第22章:ユリアと心の戦 BACK

エルをはじめ、十字軍の将兵が万が一のために武器に手をかけ、見守る中
ユリアは血気立つカナウス海賊団の前に歩みを進めた。


「イル・カナウスの方々少々よろしいでしょうか。私は十字軍の従軍天使ユリアと申します。
あなた方とお話したいことがあります。どうか私の意見を聞いてはもらえませんでしょうか?」
「…あの時のエンジェルか。どうせお前も主神とかいう自己中心的な神様の使いっ走りなんだろ。」
「いえいえ、この際私がどこの神様のエンジェルかは関係ありませんよ。
私はただ、あなた方に素直に負けを認めてもらいたいなと思いまして。」
「負けを認めろ、だと?冗談じゃねぇ、俺たちはまだまだ戦えるぜ!」
「そうですか……お勇ましいのですね。ですが、もう少し冷静になって
周囲の状況をご覧になってみてはいかがでしょうか。」

アロンはユリアに言われたとおり、ふと周囲を見渡してみる。
自分たちの周りを囲むのは、先ほどまで無邪気に応援していた十字軍兵士たち…
それが今では殺気をみなぎらせ、武器を手にとって臨戦態勢になっている。
いくらカナウス海賊たちが力自慢の剛の者ばかりだと言えども、多勢に無勢。
アロンは先ほどのエルの攻撃で武器を没収されてしまい、全員素手である。
武器なしでこの数万の軍勢の囲みを突破するのはいくらなんでも無謀だ。

「いま、圧倒的な武力で敵を脅すのは卑怯だと思っていませんか?」
「…当たり前ぇだろうが。お前ら反魔物国はことあるごとに武力に訴えやがる。
少しでも平和に暮らしている海の民たちのことを考えたことがあるか?」
「そうだそうだ!お前たちさえ来なければ、俺たちは平和に暮らせたんだ!」
「妻との蜜月の日々を返せ!」
「そう思うのでしたら、なぜあなた方は徒党を組んで海賊行為を行っているのですか?
少なくとも海賊行為を働くのでしたら、それなりの覚悟があると思っていましたが…」
「なんだと!俺たちに海賊の覚悟がねぇってのか!ふざけんなよ!」
「平和にすごいたいにもかかわらず海賊行為を働くのですか。少々矛盾していませんか?」

笑顔のまま頭ごなしに海賊としてのプライドを否定されて怒る海賊たち。
しかしユリアは怖がりもせず、話を続ける。

「あなたは交渉に来たとき、お互い勝ったら相手の条件をのむという約束をしましたね。
ですが、あなた方は自分たちに都合が悪くなると急に約束を反故にするのでしょうか。
あなた方にプライドがあるというのなら、せめて男らしく約束は守ってほしいのです。」
「じゃあなんだ、お前らの方こそ約束は守るってのか?」
「そうですね、そもそもあなた方をこの陣地の中に招き入れた時、
戦う前にあなたたちを捕縛するなりやっつけてしまうなり
すればもっと早く片が付いたはずです。ですがエルさんがそれをしなかったのは、
あなた方がきちんと約束を守ってくれる方々だからと見込んだからです。
もし、アロンさんが負けることを前提にせず条件を提示したというのでしたら、
私たちユリスの民はあなたたちカナウス海賊団を戦士として軽蔑します。」
「…………痛いこと言ってくれるなあんた。」
「ええ、言いますとも。エルさんは驚いていたんですよ、仲間のために
自らの命を顧みずに敵のまん真ん中に飛び込んでくるアロンさんの行動力を。
あなたのような豪快な男性は世界に何人もいないのではないか…と。」


「ねえエル、ユリアさんで何とか説得できそうかしら?」
「可能性は高い。今アロンの奴は頭に血が上っていて俺の言葉なんかには耳を貸さないだろう。
その点ユリアさんにはその場の雰囲気を和ませる力がある。」
「…ならいいんだけど。」

しかし、エルにはまだ別の懸念材料があった。

「だがユリアさんは…今回は別の面で問題に直面するだろう。」
「別の面…?ああ、そういえば…。でもそれだと下手すればユリアさん、
味方からの信頼を失いかねないんじゃないかしら。どうするの?」
「フォローはする。しかしユリアさんには……『味方との戦い』
というものを知ってもらう必要がある。」

読者の皆様方は、エルはユリアだけには甘いと思っているかもしれないが、
実はそんなことはなく、ユリアに対しても厳しい仕打ちをすることだってある。
甘いと見えるのは、たまたまユリアがエルの出す課題にほぼ常に模範回答を出せるため
厳格な指導を必要以上に行われないからなのだ。

そして今回の説得…当然ユリアの中では勝ち筋は見えてはいる。

(私たちは魔物を絶滅させに来たのではありません…。これ以上海賊行為をやめて、
海上交易路の安全が保障されればそれで目標は十分達成できます。
それを海賊さんたちにわかってもらえれば……これ以上血は流れません。)

しかし彼女は大きな見落としをしていたことに、まだ気が付いていない。

「あの、一つよろしいですかエンジェルの…ユリアさん。」
交渉事が苦手なアロンに代わって、マーメイドのリューシエが前に出る。
「私はアロンの妻、リューシエと申します。先ほどから聞いていますと、
あなた方十字軍は、魔物退治に来たわけではなく、ただ単純に
この地の支配権が欲しいだけ……ということなのですね。」
「ええ、おおむねその通りです。」
「私たちにも生活というものがありますし、この綺麗な大海原を気に入っています。
しかしながら……私たちは負けたら要塞を明け渡すと約束してしまいましたし、
この包囲網を圧倒的少人数で潜り抜けることは難しいと言わざるを得ません。
そこで…なのですが、私たちカナウス海賊団は拠点をはるか南の大陸に移し、
北半分は人間の領海に、南半分を私たち魔物の領海にする…それで手を打ちませんか?」
「はぁ…」

リューシエの案を聞いたユリアは、あまりお気に召さない様子。
なぜなら、譲歩したように聞こえるかもしれないが、リューシエの提案は
まったく譲歩しておらず、無理やり引き分けに持ち込もうとしていることが分かるだろう。
拠点を南に移したところで交易路の安全が確保できたとは言い難いし、
下手をすれば今以上に海軍力を確保して、再び強力な海賊になってしまうことも
十分に考えられる。

「あなた方も早く本国に戻らないと危ないのでしょう?
でしたら、こんなちっぽけな海賊にかまっている暇はないはずです。」
「え、ああ、そのことでしたら心配ありませんよ。
本国で内乱なんか起きていませんし、故郷はいたって平和です♪」
『うそ!!??』

自分たちが偽情報に踊らされてホイホイ出てきてしまったことに、
カナウス海賊団のメンツは唖然とするほかなかった。

「あーあ……つまり俺たちはまんまと罠にかかっちまったわけか。」
「罠?なんのことでしょうかね?さあ、それよりも……
捕虜を返す代わりに全面降伏しますか?無意味な損害を覚悟しますか?
立派な殿方でしたら早めの決断をお願いしますよ。」
「ちっ……」

長々と話しているうちに、アロンはようやく熱が冷めて冷静になることが出来たようだ。
このまま戦い続けても勝ち目はほぼないことは分かっているし、もしここで
自分たちが死んでしまったら要塞内にいる者たちはとても悲しむだろう。
ここでユリアの案を受け入れなければ、イル・カナウスの崩壊は確定的であった。

「わかったわかった。俺たちの負けだ。」
「かしら!?」
「かしらっ!?」
「あなた……」

そして、ここでようやくカナウス海賊団団長アロンがエルに負けを認めた。

「分かってくれましたか。」
「この上なく悔しいが、仕方ねぇ。クソみてぇなプライドを守るために、
リューシエとの幸せな日々や、仲間たちとの友情を失いたくねぇからな。
スクワイア、マゴ、アルクトス、ロロノワ、弱っちい団長ですまねぇ。」
「ふっ…何言ってんだアロン。俺たちはやるだけやったさ、そうだろ?」
「むしろ謝るのは俺たちの方ですよかしらっ!俺たちが捕まらなきゃ、
こんな無様に負けることはなかったんスから……!」

アロンにとっては苦渋の決断だった。
カナウス海賊団はもはや昔のような単なる海賊団ではなく、
一つの運命共同体…つまり『国家』と化してしまっている。
自分たちのプライドを保つためだけに、自分を簡単に犠牲にしてしまえば
守れるものも守れないではないか……

「で、俺たちもあの自由都市アネットみてぇにこの地を立ち去ればいいんだな。
そうすればこいつらの命はとらないと、今度こそ約束してくれるか?」
「ええ、それで大丈夫ですよ。ねぇ、エルさん。」

一連の交渉で、ユリアは自分の役目に、完璧とまではいかないが及第点の評価を下した。
目標の大半は達成できた。無駄な血を流すことなくアロンに負けを認めさせ、
彼らをこの地から追い払う……これならエルも喜んでくれるだろう。
振り返って無意識にエルの満足する顔を期待する。が…

(え?)

ところがエルの表情には満足そうな色が見られない。
その上、そばにいたユニースに一言二言耳打ちし、何かを命じているようだった。
ユニースはエルの命令を受けると早足で沿岸陣地の方へ向かっていく。
だが、エルはきちんと二人の話を聞いていたようで、
ユリアとアロンのやり取りの結果に黙って頷くと、アロンの前に出て右手を差し出した。

「その条件をのむのであればこちらも異存はない。講和だ。」
「おうよ。」

エルが差し出した手をアロンが握り返し、ここに講和が成立した。
完全な終結までまだまだやることはたくさんあるが、一応ここで
両軍の指導者が戦闘終了の意思を示したのだ。
十字軍の兵士たちもカナウス軍の兵士たちも、いまだ停戦したという実感がわかない
喜ぶに喜べずお互いの顔を見合わせるばかり……

「しっかしお前…ずいぶんきれいな手をしてやがるな。本当に男かお前?」
「ばかやろう、俺のケツでも舐めろ。」







そんなわけで、カナウス軍は十字軍へ負けを認め、
五日以内にカナウス要塞から全員出ていくことで合意した。
その間十字軍は攻撃を行わず、カナウス海賊団たちも五日以内に
要塞から出ていかない場合は講和を無視したということで総攻撃にさらされる。

双方ともいまだに相手を完全に信用できているわけではない。
よって、カナウス軍は十字軍の陣地にマゴとその妻…スキュラのスアルミを
預けざるを得ず、十字軍もまた何人かが要塞内に出向することになった。
お互い人質を取りながらの交渉…これのどこが和平なんだと首を傾げそうだが
実際の戦争の後の和平なんてえてしてこんなものである。


さて、交渉の後一部人質の海賊たちとその妻たちを除く海賊たちが
エルに解放されて要塞に戻っていったころ、十字軍陣地ではまだ
不穏な雰囲気が消えていなかった。

ドンッ

「エル司令官!それに天使様!一体これはどういうことなんだ!
わざわざとらえた海賊どもを簡単に釈放してしまうなんて、納得できない!」

会議室用の幕舎、大勢の将軍とエルそれにユリアや妹分天使たちがいる中、
机に拳を叩きつけて猛烈に抗議する者がいた。
先の海戦で海軍を指揮して大勝利を収めた海軍の提督インゼルメイアだ。

「い…インゼルメイアさん?講和に不服なのですか…?」
「いかにも!天使様は甘すぎる!」

十字軍に従軍してから…いや、本格的にエルの傍で補佐をし始めてから
何年も経っているが、このように真っ向から怒鳴られたのは初めてのユリア。
しかも今回は、自分の落ち度が分からない。そのためユリアは
すっかり余裕をなくしておろおろするばかりである。

そこに、カーターがインゼルメイアの側に立って補足を始める。
「残念ですが、俺たち帝国軍も同じ意見です。このような無駄に寛大な案では、
わが軍は納得できない。この戦いで最も多くの損害を被ったのは
我々帝国軍…その被害は無視できるものではない。海軍に至っては、
ハルモニアからの援軍以外は総じてボロボロの状態…。
それを何らかの形で補填してもらわないと俺たちも困るのです。」
そしてカーターの副官、ゼクトも。
「特にインゼルメイア提督にとっては数えきれないほどの同胞を
海に沈められてしまったものですから、その恨みは非常に大きなもの。
敵に情けをかけるのはよいのですが、味方の感情を無視するのは如何なものかと思います。」
「そ…そんな……私はっ!」
「天使様に悪気がないことはわかってる…。でも私たち海軍は大勢の仲間を失った。
そしてそれは私の責任でもある。だからこそ!あいつらの死を黙って
無駄にすることなんてできない!この気持ちもわかっていただきたい!」
「インゼルメイア、それにカーターやゼクトをはじめとする帝国出身の諸君、
お前たちの気持ちはよくわかっている。今回の件はユリアさんに俺から
味方が背負う責任を十分に教えていなかったことが悪かった。
だが……最終的に今回の交渉は間違いでなかったことを証明してやろう。」
と、ここでエルから助け舟が入った。
「そうは言うがエル司令官、ジークニヒトたちが生き返るわけでもあるまいに…」
「お前、ジークニヒトと元々やたら仲が悪かったくせに、死んでから気にかけてどうする。
そんなんだったら生きているうちからもっと仲良くしておけばよかったというのに。
まあいい、それは置いておいて………ユニース、入ってこい。」
「わかったわー。」

エルは外で待機していたユニースを呼ぶ。
今まで幕舎の中にいなかったユニースだったが、それはある人物を連れてくるためだった。

「いいわよ、入りなさい。」
「…うむ。久しぶりだな十字軍の者ども、それにインゼルメイア。」
「ジークニヒト!!なぜここにいる…私は幻でも見ているのか!?」
「ジークニヒト提督ですって!?」
「それにフォシルさんまで!」
「貴様!生きていなすったのか!」

ざわざわ…

ユニースに連れられて入ってきたのは、死んだと思われていた元海軍司令官のジークニヒト。
それと、すっかり姿が変わってしまったが、フォシルも一緒だった。
この二人とそれ以外に死んでいると思われた提督たちは、海の魔物娘たちに
手籠めにされただけできちんと生きている。ジークニヒトとフォシルは
ラファエル大海戦が終わった後に結ばれたが、かつての仲間たちが魔物を倒すのを
見るのはしのびず、かといってもかつての仲間と戦うこともできない。
よって、ひそかにファーリルを通してどうにか海の平穏が戻らないか打診。
最終的に、血気にはやるかつての仲間たちの仲介役を買って出たわけである。

「わしらはもう魔物となった…もはや、おぬしたちと共に過ごすことはできん。
だが、世話になったエル司令官を裏切ることもできぬ。」
フォシルも口を開く。
「私も旦那様も…それにヒルトラウトさんやインスベルクさんも……
元気に生きています。ですから、私たちに免じてカナウス海賊たちを許してあげてくれませんか?」
「う…う〜む……そっかぁ、参ったな。人間やめちゃってるのか…」
インゼルメイアは反応に困ったようで、ポリポリと頭を掻きながら視線をそらす。
「どうです?インゼルメイアさんも私たちと一緒に…♪」
「おいおい、これ以上有能な人間を海に持っていくなよ。」

ジークニヒトとフォシルが顔を見せたことで、張りつめていた空気がほぐれて
いきり立っていた将軍たちがようやく冷静になった。
そのタイミングを見計らうように、エルが話を続ける。

「諸君らにはこの事を伏せていてすまなかった。下手に気を抜かれても困るからな。
だが、海賊たちから『ごめんなさい』を引き出した今、これ以上の戦いは不要。
あとはカナウス海賊団どもの出方次第ということだ。ジークニヒト、悪いが
万が一アロンが約束を反故にするようなことがあれば手を貸してくれ。
魔物になったとはいえ…ユリス人としての誇りまで失っていないだろう。」
「うむ、わしもこれ以上海賊たちに血を流してほしくありませんからな。
一度負けた身ですが万が一の時は尽力いたします。」

いろいろ揉めてはいたが、講和反対派の将校たちが黙ったことで
あとは海賊たちの選択にゆだねることとなった。

一連のやり取りの中でユリアは、自分が良かれと思ってやったことが
エルの信用を失わせかねなかったことにショックを受けていた。

(ああ、私は何ということを……、私は浮かれてしまっていたようです。
エルさんのお役にたてなければ…私の存在価値など……)

久々の失敗は、彼女の心を大きく落ち込ませた。だが、苦しい思いをここはぐっとこらえて、
この戦争が終わるまでは毅然とした態度を貫くことにする。弱みは見せられない。






一方のカナウス要塞には、ファーリルが配下数名を連れて人質を兼ねた視察に来ていた。

初めてこの地に来たとき、彼は果たしてこの要塞を攻略するのにどれだけの時間が必要か
いや…そもそも攻略できるのかも不安に覚えたものだった。
しかし今自分は講和の監視者として堂々と要塞に乗り込んでいる。
ファーリルからすれば実に感慨深いことだろう。
砂浜で出来た道を進み、まだエルが突き刺した旗が残ったままの城門をくぐると、
そこは一面真っ白な壁で出来た建物がずらり……どうやらサンゴか何かで出来ているようだ。
狭い要塞等のスペースぎりぎりに居住空間を詰め込んでいるせいか区画がごちゃごちゃしていて
島内にめぐらされている階段も急で狭い。だが、それがかえって隣同士の触れ合いをもたらし
島全体に活気をもたらしているようであり、なかなかアットホームな要塞と言える。
講和が結ばれ、掴まっていたカナウス軍の海賊たちは久しぶりに我が家へともどり、
妻や子供たちの歓迎を一身に受ける。縞の中央の一番広い通路を歩きながら、
その光景をいくつも見かける……ファーリルも思わず笑顔がこぼれる。

「いやー、ライデンにイシュトー。皆殺しなんてしなくて良かったなと思わないかい。
ボロボロになりながらも笑顔でただいまというパパに、泣きそうな笑顔で迎えるママたち。
海の男たちの生きる源、ここにありってね。」
「……………」
「……………」

ファーリルの後ろを歩く二人の将軍…ライデンとイシュトーはファーリルの言葉に無言を貫く。
(ははぁ…やっぱり二人はまだ今回の講和をあまりよく思っていないね。当然か。
今まで殺し合いしていた相手とそう簡単に仲良くできると思ったら大間違いだ。)
今回の戦いは事情が特殊だっただけに、相手にあまり被害を与えられぬまま終わった。
将軍たちは開戦以来あまり首級をあげていないため手柄が立てられない…
まさに戦争屋さんの面目丸つぶれである。

「それよりイシュトー君、君だったらこの島に住みたいと思うかい?」
「この島に…ですか?まあ確かに美しい海に囲まれて景色は素晴らしいですが、
如何せん北方出身の俺にはこのクソ暑い気候はちょっと…。」
「そっかぁ。じゃあライデン君、君は?」
「お断りします。住居区がいささか窮屈すぎます。
それにこのような急な坂道ばかりでは騎乗して移動するのが困難です。」
「あっはっはー、そうだよね。この要塞島、ちょっと僕たちには住みにくそうだよね。
聞いた話だと、実は島の地下は空洞になっていて、水中で生活する
海賊の家族もいるんだとか。まぁ…ここの人達にはうってつけの住居だけど
そんなとこに僕たちは住めないし。……この島、売っちゃおうか。」
『売る!?』
突如ファーリルは妙なことを口走る。
「えっと…売ると、いうのは……誰にです?」
「アロン君にさ。この島はこの後接収する予定だから僕たちのものだよね。違うかい?」
「いやいやいや!それで売ってしまえばまた逆戻りじゃないですか!
海賊たちがまたこの地に居座っちゃいますって!」
「だったら島を持ってってもらえばいいじゃん。簡単なことだよ!」
「ちっとも簡単じゃありません!」
「まあ見てなって。」

どうも軍団長クラスと将軍クラスの者は考えのベクトルが違うようで…
笑いながら先頭を歩くファーリルに振り回されがちの二人。
軍団長たる者やはり格の差を見せつけてやることが必要なのかもしれない。

「やあやあ、お邪魔するよ。」
「おういいぜ、入んな、魔道士の大将。準備にはちっと時間がかかる、
それまで退屈だろうけど我慢してくれや。魚なら好きなだけ食わせてやるぜ。」
「あはは、もう魚はそろそろ食べ飽きたよ。ねぇ二人とも。」
『同感っす…』
元捕虜だった海賊たちに案内されてファーリルたちは要塞の中心部にある司令部に足を運んだ。
飾り気が一切なく、武骨で大きな机がドカッとおかれたある意味男らしい内装。
だが粗野な雰囲気はなく、上手い具合に陽の光が部屋を明るく照らす
海辺の自然が生み出すいいところを生かしたつくりになっている。
ファーリルも興味津々だ。
「まぁ、俺たちもその気になりゃ今からでも全員で海に飛び込んで、
どっか別の島まで泳いでいくこんだってできらぁ。
だがよ、部下の大半はこのところカミさんたちとご無沙汰だったからよぉ、
そこんとこちょいと大目に見てほしいぜ。」
「……呆れたものですなぁ。」
そういってライデンがため息をつくのはほかでもない。
今いる大広間―といっても20人そこら入れるかどうかの広さだが―の隣から
副首領スクワイアと彼の大勢の妻が発する嬌声が嫌というほど聞こえてくるからだった。
いや、隣の部屋からだけでなく下の階からも、窓の向こうの建物や一部の路上からも、
男女が交わり合って愉しむ声が臆面もなく聞こえてきている。
どちらかといえば規律正しくまじめな部類に入るライデンとイシュトーは
赤面してしまい、思わず耳をふさぎたくなってしまう。
一方ファーリルは平気らしく、余裕の表情でアロンと話を続ける。
「さてさて、アロンさん。エルと戦ってみてどうだった?感想を聞かせてほしいな。」
「ああ…正直言ってあんなやつとは二度と戦いたくねぇ。
何ていうんだろうな、戦って分かったんだ。あいつは本当の意味で…『化け物』だぜ。
あの若さで一体全体どんな修羅場を潜り抜けてきたのかは知らねぇが
纏う雰囲気ってもんが人間の域をはるかに超えてやがる。本当に何者なんだあいつは。」
「無理もないな、なにせ司令官は無敵だ。戦に出れば必ず勝つ常勝の将だ。」
「あの方についていけばどんな戦いにも勝てる、元々敵だった俺たちもそう思う。」
「つくづく惜しい奴だぜ。あいつが魔王様の下につけば世界征服だって余裕だろうに。」
「やだなぁ。エルだって結局は人間の域を出ないよ。それにまだまだこんなの序の口さ。
君たちはいずれエルの手が届かない遠い場所に移住すると思う。でもきっと、
いつか思うはずだ。今回の選択が正しいものだったってね。保障するよ。」
……それより話は変わるんだけど、この島…買う気はないかい?」
「はぁ?」









場面は戻って再び十字軍の陣地。
昼間の一連の騒動が一段落し、陣地はいったん落ち着きを取り戻していた。
形的には勝ちは確定しているものの、大半の兵士や将校がまだ勝利したという実感がわかず、
緊張感はいまだに色濃く残っている。

そして西の空…故郷ユリスの方角の海に夕日が沈み、夜空に赤道直下の星座が
まるで宝石のように頭上で瞬く晴れた夜、ユリアは一人陣地司令部から離れた丘の上に佇み
物思いにふけりながらカナウス要塞の方角を見つめていた。

「ユリアさん♪こんな場所におられたのですか。」
「あ…ユニースさん。」

ふと声がした方に顔を向けると、涼しげな薄目の服装をしたユニースが立っていた。
なぜ彼女はユリアがここにいるとわかったのかは定かではないが、
まるで昔からの親友の様に自然体でユリアの隣に身を寄せる。

「まだ昼間のことでお悩みですか?」
「ええ…エルさんからは、初めてだから仕方のないことだと言われましたが
もしユニースさんのフォローがなければ私はこの軍の皆様の信用を失っていたところです。」
「ふふふ八方美人もつらいですよね。」
「ちょ…ちょっとユニースさん!?八方美人って…」
「ふふっ…いい意味で言っているのですよユリアさん、天使様は誰にでも優しくないと。」
心にもないことを言われ珍しく腕をわたわたさせるユリアを見て
ユニースは一瞬吹き出しつつも、失礼のないよういつもの微笑み顔に戻す。
「…今回の講和、私は全面的に賛成ですわ。だって、あんな海の上に浮いてる城
力攻めなんてしてたらどれほど損害が出るかわかったものじゃありませんもの。
しかし私は諸国同盟を率いる者。帝国軍の方々とはいまだそりが合わないことも多いのです。
そんな私たちをひとつにまとめてるのですから、エルってやっぱりすごいんだな
って思っちゃいます。私なんかにはとてもとても………」
「ユニースさん?」
「かつて私は…いえ、今でも私は、エルのことが好きなんです。」
「…!!」
そして、突然エルへの思いを告白した。一体何を考えているというのか…
ユリアは心を硬直させたまま、それでも柔らかな表情を崩さずユニースの話を聞く。
「ですが私はカーターやファーリルと違ってエルに勝るものが何一つありません。
それが怖くて…もう何年も、最後の一歩を踏み出すことが出来ません。」
「…ご心痛、お察しします。確かにユニースさんがエルさんを見る目は、
いつも熱を帯びて輝いていました。やはり…想いを秘めていたのですね。」
「さて、ここまで話したことですし、私も天使様に救いを求めたいのですが。」

ふとユリアの胸に嫌な予感がよぎった。
それは洞察力というよりも、女の直感…
生まれて初めて踏み込んだ女と女が火花を散らす戦場。

「天使ユリア様、どうか私に…エルとの恋を成就させる力をお与えください…」
「残念ですが、その願いにはお答えできません。」
ユニースの『願い事』をユリアは迷うことなく跳ね除けた。
「ぷっ…あははっ、冗談ですよ冗談!ちょっと洒落てみただけです。
やっぱりユリアさんはそうでなくっちゃ!」
「あのですねぇユニースさん…ご冗談が過ぎますよ。」
「ごめんなさい天使様♪でもユリアさん、私のエルに対する想いは本物です。
これだけは誰にも譲れない一線があるんです。たとえ…ユリアさん相手でも。
もし先ほどの演技が本気であったなら、ユリアさんは私の敵になっていたところでした。」
「………私が、ユニースさんの敵に…」
「どうです?そう考えれば昼間のことも少しは考えがまとまるのではありませんか?
私たちやエルは、時として味方とも戦わなければならない時があるんです。
そしてそれは一歩間違えれば身の破滅、軍の瓦解につながります。
ユリアさんには少し重い問題かもしれませんが…きっとユリアさんなりの
結論を出してくれると信じていますよ。では私はこれで、
お腹がすきましたので夕食を摂りに行ってきますね。
あーあ、たまにはお魚以外のお肉も食べたいな〜…」

ユニースはその場でマントを翻し、上機嫌で丘を下って行った。
もしかしたらユニースは今までユリアに対して溜めていた何かを
直接ぶつけられて幾分か気が晴れたのだろう。
その一方でユリアは、また新たなる大きな課題を背負い込むことになった。
しかもそれはエルに相談して解決できることではない。
果たして何が正解なのか…そもそも本当に正解はあるのか?

(皆さんが敵になる…今まで考えてもみなかった。)

今まで当たり前のようにエルの近くで暮らし、さまざまなことを学んだユリア。
ともすればそれはエルに好意を抱く者たちから反感を買う。
エンジェルはあまたの人々に降伏を分け与える義務がある。
そのエンジェルが他の大勢の人々の思いを犠牲にして自分だけ幸せになるのは
果たして許されることなのか。


その夜ユリアはエルと別々の幕舎で床に就いた。






次の日、十字軍の陣地にファーリルがアロンを連れて帰ってきた。
ついでに城門にエルが突き刺した旗ももってきながら
驚くことにたった一日でイル・カナウス全住民の移動準備が出来たというのだ。

「おう男の娘大将、準備できたぜ。約束どおりマゴを返してもらうぜ。」
「男の娘言うな…ってかもう遠泳の準備が出来たのか。
お前らそんなに荷物が少ないのか?」
「ちげーよ、準備なんざしなくても家ごと持っていけばいいじゃねぇか。」
「…?ファーリル、一体何をした?」
「まあまあ、エルもみんなもちょっとカナウス要塞の方を見てみてよ。」

何事かといぶかしがるエルと周りの将校たちが要塞の方に目をやる。

ズズゥン…

直後、要塞が小さな水しぶきを立てて若干沈んだように見えた。
その時に起こった小さな津波が陣地に押し寄せるが、
あらかじめ備えてあった氷結魔方陣を一斉に起動させて
津波を凍らせることで被害を抑える。

「はっはっは、どうだ驚いたか?要塞島を大陸棚から分断して
完全な島にしてやったぜ、ワイルドだろ?」
「ああ…、まさか爆発魔法で島を陸から切り離して
そのまま持っていこうってわけか。何という大胆な…」
「だってさエル、あの島を僕たちがもらっても何の役にも立たないでしょ?
だからアロン君と商談…じゃなくて相談してカナウス海賊団が今まで蓄えた
金銀財宝とあの島を交換することにしたのさ。
ほら、もらった財宝は転移魔法でぎっしり持ってきたよ。」
「ったくこの童顔の大将は呆れた商売上手だぜ。ある意味海賊の天敵だぜ。」

どうもファーリルは要塞内にとどまっていた時にアロンと交渉して
即物的なものと交換してしまったらしい。もちろん島を移動できるように
陸地から切り離したのもファーリルの入れ知恵だ。
今まで溜めた財宝の大半を持って行かれるのは悔しいが、
その代り住み慣れた島はイル・カナウスの住民たちの手元に残った。

「かしらーっ、ずいぶん早く迎えに来てくれましたね。感激でさぁ!」
「おうマゴ!お前が陸酔いしないうちに迎えに来てやったぜ。
さーってと、これでいよいよあんたらともお別れだな。
今回は俺たちは勝てなかったが、次はこうはいかねぇぜ大将!」
「そうだな…できることならお前たちとは二度と事を構えたくないな。
やっぱり俺は陸での戦いが一番性にあってる。」

最後に二人はお互いの健闘をたたえ合い再び握手を交わす。
奇跡的に、実質的な使者をほとんど出さなかったこの戦いの健闘をたたえて…
 
 
 
 
 
 
 
 
カナウス要塞は、衝撃魔法で大陸棚から切り離され、独立した島となった。
リューシエが持つタイダルアクアマリンの力で海水を操ることで、
だいたい1〜4ノットの範囲で島を移動させることが出来るのだ。
カナウス地方の美しい海岸線を見ながら、別れを惜しむいるカナウスの人々。
カナウス海賊団をはじめとするイル・カナウスの住民たちは、
これから島ごと海上を移動する旅に出る。
つまり島自体が一つの海賊船になったようなものだ。

「……まさか俺たちがこの地を追われるなんて考えてもみなかったなぁ、スクワイア。」
「ああ、だが俺たちは自由気ままな海賊さ。
陸に縛られるなんてばからしいものじゃないか。そうだろ?」
「またいつか、この地に戻ってこれるはずですわ旦那様。
それまで私たちは、のんびりと世界の海を巡っていきましょう♪」

海賊たちはこんな状況でも前向きだ。
それがアロンたちの強さの源でもある。
部下の海賊の中に島から去る者はいなかった。
フランツィスカ率いる元サンメルテの住民たちも、島に残ることにした。
彼女たちは海での生活に慣れているので動向を願い出たのだ。

だが、カナウス島に残らなかった人々もいる。
出番が少なすぎて忘れがちなベルカ傭兵団たちだ。

「行ってしまうんですね、みなさん。」
フランツィスカが寂しそうにつぶやく。
「私たちも、せっかくフランさんたちと仲良くなれたのに残念です。
ですが私たち傭兵団に救いの手を求めるところはまだまだあると思います。」
アリアも残念そうに首を振りながらも、決意は固い。
「そんな顔すんなよフラン、あたしたちはそう簡単にはくたばらないさ。
大丈夫、またいつか会えるって。あたしたちは人間と違って長生きだからさ!」
ベルカは豪快に笑いながらフランの頭を右手でくしゃくしゃと撫でる。
「今までありがとう。また会ったら、いい魚食べさせてくれよ?」
そしてフェオルも。
「うん!またね、みんな!」

島から小型の船が大海原に滑り出す。
ベルカ傭兵団は新たな雇用主を求めて、再び放浪の旅に向かう。


十字軍による、カナウス要塞攻略はこうして静かに幕引きを迎えた。
13/05/22 00:19 up

御機嫌よう読者のみなさん!私、元サンメルテの市長フランツィスカよ。
どこかのレスカティエのあの方とは何の関係もなく、単なる偶然です〜。

参謀本部に私から一言申し上げたい。私出番少なすぎ!
エルさんに追っかけられて要塞に逃げ込んで以降全然何もしてないよ私!
一体全体何のために高いお金払ってベルカさんたち雇ったと思っているの!
わ、私だってこう見えても結構強い!上級クラス15レベルは伊達じゃない!
それなのに、ああそれなのに…再登場フラグだってほぼ潰れたし……

ん?えっと…何々?
本当は終盤戦でエルさんたちが要塞に殴り込みをかけて、
殆どの登場キャラと一部の十字軍将校がロスト予定だった……
って、うおおおぉぉぉい!
まったまったまったまった!いくら何でもひどすぎるでしょう!
しかも最後は要塞を完全に破壊して……私も…、……、
なるほど、私は出番と引き換えに命拾いをしたと…
なんか納得できないけど、仕方ないのかな?
ま、いっか。うちの住民たちも一人も命を落とさなかったし、
もう領主じゃないから魔物になっていい男でも探してみようかしら?

…でもやっぱりもう少し出番欲しい。

バーソロミュ
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