連載小説
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一眼

どうしてこうなった。


岩井龍郎(いわいたつろう)こと俺は今、監禁されている。
ベッドの鉄柱に鎖を繋げた首輪をはめられ、学校の制服姿でベッドの上に居させられている。鎖は引けど引けどもびくともしない。まるで首輪と鎖に魔法がかかっているようで、軋む気配すらなかった。その鎖の長さは、最大に伸ばしても部屋のドアにはギリギリ届かない。ベッドとドアは正反対にあるから、部屋の中を動き回るには不便はなかった。

この部屋は八畳くらいの一室。俺が寝ているベッド以外には、テレビやCDプレイヤー、本棚や勉強机がある。内装は女の子らしい感じで、白蛇やラミアがデフォルメされたぬいぐるみやら、フリフリのついたクッションなどがある。かくいう俺の居るベッドも淡いピンク色のシーツで、フリルもふんだんにあしらわれていた。とうてい男の部屋とは思えない。

それに、俺はこの部屋に見覚えがある。遠い昔に来たことがある気がする。内装は変われど、ドアの位置やベッドの位置は変わっていないのだ。だから、誰の部屋かはわかる。

「瞳の部屋、だな」

間違いない。俺の幼少からの幼馴染み。石神瞳(いしがみひとみ)の自室に違いなかった。小物や本棚の中身(何故か魔物娘に関する本もあった)は変わっていたが、他はたいして変わっていないので、まず間違いない。

問題はどうして俺がここにいるのかということだ。しかも、首輪に繋がれて。自由を奪われて。監禁されているか、ということだ。

どうしてだ。どうしてこうなった。
俺は記憶を呼び起こそうと頭を捻る。こういうときは無理に思い出すんじゃなく、覚えているところから順序だてて思い出すべきだ。よし、学校に登校したところから思いだそう。そうしよう。

俺は朝のことを思い出す。


―♪―


なんの変哲もない朝だった。

俺は神城高校に通っている一年だ。
いつも通りに今日も八時過ぎくらいに登校して、部活上がりの友達と喋っていた。内容はまあ、下世話っちゃあ、下世話だ。男だからな、仕方ない話題のはず。
例えば、魔物娘が彼女になったらどうされたいか、だ。
この神城高校にも魔物娘は当然いる。数は女子の四分の一程度。全校生徒中の一割か二割の間ってところか。俺のクラスには三十人中、七人いて、比較的多い部類だと思われる。
まあ、数はそんなだが、やはり魔物娘はかわいい。しかも、なかなかにエロいらしい。男とエッチするのが大好きだとか。かといってビッチなわけでもなく、この人と決めたら一生想いつづけてくれるという一途さもある。思春期真っ只中脳内ピンク一色の男子からしたら、堪らない存在だ。
だから俺たち男子生徒の話題と言えば、すぐに魔物娘のことになるわけで。それでもし彼女にできたらなにをされたいか、という話になるわけで。
そんな下世話な話を続けていたのだ。

「やっぱさ、サキュバスに乗られたいわけよ俺はさ」

そう話すのはクラスメイトの屋戸修(やとおさむ)。俺の小学生からの友人だ。
短髪に眼鏡と真面目そうではあるが、一部からは猿と言われている。とにかく、頭がエロいことばかりだから、という理由かららしい。

「騎乗位でガンガン腰を降り下ろされて、イキたいわけよ!」

「はっ、普通だね。そんなのサキュバス界隈じゃあ普通すぎるぜ。ノーマルだノーマル。猿は腰振ることしか考えちゃいねぇ」

サキュバス界隈ってなんだよ、と心の中で俺は突っ込みを入れつつ、そいつを見る。
坊主頭に筋骨隆々といった風貌。野球部の木山武人(きやまたけと)だ。こいつは中学生からの知り合い。

「じゃあ、お前はどんなことされたいんだよ」

「んなの決まってるだろ」

んふっふっふ、と気持ち悪い笑いをして腕組み。

「ダークエルフさまに奴隷調教してもらうんだよ!」

「奴隷調教、かい?」

屋戸修ともう一人、新橋知憲(しんばし
ともあき)がやや呆れたような口調で言う。

「んふっふっふ。ダークエルフさまの愛の鞭でびしんばしんにしてもらって、身も心もダークエルフさまのものにしてもらうのさ。あの長くて細い脚で踏んづけられたり、足を舐めさせられたりするのさ!」

「こ、こいつドMか!?」

「違う。俺はMではない。……まだな。ダークエルフさまに調教されることで俺はMに目覚めていくのさ」

「もうそういう考えを持ってる自体でMだから。紛れもなくMだから」

新橋知憲は呆れた風にため息をつく。まあ、サキュバスに騎乗位でやられるよりかはアブノーマルではあるな。鞭でやられたいとは思わんが。

「そういう知憲はどんなことされたいんだよ」

木山武人の言葉に、少し童顔の長髪の新橋知憲は顎に手を当てる。

「僕かい?そうだね……クイーンスライムに包まれて暮らしたいかな」

「クイーンスライムに?」

「うん。クイーンスライム。クイーンスライムをプールいっぱいくらいの大きさまで成長させて、その中で暮らすんだ」

「お、溺れねえのか」

俺もそれは気になる。

「スライム系は身体に酸素を含めることができるからね。溺れたりはしないよ」

へえ、そんなんだ。知らなかった。

「まあ、そんな感じでクイーンスライムに包まれて、揉みくちゃにされて一生を過ごしたいかな。もうずっとクイーンスライムから外には出ないと思うよ」

「負けた」

「ああ、負けた」

屋戸修と木山武人は揃ってそう口にする。いつの間に自分の性癖を勝負する話になったのだろうか。まあ、話が脱線して、そのまま続けるのはよくあることだ。気にしない、気にしない。

「そういや、龍郎はどんなことされたいんだよ」

と木山武人。

「ん?俺?」

「おう。お前だけまだ言ってねえじゃねえか」

「龍郎のことだから知憲よりアブノーマルだろ?龍郎だもんなぁ」

とは屋戸修。なんかハードル上げやがった。おのれ猿め。

「スライムの中にいたいのってそんなにアブノーマルかなぁ」

……うん、間違いなくアブノーマルだ、知憲よ。


「されたいことなぁ」

正直、俺は魔物娘がどうとかはあまり思っていない。そりゃあ、かわいい方がいいし、エロい方がうれしいけども。人間でも別に俺は構わない。魔物娘だから好きになるんじゃなく、そいつだから好きになるってのが一番なんじゃないかな。俺はそう思う。
まあ、その上でエロかったら最高だけどな!
とにかく、これはネタ振りだ。普通はダメな場面だ。よし、これにしよう。

「監禁されたい」

「「「………………は?」」」

三人から呆けられた。俺は説明する。まあ、別に俺自身の性癖じゃないから盛り放題だ。

「朝も昼も夜も同じ場所に監禁されて、一切の自由を奪われて、食事することもトイレ行くことも全部その娘にされる。それからゆっくりとその娘にエッチされて、その娘なしでは生きていけない身体にされる。そんなことを私はされたい」

なんて、かの有名な詩人っぽく締めてみた。
対して、皆の反応はと。

「うわー、監禁されたいだってよ。自由なしだぜ?」

「ダークエルフさまでもそこまではしねえわー」

「僕とはまた違った方向性だね、びっくりしたよ」

「変態だ変態。変態龍郎だ」

「てゆーか、ただのヒモじゃね?」

「監禁されたいって言ってる時点で同意の上なんだから、監禁じゃないような」

えー。あんだけ振っといて、この反応はねえだろ。酷いだろ。
ただ単に俺に変態属性が付与しただけじゃねえか。

「おい、お前ら、本当は俺はな、うわっと!」

訂正をしようと思った直後、俺の背中になにかがふつかり、俺は前のめりになる。幸い、目の前は屋戸修の机があったので、こけずには済んだ。
誰だ、俺にぶつかってきたのは。

俺はじと目になりつつも、その方向を見る。するとそこには俺よりも険しいじと目で睨んできているやつがいた。
一般的なセーラー服。黒髪をツインテールにして、肘の辺りまで伸ばしている女子。端整な顔付きだけど、つり目が印象を怖くしていて、近寄りがたい雰囲気を醸している。
誰かは知っている。むしろ、知りすぎているくらい。とはいえ、昔のことだけだけど。
そう。そいつは俺の幼馴染み。石神瞳(いしがみひとみ)だった。

「……チッ」

瞳は聞こえるか聞こえないかくらい小さく舌打ちをすると、俺の脇を通っていく。謝りのひとつもいれない。
しかし、これはよくあることなので俺はため息をつくだけでなにも言わなかった。

「石神さんじゃん。かわいいよなぁ。魔物娘じゃないのに。おっかないけど」

「龍郎の幼馴染みだったっけ?」

「ん。家が隣だからな。小さい頃はよく遊んでた」

「リア充爆発しろ!」

しねーよ。リア充じゃねえし!

「ふーん。いいじゃないか。今はどうなの?」

ニコニコとうれしそうに知憲は聞いてくる。

「どうって、今はまったくだよ。ていうか、俺にはずっとあんなんだからな。擦れ違ったら舌打ち。話しかけたら無視。気づいたら睨まれてんだぜ?遊ぶどころか近寄れねーよ」

「ははぁ、なるほどねぇ。そういうことかぁ」

微笑ましそうに知憲は笑う。訳がわからん。

「いつの間に嫌われたことやら。俺は別にどうこうした覚えはないんだけどな」

「はは、龍郎は女心がわかってないね」

「なにが」

「いや別に。ところで、龍郎はツンデレは好きかい?クーデレでもいいんだけどさ」

いきなりなにを言い出すのやら。
特に考えたこともなかったけど。そうだな。

「俺は別に好きじゃない。もっと素直な感じに求められる方がいい」

「そっか。……だってさ」

「ん、なんだよ」

「いやいや、別に。ちょっと面白いことになったらいいなぁって……うわっ!」

知憲は驚きの声をあげる。目線は上。
俺も釣られてそこを見ると、黒いショートカットの髪に、漆黒の羽を携えたサキュバスがいた。顔は蒸気したように赤くなっており、にんまりと目が細められている。

「龍郎くん、私は素直だよ?だから私と付き合おうよぉ」

プカプカと宙に浮かんでいるその人は、俺に向かってそんなことを言う。
そうなれば、俺の周りのやつらの怒りを俺が買わされてしまうのは当然で。

「龍郎、お前!どうして世浪桃花(よなみとうか)さんと知り合いなんだよ!」

「いや、それより、付き合ってくれだって!お前、お前はいったいなにをしたんだ!」

なんもしてないから。むしろされてる方だから。

「ねね。私、素直だよ?龍郎くんの望むことなんでもやってあげるよ?監禁、だっけ?してあげてもいいよ。私が全部面倒見てあげる」

世浪桃花。この俺の一個上の先輩。見た目通りのサキュバスだ。
三日前、俺は世浪さんに告白された。体育館裏でのベタな告白。「好きです」「ごめんなさい」そんな単純なやり取り。普通ならそれでもう告白されたりすることはないだろう。しかし、世浪さんはサキュバス、魔物娘である。諦めるはずがなかった。むしろ俺が断ったことが魔物娘の本能とやらを刺激したのか、さらに情熱的な告白に変わり、しかもその場で俺に襲いかかってきた。
そのときはあらゆるものを利用して、襲いかかる世浪さんをかわし、何度も告白してくる世浪さんに「ごめんなさい」と断った。幸いなことにこの三日間は誰もいないところでの告白で、このことが誰かに知られることはなかったんだが。
しかし、今、俺はクラスメイトがいる前でまたも告白されたのである。

何度されても俺の気持ちは変わらないというのに。

「お断りします」

定型文で答える。周りで「えー!」「嘘だろ?」とか驚きの声が聞こえるが知ったことじゃない。俺の勝手だ。
周りは驚くのに対して、サキュバスこと世浪さんはニコニコと笑っている。俺の返答をわかっていたみたいだ。

「大丈夫だよ。今はいやでも、一回ヤッちゃえば、私にラブラブになっちゃうから。ね?今からヤリに行こうよ、龍郎くん。私の、気持ちいいよぉ?」

「やりません。それに生徒同士の性交は校則で禁止されてますから」

「あはは、そんなの守ってる人なんていないわよぉ」

「俺は守りますから。それに先輩とはお付き合いできません」

「んー、手強いなぁ。皆見てる前で断るなんて」

周りは関係ない。俺は俺だ。別に好きでもないやつと付き合いたいとは思わないのだ。それにそんな気持ちで付き合っても、どちらも不幸になるだけだ。最終的には別れることになるかもしれない。
魔物娘のカップルが破局したなんて話は聞いたことないけど。

とそこでチャイムが鳴る。

「さ、先輩、チャイムが鳴りましたよ。帰ってください」

「お別れのちゅー」

「無視無視」

朝はこうしてなんとか乗りきった。よく考えれば変なことは起きたが、俺が監禁されたことには関係ないだろう。クラスメイトにボコボコにされたのも関係はないだろう。



別に気にしていたわけじゃないけど、俺は気づいた。午後の授業に瞳の姿が見えなかったのだ。保健室にでも行っていたのかもしれない。あいつ結構、身体弱いし。小さい頃は貧血でよく倒れてたしな。家が隣だからって宿題とかも渡しにいってたな。瞳が風邪になったときは、看病しに行ったりもした。……遊んでたけど。

まあ、遠い過去の話だ。今、そんなことをしようものなら、もれなく舌打ち無視睨み付けのオンパレードだろう。なんだか寂しい気もするが、そうやって人と離れていくのが歳を取ることなんじゃないだろうか。
人と会って、別れていく。それの繰り返し。
瞳も、その中の一人だったにすぎない。

「感傷的かな……らしくない」

放課後。帰宅部の俺はすぐに帰る。寄り道せずに家に帰ってゲーム三昧である。ふふ、ようやく続きができるわ。待っていろ、糞ネクロめ、宇宙のチリとしてくれる。
と、下駄箱のロッカーを開けたときのこと。

「……手紙?」

俺の靴の上。そこに、白い封筒に入れられた、いかにもという風な手紙が入っていた。俺は何の気なしにそれを取る。差出人は……書いてないな。中に書かれてあるのかもしれない。

しかし、

「これはもしかするともしかするのか?」

いわゆる、ラブレターというやつ、なのか?

これに対して、俺はどんな反応を取ればいいのだ。喜べばいいのか。それとも警戒すればいいのか。
今どきラブレターなんて存在していたのか。しかも自分がその対象になるなんて。世浪さんの告白も普通に呼び出されてだぞ。ラブレターではなかった。
いや、でも、まだラブレターと決まったわけじゃないか。それに俺に対してのものとも決まっていないじゃないか。そうだ、出す相手間違えたとか。

「………………うわぁ」

――――――――――
岩井龍郎くんへ。
本日の放課後、体育館裏へ来てくれませんか?
お忙しいこととはわかっています。
ですが、とてもとても大事なお話があるのです。
来てくれるまでいつまでも私は待ってます。
それでは。
――――――――――

「名前ねえけど、これがマジなら告白以外に考えられない」

女の子っぽい、かわいらしい字体。だけど言っていることは少し堅苦しい。
むむむ、行くべきか行かざるべきか。
もしも悪戯なら、女の子じゃなくて男たちが待ってるんだろうな。笑われて辱しめられること必須である。

にしても俺は、告白されるようなことも悪戯されるようなこともした覚えはないんだが。波風立たせずに生きる主義なんで。だけど、世浪さんという前例があるわけだし。ありえなくもない。告白されたのが彼女との初対面なのだ。
人間生きてるだけ恨みを買うこともあるということ。すなわち逆もまた然り。

仕方ない。どちらにせよ、俺に行かない選択肢はないのだ。笑われたら笑い返して、告白されたら謝ろう。俺は波風立てない主義なのだ。

そして、

「………………マジか。っていうか、またか」

そこにいたのは男たちではなかった。
人間の女でもなかった。

魔物娘。
蒼い鱗の巨大な蛇の下半身に、人間の身体の上半身はセーラー服を着ている。人と蛇の境目にはスカートが履かれていて見えない。髪は淡い水色のツインテール。しかし奇妙なことに、髪の先が、何匹かの小さな蒼い鱗の蛇となっていた。
ラミアっぽいんだけど、髪の毛が蛇という特徴はラミアにはなかったと思う。

その魔物娘は俺に気づくと、蛇の下半身を器用に這わせてこちらを向いた。
その容姿は一言で言えばかわいかった。貧困なボキャブラリーで申し訳ないが、そう言うしかない。ブスッとした表情で、つり目がちに睨まれているのに、そう思わざるを得ない。そんな魅力があった。
しかし、どこかで見たことあるような。

その魔物娘は俺の元の目の前まですぐにやってきた。そして、じっと俺を見据える。
俺はその視線に耐えきれず、自分から話を切り出した。

「えっと、君が、俺にこの手紙出してくれたんだよな?」

その娘は答えず、ただ頷く。無口な娘なのだろうか。

「ええっと、そのなんていうか、手紙ありがとう」

こくりとまたも頷く。無口な上に無表情だった。不機嫌そうに見えなくもないが、そうではなさそうだ。
なんだか気恥ずかしくて、しどろもどろになってしまう。顔が熱い。

「あー、その、この手紙の内容だけど、大事な用ってなんだ?」

まさか、まさかしちゃったりするのか。

「………………龍郎」

「っ!」

俺は息詰まらせる。
まさか、初対面の女の子相手に、下の名前で、しかも呼び捨てで呼ばれるなんて思ってもみなかったからだ。
だからドキドキしてしまう。初対面の娘に下の名前で……。

…………初対面?

「あれ、お前は」

違うぞ。この娘は初対面じゃないぞ。
俺はこいつを知っている。この顔、この表情、このつり目。全てを吸い込みそうなきれいな蒼い瞳。姿こそ変われどわかる。そう、こいつは。

「お前、ひと、」

あれ?声が出ない。いや、口が動かない。

「……………………」

それだけじゃない。手も足も全然動かない。身体が、ピクリとも動かない。まるで石になってしまったかのようだ。

お前は、いったいなんで。

身体が石のようになっていくとともに、頭もぼやけてくる。
そして俺は、考えるのをやめた。
13/03/11 19:38更新 / ヤンデレラ
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