世の中には英雄譚という物が存在する。
数多の冒険の中で、魔物を倒し、弱き者を救い、悪を討つ。
彼もそう言った物語が好きな少年だった。
しかし彼はしがない木こり。
そんな夢は大人になるにつれて忘れて行った。

いつもの様に森に入り、まさかりを手に木を切り始める。
いくらか木を切り倒した後、彼女は口を開いた。
「相変わらず、木ばかり切っているのね」
彼が木を切る手を止める。
振り返ると、花の様におしとやかな少女が立っている。
「どうして衛兵にならないの？　貴方なら出来るのに」
少女の言葉に彼は苦笑する。
もう何度も聞いた事のある言葉だからだ。
「無理だよ。ボクには魔物を切るなんて恐ろしい事は出来ないよ」
「そんなことをしなくてもいいのよ。衛兵は立っているだけでいいのだから」
「そういう訳には行かないよ。衛兵は村を守るために立っているんだから」
口を尖らせる愛らしい少女を彼は嗜める。
「もう。ハンスのわからず屋！」
「あ、ジェリー」
ジェリーと呼ばれた少女は怒ったまま走り去ってしまう。
ハンスはため息を一つついてから、また木を切り始めた。

この村ではよく見かける光景。
村一番の力持ちのハンスと、村長の娘であるジェリー。
この二人は幼馴染で、とても仲良しだった。
しかし大人になるにつれて二人を隔てる壁が現れ、二人は引き離されてしまう。
村長は英雄譚が好きで、村を守る男にしか娘は嫁がせないと決めていた。
そしてハンスは争いごとが嫌いで、訓練をすることはあっても兵士になろうとしなかった。
ただそれだけで、二人は引き離されてしまった。


「いい男、発見♪」

そんな彼を見ていた「彼女」は、これから先を想像し、愉悦に笑みを浮かべて舌なめずりをした。

「あはは、可愛らしいわね。でも、これからはそんな暢気な事じゃ」

後に続く言葉ごと、垂れた唾液を舐め取る。
彼女は魔物。
人の論理から外れた、恐ろしい化け物だ。


ある日、村に若い娘がやってきた。
その娘は快活に笑い、踊り子の様に肌を露出させ、村の若い男たちを魅了した。
多くの男たちに囲まれながらも、彼女は一人の男にしか近寄らなかった。
「はぁい、ハンス。今日も木を切りにいくの？」
「そ、そうだよ。エリシア」
「じゃあ私もいっしょに行くわ。いいでしょ？　断っても付いていくけど」
彼女はハンスの太い腕に自分の細腕を絡め、抱きつくようにしてついていく。
ハンスが顔を赤くしている理由に気づいていないかのように大胆に、けれど時々悪戯っぽくハンスの顔を見る。
ハンス以外の男たちが去っていく姿を眺め、もう一人、目当ての人物が自分たちを見ていることを確認してから、エリシアはハンスを引き摺るように森へと歩いていく。

最後までハンスたちを見ていたのは、ジェリーだった。


ハンスとジェリーの二人の間に、エリシアが現れた。
ジェリーが愛らしさと可憐さのある少女であるのに対し、エリシアは艶やかさと明るさのある若い娘であった。
エリシアの熱烈なアタックを前に、ハンスは次第に抵抗が出来なくなっていった。
ジェリーはソレを眺めているだけだった。

そしてその日が来た。


「ハンスを離して！」
森に入った二人を、ジェリーは追いかけた。
対するエリシアはおかしそうに笑う。
「いやよ」
「どうして！」
「だって、貴方は何時まで経ってもハンスをモノにしようとしないんだもの。だったら、私に頂戴な」
「あなた、何を言っているの！？」
村に来たばかりのエリシアに分かるはずが無い。
そう続けたジェリーを、エリシアは笑う。
「わかるわよ。だって、ずっと見ていたんだから」
そう言うとエリシアは着ていた服を脱ぎ捨てる。
二人が自らの目を塞ごうとして、エリシアの異常な変化に気づいてしまう。

頭から赤色の犬に似た獣の耳が生える。
手は足からは赤色の毛皮が生まれる。
ワーウルフかと思ったが、体を装飾するように尖った房のような毛皮は、ただのワーウルフには持ち得ない恐ろしさと威厳が、戦いを知らぬ二人にも感じられた。
「ワーウルフ、の親玉か？」
「あはは。違う違う」
笑うエリシアの体はなおも変化を続ける。
背中からは毛皮と同色の翼。
そして腰の後ろからは禍々しい尻尾。
ジェリーは図鑑で見たサキュバスの尻尾を思い出したが、頭を振る。
あの挿絵のサキュバスは恐ろしかったが、それでもこのエリシアの尻尾に比べれば可愛らしかった。
そう思えるほど、エリシアの尻尾は禍々しく見えた。
固い節に覆われ、鳥のくちばしの様に鋭く大きな先端には、「返し」の棘が生えている。
まるで拷問具の様に見えたそれは、ただただ恐ろしく、ジェリーはへたり込んでしまった。

「私はエリシア。見ての通り、魔物だよ」
「ワーウルフじゃないのか」
乾いた声でハンスが呟いた。
ワーウルフとも違う、サキュバスとも違うエリシアは、今まで図鑑で見たことのあるどの魔物よりも恐ろしかった。
「さぁて。どうだろうねぇ。これから食われるあんたには関係の無い話だ」
獰猛に舌なめずりをするエリシアを前にして、ハンスは腰が抜けそうになった。

ハンスとジェリーの二人は知らなかったが、エリシアの様な姿を持つ種はマンティコアと呼ばれている。
かつては猛毒の尾と、獰猛な獣の肉体に加え、空を駆ける翼をも兼ね備えた狩猟者で、今の魔王の代になってもその性質は変わらなかった。

エリシアがハンスに飛びかかる。
彼女にしてみればじゃれる程度の速度でも、人間にしてみればも残さぬ俊敏さ。
ハンスは抵抗することもできずに押し倒される。
捕食者の余裕からゆらりゆらりと尻尾を揺らすエリシア。
裸の若い娘に押し倒されてるハンスだが、恐ろしさのあまり顔は青ざめている。

「さて。このまま食べるのは簡単だけどねぇ」
エリシアがちらりとジェリーを見る。
怯えたジェリーが小さく悲鳴を上げる。
「つまんないんだよねぇ」
そう言うとエリシアは離れ、人の姿に化けてから服を着る。
「暫く遊んでやるよ。私が飽きるまでの間だけ、食べるのはなしにしといてやる」
エリシアはにぃと口をゆがめて笑い、二人を置き去りにして歩いて行った。

二人は恐ろしい魔物が現れた恐怖を、しばらくの間噛み締めていた。


ハンスは、衛兵に志願した。
元より村一番の力持ちだったハンスは、日々の訓練に力を入れることで飛躍的に槍の腕前を上げて行った。
村人たちの疑問を他所に、ハンスは全力で強くなろうとしていた。
なぜならば、エリシアが正体を現した夜のこと。

「強くなんなさい。そうじゃないと、ジェリーもアンタも、骨も残さず、食べてやるから」

そう言って、彼の目の前で彼女の腕ほどもある枝を握りつぶしていった。
だから彼は強くなるしかなかった。
彼のために。
そしてほかならぬ、ジェリーのために。


それから暫くして。
ハンスは衛兵となり、村を守るようになっていた。
村一番の腕前、いや、近隣の騎士にさえ並ぶものがいないほど、ハンスは強くなった。
「ハンスは本当に凄い奴だ。あれだけ強くなっても、まだ驕ることがないんだもんな」
村の若い男はそう言うが、ハンスには何も響かない。
なにせ、彼が訓練する様を、最も恐ろしい魔物が笑顔で眺めているのだ。
彼は、何時襲われるか分からないという緊張感と、まだ彼女には勝てないのかという強迫観念に突き動かされている。
あの時見たエリシアの恐ろしい笑みから逃れるように、ハンスは訓練を続けた。

そしてある日のこと。
「ハンス。おーい、ハンス」
「なんだい？」
「エリシアが呼んでるぞ。森に来てくれって」
「……そうか」
「ジェリーと一緒に待っているってさ。羨ましい限りだぜ」
事態は大きく動いていた。


「ジェリー！　エリシア！」
ハンスはかつてない速さで森に走ってきた。
「ああ。遅かったじゃないか」
あの日見た、魔物としての姿でエリシアは立っていた。
彼女の傍にはジェリーが倒れている。
「ぉおおおおおお！！」
言葉も無く、獣の叫びを上げてハンスがエリシアに襲い掛かる。
「はい、遅いよ」
だがエリシアの動きは獣よりも速い。
ハンスは太い木の幹に叩きつけられた。

「ぐぁ……」
体が熱い。
骨が折れたのかもしれないとハンスは思い体を擦る。
だが不思議な事に、痛みは殆どない。
代わりに異常な熱さが湧き上がる。
「いい顔をしているじゃないか。毒が効いて来たみたいだね」
毒。
そう聞いてハンスの熱は一段と高まる。
「その毒はね。魔物が人間を食べやすいようにする毒さ。どうだい。もう溶けそうなほど熱くなってきただろう？」
エリシアは目を細め、舌なめずりをしてハンスに近付いていく。
熱さと体の痺れで、ハンスは動けない。

「はい、捕まえた」
エリシアはハンスの顔を獣の様に舐める。
ハンスは背筋がゾクリとして、体を震わせる。
それが恐怖なのか、快楽への期待なのか、もはやハンスには定かではない。
ただ、下半身が異常な熱を持っていることは確かだ。

「ここ、熱いだろう？」
肉球を備えた獣の手でエリシアが撫でる。
その刺激だけでハンスは果てそうになった。
「胸を触りたいかい？　私を恐ろしいと思いながらも、あんたは私の胸ばかり見ていたよねぇ」
エリシアは自らの胸を揉んでみせる。
獣の手からはみ出る豊満な胸は荒々しい色気があり、ハンスは毒以外の理由でツバを飲み込む。
「さ。私も腹が減ったし。ちょいと味見をしようか」
エリシアは見せ付けるように尻尾の先端をハンスの顔の前に動かし、その先端をにちゃりと開けた。


「ぁああ！　あぁああ！」
「また出るの？　ほんと、こらえ性がないね」
これで何度目か。
数える事も忘れるほど、何度もハンスはエリシアに精を搾り取られた。
不思議な事に、幾ら出しても尽きる事は無い。
「さて。そろそろいいかな？」
エリシアが尻尾を引き抜く。
「あぁぁ」
すでに体は当の昔に快楽に破れ、精神さえも堕ちようとしている。
そのハンスを横目に、エリシアは彼女に笑いかける。

「ジェリー。寝たふりはもういいだろう？」

ハンスは一瞬、何を言っているのか分からなくなっていた。
慌ててジェリーを見ると、ジェリーと目が合った。
「じぇ、りー」
「みないで。みないで、くださいっ」
ジェリーは羞恥に染まった顔を背ける。
しかし、ハンスはすでに見てしまっている。
普段は肌の露出を嫌っていたジェリーの柔らかな胸。
そして愛液にぬれて光る太腿。
彼女が今まで何を見ていて、何をしていたのか。
ハンスは瞬時に理解し、次の瞬間には体が動いていた。

「ジェリー！」
「は、はんすっ」
ハンスはジェリーを押し倒していた。
欲望のままにジェリーにキスをし、その口の中を舌で蹂躙する。
初めてジェリーと交わしたキスは、甘い蜜のような味がした。
「だ、だめだ。ジェリー」
もはや交わる以外に選択肢は無い。
かすかにジェリーの気持ちが気になったハンスはジェリーの顔を見る。
「え、えぇ！　おねがい、早く、来て！　おちんちんを入れてぇ！」

普段なら絶対に口にしない卑語を、恥も無くジェリーが叫んだ。
そしてハンスの最後の理性が飛び、獣の叫びを上げた。


翌朝。
二人はすっかり元に戻り、昨晩の痴態を思い出して赤面したり青ざめたりしていた。
なぜなら、昨晩はエリシアに襲われ、ハンスがジェリーを襲い、途中からエリシアが混ざっての乱れに乱れた交わりの様だった。
その痕跡が今も周囲に残る水気、ジェリーの処女の証として残っている。
「やっと朝になったの？　ふぁーあ、よく寝た」
騒動の元、エリシアは翼を大きく広げて伸びをしている。
「おまえ。俺たちを食べるんじゃなかったのか？」
ハンスは自分たちがまだ生きていることに驚いていた。
ジェリーも同じだったようで、不思議そうにエリシアを見ている。
あれだけ激しく交わったためか、エリシアに対する恐怖はいつの間にかなくなっていた。

「あー、あれ？　まだ保留だよ。まだまだ楽しめそうだからね」
エリシアはにぃと口を歪めて笑う。
彼女は人の姿になると服を着て立ち上がる。
「今日の所は、いい酒の肴が出来たんだ。これくらいにしておくよ」
笑って立ち去るエリシアを、二人は呆然として眺める。

だが、この騒動はこれで終わりではなかった。


「いよぉ、おめでとう、ハンス！　このやろぉ！」
「おめでとう、ジェリー！　そして、ハンス……？　エリシアとジェリー、両方と関係を……？」
「ハンス。貴様に死を与える。いや、処刑だ、首吊りだー！」

二人は村に帰った時、大勢の人に囲まれた。
何が起こったのか困惑する二人だが。

「あははっ。今日の酒は、本当に上手くなりそうだ」

木のジョッキを片手に笑うエリシアを見て、この騒動の全てを理解した。

「逃げるぞ、ジェリー！」
「え、えぇ！」
「待ちやがれぇ！」
「お幸せに〜？」
「とりあえず追いかけろー！」
「まてぃハンス！　処刑だ！　わしの、わしの娘をぉおおお！」


走り去る二人と、それを追う村人たち。
彼らを見送りながらエリシアは白い泡の立つエールを一息に飲み干す。

「あー、楽しい♪　次は何をしてからかおうかな♪」


愉快な二人の今後を想像してひとしきり笑うと、背から翼を生やして二人を追いかけ始めた。