連載小説
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第一章 知らなくていい事

見下していた相手に、抜かれる。
それは中々に屈辱的なものだ。
多くの人間が俺と同じく、自分より要領の悪い相手、自分より幾分か始めるのが遅かった相手、もしくは自分がそのやり方を教えた相手。
それらにも、自分が負けると屈辱的なものだ、要するに悔しい。
人生は分からない、数ヶ月の入学試験の日、まだ高一のガキながらそんな事を俺は悟っていた。
こいつの所為で。

〜〜〜〜〜

俺は本を読んでいた、一応の弁明だがラノベなどの物ではない。
聞くもの聞くものに聞き返されるが、この本は言う程幼児向けのものではない。
魔物があまり広まっていなかった時代の産物、魔物娘『アリス』の名前の元になった本。
実の所この娘もアリスだったのではないだろうか、ならここまで愛を持った作品を作る理由も分かる。
いや、全て俺の想像、か。
「もーもちゃん!帰ろ!」
でかい、二重の意味ででかい物体がいきなり俺に抱きついてきた。
ただでさえ文化系だってのに、そんな奴を支える程の筋肉などない、俺はその抱きついてきた奴と一緒に倒れこんだ。
息できない、相当柔らかいモノが俺の顔を覆っている、ブラくらいつけろよ。
「やーん!ももちゃん大胆!」
あ、本当にやばい、キマる、これキマるわ。
ダイイングメッセージも残さない。
俺は目の前が真っ暗になった、倒れてからずっと真っ暗だったが。

〜〜〜〜〜

死ぬかと思った。
なんなんだよ、こいつは。
家に帰りながら、そう考える。
「ごめんってー!ももちゃん・・・。」
「お前のやんわりした思考で人一人の人生が終わるところだったぞ、女王だからで済まされるレベルじゃないっつーの。」
俺を殺しかけたこの女、隊長二メートル前の、このティターニアの女。
森姫 和、俺の後輩。
色々あって小さい頃に交流があった、いわゆる旧友みたいな感覚だったが向こうからしたら幼馴染のお兄さんだったらしい。
買いかぶりにも程がある。
「だけど、ももちゃんもこんな本読むんだね〜。」
カバンを片付けていた時興味を持たれたので本を貸してやった、俺の本だからな又貸しじゃないぞ。
「だからお前の頭の上にはいつもケサランパサランが舞ってんだよ、俺はエンタテインメントじゃなくて文学としてこの本読んでいる。」
申し遅れたが俺の名前は藻城 優、高二の文系のチビだ。
この前店でゴブリンとか言われた時は盛大に腹が立った、その程度にはチビだ。
俺の言葉に和は頭をパッパッと払う、すると一粒の毛玉が落ちてきた。
その毛玉を俺は受け取ってやる。
毛玉はふるふると震えていた、それをそっと飛ばしてやった。
「ほらな?」
「まーた真奈子がいたずらしたのかな。」
「だろうな、んじゃ俺こっちだから。」
俺は分かれ道を森姫とは別方向に行こうとした、が。
がし、と俺の肩が掴まれる、側からみたら俺は相当苛ついた顔をしていたのだろう。
道行く猫が逃げていった。
「離せ。」
「あのね、今日ね、両親・・・いないの。」
「嫌だ。」
多分、家まで付き合えと言いたいんだろ、それは嫌だ。
そこから泊まりを強要するのが魔物娘であるからだ。
だって魔物娘と二人きりで泊まりとか、絶対間違い起こされるだろ。
『起こされる』な、俺からじゃないんだよ。
「幼馴染のよしみで!お願い!夜の廊下コワイ!」
「だからって家に男連れ込む事あるか!他の女子誘え!」
全力で抵抗させてもらう、魔物区画に策無し、連れ無し、防具無しで行けばもれなく仲間入りだっての。
「え〜だって〜あの部屋まだ小物とか揃ってないし〜できればできるだけカワイくしてから呼びたいの〜。」
頬に手を当て気持ち悪い笑顔で告げる、なんだそりゃ理解できん。
「し!る!か!くそこんな時だけ無駄に強い握力使いやがって!」
「えー!何それ!酷い!」
ギリギリとより肩の圧迫が強まる。
お、おい、そろそろ、まずい。
「ちょ!?おま!?いてて!いてててて!は、外れる!」
「外れる?何・・・が。」
ゴキリ、そう変な音がなった。
そして俺はその後、叫ぶ。
「ぎゃぁぁだぁぁ!?」
「ごめーん!」
だから力加減考えろっての。

〜〜〜〜〜

「君、魔法と現代医学が合体してなければ、全治三週間だったよ。」
「ありがとうございます・・・。」
あの馬鹿野郎、脱臼しててもおかしくなかったぞこの野郎。
肩をゴキゴキと動かす、うん違和感。
「まぁ魔法医学でも一週間は運動しちゃいけないんだけどね、魔法で繋いだ所はどうしても馴染むのに時間かかるから。」
「分かりました、まぁ日常生活普通にできるだけ御の字です。」
最早顔馴染みの緊急外来の先生にお礼を言う。
緊急外来でもここまで完治に近い治療ができるとは、冷静に考えると凄いよな。
「うむ、くれぐれも・・・本当にくれぐれも森姫君にはよろしく伝えてくれ、本来緊急外来とは暇な仕事なのだ。」
「暇って・・・まぁ平和はいい事ですけどね。」
まぁ魔物娘と魔法が浸透した現代社会、バスに轢かれた男性をダークプリーストがその場で完治させるとかザラだからな。
まぁその轢かれた男性、そのダークプリーストにその場で合体する事になったがな。
「俺が言って聞いてくれりゃあ、めちゃめちゃ楽なんですがね。」
言って聞いてくれないのがじゃじゃ森姫がじゃじゃ森姫である所以なんだよ。
あいつティターニアの皮被ったオーガか何かだろ、マジで。
「もーもちゃーん!」
「帰れ馬鹿。」
「取りつく島も無し!?」
だってそうだろ、俺の反応は正しい。
こいつが近くでそわそわすると碌な事がない。
すると森姫は俺の体を触り始めた。
「大丈夫?どこもおかしい所ない?」
「触んな、骨が折れる。」
「折れないよ!?」
お前この前誤って俺の骨折っただろ。
「さぁさっさと帰りたまえ、私は定時で帰るんだ。」
「いや、緊急外来が定時で帰ったら駄目でしょう・・・。」
帰るか、自分の家に。
うむ、自分の家にだ。
「じゃな!」
「え?ちょ!待って!」
俺は全速力で走り出した。

〜〜〜〜〜

どうにか森姫を撒いて我が家に辿り着く。
今日はゆっくりしようかな、また体おかしくしたし。
バンバンバン。
「もーもーちゃーん!入れてー!」
「さてと、今日は何を読むか・・・本屋に行くと駄目だな無意識に本を買ってしまう・・・本棚をもう一台買わないとな。」
バンバンバン。
「むーしーすーるーのー?なーんーでーむーしーすーるーの?」
「それでは、今日はいっそカフカ読破とでも洒落込むか、こいつは無類のタフネスが要求される挑戦だぜ。」
バンバン、メシッ。
「分かった!分かったから止めろ!今絶対やばい音したろ!」
しゃあなしに窓を開けてやる、そこから森姫は顔を出していた。
「もー聞こえてるならすぐ来てよー!ももちゃん!」
こんな時だけ少ない脳みそ有効活用しやがって、しかも準備万端だし。
「携帯携帯・・・あ、加持?今日ウチに泊まりに来ないか?あー色々あって森姫が潜りこんで来てな、守ってくれ。」
「え?守る?」
「うん、うん、あー別に構わんぞー俺が居間で寝るから、はぁ?布団持ってく?まーお前がそれでいいならいいけどよ・・・。」
携帯を閉じる、森姫は不服そうに頬を膨らませた。
「なんだよその顔、お泊まり会だぞお泊まり会。」
「べっつに。」
なんだ、こいつが喜びそうなイベントだってのに。
分からんな、まったく。
「鍵開けるから玄関回ってこい、まったく・・・。」

〜〜〜〜〜

俺は森姫の三メートルよりは近付かない様にしている。
にも関わらず。
「お前な!本棚倒すなよ!」
「ごめんなさいー!」
こいつは歩くだけで物を壊すな、車体感覚無いのか。
「唯でさえ狭いんだから、もう動くな。」
「動かないなら何してろって言うの・・・?もーももちゃんはわがままなんだから!」
「撫でるな撫でるな、この状況で何をどうすれば俺が我儘だっつー話になるんだ。」
こいつは何かにつけて俺の事を子供扱いする、それ自体はただうっとおしいだけで問題ないが、理屈が分からん。
何をどうすればこの状況で俺を子供扱いできる、それが未だ不明だ。
「まーまーそう言わずに♪」
「お前な・・・ん?」
携帯が震えた、加持からだった。
なになに、友達拾ったと。
うむうむ、まぁ構わんか。
「もう一人来るってよ。」
「誰?」
「ばり子。」
「えー?よく捕まえたね。」
この二人はおいおい話させてもらう、今は本棚の片付けだ。
とにかく森姫に棚を起こさせて、と。
「ほら、棚を起こせ、俺は本を片すから。」
俺は一冊一冊本を拾う、折角並べたのにバラバラにしやがって。
ふと、気づく、森姫は棚を掴んではいるが、分かりやすい非力アピールをしていた。
「きゃは♪のどかぁ女の子だからこんなの持てない♪」
「は?俺の目の前にはアマゾネスと腕相撲ガチンコした経験のある妖精族の皮を被った亜人族のメスゴリラしか・・・。」
棚が元の位置に戻った、森姫が戻したのだ、片手で。
やっぱり相当な脳筋じゃねぇか。
とは思ったが口には出さない、これ以上煽ると泣くから。
現に森姫は涙目でこちらを睨んでいた、頬を膨らまして全く威厳などない。
妖精の女王なはずなのにな。
「酷いぃぃ!腕相撲はやったけど!一回だけ!一回だけだから!」
「結果は?」
まぁ知ってるけど。
「勝った・・・。」
だよな、うん、証拠としては十二分。
ちなみにその場に俺もいたが、アマゾネスは泣きながらその場で彼氏を襲っていた、性的な意味で。
あの後始末面倒だったな。
「うん、やっぱりお前なメスゴ「いやぁぁぁあ!」うるさい。」
ご近所に迷惑だろうが。
「はぁ・・・ん?来たか、これサボらないで片付けておけよ。」
「くすん、くすん、うん・・・。」
いや、そんな顔をされても二メートル程の巨人に同情する気は起きないわ、こっちは150ですら届いてないと言うのに。
うだうだ考えつつ玄関を開ける、そこには男女二人がいた。
「おーす来たぞー飯を食わせろ。」
「ねーよ、いきなり随分な挨拶だなこの野郎。」
いきなり飯だの言うこいつは俺の悪友、加持 忍。
分かりやすく言うと理論系筋肉。
理論と戦術に基づいて野球をやってる訳分からない奴だ。
「いーかげん説明しろっつーの、ちょっと藻城これ一体なんの集まり?」
若干猫背気味でこっちを見てくる、こいつは雷獣の端本 来夏。
部活で軽音部をやっている、見た目は関わりづらい奴だ、見た目だけは。
「加持お前なぁ、説明くらいしてやれよ森姫が今日家で一人だって言うからウチに泊まりに来たんだよ、それでお泊まり会。」
「はぁ?アタシ着替えも何も持ってないんだけど、こいつと違って。」
加持は宣言通りに布団と山登りみたいな荷物を持っていた、邪魔だ。
流石に飯作るにも材料足りんな、買いに行くか。
「買い物行ってくる、森姫・・・は放っておいていいか、ついでに来夏も来るか?」
「あー行くわ、どうせ家もすぐそこだし。」
来夏はご近所で中坊の時はよく遊んだもんだ、今もそれなりに連んでるしな。
「荷物は奥に置いとけ、四人だと寝室じゃあぎゅうぎゅう詰めかもな。」
「男と女で分けるか、俺は廊下でもいーぜ?」
まぁそうなるか、いや部屋は余ってるから大丈夫だと思うがね。
「財布取って来る、ちょっと待ってろばり子。」
「ばり子ゆーな、じゃアタシは先に荷物置いて来るわ、どーせあそこのスーパーでしょ?」
まぁな、このあそこぐらいしかスーパーないし。

〜〜〜〜〜

色々買い物済ませて、とりあえず鍋を作った。
飯を四人分作るには鍋が一番だ、材料を突っ込むだけだからな。
だけ、なんだけどな。
「誰だ、オレンジジュース突っ込んだのは。」
なんか妙な、オレンジとも茶色ともつかない色になってる鍋を四人で囲み、弾劾する。
おかしいだろ、何故鍋に甘味を入れる。
「あ・・・タシは違うわよ、トイレ行ってたら・・・。」
「俺はさっき布団を敷いて来た、帰ってきたら・・・森姫?」
森姫はダラダラと目に見えて汗をかいている。
それ自体は何らおかしくはない、今しがた目の前で鍋が煮えたぎっているからだ。
だが、妙な笑みと明らかに視線を外しているのが非常に怪しい。
と言うかこいつだろ。
「おい、森姫。」
「ち、違う、の、私じゃなくて、そのあの、こぼした・・・。」
「零した?」
森姫は観念した様にまだら模様のオレンジ色に染まったタオルを取り出した。
そう言うことか。
「オレンジジュース倒して・・・鍋に突っ込んで、急いで取って・・・振りまいちゃった・・・てへ♪」
「はい、森姫、あんたから毒味しなさい。」
流石来夏、手回しが速いぜ。
そして加持が後ろに回る。
俺は来夏が取り分けた小皿の上の野菜を箸でつまんだ。
「ほら、手伝ってやるよ。」
その後、森姫の叫び声の所為で俺は隣に菓子折りを持って行く羽目になった。

〜〜〜〜〜

その後は男女別で寝て、朝飯をちゃんと作って皆で食べた。
そして揃って登校してる訳なのだが。
「まだ胃が・・・。」
「不味い、多い、米と合わないの三コンボだったな。」
「ごめんなさい・・・。」
全員すごく辛そうな顔をしている。
連帯責任でなんとか鍋は食い切った、森姫は俺の倍食べたが。
そんな訳で四人揃って顔が沈んでいる。
今日が週末で良かった、週明けすぐだったら絶望していたところだ。
「おやまぁ、皆さんどうしましたの?ゾンビが悪いものでも食べた様な顔ですわ。」
「大丈夫ですか?」
丁字路で二人の魔物娘に会った。
台車で運ばれている乙姫と台車で運んでいる海和尚。
乙姫の鮎川 沙奈と海和尚の田辺 甲、田辺が俺達の同級生で鮎川が森姫の同級生だ。
田辺が鮎川を連れてるのは種族的な関係って奴だな。
「田辺・・・何か持ってないか?ワカメでもいい・・・。」
「わ、わかめ?あ、いや私が持ってるのは・・・。」
「え?何?わかめ?」
おい、待て、今。
「なんで今、鮎川の事を見たんだ?」
「なんでもないです、うふふ。」
怖、何今の怖。
とにかく、話を戻すか。
俺は咳払いをした。
「昨日藻城の家で四人で大量のオレンジ鍋と言う訳の分からない物質を食べてな、その余韻でまだ調子が悪い、オレンジ鍋を払拭できる何か持ってないかと言う話だ・・・。」
「あらまぁそれは。」
「残念ですが持っていませんわね、自販機で何か買えばどうです?」
救済措置が欲しいんだよ、今すぐに。
自販機近くにあったかなと探してみると、わかめが落ちてた。
わかめ。
でかいわかめ。
田辺が来た方向に、かなりでかいわかめが落ちてた。
「あー・・・。」
来夏が察した様に頭を掻いた。
どうするかな、あれ。
「しょうがない、女子共先行ってろ、俺達あいつ連れてくから。」
「きぃつけなよ、車とか。」
「えー?なにあのわかめ?わかめなの?あれ。」
来夏は森姫達を連れて先に行った、俺と加持がそのわかめに近づく。
わかめはもさりと動いて、少しばかり白い顔が見えた。
顔に眠いって書いたみたいな顔だな。
「んぇ〜。」
「大丈夫か?若林。」
こいつは同級生のフロウケルプの若林 櫂、フロウケルプとかあんまり関係無しにものぐさで授業中も休み時間も寝ている。
だが種族的に未婚の男が近寄ると起きる、そんで捕まえようとするので若林の机付近はトラップゾーンだ。
「ほら学校行くぞ、頑張れ。」
「んぉ・・・。」
若林は起き上がってとてとてと歩き出した、俺達に向かって進んでくる。
捕まったら面倒だからな、気をつけないと。
「あーそういや朝練とかないのか?」
「今日は無いな、やればいいってもんじゃない。」
そういやスケジュールに散々口出ししたとかいってたな、まぁ結果出せば文句はないだろうよ。
「藻城は部活とかやらないのか?」
「仕事と趣味があるからな、そんな余裕は無い。」
実質一人暮らしの現状そんな事はしていられない、資金援助はあるが頼りない。
だから俺はバイトをしている、本屋の整理作業だ。
「そうか、まぁ藻城も藻城で大変だな。」
「お前なぁ俺はお前にどう見えてんだよ。」
雑談しながら歩く、なんか今日は人に会う日だ、もう一人ぐらいは会いそうだな。
いや、滅多な事言わないでおこう、本当に来るかもしれん。
「おはよう皆の衆!生徒会は君を待っている!来たれやる気のある新入生!特に男子!個人的には背の低いツンデレが好みだ!決して私の好みではないがな!」
「勧誘をしてくださいよ会長、あなたの趣味は皆の衆も興味ありませんし、あぁ人が流れていく・・・生徒会をよろしくー!」
校門の目の前、かなり上から目線に演説をするケンタウロスの小原 大奈に書記の島田 春彦突っ込んでた。
あいつなんと言うか、苦労人だよな島田は。
もう生徒会二人だけだろ、あいつらだけ。
島田はそこに運悪く入ってしまったのだ。
「おーす、やってんな。」
「あ、あー先輩方・・・ってなんで櫂連れてるんですか!?」
「そこで拾った、面倒みてやれ責任者。」
俺達は島田に櫂を押し付けようとしたが、付いて来やがった。
「いやいや!櫂とは少し家が近いだけの関係でして!保護者とかじゃないですって!」
「いーや俺らの手に負えんなぁ加持、なんとかしろ。」
「手に負えんって・・・あんたら櫂と同級生でしょうが!」
「お?お?お!おー!元気だな!貴様ら!朝から私の周りをぐるぐる回るか!」
若林の所為で止まるわけにもいかないので小原の周りを回る。
ちょうど大きい物があって助かった。
「ははは!こう周りでどたばた走り回られると私も走りたくなってくるな!ここは校内一周でも行くか!」
「頼むから動くな小原、お前に動かれると落ち着いて話もできない。」
「はる〜おはよ〜。」
「おはよう!だから櫂ちょっと捕まえようするのやめない?」
「はる〜。」
毎回思うんだがなんで若林って高校に通えているんだろうか。
疑問だ、ケサランパサランがいるのも疑問なのだが。
いやそもそも校長がアリスだからな、普通じゃないか。
「走るぞ加持。」
「おう。」
もう面倒になってきたので島田達を置いて俺達は昇降口に向かって走った。
すれ違う生徒には驚いている生徒もいるが、我関せずいつもの事だと言わんばかりに歩いている生徒がほとんどだった。
鍛えられてんな。
「はっはっはー!やはり青春は激動がなくてはな!」
ケンタウロスらしい軽やかな歩みで小原が付いてきた。
おい、島田置いてきやがったこの会長。
「付いてくんなよ、生徒会活動はいいのか。」
「正直この学校の仲間達は校門で演説したごときではほぼ動じないのだ・・・所謂 不毛ってやつだな。」
確かに、今の騒動も完全に流されているしな。
この学校の人々は相当肝が据わっていらっしゃる。
「それに私は一人で上履きを履けんからな!ケンタウロス種の悩みってやつだ!」
「手伝わねぇぞ、面倒くさい。」
まさか毎回島田にやらせてたのか、本当に不憫な奴。

〜〜〜〜〜

色々あったがなんとか教室まで着いた、のだが。
「あー・・・喉の奥からオレンジと肉と野菜が殴り合っている匂いがする。」
「どんな匂いだ、と言いたいが実際そうだからなんとも言えん。」
結局朝礼までほとんど時間が無く何も買えなかった、購買で買っていこうかと思ったのによ。
大体妙に面倒な上履きの所為なんだが。
「お前あの面倒な靴を毎朝毎朝、島田に履かせてたのかよ。」
「はは、流石にそんな事はない、通りすがる者に任せていた。」
酷い。
幾ら生徒会長とは言えやっていい事悪い事があるだろ。
ただでさえ人いないから消去法で生徒会長なんだから。
言い忘れてたが小原は俺達の同級生で島田は一年だ、つまり森姫の同級生だな。
交流って偏るときあるよな、結構な数のクラスがあるのによ。
「おーす、お疲れお二人さん、若ちゃんは?」
来夏が話してた所に入ってきた、森姫の方も問題なかったらしい。
「置いてきた、島田に押し付けたからすぐ来るぞ、ほら。」
がらっと扉が開いて、殺意すら感じる鋭い視線が見えた。
妙に遅いペースで歩みを進める、そして俺達を睨みつける、その目つきの悪い娘が若林を連れていた。
俺達の同級生であり、そこクラスの委員長。
その委員長はこちらを睨んだまま、口を開く。
「お、はよ、う。」
「はよーす、いんちょ、相変わらず朝に弱いね。」
白澤の印丁 Hだ、超低血圧で朝はとにかく目つきが悪く頭の働きが鈍い、らしい。
印丁を見てると白澤もなんだかんだミノタウロスとかと同じ獣人型だなって思うな。
「はよ。」
「はよーす、加持達に置いてかれたんだって?災難だねぇ若ちゃん。」
「はる、いた、から、いい。」
わしゃわしゃと来夏が若林のわかめをいじりながら会話する、なんか仲いいよなあいつら。
「はっはっは!いんちょは今日も遅刻寸前か!大変だな毎日!」
印丁は眉間にシワを寄せた、あそこまで迫力のある表情できる奴そうそういないな。
「うるさい、頭に響く。」
やたらドスの効いた声を発する印丁、怖い。
あれだなヤクザ映画で女性の若頭とかそんな役回りでも通用しそうだ。
「皆さんそろそろホームルームが始まりますよ、Hさん大丈夫ですか?」
田辺が俺達を嗜める、そうだないい時間だ。
印丁は大丈夫と小さく呟きながらのそのそと重い足取りで机に向かった。
「ほーら、若ちゃん動いて動いて。」
「ん。」
若林もやる気なさげに机に付いた。
そのまま若林はべちゃっと机に突っ伏す。
いつも通りだな、あいつ。
チャイムが鳴る、そこから数分。
前の扉が開いて、何かが入って来る。
教壇の上にその何かが立つ、青い羽根を少し飛ばしながら、前を向いた。
「おはよーござーます!はい!点呼とか面倒い!今日も朝から一曲いってみよう!」
セイレーンの担任がマイクとスピーカーを持って入ってきたのだ。
あんたの歌声は色々な意味でやばいんだっての。
「総員!耳栓!」
ドスの効いた声で印丁が叫ぶ。
その場の全員、慣れた手つきで耳栓を耳に突っ込んだ。
少し訂正、若林は一切動かなかった。
楽しそうに歌い始める教師を横目に皆思い思いに過ごしていた。
ついため息が出る、この担任はなんで教師として成り立ってるのか不思議でしょうがない。
噂に聞く不思議の国とやらと同じくらいカオスじゃないのかこの学校。

〜〜〜〜〜

ペットボトルのキャップを開け、中身を飲む。
うむ、水、無味無臭、無色透明な味だ。
がこんと隣の自販機が音を立てた、そちらを見ると印丁がコーヒーを買っていた。
相変わらず低血圧モードだ。
「本当に大丈夫か?印丁、なんか二割増しくらいで機嫌悪くないか?」
コーヒーを飲んでから、自販機を見つめる。
印丁は聞こえるか聞こえないかの声で大丈夫と呟いた。
「大丈夫じゃねーだろ、どうみても、保健室行くぞほら。」
手を差し出してやる、印丁は俺の手を見て、ようやく表情を変えた。
ぼっと顔を赤くして、深呼吸。
印丁は多少は調子を取り戻したらしい。
「本当に大丈夫・・・です、ごめんなさい・・・。」
目つきが悪いのは変わらないが多少優しい顔にはなった。
よく見たらクマがある、どうやら寝不足と低血圧の組み合わせであそこまで弱っていたらしい。
「なんだよ、夜更かしでもしたのか?」
「えぇお恥ずかしながら昨日の夜に幽霊番組を見てしまいまして・・・色々考察している間に夜も更けてしまいまして・・・。」
幽霊番組に考察って、流石に真面目過ぎないか。
あれだろ、今の心霊映像なんてゴーストとかファントムとかのヤラセだろうによ。
「何をどうすればあのアホの作ったもんにそこまで考え込む羽目になんだよ。」
「もしあの映像の中に本物が混じっていたらと思うと溢れ出す思考が止まらなくなりまして・・・。」
分からんでもないが、これは泥沼にはまった感じだな。
結論を出せずに同じ様な思考をぐるぐると回る様に繰り返す、そういう状態。
「そうだな、本物が無い、とは言い切れないな。」
「そうですよね・・・そうなると科学では解明できていない、もしくは科学の通用しない領域という事にはなりませんか?」
神話に乗ってる神獣の名前を持ってる奴が何を言ってんだ。
とは思ったが口には出さない、言ってたらキリがないし。
「本物が無いとは言い切れないな、それは確かだ、だが本物がある、とも言い切れないぞ。」
印丁は顔をしかめた、いや顔怖いっての。
「それじゃ卵と鶏じゃないですか・・・。」
「そりゃそうだ、だからこそわざわざ番組なんぞ作ってるわけだしな。」
分かりきった事を放送しても視聴率なんぞ取れない。
あるかどうか分からない、それが幽霊番組の存在理由だ。
「世の中には知られてないから存在を保持している物もあるって事だ。」
「知られていないからこそ存在している、ですか。」
白澤としては面白くないだろうな、自分が知らない事はそれすなわち自分の祖先が知らなかった事と相成る。
ただ下手に印丁に対してプラズマだとか幻覚だとか詭弁めいた理論を並べるわけにもいかんからな。
「あぁ・・・イライラする。」
印丁はぼそっと呟く、やっぱり不機嫌モードは治りきってないなコイツ。
印丁はぐいっとコーヒーを飲みきって、ゴミ箱に投げて、外した。
そしてどすどす足音立てながら、やけに強めに空き缶をゴミ箱に詰め込んだ。
「とりあえず休み時間だけでもいいから頭空っぽにしておけ、君は今考え過ぎてオーバーフローしてるからよ。」
「分かってます、分かってますよ・・・。」
ふらふらと落ち着かない足取りで印丁は教室に戻って行った。
大丈夫かよ、本物に。
幽霊番組、ね。
森姫が見てたら大変だったな。
昨日、俺の所にいたから見てないだろうからな。
17/04/28 22:43更新 / ノエル=ローヒツ
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■作者メッセージ
どうも、ローヒッツァンです。
印丁さんは三時限目あたりさえ越せば優しく器量のいい皆の頼れる委員長ですよ、本当に。
キャラが多めかと思いますがおそらく登場人物はこれでほとんど揃いました、あと二、三人増えるだけです、多分。
それでは、またしばらくお付き合いしていただけると幸いです。

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