『○○○○と呼ばないで・・・』



「はぁ…(とうとう私だけになっちゃったのね…独身は…)」
ガタンゴトンと揺れ動く冷房が程よくかかっている電車と言う密室の中にて朝方の通勤ラッシュの言葉どおりギュウギュウに詰められ物思いに耽る女性が一人。
悩ましい顔には艶があり、とても重々しい溜息をついてつり革にぶら下がるその様は妙に色っぽい。
その彼女は他の客、ましてや男性よりも高い位置に頭がありその後ろからは周りの他の客に対して申し訳ないくらいの巨躯…馬身があった。

そう、彼女はケンタウロス種である。
真っ白な髪を後ろで束ねて肩甲骨まで垂らし、白緑(びゃくろく)色の体毛、そして額に角…ユニコーンである。

だがこの世界にて魔物は彼女だけではない。
彼女の周りをグルリと見渡せばワーウルフ、河童、ネコマタ、果てはラミアと多種多様な魔物娘が同じ車両に乗り込んで彼女と同じくギュウギュウ詰めにあっているのだ。。

…あ、ネット部分に自然とつぼまじんとミミックもいる。


「はぁ…(そもそもどうしてあんなメールを寄越すのよっ!)」
夏まであと一歩と言う梅雨明けして間もなくのこの時期に彼女が勤める病院の独身看護婦の最後の仲間から昨日の夜に彼女宛てに来たメールの文面を見て彼女は凍りついた。




『彼氏ができました♪ んで彼氏から犯してもらっちゃった♪』




「…。(うぅぅ! 仲間だと、仲間だと思ったのにぃッ!)」
【独身仲間】が脱落した瞬間だった。
…ちなみにその夜、彼女は声を殺して枕を濡らしたとさ。

そして朝が来てろくに睡眠をとらず今に至る、というわけである。

「はぁ…うっ、ぬ、温い風が…」
そんな割れ物注意な彼女のハートをバッキバキに割っていった仕事仲間に心の中で愚痴を言っていると列車が停止して熱気の篭る車内へ涼風を招き入れる為のドアが開く。

『古里瀬北〜古里瀬北〜』
「…はっ!? お、降りまーす!!」
続けて聞こえるアナウンスに彼女は一瞬止まりすぐさま大声で降車の意を高々と周囲に宣言すると皆そこは慣れた者ですぐに道を明けて彼女が降り易い様にモーセの如く分かれていく。
彼女事態は降り口が背中側だったので周りの人々に「ごめんなさい、失礼します…」とペコリペコリと頭を下げつつバックで扉の外へと歩を急ぎ進ませて発車ベルが鳴る前に全身を列車から下ろすことに成功し…

ドン!

「わわわっ!?」
「きゃっ!? ご、ごめんなさい!?」
…なかった。

プシューー…ガタン。
あと一歩と言うところで肩に下げていたバックが近くにいた男性を巻き込んでしまいその男性もろとも下車すると同時に列車の扉は無情にもしまって…

プァ〜〜ン…

『あ。』
二人の声が揃って出たところで列車は甲高い汽笛を一拍鳴らすと走り出してしまうのであった。
彼女は目的の駅だったから良いものの彼はどうだろうか。

「ご、ごごご、御免なさいっ!!」
「あー…いえ、お気になさらずに。どうせ次の駅で降りる予定でしたから。」
列車を降りるとき以上に頭を平伏させることで必死に謝る彼女に対してちょっと困った顔をする彼は手を翳して笑って彼女の失態を許したのであった。

「ではこれで…また機会がありましたら。では…」
「あ…」
彼は彼女の失敗をとがめる事無くキラリと額に汗を垂らしながらその場を駅の改札へ向けて走り去ってしまったのであった。
そんな彼を見つめていた彼女だったが…

「はぁ…考え事しながらは危険ね……ん?」
バッグを肩に掛けなおしまた溜息を一つ吐いて視線を落としたところに何やら見慣れぬハンカチが一枚。
何事も無しに彼女はそのハンカチを拾い上げたところふわりと香るは洗いたての洗剤のような香りともう一つ。

「っ! …クンカクンカ! …ま、間違いないっ! あの人のものだわ!!」
胸の前で持っていたハンカチから香る潜在以外の匂いを敏感に感じ取った彼女は人目も憚らずそのハンカチを鼻が潰れるほど顔に押し付けて鼻腔いっぱいにその匂いを感じて一言。

そう、そのハンカチは彼女に押し出された際に運よく(いや、悪く?)彼の腰ポケットから落ちてしまったのだ。
その落とすまでの間は彼の腰ポケットに入っていたのだからそれは匂うはずである。

「…クンカクンカ…んっ!?…ペロッ…この汗の味は…童貞ですね…キタコレッ!」

「ママ? あのお姉さん…」
「こら! そっとしておいてあげなさい、ね?」


今度は匂いだけでなく僅かに汗で濡れたそのハンカチをペロリと一舐め。
それによりユニコーン独自の童貞センサーがつぶさにハンカチの持ち主である男性が童貞であることを見抜くと彼女のテンションは異常なほど上がっていく。
…周りのヒソヒソ声が聞こえないくらい。



「縁なしのオシャレ眼鏡の…ピシッときめたスーツ…そして童貞…ハァハァ!」



…あ、すいません。誰か警察を呼んでくれませんか?



「…クンクン…こっちね!」
人というのは思いつめると何をするか分からないものである。
彼女は避難訓練の時のように彼のハンカチを口に当てたまま彼が歩を進めていった改札口へと走り出すと自動改札のタッチセンサー部に見事な早業でスイ○を投げつけ勢いそのまま突っ込み改札が空くと同時に通過して私鉄古里瀬鉄道・古里瀬北駅を後にするのであった。


「…古里瀬駅長、これどうします?」
「…知り合いだから後で届けるわ。」
…スイ○の入った定期入れを残して。

「(か〜な〜しぃ〜みのぉ〜 むこぉ〜う〜へとぉ〜♪)ん? だれかしら?」
彼を追いかけている最中に彼女のショルダーバックから着信を知らせる携帯を取り出して彼女はピッとボタンを押して通話を開始する。

「はい、マリアです。(スーハースーハー」
『…なんでそんなにくぐもった声なの?』
…口にハンカチを当てたまま。

「この声は…婦長ですか?」
『そうですよ。出勤時間はとっくに過ぎているんですが…どうかしましたか?』
彼女が「えっ?」と腕時計を見やると確かに時間はもう働いてはいけない時間だった。

だが!

「婦長。今日有給使います。」
『は? え? ま、まって!? 何を血迷って(プツッ)』
「電源切って…よしおっけー♪」
この子、なんて恐ろしいっ!?

「そもそも婦長は帰って彼とイチャイチャセックスしたいだけでしょぅに…ちょっとくらい有給使ってもいいじゃない!」
…一応婦長(ホルタウロス)の名誉の為に申しますが、決してそんなことはないです。
ただこれから夫に朝の日課である乳搾りをしてもらうだけであった。

「スゥーハァースゥーハァー…ん? ここで臭いが途切れている?…ここが彼の職場ね。」
そこは宵ノ宮の中でも銀行が数多く軒を連ねる金融街であり、彼女が今たっているそのビル【三蛇銀行・ジパング支店】はその中でも最も大きなグループだ。
そして愛しの彼はどうやらそこにいるらしい。

「…あら? お向かいがカフェなんてしているのね…」
彼女は彼の勤めるビルからグルリと見回したその視界の端、三蛇銀行の向かい側のビルの中にカフェを発見すると悠々とそのカフェのあるビルへと入っていったのだ。

「いらっしゃいませ〜ご注文はお決まりd」
「このコーヒーを100杯分下さい。あと数時間いさせていただきますね?」
「…へ?」
彼女はカウンターへ着くなりネコマタの店員の挨拶を最後まで言わせる前にメニューの中で一番高いコーヒーを指差してソレと同時に金色に輝くクレジットカードを一枚取り出して金銭盆へと放り込むとそのまま彼のビルが良く見える窓際のカウンターへと移動してしまう。

独身貴族、という言葉通り彼女はほとんど職業柄金に困ることは無く悪戯に作ったカードが今では金色というある種の富豪ぶりである。

…あっけに取られていた店員だったがカードをみた瞬間慌てて準備に取り掛かり一つできては彼女のもとへ、と何度も何度も往復することになったのはいうまでも無い。

「…よし、ビンゴっ! 彼結構重役だったみたいね…」
ケンタウロス種用のカウンター椅子に腰掛けるとなんと運よく横を向いている彼を発見した彼女。
体を戻した彼が彼女に向けて背を向けているということは最低でも課長クラスに違いない。
彼女はこのあとネコマタの店員が頃合を見計らってせっせと運ぶ最高級コーヒーを上品に啜りながら彼のことを日が暮れて一番星が出てくる時間までまじまじと観察し続けるのであった。

「へぇ…彼、アパート暮らしなのね。しかも私の家から近いし♪」
勤めた会社が分かれば自然と彼の家もわかるもの。
そう、彼女は彼の家までついてきたのだ。

「ぁ! 明かりが…あぁ〜♪ カーテン越しっていうのがまたそそるわぁ〜♪」
彼の部屋と思しきカーテンが照明によって影を写すと彼は規定上着を脱ぐ動作をする。
それに伴い彼女はハァハァと息をより荒くしてその情景を電信柱の影から覗いてその陶磁のような白肌に朱を差すのであった。

「ハァハァ…い、いいわぁ♪ なんかこれゾクゾクするぅ♪…よし、明日も来ようっ!…はぁ〜癖になりそう♪」

だ、誰かっ! 警察をっ、警察を呼んでくれぇっ!!

…そんな彼女が満足な顔して帰ったのはすっかり日付が変わった後だった。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


その日以来、ずっと彼女は仕事帰りに彼のアパートの近くで彼を観察するように…
それも例え雨でも雷でも雹でも…である。

「ハァハァ…」
…変質者ですね。本当にありがとうございました。
口から涎を垂らして半馬身程ずれて電信柱に寄り添って見上げる彼女からはユニコーンの上品な姿なんてこれっぽっちもない。

「…今日は遅いのかしら?」
定位置について見上げた際にカーテンに明かりが映らない日はとても不安そうに心配する。
…あたかも自分は彼の妻であるかのように。


だがそんな彼の観察を続ける彼女を震撼させる出来事があった。
それは彼をマークして行動した日から換算して約2ヶ月過ぎたその日、彼が珍しく異性と一緒に来たのだ。
彼とともに近くのスーパーマークの入った袋をいくつか持ち彼と並んで歩くその様子はどこか親しいものとの接し方であったのだが、追跡者の彼女にとってはそれ以前に彼が異性と歩いているという事実が信じられなかった。

「なっ、ば、バカなっ! 私の童貞センサーに狂いはなかったし魔力探知も以上はなかった…はっ!? ま、まさか…人間の彼女っ?!」
いつも隠れている電信柱より少し離れて立っている照明のない暗がりなコンクリートの電柱の下でベキベッと音がして今にも砂と化してしまいそうな程強く柱を握って悔しそうな顔をする彼女。
…ハンカチを口に巻きつけたままで。

「ぐぅっ! ここからじゃ会話を確認できないわ…でもこれ以上は私の存在が…」
顔を上げ下げしながら「あーうー…」と呪詛のように声を吐き出す彼女をよそに、その二人は部屋でくつろいでいるようだ。
カーテンに写る影を我に返った彼女が注視し、怪しい動きあらば行動をするような意気込みでジッとその場で待機をしていた。
…秋がはじまる少し前のことだった。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


「うぅ…」
そんな日から2日後。
【珍しく】彼の家に寄らずに自宅に戻った彼女は机に座り一枚の便箋を前にまた何時ぞやの「あーうー…」が始まっていた。

そもそも何故便箋?、と思った方。
…ズバリ彼女は彼と面と向かって話すのが怖いのである。
なので、この間の異性襲来(?)の出来事を機に彼へ手紙(ラヴレター)を書くことにした彼女。

しかし彼のメアドがわからない。
…ということで彼女は仕方なくアナログな、でも気持ちが一番伝わる手紙という方法をとったのだ。

「ぅー…うん! コレでいこうかしら♪…〜♪」
と説明している間に達筆な筆遣いでスラスラと紙面に筆を走らせ始めた彼女は鼻歌交じりの笑顔でどんどん書いていき…

「…敬具っ、と。 …ふふっ、できた♪ んぅ〜っ! よぅし、明日の為にお風呂はいって寝よっと♪」
サラリと書き上げてしまった。
そして彼女はその手紙をきれいに3つ折で畳んでピンクの封筒へ入れてカバンに仕舞いこむと一度伸びをして机から立ち上がるとクローゼットから着替えを取り出し風呂場へ行こうとドアを開けたとき、カバンに半端に刺さっていた先ほどの手紙がカバンから落ちて糊付けしていない封筒から飛び出した。

…好き、愛しています、犯してという言葉がてんこ盛りで最後にキスマークが入った手紙が。



そして次の日の夜。


「んふふ〜♪彼の帰宅前にぃ…投函っ♪」
とうとうやってしまったユニコーンさん。
自分の手紙を彼の部屋の番号のメールボックスへインしたお。

…それだけならまだよかったのに。

「…彼ってどんな生活しているのかしら…あら? これ家電の番号? …(ピッポッパッ」
さらに彼女はエスカレート
なんと彼あての手紙を物色し始めたのだ。
しかもただ物色するだけに飽き足らず彼宛ての手紙を読んだおかげで得た電話番号を手元の携帯に写し始めたではないかっ!

おまわりさんっ! この人(魔物)犯罪者ですよっっ!!!

「ふぅ…今日かけてみよう♪」
そして彼女は意気揚々と踵を返して自宅へと戻るため歩を
進めていたのだった。
…開封済みの手紙をメールボックスに戻して。


そして家に帰った彼女は早速コール。


プルルル…プルルル…

「…。」
自分のベッドに座り込みコードレスの固定電話に先ほどの番号を入力して待つことしばし。

プルルル…プルr【ガチャッ】

『はい、もしもし?』
「っ!!…」
やや疲れ気味の声をした彼が電話口にて相手を訪ねる言葉を紡ぐと自然と彼女は緊張して声が出なくなってしまう。

『…?? もしもし? もしもーし???』
「…っ…っっ! (あぁっ! だ、ダメっ! 彼の声を聞くだけで…し、子宮がっ♪…ハァハァ!)」

この変態…どうにかしててください。

電話口で心配そうに且つ困ったような声色を含む彼の声を聞き恋する魔物娘の本能からか体が疼き出した彼女はこともあろうに彼の声をオカズに電話をしながらオナりはじめたのだ。
…彼女の秘部から溢れ出す愛液をかき混ぜる音はどうやら彼には聞こえていないらしい。

彼女、はかどってるわぁ〜(棒読み)。

『…?? あのぅ??』
「ハァハァ…ゥクゥ…ッァァッ! ハァハァ…!(あぁっ♪ もっと、もっと声をきかせてぇ〜♪)」
オナニーと車は急には止まれない、とは誰かが言ったもの。
彼女のその行為は彼が心配して声を出せば出すほどかき混ぜるスピードが速くなり…

『ッ! 息が荒いですがどうしましたっ!?』
「ッ! ッッ!! …ァッッ!!!(もぅダメっ♪ イく、イくぅぅッ!!)」
彼のその強い口調が止めとなった彼女はその強い声に一気に絶頂の会談を駆け上る。
しかもいままでのオナニー以上の快感だったのか彼女はだらしなく脱力して受話器を床に落としてしまう。

『だ、だいじょうb』ガタンッ!…

そのはずみで受話器からバッテリーが外れてしまい彼とのひと時が強制終了してしまったのだが今の彼女はそれどころではなかったのだった。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


更に数ヶ月が過ぎた頃には彼女が彼の家の前に張り付く日が目に見えて少なくなり、代わりに電話をかけてオナる日が多くなった初雪が降った昨今。

「うふふ…♪」
今日も彼女の中で日課になりつつある彼へのラヴコールをするため彼の家へ電話をかける。



が。



プルルル…プルルル…

「…?」
もうすでに彼への呼び出し音が30回もなっているのに彼は一向に電話に出なかった。

「…何かあったのかしら?…っ! ま、まさか!?」
その長すぎるコールに不安がった彼女は何故彼が出ないのか脳内で推理を始めるもピンク一食に染まりきった魔物娘の脳内はほかの事象をすべて押しのけて真っ先にある事に思い至った。
それは…


「彼が誰かに取られたっ!?」


どうしようもない。
本当にどうしようもない。

そう思い立った彼女の行動はコカトリス並みに早かった。
受話器を戻し、壁にかけてあったコートを羽織り、【ガムみたいなも】のが入った箱と紫に光る懐中電灯をもって彼の家まで走り抜ける。
…ちなみにコートの下は裸の上から白の縦編みセーターです。他は着ていません。

だって変態さんだもの。

「はぁはぁ…」
瞬く間に彼のアパートに着きそのまま彼の部屋の玄関前まで着くと彼女はコートの中から先ほどのガムみたいなものを捏ねてそのグニグニとつぶしたものを彼の玄関の鍵穴へ詰め始めた。
そして次に彼女は懐中電灯…否、ブラックライトを取り出してその固形物に照射していくこと約5分。
照射を止めてその固形物の端をつまんで鍵穴から抜く。
普通に考えたらガムが詰まったようなものでそのまま鍵穴に残るはずなのだが…

スルリッ。

なんと鍵穴から出てきたのだ。
しかもご丁寧に【鍵穴にぴったりの山のが刻まれた】状態で。

「…今行きますっ!」
そして彼女は何の抵抗もなくその硬くなったガムにまたブラックライトを1、2分照射するとそれを鍵穴へと差し込んで…

…ガチャッ。

彼の部屋の扉を見事に開錠させてしまったのだ。
鼻息荒くした彼女はその勢いのまま彼の部屋へ突貫をかけるッ!


やっていいことではないから皆は真似しちゃダメだぞ? 魔物娘だから許されるだけッ!


「って、あ、あら…暗いわね…電気電気…(パチッ」
だが、その室内はとても暗く且つ夜ということもあって真っ暗だった。
さすがの魔物娘の彼女でもここまで暗いと見えないもので壁をサワサワと手で確かめながらスイッチを探す。
すると運よくすぐ見つかったのでそのスイッチをオンする。

「うっ! …よし、では…ん??」
すると今まで暗かった玄関前の廊下が明るくなるので彼女は更に億へ一歩踏み出そうとしたところでその進行方向に紙が一枚落ちているのに気づく。
気づいたそれに近づいてそれを屈んで拾い上げるとそれは【 ↑ 】とたった一つの矢印が書かれているだけの紙だった。

「…? 上? …コッチってことかしら?」
彼女は紙が指し示していると思われる方向へと歩を進める。
…なぜ疑わないのか?

「失礼しまーす(ガチャッ」
その指し示された方向にあった扉をゆっくりと開けると目の前には再び暗闇が待ち構えていた。

「暗いっ!?…スイッチ、スイッチ(カチッ」
しかし彼女は慌てる様子も無くそのままスイッチを探すため再び壁を探っていてる。
そしてここでもスイッチを見つけてオンした彼女は正面に向き直ったときに一瞬時が止まった。

そして…

「…えっ?」
彼女は思考停止をしてしまう。
なぜなら…




























「さて、容疑者マリア=有馬(ありま)氏。あなたを不許可住宅侵入、個人情報保護違反及び魔物娘適応ストーカー法違反で現行犯逮捕いたします。」












「な、なんで…」
「それはコッチの台詞ですっ! 彼方はやりすぎですっ! 一度留置所か刑務所で頭を冷やしてください。…ひったてぇぇい!
「い、いやぁぁぁ…っ!!」
なんとそこには【古里瀬】と名が書かれた警察手帳をマリアに掲げる婦警のほかに警官が数人と彼、更には何時ぞやの人間の彼女がいたのだ。

そして憐れなことに彼女はミノタウロスとオーガの警官に引きづられるようにして彼の部屋を後にするのであった…


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


それから数日。
彼女は今、宵ノ宮警察署管轄の刑務所に収容されていた。
…当然ケンタウロス種用の大きな独房で。

静かに…いや自分のやった過ちに対して自己嫌悪に陥った彼女はただの一言も発することなく窓から差し込む暖かな日差しに顔を照らしている、そんな時。

ギィィ…ガチャッ…カツン、カツン…

そんな彼女の耳に独房棟の引き戸が開けられる音が聞こえ、彼女の独房の入り口の扉が開く。
すると彼女はボーッとした表情のままそのあけられた扉へとまるで生気が感じられない目を向けるとそこにはあの時自分を逮捕した妖狐の警官が何か封筒を抱えて立っているではないか。

「マリアさん。貴女にお手紙です。…あと釈放手続き書です。」
「…え?」
封筒をすっと差し出した婦警のその聞きなれない二言目にマリアは耳を立てて瞳を見開いておもわず聞き返してしまう。
しかし「渡すものは渡しましたので…本官はこれにて失礼いたします。」と職務的な言葉で退室していこうとする妖狐。
ただ扉を閉める際…

「あっ! ちょ、ちょっとっ?!」
「…お幸せに♪」

そう呟いたのだが果たして彼女に届いたかどうか。

「…だれのk…えっ!?」
彼女は詳細を聞こうと手を伸ばして引きとめようとしたがそれはむなしく空を切るだけであった。
仕方ないので彼女は手を引っ込めて手元にある封筒の宛名を見ると驚愕の色に瞳が染まってしまう。


【マリア=有馬 さんへ   前原 幸人(まえはら ゆきと)より】


なんとその宛名、彼女が今まで一目ぼれしてストーカー行為をしていた張本人からであった。
その名前を認知した瞬間、彼女は背中が凍りつく。

「(…あぁ…法的措置の絶縁状でしょぅね…)」

ストーカーをしていたのだ。当たり前だ。…自分に対して唾棄する経歴に自分を恥じて涙する彼女はしかしながら現実を受け入れるため封を切り手紙を取り出す。

…でもそこには手紙だけでなく別のものも入っているようで?

「…ん? まだ何か入っている? (チャリッ)…えっ? 【鍵】?」
封を切って手紙をとっても尚空であるには重すぎるそれを口を下にして何が残っているか確認するとでできたものは、鍵一つ。

「…??」
疑問だらけの彼女は真意を知るために同封されている数枚の手紙へと視線を向けるとそれを徐に読み始めていく。
最初は丁寧な季語とともに相手の調子をうかがう定例的なものだったが途中からその様相がガラリと変わった。

『…さて、お話は変わりますが貴女は私のことをずっと好いていたようですね。』
「…。」
静かに彼の真意を読む彼女。

『実は私もいつも電車で見かける貴女に対して好意を持っていました。いえ、今でも持っています。』
「っ!! う、嘘…っ!? か、彼が??」
突きつけられた事実に彼女は手紙を前方に突き出すようにして驚き危うくそれを破りかけてしまうところであった。
だがすぐに彼女は手元に手紙を戻して再び読み始める。

『今回のこのことは貴女の行動力と積極性に驚かされましたがそれと同時に貴女の経歴にいらぬ泥を塗りつけてしまいました。そのことに関しては非常に申し訳ないと思っています。』
「…っ…ヒグッ…」
罪を犯したのは彼女のはずなのにそれに心傷する彼のその大きなやさしさに彼女は一気に目頭が熱くなった。

『今回のこの逮捕劇も妹に警察を呼ばれてしまったのが原因でした。…私的には別にかまわなかったのですが…』
「…ぅ、ヒグッ…」
どうやら彼と一緒にいたのは彼女ではなく妹だったようである。
涙でいっぱいになった目から筋が流れるのも気に留めず彼女は更に手紙を読み続けていく。

『そして警察の方から聞けばまだ出所は先とのこと。私は貴女のことが好きで、私のことをこうなるまで思ってくれていた貴女を冷たいところに留まらせるのは私の心が許せません。急ぎ私は警官に訳を説明することで釈放手続きをとることができました。つきましては… 【裏】 』
「ヒッグッ…グスッ…う、うら…?」
その手紙の下にあからさまに開いたスペース3行分を使ってたった一文字、裏と書かれているので彼女はクシャクシャになった顔のまま手紙を一枚めくると…





















『婚姻届』







「っ!!」
なんと二枚目にはすでに彼の名前と印が押された婚姻届がっ!
更にはその婚姻届の片隅に張ってあるメモ用紙には…

『このような書面での告白は些か感情が軽薄ととられるかもしれませんが…私、前原 幸人の妻になっていただけませんか? もし承諾していただけるのでしたら同封の鍵を使って私の家まで来てくれませんか? 拒否される場合は書類と鍵は破棄していただいて結構です。

自宅で私は貴女の返事をお待ちしています。  敬具』

そのメモを見た瞬間、彼女は今まで溜め込んでいた鬱屈な気持ちをすべて押し流すかのように声を大にしてその場に泣き崩れた。
その声には懺悔と後悔とそして…多大な歓喜の感情をのせて。



















_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


「お母さん、お父さん。」
「ん? どうしたの?」
「どうしたんだい? アリサ?」
春の日差しが暖かい今日この頃。
彼の自宅であるアパートの一室にて幼い白馬のケンタウロスの子がその両親と思わしき人物に対して神妙な面持ちで語りかけ、その二人も朝食の後の一時を中断してその子に答えようと耳を傾ける。

「す、好きな子ができたの! で、でも…」
「あら? 一目ぼれかしら?」
「…(コクン」
額から角を生やした母親はその子のところまで歩いてくると膝立ちになってその子の目線に合わせて問いかける。
その子が一度だけうなづくと両親ともども「ふふっ♪」と不適な笑みを浮かべると…

「じゃあまずは彼のことをもっと知りなさい。そして何か切欠を作りなさい。」
「ただしあまり度が過ぎるとお巡りさんのお世話になっちゃうぞ?」
「…?」
母親がアドバイスをするとそれに横槍を入れるようにコーヒーを手に座ったままの父親が含み笑いをしながら助言をする。
母親はその言葉に「…アハハ…」と彼へと向き直り乾いた笑いをする。
…だが何のことかわからないその子にとってはただただ疑問符が浮かぶだけだが。

「ま、まぁとりあえず…しっかりと思いを形にしなさい、ということよ!」
「…うんわかった! 」
コホン、とひとつ咳をした母親は再びその子に向き直ると笑顔で後押しをするとその子も笑顔でそれに答えたのだった。
しばらくしてその子はどこかへと出かけていったようだ。

その子に続いて父親も出勤のために玄関にて靴を履くと立ち上がって振り返るとそこには彼のカバンを抱えて待っている愛しの妻があり、笑顔で彼の準備を待っている。

「はい、幸人さん。…ンッ♪」
「ありがとう、マリア。…ンッ♪」
落ち着いた感じで話す彼らは互いに唇を寄せ合い自然とキスをする。
…所謂、送りキスですね。

「いってきます…愛しているよ、マリア。」
「いってらっしゃい…私もですよ、幸人さん♪」




ーーそして奇妙な出会いをした夫婦の家庭の一日がはじまるのであった。




【完】

どうもー、PCがクラッシュして総計4代目稼働中のjackryです。

皆さん、バックアップはこまめにとりましょう( ;ω;)ウルッ

さてさて今回のこのSSの主軸となった歌ですが…

『ストーカーと呼ばないで 』/オオタスセリ

でした。…まんまですねww

いかがでしたでしょうか?(・ω・` )
感想お待ちしています。

12/01/29 11:20 じゃっくりー

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33