だった
軽い好奇心ではない
そうか

「クリスは…どうしてルキウスに会いたいのだ?」
「さっきも言ったでしょ。シェルク以外の人間の王様を見てみたい。そして、シェルクが初めてを…あげたっていう男を、見てみたいの」
「それは何のためだ?」
「それは……」

クリスが少しうつむいて唇を尖らせる
そして

「私は、リリムとして、魔界の姫として、人間を見てみたいの!」

その眼に嘘はなかった
そうか
クリスが決めたのならば…

「わかった。クリス。少し痛いかもしれんぞ?」
「え?」

――パチッ!

「っ!」

私はクリスの首に結ばれていた呪紐を解いた

――ゴゥ

その瞬間、クリスの身体から膨大な魔力が発せられる

「なっ!?」

驚いた
私と戦った時とは比べ物にならないほどの魔力
これが、クリスの、リリムの本来の魔力…

「ふぇ!?何コレ!?」

クリス自身も驚いているようだった

――ジジ…
――ボゥ

突然、クリスの周囲で静電気の放電のような音がしたかと思うと、部屋のシャンデリアの蝋燭が独りでに灯りはじめる

「何っ!?クリス!魔力を納めろ!」

私は慌てて言う

「え、えっと。ん〜〜〜」

少しずつ
そして徐々に
クリスの身体に魔力が吸い込まれていく

――すぅ…

部屋に起こっていた異変が収まる

「ほぅ…」
「……クリス。…やっぱりお前はすごいな」
「わ、私も知らなかった…」
「ふふ。もしクリスが最初からそんな力を持ってたなら、きっと私はお前に傷一つつけられなかったな」
「え、えっと…。そう…かな?」

少し、クリスが頬を赤らめて言う

「ああ。本当だ。やっぱりお前は魔界の姫だよ」
「え、えへへ…。でもね、シェルク」
「ん?」
「私が、リリムとして目覚めたのって、きっとシェルクのおかげだと思う」
「どうしてだ?」
「ん〜。それはわからないわ。でもね、あの時、シェルクを救いたいって、そう思ったら力が湧いてきたの」
「そうか…」

クリスの言葉に少し驚いた
反面
やはり と納得した

「でもシェルク。いいの?私の魔力、封印しなくても?」
「ふふ。変身の魔法が使えねばお前が魔物だとすぐにバレてしまう。こんなサービス、滅多にないんだからね」
「…ありがとう。シェルク」
「そんな力で兵士を誘惑したりなどしてくれるなよ?そんなものに耐えられる人間など世界中探したって見つかりはしない」
「うふふ。それは約束できないわね」
「ほぅ…。くすぐりが気に入ってもらえたようで何よりだ」

私はにたりと悪い笑みを浮かべ、手をわきわきと動かして見せる

「ひっ!?あ、あわわ。じょ、冗談ですよ?あ、あはははは〜」

くす
こんなに大きな魔力があるのに、私のくすぐりを怖がるクリス
なんだかんだ言っても、クリスはクリスね

「さて、そうと決まれば今から特訓だな」
「え?何の特訓?」
「ん〜。もうすぐ夕暮れだし…えっちの特訓かな?」
「え!?ポ…。しぇ、シェルクがしたいっていうなら…」

――ポカ

「いたっ!」
「そんなわけあるか。冗談だ。変身の魔法に決まってるだろう」
「え?あ、ああ。そっちね。も、もちろんわかってたわよ?」
「(じと…)」
「ほ、ホントだってば!」
「本当かぁ〜?」
「う…」
「ふふ。まぁいい。さて、クリス。簡単な変化の魔法なら使えたりするのか?」
「ん〜。ううん。私、人間の国に来たのも初めてだし、そういうのは全然習ってないわ」
「そうか。ではまずは初歩からだな」
「はい!先生!」
「なんだね?クリス君」
「変化の魔法と変身の魔法って何が違うのですか?」
「うむ。いい質問だ。  ……私も分からん!」
「な、なんだってぇ!?」
「でも、そうだなぁ。まずはとにかく、姿だけでも人間に化けてみよう」
「えっと…どうやるの?」
「えっとだな…。私もニアに習ったばかりだから詳しくはわからんが、頭の中で自分の姿と人間の姿を思い浮かべるんだそうだ」
「ふむふむ…」

そう言ってクリスは下唇を少し突き出し気味に唸り始めた

「で、その二つの姿を重ね、それを魔力でできた紐で結び合わせていく。そんなイメージだ」
「むむむ…」
「そして、完全に結びついたら、そのイメージを今度は自分の身体に置き換えて、魔力で体を包み込む!」
「むむ…とぉ!」

――ポン

竹が鳴るような音がして白煙が上がる
そして、現れたのは…

「どうかな?」
「………私が二人!?」
「え!?」

現れたのは顔つきや髪の色は確かにクリスだが
その背格好や髪形、そして雰囲気が人間の姿の私と瓜二つだった

「あれぇ〜?ちょっとシェルクを意識しすぎたかなぁ?」

――うねうね

「お〜い。しかも尻尾がのこってるぞ〜?」
「え!?あ。ホントだ…」
「ほら、もう一回」
「はい!先生!」

――ポン

「……ほぉ…。今度はこの姿の私に似たなぁ…」
「え?あれ!?またぁ!?」
「……いや、クリスが私を好いてくれるのは嬉しいんだけど…」
「あははは〜。私の中で人間って言ったらシェルクしか思い浮かばなくて」
「このままじゃ「そっくりさん!?」「双子!?」ってなっちゃうでしょ。ほら、もう一回」
「は〜い」

――ポン

「どうだ!」
「……ん〜クリスぐらいの年の時の私?しかも今度は髪の色まで黒くなって、より私に近づいちゃった気が…」
「むむ〜〜〜。もう一回!」

――ポン

「しっぽ隠して角隠さず」
「もう一回!」

――ポン

「服が浴衣になっただけじゃん…」
「イメージを変えてもう一回!」

――ポン

「……ニア〜〜〜〜〜!!!会いたかったぞ〜〜〜!!」
「わぎゃぁぁ!ちょ、違う!私よ!?クリスよ!」
「ん?あれ?ホントだ。匂いが違う。髪のスベスベ感が違う。ほっぺのプニプニ感が違う」
「も、もう一回!」








結局、変身の魔法が成功したのは空が暗くなってからだった


12/07/29 18:36更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
魔力を封印されながらも人間を知ったことでリリムとして覚醒したクリス
魔物になって取り戻していく“シェルク”としての感情に絆されていくシェルク
戦によって大きく変わった二人は、もう一人の王の元へ…
さて、どうなるかなぁ〜
まだ引っ張るぜ

「こんなサービス、滅多にないんだからね!」
「ありがとう、シェリル」
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完全にこう書きそうになったのは秘密です

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