読切小説
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とある一家の日常
「――へぶぁああああっ!」
毎朝恒例の叫び声をあげながら、三女ナスターシャは錐揉み回転しながら魔法で強化された壁に激突する。ずしん、と揺れた気がしたが大したことはない。修繕費を気にすることがないように金と魔力をふんだんに注いで建て、しかも増築する度に同様の基準で相応の資金を投入したこの家が壊れるには、どこぞの島に住むバフォメットLv99XXが三十人くらいで全魔力を注いで流星を召喚しぶち当てる位のことが必要である。
しかし、毎朝の事ながらナスターシャは懲りることはないというか……これも種族特性なのだろうか。私の専門外なので誰か研究して欲しい。我が家で長女の次に親に近しい形をしているのに……。
痛みに呻くナスターシャを後目に、私は妻と入れ替わりでリビングに入る。既に今家に住む他の二人の娘は席に着いていた。
「お早う御座います、御父様」
「(もぐもぐ)」
笑顔で挨拶をしたのは次女のモモ、既に食事を始めているのは四女のギフティだ。妻の料理手伝い、いつもありがとうね、モモ。いつもの事ながらギフティ、せめてお早うの挨拶ぐらいはしようね。僕がみんなに比べて朝起きるのが遅いのは認めるからさ。
「戴きます」
ジパング人が使うという、手先の器用さが要求される道具――チョップスティックを手に、私は透明なスパイスが掛かったパンの横にある赤いソーセージを手に取った。不自然な赤みだが、これは原案制作者のリリムが苦手な人は食べない方がいいという警告の意を込めて動物に無害な着色料を使って染めたらしい。
「ん〜、スパイシー」
至福に浸る私を眺める娘二人の瞳は冷たい。残念ながら辛党は今はもう自作ダンジョン住まいの長女にしか遺伝しなかったらしい。むぅ。
確かに以前みんなで食べたとき、モモは顔を真っ赤にしてせき込み、ナスターシャは頭を押さえ、ギフティは目を回したっけ……そんなにみんな苦手か。この劇薬じみた辛さがいいのに。
「御父様、流石に辛い物に辛い物を乗っけるのは邪道では……」
チョリソーに粒マスタードを乗っける私に、モモは苦言を呈すが、私は気にしない。辛みに酸味はよく合うからね。というかそれを言ったらモモ、砂糖に粗目に黒糖を混ぜたあんこ餅を作る君もそれなりに邪道だろう。ほら、ギフティもどっちもどっちって目をしてるし。

<くそーこうなったら学校を私の支配下に置いて手下のラミアを殖やして――
<まだ反省が足りてないようね?(ニッコリ)
<済みませんマジ勘弁して下さいいやホントってあ゛ぁ゛っ!?絞まるっ!絞まっちゃうっ!絞まっちゃいけないところまで絞まっちゃううううっ!

「……騒々しい」
先端が針になった尻尾を、払うように動かしながら口にしたギフティの一言に、私とモモは無言で首を縦に振って、食事を進めた。多分アレは昼過ぎまでは起きてこないだろう。
あとギフティ、口調とは裏腹なその嗜虐的な笑みは怖いから止めてね。後でナスターシャに何する気だい?前のように亀甲縛り宙吊り滅多刺しの刑はやめたげてよ?

――――――

昼過ぎ。私は行商兼製薬を行うゴブリン――メディ=ゴッブールと商談を行っていた。娘の魔物が魔物だけに割と辺鄙な位置に家を構えているのだが、それでも来る商人は多い。まぁ、仕方ないには仕方ないか。
「ゴブゴーブ、ゴブゴブリ、ゴブブッ?」
「ゴブッ、ゴブゴッゴブリリブ、ゴブ、ゴブゴゴゴリブリ」
「ゴブゴブリ……////」
適度に雑談を交えつつ、商談は進む。ゴブリン語を使うわけは……ほら、扱う物が扱うものなわけで万が一シルフやケサパサやフェアリーが耳にしたら危ないし。
「ゴブッ、ゴブゴブゴブゴブッ!」
「ゴブ、ゴブゴブリ、ゴブ……ゴブッ!」
何とか今回も無事に交渉を取りまとめ、私は彼女に瓶詰めにされた、ケプリの転がす玉のように黒い粘体と紫の粘体、そして濃い緑色の液体を渡す。それを受け取ると、メディは懐から金貨10枚程を取り出し、領収書と共に私に渡した。
「ゴッブブー!」
「ゴブー」
互いに手を振り別れの挨拶。……いつもの事ながら、別れまでゴブリン語にするのは必要なんだろうか。習慣なんだろうが釈然とはしない。
さて、取引が終わったから家に戻るとしよう。

――――――

私はなるべく娘達の部屋には近付かないようにしている。『商品』の回収の時と、部屋に呼ばれたときは妻と一緒に入るようにしているし、妻もそれを推奨している。
理由は推して知るべし。寧ろこれだけ魔物が揃っていてわからいでか、という有様なので仕方ない。
以前入った各部屋の様子を、ちょっとだけ語ってみると……。

――モモの部屋――
ジパング系種族の血がなせるのか、基本は整然とされているものの、明らかに過剰とも思われる数の私の写真が壁に貼られ、部屋の隅には幾度も絡まって毒液を塗りたくられている私の等身大人形が固定。
――ナスターシャの部屋――
『一家支配』『我こそ支配者』と書かれた掛け軸の横辺りに、首筋を何度も噛まれた私と妻の等身大人形が固定。ついでにギフティの等身大人形が無造作に置かれていたけど、何故か滅多刺しの跡が見られた。
――ギフティの部屋――
ナイフ……と言うか毒仕込み武器コレクションの真横に、幾度も無尽に急所を貫かれた私の等身大人形を固定。

……うん、どれも酷い。というかみんな何で私の等身大人形なんか持っているのさ。寧ろ誰が作ったんだ……妻か。妻が作らせたのか。多分私を襲わせないようにする+毒回収の道具にする+娘達の狩猟本能を満たす、とかその類かもしれないけれど、見た当初はショックだった。泣きたいほどにショックだった。実際泣いて、妻に慰められながら腰を振っていた覚えがある。精液と共に吹き飛ばせた……のも確か。ふぅ。

……さて。
「将を射んとすばまずは馬を――」

「――はいっ!」

「――射げはうっ!」
いつものように仕事終わりの疲労が来るタイミングで狙ってくるナスターシャの両鳩尾を両肘で貫いて吹き飛ばしながら、私は首を鳴らし、毒の精錬のために妻のいる自室へと戻るのだった……。
あ、いい表情しているギフティに引きずられている。南無。

――――――

え?私の家が何と呼ばれているか?
分かり切ったことを……。

――ポイゾネスハウス。『毒の家』だってね。まぁ強ち間違ってはいない。
妻が人間に化けていた頃から毒の研究をしていたからね。目的は解毒、それも体にあまり負荷をかけない形での解毒効果を求めていたんだ。
で、見初められてまぐわってインキュバス化してこの通り。研究内容をなぞるかのように生まれる娘は長女除いて全て毒持ち。長女も毒系の魔法が得意らしい。まさに毒一家。まぁ舌鋒にまで毒があるのはギフティくらいだけどうわっと。
「ち、外した」
失礼なことを考えているのが丸分かりだったらしい。ちょうど私がいた地点を貫くように、彼女の尻尾がたらりと毒を垂らしながら伸びている。
「……ギフティ、どうしたんだい?」
不意打ちはいつものことなのでスルーしつつ尋ねると、いつもの如く興味なさげな口調で、感情も交えず呟いた。
「……モモ姉が聞きたいことあるそう」
モモはいずれ自分が妻になる日のために、良妻賢母を目指して勉強しているらしい。普段はおかん同好会をブラックハーピーのエチカ氏と共に開いている妻が教師役をやっているが、私も時折教師として参戦したりするのだ。
「了解」
また前のように「浮気防止手段として毒を使うという話を耳にしたのですが……」などという妙に毒々しい話題にならないことを祈る。アレは返答に困るし、何より我が家は全員(私含む)すぐに実行可能だからなぁ。
あとそろそろ、私一人の授業の時、ジパング式御作法で出迎える際、飲料に自前の毒を混ぜることを止めるよう言わなきゃいけないな……。間接キスを狙っているのも丸わかりだし、私の唾液も精液も妻にしか与えるつもりはないからね。

――――――

十数年ぶりに妻のお腹がまた膨らんだ事から、家の改築が再び始まった。今度は何の種族が産まれるんだろう……って、何か想定している壁が厚くない?モモ、何が来るか予想がついているの?ギフティとナスターシャは何か作戦会議をしているし。
私がモモに聞いてみると、モモはため息を吐き私に耳打ちした。私はそれを聞いて……つくづく我が家は毒に縁があるのだなぁと妙な感慨に浸りつつ、幸せそうに膨らんだお腹を撫でながら眠る妻の手に両手を重ね、はてさてどうしたものやらと呟いた。

「――ウシオニ、か……」

献血用の器具も新調する必要がありそうである。

fin.
13/04/17 19:53更新 / 初ヶ瀬マキナ

■作者メッセージ

モモ:大百足。百=もも、から。
ナスターシャ:アポピス。家の主である親二人を自らの下に置こうと悪戦苦闘中。
ギフティ:ギルタブリル。ギフト=毒から。ドS。趣味はナスターシャいじり。

スレを見たらこんなパーティはどうかみたいな小ネタが書かれていたので無断拝借。発言主、済みませぬ。
つかこの姉妹、考えてみればジパングと砂漠の血が強いな……。

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