『時計とともに・・・』

ーーーチクタク・・・チクタク・・・ーーー


「・・・ん・・・あ、もぅ・・・11時・・・あと5分で・・・12時・・・」
ゆっくりと開いた一つ目は霞んできた視界をはっきりさせようと瞼を擦りそのまま周りを見て時計で時間を確認する。
壁に張り付くように備え付けられた立派で黒い大きな柱時計。
今は無き彼女の夫の持ち物であり、そして彼女の持ち物でもある。
すっかりくすんだ金属部品がその時計の刻んだ年月をしっかりと物語る。


ーーー大きなのっぽの古時計。 おじいさんの時計。ーーー


「・・・アナタ・・・アナタが逝って・・・もう・・・」
もう涙を流すまいと誓ったはずなのに愛しのアナタを思うと涙が一筋皺だらけになった皮膚を伝って床へと落ちる。
涙もつかの間。再びの眠気だろうか、先ほど開いたはずの目をまたゆっくりと閉じてしまう。
ギィ、ギィと風に揺れる揺り椅子とカーテン。
彼女は今何を夢見るのだろうか?


ーーー百年いつも動いていたご自慢の時計。ーーー


『オレが生まれてからずっとうごいているんだぞ! どうだ! 凄いだろう!!』
『でも・・アナタがつくったんじゃ・・・ない。』
『おぉっと!? 痛いとこ突かれたっ!? 』
これ・・・は・・・?
あぁ、懐かしい・・・。
アナタと私がまだ子供の頃、私と知り合って初めてウチに招待してくれたときね。
嬉しかった・・・初めて気になった異性がアナタで本当に良かった。


ーーーおじいさんの生まれた朝に買ってきた時計。ーーー


『ほら見てみろ! ココ! ・・・すっごいなぁ・・・精密にきっちり動いてる・・・』
『私でも・・・むずかしい・・・』
『ははっ! 君が音を上げたということはこれを作った人は相当な人なんだろう!』
これは・・・。
アナタと私で時計の魅力に引かれた頃ね。
ふふッ♪ アナタったらもう青年といえるような歳なのにほんと昔と変わらなかったわ・・・。


ーーーなんでも知ってる古時計。おじいさんの時計。ーーー


『あ! いけね! 螺子飛ばしちまったぁぁ!!』
『・・・だと思った。だから・・・はい。』
『あ、ありがとぉぉぉ!!!』
これは・・・。
アナタが二十歳になって時計技師を志して駆け出しの頃ね。
・・・アナタったら本当に良く螺子をほいほい飛ばしていたわね・・・。
だからこそ私が小さい螺子とか小物とか作って溜めておいたけれどもね?

よくまぁお客さんから怒られなかったこと。


ーーー綺麗な花嫁やって来た。その日も動いてた。ーーー


『・・・ほ、本当に・・・私で・・・』
『君だからいいんだ。君じゃないとダメなんだ!!』
『・・・っ・・・・うれ・・しい・・・』
これは・・・。
あら、アナタから告白を受けた日・・・。
・・・嬉しかった、凄く嬉しかった。
ずっとアナタに付き添ってちょうど5年目。
あまりの嬉しさに涙が出てきたもの。

ただ、嬉しい気持ちに涙流しすぎて3日間まともに仕事できなかった覚えが・・・


ーーーうれしい事も悲しい事も全て知ってる時計。ーーー


『頑張ったな・・・よく・・・よく生んでくれたっ・・・!』
『ハァ・・・ハァ・・・あ、あなた・・・♪』
『大好きだよ・・・♪』
これは・・・。
第一子、長女が生まれた頃のときね。
・・・幸せだったなぁ・・・。


『うぅ・・・』
『大丈夫、元気出して・・・ね?』
『オマエ・・・そうだな・・・』
これは・・・。
教会派が街に攻めてきたときね。
急襲された街を出て行ったときには身二つ、娘一人。
なんとか流れついた親魔領でまた時計技師を再開するけど・・・やっぱり最初は売れなかったなぁ・・・。
今では笑える思い出。


■ ■ ■ ■ ■ ■ 



ーーー・・・・・・チクタクチクタク・・・・・ーーー


「・・・っあ・・・いけ・・ない・・・また・・・」
意識が覚醒し目を開けようとするも、もうほとんど力を入れることができないでいた。
頑張って首を動かそうとするも、ダメ。
暫く粘るとまた眠気がやって来た。



■ ■ ■ ■ ■ ■ 


ーーー真夜中に鐘が鳴った。おじいさんの時計。ーーー


『ふ・・・ぅぅ・・・』
『アナタっ! しっかり!』
『パパ! 寝ちゃダメ!』
これは・・・。
・・・アナタとの別れのときね。
結局アナタはインキュバスになる事無くそのまま天寿を迎えてしまったね。
ベッドに横たわるアナタは近年時計細工の名工として名を残しているのよ?
一つ目の私たちは親子共々涙でいっぱいになった目でアナタの最後を看取ったわ・・・


ーーーお別れの時が来たのを皆に知らせた。ーーー


『な、なぁ・・・オマエ・・・頼みがあるんだ・・・』
『グスッ・・・な、なに?』
『柱時計・・・オレが死んでも・・・動かしてくれ。』
時計に生きて時計に死んだ名工の最後の遺言は常人には狂気染みて聞こえるかもしれないけれど・・・

『う、うん・・・わ゛がっ゛だ・・・』
『パパっ! あ、あたし・・・時計職人になるっ! なって・・・いづが・・・いづがババを゛・・・ヒグッ・・・ごえ゛る゛よ゛!!』
そのアナタらしい最後の頼みは私がしっかりと今の今まで守ったわ。
そして娘は泣きながら、時折咽ながら親愛なるアナタの後を継ぐと宣誓したわね。


ーーー天国へ昇ったおじいさん。時計ともお別れ。ーーー


『そう・・か・・・ふふっ・・・じゃあ・・・天国から・・・みて・・い・・・る・・・・ょ・・・』
娘のその宣誓にアナタはこれ以上に無いくらい輝かしい笑顔で笑って・・・
娘の頭を撫でながら・・・
しかしすぐに力が抜けた手を娘の頭から擦り落とし・・・

逝ってしまったね・・・

・・・12時00分00秒。

長針と短針、秒針が全て重なったその時に。
そういえば日ごろアナタが言っていたよね・・・
長針を私、短針をアナタ、秒針を娘・・・
それぞれに置き換えて娘と楽しそうに話ながらじゃれ合っていたのを。


ーーー今はもう動かない・・・その時計・・・ーーー



■ ■ ■ ■ ■ ■ 



(・・・ぁ・・・あれ・・・目が・・あかない・・・)
おかしいなぁ・・・
あ、声まで出ないや・・・
時計の音も・・・もぅ聞こえないや。



『よぉ、オマエ。』
あ、アナタ。
凄く・・・懐かしい声。

『長く待たせたな?』
ううん・・・そんなこと無いよ?
あ、聞いてアナタ。
私達の娘はアナタが逝った後、本当に時計技工士になったの。

『ほぅ?!』
それで私とアナタで培った技術を全て受け継いでくれたのよ。

『それは凄い! オマエの金属加工技術とオレの精密さが加われば並みの時計技師なんぞはだしで逃げ出すぞ♪』
アナタ、そんな嬉しそうに・・・大げさですよ?
でも実際その通りでしたけどね。
今は出先で大きな依頼を受けているのでウチにはいませんが。

『そうか・・・成長した娘は可愛いかい?』
えぇ! 勿論!
アナタと同じ黒曜石のような瞳と長身に私ゆずりの長い臙脂色の髪を腰までストレートに伸ばした美人になったわ!

『そうか! うむ、やはり君との娘だ。美人じゃないはずが無い!』
もぅ・・・アナタったら♪

『むぅ・・・暫くはこっちにくることは無いからあっておきたかったな。』
それはそれは・・・残念でしたね。

『まぁ、ここでこのまま喋っているのも何だから・・・』
あら、迎えに来たのでしょう? アナタ。
ですから・・・




「ぃま・・・ぃきます・・・ね・・・ぁ・・た・・・。」
『今、そちらに行きますね? アナタ。』




ーーーチクタ・・・ク・・・チック・・・タ・・・・・・・・カチン・・ーーー


ボォーン・・・ボォーン・・・ボォーン・・・


今一人の魔物娘がその生涯を閉じた。


ボォーン・・・ボォーン・・・


その時間・・・12時00分00秒。


ボォーン・・・ボォーン・・・


奇しくも夫の死に際と同じ時間。


ボォーン・・・ボォーン・・・


その部屋の外でなにやら物音がしたかと思うと?
 

ボォーン・・・ボォーン・・・


「只今。お母さん・・・・お母さん?」


ボォォーン・・・・・・・・・・


遠出から帰ってきた娘がドアを開け中へと入るとそこには綺麗な微笑を湛えて満足そうに椅子に腰掛けて眠っている母と、全ての針が重なった状態で止まって最後の12回目のベルが鳴り終えた時計だけがただただ日の光の中で美しく佇むだけだった。


ーーー今はもう動かない・・・。ーーー


【完】

・・・い、いたっ! 痛いっ!?
い、石は投げないでっ!?

魔物娘の散り際を大きな古時計の歌詞になぞって作ってみました・・・
時計=機械=ドワ娘かサイクロちゃん。=・・・よしサイクロプス、君に決めた!

・・・サイクロプスで甘甘を期待された方、ごめんなさい(ビクビク
いかがだったでしょうか?感想お待ちしています。(´・ω・)

12/09/18 09:25 じゃっくりー

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33