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第九話 会議にて/参謀のターン
 シャーランさんが降りてきて、続けてレイブン君が降りてきた時には驚きました。本当に引っ張り出す事が出来るとは思っていなかった訳ですから。
 今までの教団には居なかった故に、僕達にはない思考を持っているであろう彼女に少し期待していた反面、思春期の、特に彼のような事情を持った少年ならば、言葉を並べた所で逆に意固地になるだけでは、と危惧もしていましたが、どうやら杞憂だったようです。
 しかし、彼がボロボロにされるのは想定内だったですが、

「……大丈夫? 随分と腫れてるけど。あと鼻血も」
「ほ、ほっとけよ!」

 ここまでボコボコにされてるのは想定外でした。救急箱から治療用の術符でも用意しておきましょうか。
 玄関から足音が聞こえてきた所を見ると、どうやらエミリアさんも帰って来たようです。

「……戻りました」
「む、エミリアか。何処行っていたんだ?」
「ええ、早朝特訓で――っ! ななな何でもないです! 何でもないですよ!?」
「???」

 隊長の顔を見た瞬間、何故か顔を真っ赤にして彼から離れた一番後ろの席に着きました。
 その結果、

「――んが」
「!?」

 机に突っ伏して爆睡しているシャーランさんの隣に座る羽目になり、その整った眉を歪める事になってしまったのです。

「さて、エミリアも戻って来た事だ。これより朝の会議を始める」

 おそらく昨日の事もあってシャーランさんを避けたいはずなのに、既に朝の会議が始まってしまっているので席を立つ事が出来ない。そんなエミリアさんを哀れに思いつつ、隊長の言葉に耳を傾けます。

「昨日付けで我が部隊に配属となった、補充兵のシャーランについての話をする。――こら、そこの居眠り。お前の話だから起きろ」
「――はっ!? 寝てたよ!?」
「知っている。いいから自己紹介をしろ」

 昨日、それも戦場の中で出会ったのですから、彼女の素性に関してはよく分からない事が非常に多いのです。これから仲間となって戦う以上、彼女の情報は少しでも多い方がいいでしょう。

「えーと、名前はシャーラン・レフヴォネンだよ。18歳。女。――あと何か、言わなきゃいけない事ってある?」
「お前の戦闘技能、または所持魔法だな。まあ、補充兵だから無いだろうし、明確にこうだ、と言う必要はない」

 あーそうなの、と随分と気の抜けた反応を見せていますが、堅物のエミリアさんにストレスが溜まっていないかハラハラドキドキします。

「武器は体術。あ、我流ね? で、身体強化魔法使って戦うよー。以上」

 なるほど。シンプル故に極めている、という所でしょうか。余計な技術を学ぶよりも、自分の戦闘スタイルに合った物だけを覚え、効率的に動けるようにしたのでしょう。

 ――あ、いろいろ使えるエミリアさんの顔がさらに険しく。

 ですが、それでも特別な訓練を受けた訳でもない彼女がオーガを撃破するに至るのは異常としか言えません。彼女の身体に掛かっていた負担もありますし、何か、この辺りに大事な事が隠されているような気がしたので、手を挙げて質問をしようとしました。

「――すいませーん」

 突如、呼び鈴が鳴らされた事により上げようとした手を下げる羽目になりましたが。

「だ、第23分隊隊長、エリアス・ニスカヴァーラ隊長は居ま、じゃなかった。いらっしゃいますか?」
「む、済まん。席を外すぞ」

 頼りない呼び掛けに、隊長は玄関へ向かっていきました。そして、数分も経たない内に戻って来た彼の手には、二枚の書類が握られていたのです。

「どちら様だったんですか?」
「事務の人間だ。どうやら新人だったようでな」

 ああ、それで慣れていない口調だったのですね。

「昨日提出した戦果報告書に不備があったようだ。――ここの項目だ」
「おや、書き忘れなんて珍しいですね。昨日の審問会やらで時間がなかったんですか?」
「……ノーコメントだ。ついでに個人証明書の更新もあるようだから、後で共に届けに行かねばならんな」

 答えてるようなものですよね、と思いつつ、もう一枚の書類を受け取ります。横からアニーさんが顔を覗かせ、

「何それ。えーと、入隊手続書?」
「ああ。――シャーラン。お前、昨日の入隊の儀式でも居眠りをしていたそうだな?」
「ギクッ」

 口で言う人初めて見ましたよ。

「その時点でお前は除隊になる筈だったが、今回の活躍のおかげで再配属という扱いになった。以後、そんな事絶対にするなよ」
「ウ、ウン、ガンバル、ヨ」
「何故片言なんだ目を見て言え」

 戦っていた時の活き活きとした姿を見るに、彼女が大人しく人の話を聞くのは無理かと。

「この書類はお前が書け。お前が原因でこうなったのだし、そもそもこれはお前の個人情報を書くのだからな」

 書類を受け取ったシャーランさんが自分の席に戻ると同時に、隊長は全員の方に向き直りました。

「――話は途中で終わってしまったが、他に言いたい事、または全員から聞きたい事はあるか?」

 少しでも隊員との壁を削る為に言ったのでしょうが、当のシャーランさんは、

「別にないよー?」

 このように言ってしまった為、質問の取っ掛かりが無くなってしまい、誰も彼女と話をする事が出来なくなっていました。

 ――この雰囲気で、先ほどの質問をするのも変ですしね。

 仕方なく、彼女の身体強化魔法に関する質問は後にする事にしました。

「ないな? よし。では次の報告だ。全員、昨日の戦闘で負傷や疲労が溜まっているだろう。その事を考慮し、今日明日は私の権限で順番で非番とする。自由に過ごせ」

 女性陣二人がいい顔で喜んでるのが見えます。もちろんそれは、アニーさんとシャーランさんで、エミリアさんはむしろ逆の表情を浮かべていましたが。

 ――……焦ってるんでしょうか?

 今までのこの部隊のエースはエミリアさんでした。剣の技術こそ隊長に一歩及びませんが、そこは聖術と組み合わせてフォローしており、隙のない戦い方で部隊を支えていたのです。
 しかし最近、その剣筋に鈍りがあるような気がしてなりません。
 彼女の言動も、その瞳に秘めた決意も変わってはいません。ですが時折、何か自分でも分からない事を悩んでいるような、そんな気がしてならないのです。
 そしてそれは、昨日の時点でハッキリとしました。オーガが発した言葉が、証拠となったのです。
 若い内は悩み、苦しむものです。ですが、私たちの仕事上、悩んだままで剣を鈍らせていると良い結果を生み出す事は出来ません。
 シャーランさんという、新しいエースになりえる人材が来てしまい、彼女はさらに窮地に立たされていると言っていいでしょう。だからこそ彼女は今、自分が何に悩んでいるかを必死に考えている筈です。

「以上で解散だ。シャーランはその書類が出来次第、私を呼べ。事務課まで行くぞ」
「――っ!」

 折角だから戦果報告書の提出と一緒に領地内を案内するつもりなのでしょう。ですが隊長は、シャーランさんの横で重い空気を纏っているエミリアさんに気付いてあげるべきでしょう。というか気付いてあげてください。僕が重いんです。

「ちょっと、アンタは怪我してるんだし、大人しくしてなさいよ」
「いや、足を怪我しているならともかく、私が負傷したのは顔だ。歩くだけなら問題は」
「それで転んだらどうするのよ。ほら、さっさと書いて。アタシが行くから」

 アニーさんに便乗するように、僕も身を乗り出して話に入ります。

「あ、でしたら僕も行きますよ。彼女には道中いろいろ話を聞きたいですから」
「……むう、そこまで言うのなら頼もう。しかしアニー、非番だというのに何故働こうとする? 普段のお前ならそんな事はしないだろう」

 言われて見ればそうです。休日には絶対にこの詰所から出ず、日がな一日中寝転んで過ごしている彼女が非番中に働くなど、あってはならない。

「いやー、アタシも勤労意欲が――」
「今日は教団の物品配給日だったよなぁ、オバサン」

 ぼそり、と予想しなかった方向からの狙撃が二発。狙撃者の方に顔を向けると、窓を見ているレイブン君がそこに居ました。

「一ヶ月に一回の砂糖菓子の配給だから逃せないとか。もうちょっと年考えろよ」

 何というか、ちょっと驚きです。今まで文句や暴言しか言わなかった彼が、乱暴な物言いではありますが話を聞いて、それに対する反応を返したのですから。

「――ふ」

 まあ、だからどうだと言う話ですが。『オバサン』と言われて喜ぶ女性は、特にまだ30代にもなっていない人の中にはいないでしょうし、

「シャーランに殴られ足りてなかったみたいね……?」
「お、おお!? やんのか!? あの馬鹿女じゃなければ負けやしねぇよ!」
「じゃあ私も混ざるー」

 あ、レイブン君が絶望感あふれる表情を。
 まあ、そっちは置いておいて。

「動機はともあれ、アニーさんの言う通りですよ。僕達が行きますから、隊長は今日、安静にしててください」
「――分かった。後でアニーに副隊長として仕事があるから、夕方までには戻ってこいと伝えておいてくれ」

 言伝を受けて、後ろで暴力的効果音と少年の悲鳴が鳴り響いてるのを聞きながら、

「……エミリアさん?」

 既にこの部屋から消えていた勇者候補の少女の姿を探しました。

「――むぅ」

 横の隊長が呟きました。

「エミリアがこの部隊に馴染んだのは、入隊してどのくらいだった?」
「えーと、そうですね。半年は掛かっていたかと」
「それに対し、シャーランは僅か一日足らずで、まるで始めから居たかのように堂々と振る舞えている。その場に置いて蚊帳の外のエミリアには、辛い物があるだろう」
「自分の居場所を奪われているような、そんな事を考えてるんでしょうか」

 その問いに、隊長は答えませんでした。何もわからない自分が関わるべきではない、と思ったのでしょう。

 ――まったく、そこが貴方の短所ですよ。

 そんな気を遣いすぎる隊長に呆れていると、

「しかし、あの書類を見る限り、上層部は分かってくれたようだな」
「え? ああ、シャーランさんの再入隊のですね? ――現在この国に、魔物への決定打となる勇者が居ない今、あれだけの戦力を失う訳にいきませんからね」
「――お前はそれを見越してあの角を持ってきていたのか?」
「いいえ、研究資材として拾ってきたつもりだったんですがね。まさかあんな所で役に立つとは」

 昨日、アルカトラに帰還した私たちは教団の上層部から召集を受け、結果を報告させられていました。
 魔物による巧妙な罠。様々な種が一丸となって人間を狙う。そして、それを率いるオーガの存在。それらを報告している最中、お偉方の顔がどんどん変わっていくのが分かりました。魔物から市民を守る神の御使いとしての表情ではなく、自分に降りかかる脅威に恐れおののく臆病者の物へと。
 ですが、僕たちがその事に意見出来る訳もなく、審問会が終わろうとしていた矢先、一人がこんな事を聞いてきたのです。

『お前たちの中で一番役に立った者は誰だ?』

 思わず絶句してしまうほど、下らない質問。
 確かに、ただの兵士の集まりでは打開できない状況でした。
 しかし、こんな事を答えた所で、何になると言うのでしょうか。欲に塗れて自ら手を挙げた兵士を炙り出す為、というならまだ分かりますが、この連中の顔にはそんな小難しい事は現れていませんでした。
 大方、勇者候補だろう。いや、ひょっとすると大将軍の孫が覚醒したのかもしれん。
 そんな下馬評が囁かれる中、我らがエリアス隊長は、正直に答えました。

『あの補充兵に、我々は救われたのです』

 この言葉に、場が凍り付きました。
 司祭様の高説中に舟を漕ぐ不届き者がそんな活躍を出来る訳がない、などと喚き立て、言葉の真意を隊長に問いただしました。

『確かに彼女は教団の人間としての自覚が欠けているかもしれません。しかし、彼女が居なければ私たちはオーガに食われ、被害はさらに増えていた事でしょう』
『ならば、あの不届き者が倒したという証拠を見せろ!』

 これだけは真実だ、と言う隊長に食って掛かってきたので、僕は密かに隠し持っていた、シャーランさんによって叩き折られたオーガの角を高く持ち上げ、その存在を示しました。

『ご覧ください。刃物による破砕の後でない事が分かりますか?』

 魔物の身体の一部、という事で何かに使えないかと思っていたら、こんな所で使う事になるとは考えもしませんでした。
 シャーランさんの容態が書かれた報告書から、彼女が主に拳や脚部を負傷していた事を連中は知っていたはずです。つまり、彼女が素手でオーガと戦った事も理解していたはずでしょう。
 現に、何も言えなくなった司祭や将軍たちは渋々と隊長の言葉を認め、シャーランさんの除隊処分を撤回して欲しいという願いを考慮する事を約束してくれました。

「お前のおかげで助かった、と言うべきだろうな」
「ははは。そうでしょうそうでしょう。彼女を失えばそれだけ戦力の損失ですからね」

 ですけど、

「貴方が言ってくれなきゃ、彼女と、この部隊の未来は救えませんでしたよ」

 今でも最後列で、ペンを片手に震える手で書類と格闘している新兵を見ました。昨日の無茶がまだ残っているだろうに、弱音一つ吐く様子を見せません。

「これまた厄介そうな、手間のかかる子が入りましたね?」
「……言うな」

 言葉とは裏腹に、嫌っている様子がないのが何と言いますかね。
13/09/04 22:36更新 / イブシャケ
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■作者メッセージ
23分隊、朝の様子。
朝からこんな感じで成り立つんですかね、この部隊(他人事)。

少し登場人物も増えてきましたので、キャラ紹介をば。
今回の語りを務めるハミル(以下ハミハミ)は、結構巻き込まれ系の魔法使いです。
お人よしの隊長に感化されて自身も結構人が良いですが、影で実験とか開発とかするのが大好きな青年ですな。
普段は落ち着き地味青年なのに、発明品使う時になると妙に饒舌になるという、一般的オタクみたいな感じでしょうか。まあ、外見は優男系ですが。
制作当初は魔法アカデミー的な場所からこっちに左遷された、という設定をしてたんですが、長くなりそうだし面倒でかつ楽しくなさそうなんでカットしました。哀れ地味キャラ。

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