読切小説
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彼が私に婿入りするまで
商いをする時は知り合いの魔女に占ってもらい、その結果で商品の種類や買い入れる量を変えている。そして今日も……水晶玉に両手をかざして覗き込むように見ている。
「う〜〜〜ん‥。今日は男の方が出ていますね‥」
「男?風俗関連の事業を新たに興せって事?」
「女の方を占って、男の方が出たのですよ。普通‥恋愛関連って思いませんか?」
残念な目と溜め息で返された。
「冗談だって冗談…」
私も女。結果から直球で運命の出会いがあると想像できる。でも‥毛も生えていないような子供が相手です。ってなったとしても、ソッチの趣味は持っていないから困る訳で……いや、青い果実は熟してから頂きましょう。って事?でも‥個人的には熟すよりも、少し青く瑞々しい方が好みで‥後はどうやって引き寄せるかって事……。

いくつかのプランを固めた後、不思議と顔をひきつらせていた魔女にお札を言って、心躍りながらも、私がオーナーをしている店の1つに戻り、あれこれとしている内にその日は気がつくと夜も遅く、疲れからその日はそのまま店の仮眠室に入り‥
運命の人なら必ず会える。なら、果報は寝て待てで良いと思う。等々考えながら、そしてその日はそのまま眠った。


オーナーとして、店舗の指導のために店から店へと転々と回り、忙しさから占いの事も頭から完全に離れたある日の事。

近さから、徒歩で店の1つに向かおうと信号待ちをしていた時、早く青に変わらないかな?と信号を見て、視点を下に持っていいき‥
頭から尻尾の先まで突き抜けるような強い衝撃。はっきり言って好みド直球の好青年がそこに立っていた。一瞬にして占いの結果と数個のプランが蘇っていく。信号が変わるよりも早く、これから行く予定だった店に重要な用事で遅れる旨のメールを送り、そして‥見失わないための後追いをするために、マナーモードにして、足音を一切立てずに歩くと共に、電柱の影に隠れる度に姿を次々に変えていった。
彼があるアパートの一室に入った後、メールで知り合いのカラステングを呼び出して、そして‥過去と現在のいくつかの調査項目と今日から2週間分の行動の調査を依頼して、すぐに店に向かい、その日も忙しく過ぎていき‥規定の日の早朝。
「依頼された、調査内容を纏めました」
カラステングは両方の羽根を突き出して、その上に器用にも封書を乗せている。
報酬にウチの系列の商店のみで使える商品券を手渡して、期待に胸を踊らせて調査内容を読んでいく。

配偶者無し。
意中の女性無し。
独り暮らし。
ごく普通のサラリーマン。

最初の2つでまずは一安心。後は熟読してより綿密に練っていく。

プランが固まった頃には昼の少し前。急ぎ魔女から占いの道具を全て借りに行く間に、昼の休憩にいつも訪れる公園の女性用トイレの1つを清掃中につき使用不可にするように手配をして、知っている男女、魔物娘も合わせて数人を同じ公園に呼び出した。そして‥誰にも怪しまれないように、トイレの中で鏡で確認しながら、神秘的な雰囲気を漂わせる女性の姿に化けて、声を変える薬を飲んで、いくつか声を確かめていく。尻尾は違和感がないように服の中に隠して、その後で然り気無く清掃中の看板を片付けておく。
それから、で統計的に公園内で彼がよくいる場所に先回りをして、店を開いて、偶然を装って後は来るのを待つだけ‥。

彼が来た。私の事を興味ありげに様子を見るようにチラチラと視線を移している。
「今日、初めてお店を開きました」
私も商人の端くれ。日頃培った、お客様の心を掴んで離さない営業スマイルを全開で見せればすぐにも寄ってくる。
「占いですか。値段が見当たらないのですが‥いくらですか?」
「お客様が占いの結果に満足した分の価格です。ですから‥結果が気に入らなかったり、外していた場合‥タダでも構いません」
「分かった。なら、占ってもらおうかな」
「まずはお客様の過去から…」
魔女が私を占う時の素振りを完全に真似て、人生の分岐点。それに平凡な出来事、適当な事を2〜3割り位混ぜて話していく。

「凄いです。殆ど当たっています」
「次は未来を占います」
はっきり言って未来の事は見透せない。それにその力もない。
「お客様は生涯お金に困らない程の金運の持ち主です。試しに宝くじやギャンブルをしてみてはいかがでしょうか?」
彼が一切の賭け事をしない人なのは知っている。だからこそ、困惑を含んだ顔に変わっていくのも分かる。
一通りの料金を頂いた後、用意した人材を次々と占って彼が聞き耳を立てている事を知りつつ、結果としての信憑性を高めていく。
彼の休憩時間が終わり、公園から出ていくのと同時刻。行動範囲から宝くじ売り場、ギャンブル施設を1つづつ、余すこなく全て押さえていき、そして、空にはカラステングを張り付かせて行動をリアルタイムに報告させていく。

仕事終わりの夕刻。立ち寄ろうとしている宝くじ売り場に連絡を入れて、売った1枚の宝くじの番号を控える。後はこれを3等くらいに当選させるだけ。
「絶対に当選させるような事をしていいんですか?」
「うん。賞金は私が払う訳じゃないから。それにこの売り場から3等が出ました♪って広告にもなって、そうすれば買う人も増えて元以上取れるでしょ♪」
売り子の人間の女性はその場で開いていた口を閉ざしてしまった。

当選日の次の日。偶然を装っていつもの占い師の姿でで彼と再会。
「あの日にいつもは買わない宝くじを1枚買ったんですよ。それが本当に当たるなんて…」
興奮気味に話している。
「お客様に喜ばれて幸いです。占った甲斐があります」
「これその‥お札です」
頂いた箱の中身はイヤリング。商人の性か材質やデザインから価格を見極めようとしている私がいる。でも‥堪えて耐えた。
思えば形式的なプレゼントは渡したり、渡されたりはある。でも‥こうして笑顔で渡されるのは初めて本当に嬉しい。身につけて、落として無くしたら大変だから、家の金庫に大切に保管しようと思う。
「ありがとうございます。大切にします」
「喜んで下さって、迷って選んだ甲斐がありました」
「お札にタダで占います」
場と勢いだけど‥タダって言ったのは初めて。そして、占うフリをしていく。

「見えました。やはり金運が身から離れないようです」
「そうなのですか?」
計画性もなにも安い言葉。言った私が不安になる。でも‥彼は驚きの顔で私を見た後に、上機嫌に仕事に戻っていく。私は私でイヤリングを金庫の中に片付けるために家に戻り、
そして‥夕暮れを少し過ぎた夜。
カラステングから彼がとある賭博場に入ったと連絡を受けて、現地へ‥関係者の中でも限られた人しか入ることができない部屋。確率を制御している部屋に入った。
「オーナー。この部屋に何の用事で?」
「当たりが出やすいように、少し確率を変えようかなって」
防犯カメラの映像を元に、彼が遊んでいる台の特定して出やすいように変えていく。その結果は映像からすぐに見てとれる。
「そんなに出してしまって‥元取れるのですか?」
責任者のジョロウグモが心配そうな顔で私を見ている。
「すぐ隣でドル箱を積んでるのを見たら、頑張れば出るって思い込むよね?それと‥不自然にならないように、全ての台の確率を変えといて」
「本当に大丈夫なんですか?」
「うん。今日は当たりが多かったから、明日はきっとお客の人数が増えると思うから、その時はキュッと絞って取り戻してね♪♪」

彼はその日を境に、仕事帰りにギャンブルに通うようになっていき、最初は当たりの確率を上げていたものの、日を追う毎に徐々に絞っていき‥半年も経てば、簡単に返せない額の借金を背負っていた。
そして……
家賃滞納で追い出される寸前に彼のアパートをそのまま買い取り、新たな大家として彼の前に立ち…
「今までの滞納した分を私の会社。そうね‥逃げられると困るから、私の身近に置きたいの。だから秘書になって返してくれる?」
正直‥初めて顔を見た時の1回だけ素顔を見せたから、不安だった。でも‥逆に彼が覚えている事も望んでいる私もいる。
「返す当てがないですから、貴女の通りに従います」
彼が暫く考えて出した答え。一緒に持ってきた契約書にサインに捺印をさせて、
「身近に置きたいと言ったから、このまま私の家に連れていきます。家具は後日、業者に運ばせます。いいですね?」
「はい」
私の部屋の隣を彼の部屋にして、これで念願の彼との生活が始まる。そう思っていたでも………。




2ヵ月、3ヵ月と経っても彼は誰にも1回も笑顔や感情の欠片さえも見せていない。最初は借金ねショックと思っていた。でも‥違う。
毎日、淡々と書類に書いてある事を書いてあるだけこなしていくだけ。その姿に影で鉄仮面や機械と揶揄する者もいる。一緒に食事を摂っても本当に楽しくない。
「どこで間違ったのかな?」
笑顔と共に渡してくれたイヤリングを手に取って、遠い目で眺めで小さく呟いた。改めて思えば私が得たのは彼の身体だけ。心はここにない。
考えれば考える程に、自然と溜め息が漏れ出ていく。
そこにノックの音。私も反射的に返事を返せば、彼が入ってきた。イヤリングを慌てて隠しても既に遅い。
その時。彼の顔が初めて変わった。渡したプレゼントを見た目別人の私が持っているのだから‥。彼の不信感は誤魔化しきれない。だから‥私は全てを話した。化けたことも何もかもも。その上で憤慨し、私の元を去っても当然と思う。
「なら‥最初からそう言って下さい」
「へ?」
我ながら間抜けな声。
「占い師の方に、お金の事で一生苦労させないようにと考えて、ギャンブルに身を染めた事が自分の破滅を導いて、そして、それを戒めとして、誰とも関係を結ばないようにと考えていました」
「ちょっと待って!お金の事で一生困らせないって事は‥その……」
「折りを見て、指輪を渡す気でいました」やり方。形は違えど、私と同じ想いの彼に言葉を失うと共に、運命の相手だからこそと強く確信できる。
「占い師の姿は好みですが‥。今の貴女の方がより魅力的です」
彼の顔がどんどん寄ってきて、気が付けば唇と唇が重なって、私はその突然の出来事に両目を見開いて、ただ見ているだけだった‥。
「目を閉じて下さいよ‥」
真っ赤な彼の顔。私もきっと同じように真っ赤と思う‥。


その夜。
夫婦になることを前提に、その契りを交わすために同じ布団に入って‥お互い初めてで痛みもあった。でも、それ以上に幸せな気持ちが心の中を満たし、彼の口から囁かれる甘い言葉が私を蕩けさせる。
これまでの空白な時間を埋めるように、一昼夜の間交わり続けて、ホルスタウロスの生乳を何杯飲ませたかも覚えていない。


それから3ヶ月後。
誰もが彼の事を鉄仮面と呼ばなくなった頃。
彼から1つの箱を手渡された。中身は開けなくても分かっている。
「その‥給料の3ヶ月分が相場らしいので……」
内側に私の名前の刻印がある指輪を真っ赤な顔の彼に填めてもらい、私も彼の指輪を填める。

今夜は左手をお互いに握り、けして離さないように、愛を交わし合う。
「結婚して下さい」
「はい。喜んで」
12/11/01 23:05更新 / ジョワイユーズ

■作者メッセージ
刑部狸
「ウチの商品券。あれですよ。あれあれ。
具体的に言えば‥1枚で1000円分なのですが‥。1001円以上のお買い上げて1枚使えて、更に1回のお買い物での使用限界数が1枚となっております」

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