読切小説
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思い出のかき氷
 夏が来ると、俺は毎年決まって田舎の祖父母の家に行く。
 たまに目的を聞かれるが、答えはすぐには出てこない。
 家の掃除もするし、墓参りにも行く。近くの川や山に散策に出たりもするが、しかしどれが目的、というわけでもない。
 それに、爺さんも婆さんももうずいぶんと前に亡くなっていて、基本的に今は誰も住んでいない。
 一応、書類上は父でも母でもなく、自分のものになっている。手に入れるのは簡単だった。それまでの経緯は、多少もつれてはいたが。
 というのも、最初は誰も祖父母の財産を相続しようとしなかったのだ。金銭的なものはほぼ無く、あるのは家とわずかな土地だけだった。その家も土地も、一般的に避暑地と呼ばれる土地にはあるものの、交通の便は悪く、随分と古かった。管理するにしても処分するにしても、それなりの金額がかかってしまうという話だったらしい。
 そんなこともあったため、さて誰が相続するかという話になった時にも大分もめたそうな。
 売りにも出したがが買い手は付かず、さて困ったとなったところに、それなら自分が引き取ると申し出たところ、まるでコントでも見ているかのようにどうぞどうぞと皆喜んで俺に家を譲ってくれた。
 まだ働きだしたばかりの頃だったため父母には反対されたが、けれど俺は祖父母の家が、あの土地が好きだった。そこが自分に縁の無い場所になってしまうのは、まして他人のものになってしまうのは耐えられなかった。
 だから、祖父母の家に行く理由としては、単純に家に帰るというのが一番正確なものかもしれない。


 都会から電車を乗り継ぎ数時間。それから本数の少ないバスに揺られて二時間弱。最寄りのバス停から歩いて三十分。田園と山々の合間に、ようやく目的の小さな家が見えてくる。
 鍵を開けて中に入る。何となく何者かがつい最近も入っていたような気配も感じたが、気にしない。
 窓や雨戸を全部開けて、籠った空気を入れ替える。
 外の空気も暑く湿ってはいても、都会の空気とは比べ物にならないほど爽やかで涼しかった。
 茶の間に荷物を置いて、縁側に座って買ってきたペットボトルの麦茶で一服する。
 いつもならばすぐに荷物を開くのだが、今回は持ってきたものが多かったので疲れてしまった。時間もかかりそうなので後回しだ。
 差し込む日差しに目を細めながら、滲む汗をタオルでぬぐう。少し休んだら買い出しにも行かなければならない。
 電気、ガス、水道は通っているが、年に数えるほどしか訪れないので冷蔵庫の中は空っぽだ。せいぜいカップ麺が取り置いてある程度。生活するには、少し準備がいる。
 汗ばむ体に、山から吹きおろしてくる風が心地よかった。
 生ぬるくなったお茶をもう一口。とペットボトルを煽ると、口に入ってきたのは氷から溶け出したような冷たいお茶だった。
 見れば、ペットボトルの汗が凍っていた。突然吹いた冷たい風に、背筋が冷える。一瞬身体が凍えたかと錯覚するほどの、けれどもどこか心地よい冷気。
「久しぶり」
 懐かしい中性的な声。振り向けば、予想通りの女がいた。


「凍華か。いつもより少し早く帰ってきたのによく分かったな。待ち伏せか?」
「風に匂いが混じっていたから。帰ってきたんだって、すぐに分かったよ」
 若い女がいつの間にか庭に立っていた。凍華という名前の、付き合いの長い古い馴染みの相手だった。二十代前半にしか見えないが、外見は出会ったころから変わっていない。それにももう慣れてしまっているが。
 極端に丈の短い、太ももが見えてしまうような浴衣姿。胸元もざっくり開いていて、まるで夜のお店の女の子みたいに扇情的な格好。だけどそんな格好が、不思議と妙に似合っている。
 顔立ちだって、都会でもなかなか見かけないくらいに綺麗だ。
 いかにもお店に居そうだが、しかしこいつはそういう店ではきっと稼げないし、人気も出ないだろう。
 その美しさは、どこか人間離れしている。そしてどこか、人を遠ざけるような冷たさを感じさせるのだ。
 いや、実際こいつは人間ではない。本人の話によれば、氷柱女という種族の妖怪の類だという。
 現にこいつはこの夏の強烈な日差しの下で汗一つかいていない。それどころか、その肌や髪にはうっすらと霜が降りていて、場所によっては名前通りの氷柱さえ出来ている程だ。
 ただでさえ青白い肌や白銀の髪が、さらに色素が薄く見える。
 そして昏い眼球から覗いてくる、青い瞳の凍てついた視線。
 そばに居るだけで感じる、寒くもないのに身体の芯から震えてくるような奇妙な冷気。
 まるで雪山で凍り付いたまま変わらない凍死体のような……。
 しかしそんな彼女はいたずらっぽく口の端を上げて笑いかける。そして今にもスキップでもしそうな足取りでやってきて、俺の隣に腰を下ろす。
 俺の顔をまじまじと見つめてくる。堪えきれないといったように、目元や口元が緩んでいる。
「何だよ凍華。気持ち悪いぞ。笑うならちゃんと笑え」
「そっちだってニヤニヤしてるじゃない。それにおっぱいや太ももちらちら見てるし」
 バレバレである。
 しかし目の前で形の良いおっぱいが放り出されていて、見ずにいられる男がいるだろうか。組み替えられるすべすべの太ももを目で追わずに、その奥を期待せずにいられる雄がいるだろうか。
 まして、この間別れた時からずっとご無沙汰だったのならなおさらだ。
 そう。俺達はこういう関係なのだ。長い付き合いを通じてお互いを知り尽くした、いわゆる、臭い仲。
「しょうがないだろ。見られたくないならそんな格好で隣に来るなよ」
「見たいんでしょ。ほら、遠慮せずに見なって」
 凍華の指が、膝小僧から太ももを這い上がり、着物の帯をわずかに緩めながら、乳房をふわりと揺らす。
 喉が渇くのは、決して汗をかいているせいだけでは無い。
「こんなのは、どう?」
 ちらりと見やると、彼女の腕の中で、雪のように白く、柔らかそうな二つの膨らみが寄せ上げられ、深い谷間が出来ていた。
 滑らかでひんやりとした肌の間。そこに有り余る体温をねじ込んだら、どれだけ心地よいだろうか。
 俺は咳払いし、邪念を振り払おうとペットボトルに口をつける。
 お茶が出てこない。凍り付いている。
「おい」
「暑いならお茶より、こっちの方がいいでしょ」
 凍華が、笑って顔を近づけてくる。
 身をかわそうとする。が、出来ない。いつの間にか足が床に張り付いていた。畳についていた手も、麦茶を持っていた手はペットボトルごと、目に見えて分かるほどに氷に覆われている。
 冷たくは無い。ただ、凍っている場所からえも言えぬ感覚が凍みてくる。人に触れて氷を溶かしたい、という感覚が。
「凍華。本当に今到着したばかりなんだよ。少し落ち着いてから」
「数ヶ月ぶりに自分の男が帰ってきたんだよ? 落ち着いてなんていられないよ」
 すぐ目と鼻の先に、美しい女の顔がある。俺の、女の顔が。
 冷たい息が掛かる。鼻と鼻が触れ合う。
 唇を押し付けたのは、しかし俺の方からだった。
「んっ」
 冷たくて硬そうな青白い唇。けれど実際触れてみれば、その感触は溶けてしまいそうにみずみずしい。
 それを舌でこじ開け、ひんやりとした凍華の口の中へ。笑うような鼻息が掛かったが、気にもならなかった。
 凍華の方からも舌を伸ばしてくる。俺の舌に絡みついて、俺の体温を舐め取ってくる。
 舌を伝って流れ落ちる凍華の唾液が、俺の喉を潤してくれる。
 けれども、喉の渇きはどんどんと増していって。
 抱きたい。と思った瞬間、腕の氷が砕けて溶けた。ペットボトルが落ちるのも構わず、俺は彼女の背に両腕を回して、強く抱き寄せる。もっと深く口づける。身体の熱い昂ぶりを、彼女の身体で鎮めたい。
 鎮めきれないことは分かっている。彼女に触れれば触れるほど、俺は体温を奪われていく。しかし、代わりに彼女の体温を、肌のぬくもりをより欲してしまう。
 奪われるほどに昂ってしまうのだ。矛盾するようではあったが、それが俺と凍華の欲望であり、本能だった。
 それがわかっていても、俺は彼女を求めてしまう。
 昔から、どんなに抗おうとしても打ち勝つことのできない誘惑。
 胸の上でつぶれている乳房の感触がたまらない。このまま彼女と……と思っていると、なぜかひんやりした肌が離れていく。
「そんな切なそうな顔しないでよ。あなたがしたがってたこと、してあげようっていうんだからさ」
 そして彼女は、俺のジーンズに手を伸ばす。
 ベルトを外すカチャカチャいう音が、ファスナーの下りるジジジという音が、彼女のちょっと弾んだ息遣いが、蝉の鳴き声の中でもよく聞こえた。
「ほら、こんなにして」
 下着がずらされる。俺の熱を帯びたそれが、ばね仕掛けのように跳ね上がる。
「多分、想像以上に気持ちいいと思うよ」
 彼女はウインクして俺に軽く口づけると、俺の下半身に向かって身をかがめる。
「うっ」
 冷たく、ふんわりとした感触が俺の熱棒を包み込む。まるで降ったばかりの新雪の中に入れたみたいだった。
 ただ冷たいというだけではない。冷たいのに、彼女の体温が感じられる。冷やされるのに、温かい気持ちにさせられる、不思議な感触。
 そして雪のような感触なのにも関わらず、溶けることはなく俺のそれをむっちりと圧迫し続ける。
「どう? あたしのおっぱい」
「あぁ。すごいよ。たまんない」
 うめきともため息とも言えない、何とも言えない吐息がこぼれる。残念なのは雪山に埋まっている自分の姿が見えないことだが、けれどこの、女のほっそりしたうなじと、広げられた襟からのぞく肌を見下ろすのもまた悪くはなかった。
「ほら、ほぅら」
 凍華は楽しそうな声をあげながら、乳房を左右から寄せて圧迫を強める。雪のような、絹のような、冷たく温かい肌がすれて、こすれて、熱は奪われているのに、腹の底の熱はさらに高ぶり続けて。
「待ってくれ。最近我慢してたから、そんなにされたらすぐに」
「あたしのために我慢してくれてたんだぁ。ふふっ。
 でももう、我慢する必要もないよ。ほら、出しちゃえ出しちゃえ。思う存分、いっぱい出しちゃえ」
 胸になんて。とは思ったが、こらえきれなかった。
「凍華……。出るっ」
 一瞬、頭が真っ白になった後、下腹部が勢いよく脈打ち始める。閃光のような快楽とともに、俺の熱が吐き出されていく。
「あっ。すごっ」
 凍華は、さらに強くぎゅっと胸を寄せる。俺が放つ熱をすべて胸の中に収めてしまおうとするかのように。
「熱くて濃い……。溶けちゃいそう」
 脈打つほどに身体から力が抜けていく。後に残るのは、心地よい倦怠感。
 やがて脈動は収まり、凍華の体からも解放された。
 なえた一物がパンツの上に力なく横になる。
 凍華はといえば、胸の谷間に放たれた白濁に夢中だった。冷たい肌の上で半ば凍り付きかけているそれを、一生懸命指で集めている。
 それを一掬い、鼻先で匂いをかぐ。
「本当に、ずっと我慢してたんだね。彼女とかも作らずに」
「……いや、いるよ? 週に一回はデートして、エッチもしている」
「嘘つけ。匂いでわかるよ」
「ばれたか」
 軽く蹴られて、俺は苦笑いをする。
 凍華はちょっと複雑そうな顔で俺を見た後、指先のそれを迷うことなく口に運ぶ。
 唇が動くくらいに、舌を動かして味わっているのだろうことが分かった。
 喉を鳴らして飲み込んだら、もう一掬い。うっとりとした目で、肌が綺麗になるまで何度も何度も白濁のついた指をしゃぶった。
「本当に美味しそうに舐めるよな」
「だって、美味しいし」
 白くて凍ったそれは、見た感じアイスクリームに見えなくもない。だが、実際には俺の精液であることに間違いない。
 人間であったら問題外だが、人外の彼女たちにとっては美味しいものらしい。
「前にも言ったでしょ」
「『あたし達妖怪にとっては、人間の精液はこれ以上ないごちそう』か」
「人間の精液が、じゃない」
 凍華は最後の指を舐め終えて、ちょっと名残惜しそうな顔をした後にこっちを向いた。
「愛する男の精液がご馳走なの。生きるための活力になるの」
 真剣な顔でそう言った後、急に涙ぐんで、俺の身体に抱き着いてくる。
「おかえり。……会いたかった。寂しかったんだから」
「俺もだよ。ただいま、凍華」
 背中に痛いくらいに食い込む指が、少し嬉しかった。


 仏壇の前に正座して、お鈴を軽くたたく。澄んだ音に心を預けながら、目をつむって手を合わせた。
 おじいちゃんおばあちゃん、いきなりあんなふしだらな姿を見せてしまうような出来の悪い孫でごめんなさい。でも俺、帰ってきたよ。とりあえずは健康でやってるよ。とりあえずは……だけど。
「おじいさま、おばあさま。お孫さんは元気にやっています。いろいろな意味でとても元気でした。ここにいる間はあたしが責任をもって面倒を見ますから、安心していてくださいね」
「そうそう安心して。……って何言ってんだよ」
「何って近況報告じゃない。元気でしょ、ね?」
 隣の凍華が不思議そうな顔をする。普段着からして露出が多いので何とも言えないが、一応は居住まいは正して正座もしている。本人としては至極まともなつもりなんだろう。
「まぁ、いいや。さてそうしたら、次はどうするかなぁ。荷物を広げる、のは時間がかかりそうだし、明日でいいか。まずは簡単に掃除でもするかなぁ」
「掃除なんてしなくてもいいよ」
「……いやなんでだよ。数か月開けてたんだし、一応軽くでもやっとかないとさ」
「大丈夫。週一くらいであたしがやってたから」
 部屋を見回してみる。確かに、埃がたまったり、蜘蛛の巣が張っていたり、虫の死骸が転がったりはしていなかった。
 妖怪に対してどうやって入ったかを聞くのは野暮というものだろう。
「……窓とか壊してないだろうな」
「壊さないよ。氷でカギを作って、毎回ちゃんと玄関から入ってるもの」
 そもそも人様の家に入るのに玄関からも窓からも何も無いのだが。
「べ、別に他人の家ってわけじゃないんだし。……いいでしょ」
 そういわれてしまうと何も言えない。まぁ、もともと言う気もないのだが。
「でも、何で誰もいない家に入ってたんだ? 掃除しに来るほどかいがいしかったか? お前」
「いやまぁ掃除はついででね。その、あなたの匂いが残ってるから、ちょっとでもそういうのを感じたくて、まぁ、そうすると匂いだけじゃ我慢できなくなっちゃったりもして。……言わせないでよ」
「我慢できなくて、掃除?」
「ええいうるさい。もういいでしょ。とにかく掃除は無くて大丈夫だから」
 凍華は俺の腕に腕を絡めてきて、身体を寄せてくる。
「荷物はあとにするんだよね。ねぇねぇ何する? 何シたい?」
 俺は天井を仰いで考えた後、ぽつりとこう言った。
「墓参りでも行くか」


 祖父母の墓は近所の山裾の寺にあった。花も買ってあり今日明日中に行こうと思っていたので、ちょうどよかった。
 手桶や柄杓など、道具を準備して出かけようとすると、当然のように凍華がついてきた。
「こっち持ってあげるからさ、手ぇ繋ご」
 そう言って花が入った袋をとり、俺の手を握る。
 冷たい手だった。でも、温かかった。俺の方から繋ぎ方を変えて、指を絡めて固く握りあった。
 家の裏から続く砂利敷きの道を歩く。汗が流れるくらいには蒸し暑かったが、吹く風は爽やかで、凍華の纏う空気も心地よく、支障は感じなかった。
 やがて道は雑木林に入って、少し山道を登ると、祖父母の眠る菩提寺が見えてくる。
 山門を若くて綺麗な尼さんが掃除をしていた。挨拶をして通り過ぎただけなのに、なぜか凍華に足を蹴られた。
 頬を膨らませて、子供のようにふてくされている。
「何で蹴るんだよ」
「鼻の下伸ばしてた」
「伸ばしてないし。というかお前見られて大丈夫なのか。妖怪なんだろ」
「別に正体を隠しているわけでもないし、この辺りじゃ珍しくもないし、全然大丈夫だよ」
「そういうもんなのか」
 振り返ってみるが、すれ違った尼さんは特に凍華を見ても顔色一つ変えることもなく、今もこちらの様子をうかがっていることもなかった。
 ちなみにここのお寺は尼寺で、お寺にいるのは尼さんだけだった。しかも若くて綺麗な女性ばかりだ。
 なぜそんな花の盛りの女性達がこんな山奥にと墓参りに来るたびに不思議に思うのだが、聞いたことは無かった。
 などと考えていると、再び足を蹴られた。


 墓参りを済ませて寺を出るころには、すでに空が赤よりのすみれ色に染まり始めていた。
 陰影がくっきりと浮かぶ綿雲がいくつも浮かび、山の端に橙色の太陽が沈んでいく。
 綺麗だけれど、少しの不安ともの悲しさを感じさせる夕焼け空だ。
「こんな空だと、思い出すね」
 隣を見る。夕日に照らされる凍華の表情が、なぜかいつも以上に柔らかく見えた。
「初めて会った時のこと」
「……いつだっけ。かなり前だよな」
「あなたはまだ小さかったよ。一人でいきなりあたしの住処に飛び込んできたかと思ったら、急にぶっ倒れちゃうんだから」
「あー」
「出会ったのが氷柱女のあたしで良かったよね。獣人系とかだったら危なかったかもしれないよ」
 少しずつ、思い出してくる。
 子供のころ。それこそ両親と一緒に遊びに来た時のことだ。
 一人でこの辺りを遊び回っていて、迷子になってしまったのだ。まだこの辺に慣れてもいないときだったから、家はすぐ近くにあったのに方向を見失って、どこに向かえばいいのか、道がどこにあるのかもわからなくなってしまった。
 炎天下で暑い中、焦って走って家を探して、水筒の中の水も無くなって。おまけに天気も悪くなって、急な土砂降りに遭ってしまった。
 意識は朦朧として、視界は狭くなって、とにかく雨を凌げる場所をと探し回って、たどり着いたのが妖怪の住処だったというわけだ。
 思い返せば、初めて見た時の凍華は怖かった。知らない大人だったし、氷で出来ているみたいに温かみもなかったし、表情も無くて俺のことを虫を見るように見下ろしていた。
 ただ、子供心にすごくきれいだと思ったのは鮮明に覚えている。
 それに、出て行けとは言わずに、優しく俺の手当てをしてくれたのだ。
「体中熱くって、どうしようもないから裸にして抱っこして冷やしてあげてたら、ふふっ」
「あ、おい。それ以上はよせ」
「よせって、あの時と同じことを今も好き好んでやっているじゃない」
「あの時は好き好んでやったんじゃない。よく分からないけど、すごく緊張してたし、不安だったし、でも凍華が優しくしてくれて、きっと気が緩んで……」
 思い出した。
 あの時俺は、凍華に抱きしめられたまま射精してしまったのだ。それが俺の精通だった。
 気持ちいいとか、恥ずかしいとか、何もなかった。気が付いたらよくわからないうちに出てしまっていた。
「涙目になりながら、お姉ちゃん、へんなおしっこかけちゃってごめんなさい。って、かぁわいかったなぁ」
「おい、やめろ」
「今も可愛いけどねぇ」
 胸の奥がむずむずする。
「……」
「……あ、怒った?」
「怒っては、無いけど。あまり気分良く無い」
「ごめんごめん。悪かったよ。でもさ、あたしがこんなになっちゃったのは、あの時のあなたのアレのせいなんだからね」
 凍華が急に立ち止まり、俺はたたらを踏む。
 照れているような、面白がっているような、何とも言えない緩んだ顔で、上目遣いを向けてくる。
「あの日までは、世の中には寒くて冷たいものしかないって思ってた。きっと男がいれば少しは寒さがまぎれるだろう、だから誰でもいいから男が欲しいと思ってた。力づくで手に入れようって。ほんと、誰でもよかったんだ、あの日までは。
 ……それなのに、まだ声変わりもしてない、毛も生えてないような男の子に精液引っかけられただけなのに、なぜかその子のことが忘れられなくなっちゃうんだもん。
 あなたが帰っちゃったあとも、何か月経っても、匂いが消えずにこびり付いて、気が狂いそうだった。
 会えない会えない。あの子に会いたい。でも会ってもまだ子供でしかない。あたしは一体どれだけの時間を待てばいいんだろうって。あの子が大人になっても、あたしのことを好きになるかも分からないのに」
「……男なんて、他にもいただろ? 俺なんかよりいいのだって」
「だから他の男じゃもう駄目になっちゃったんだってば。人間と一緒にしないでよ」
「恋……ってやつか」
 自分で言ってて、恥ずかしいが。
「似てるけど違う。世界に男があなた一人しかいないみたいな、そういう感じだから」
 世界に男が俺一人、か。つまり世界で女を感じられるのが凍華だけになる、みたいな感覚だろうか。
 ……その気持ちは分からないこともない。ここ数年、自分も強く感じているから。
「でも、不安は杞憂だった。十年もしないうちに、あなたはすぐにあたしに夢中になってくれたし」
「……いや、純粋な青少年にあの色仕掛けは駄目でしょ」
 当時のことを思い出す。今でも、あれをやられたら誘惑に抗える気がしない。いや、我慢してない分、今だったら遠慮も容赦もなく襲い掛かってしまうだろう。
 凍華が笑う。笑って、繋いだ手を引いてくる。
「ねぇ、しよ。ここで」
「ここでって、外だぞ」
「どうせ誰も通らないよ。どんなに大きな声出したって、聞こえない」
 凍華の手から荷物が落ちる。乾いた音を立てて手桶と柄杓が転がる。
「あなただって、ほら。初めての時のこと、思い出したんじゃない?」
 ジーンズ越しに凍華が触れてくる。すでに膨らみ、窮屈でたまらなくなったそこに。
 ひぐらしの鳴き声を遠くに聞きながら、俺は凍華の乳房をつかみ、唇を奪った。


 凍華は手ごろな木に向かって両手をついて、おしりをこちらに突き出してみせる。挑発するように、妖艶な笑みを俺に向けて。
「後ろから突いてよ」
 俺はのぼせたようになりながら、彼女の後ろに回り込んでその形のよい尻を撫でまわす。すべすべで、冷たくて、適度に弾力があって、触っているだけで心地よい。
 そして短い裾をまくり上げれば、すでにショーツのクロッチ部分が濡れて染みになっていた。
 俺はそれを指でずらして、彼女の花を探り当てる。蜜が滴り、茂みを濡らしていただろうそれが凍り付いている。
 こんなところで。などと思いながらも、俺はファスナーを下ろし、硬く反り返り己を主張する一物を取り出す。
 濡れた雌の花に雄の先端を押し付けると、ぬちゃりと湿った感触がした。割れ目を上下に擦ると、凍華が子猫のような声を上げる。
「焦らさないで」
 凍華が、性欲の沼の底から俺を見上げてくる。暗闇の中の青い氷の瞳が、溶けたように上気している。
「誰も見てないし聞いてない。どんなに汚れたって、後から何とでもなるんだから」
 獣のような荒い吐息を繰り返しながら。
「だから、滅茶苦茶にして。激しく、熱く、溶けちゃうくらいに」
 俺は、ゆっくりと腰を動かす。
 亀頭が彼女の割れ目を押し広げる。
 密着してくる冷えた肌の、彼女の温もりにゾクゾクしながら、中ほどまで侵入していく。
 凍華の細い肩が震える。俺は片方の手でその肩を掴みながら、一度入り口まで引き返す。
 絡みついてくる。出ていくのを嫌がるように、凍華の細やかな雌の襞が俺を追いすがってくる。
 もう一度突き入れる。今度はもう少し奥まで。
 凍華が高い声を上げ、背筋を少し反らす。
 女の艶やかな背筋から、霜が溶けていく。玉のような汗が浮かび始める。甘い匂いが立ち上り始める。
 まぐわいへの情熱が、氷の魔力を溶かすのだと言っていた。そうなってしまったら止められないとも。
 ここまで来たら、俺だって止められない。
 再度腰を引く。自分の息も荒くなり、身体が震え始めているのが分かる。
 熱くて、寒くて、そして異常なほどに興奮している。
 深呼吸して息を整える。
 二度、三度、慣らすようにゆったり抽挿する。
 夕日が差す雑木林の中には、俺と凍華他には誰もいない。聞こえるのはひぐらしの鳴き声と、二人の乱れた息遣いと喘ぎと、濡れた穴を引っ掻き回す音だけ。
 だんだんと凍華の声も身体もとろけて、いい具合になってくると、もう理性も限界だった。
「凍華っ」
 俺は彼女の腰を抱き寄せながら、勢いよく奥深くまで突き入れる。
「あ゙あ゙あ゙っ!」
 色気も何ともない声を上げながら凍華が大きくのけぞる。その声が逆にたまらなくて、俺は夢中になって腰を振り始める。
 彼女の身体が汗ばんでいる。掴んだおっぱいが、しっとりとぬめる。身体が馴染んでゆく。俺の身体が彼女に、彼女の身体が俺に。
 駄目だ。
 どうしても彼女の誘惑に抗えない。
 リズムも何もあったものじゃない。ただひたすらに彼女の身体を強く抱きしめて、腰を振る。彼女の奥底の、冷え切っていた部分がゆるんで、ほどけて、とろけてまとわりついてくる。
「あぁ、いいっ。好きっ。これすきぃっ。だいすきぃっ」
 首筋をあまがみする。うなじを、えりあしを舐めて、凍華の顔をこっちに向かせて唇を重ね、舌を絡める。
 目が合う。
 凍華が、俺を強く締め付けてくる。
 それが最後の一押しだった。
 俺の中から熱が一気に溢れ出す。勢いよく凍華の中に撒き散らされていく。全身が脈打つような強烈な鼓動と快楽の中、俺は凍華を逃がさないとばかりにその身体を強く抱きしめる。
 凍華の身体がびくりと痙攣する。木の幹から手を放し、俺の腕を痛いくらいに強くつかむ。
「すごっ。こんなの、あたし、とけちゃうよぉ……」
 日が、落ちていく。
 薄暗闇の中、蝉が一時、鳴くのを辞める。
 唇が離れる音が、凍華の身体から抜けてしまった音が、妙に寂しかった。
「あぁ、すご、かった」
 膝を震わせ、転びそうになる軽い体を抱きとめる。
「数か月、ぶり。やっぱこれがないと、生きてる感じがしないよ」
 凍華は俺の頬に手を当てて、柔らかな笑顔を浮かべる。けれどその瞳の奥に、まだ飢えた光があることを俺はわかっている。
「お前は、ずるい。俺はもっとちゃんと……」
「それはお互い様。あたしだって、一緒に居るだけで冷静じゃなくなっちゃうし」
 凍華は俺の手を取り立ち上がる。
「さて、帰ろっか。夕飯、あたしが料理したげる」
「大丈夫か」
「大丈夫。……じゃないかも。ちょっとの間、腕借りるね」
 凍華が、膝を震わせながら俺にしがみついてくる。その太ももの内側に、今の行為の跡が生々しく垂れ落ちていた。
「……なんか、ごめん」
「そうだよ。もっと激しく、たくさん射精してくれなきゃ」
「いや、そっちじゃない……。というかさっき出したばっかだよ俺。頑張ったほうでしょ」
 凍華は舌を出して、俺の腕をたたいた。


 机の上に、色とりどりの料理が並ぶ。
 きゅうりみそ、冷やしトマト、そしてそうめん。確かに夏らしいメニューではあるのだが。
「……料理というには簡単すぎないか」
「しょ、しょうがないでしょ。材料だってあたしが少し持ってきてた分しかなかったんだし」
「それもそうだな。明日一緒に買い物に行こう」
 そうめんをすする。冷たくて、うまい。いや、単純に味の問題じゃないな。これは。
 同じ皿に乗った野菜をつっついて。味噌を分け合って。たまにそうめんが二人の箸に引っ張られたりなんかして。
「……やっぱり、誰かと食べる食事はいいな」
 凍華は目を見開いて、それから歯を見せて笑って、何も言わずに俺にデコピンしてきた。
 照れ隠しなのか、凍華はこっちを見ないままきゅうりを齧り、そうめんをすする。
 なんだかちょっと可愛く見えた。そして見続けているうちに、俺は不覚にも邪な目で彼女を見始めてしまう。
 綺麗な顔。傷一つない肌にかかる、一筋の銀髪。形のよい唇がすぼめられて、音を立てて麺がすすられていく。
「……えっちな目で見るのはいいけど、ちゃんと食べてよね」
「え、あ、いや、俺は」
 咀嚼し、飲み込んでから凍華はちょっと怒ったような顔で俺を見る。
「今回はどのくらいいられるの」
「いや、それは」
 なんと答えたらよいか。
 しかし俺の答えを待たずに、彼女は畳みかける。
「いいよ。聞いてもどうせ帰っちゃうのは変わらないんだし。……いつも言ってるけどさ、だからあたしは、あなたがいるうちだけでも一緒にいたいし、いっぱいしたいの」
「いや、今日だけでもう二回は出してるし」
「それじゃ足りないよ……。離れ離れの時間のほうが長いんだよ?」
「明日もまだいるんだし、それに今回は」
 凍華は机を叩き、俺の言葉を遮る。
「問答無用! 今夜は寝かせない。つながったまま一晩過ごすの。朝まで、ううん明日も一日ずっとそうする」
「いや、買い物とかも行かないとさ」
「大丈夫。食べなくても何とかなるようにするから。なるから。今年こそは」
「そんな無茶な。というか途中から意味わかんないし」
「とにかく早く食べて。それからお風呂。お風呂の後はエッチだからね」
 凍華は一方的に宣言すると、再びそうめんに向き合い始める。もはや色気もへったくれもなかった。
 そして俺の目の前で自分の分を一気に平らげると、
「お風呂の準備してくる」
 とだけ言ってとっとと行ってしまった。
「……ちゃんと言えなかったなぁ」
 しょうがないので俺も食事を再開するも、頭の中がもやもやしてあんまり味が分からなくなってしまった。


 祖父母の家の風呂は、家のサイズにしては割と広い。洗い場も俺と凍華の二人で立っても余裕があり、湯の張られた浴槽も二人同時に入るのには十分な大きさがある。
「……何でこんなに広いんだろうなぁ」
「そりゃあ、こういうことするためなんじゃないの」
 凍華は俺の体にシャワーを浴びせてくる。
 当たり前のように一緒に入っている。これまた当たり前なのだが、一糸まとわぬ裸体を惜しげもなくさらして。
 傷一つない肌理細やかな肌。もっちりとした、片手からは大きくあふれる豊満な乳房。うっすらあばらの浮き出るおなかに、くびれたウエスト。程よく脂ののった太ももに、むしゃぶりつきたくなる腰回り。
 色々な意味でよく見知った体だ。その魅力も身をもって教え込まれてはいるが、しかしそれはさておき、こちらの世話を焼こうとして来る姿はそれほど色気があるとはいいがたかった。
 まぁ、体を清めるのが目的なのだから当たり前か。とボディソープを取ろうとすると、急に凍華の手が伸びてきて奪い取られてしまう。
 視線で問いかけると、凍華はボディーソープを手に取り、泡立てて自分の胸に塗り付ける。
「ねぇ、洗いっこしようよ」
 そしてその体で、あろうことか正面から俺に抱き着いてきた。
「ちょ、おい」
「こんなにおっきいお風呂だもん。ちょっと遊んでみたくもなるじゃない?」
 押しつぶされた乳房が、くにゅりと胸の上を動き回る。背中を腕でまさぐられ、首筋を、尻を、普段は人に触られないところまで洗われていく。
 夏の熱気で火照った肌に、氷柱女の柔肌以上に心地よいものはない。だがしかし、これはやりすぎだ。
「うっ。くっ」
「ふふっ。かわいい」
「このっ。お前がその気なら、こっちだって」
 腹と腹の間に無理やり手を突っ込み、乳房を揉みしだいて石鹸の泡を奪う。そしてそれを使って、同じように背中に泡を塗りたくってやる。
 おしりも、指が食い込むくらいに強く。割れ目の間も、奥の方まで綺麗にしてやるべく指を滑らせる。
 凍華は喘ぎもしなかった。喘ぎはしなかったものの、吐息は確実に荒くなり、切羽詰まっているのが伝わってくる。
 抱き締めあううちに、腕も泡まみれになる。脚の方を洗うときは、もうほとんど意地だった。かがんだら顔が泡まみれのおっぱいの中に埋まってしまったり、脚が絡み合ってもつれて二人でしりもちをついたりと、さんざんだった。
「あははっ。もう、そんなに真面目にならなくたっていいのに」
「あ、洗いっこなんだろ。洗われっぱなしじゃ洗いっこにならないじゃないか」
「てゆーか、こんなになってたらあたし集中できなくなっちゃうじゃない」
 凍華はしたり顔で、俺の股間から屹立するそれを手で扱く。すでに限界まで血液が集まって、痛いほどだった。
「……もとからこれが目的だったんだろ」
「えー。なんの話かなぁ」
 しらじらしいことを言いながら、凍華はシャワーを使って泡を洗い流していく。その間も、視線は俺のそれから一瞬たりとも離れようとしない。
「大事なところだもん。ちゃあんと、隅から隅まで綺麗にしないとね」
 凍華は正座するように膝をつき、俺自身に顔を寄せる。たおやかな白い指に、包み込まれるように握られる。
「おいおい待ってくれ。今日は帰ってきたばかりなんだ。これで三回目だぞ」
「あたしの前で勃起してる方が悪いんだよ。それに、おそうめん食べてるときいやらしいこと考えてたくせに」
「いやらしいことなんて」
「こうして欲しかったんでしょ」
 凍華は剥き出しの俺の先端に口づけする。そしてそのまま口を開いて、ぬるりと俺を飲み込んだ。
 じゅるじゅると下品な音を立てて、俺の腰に力いっぱい両腕でしがみ付いて、口いっぱいに俺を頬張りすすり上げる。
 唾液がしみてくる。彼女の口の中の冷たさを強く感じる程に、自分の身体の、下腹部の熱も強烈になっていく。
 俺は、たまらず凍華の頭を掴む。衝動を抑えきれず、わずかにだが凍華の動きに合わせて腰を振ってしまう。
「ふぐっ。うっ」
 凍華が涙目で俺を見上げてくる。が、決して俺を離そうとはしなかった。むしろさらに強く激しく責め立て始める。
 舌が裏筋を嘗め上げ、鈴口にねじ込まれる。強く吸われたままかりを擦られる。喉奥から溢れる濃い唾液がねっとりと絡みついてくる。丸ごと全部強く吸い上げられ、俺はあっけなく放精した。
「んんっ。んんんんーっ」
 嚥下していく喉の動きが一物越しに伝わってくる。その刺激に妙にそそられて、三回目にしてはかなり強く脈動し、凍華の口の中にとめどなく劣情を垂れ流してしまう。
 凍華はこぼすこともなく、それをすべて受け入れてくれた。
 口の中のそれを嬉しそうに俺に見せた後、噛むようにして味わって、そして残すことなく飲み干した。
 俺はあまりに強烈な快楽と、疲労感で、風呂に入る前からのぼせかけてしまった。
 立ち上がった凍華が感極まったように抱き着いてきたのだが、それがなければ倒れていたかもしれない。


 少し迷ったが、結局浴槽にはつかることにした。
 熱くもなく冷たくもない、ちょうどよいぬるま湯に、俺が凍華を後ろから抱きかかえるような形で二人で座る。
 前後逆がいいとせがまれたが、そうするとまた後ろから好きにされかねないので断固お断りした。
「二人でお風呂も久しぶりだね」
「まぁ、ここにいるときは割と二人で入ってるけどな。というか、お前が勝手に入ってくるんだけど」
「そっちから入ってくる時だってあるじゃない」
「……否定はしない」
 俺は後ろから、なんとなく彼女のおっぱいを触る。
 やわらかい。幸せな感触。
「何かあった?」
「ん」
「なんか、いつもと違う」
「そうか?」
「そうだよ。帰ってくるのも少し早かったし、荷物も多いし、それに何よりいつもよりえっちに消極的だし。
 いつもはあたしが誘うまでもなくがっついてくるのに。セックスだって初日は煙が出なくなるまで、休みなしでぶっ続けなのに。
 今だって後ろから入れもしないし、あそこも触ってこようとしない。
 なんかちょっと、遠慮してない?」
「いや、そんなことは無いよ……。そんなことは、いや」
「何か、言いたいことがあるんでしょ」
 流石に、俺のことは何でもお見通しらしい。もしかしたら俺以上に俺のことがよくわかっているかもしれない。
 ああそうだ。この体勢を選んだのも、顔を突き合わせる勇気が無かったからだ。見損なわれてしまうのではないか。嫌われてしまうのでは無いかって。
「……仕事、辞めてきたんだ」
「え。良かったの? 就活の時もすごく頑張ってたし、決まった時も喜んでたのに」
 凍華は少し驚いたようだった。だが、特に否定は感じられず、少し安堵する。
「うん。頑張ったし、嬉しかった。好きなことを仕事にしたわけでは無かったけど、最初はせっかく決まった仕事なんだからって、一生懸命やってた」
「そうだよね。色々お話ししてくれたもんね。えっちのあととか、頼んでもないのにさー」
「向こうでのことも、お前に話したかったんだよ。仕事とか、色々さ。
 けど、何かもう辛くなってきちゃってさ。同期もほとんど居なくなっちゃったし、仕事は増える一方だし、休日も減ってきて、家にいる時間も少しずつ無くなってきて、俺は何のために生きているんだろう。仕事するために生きているのかなって、変に悩みだして、死ぬまでこれが続くのかと思ったら苦しくなって。
 どうして凍華と離れ離れになってまで好きでもない仕事をしているんだろうって思って。生活費とか維持費とか、そういうのも確かにあるけど、今の仕事である必要はあるのかなって。
 そんな時に、会社から盆にも仕事入れるから長期休みは取らないで欲しいって言われてさ。……それでもう駄目だった。多分、何かが切れちゃったんだと思う。
 で、辞表出して、社宅からも出なくならなきゃなって、だけど実家にも帰りづらくて。……とにかく、凍華の顔が見たくって」
「バカ。そんな話するんだったら、泣きべそかくんだったら前と後ろを入れ替えて座らなきゃだめでしょ。
 この格好じゃ、あたしが抱き締めてあげられないじゃない」
 凍華が、俺の手を強く握りしめてくる。
「大丈夫だよ。あたしがいるもの。何があっても、あたしはずっとそばにいる。いつだってそばにいたいと思ってる」
「な、泣いてなんてない。それに大の男が、ただ女に会いたいってだけで仕事を辞めるなんて」
「あたしとしては嬉しいことだよ。男が仕事を捨てて、あたしの方が大切だって選んでくれたわけなんだから」
「けど、稼ぎが無いと生活が」
「そうかもしれない。でも、それは人間の理屈だよ。あたしは別に人間じゃないから、別にそんなの考えない。旦那が精力旺盛で、隣で笑ってくれていれば、それで幸せ。
 あたし達はただ、愛しい人が隣にいてくれればそれ以上の事はないんだよ。冗談抜きで、えっちしたり精液もらえてれば生きていけるし。
 ……だからこそ会えないときは死ぬほど辛いんだけどね。あまりに辛いから、そろそろそっちの部屋に転がり込もうかなとも考えてたし」
「何だって?」
「ともかく、こんなド田舎だって探せば仕事だってあるし、本気になれば生きていける方法なんていくらでもある。
 あなたのおじいさまとおばあさまがそうだったように」
「おじいちゃんとおばあちゃん?」
「あたし達の仲間内では有名だったよ。故郷や親兄弟や立場を捨てて、愛を選んで駆け落ちした人間の夫婦だって。見どころがあるって、いろいろちょっかいも出していたみたいだけど」
 二人が駆け落ち? そんな話、聞いたこともなかった。
 だが、言われてみればそうかもしれない。親族間でも祖父母に積極的に関わろうとする者はいなかったし、祖父母の馴れ初めや子供のころの話なども聞いたことが無かった。そういう事情があったなら、あえて話をしなかったのもうなづける。
「ここに住んじゃいなよ。というか、あなたの家ってことになってるんでしょ」
「確かに、まぁ、そういうことになっていたっけな」
 そうだな。ここでゆっくり過ごして考えるのもいいかもしれない。
 毎年、夏にここで過ごせていたのは長い時でも一週間程度だ。一か月くらい過ごしてみて、それから今後のことを考えるのも悪くはない。
 どうしても都会に戻って仕事をしたいという気分になればそれはそれ。凍華とゆっくり過ごしながら生きていける道が見つかれば、それに越したことはない。
「ありがとう凍華。しばらくここで生活しようと思う。お前も、一緒に住んでくれるか」
「出ていくとでも思ったの?」
 振り向く横顔に、俺は軽くキスをする。
「……ところでさっきのお前の話で、少し納得できない事があるんだが」
「なぁに?」
「お前の話しぶりだと俺は常にさかりのついたケダモノみたいなんだけどさ、さすがにそこまでセックスモンスターのつもりないんだけど。今日だっていつも並みだったろ」
「ええ? 全然いつもより足りないよ。いつもだったらすぐに体触ってくるし、触ったらすぐ押し倒してくるし。何回出しても疲れ知れずで、射精したすぐ後でも腰振りまくってくるし、あたしなんていってもいっても許してくれず鳴かされてばかりだし、毎晩寝かせてくれないし、ちょっとでも寝ていると勝手に体触ったり悪戯してくるし。十分モンスターでしょ。まぁそういうところがまたイイんだけど」
 いやいやそこまで行ったらもう人間じゃない。
 だが、しかし……。
 そういうのがご所望だというのなら、その身に思い知らせてやるしかない。
 この体勢で、どちらが有利かということを。
「ではお望み通り、モンスターのようにいかせてもらおう。いや、いってもらおう、かな」
 湯の中で揺れる茂みをかき分け、彼女の秘裂の奥へ指を忍ばせる。
「ひゃん、ちょ、だめ、あ、きもちい、あっ、あっ、あっ!」
「遠慮せずに声を上げていいぞ。こんな田舎の一軒家じゃ、誰も咎めやしないんだから」
「らめ、そこ、よわいって、しって」
 派手にバシャバシャと音を立てて水しぶきが飛ぶ。顔にかかるぬるま湯も気持ちいい。ちらりと見える凍華の顔も、少し楽しそうにも見えた。
 子供のような気持ちで、オトナの遊びに興じるというのもなかなか良いものかもしれない。もちろん、相手が凍華だからこそだけれど。
「知ってるよ。さぁ、もっといい声で鳴いてくれ」
「ばかっ。あっ、いく、いっちゃう、あああああっ!」
 暴れる彼女を後ろから押さえつけながら、俺は彼女の話した通りに、思う存分丁寧に丁寧に雌の花を愛で倒してやった。


 風呂上り。俺は横並びに敷いた二人分の布団の上に一人寝転び、寝巻用の浴衣で縁側の外を眺めながら団扇をあおいでいた。
 夜風は少し涼しくなってきていたが、それでもやはり蒸し暑かった。冷房などという近代的なものなど無い古い家で、それでも夏場に快適なのは、やはり凍華がそばにいてくれているからなのだった。
 蚊取り線香の煙が細く昇っていく。
 夜空には大きな満月が浮かんでいた。
 遠くからカエルの鳴き声が聞こえてくる。
 夏の夜だ。懐かしい、いつもの、じいちゃんばあちゃんの家の夏の夜。
 いや、もう俺の、俺達の家か。俺と凍華の……。
「お待たせ」
 髪を下ろした、俺と同じような浴衣姿の凍華がやってくる。
 素肌に薄布を纏っているらしく、メリハリのある身体の線がよく見える。胸の膨らみ、ぷっくりしたその頂点、腰回りの曲線美。
 普段着よりも露出は少ないはずなのに、風呂場では裸も見ているのに、ゆるんだ襟や裾からはだけて見える肌にそそられてしまうのはなぜなのだろう。
「じゃあ、寝よっか。電気消すね」
「ああ」
 凍華は明かりを落とした。
 けれど部屋の中は、まだぼんやりと明るいままだった。満月の月明かりが、縁側から部屋を照らしている。
「おやすみ」
 俺は団扇を置いて、布団に横になって目をつむる。
 すぐに隣に凍華が横になる気配がした。
 横から抱き着いてきて、襟口から手を差し込み胸や腹に触れてくる。
「凍華。寝られないだろ」
「寝かせないって、言ったでしょ」
 目を開けて隣を見ると、凍華の顔が月明かりに照らされていた。驚くくらいに、美しかった。
 見たこともないような優しい表情に、俺はあっけにとられる。
「凍華? んっ」
 口づけで唇を塞がれる。
 あっという間に浴衣の結び目をほどかれ、裸にされる。
 気づけば仰向けになった俺の上に、凍華が馬乗りになっていた。
 浴衣がはらりと落ちて、月の光の下にその淫らな肢体をさらす。
 凍華は何も言わなかった。何も言わず、ただ微笑みながら俺の顔を、身体を愛おしそうに撫でていく。
 肌を重ねて、胸元に、首元に頬ずりしてくる。
 俺もまた、彼女の身体を慈しむ。その背中を、おしりを、太ももを、膝小僧を。ゆっくりとなぞっていく。
 彼女が腰を下ろしている部分が熱を帯び、濡れてくる。彼女の下腹部を、硬く充血した俺自身が押し上げる。
 どちらからともなく、互いが一番求める場所に、互いの大切な部分に手を伸ばし、そしてお互いの欲望を重ねあった。
 歓喜の吐息がこぼれる。胸に、肩に、互いにしがみついたところに、爪が立つ。それさえも心地よい。
 腰を振り、突き上げる。
 霜が溶けて雫と垂れ、肌の間にしみていく。
 氷柱がまぐわいの熱で溶け落ち、汗と混じって匂い立つ。
 しっとりとした肌が汗でぬるりと擦れあう。口を吸いあい、舌を絡めあう。
 俺は繋がったまま横に転がり、彼女を上から組み敷く。
 昂る欲望のまま、ただただ腰を振り続ける。
 ひたすらに、気持ちよかった。
 自分が心地よいのはもちろん、凍華の感じている感覚さえも、水が交じり合うように伝わってくるような気がした。
 彼女の足が腰に巻き付く。両腕が背中をぐっと抱き寄せる。
 そして俺は、身体の底から湧き上がる全てを彼女の中へと解き放った。
 数を重ねた今、量は少なかったかもしれない。けれど想いは一番強く、その脈動はいつにも増して逞しく。
 俺を受け入れ、抱きしめてくれる彼女の腕も力強かった。


「もう出ない。空っぽだって」
 凍華は仰向けに寝転ぶ俺の身体の上で、腰をゆすって笑う。
「出なくてもいいの。あなたとこうしていたいだけ」
 本日四度目の射精を終えて、俺はもう指一本動かせないような状態だった。しかしそんな状態にも関わらず、なぜか勃起は収まってくれず、そして何度も精を搾り取っているにもかかわらず凍華の身体は満ち足りることを知らず、こうして今に至っていた。
 正直凍華としていると、毎回毎回気が遠くなるほど気持ちがよくて、回数が重なると他に何も出来なくなって辛く感じる時もあった。
 だが、今はそれも悪くないと思えてしまっていた。
 こんな風に心地よい疲労感で動けなくなりつつも、彼女の求めるままにされるというのも居心地がよかった。
「本当に動けないの?」
「……動けない。お前いっつも搾りすぎなんだよ。気持ち良すぎて、こっちは大変なんだぞ」
「こんな風に好きにされちゃうし、それにオナニーじゃ満足できなくなっちゃうし?」
 俺は無言で抵抗する。
 凍華はそんな俺の手を取り、自分の乳房を触らせて、笑う。
「ほんとは好きなくせに」
「ああ大好きだよちくしょう」
 凍華は心の底から嬉しそうに、それを隠そうともせずニタニタと笑い、膣内をきゅうっと締めて俺を責め上げてくる。
「くっ」
「出したいときは、我慢しなくていいからね。好きな時に、出したいだけ出してね」
 そして俺の身体の上にしなだれかかってきて、耳元であえぎながらささやいてくる。
「もう離れなくていいんだよね。ずっと一緒だよ」
 あぁ、やっぱりだめだ。
 凍華にこんな風にされてしまうと俺はどうしても弱く、……そして身体の一部は意に反して強くなってしまう。
 おまけに、こんなに幸せそうな顔をされたら……。
 夜はまだ長い。時間は、まだまだ残っている。
 そのことが少し不安で、そしてこれ以上ないほどの期待感で胸が高鳴った。


 日差しと空気の蒸し暑さで目が覚めた。
 二人で朝焼けを見ながら同時に絶頂を迎えたところまでは覚えているのだが、どこかで意識が途切れてしまったようだ。
 布団の上に起き上がる。手をつくと、そこら中がびしょびしょだった。一度干さなければならなそうだ。
「ふあぁ、あ?」
 大きく伸びをして、ふと疑問に思う。
 昨日の夜は疲れて動けないほどだったのに、今はまさに寝起きさながらに身体が快調だった。一晩中搾られ続けていたにも関わらずにだ。
 節操なく朝勃ちしている己を見下ろす。身体のどこも変わっていない。けれど確かに何かが変わってしまったような、そんな気がした。
「あ、気が付いたんだ。おはよ」
「おはよう。っておい、服着るならもうちょっとちゃんと着ろよ」
 凍華は乱れた肌に、薄い浴衣を羽織っただけだった。
「いいじゃん二人しかいないんだし。それより、はい朝ごはん」
「朝ごはんってこれかき氷じゃん」
 赤く色づいた雪の小山と、白一色の雪の小山が机の上に置かれる。
「だって他に食べるものないし。……どっちにする?」
「……イチゴ?味」
「じゃああたし白い方ね」
「練乳なんだよな?」
 凍華は、からかうように笑うだけだった。俺はあえてそれ以上は追及せず、氷を口に運ぶ。
「ん。これ……」
 ひどく懐かしい味だった。昔食べた味。間違いなくここで食べた記憶のある味だった。
 にも関わらず毎年この家でかき氷を食べてもちょっと違う気がしていたのだが、この味は記憶ドンピシャの味だった。
「ああこれ? 初めて会ったときに、帰る前に食べさせてあげたやつだよ。あたしの体に出来た氷を削ったかき氷。疲れが取れて元気になるの。簡単に言えば精が付く」
 ああ、そうか。
 彼女とこういう関係になる前から俺がここに来たかったのは、きっとあの時にはもう、俺もまた彼女にどうしようもなく惹かれていたからなんだ。
「でもかき氷だけじゃ味気ないしね。今日も一日やりっぱなしでもいいかなとも思ってたけど、やっぱり買い出しに行こっか」
「うん。そうだな」
「まぁ、その前にその体を何とかしないとだけどねぇ……」
 あからさまに目をそらされたので、何かと思って視線を下げれば、体中、キスマークでいっぱいになってしまっていた。


 こうして、今年も夏が始まった。
 でもきっと、今度の夏は終わりが来ても寂しくはない。だってこれからはずっと大好きな人がそばにいてくれるから。そばに居続けるって、決めたから。
19/08/11 18:01更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。

夏なので涼しげな話を書きたいと思って書いてみました。やっていることは暑苦しくても、相手が氷系の魔物娘さんならきっとアツアツでも涼し気なはず……。
そして勝手ながら氷柱女さんのイメージが、自分の中では氷の精霊というよりは超積極的な雪女さんというイメージでしたので、こんな感じになりました。
少しでも涼しげで、甘やかな気持ちになっていただけていたら幸いです。

こんなところまでお読みいただき、ありがとうございました。

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