読切小説
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赤い竜と黒い犬
右手に森、左手に切り立った崖を流して、幌馬車の御者が必死で鞭を振っていた。
馬の蹄、馬車の轍から砂ぼこりが舞き上がる。ひたいに脂汗を浮かせた御者は、焦っていた。
「オラオラ、その積み荷を置いていけ」
「男もいただきだ」
茂みをける慌ただしい音、獣の息遣いが間近に聞こえてくる。
彼はワーウルフの集団に追われていた。
木々の隙間に見え隠れするのは、見目麗しい女性の頭に狼の耳、尻には狼の尾。彼女たちの瞳がらんらんと輝いている。揺らめく炎のような赤は、彼女たちの舌。

「ひっ、ひぃい〜」
豚のような悲鳴をあげながら、哀れな御者のほおが風に波打つ。
馬も舌を出して必死だが、馬車の積み荷は重く、速度は上がらない。宙をかくような蹄の響きに、車輪の音も白々しい。
荷車を捨て、馬の背に乗って逃げれば、彼自身は逃げ出せるかもしれない。
だが、商人のサガであるのか、彼は荷車を捨てなかった。

「はっはー、楽勝じゃねぇか。今度もたんまり儲けられそうだな。ちなみに、あいつ好みかも」
「リーダー。趣味悪ーい」「あいつはリーダーにあげますよー」「酒あるかな? 酒ー」
すでに馬車を捕まえたつもりで、彼女たちは口々に囃し立て、嬉々とした表情を見せる。
風のように駆ける彼女たちの爪は、ついに馬車を捕らえる。

ーー美しい女人狼の集団。
馬車を取り囲んだ彼女たちは、震える御者に、嗜虐的な笑みで舌なめずりをする。
リーダーらしき大柄のワーウルフの瞳が情欲に濡れている。
御者は祈るように天を仰いだ。



「あー、童貞食いたい」
「…………」
「こうしてボーっとしてんのも暇だな。ちゃちゃっと終わらせて、一緒に食いにいこうぜ。……おーい、無視すんじゃねぇよヴェル公」
野卑な声に、呼ばれた女性がうっとうしそうな表情を浮かべる。
「レザ。わたしが付き合わないという事は分かっているでしょう」
「ぁあん? 股じゃなくて、口に咥えるんだったらかまわねぇだろ。俺だって、股のほうはとってあるんだって。くっく。童貞が顔を真っ赤にさせて耐えてんのを、バキュームで吸いだすのってオツだぜ?」
その光景を想像したのか、ドロリとした瞳で、彼女は舌なめずりをする。
もう一人の女性は、それに取り合わず切れ長の瞳を寄越すことすらしなかった。

「つれねぇなぁ。食べるもん食べねぇと、強くなれねぇぞ。食え! 犯れ! 禁欲の果てにある強さなどたかが知れているッ! ってな?」
「私が目指す強さとは、それは方向が違います」
「ふぅーん、ああ、お前、心に決めたやつがいるんだったっけ」
「誰がそれを……ああ、あの子達ですね。まったく」
切れ長の瞳を閉じ、赤い女性はため息をつく。
二人は崖の上、森に挟まれた道を見張っていた。

それは対照的な女性たちだった。
野卑な口調の方は肌が黒く、暗い熱を持っている。彼女の手足は毛皮に覆われ、その先には凶悪な爪がついている。岩ですら引き裂けるのではと思えるほど、赤黒く、鈍く輝くそれは、見るものに恐怖を抱かせずにはいられない。
彼女の肉体も凶悪なフォルムだ。黒光りする肌は黒曜石のように艶やかで、そのしなやかな筋肉は無駄な肉が限界まで削ぎ落とされ、腹筋は大蛇のように盛り上がっている。だが、女性としての肉づきは豊かで、肉惑が凝縮されたような胸が、彼女が動くたびに弾けるように揺れる。キュッとくびれたウエスト、挑発的に突き出した殿部。ギリギリまで詰められたショートパンツに、鷲掴むつめのような胸当てだけを身につけ、青空の下、彼女はその肢体を惜しげもなく晒していた。
無造作に伸ばされた腰まで届く黒髪は、勇猛なたてがみのよう。不敵に唇を歪める顔にはむき出しの野性。頭の黒犬の耳は、周りの注意を怠らない。
瞳はらんらんと。
白目のある部分は黒く、瞳は赤く、不吉な輝きを帯びている。
彼女はヘルハウンドのレザ。


「来たようですよ」
赤い女性の切れ長の瞳が、狂ったように鞭を振る御者の姿を見つけた。その脇の茂みを、ワーウルフが走っているに違いない。
「やっとか。しっかしツイてねぇなぁ。ヘルハウンドとドラゴンが見張っているところにノコノコやってくるなんてなぁ」
レザがどう猛に笑うと、噛み締められた歯が、ギシリと軋む。
「しかし、自業自得というものでしょう」
「ドラゴンがそんなことを言うのかよ。財宝を奪い取るのはお前らの方がうまいだろ」
喉の奥で笑う彼女に、
「否定はしませんが、一般論だからといって、私にも当てはめるのはやめて下さい」
赤いドラゴンの女性は、切れ長の瞳を向ける。

彼女は燃えるような赤い髪をしていた。
中性的で整った顔立ちに、短く整えられた髪の容姿は美青年といってよい。その切れ長の瞳で流し目を送れば、女性であろうとも忽ちほうけてしまうだろう。
彼女はその体を赤い衣装に包み、レザとは対照的に、晒している肌の面積は少ない。その衣装も飾り気もないシャツとズボンである。しかし、堂々とした雰囲気は、そうした服装でも威厳が漂っているように思われるから不思議だ。体格もレザとは対照的でスレンダー。それも彼女を男性的に見せている理由。
腕と足は真っ赤な竜の鱗によって覆われ、まるで燃えているような静かな輝きを放っている。頭に伸びる真紅の角は洗練され、王冠のよう。
背にはしなやかな翼、細長い鞭のような尾が赤い流星のように伸びる。
彼女はドラゴンのヴェルメリオ。

「あれがターゲットで間違いなさそうですね」
「ああ、とっとととっちめようぜ」
「待って下さい。彼女たちが馬車を止め、集まったところで捕まえましょう。全員を捕まえるとすると、急けば逃げられるかもしれません」
「あー、やっぱそのつもりか。んだよぉ。俺らから逃げられるわけねぇだろ」
「ダメです。慎重にこしたことはありません」
リザは面倒臭そうに生返事で返す。

「お前だって、可愛い親衛隊のところに早く帰りたいだろ? さっきつまませてもらった弁当だって、あいつらが作ってくれたんじゃないのかよ」
「…………」
ヴェルメリオは何かを思い出したのか、一つため息をつく。

今からワーウルフの盗賊団を捕まえようとは思えないような気楽な態度。そうした彼女たちが見ている前でついに馬車は止められ、幌馬車の周りをワーウルフの集団が取り囲んでいる。
「さて行きますよ」「ああ」
カチリ、と。
歯車を切り替えたように、彼女たちの視線が鋭くなる。ヴェルメリオはさらに細く尖り、レザの重圧が膨らんだようだ。
二人はその集団に向かって飛び込んでいく。



「な、何?」
突如頭上から降って来た赤と黒の影に、ワーウルフの集団はうろたえていた。
ヴェルメリオは真紅の羽を一打ちして、ふわりと綿のように着地し、俺、レザは太い爪を大地に打ち付けるようにして着地した。
大地に走った亀裂に、盗賊団は頬をひくつらせる。
その反応に、俺は満足そうに頬を軋ませる。こういったのは初めが肝心だ。逃げることを考えられないくらいに身をすくまさせてやる。

「お、……ぉお」
呻き声をあげる御者は、まるで豚のように太っていてうまそうに思えてくる。だが、先にこっちだ。
「よぉ、初めまして。おいたが過ぎたようだな、子犬ちゃんたち。だから俺らが来ちまった。さぁ、オークのように、餌になってくれよ」
「なめるなよ」「うちらは狼だ。豚と一緒にするな」
口々に唸り声が響く。連鎖したそれは、低い地鳴りのようだ。しかし、言葉の端が震えているのが可愛らしい。歯をむき出しにして、鼻にしわを寄せればいいってもんじゃあ、ない。
「喉じゃなくて牙を使え? 俺を楽しませてみせろよ。パピーズ」
俺の挑発に、狼たちは跳躍した。

可愛らしくとも狼だ。
その瞬発力は眼を見張るものがある。だが、早いだけじゃダメだ。
右こぶしで殴りかかってきた一匹に、カウンターを合わせる。「ぎゃん」という声とともに、彼女はバウンドしていく。俺はこぶしの勢いのままに前に倒れこみ、後ろから飛び込んできた相手に向かってかかとを跳ね上げる。
足に響く顎の感触に、相手が飛んでいくのも確認せず、横から蹴り込んできた足を、前方へのハンドフリップで避ける。両足をつくと同時に左回りのソバット。とっさに腕を挟んできたことは褒めるところだが、俺の蹴りはガードごと吹っ飛ばす。

「ほらほら、ちんたらしてると終わっちまうぞ?」
一瞬で三匹を戦闘不能にした俺にあっけにとられた奴向けて、俺は走る。
「ひ、ひえええ」
涙目になった瞳と目が合う。俺は下腹部にドロリとした熱が蠢くのを感じる。
そんな顔をされたら、滾っちまうじゃないか。彼女の目尻に舌を這わせたい衝動を抑えつつ、俺は爪で腹を撫でてやる。魔力を削られて、股を淫水で濡らしながら、そいつはくずおれた。
後ろから迫ってきた相手をムーンサルトで飛び越えて、その背後から掴む。

「待って待って待って。この体勢って」
「残念、『待て』と言われても、ヘルハウンドは聞かないぜ?」
ジャーマンスープレックス。
脳天から地面に叩きつけられて、相手は眼を回した。
「狗じゃねぇんだから。んで、俺の残りはお前だけ、と」
「よくもーー、私の群れをこんなにしやがって」
暴力に笑う俺に、リーダーらしき女が顔を歪めている。これを見てそんなことを言えるだなんて、見込みはありそうだ。
「内股に尻尾を巻いてなけりゃあな? 尻尾オナが好きでも、今することじゃねぇ。そんなに溜まってんだったら、後で俺が相手をしてやるよ」
俺の言葉に、リーダーは頬を赤らめている。確かに、これは見込みがある。
俺は喉の奥でくぐもった笑い声をあげる。

岩(ガン)ッ、と。
思いっきり大地を蹴る。ビクッと身をすくめるリーダーは、お可愛いことだ。
あんまり可愛いから、爪で頭を撫でてやった。白目をむいて倒れた表情に、股間が濡れるのを感じた。

「おい。ヴェル公。こっちは終わったぞ」
声を張り上げれば、
「こちらも終わりました」
真っ赤な槍を肩に置いて、涼やかな美青年、もといドラゴンが佇んでいた。
周りには、幸せそうな顔をして倒れている数名のワーウルフ。
きっとこいつの美技で溺れさせられたに違いない。こりゃあ、また惚れられただろう。
「相変わらずスマートなことで」俺は皮肉たっぷりで言う。
「あなたも相変わらずの力任せで」
俺でもドキリとする流し目。ワザとじゃないのがたち悪い。

「でも、こんなんじゃ暴れたりねぇな。一発やらねぇ? ベッドの上でも可」
「どちらも御免こうむります。それに」
と。
ヴェル公は震えていたはずの御者に眼を向ける。
それは敵意のこもった目。

「本命が残っていますから」
「そうだな」
俺も奴を睨みつける。

「ど、どうして私をそんな目で見るのでしょうか」
ワザとらしいくらいに震え上がる御者。それも当然だ。それはワザとなのだから。
「わかっているでしょう」
そう言って、ヴェル公は火を吹いた。さすがドラゴン、便利だ。
幌馬車の屋根が焼け、あらわになった荷台には、檻に入れられた子供の魔物娘がいた。
私たちが捕らえるように依頼を受けたのはコイツだ。
ワーウルフの方はおまけにすぎなかった。

「ちっ。幻術も吹き飛ばすとは」
御者はそう吐き捨てて、その体型からは眼を疑うほどの速さで森に駆け込む。
焦って状況の判断もできないのだろう。うっそうと茂った森は、むしろ俺のテリトリーだ。地獄の猟犬の名は伊達ではない。この鼻、この瞳、この足、ついでにこの胸から逃げられると思うとは、オメデタイ頭だ。
俺は猟犬の本能を刺激されて、より深いところから湧き上がる衝動を感じる。
「ヴェル。俺はあいつを追いかける。お前はその子たちと、駄犬どもを街に運んでやってくれ。あいつ一人なら俺だけで十分だろ」
「分かりました。しかし、気をつけてください」
巨大なドラゴンの姿になるヴェル公を背にして、衝動の荒波に身を投げるように、御者を追いかける。



「ん、……んぅ」
俺(レザ)は両手両足を取り巻く、無骨な金属の感触で眼を覚ました。
ここはどこかの小屋のようだった。あたりをボンヤリと見回すと、檻や拘束具が無造作に転がっている。鼻につく錆びた匂いは、金属のものだけではない。乾いた血の匂い。苦痛と嘆きのすえた匂い。この部屋には怨念がこもっている。埃の一欠片にまで染み込んでいそうだ。
俺の視界が急激に焦点を合わせた。
感じたのは、羞恥と屈辱。両手両足を戒める鎖を外そうと、俺は思いっきり暴れたが、全く壊れる気配がない。ただの鎖じゃないようだ。

俺は壊れそうなくらいに歯を噛みしめる。
しくった。
森に入ってあいつを追いかけていたら、途中でこめかみに物凄い衝撃を浴びせられた。意識を失う直前に見たのは、忌々しい御者の脂ぎった鼻。
匂いを追っていたはずなのに、いつの間にか回り込まれていた。
「何者だ、あいつ」

「勇者に決まっているじゃないか」
俺のつぶやきに答えたのは、あの御者だった。
相変わらずの体型。丸い胴体に四肢が埋もれているようだ。
「お前が勇者? お前のような腹をした勇者がいるかよ」俺は唾を吐く。
「ふほほ。ここいるのだから、仕方ないじゃないか。こんなもの、単に装備品の違いだよ」
そいつは得意げに、丸く膨らんだ腹を叩いた。
肉の胴当て。
上手いことを言ったつもりで、ニヤニヤといやらしく笑い、その顔と雰囲気は暴力を嗜好するもののそれだった。俺は周りの檻や拘束具を再び見て、俺たちが助けなければ、あの子たちがどんな目にあわされていたのか、と思ってゾッとする。

「さて」
クソ勇者は、短い手足をちょこちょこと動かしーーその動きはダンゴムシのようで、奇妙なおかしみがあるところが醜悪だーーハンドルに手をかけた。
そしてそれをゆっくりとひねっていく。
俺を戒めている鎖が徐々に引き上げられ、俺は両手を上にあげて吊り下げられた格好になる。
これじゃあ、まるで囚われのお姫様じゃないか。柄にもない役回りに、俺は皮肉げに笑う。自分で言うのもなんだが、俺にふさわしいのは、口輪をつけて首輪で縛ることだろう。
俺の心まで縛り付けることはできないが。

吊り下げられた格好で、俺はもう一度腕に力を込めてみる。
ダメだ。ビクともしない。
そいつは満足そうに笑い、たるんだ頬の肉がぶるぶると揺れる。
「無駄だ。教会で聖別された鎖だ。魔物の魔力を吸い取る効果がある。今のお前は見た目通りの小娘にすぎん」
しかしーー、と。
そいつは俺の体をなめるように見る。
指先、甲、くるぶし、足首、すね、膝ーーまるでナメクジが這うような悪寒があるーー太もも、内側にスウィープして股間を丹念に視姦される間、そいつに実際に舐められているような気がして
、吐き気を覚えるーー鼠径部をなぞり、腰のくびれ、へそ、胸、8の字を描くような目の動き、脇、肩、鎖骨、うなじ、顎、頬を上昇する動きに湿り気を感じ、私はそいつに唾を吐くーーそれでも視姦は止まらずに続くーー唇、鼻、目、眉、ひたい、髪、耳、二の腕、前腕、甲、指ーー鎖。

「ガッ!」
急に訪れた重たい腹部の鈍痛は、デブの丸いこぶし。丸っこいくせに、ゴツゴツしている。これはヒトを殴り慣れている手だ。
「てめぇ……」俺が睨みつけてもそいつは動じない。なるほど、勇者というだけはある。大した肝だ。
「いつ見ても魔物というのは淫らな体をしている」その言葉は無表情だった。
「へっ、悪ぃな。勇者さまも欲情させちまうようないいオンナ……」
再び腹部にこぶしを入れられて、肺の底から空気が絞り出される。

そいつは無造作に俺の胸を掴む。
この、ヒトを物としか思っていない乱暴な手つきは、俺が感じた中でも一二を争う。
さすがの魔物娘でも、これは快楽として感じることはできない。俺は我慢するまでもなく、一声もあげなかった。……ヘタクソ。
「ふん、この体で我らをたぶらかすのだな。全く忌々しい。だが、だからこそ金にはなる」
ひときわ強く掴むと、そいつはようやく手を離す。
「君も知っての通り、私は奴隷商人だーー」と言って、そいつは顎に手をやって言い直す。「違ったな。廃品有効活用者だ。またはエンターテイナー」
この体が自由に動くのなら、今すぐにこいつの喉笛を噛みさいてやりたい。開けてはいけない殺意の詰まった宝箱に、怒りという鍵が差し込まれた。どこか懐かしくもあり、忌々しい衝動に俺は身を捩りそうになる。

「ーー嘆かわしいことだが」そいつはどこかの神父のような顔をする。「反魔物国の敬虔なる主神のしもべにも、君たちのような魔物に欲情してしまうものがいる。どんな姿をしていようと、私にとっては魔物は魔物なのだが……。いくら熱心に教会が教えようとも、魔物に堕落させられるものがいる。私のような完璧な勇者であれば別だが、民衆の心は弱い。
だから私は考えた」
そいつは天を仰ぐように手を広げる。
「完全に禁じればむしろ、惹かれてしまう。ならば適切に与えてやれば、魔物への耐性もつき、欲望も発散されるのではないか、とね。私は捕まえた魔物たちを使って、面白いショーを興行しているのだよ。その内容を聞きたいかね?」
「下衆ヤロォ……。聞きたくねぇよ。胸糞悪ぃ」
俺の視線に、そいつはまるで賛美を受けたかのようだ。

「君たちは余計なことをしてくれたな。せっかく捕まえた魔物を放ち、さらにはもう少しで捕まえられるはずだった奴らを取り逃がすことになってしまった……。おぉ、これでは子羊たちがさらに迷ってしまうではないか」
「ヘン。茶番はやめろ。お前は信仰とかどうでもいんだろうが。ヘドが出る綺麗ごとを並べてるんじゃねぇよ。お前はただ儲けが減ったことを嘆いているだけだ」
俺の言葉に、そいつは体全体で笑う。頬の肉も、腹の肉も、ぶるぶる波打つように揺れて、その奇怪な腹のウチで、嗜虐と暴力への期待が渦を巻いている。

「そうだ。その通りだ。君には期待している。その体で生娘ということはないだろうが、もしもそうであれば……より盛り上がる。壊れるまで、いやーー壊れても稼いでもらおう。私の期待を裏切らないでくれたまえ」
そいつは俺を吊るしたまま、部屋を後にする。
不愉快な高笑が、ヘドロのように鼓膜に張り付いていた。



「ぅえーい、ヴェルお疲れ〜」
私はハイタッチを求める手を無視しました。
「ぅう、冷たい。でも、それも……好き」
アブナイ吐息を吐いて悶えているキューピッドは放っておいて、私は椅子に腰を下ろします。
窓の外を見れば、血の色をしたような夕焼けが広がっていました。千々に乱れた雲は、何かに引き裂かれたようで、どことなく、私は不吉な予感を覚えます。

「遅い……」
レザが帰ってきません。あの後、保安官にワーウルフと子供たちを引き渡した私は宿屋に帰ってきていました。部屋の中には、私と変態キューピットの他にも数名の魔物娘たち。
「きっとどこかの男娼館にでも行っているんですよ、ヴェルさま」
それでもいつもは、一度私に顔を見せてから行くはずです。
それを別の女性も指摘します。
「いくら男娼館に行くとしても、ヴェル様に会わずにいくなんて、親衛隊としてありえません!」
レザは私の親衛隊ではありませんが、それに、親衛隊など私は望んでいません。

「ず〜る〜い〜、ヴェルに心配されていいな〜」
どこかズレたことを言うキューピットは、無視をするに限ります。
レザのことです。彼女が不覚をとることなどよっぽどないと思うのですが……。
と。
「そんなに心配だったら、キューピット七つ道具を使ってしんぜよう」
「え?」
私が顔を向ければ、彼女はなにやらカバンを漁り、
「たららたったら〜ん。どこでもウォッチャー」
妙な掛け声とともに、手鏡のようなものを取り出しました。

「これはセットの魔法薬を飲ませた相手の今を見ることのできる鏡。場所も特定可能! 魔法薬はヴェルのお弁当に混ぜておいた。きっと意地汚いレザは優しいヴェルにお弁当を分けてもらったに違いない」
彼女には問い正したいことがいくつもありましたが、手鏡映った光景を見て、私は外に飛び出しました。
一気にドラゴンの姿に変じて、血色の空に飛びたちます。
レザは囚われの身になっていました。

彼女の身になにが……。
しかし、今は助けに行くことが先決。

夜気が染み込み出した空は冷たく、体の芯まで染み入ってくるようでした。
いいえ、この程度で私は寒さを感じたりなどしません。
この冷たさは、彼女の身を案じるから。
魔物娘を捕まえる奴隷商人など、ロクデモナイ奴に違いありません。そして、レザを捕らえられるほど狡猾で、それだけではなく強さを備えているかもしれない。

別段、レザとは長い付き合いではありません。
あの優しくとも強い少年と別れて、この武者修行の旅に出てから出会いました。
出会った時からガサツで乱暴で、旺盛な性欲。しかし、処女はとってあるなどという、どこか乙女な部分も持っているヘルハウンド。
私に敗れると、大型犬がじゃれ付くようについてきました。
レザ、あなたは私を倒すのではなかったのですか?

徐々に闇色を深めていく群青色の空。
星が瞬くたびにちらつく彼女の顔。
縁起でもない。私は大きな竜の頭を振ります。
背骨の芯をかけめぐる、針のような冷たさの中、 翼を打つことももどかしく、ひょうひょうという風の音を聞きながら、私は空を行く。



「ひゅう、いつにも増していい女じゃないッスか。ね、ちょっとショーの前に俺に味見させてくださいよ」
「ダメだ。魔物と交わったのであれば、私はお前でも殺すぞ? なんのために相手を死刑囚だけにしているのか分かっていないようだな」
「へーい。廃品の有効活用ッスよね」
「そうだ。それを忘れるな」
ドタドタと足音を立てて、転がるようにデブ勇者が歩く。
彼に命じられた粗野な男たちは、レザを鎖に繋いだまま輸送用の檻に詰め込んでいく。

「ぎゃっ、うへへぇ」
レザの爪に触れた男が、恍惚とした表情を浮かべる。
「ちっ、気をつけろ。こいつの爪で傷つけられたら、魔力が削られ汚されてしまう」
そう言って、デブ勇者は男を蹴り飛ばす。
「離しておけ。もしも、魔物になびくようだったら、私の権限で死刑判決を出してやる。フム、その方がいいかもしれんな。味見したいとなどいっていたし……ショーの相方にする男の確保も必要だ」
たるんだ頬で歪んだかどうかわからない口元に、目だけがいびつに歪んでいる。直視できない酷薄な笑み。他の男の金たまが縮み上がる。彼らは前回のショーを思い出しているに違いない。

「くっく。丁重にあつかえよ。俺は大事な商品なんだろ」
皮肉げな表情を浮かべるレザを、デブ勇者が蹴る。足裏から感じる肉の響きを味わい、醜悪な顔が現れる。
「確かに大事な商品だ。だが、汚らわしい魔物だ」
吐き捨てるように言うと、レザの入った檻を運ばせて、デブ勇者は小屋の外に出た。

すでに夜になっていた。
小屋に横付けにされた馬車に、檻が詰め込まれる。
森がざわめくように揺れている。彼らの行いを非難するように。
しかし、彼らは知っている。この森に住む魔物程度、この勇者の敵ではない。
むしろ襲いかかってきてくれた方が、彼らの商売的には徳だと思うほどだ。
それに、正義はこちらにある。こちらの正しさは主神が保証してくれる。
いい時代だ。魔物になら、人間さまは何をしたって許される。
寒々しい夜気も、彼らの良心を刺激することなく、空しい風とともに過ぎていく。

と。
甲高いいななきのような音が聞こえた。
男たちは一瞬訝しげな表情を浮かべるが、気にすることなく作業を続ける。
デブ勇者は荷台に乗り、別の男に御者を任せる。彼の体重で荷馬車が呻くような悲鳴をあげた。鞭の音とともに、馬が走り出す。

鋭く細まった月が地平に近く、空には砂つぶのような星が瞬いている。
荷台に取り付けられた明かりが揺れるたびに、馬車の影が幽鬼のように揺らめく。

「ん?」
それに気がついたのは、御者の男だった。
「なんだ? あれ」
雲ではない。星空の一部が切り取られたように黒い。あれは空の色ではない。その形はまるで竜が翼を広げているかのように見える。
その影が急速に大きくなる。
男の背を嫌な汗が流れた。
男は荷台を叩いて声を張り上げる。
「見てくれ! なんか空から降りてくる」
「んだよ、おお、ホントだ。何だあれ」
「あれは……チッ、なぜここが分かった」
呑気な声をあげる男とは対照的に、デブ勇者は忌々しそうな顔を浮かべる。

このヘルハウンドと一緒にいたドラゴンに違いない。
だが、こちらはヘルハウンドを捕らえている。いくら強大な魔物だとはいえ、奴らは情にあつい。上手くやればドラゴンも捕らえることができる。
魅力的な思いつきに、デブ勇者はひきつけのように肩を震わせた。



大地が割れたのではないかという衝撃とともに、彼女は降り立った。馬が後ろ足で立ち上がり、いななきとともに前足で宙をかく。血走った目は、猛り狂って走り出しそうだ。
御者の男は、人が憧れ畏怖し続けていた力の象徴に、呻き声をあげるしかない。

彼女の見事な真紅を照らすのが、粗末なカンテラだけであることが残念だ。
巨大なドラゴンが馬車の前に立ちはだかった。
いつしか雲も月も消えた満天の星。その光を浴びて、古の王者が彼を睥睨している。
叡智を感じさせる澄んだ瞳は業火のように燃え、ゾロリとむいた牙の一本一本はヒトの足ほどの太さがある。生半可な剣では傷一つつけられそうにない鱗。その一枚でも手に入れれば、ひと財産築けそうにも思える。
丸太よりも太い手足に、大地を叩く悪夢のような尾。行く手を阻むように広げられた翼は、もう一つの空が広がっているようですらある。

竜の姿のヴェルメリオは大きく息を吸い込む。
「ひっ」
男は逃げようとするが、遅過ぎた。
竜のアギトは地獄の門、罪人を苛む業火が噴き出す。
それは赤々と、真昼のように星空を照らした。
パチパチと、小骨を折るような音の中、焼け焦げた服をひっかけた、素っ裸の男が二人、無傷で転がっていた。

大地を沈ませて、一歩を踏み出したヴェルメリオに、
「これは見事なドラゴンだ。さぞかしいい見世物になるだろう」
ねっとりとした声がかかる。
「私の炎に耐えきったというのですか」
竜の唸り声にのった憤怒にも、彼は動じない。
ヴェルメリオはもう一度息を大きく吸い込む。

「動くな」
彼の腕の先を見て、ヴェルメリオは歯噛みした。
剣の切っ先が、レザに突きつけられている。
「おとなしく鎖に繋がれろ。さもなければ、この女の顔に、二目と見られない傷をつけてやる」
レザの瞳が、剣とヴェルメリオを見比べた。

あの剣は聖剣に違いない。
ヴェルメリオの竜の目は見抜いていた。あの剣ではつけられた傷は、回復魔法でも直せないかもしれない。
いやらしい手だ。レザを殺してしまえば、交渉材料を失うことを彼は分かっている。
だから、そういう方法をとった。
たとえ自分が捕まるとしても、殺されることはない。だが、ヴェルメリオが指示に従わず、レザの顔に消えない傷が残れば、レザにもヴェルメリオにも、心に傷が残るだろう。

躊躇するドラゴンを見て、男はたるんだ頬を震わせる。炎に照らされて、その顔はまるでつぶれたカエルのようにグロテスクだ。狡猾と下劣と嗜虐が、彼の皮膚には押し込まれている。
「さあ」
勝ち誇ったような彼に、
「くっ、あっはっはっは」
レザの笑い声が破裂する。
「おいおい。何をためらってんだよヴェル公。俺にとって傷は勲章だ。たとえそれが顔であってもな。ここでお前がおとなしく捕まっちまったら、俺はただのばかな負け犬だ。こんな檻に打ち込まれちまっては格好つかねぇが、そんなモンにはしないでくれ。負け犬にも負け犬の矜持ってぇもんがある」
レザはそう言って自らの剣に顔を押し当てた。
彼女の黒蜜のような肌から、赤い点が膨らむ。

「何をする!」
腐った商人魂が、商品価値が下がるのを恐れた。彼はとっさに剣を引いていた。
それを見逃すヴェルメリオではない。
竜の腕が、バリスタのように打ち出された。
舌打ちをしながら彼は聖剣で受け止め、その衝撃でボールのように飛ぶ。
が、すぐに体制を整えてヴェルメリオに剣を構える。

「覚悟してください。私がここまで怒ることは、珍しい」
怒気を含んだ咆哮が、木々をさんざめかさせる。竜の怒りを鎮めるように、星空に嘆願しているようだ。
馬車に残った炎はいまだくすぶり、檻に囚われた姫の横に立つ竜の真紅の鱗を静かに照らしている。相対しているのは贅肉を身にまとい、聖剣を構える勇者。その顔の皮膚はたるみ、冗談のような醜悪さを振りまいている。

ーー竜と勇者の戦い。
かつての善と悪は、カードのように裏返った。
一つ、また一つ、焼けて立ち上って行く火の粉だけは、今も昔も変わらない。

真紅の竜が猛炎を放つ。
異形の勇者は炎を断つ。

竜の尾が振るわれ聖剣が振り下ろされる。
互いの体に互いの力量が響く。
勇者は肩まで響いてきた痺れに顔をしかめ、真紅の竜は砕かれた鱗を払いおとす。

この姿で戦う方が分は悪い。
彼女は竜の姿からヒトの姿に戻る。
美青年と見まごう、凛として勇敢な女ドラゴンは、彼女の角よりも鋭く、尾よりも強靭な、真紅の槍を手にしている。

勇者は乾いた唇を舐める。
手にはじっとりと脂汗が滲んでいる。
このドラゴンほどの相手と戦うのはいつぶりか。その頃はまだ、これほどまでに腹は出ていなかった。これほどまでに皮膚はたるんでいなかった。
焦燥が脂汗とともにひたいに浮かぶ、血流と一緒に毒が流れているようだ。
だが、それとともに彼の体に駆け巡る一つの衝動があった。
この見事な竜を、暴力で屈服させてみたい。
救いようがなく、無謀な思い。
だが、彼は今までその勇者の力でそれをなしてきた。

彼は瞬きをするような星々をチラリと見て、主神に祈る。
このトカゲを踏みにじる力を与えろ、と。
血の色をした星が、強く輝いた気がした。

弾むように勇者が飛び出す。高く振り上げた剣は、から竹割りの軌道を描くしかない。
半身でその軌道を避けつつ、ヴェルメリオは突きを放つ。突きの速度は、聖剣よりも速い。
その切っ先は違うことなく勇者の心臓に吸い込まれるーー。

ヴェルメリオの目が驚愕に見開かれた。
主神の加護を受けた勇者の肉体は、脂肪にゴムのような弾性を与えていた。槍の切っ先が皮膚に当たった瞬間、彼はほんの少しだけ身をよじった。刺突の軌道は逸らされ、その勢いで彼女が崩れた態勢は、ちょうど、
ーー斬首を待つようだった。

「ぐ、ぅあああ!」
必死で身をよじり、剣の振り下ろしに合わせて体を縦に回転させた。燕返しの要領で振り上げられた剣が追いかけてくる。槍でいなす。だが、重たい剣撃に態勢を直せない。
かろうじて槍で受け続ける危うい防戦。先ほどの攻撃で、肩口を切り裂かれた。
袈裟斬りを弾いた時、短い足の前蹴りが飛んできた。
それをまともに受ける。
飛ばされた彼女に弾丸のように勇者が追いすがる。

ザク。
勇者の肩を真紅の槍がえぐった。

ヴェルメリオは大地に尾を突き立てスパイクとし、急激な速度の変化に対応できなかった勇者に攻撃を当てた。魔力を削られた相手はビクンと震えたが、傷はなく、腕の操作にも問題はないようだ。
彼女は思わず舌打ちをしてしまう。
腕を切り落とすくらいならばしても良いのではないか、と半ば本気で思う。

魔物娘としてのハンデに気がついたのか、勇者は口端を釣り上げると、再び跳ぶ。
ヴェルメリオは奴の四肢を狙う。だが、彼は避けるそぶりも見せずに剣を振る。
捨て身の攻撃。一撃で魔力を奪い尽くされるような攻撃を受けさえしなければ、それは戦法として可能となる。
勇者はそれに気づいたのだ。
下手な攻撃は、彼に隙を与えるだけ。

どうする……。
ヴェルメリオが顔をしかめると、
戦線を貫くような獣のほえ声が響いた。

ヴェルメリオは彼女を流し目で見る。
レザの声が届く。
「ヴェル公。お前は何だ? 人間じゃ、ないよな」
真紅の槍が剣を弾く。
「じゃあ、魔物のドラゴンか?」弾く。赤い火花が散る。「違うよな」
聖剣のきらめき。弾く。「魔物娘のドラゴンだ」赤と白の攻防が宙に舞う。弾く。
「お前にしかできないことをやってみろ」
その言葉を聞いて、ヴェルメリオの槍が、彼女の手から弾かれた。

ほくそ笑む勇者は渾身で剣を振るーー。
ドス。
は? という馬鹿みたいな顔。勇者の胸から真紅の槍が生えていた。
それは彼の脇から肋骨の隙間を抜け、寸分たがわずに彼の心臓を穿っていた。
人を傷つけないその槍の色はもとより赤。
血色の杭に、勇者は磔にされた罪人のようだった。

彼は顔だけを動かして槍に視線を滑らせる。
槍は、ヴェルメリオのの尾に握られていた。

「そんな、馬鹿な……」
槍は引き抜かれ、彼の体には天に昇るほどの、地獄に叩き落されるような快楽の炎が駆け巡った。快楽は心臓から押し出され、血流に乗って、彼の末端の先の細胞も全て焼き尽くす。
ヨダレを垂らし、白目をむき、痙攣する彼の股間は濡れていた。

勇者の残骸に一瞥をくれ、ヴェルメリオは彼に背を向け、囚われの姫ぎみのもとに向かう。



目を覚ました私は縛られていた。
隣を見れば、部下たちも同じように縛られている。
力を入れても外れない。いや、力自体が入らない。
魔力が根こそぎ失われているようだ。
あれが、快楽か……。
身を焼き尽くした絶頂の記憶を、体が覚えている。

「よォ、目ぇ覚めたかよ」
私の前にはあのヘルハウンドの女がいた。
「お楽しみの時間だ」
どう猛な笑みの瞳はドロドロに濁っている。
艶やかな唇を、舌が這う。こいつは魔物だとわかっていても、男としての私は反応してしまう。
「くっ、殺せ」
「ぷっ、あっははははは。いいぜ、お前。とってもいい。聞きたいワードの一つを、こんなにも心に響く形で聞かせてもらえるとは思ってもいなかった。捕まった甲斐があったかもしれねぇ」
心底愉快そうな女に、私は唾を吐く。

「おっと、俺はそんなチンケな魔力は欲しくないんだよ。俺が欲しいのは、コッチ」
女は私の股間を見ている。
「な、何をするつもりだ」
「何、って。ナニに決まってんじゃねぇか。だけどなーー」
「が、あああああああ!」
女が私をその爪で切り裂いた。切り裂いた、が、傷はない。魔力が削られただけだ。だが、あの戦闘で魔力が枯渇した私には、意識が白濁するほどの快楽を感じさせた。

「おいおい。まだイくなよ。今のは私の腹を殴ったぶんだ。後は蹴った分と、胸を揉んだ分。あれ、もう一回殴ってたっけ? 忘れちまった。念のためやっとこう」
「ぅう、がぁ、ああああ! ……や、やめてくれ」
「何情けない声を出してんだよ。これからが本番なんだから。それにお前はよく分かってるだろ? それは相手を煽るだけだって」
圧倒的な快楽に意識が混濁している私だが、股間が急に涼しくなったことに気がついた。
ズボンが下され、私の肉棒がグロテスクに屹立している。
女はこれから味わう精を想像したのか、チロチロと蛇ように舌を蠢かせ、官能の予感に瞳をとろけさせている。

「お、お前。本気か? 自分で言うのも何だが、私はこの容姿だ。好き好んでそのような行為を……」
うろたえる私には、女は虫をいたぶるような瞳で嫣然と言う。
「そうだな。お前の見た目はグロテスクだ。だけどな、俺はけっこうゲテモノ好きでもあるんだよ。それにーー」
女の吐息が亀頭の先にかかり、初心な少年のように私の肉棒が震える。
上目遣いに股間から見上げてくる女の瞳と、私の瞳が絡む。
「お前、好きだろ? 廃品有効活用♪」

私のそそり立った肉棒が湿った肉に覆われたと感じた瞬間、私の男は爆発した。
意識さえ吹き飛ぶ奔流の中で、私は肉棒に与えられるさらなる快楽を感じる。
うごめく舌。ひっかく歯。渦に吸い込まれる感覚。
これ以上ないと感じた絶頂のさらに上の絶頂があった。
これが、魔物、か。

私は快楽に塗りつぶされていく意識の中、最期にそう思った。



「うーい。ごっそうさん、と。童貞は童貞でも。おっさん童貞を食えるとは俺も思っていなかったぜ。こいつらの後の処置は、パンデモニウム監獄の看守さんにまかせようかね」
あいつらを看守姿のデーモンに引き渡した後、
満足した俺はヴェル公の背中に乗って、宿にたどり着いた。
俺のその姿を見て、親衛隊の連中が悔しがっていたのは見ものだった。

俺はベッドに潜り込む。
徹夜でお仕置きしていたから、寝ていない。
朝帰りの上に今から寝るが、問題ない。それに今回の失態は、寝て忘れるに限る。
それでも、見かけに騙されない、ということだけは忘れない。

と、ベッドから見上げれば、穏やかな顔のヴェル公がいる。
「何だよ。あ、もしかして俺が帰ってきて心底嬉しいってか?」
ふざけて言ったのに、
「はい。あなたの言う通り、心底嬉しいです」
そんな風に返されて仕舞えば、熱くなった顔を布団で隠すしかない。

今の俺の顔は負け犬よりもひどい、ヘルハウンドの沽券に関わるってもんだ。
17/05/19 10:32更新 / ルピナス

■作者メッセージ
バトルが書きたくなったのです。
ヴェルさんはあのヴェルさんです。
レザという名はレザボアドッグのレザです。

物語にはしましたが、ただバトルだけの話は需要あるでしょうか。
セックスバトルの闘技場ものなら、よし、かな?

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