読切小説
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溺れた人虎さん
 うう……あぁ、ん……切れた、残りは……まだあるな……ふぅ。

 いつ、いつからだろうな、山奥の、狭い小屋に籠って、酒瓶を飲んで捨てるのを、毎日繰り返すように、なったのは…………まぁ、どうでも、いいか……? いや……思い出してみよう、どうせ、やることはない、今も、これからも。

 ええと、十年前か……十一年前だったか……確か、確か…… 強者を打ち倒す事に快感を覚えて、更に上の者に挑む為に力を求めていたな……本当にそうだったっけ……何か変わっているような…まぁ、戦に出向いてたな……少数で軍に突っ込んだ時は、楽しかった、うん、良かった、その時だったか……どこかで見たような青年が、魔物である私と、生身で互角に渡り合っていたのは……。

 手を交えながら、青年が、私に何か聞いていたような気がする、何を言ってたか……とりあえず、私の返した言葉で青年は悲しそうな顔をしていたのは、覚えている。

 そして、決着は、どうなったか……そうだ、引き分けだったな……敵軍が撤退して、奴も急いで私の元から離れていったなぁ……。

 あの時は良かったな、初めて、対等な者を見つけて、本当に、嬉しかった。
 でも……何で、私は、力を求めていたのだろう…………忘れた、その内……思い出すだろう…………ああ、切れたか、さて、もう一本。
 
 その戦争が終わった後も、別の戦地に移って、楽しくやってたな……あの時の私は戦闘狂という奴だったな、とりつかれたように、勝負を仕掛けたなぁ………そうだ、時々、青年を見かけては、受けていた任務を放りだして、青年の元へ向かったっけ、結果はいつも引き分けだった……。

 強い意思を秘めた顔と、会う度に強くなっていた青年、前に通じていた手は、絶対に通じなくなって、蹴りが一つでも入れば崩れそうだった体は、強靭にしなかやかになっていった。そんな青年に、私はこれ以上なく胸を躍らせていたな…………これは確かだ、今思うと、あの感覚が恋だったのかもしれないな…………。

 しかし、不思議だ……青年の顔が……何かに、引っ掛かる、いや、重なる? なんだろう………………んぅ、分からない……ああ、切れたか、さて、もう一本。

 ああ…………今に近づいて来たな………来る日も、来る日も、戦闘に明け暮れていていたな、時々会う、昔からの付き合いがある火鼠のリナに、変わったと、よく言われたな、ただ、変わった事を喜んではいない顔だった…………ああ、切れたか、さて、もう一本。

 そして、ああ、そして………………ああ、これは忘れてなかったかぁ、都合良く忘れたらいいのに……はぁ、もう切れたか、さて、もう一本。

 ふぅ……ん、いつの日か、覚えてないな、とりあえず、青年をまた見つけて……切れたか……もう一本。

 でも、青年が笑顔を向ける隣には、別の、別の、女がいた………………友人……切れたか……もう一本。
 
 何故か、その時は怒りに狂っていた、そして、勝負を仕掛ける、これが最後の闘いだったな……。

 最後はあっけない、一撃で、沈んだ……。
 怒りが、いつも以上の力を生んだ、ずっと引き分けに終わっていた勝負に、勝つことが出来た、でも喜べなかった、何故かむなしかった……無性に酒が欲しくなる、もう一本。

 青年は、地に伏して、何で、何で、ごめん、と言ったのだ。

 あの言葉が無ければ、胸のむなしさが膨れ上がる事は無かったはずだ。全てから逃げるように、険しい山奥に籠る事も無かったはずだ。

 嫌だ、思い出すな、飲め、飲んで忘れよう。

 駄目だ思い浮かぶ、何だ、幼い子ども……何を言って……?

「早く大きくなってさ、レウ姉ちゃんを守るんだ!」

「そうかそうか、しかし、私はルーベを守りたいのだが?」

「やだ! 僕が守るんだ!」

「そうだな……じゃあ、私より強くなれ」

「分かった! 僕、頑張るよ!」

「楽しみにしているぞ?」

「楽しみにしてて!」

 青年の面影がある…………また浮かんできたぞ……。

「レウ姉ちゃん! 行かないで!」

「大丈夫だ、私はすぐに帰ってくる」

「嘘だ! 昨日、姉ちゃん一人で、しばらく帰らないとか言ってたの聞いたよ!」

「人を守る力を磨く為だ、それに、そこまで帰りは遅くならない」

「……本当に?」

「本当だ」

「…………いってらっしゃい」

「声が小さいぞ?」

「うるさい! いってらっしゃい!」

「ん、行ってきます!」

 次は、初めて戦場で会った時の……。

「レウ姉ちゃん! 守る力ってやつはもう十分に磨いたでしょ! 帰ろう、迎えにきたよ!」

「守る力? 何を言っている、力とは相手を倒す為にあるものだ!」

「姉……ちゃん……」

「帰れ、お前の中の弱い姉はもう消えた」

「くそっ……くそっ!」

 この秘めた顔は……。

「姉さん、あなたは変わったね」

「ルーベも変わったな、会う度に強くなっている、そんなお前を私は倒したい」

「そう……僕は守りたいな、姉さんを」

「何を言っている?」

「力から姉さんを守りたい」

「……意味がわからん」

「いいさ、分かるまで付き合うから!」

 最後……の…………。

「ご……め…………ん」

 …………ああ、そうか、そうだったのか、今更だ。思い出してもしょうがない、もう遅い、遅すぎる、手遅れだ、さぁ、今度こそ、飲んで忘れよう。もう二度と思い出さない為に……ん? 声がする……。




「確かここら辺? レウに似た人虎がいるって小屋は……うぇ酒臭い」
 
「そうですね、どこから臭って……あっ、小屋ありました」

「……ねぇ、あの小屋から臭わない?」

「行きましょう」

「ここで待ってても良い?」

「行きましょう」

「どうしても、行かなきゃ駄目?」

「行きましょう」

「…………あああもうっ、坊やにレウの説得を頼まれて隣にいたら、多分勘違いで嫉妬してるアイツに坊やは殴り倒されるし! アイツはアイツで逃げ出すし! 一年以上たっても見つからないし! こんな酒臭い小屋に近づかないと行けないし……覚悟しなさいよ……」



 どういう事、だ。



「行くわよ! 坊や!」

「……もうなんかやけくそですね」

「あぁ? 何か言った?」

「い、いえなにも!」

「ほら、さっさと逃げた嫁さん見つける! そんで捕まえる!」

「いや、まだ嫁では……」

「つべこべ言わずにさっさと行け!」

「は、はい!」



 何故、二人がいる?



「すいません、すいませーん」



 開けたい、しかし、こんな姿は見られたくない。



「すいませーん」



 しかし、これを逃したら、次は、無い。



「いない、みたいだなぁ」



 答えはでている。



「しょうがない、行くか」

「待ってくれ!」



 力と酒に溺れた馬鹿な姉が。



「ここにいるぞ!」










 …………よしよし、まだ片方あるからな、沢山飲め……ん、こらこら、慌てて飲まなくてもいいぞ、ゆっくり飲め。
 いいか、ターニャ、力と酒に溺れては駄目だぞ、後で脳筋バカだの酒臭いだの言われて怒られるからな? これはとある魔物の体験談だ、何度も言うから覚えておくように。
15/04/05 20:50更新 / ミノスキー

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