連載小説
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それは、名前。
――――あれから、二年と少しの月日が流れた。



 色々なことが2年間で起きたが、中でもシーフォンとタマノが驚いたのは、スピカと再会した時の出来事だった。
 彼女は、親魔物領に辿り着いて街を歩いていた二人を見つけるや否や、どうやら彼女の夫が一人で持ちこたえていたらしい衣服店『夜空の真珠糸』に連れ込んだ。

「あなたたち、見たところ結婚とかしてないわよね!? 私からウエディングドレスとタキシードを送りたいから、採寸させてもらうわね!」

「え……?」  「な……!?」

 六本ある腕を巧みに駆使し、二人が何も言わないままに、神速の手さばきで彼女は二人のサイズを測り終えた。

 「はい、完了! 出来上がりを楽しみにしてて頂戴ねっ! それと、何か困ったことがあれば絶対に力になるから、これからもよろしくお願いするわ!」

 「あ、ああ……よろしく」



 ――――それから、あれよという間に事は進んでいった。
 元手をヴィクセンの遺産から得ていたシーフォンたちは、比較的大きな、部屋の多い家を買い、そこに宿屋を開いた。
 最初の方こそなかなか人が来なかったが、シーフォンが考えたあることがきっかけとなって、儲けは得ることができ始めた。
 落ち着いてきたころに、それまでも料理の指南などで宿を手伝ってもらっているスピカから、服の完成の報せを受け、式を挙げることになった。
 指輪は二人で相談した結果、タマノの首飾りを職人のドワーフに加工してもらったものにした。後から聞いた話では、あの首飾りについていた宝珠は、無意識レベルで着けている者の魔力を高めてくれるものだったらしい。
 そしてそれから、その他の雑事のほとんどをスピカはやってのけ、驚き半分ながらも素晴らしい式にすることができた――。



           ******



「あの時は本当に、うちの妻が色々と急なことをして、済まなかったよ……」

「ハウト……、いい加減に聞き飽きたぞ、その言葉。……それに、世話になったのはほとんど俺の方だ……というのも、何度言ったか」

 その応答に、シーフォンの隣に座って苦笑いを浮かべるのは、フォーマルハウト・シーウィング。スピカの夫だ。
 タマノがスピカの世話になっているうちに、自然とこちらの二人も親しくなっていった。
 現在はシーフォンの宿内、ロビーの窓から差し込む月光を肴に、仕事に障らない程度に薄めた葡萄酒を楽しんでいる最中だった。

「そういえばハウト、スピカが最近新しく商売を始めたと聞いたが…、どうなんだ? 一体どんな事を?」

「それが……。お前とタマノさんとの結婚式を準備したことが心に残ったらしくてさ……」

「ということは……、俺たちの時みたいな事をまたやってるのか。いいんじゃないか? あれはかなりの満足度だが……。その口ぶりだと、何かあるのか? 儲からない、とか」

「儲けはそこそこいいんだがな……」

「じゃあ、どうしてだ?」

「今くらいの時間に仕事が終わって家に帰ってくるんだが……、『幸せそうな二人を見てたら、身体が疼いてきちゃった』って言って、いつにも増して激しくて、な……?」

「なんだ……ハウト、愚痴か惚気か、はっきりしろよ……」

「いいじゃないか、たまには俺が惚けたって。お前の『ほら、俺の娘、可愛いだろう?』に比べれば何でもないようなことじゃないか……。それこそ聞き飽きてるさ」

 なるほど、さっきの苦笑はそれが理由か、とシーフォンは思い至った。

「だがな……、可愛いものはしょうがないだろう」

「まったくお前は……。っと、お客さんが来たみたいだぞ」
 
見ると、ドアが開き、貴族らしい風体の青年と町娘が入ってきている所だった。

「おっと……『義賊の隠れ家』へようこそ」
 
シーフォンはいそいそと宿帳の置いてある受け付けに戻っていき、すっかり慣れた様子で部屋へと案内していく。
 しばらくしてハウトのところにシーフォンが戻って来ると、座っていたハウトが口を開いた。

「それにしても……、どうしてあんなことを思い付いたんだ?」

 シーフォンのアイデアは、貴族の人たちが隠れて遊びに来る場所の一つとして、宿屋の部屋を提供する、というものだった。
 シーフォンはあれから妖力の扱いを習得し、「他人の意識から、中にいる人物を除外する結界」というものを張るくらいのことができるようになっていたので、『使用人が捜索に来た場合にも居場所がバレない』というのが一番のキャッチコピーだった。

「俺も昔、よく家を抜け出して遊んでいたからな……あぁ、賭け事が好きだった。町娘と『遊ぶ』なんていうのは無かったが……。使用人から匿ってもらえるような、こんなところがあればと思っていたんだ」

「フラフラしていたところを探されて、連れ帰らされる……か。平凡な生まれの俺にはまず体験できないことだな、それは」

「まあ……、探す側もそれだけ、その人を大事に思ってるということでもあるがな」

「ははっ、そうに違いない」

 二人で笑いあっていると、ロビーの扉が勢いよく開いた。

「探したわよ、ハウト! やっぱりここにいたわね……!」

 闖入者はスピカだった。

「さ、今日も沢山するわよ! しーぽんやタマノちゃんに負けないくらい可愛い子が欲しいわ、私っ!」

 シーフォンはハウトの肩に手を置く。

「……良かったじゃないか、貴族の悩みを一つ体験できて、さ」

「…………」

「? 何の話かしら?」

「いや、何でも。お前たちの繋がりは深いなって話だ。……それと、シーフォンだからな」

「ふふ、それはあなたが本当に、前を向いてしっかり『スティッシー』を名乗れるようになったら一気に昇格させてあげるわ。それまではずっと、『しーぽん』ね」

「あぁ……それは頑張らないとな……。それはそうと、待ちきれないなら宿の空いてる部屋を貸そうか?」

「いえ、遠慮しておくわ。じっくりたっぷり、家でしたいから……!」

「はは……。……ハウト、お前も頑張ってくれ」

「はっ、ははは…………」

 もはやハウトの口からは乾いた笑いがこぼれていた。

「ハウト……、お前のことは忘れない。……いい奴だったよ」

「…………いや、死んでないからな?」

 バタン、と音を立て、先程と同じように勢いよく扉を閉めて二人は出ていった。

「そろそろ受付も、終わりの時間だな」

 シーフォンは宿泊客に水を配ってまわる。
 それも一段落したところで、彼の仕事は終わりを迎えた。



             ******



 自室に戻る途中の廊下で、ちょうどタマノとシーフォンはばったり出くわした。

「おお、シーフォン。ちょうど呼びに行こうとしておったところでありんす」


――――この二年で変わったことがあと二つある。


 一つ目は、猛練習の結果、『シーフォン』を、タマノがちゃんと発音できるようになったことだ。
 タマノが相談した相手は当然のようにスピカだったお陰で、シーフォンは先程のように彼女から『しーぽん』とからかわれる羽目になったのだが。

「タマノに会うと、今日の疲れも吹き飛ぶな」

「何せこんなに可愛い妻じゃからの、当たり前じゃ」

 もさもさ、という擬音を通り越して、わさわさと尻尾が音を立てる。
 二つ目の変化は、タマノの尾が六本にまで増えたことだ。これはひとえに愛の賜物である。
 当然、それだけの回数を重ねた二人の間にも、自然と子が生まれていた。
 まだまだ落ち着きを得始めたばかりで、タマノが世話を欠かさずにしている。
 
「それじゃあ今日も……するかの、シーフォン」

「ああ。部屋に行こうか、タマノ」

 そうしてシーフォンとタマノは、もはや子が生まれた今も日常と化している夜伽を行うために、宿屋内の一角、彼らの自室へと向かった。

「タマノ? どうした、服を脱がないのか?」

 ほぼ全ての服を脱ぎ去ったシーフォンが、タマノに声をかける。
 タマノが着ているのは和服で、新婚祝いとして一度ジパングにあるタマノの実家へ旅行に行ったときに持って帰ったものだった。
 
「くふっ、今日は着物のまま繋がってみるのもよいじゃろうと思っての」

「そうか。じゃあ、そのまま始めるぞ?」

 そうしてシーフォンはタマノをベッドに押し倒し、服の内側に手を入れ、彼女の形のいい乳房を揉みしだき始める。

「ぁっ……♪ しーふぉ、んぅ……! ちゅっ、ふちゅ、んんっ……♪」

 喘ぎ声も、シーフォンの名前を呼ぶことも許されずタマノはその口を塞がれ、なされるがまま舌によって口内を蹂躙される。
 そして屹立した乳首を摘ままれ身体が跳ねるが、決して口同士の結合が緩むことはなかった。
 時折熱い息が、はふ、という喘ぎとともに漏れる。二人の唾液が交ざり合い、口の端から垂れるのをシーフォンは指で救い、それを潤滑油代わりにして胸への刺激をより淫靡なものへと変えていった。

「んっ! ぅん……ふ、ぅう…………!!」

 タマノの快感が高まってくるのを感じたシーフォンは、とどめとばかりに舌を深くまで挿れこみ、彼女の身体を抱き締める。

「んむぅぅぅぅぅぅっ!! んん、んっ、んっ、ふ……っ!!」

 それだけで達するほどに、タマノはこの二年でシーフォンに骨抜きにされていた。

「なんだ、もう一回目か? タマノはずいぶんと敏感だな?」

 唇を離し、シーフォンが言う。

「こうなったのも全部、シーフォンがいけないんじゃ……シーフォンの匂いが、温もりが、全部がわっちをこんな身体にしたんじゃからの……♪」

 タマノの浮かべる妖艶な笑みは、シーフォンとタマノの旅の始まりのきっかけとなった広場での騒動で彼女が見せたものと同じだった。

「思えばシーフォンも昔は初心じゃったのにのう……今ではすっかり、わっちはシーフォンに組み敷かれていんす」

「でも、尻に敷かれてるのは俺だ。安心してくれ」

 そう言ってシーフォンが笑い、タマノから手を離して頭を掻く。
 タマノはそれを見逃さず、

「隙有りじゃ、シーフォン♪」

 シーフォンと位置を逆転し、自分が上になるとシーフォンの肉棒に手を添えた。
 そのまま前後に擦る。
 快楽にシーフォンが声を漏らすが、その手の動きは止められない。
 タマノはそして、一口に逸物をすっぽりと含む。

「じゅぷっ、じゅぶ…………♪ ほれ、シーフォン、わっちの口の中で気持ちよくなりんす……! んっ、れるっ、じゅるぅ……!!」 

「タマノ……っ!!」

 勢いよく、限界に達したシーフォンから精が放たれる。
 タマノの口を、顔を、そして着物を白濁で染め上げた。
 花柄の着物にぽつりぽつりと付いたそれは、さながら散る花の中を舞う雪のようにも見える。

「……すまない、せっかくの着物を汚してしまって……」

 シーフォンが謝るが、タマノは顔に降り積もった白雪のようなそれを丁寧に口へと運びながら言う。

「シーフォンのが汚いわけがなかろう? 身も心もわっちは清まった気分じゃ。じゃが、未だ中にまで入ってきておらんからの……シーフォン、今度は中までわっちを清めてくりゃれ?」 

 着物の裾から秘裂をのぞかせるタマノ。
 その場所は既に糸を引くほど、シーフォンへの想いが溢れていた。

「んぁっ! っはっぅあぅっ!! くぅぅぅぅぅんっ♪」

 衰えを感じさせないシーフォンの象徴がタマノを貫く。
 シーフォンのための、シーフォン専用の恥穴を穿たれ、淫らに嬌声を上げるタマノ。
 ズプズプと卑猥な水音が漏れ、その度に彼女の身体に電流が走る。
 シーフォンはタマノの着物の帯に手をかけ、するりとそれを脱がせた。

「しーふぉんっ、んぁっ♪ 着たまま繋がろうと言って……ぁぁぁあん♪」

「確かに、こういうのも悪くないが……っ、やっぱり俺は、タマノの全てが見たいんだ……!」

 そうして顕れた二つの果実を、シーフォンは荒々しく獣のような手つきで扱う。
 二人の間には子供が出来たので、じわりと先端から滲み出る液体は彼女の母乳だ。

「タマノ……っ、お前の母乳を、俺にも沢山くれ……っ!!」

「わっちもしーふぉんのっ、しーふぉんのミルクが欲しいんじゃっ♪ いっぱいいっぱい、注いでくりゃれぇ♪」

 タマノの中でシーフォンの分身が脈打ち、愛を注ぐ。
 それを皮切りにタマノの乳首からも白濁がほとばしり、シーフォンを清める。
 精と混じり、気が狂いそうなほどに甘美な乳濁の香りが立ちこめた。
 未だに身体を小刻みに震わせるタマノの乳首にシーフォンは吸い付き、口一杯に母性の汁を溜め込む。
 そのまま口づけを交わし、二人の唾液を混ぜながら、途方もなく甘いそれを味わっていく。

「タマノ……このままもう一発、イくぞ……っ!」

「うんっ、んく、ちゅ、はっ……!! あっ♪ あっあっんぁぁぁあっ…………!!!!」

 放出が行われ、タマノの蜜壺が断続的に痙攣を起こした。
 先ほど中に溜まっていた分が潮と愛液と混ざって溢れだす。

「愛してるぞ……大好きだ、タマノ…………」

 タマノが全身から力を失ってシーフォンの胸に収まると、彼は強く、これまででいちばん強く、彼女を抱き締めて、愛を囁いた。




          ******



 服を着た二人は、再び廊下を歩いていた。
 多少の倦怠感こそあるが、愛の結晶である我が子と寝るためだ。

「しかし、本当に色々なことが起きるな、この町は……。変わっていくものがありすぎて、付いていくのが大変だ」

 シーフォンがしみじみと、そう呟いた。

「シーフォンは、あまり変わりんせんな。わっちに対して大胆になったことを除けば……そうじゃの、泥棒から足を洗った、ぐらいかや?」

「そうだな、今は気持ち程度、義賊をやっている、っていう感じだ。『こんなやつが持ってる金なら、宿の飯代にした方がいい』って輩から盗るだけにしている」

「なんじゃ……続けておったのかや」

 呆れたような、しかしどこか優しい口調でタマノが言う。

「なんだか、癖が抜けなくてな……」

 シーフォンが頭を掻きながら、ばつが悪そうに言った。
 それに対してタマノはしばらく無言で歩いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「そろそろ……いいんじゃないかや?」

「……何がだ?」

「そうじゃの、今のシーフォンが義賊なら、盗んだものは誰かに与えるものじゃと思いんす。……あるじゃろう? シーフォンが最初に盗んだ、大事で……大切なものが」

「…………『本当の名前』…………か」

 もとの名前から、いくつかの文字を盗んで、残りを組み合わせた名前が、『シーフォン』。

「大丈夫じゃ。『ぬし様』ならきっともう、背負えることじゃろうと思いんす」

「…………そう、か」

 長い思考の後、シーフォンはついに覚悟を決めた。

「俺は……俺の名は……、『スティッシー・イル・フォン・アルセルノ』! これから俺は、再びこの名を背負って生きていく!」

 タマノの眼をしっかりと見つめながら、そう彼は誓った。

「シーフォンとは、これでおさらばじゃな。そして、これから大変になりそうじゃの、スティッシー! くふ、くふふっ……♪」

「なんだ、上機嫌だな?」

 言われたタマノは、たったったっ、と三歩ほど彼の前を行き、くるりと振り返って応えた。

「くふっ……♪ やはり、シーフォンよりもスティッシーの方が、呼びやすいからの♪」

「………………まったく、もう…………」


 ――――――――――――そっちの方が、目的か。

                    
                     〜fin〜
13/05/16 22:22更新 / ノータ
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■作者メッセージ
…………と、いうことで、ここまで読んで下さった皆様に、私から感謝と歓喜の声を。
初連載につき、緊張とかもしていましたが……温かい声が嬉しかったです。ありがとうございました。
それでは、またお会いできることを祈って。

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