読切小説
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帰らずの蜜を求めて
〜本編のような 導入部〜
貴族のお抱え料理人(ビクターの場合)

 陶製の器に入った粘り気のある液体を指先につけて舐めてみた。その瞬間に、こめかみあたりに痛みを感じた。恐ろしく甘い。
「いくら甘いものをといっても、これは違うな」
 俺はその液体を自分で作っておいて、眉をしかめた。こうなることは予想の範疇だったが、予想以上にひどい味にため息が出た。もし、これがもう少しマシな味なら、そこから調整することでどうにかできないかと考えたのだが、当てが外れてしまった。
「スポンサーがいるとはいえ、無駄使いしてしまったな」
 貴重品である砂糖など甘味調味料を限界以上に使った液体なので、薄めて何かのお菓子に使わないと、もったいなさすぎる。だが、今はそれをしている暇はない。
「しかし、困ったな」
 俺は八方塞がりなことに椅子に腰を下ろして、天井を見上げた。そういえば、調理場で腰を下ろしたのは、いつ以来だろう? 調理人たるもの、調理場では腰を下ろすなと親方に怒られた見習の日々を思い出された。
 俺は、見習の修業を終えて、親方に認められて独立した。色々なところを渡り歩いて、今はある金持ち貴族の屋敷で料理人をしている。主席ではないが、三番目ぐらいの地位だ。
 俺の歳でこの地位は、料理人としては、なかなか順風満帆の人生だと思う。つい、先日までは。
 事は先週にさかのぼる。出入りの商人の一人が、珍しい飲み物が手に入ったと屋敷に持ち込んだのだ。それ自体は珍しくもない。商人たちは、屋敷の住人からお金を巻き上げようと眉唾なものでも、さも、由緒正しきものとばかりに持ち込んでくる。
 商人の持ち込んだ飲み物は、高そうな透明なガラス製の瓶に入っていて、蜜蝋でしっかりと封をされていた。中で揺れる液体は、うっすらと赤みがかっていて、見た目には美味そうな雰囲気をしていた。その商人は、それを『帰らずの蜜』と言った。
 『帰らずの蜜』というのは、魔物の一種でアルラウネというのが作る蜜、もしくはそれを水で薄めたものだ。その蜜は甘美で極上だと言われていて、めったに手に入るものではない。
 昔、ある大貴族が、その蜜の味を知ってしまい、蜜を手に入れるために莫大な財を使い切り、最後はアルラウネがいると言われていた森に私兵を引き連れ攻め込み、帰らぬ人になった。それから『帰らずの蜜』と呼ばれるようになった。
 そんな甘美な蜜と噂が広がり、『帰らずの蜜』は、偽物がよく出回るものになった。ひどいものだと、甘蔓の汁を水で薄めて食紅で赤く染めたというものもある。程度がよくても、思いっきり砂糖を溶かしただけのものだったりする。
 偽物を買った人間が怒って、返金を求めに商人を探しても、商人はどこかに雲隠れしてしまい、代金が返ってこない。そういう意味でも『帰らずの蜜』とも言われていたりする。
 その名を聞いて、料理人で手を出す者はいない。というのも、真偽の判定が難しいのだ。なにせ、本物を見たことがない。魔界で採れる果物などは裏ルートで出回ることがたまにある。果物だと偽造しにくいし、本物を知っていれば、形や香りなどで判断できる。
 だが、この『帰らずの蜜』だけは本物というのを目にしたことがないのだ。基準がなければ、真偽も判別できない。知られているのは、とてもいい甘い香り、そして、赤い色をしているということだけだった。
 俺の雇い主は好事家で、たまに商人にだまされることもあるが、馬鹿ではない。『帰らずの蜜』に手を出すほど、愚かではない。商人の持ち込んだものを鼻で笑って、「出入り禁止になりたいらしいな」と退去を命じた。当然だろう。
 まあ、そんな折り紙つきに怪しい商品を持ち込むのは、余程、商人が金に困っているということになる。それだけで信用はなくなる。出入り禁止になるのは当たり前だ。『帰らずの蜜』は出入り商人たちにとっては最大のタブーなのだ。
 だが、商人は本物だと言い張った。そして、これまで築いた信頼を信じてほしいと懇願した。しかし、雇い主はその商人を屋敷から乱暴に追い出した。商人は、今までのお礼だといい、その瓶を置いて屋敷を出て行った。
 それで、その『帰らずの蜜』は雇い主が「毒かもしれないから、処分しろ」と家令に命じたのだ。俺は、どんな偽物なのか気になって、家令に頼んで、捨てる前に少し味を見てみることにした。
 考えてみれば、馬鹿なことをしたものだ。
 家令とともに、一応、安全のために庭の東屋へ行き、最初から毒だと思い込んで腰の引けている家令に代わり、俺がその瓶のガラスでできた蓋を開けた。蜜蝋をはがしただけで、軽く甘い香りがした。そこから蓋を開けると、周囲に甘い香りが充満した。
 甘いと言っても、バラのようなきつさはない。しかし、しっかりとした甘みを含む香りで、少し金木犀に似ている。だが、甘味に爽やかさがあるので違う香りだ。俺は料理人として、様々な食材や植物の香りを知っているが、こんな香りは嗅いだことがない。
 俺は家令と顔を見合わせた。
「これはもしかすると、本物かもしれないな。主のところへ持って行った方がいいかもしれん」
 この液体を飲みたい衝動はあったが、なんとかこらえて、家令に言った。
「しかし、得体のしれぬものを主に飲ませるわけにはいきません。毒見をせねば」
 家令は俺からその瓶を奪い取り、飲むつもりでいる。そういう目をしていた。これが毒でも、本物でも、家令に渡せば俺がまずいことになる。それが逆に俺を冷静させた。
「落ち着け。俺は料理人だ。毒かどうかぐらいは判断できる」
 家令も知識として毒を知っているだろうが、料理人の俺の方がその知識は上だ。なにしろ、料理に毒が入っていれば、真っ先に疑われるのは料理人だ。毒の特性や味を知っていれば、調理中に毒を入れられても、気づく可能性がある。そういうわけで、毒には少しばかり経験込みで知っている。
 俺は蓋を再び瓶にはめて、軽く瓶を傾けて蓋に液体をつけた。それを手の甲につけた。この程度の量で致死量になる毒はめったにない。俺の知ってる限りは、それらは匂いに特徴があるので、舐める前に気づくはずだ。
 まずは香りを嗅いだ。さっき嗅いだものと同じく、甘く爽やかな香りだ。だが、どこか体が熱くなる感じのする香りだった。知っている致死性の毒の放つ匂いはないと、ほっとした。
 そして、手の甲をなめた。手の甲を濡らしたていどの、ほんの少しにもかかわらず、口の中に広がる甘味と酸味が絶妙にまじりあい、ほんの少しの苦みが味の輪郭をはっきりさせてくる。じわりと旨味が広がり、口の中の唾液があふれてきて、その液体を飲み干したい衝動に駆られる。
 器でなく、手の甲につけてのはずなのに、味の広がりが素晴らしかった。清潔にしているとはいえ、俺の手の甲のかすかな汗や脂が混じったはずなのに、むしろ、それがこの飲み物のおいしさを最大限に発揮するかのような気がした。
「どうなのですか?」
 家令の声にはっとした。
「ああ……これは……だめだ」
「では、やはり、毒? 医師を呼んできます」
 家令が東屋を飛び出そうとするのを止めた。
「いや、これは毒じゃない。ああ、でも、そうかもしれん。くそっ! 好奇心など持つんじゃなかった」
 俺はこれを口に含んだ甘美な幸せの時間を消し去ろうと奥歯をかみしめた。
「で、では!」
「ああ、おそらく、本物の『帰らずの蜜』だ」
 俺の宣言で、このあと、屋敷は大騒ぎになった。
 雇い主は蜜をスプーンでひとさじ飲んだ途端、見たことないほどとろけた表情をして、瓶を独り占めしようとした。家族もそれを飲みたがり、ちょっとした骨肉の争いになっていた。結局は、家族も少量とはいえ、飲ませてもらったらしいが。
 瓶の中身が減っていくと、これを持ち込んだ商人の事を思い出し、家中のものに商人を探すように命じて、メイドはもちろん、庭師や厩番も街に駆り出された。だが、結局、商人はすでに街を出ており、街道を馬で追いかけたが、見つけることができずにいる。
 商人の捜索はまだ続いているらしく、早馬などが屋敷を頻繁に出入りして、雇い主は目を血走らせていた。
 そして、俺はというと、あの『帰らずの蜜』をブレンドするように雇い主に命じられたのだ。
 『帰らずの蜜』はアルラウネの作る蜜と言われているが、雇い主はそれを信じていなかった。それは俺も同感だ。
 魔界の果物は、確かにこちら側の果実よりもおいしいものが多い。だが、それは果実だからありえることだ。だが、魔物が作る蜜が甘くおいしいなど常識的に考えて、おかしい。魔物は人間を襲い殺すものだ。これが毒であるなら、まだわかるが、毒ではない。しかも、美味しくする意味が分からない。
 おそらくは、これを魔物の蜜とすることで、その製造法を詮索をさせないでいるのだろうというのが、俺と雇い主の見解だ。だが、このブレンドは正直、俺の手には負えない。俺は料理人で味覚も鍛えているが、飲み物を作るのは、少し守備範囲が違う。
 飲み物を作るなら、バーテンダー、酒のブレンダ―など、そっちに精通した者が大勢いる。だが、残念なことに、雇い主はそれらのプロフェッショナルたちに蜜を味見させるのをケチったのだ。
 あと、これほどおいしい飲み物をその場で飲み干さずに主のところへ持ってきた、俺の忠誠心を高く評価してくれたからだという。評価はうれしいが、はっきり言うと、専門外の仕事を押し付けられたのは、迷惑でしかない。
「だが、あの味を再現したいのは、確かだしな。スポンサーになってもらえて、ラッキーだと思うか」
 俺は座っていても料理はできないと、立ち上がった。
 厨房の隅を見ると、俺がブレンド法を独り占めしないように、雇い主が監視につけた若い執事が椅子に座ったまま居眠りしていた。そういえば、ここ最近、まともに寝ていないな。まあ、寝れる自信はないが。
「さて、次は花酒にハーブを入れて煮詰めて、はちみつとメイプルシロップを入れてみるか」
 俺は小鍋を洗い、新しいブレンドを試そうと、作業に入った。

 静かだった食堂に、けたたましい音が響いた。テーブルの上に並べられていたガラス製のコップがなぎ払われて、床に落ちて、割れた音だ。俺は、その音にも反応することなく、直立不動を保っていた。
 毛足の長い絨毯にコップの中に入っていた飲み物が染みこんでいく。そして、かすかに甘い香りを漂わせ、戦慄の走る食堂の空気を甘く染めていく。なんとも、空気を読めない飲み物だ。俺は思わず笑いそうになるのをこらえた。
 落ち着いた俺とは対照的に、俺と向かい合っている人物は、まるで獣のようだった。
 目を血走らせて、口角に泡まで作り、激しく俺を罵倒していた。そうされることは最初からわかっていたので、俺はさして驚かず、恐がることもなく、その罵倒をやり過ごそうと沈黙を続けていた。
 それに、獣と化した雇い主の罵倒も俺にはよくわかる。同席した同僚の料理人や、執事たちが雇い主に恐れおののきながらも、俺に同情の視線を向けているが、それは見当違いだ。もし、俺が逆の立場なら、俺も雇い主と同じだっただろう。
 ブレンドも難航していたが、商人探しも同じように難航していた。まるで神隠しにあったように商人の足取りが消えてしまっていた。
 焦れた雇い主は、ブレンドの途中経過を報告しろと言ってきて、俺は試作品の中でマシなものをいくつか選んで、テーブルの上に並べたのだ。
 試作品は同僚の料理人や、執事たちに味見をしてもらったが、誰もが絶賛する出来だった。それゆえに、雇い主の怒りが理解できないのだろう。
 だが、違うのだ。俺の今、ここに並べた試作品は、あの『帰らずの蜜』に比べれば、取るに足りないものだ。おそらく、五十分の一もその味と香りに達していない。
「これだけ、時間も金も与えて、なんだこれは?」
 やっと理解可能な人間の言葉で雇い主は俺を叱責した。
「これでは、あの蜜の十分の一程度の味しかしないではないか!」
 雇い主にしては、甘い判定だと俺は思ったが、料理人の舌と素人の舌では鋭敏さが違うのだろう。
「お前、まさか、すでにブレンドを完成させて、俺に秘密にしているのではないだろうな?」
 それを心配して、雇い主自身が初日か前から厨房に下っ端の執事を常駐させているだろうが。だが、もう、猜疑心で目も見えないか。
「あと、十日……いや、五日やろう。それまでに、ブレンドを完成させなければ、お前のその舌を引っこ抜いてやる。あの甘美な蜜を一滴でも俺よりも先に味わったバツを与えてやる。お前の舌を今まで引っこ抜かなかったのは、お前がブレンドできると言ったからなのだからな!」
 そんなことは言っていないが、反論しても意味はない。雇い主がそういえば、俺は言った事になる。理不尽だが、それが貴族の屋敷で働くということである。給金の高さは、そういう理不尽も含んでのことだ。
「何をぼさっとしている! さっさと、ブレンドを完成させろ! 今この場で、舌を引き抜かれたいか!」
 重たい樫のテーブルもひっくり返さん勢いで怒鳴ると、俺は一礼して食堂を後にした。
 というものの、ブレンドの目処は立っていない。裏ルートの魔界の果物を使用したが、それでも上手くいかない。そもそも、魔界の果物はあの蜜とは根本的に何か違う気がした。
 確かに、同じようなものを感じる。だから使ってみたのだが、違った。いってみれば、森に生っている果物と、森で獲れる鹿肉。同じ森のものだが、まったく違う。そういう印象を感じる。とはいえ、料理人の勘のようなものだが。
「どうなさいますか?」
 俺を監視している執事が聞いてきた。半年ほど前から、俺によく話しかけてくる若手の執事だ。俺が警戒しないように、親しいこいつを監視につけたのだろう。ま、他の奴よりかは、ありがたいが。
「どうもこうも、やるしかないだろう、ハンス?」
 俺は肩をすくめてハンスに返事をした。本当にそれしかない。
「では、何か新しい食材がないか、市場に探しに行きましょう、ビクターさん。こもってばかりでは、いいアイデアは浮かびませんよ」
 ハンスは俺を外に連れ出そうと、腕を引いた。食材は全てお抱えの商人が屋敷に直接持ってきている。街の市場以上に新鮮で種類豊富に。今更、外に行ったところで、新しい食材を手に入れられるわけがない。だが、打つ手のない俺は反対しなかった。
「そうだな。外の空気を吸うのも悪くないか」
 連日、厨房にこもって甘い匂いに囲まれていたせいで、頭がおかしくなりそうなのもあり、俺はハンスと街の市場へ出かけた。
 貴族の屋敷で雇われている執事といっても、そのほとんどが貴族の子弟だ。多少なりとも教養も礼儀作法もいる仕事なので、平民には難しい。大物の子弟が行儀見習いのようなもので送り込まれる場合もあるが、俺に引っ付いてきているハンスは、弱小の貧乏貴族の息子らしい。
 なんでも、こいつの曽祖父のころ、事業に成功して、こいつの家はかなりの財を成したらしい。だが、その曽祖父がかなり豪快な性格だったらしく、晩年は無理な事業展開で損害を出してしまっていたそうだ。そして、祖父はそれを理解せずに豪遊して、あっという間に財産をマイナスまで使い切ったのだという。
「でも、僕は、僕と父母、それに妹の四人が慎ましくも生活できれば、それでいいんですけどね」
 ハンスは野心のかけらも無いことを本気で言っていた。見た目からして、こいつは気が弱くて、同僚の執事たちからも格下に見られているぐらいだから、野心がないのも仕方ない。
 だが、小柄で線が細いが、女の子のように顔立ちは整っているから、社交界の女怪たちには人気の出るタイプだ。その気があれば、男たちにだって人気が出るだろう。そういうのに上手く囲われれば、お家再興もできただろうに、もったいない話だ。
 俺はぼんやりと、ハンスの後をついていっていたが、ふと、街の市場の方に向かっていないことに気づいた。
「おい、ハンス。道を間違っているぞ」
「大丈夫です。この道であってます」
 ハンスの答えに俺は身構えた。ヤバイ返事だ。油断した。
「何が目的だ? いっておくが、本当にブレンドは完成していないぞ」
 ハンスは俺が身構えたことに驚いて足を止めた。
「わかってますよ、そんなこと」
 だろうな。ハンスが厨房で見張りについてから、雇い主の命令で試作品は全て味見させた。あの、舐めただけで頭痛のする飴のようなものなど、中にはひどい味のものもあったが、忠実に命令をこなしていた。
「じゃあ、何が目的だ?」
 考えてみれば、俺を外へと連れ出すこと自体、不自然だ。もし俺が逃亡すれば、ハンスはただではすまないはずだ。
「ビクターさん、逃げてください」
「は?」
 ハンスの言葉に俺は間抜けに声を上げた。意味がわからない。罠だろうか? 俺を試している?
「このままでは、あなたは殺されてしまいます」
 ハンスの目は本気で俺を心配していた。しかし、それは俺は死ななくて済むが、お前は完全に殺されることになるぞ。
「大丈夫だよ。殺されたりはしない。ただ、ちょっと、舌を抜かれるだけだ」
 舌の抜かれた後に、ちゃんと治療してくれればの話だが、まず無理だろうな。それは言わずにおいた。
「あなたがどれだけ料理が――いえ、美味しいものが好きか知っています。料理人の命でもあり、生きがいを支える舌を失ったあなたが、生きているとはとても思えません」
 ガキのクセになかなか鋭いところをついてくる。意外と、こいつは野心さえあれば、上り詰めていく奴かもしれない。
「だとしてもだ。俺は逃げるわけにはいかない。料理人としてな」
 あと五日でブレンドを見つけることは不可能に近い。だが、ここで雇い主から逃げたとしても、あの味と香りからは逃げることはできないだろう。俺もまた、『帰らずの蜜』に囚われ、昔の俺に帰れなくなった一人なんだ。
 今は、雇い主の財布のおかげで、俺の財力では到底、手にすることのできない食材をふんだんに使える。今こそが、ブレンドを見つけ出す、最大最高のチャンスなのだ。
「だから、悪いが、お前の提案には乗れない。まあ、今の言葉は忘れてやる。さっさと、市場へ行こう。あまり遅いと、怪しまれるぞ」
「無理です」
 ハンスがうつむいて、ぼそりと言った。
「大丈夫だ。まだ五日もある。どこの誰か知らないが、そいつにブレンドできて、俺にできないはずはない。こうみえても、俺は自信家で野心家なんだよ」
「いいえ、無理です」
 ハンスは今度ははっきり言った。俺は思わず、ハンスの胸倉を掴んだ。
「うっせーガキだな。無理かどうかは、俺が決めるんだよ。てめーは、無理だといって諦めて、自分の影におびえて部屋の隅で震えていやがれ。このションベン野郎」
「あなたが決めようが、決めまいが、無理なものは無理なんです。僕は知っているんです!」
 俺の恫喝に負けずに言い返してきた。それを聞いて、俺はハンスの胸倉から手を離した。
「話せよ。何を知ってるのか」
 俺は冷静なつもりでいたが、後で考えると、多分、ハンスを殺しそうな目をしていたと思う。ハンスは顔は平静を装っていたが、足が震えていた。
「関係ないと思うかもしれませんが、大事なことです。僕の妹のことを憶えていますか? 半年ほど前、お屋敷の晩餐会に来たゲストで、僕よりも少し下の歳で、亜麻色の髪をした女の子です」
 ハンスの言葉に俺は記憶の糸をたどった。晩餐会のゲストを知っているかと聞かれたのなら、俺がメインで担当した晩餐会だろう。そうでなければ、ゲストと会うことはない。そうなると、回数は限られる。若い女の子がいた晩餐会というと……あれか。確かに、そういえば、ハンスとどことなく似ていた。
「ああ、ぼんやりだが、憶えている。確か、俺の料理が今まで食べた中で一番美味しいと喜んでくれた女の子がいた。あの子の事か?」
「はい。そうです。憶えていてくれたんですね」
 話していると徐々に記憶がはっきりしてきた。まだ少し幼いながらも、なかなかの美人であった。もう数年すれば、街で話題の女性になるだろう。こいつの家系は全員が美形なのだろうか?
「妹は兄の僕が言うのもなんですが、綺麗でかわいい女の子です。父もそう感じたのでしょう。妹には、我が家ができるだけの最高の教育させました」
 兄バカと茶化したいところだが、空気を読んで黙って聞いた。
「父は、妹を将来、有力な貴族か、裕福な商人に嫁がせるつもりでした。正妻が無理なら側室でも。そうやって、再び、ボンウッド家を再興すると考えていました」
「よくある話だな」
 上流の貴族は政略に結婚を用いるが、下流の貴族は成り上がりに結婚を用いる。変な話だが、下流の貴族では、賢い男子よりも美しい女子が生まれると喜ばれるのだ。美人の娘を嫁がせて、便宜を図ってもらったり、融資を受けたりする。
 ただ、気になるのは、「ました」と過去形のことだ。
「僕もある程度は仕方ないと思っていました。下流とはいえ、貴族の生まれですから」
「そうだな。俺たち、平民にはわからんが」
 俺は話が見えてこない、いらっとした感情をそのまま、嫌味にした。
「利用するとはいえ、父も妹の幸せを考えてくれていると思っていました。ですが、父はそんなコトはなかったんです」
 大方、どこかのジジイに嫁がせるとかだろう。それこそ、よくある話だ。はっきり言えば、若い有力な男が美人なだけの貧乏貴族の娘を嫁にするなど、一族が反対するだろうし、正直に言うと、そんな男が当主の家が栄えるとも思えない。
「お屋敷の旦那様に、ブラウニー家に嫁がせようとしたんです」
「よくある話だな」
 予想通りだった。まあ、雇い主が嫁ぎ先というのは、意表をつかれたが。
「でも、僕の父よりも上なんですよ? 正妻もいて、側室としてですよ?」
 ハンスが俺の反応に不服とばかりに食って掛かってきた。俺は平民だが、貴族の家で働いているのだ。そういう話は調理場にある鍋の数より知っている。
「俺たちの雇い主は、ああ見えても、なかなかのやり手だ。金払いもかなりいいし、約束は守る。しかも、変な趣味も無い。奥方様も少々きついが、まあ、善人の部類だ。お前の妹さんも嫁いだら、努力次第ではあるが、幸せになれると思うがな」
 半分、棺おけに足を突っ込んでいるジジイに嫁がされた幼い女の子の話もある。嫁ぎ先で、人には言えない趣味の犠牲で、心と身体を壊されてしまった女の子の話もある。
 そう考えれば、雇い主に嫁がせるのは、父親として、十分、幸せを願ってのことだと思う。下っ端とはいえ、兄が執事として同じ屋敷にいるのも、妹としては心強いだろう。
「あなたなら、わかってくれると思ったのに」
「それは残念だ。さあて、お前の無駄話はまだ続くって言うなら、俺は屋敷に帰るんだが?」
 身の上話を聞くために足を止めているわけじゃない。あの蜜の秘密が知りたいから話しているんだと先を促した。
「ええ、わかっています。話を続けます。さっき言ったとおり、妹は、できるだけ最高の教育を受けました。しかし、父は悪い虫がつかないようにと、それらの教師は全員、女性にしました。妹は屋敷の外に出るまで、私と父以外の男性を見たことはなかったでしょう」
 これもよくある話だ。家庭教師といい仲になって、気づいたら、妊娠していたということは。しかし、よくある話が多い。貴族というのは、どこかにマニュアルでも売っているのか?
「そのせいで、妹は男性が苦手です。以前は、男性に話しかけられただけで、卒倒していました」
「それはよく聞かない話だな。もしかすると、お前の父親も線の細い美男子か?」
 そういう育てられかたで、男が苦手な女は時々いるが、卒倒するほどとは珍しい。
「美男子かどうかはわかりませんが、たしかに、ほっそりとした感じで、僕は父にそっくりだとよく言われます」
「そうか。それなら、しょうがないな」
 男の基準がこいつだとすると、世間一般の男は獣か何かと変わらなくなりそうだ。だが、ちょっと待てよ?
「だけど、晩餐会のときは、俺と普通に話をしていたような気がしたが? 特訓でもしたのか?」
 挨拶に行ったときに、少女は俺に向かって、満面の笑みを向けていた。男性恐怖症の少女とはとても思えなかった。言っておくが、俺は大柄だし、何より、普通の女もびびるほどワイルドな顔つきをしている。
「いえ。少しは男性に慣れたとはいいますが、妹の話では、晩餐会のときも、はじまるまでは旦那様の顔を見て、卒倒しないでいるのがやっとだったと」
 我らが雇い主の顔も、俺とは別系統で酷いものだからな。
「ですが、食事が始まると、その美味しさに、旦那様の顔の恐さを忘れることができたと。卒倒すればこの後の食事が食べれないと考えているだけで、卒倒せずに済んだと」
「食欲が恐怖心を上回ったか」
 俺はそれが自分の料理で成しえたと聞いて、少し嬉しかった、
「なので、妹はあなたを見ても、あんな素晴らしい料理が作れる人は、顔が野獣でも素晴らしい人と思い、卒倒しなかったようです」
 何気にひどい言われ方している気がするが、まあ、我慢しよう。
「妹は晩餐会のことを父に楽しそうに話したそうで、それを聞いて、父は妹に旦那様との結婚を話したそうです。当然というか、妹はそれを拒否したそうです」
「まあ、それもしょうがないな」
「妹は、家庭教師をしていた女の手引きで家出をしました。父たちが気がついて、探したのですが、見つけることはできませんでした」
 男性恐怖症の温室育ちの少女が家出など、自殺するよりも生存率が低そうだ。
「ただ、僕は手引きした女家庭教師から、妹の行方を教えてもらいました。妹は帰らずの森に逃げ込んだのです」
「帰らずの森……」
 この街から半日ほど行ったところにちょっとした森がある。この森は浅いところは普通だが、奥に入ろうとすると、方向感覚が狂って、すぐに外に出てしまう不思議な森で有名である。
 一説にはエルフが結界を張ったのだというが、もう一つ説があって、それが今、俺が関わっている『帰らずの蜜』に関わる伝説だ。例の蜜を求めた貴族が攻め込んだ森がこの森で、蜜を独り占めするために連れて行った魔導師に結界を張らせたという伝説がある。
「女家庭教師は森の奥へと入る方法を知っていて、僕は森の奥へと入りました。そして、妹を見つけました。ですが、妹を連れて帰ることはできませんでした。もう、手遅れでした」
 執事ががっくりと肩を落とした。ああ、森の奥で自死したのか。都会育ちの世間知らずの女の子が森で生活など無理だろうしな。それで、妹さんを嫁がせる計画が過去形だったのか。俺は哀悼を心の中で捧げた。
「それで、妹を探している時に見つけたのです。『帰らずの蜜』――アルラウネの蜜を」
「なに!」
 俺は思わず、ハンスの両肩を掴んでいた。ハンスが痛そうに顔をゆがめたのを見て、手を離した。
「それを僕はビンに入れて持ち帰りました。それが、あの『帰らずの蜜』です。だから、ブレンドするのは不可能です。あれは、アルラウネの蜜そのものなのですから」
 ハンスが乾いた笑みを浮かべた。こいつは俺の努力を無駄と知りつつ、ずっと見ていたのか? しかし、妙なところがある。
「ちょっと待て。蜜を持ってきたのは、商人だろう? お前の手に入れた蜜をどうして、商人が持っていたんだ?」
「あの商人は、僕の祖父が色々と世話した商人の息子です。その恩を感じて、僕の家とはつながりが続いているんです」
 話は一応、つじつまが合う。だが、証拠はない。
「僕は蜜を実家に持ち帰りました。封をしていなかったので、その香りを父に気づかれたんです。そして、父はすぐにそれが『帰らずの蜜』と気づきました」
「知っていたのか?」
 あれほどの芳香なら知らなくても気づくかもしれないが、何のヒントもなく言い当てるのは難しい。となると、知っていたとしか思えない。
「あの伝説に出てくる有力貴族は曽祖父の代の人です。もっとも、本当は大貴族でなく、豪商ですが。その豪商に蜜を売ったのが曽祖父です。その後、豪商が破産するまで売値を吊り上げ、首をつらせたんです。そうしてあの伝説をでっち上げ、偽物を作って売っていたのです。いつの間にか、豪商が大貴族になったり、偽物の偽物が出回ったりしましたけどね」
 伝説の正体はなかなか黒い。だが、なぜか、こっちの方が納得できる。
「蜜は、父が幼いときには、まだ少し残っていたようで、その匂いを憶えていたようです」
「においの記憶は一番残るというからな」
「父は妹がいなくなった今、それを売ることで財を得ようと考えたんです。そして、僕から蜜を取り上げたんです」
 うつむいて、ハンスは首を振った。こいつにしてみれば、妹の死を悲しまず、それよりも金儲けに執心する父親は絶望だっただろうな。
「なんとなく、見えてきた。本物の『帰らずの蜜』を手に入れたからと言って、それを普通に売り込むのは無理だ。そこで、一計案じた。小さな一瓶を無料でも雇い主に押し付け、それを試させて、本物とわからせる。あとは、残りの蜜を言い値で売るというわけか」
 自業自得と言えなくも無いが、偽物が多い『帰らずの蜜』なので、売り出したところで誰も相手にしてくれない。
「ええ、そういうことです。ちなみに、お試し品を試さずに廃棄されないよう、僕が少し試して、本物と訴える予定でした。あなたが代わりにしてしまいましたが」
 なるほど。上手い作戦だが、それにしては少しおかしい。
「だが、第二段を売り込みに来ないのは何故だ? もう、禁断症状に近いものが出ているんだ。今なら、金と同じ重さでも喜んで買うだろうに」
 俺の問いにハンスは苦笑を浮かべた。
「父は三倍の重さの金と同じ値段で売るつもりでしたよ。それでも買うでしょうが。ですが、ないものは売れないんです」
 ハンスが肩をすくめた。
「もしかして、あの瓶が持って帰ってきた蜜全部というわけか?」
「ええ、移し変えるときに、少量は残りましたが、ほぼ全部です」
「よく全部をお試し品にするのに納得したな」
 手持ちの在庫を全てただで出すなんて、なかなかできないことだ。よっぽど商才があるか、バカにしか。
「僕がいつでも採りにいけると言いましたからね。それに、あれよりも少ないと、家族全員が口にしなくなるとも言いましたし」
 俺は少しぞっとした。確かに、あの量だから、雇い主は奥方や息子や娘にも少量とはいえ、飲ませたと思う。あの半分であったら、殺してでもやらなかっただろう。実際、半分ぐらい減ったところから、家族の誰にも分け与えなかった。
 だが、おかげで、今ではあの家族全員が『帰らずの蜜』中毒だ。もし、供給されれば消費量は何倍にもなるだろうし、家族の間でも競売が成立する。
「じゃあ、俺が逃げた後、お前は蜜を取りに行き、父親が雲隠れしている商人を通じて売り込み、万々歳というわけか」
 俺は言わなかったが、俺を逃がす理由は、俺のブレンドがいつかは『帰らずの蜜』に迫るかもしれない。そういう危惧をしているのかもしれないと思った。そうでなければ、俺を逃がす理由はない。蜜が手に入れば、雇い主は俺のブレンドなど見向きもしないだろう。
 じゃあ、逃げるのは得策じゃない。あの味に迫れるのであれば、俺は残り五日に賭けるつもりでいた。
「いいえ。蜜は採りに行きません」
 ハンスがきっぱりと首を振った。
「だが、それじゃあ、お前の家が困るんじゃないか?」
 俺は思わず、お節介に心配した。売り込んだ商人はうまく身を隠しているようだが、見つかって、裏にハンスの家が絡んでいることがわかれば、色々とまずいことになるだろう。
 そうでなくても、あの商人のことを調べだせば、ハンスの家とのつながりを見つけて、そこから今回のことが発覚するかもしれない。
「もう、僕の家はなくなったんです。妹を失い、父と母は別人になってしまいました。そして、僕も狂ってしまいましたから」
 寂しそうに呟くハンスの目から涙がこぼれた。
「これが、お前の復讐というわけか」
 ハンスはそれには黙ったままだった。復讐に巻き込まれないように俺を逃がすのは、ハンスの最後の心かもしれない。
「それで、逃げる算段はあるんだろうな? まさか、勝手に逃げろとか言わないよな?」
 俺は明るく、ハンスの肩を叩いた。

 ハンスの告白があった日、夜まで待って、夜陰にまぎれて街を脱出した。あらかじめ、門番に賄賂を渡していたらしく、あっさりと門を抜けることができた。
 夜とはいえ、街道を行くのは追っ手があると、星を頼りに野原を進み、小川を渡り、草木が生い茂る忘れられた裏街道をボロボロになりながら進んだ。
 街道を歩けば、半日ほどで来れる帰らずの森に着いたのは、街を出てから一日半が経っていた。
「見習いの頃に食材調達に借り出されたことがあったが、これよりもマシだったよ」
 俺は疲労困憊して大地に寝転がった。ハンスは意外とタフなのか、疲れてはいるようだが、まだ余裕がありそうだ。
「わがままを言って、すいません」
 ハンスがそれまで何度も同じように俺に謝ってきた。
「いいってことよ。逃げる手はずを整えてくれたんだ。それに、ほとぼりが冷めるまで、森の中に身を隠すのは、悪くない。この森の中に隠れているなんて、思わないからな」
 ハンスは逃亡計画を俺にした時に、一つ、俺にお願いをしてきた。
 妹にあなたのご馳走を食べさせてやって欲しい。
 俺は、森の中での調理になるから、たいした物はできないと断ったが、ハンスはそれでもいい。あなたのものであれば、妹は喜ぶと言われては、俺も引き受けないわけにはいかなかった。
 誰にもお参りされない墓で眠る妹さんに、ご馳走らしきものを供えてやりたいというのも、料理人として断れない依頼だ。
 街を出る前に安物だが簡単な調理器具を買いそろえ、それを背負っての夜逃げである。料理人らしいといえば、らしいのだが。
 逃亡途中に食べれる野草や、木の実、きのこ、鳥の巣から卵、川で上手く捕まえられた魚など、食材を集めていたのも、時間がかかった理由だった。
 森に入ってから食材を探してもよかったが、見つけた食材は後悔がないように採取しておきたい。たいした物はできなくても、全力を尽くしたいのは料理人としての意地だ。
「じゃあ、森に入りましょう。妹も待っています」
 ハンスが出発を促してきた。確かに、こんなところで休んでいるのを見つかっては、今までの苦労がバカみたいだ。俺は疲れた身体に鞭入れて立ち上がった。
「ところで、森の奥にはどうやって入るんだ?」
 森に入ってしばらくしてから、俺は素朴な疑問を口にした。もし、はぐれてしまったときに、方法を知っていれば、俺一人でも奥に入ることができる。
「簡単ですよ。目をつぶるんです。そして、あなたも嗅いだでしょう? あの香りのする方へ歩いていけば、森の奥に入れます」
 俺はもっと複雑なものを想像していたが、あっけなさすぎて、拍子抜けした。
「なるほどぉー、それはいいことを聞かせてもらった」
 どこからか、声がして、俺たちはハッと周りを見渡した。
 何人かの弓兵が俺たちに向けて、矢を番えているのを見つけた。そして、戦士に守られた雇い主と、見知らぬ中年優男が、俺たちから距離を置いて立っていた。顔立ちが執事に似ている。ということは?
「父上!」
 やはり、そうみたいだ。
「お前たちが屋敷を出たときに、後をつけさせていたのは正解だったな。まさか、俺を裏切るとはな」
「ボンウッド家再興のチャンスだというのに、お前という奴は。だから、お前はできそこないだというのだ」
 これは何を言ってもどうしょうもないパターンだな。話しぶりからすると、街でした話も聞かれていたらしい。雇い主とハンスの父親が一時休戦して、共同して俺たちの追跡をしたというのだろう。
「悪いな。森の入り方なんて聞かなけりゃよかった」
 俺は小声でハンスに謝った。
「聞かれなくても、そろそろ教えようと思っていましたから」
「それじゃあ、どっちにしても、こうなってたか」
「いえ、まだ諦めてはいけません」
 ハンスは意外にもしっかりとした肝の据わった声で俺を励ました。
「ここは普通の森じゃありません。いいですか? 僕が合図したら、目をつぶって、奥に向かって走ってください。匂いを感じる必要はないです。……妹を。妹のことを思い出して、彼女のところに行きたいと願って走ってください。妹が導いてくれます」
 ハンスはできるだけ小声で俺に言ってきた。
「妹さんの霊に導かれてか……そのまま、あの世まで連れて行かれそうだな」
 ハンスは俺の言葉に少し驚いた顔をした。
「だが、オッサンに殺されるぐらいなら、美少女に殺された方が、まだマシだよな」
 にかっと俺は笑って見せた。
「あなたに色々と言いたいことがありますが――」
「何をごちゃごちゃ話している! 言っておくが、逃げようとしても無駄だぞ。お前たちがおかしな動きをすれば、矢を射かけるように言ってある」
 ハンスが呆れた顔で何か言おうとしたが、雇い主たちはそこまで待ってくれないようだ。
「本当に僕たちを殺せるんですか?」
 ハンスが雇い主たちの方に向き直るときに、俺より半歩、雇い主側へ前に出て、俺をひそかにかばうようにした。余計なことをしやがって。
「お前たちを狙っている弓兵が見えないのか? 言っておくが、脅しじゃないぞ。こっちは本気だ」
 雇い主が合図すると、鋭い風切り音がして、一本の矢がハンスの足元に突き刺さった。弓兵はレンジャーか何かで、弓矢の扱いも長けていそうだから、狙いを外してくれる期待は薄いな。
「じゃあ、どうして、森に入る方法が分かったところで、僕たちを殺さなかったんです?」
「俺も鬼じゃない。裏切ったとはいえ、元使用人だ。情けをかけてやったのだ」
 雇い主は堂々としていたが、ハンスの父親は視線が踊っているのがわかった。オッサン、融資を受けてお家再興しようと思っているらしいが、それじゃあ、無理だぞ。
「どうでしょうね? ブラウニー様は確かに、無益な殺しはしない人でしたが、裏切り者には厳しかった。僕たちを殺さないのは、僕たちにまだ、利用価値があるからなんでしょう?」
「そ、そんなことはないぞ! この、親不孝者が! 情けをかけてもらっているというのに。地に伏してお礼を言え! 馬鹿者!」
 ハンスの父親が喚いた。それでわかった。こっちをいきなり殺すことはできない。だが、殺さない程度に怪我させるのはできるかもしれない。少しばかりマシな状況になった。
 それにしても、ハンス、なかなかやるじゃないか。本気で、こいつ、その気になれば、家を盛り立てることができるんじゃないか?
「大方、蜜のある、アルラウネの場所に案内させるつもりでしょう?」
「……ああ、その通りだ」
 少し間をおいて雇い主が認めた。だが、あれだけの香りを放つ蜜だ。しかも、この森はそれほど広大じゃない。この人数のレンジャーがいるなら、自力で探すのは難しくないはずだ。
「じゃあ、場所を教えるので、ここで見逃してください。アルラウネの蜜、『帰らずの蜜』さえ、手に入れば、僕たちに用はないんでしょう?」
 ハンスも俺と同じように考えているのだろう。相手の偽の要望にわざと乗った。
「だめだ。蜜の在処を知っているお前たちを自由にしては、蜜を盗まれるかもしれないからな。それに、教えた場所が本物とも限らないだろう?」
 なるほど。優先順位は低いが、それも本当の要望のようだ。だが、最優先の要望を教えないということは、それを知られると、こちらが有利になるようなことなんだろう。
「でも、それなら蜜の在処まで案内させて、僕たちをそこで殺すんでしょう? じゃあ、ここで殺されるのも差はないですね。今の方が、まだ逃げれる可能性があります」
「減らず口を。足の一本も射貫いてほしいか?」
 ハンスの挑発に雇い主が獰猛な声で応じた。挑発が早すぎた。まずい流れだ。交渉は向こうの方が上手だな。
「そうだ! 痛めつけて、森を出る方法を吐かせればいいんだ! ブラウニー卿、そうしましょう!」
 俺は思わず笑いそうになった。あんたは、いい父親だ。人としてはダメだがな。
「やはり、森を出る方法でしたか。そうですよね。この森は、『帰らせの森』じゃなくて、『帰らずの森』。森に入っても出られない可能性を考えますよね?」
 雇い主が鬼の形相をしている。ハンスの父親も失態に気付いた、というか、何が悪いのかはわからないが、まずいことはわかったようで、小さくなっている。
「……ふんっ。そういうことだ」
 雇い主が認めた。よし。雇い主は蜜を回収して、出てくるまでは俺たちを殺せない。
「じゃあ――」
「方法を知っているお前がいれば充分だ」
 その言葉とともに雇い主が手を挙げた。同時に、俺の右太ももが衝撃を受けて、熱くなった。
 俺の太ももに矢が刺さっている。激痛に立っていられなくなり、その場にうずくまった。
「なんてことを!」
 ハンスがあわてて、俺に寄り添い、それ以上、矢を射られないようにした。ナイフを使って、傷を切り、矢じりが残らぬように矢を抜いた。荷物の中からボロ布を取り出し、縛って止血してくれた。
「薬もないし、消毒もしてませんが、頑張ってください」
「無茶、言うな、お前」
 俺は激痛をこらえながら軽口をたたいた。
「さて、その男を殺されたくなければ、話してもらおうか? お前がその男を殺させないようにかばっているのはわかっている。下手に強がれば、その男の苦痛が増すだけだぞ?」
 雇い主の残忍な声が森に響いた。だが、俺は痛みのせいか、それが雇い主の焦りに聞こえた。
「なあ、二人は、蜜を採取するのに、協力するつもりなのか?」
 俺は身体を上体だけ起こして、なんとなく、そんなことを尋ねた。言った自分が一番驚いていたが、尋ねられた雇い主たちもはっきりと動揺していた。これは、突破口になるかも?
「蜜を独り占めにしたい。そんな衝動はこらえられるか? 甘美な蜜だ。味だけじゃなく、それを売れば、巨万の富も手に入る。二つの意味で甘美な蜜だ」
 雇い主たちがお互いに顔を見合している。
「自分が独り占めしないと考えていても、相手の男はどうだろうな? 信用できるのか? お前の隣の男を」
 俺の言葉で雇い主たちの間に亀裂が入っていくのを目に見えるように感じた。
「お、お前がそんな心配する必要はない!」
 ハンスの父親がプレッシャーに負けて喚いた。こいつ、メンタル弱すぎるな。ダメ貴族の典型か。
「そうだな。だが、俺が死んだあとは、お前の番だぞ? どうせ、俺たちを囲っている兵はみんな、雇い主の子飼いだろ? お前を守っている戦士もな」
 俺の言葉にハンスの父親は、護衛の戦士のそばを少し離れた。
 雇い主は汚れ仕事をする人間を囲っているという話は聞いている。実際に会ったことはないが、ここにいるのは、多分、そいつらだろう。金と契約に忠実な犬たちだ。
「余裕だな」
 俺の言葉に最初は動揺したが、今は平静を装っている雇い主を見た。
「だが、いくら子飼いといっても、あの香りと味を知れば、どうだろうな?」
 俺は揺さぶりをかけ続けた。子飼いたちがどう思おうが、雇い主を揺らせることができればいい。だが、雇い主はその巨体らしく、なかなか揺れない。
 ちっ! ハンスの父親がちょろ過ぎるせいで、こいつが強敵に見える。
「ふん。そんなもの、俺と……そこの執事が二人で入ればいいだけだ」
 おいおい。自分の雇っている執事の名前も覚えてやっていないのか?
「お前、雇い主に名前も憶えてもらってないんだな?」
「きっと、あなたもですよ。ブラウニー様は、下の人間の名前を憶えていませんから」
 ハンスが苦笑いを浮かべた。そういえば、俺も名前呼ばれた記憶がないな。
「退職したくなったな。ひどい雇い主だ」
「安心しろ。お前らは、とっくにクビだ」
 雇い主があっさりと解雇してくれた。
「これで、あんたは、もう元雇い主だ。忠義は尽くす必要はないな」
「なに? これまで散々裏切っておいて、今さら何を」
 元雇い主の怒号を無視して、俺はハンスに向かって、できるだけ、大きな声で、はっきりと言ってやった。
「ハンス! ここにいる全員に、森を出る方法を教えてやれ。そうすれば、全員が『帰らずの蜜』を手にするチャンスがもらえる。早い者勝ちだ」
 俺の言葉にハンスの顔が明るく輝いた。
「その男を殺せ!」
「殺せば、しゃべるぞ!」
 元雇い主の命令に間髪入れずにハンスが怒鳴った。おかげで、元雇い主は矢を射掛ける合図を送れずに硬直した。
「少しでも攻撃してみろ。森を出る方法をしゃべってやる」
 改めて脅した。これで、俺を殺せなくなった。
「立てますか?」
 ハンスは俺の背負っていた荷物を下ろさせて、茂みをかき分けるのに使っていた木の棒を支えに持たせて、俺を立たせた。
「なんとかな」
 立てはしたが、出血は止まってないし、右足は踏ん張りがきかない。だが、変な興奮状態のせいか、痛みはそれほどでもなかった。多分、気のせいだろうが。
「杖で身体を支えれば、なんとか歩けそうだ」
 正直、どれだけ歩けるかわからないが、泣き言を言える余裕はない。
「じゃあ、行ってください。森の入り方はわかってますね?」
「ああ……妹さんを思い出して、会いたいと願うだったかな?」
 違う方法も言っていた気がするが、下手に考えると痛みを思い出しそうで止めた。
「ええ。そうです。それで合ってます」
 うれしそうな顔をするなよ。俺の記憶力をなめるな?
「お前ひとりで大丈夫か?」
 俺が心配しても、どちらかというと、俺の方がお荷物だが。
「安心してください。けが人のあなたなんか、すぐに追いつきます」
 ハンスの笑顔が眩しかった。
「そのセリフには呪いがかかってるって知ってるか? そういったやつは、たいてい追いつけないんだ」
「ははは。知ってますよ。でも、そうなれば、あなたは森から出れなくなるだけですから。大したことじゃないでしょう?」
「違いない」
 俺はハンスを置いて、森の奥へと身体の向きを変えた。
「一本でも矢を放てば、しゃべりますからね!」
 背中でハンスが改めて牽制している。その声を追い風に、俺は森の奥を目指した。
 目をつぶれと言われたが、そんなことしなくても、歩くたびに痛みがして、視界が歪む。目を開けていても無意味だ。立ち上がった時の痛みが弱まったのは、やっぱり、気のせいだったようだ。
 妹さん――確かに、美少女だったな。綺麗に着飾って、髪も綺麗にまとめて。だが、俺は、俺の料理を褒めてくれた時の、あの笑顔が印象的だ。
 あと二年もすれば、体つきも大人になって、いい女になっていただろうに。どうして、金持ちたちは熟れる前に収穫しようとするんだろうな? 野菜や果実も早いほど珍しいと言いやがる。旬には早いものなんて、たいして美味くもないのに。
 だめだ、だめだ。妹さんの事を考えなくちゃ。
 亜麻色の髪が綺麗だったな。白い肌は上等のミルクのようにいい匂いがしそうだったな。赤みのさした頬はおいしそうなリンゴみたいだった。キラキラした琥珀色の瞳が飴細工のよう……食べ物ばっかりだ。
 そういえば、俺は強面で貧乏だったから、女には縁がなかったな。同僚たちと付き合いで、女郎買いにいったが、金の無駄の気がしたんだった。そこの支払いと同じ金で、もっと気持ちよくて、腹の膨らむものを作れるとか思ってな。
 料理馬鹿。いや、美味しいもの狂いか。
 どっちにしても、また料理できるかな? いや、美味しいものを食えるかな?
 そうだ。妹さんに料理をふるまうのに、材料も道具も置いてきたんだ。まあ、森なら、調理法は色々ある。ハンスの奴も荷物を持って追いついてくるかもしれないしな。
 あれ? 痛みが無くなってる。
 ていうか、地面が目の前にある。俺、いつの間にか、倒れてる。
 右足というか、下半身に感覚がないぞ。それに、妙に寒い。
 あ、これ、まずいな。
 ああ、こんな時に、いい香りが、あの蜜の香りがしやがる。死ぬ前に、あの蜜を死ぬほど飲みたかったな。希望する死因、アルラウネの蜜での溺死。あははは、多分、世界一幸せな死因だな。
 あー、ハンス。悪いな。呪いの言葉は、俺の方についてきたみたいだ。だから、お前は生き残れよ。

 甘く爽やかな香りに包まれて、粘り気のある水音に俺は目を覚ました。
 いつの間にか、仰向けになっていたようだ。俺は上体を起こして、寝ぼけた頭と目で周りを見渡した。
 そこは木々が途切れて、ちょっとした広場になっていたが、広場の中央には少し大きい木がぽつんと一本生えていた。俺はその広場の中ほどで寝ていたようだ。
 そこまでは別段おかしくない。ただ、空が紫色に染まっている。
 夕方とはちょっと違う、なんとも言えない微妙な妖しい色合いだった。そして、周辺の下草も俺がよく知るものではなかった。ただ、その中の一つは見覚えがあった。
「バーイアッハーブ」
 以前、料理で使ったことがある。滋養強壮の作用が強いハーブで、それをふんだんに使った料理を作らされた。それを食べた死にかけのジジイは、その晩に若い嫁さんを孕ませた。だが、これは魔界にしか生えないハーブのはず。
 俺ははっとした。ここは魔界なのか?
 そこで思い出したように足を見ると、傷は治療されていた。傷口に大きな葉っぱがあてがわれ、柔らかいツタで縛って止めていた。少し動くと、痛みはするが、我慢すれば普通に動ける程度には治っている。
「いったい、だれが? ……あいつが追いついて、俺をここまで運んだのか?」
 体格差からすると、少し考えにくいが、それ以外は解釈しようがない。
 俺はハンスの姿を探して、もう一度あたりを見渡した。そして、奇妙なものを見つけた。
 どうして、一度目に見渡したときに見落としたのかと思うものだ。
 広場の中央に生えている大木の根元に、一輪の百合が咲いている。おおよそだが、人間ぐらい大きい百合の花が。
 俺はその百合の花の方へと少し痛む足を引きずりながら歩み寄った。
 百合の花は近づけば近づくほど、予想よりも大きかった。人が数人は入れるほどの大きさがあった。現に、花弁の中に人がいる。しかも、二人も。それでも、まだ花弁の中は一人分は十分余裕がある。
 花弁の中の二人は女性だった。一人は妖艶な成熟した女性で、薄く緑がかった肌をしていたが、不思議と嫌悪感はなかった。弾力がありそうなプリンのような立派なふくらみの胸と、たわわに実った桃のような熟れたお尻。それら二つを強調するかのように細くくびれた瓜のような腰。ストレートの長い髪は、淡い赤をしており、紅ワカメの千切りのようで、口に含みたくなる。男性を欲情させる造詣を集約したような、おいしそうな身体をしている。
 もう一人は、打って変わって、成熟前の若い女性だ。こちらも、薄く緑がかった肌だが、成熟した彼女に比べると幾分か白さがあった。収穫直前のトマトのような瑞々しい張りのある女性として十分な胸と、小ぶりだが、ゆで卵のような滑らかさと弾力、それに引き締まったお尻。そして、こちらもそれを強調するくびれた腰がナスのようであった。亜麻色の髪を黒のネットに包んで、上質の小麦のパンのようでおいしそうだった。こちらも成熟した女性とは違う方向で、男を誘う、味わいたくなる身体をしていた。
 ただ、残念なことに、二人の顔はよく見ることはできなかった。おそらくは、かなりの美人であることはわかるのだが、二人は互いに抱き合い、そして、口づけをしていた。お互いの手がそれぞれの身体をまさぐり、その妖艶な営みを飽きることなく続けていた。
 そして、二人の入っている大きな百合の花弁の中には、赤く染まった液体が満たされていた。それが何かは、俺は飲まずにわかる。『帰らずの蜜』、アルラウネの蜜だ。彼女たちの腕に巻きついたり、髪を飾る小さな、というか普通サイズの百合の花より、それらの蜜が雫をたらし、花弁の中を蜜で満たしていっていた。
 彼女たちが甘い吐息を漏らすたびに蜜が増えていく。この二人の営みによって生み出されるのが、あの蜜の正体なのだ。植物のようで、植物でないと感じた、俺の直感は、ある意味正しかったようだ。
 しかし、目の前で繰り広げられる、女性同士の果てのない交わりは、いくら、女性に関心の薄い俺にしても、目のやり場に困るというか、目が離せない。
 股間のものは、駆け出しの頃みたいに、勢いよく固くなっている。足の傷よりも、痛いと思うぐらいになっている。俺はここで自分のものを慰めようかと真剣に悩んだ。
 いや。むしろ、オスの本能が、あの中に飛び込んで混ざりたいとうるさく駄々をこねている。直感でわかった。俺は――
「あら? お気づきになったのですね?」
 キスをしていた、妖艶な方の女性が俺のことにやっと気づいてくれた。顔立ちは、俺の予想通り、いや、予想以上に美人だった。ほっそりとしたあごのラインと、切れ長の目が涼やかで、しっかりした大人の知性を感じさせる顔立ちだった。瞳が銘酒の杯に入れられたアメジストのように美しかった。
「……あ。あの、ここに亜麻色の髪をした、小柄な男がいませんでしたか? 俺の連れなんです」
 俺はしばらく見とれていたが、残念なことに、しなければいけないことがある。断腸の思いで用件を口にした。
「いいえ、あなた以外にいませんでしたよ」
 妖艶な女性は若い少女を身体の前に抱きしめながら、俺に答えた。
「じゃあ、誰が、足の怪我を手当てしてくれたんだ?」
「私です」
 そういって、恥ずかしそうに彼女に抱きしめられていた少女が俺の方を向いた。その顔を見て、俺は、あっと声を上げた。
「お久しぶりです、ビクターさん」
 少女が、全裸だがスカートを摘み上げるようなそぶりをして、貴族令嬢のお辞儀をした。
 印象的な琥珀色の大きな瞳をし、うっすらと頬を染め恥らうように微笑む卵形の顔立ち。すこしばかり――二歳ほど大人びた雰囲気にはなっているが、間違いなく、彼女はハンスの妹だ。
 俺は知り合いとわかり、急に羞恥心が襲ってきて、顔を背けた。
「私たちの交わりをあれほど熱心に見ていたのに。いまさら、目を背けても遅くございますよ」
 妹さんが言うのももっともだ。俺は顔を赤くしたまま、正面を向いた。
「リララ。彼が気づいたのを知っていたの?」
 成熟した方が驚いた声を上げていた。こちらは、本当にさっきまで俺に気づいてなかったのか。
「うふ。ええ、彼が身体を起こしたときから。でも、ネリラは私との交わりをとても楽しんで味わっていたので、言わないでおいたんです」
「そ、そういうことは、言ってちょうだい。はずかしい……」
 成熟した方が緑色の顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
 とりあえず、今の会話でわかったことがある。
 妹さんの名前が、リララ。見た目は可憐な少女だが、ちょっと小悪魔。成熟した女性の方は、ネリラ。しっかりした妖艶なお姉さんのように見えるが、ちょっぴりドジっ娘。
 ……いや、わかったから、どうということはないが、少なくとも、名前で呼べるのは面倒がなくていい。
「えーと、リララちゃん、手当てしてくれて、ありがとう」
 人として、感謝を伝えることを忘れては、人でなくなるというのが、数少ない、俺の親父のまともな教えだ。他はろくでもなかったが。
「お礼を言われるほどのことじゃないです」
「そ、そうです。当然のことです」
 リララとネリラが頬を赤く染めて言ったが、頬を赤く染める要素なんてあったか?
「でも、リララちゃん、俺はてっきり……」
「森の中で死んでいるものと思いました? 確かにそうですね。ネリラに出会って、魔物にしてもらわなければ、死んでいたと思います」
 俺は何か言おうと思ったが、言葉が出てこない。魔物になってしまったら、もう人間の世界には帰れない。だが、生きていられたのは幸いといえる。たとえ、どんな形でも。
「そんな顔をしないでください。私は、魔物になれて幸せなんです」
「幸せ? 人間をやめたことが?」
「ええ。だって、人間でいたら、私はあの出来損ないの豚のような男に体中を舐められて、身体の中に汚らしい豚の性器を入れられて、腐ったミルクよりも匂うものを私の種子にかけられていたのですよ?」
 元雇い主、少しだけ同情するぜ。
「私は魔物になることで、豚と結婚させられることを避けれたんです。幸せと思いませんか?」
 俺は何も言えなかった。貴族なら当たり前。そんな一般論はここでは無意味だ。考えてみれば、俺も似たようなものだ。人間の世界に戻って、もしまた働けるようになっても、格が高いというだけの美味しくない料理を作らされることになるのだろう。
「そんな顔をなさらないで。私はあなたが来るのを待っていたんです」
 リララが俺の表情を見て、彼女は花の中から動けないが、俺の方へと精一杯、腕を差し出した。俺はそれに誘われるように、百合の花へと近づいて行った。
「以前、美味しいお食事をご馳走していただきました。今日は、私たちの蜜を存分に味わってください」
 百合の花が揺れて、中の液体が波打った。それにともない、かぐわしい芳醇な甘い香りが広がり、甘みの中の爽やかさが身体の疲れを癒していくような、それでいて、精力的にするような感じがした。
 俺が追い求めていた蜜がこんなにもたくさんある。なんだか、これをブレンドしようと思った俺はバカに思えてくる。できるわけがないじゃないか。
「それじゃあ、遠慮無しにいただくとするよ」
 俺は腰のベルトに引っ掛けておいたため、かろうじて残っていたコップを取り、蜜をすくった。蜜の水面が、彼女たちのちょうど股間の辺りなので、変に緊張したが、意識しないことに集中した。
 コップの蜜は、あの東屋で嗅いだときと同じ香りがした。俺は、期待をこめて、それを口に含んだ。はじけるように香りが鼻を抜けて、口いっぱいに広がる。舌に乗る液体が絡みつくように甘味と旨味を際限なく与える。わずかな酸味が口の中の甘さゆえのベタつきを払拭して、リフレッシュをしてくれる。俺が作った、どの試作品よりも美味な蜜だった。
 だが、最初に、あの東屋で味わったものより、少しばかり、物足りないものがあった。
 これで十分美味いのだが、あの時はこれ以上だった。味を美化したのか? いや、料理人として、それは無いと思う。
 俺が悩んでいると、リララが声をかけてきた。
「さすがは、料理をする人ね。この微妙な差を気づくなんて」
「ほんとだわー。さすがよねー」
 ネリラが嬉しそうに同意した。
「そんなコップなんて使わずに、手ですくって飲んでみて。わかると思うから」
 俺は意味がわからなかったが、手を蜜に差し入れた。彼女たちの脚に当たらないように気をつけて。そして、両手ですくった蜜を結構、こぼしながらもすすり飲んだ。
「これは!」
 最初に味わった、あの味だ。
「全然違う! なんだ、これは?」
 俺は呆然となった。コップですくうのと、手ですくうのと何が違うというんだ?
「俺の……汗?」
 それだけじゃないだろう。汚い話だが、脂や垢も関係するかもしれない。
「きゃぁあ! すごいわ。すごい!」
 リララが花びらから飛び出さんばかりにして、俺に抱きついてきた。張りのある柔らかいものが、俺に押し当てられる。いや、ちょっと、これは気持ちいいじゃないか。
「ネリラ、ネリラ。本当に言い当てちゃいました。すごいですね、すごいですよね?」
「え、ええ。そう思うわ」
 ネリラさんが引いている。二人のテンションが違いすぎる。
「私たちの蜜は、あなたの汗や老廃物、体液で味に深みが増すんです」
 ネリラが俺に説明してくれた。
「俺の?」
 そんな特殊能力など聞いたことがない。
「あったとしても、どうしてそうだとわかった?」
 俺の純粋な質問に二人は顔を見合わせて、息を揃えた。
「一目あったその日から」
「恋の花咲くときもある」
「見知らぬ百合と」
「見知らぬあなたに」
「絆を取り持つ」
「「ピンチでランデブー!」」
 決めのポーズを取られても、そんな、やりきった満足そうな笑みを浮かべられても。
「意味がわからん」
「細かいことを気にしては、だめよ。料理でも適量とか、少々とか、曖昧なところがあるでしょう?」
「とにかく、運命を感じたのです。極限で覚醒して、この人と一緒になるしかないって感じで」
 リララとネリラに強引に言い含められた気がする。だが、気になる単語がある。
「一緒に?」
「私たちと一緒にこの花弁の中で過ごしましょう。そうすれば、この蜜はもっと美味しく甘美なものになるの」
「美味しいものは大好きでしょう? 私たちと一緒に美味しい蜜を作りましょう」
 リララとネリラが俺を誘惑するように艶かしくポーズを取った。俺は、その魅惑的な姿と、なによりももっと美味しくなるという言葉に、頷きそうになったが、彼女たちの目がメスの目であるのに気づいて、ハッと我に帰った。
「……あぶない。あんたらが魔物ということを忘れるところだった。俺を蜜の中に誘い込み、俺の養分を奪って、蜜を美味しくするつもりだな?」
 俺は寸でのところで命拾いしたようだ。
 教団の神父たちが色々と神のすばらしさと、魔物の邪悪さを宣伝しているが、そんなものを鵜呑みにするほどバカじゃない。だが、魔物は油断ならないものだというのは、間違いない。
「養分……あながち間違いじゃないけど……」
「やっぱりそうか!」
 リララの言葉に俺は警戒心をマックスにした。
「リララ! ああ、違うのです。誤解なのです」
 ネリラが焦るように弁明をしようとするが、話は聞けない。
「でも、考えてみて。それなら、手当てなんてせずに、あなたを蜜の中に放り込んでいるわ」
 リララの言葉に俺は詰まった。確かにそうである。だが、そうしなかった裏がある?
「私たち魔物は、人間の男性の精を糧にしているのです。精は自然に回復するので、回復した分を頂くだけで、それ以上をもらうことはないです」
 俺が固まっている間にネリラが説明を始めた。
「私たちの蜜は精を回復する作用もあるから、蜜を飲めばすぐに精が回復するわ」
 リララが説明を補足した。
「そうして、俺はお前たちの食料として、飼い殺されるというわけか」
 俺がそう吼えると、ネリラが目に涙を浮かべた。俺はその涙に不覚にも動揺した。
「……違います。私たちは、あなたと幸せになりたい。ただ、それだけなのです。それが、そんなに、いけないことなんですか?」
「ああ、ネリラ。泣かないで」
 リララが、ネリラの瞳からこぼれる涙を舌でぬぐった。その官能的な姿を俺は呆然と眺めていた。
「信じないのなら、信じなくていい。それなら、この森を出て行って! もう、私たちの前に姿を見せないで!」
 リララも目に涙をためつつも、気丈に俺を睨みつけていた。
「ああ……だけど、一つだけ、訊いてもいいか?」
「なによ?」
「なんですか?」
 俺は質問してしまったら、多分、終わるなと思った。だが、半分願ったことじゃないか。男なら覚悟を決めろ。
「はっきりいって、俺は不細工だ。顔は強面だし、性格はひねくれている。料理が好きで、美味しいもの好きな、そんな野郎だ」
 リララとネリラは黙って聞いている。
「お前らは、そんな俺のことが好きなのか?」
 沈黙が流れた。森の木々がざわざわと葉がすれる音を立てるだけの時間が過ぎる。
 頼む! 否定でもいいから、なんか答えてくれ。沈黙が、沈黙が俺の台詞を恥ずかしくしていくから!
「そんなの……きまってるじゃない」
「女の口から、言わせるつもりですか?」
 リララとネリラが顔を赤らめて、モジモジと身体をゆすっている。そのせいで、蜜が波たち花弁の外へとこぼれている。いや、蜜を垂らしている百合の花が、すごい勢いで、蜜を供給しているようだ。
 今までよりも甘酸っぱい香りが漂う。ああ、彼女たちの感情が蜜の味を左右するのか。なら、この香りと味は、答えなんだろうな。
 俺は蜜を指先につけて舐めた。二人はその行動にちょっと驚いた表情をした。
「悪かった。答えはわかった。この蜜の味でな。味は嘘をつかない」
 俺は料理人らしく決め台詞を言った。ふっ。決まったか?
「えーと……普通、私らの態度でわかんない?」
「ちょっと、変態さんっぽい……」
 俺はショックを受けて、うなだれたかったが、それよりも先にすることがある。
「疑って悪かった。女にもてたことがないんでな」
 リララとネリラが期待に顔を輝かせている。ちょっと、メスの顔もしているが、もう、恐くはない。そう。最初から恐くなどなかった。
「今更だが、俺もお前たちのことが好きだ! 大好きだ! ああ、最初見たときから、その中に入りたくてしょうがなかったんだよ!」
 俺は服を脱ぎ去り、花弁の蜜の中に飛び込んだ。
「え? え? あー!」
 俺は蜜をあふれさせ、体中を蜜だらけにしながら、驚いている二人を抱き寄せた。
「これからよろしくな。俺のかわいい花嫁たち」
 誓いのキスを二人と交わした。
「「はい。旦那様」」
 リララとネリラの声が綺麗にハモり、甘い香りがより一層、甘くなって、森中を包んだ。
 どうやら、俺も『帰らずの蜜』の虜となって、帰れなくなった一人になったようだ。


〜どちらかというと、本編〜
リリラウネの夫婦生活(リララとネリラの場合) 初夜編


「精というと、やっぱり?」
 俺は二人の妻を娶って、すぐに気になっていたことを聞いた。
「はい。男性の精液です」
「でも、唾液とかにも含まれているし、汗とかも。結構、なんでも含んでいます。だから、そばにいてくれるだけでも精をもらえるんです」
 そういって、リララが俺の腕に抱きついてきた。形のよいおっぱいが俺の腕で変形しているが、俺の腕を押し返す弾力は若さなんだろう。
「一番濃くて、効率がよくて、気持ちいいのが精液なだけです」
 ネリラも負けずと、反対の腕にしがみついてきた。こちらは柔らかく、変形して、俺の腕を包み込む。二人とも甲乙つけがたい感触だ。そもそも、誰が一番なんて決めなくてもいい。
 だが、リララとネリラの説明に俺は股間を見下ろした。
 嫁は二人だが、俺のものは一本しかない。といっても、二本あっても困るが。
「そんなコトは気にしないでください」
「そうです。大きいさなんて飾りです。エロい人にはそれがわかってないんです」
 いや、そうじゃないんだが……。というか、比べたことなかったが、そうなのか? 落ち込んでいい?
「私たちは繋がっているから、どちらかが気持ちよくなれば、もう一方も気持ちよくなるんです。だから、どちらが先とか、どちらが多いとか、気にしないでください」
「でも、できれば、交代で順番にかわいがって欲しいな」
「それはそうだけど、あまり締め付ける悪いわ」
 わかってて、言いやがったな。こんちくしょうめ。かわいがってやるよ。二人とも、順番を覚えていられないぐらいにな。
 どちらを先にキスしようか考えたが、ネリラにした。さっき、俺の誤解とは言え、ネリラを泣かしたからな。まあ、リララも怒らせたんだが。
 俺が顔を寄せると、文字通りパッと花が咲いたような笑顔で、ネリラは俺の方に顔を寄せて、唇を重ねた。
 さすがはというか、キスといっても、積極的にネリラは俺の口に舌を入れて、俺の唾液を舌で絡め取ろうとした。俺の舌とこすれあい、彼女の唾液も俺の口の中に染みこむ。
 まったりとしたふくよかな味が口の中に広がる。鮮烈さはないが、いつまでも、いつでも、飽きることなく飲んでいられる。そんな安定した味だ。蜜とは違い、穏やかな気分にさせ、身体をリラックスさせる。
「うふぅっ……はぁっ……」
 ネリラの吐息が甘く鼻に香る。徐々に、舌の動きが緩慢となってきた。アメジストの瞳は泥酔したようにとろけている。二日酔い防止の魔力のあるアメジストが酔っ払ってどうする?
「はうっ!」
 俺はネリラの舌を吸い付いて、唇で甘く締め上げた。その刺激に覚醒したか、また舌を絡めはじめた。今度は、俺の方からもネリラの口の中を犯した。
 先ほど感じた味が、再び舌に蘇る。それも少し濃い目で。俺の唾液を混ぜると、また一層に味に深みが出る。味見するだけで、全部食べつくしそうな上手さだ。
「私も、ご奉仕しますね」
 リララが俺の背後からそう声をかけた。すっかり忘れていたわけではないが、ネリラとのキスに我を忘れていた。
 フェラチオでもしてくれるのかな? いや、今は魔物とはいえ、元は嫁入り前の男性恐怖症だった女の子だ。身体を、乳首あたりをぺろぺろしてくれるぐらいだろう。それはそれで気持ちいいから、ばっち来い!
 しかし、俺の予想は斜め横に裏切られた。
「んほぉ!」
 俺は奇妙な声を上げた。
 リララがご奉仕したのだ。俺の尻の穴を。
 ちょっと待て。いきなり、ハード過ぎやしないか? それとも、魔物のエッチはこれぐらいがノーマルスタイル? 侮りがたし、魔界プレイ。
「あの……気持ちよくありませんか?」
 ちょっと腰の引けている俺の反応に、リララが不安そうにお尻の穴を舐めるのを中断して、俺に訊いてきた。
「あ、いや……気持ちいいよ。だけど、まさか、いきなりお尻を舐められるとは、思ってなかっただよ」
 俺はネリラとのキスを少し中断して、リララを安心させようと答えた。
「え? でも、お父様が、嫁いだら、旦那様のお尻の穴を舌できれいにするのは妻の勤めだ。側室といえども、それぐらいできなくては追い出されるぞって教えられたのですけど?」
 ハンスの父親。あんたは、色々とダメな人間だ。リララが元雇い主との結婚を拒絶したのは、あんたのせいも入っているぞ。
「もしかして、違うのですか?」
 俺の微妙な反応にリララは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
 ちょっと悪戯っぽい、軽くサドもある、小悪魔系のリララがマジで恥ずかしがっている姿は、はっきり言って、萌える! 俺の息子はギンギンで、すりこ木棒よりも固くなってる。
 ああ、俺もダメ人間かも。ああ、そういえば、人間やめて、魔物の夫になったんだった。
「こんなに立派におっきさせて。辛そうだから、癒してあげますね」
 ネリラが俺のものをくわえ込んだ。ああ、快感が背骨を上って、腰が溶ける。絶妙に射精しかけると、寸止めしているので、快感もうなぎのぼりだ。
「リララ。旦那様のお尻、おいしかった?」
 ネリラがフェラの途中で、リララに聞いた。ネリラさん、サドにジョブチェンジですか? リララはネリラの問いに恥ずかしそうに、こくんと頷いた。
 おおおっ! なんだ? この、守ってあげたい欲求は! 雨の日に濡れた子猫を見たときの十二倍ぐらい、きたぞ!
 俺は我慢できずにリララを抱き寄せて、キスをした。さっきまで、俺の尻の穴を舐めていたなんて、考えない。なぜなら、リララの唇が汚いわけがない! 俺の尻の穴が汚くても、リララの唇で相殺。いや、浄化されているに違いない。
「んんんっ!」
 俺はむしゃぶるようにリララの唇を犯した。口の中に舌を入れた。唾液を吸った。ネリラとはまったく違う、さっぱりとした柑橘系の味は、どこか甘くせつない夏の終わりを感じさせるような、恥ずかしくなるような甘酸っぱさに包まれた。
 ああ、この味を味わえば、いつでも新鮮な自分を思い出しそうだ。ネリラと違う意味で、ノスタルジックな味だ。これが、二人の性格の、そして、感情の差なんだろう。
「あふぅ……はげしっ……はぁあんっ」
 俺のキスに成すがままのリララがかわいすぎた。俺はそれほど、キスが上手いわけじゃない。セックス全般、経験値は低いが、二人の俺への愛が性技を底上げしてくれているんだろう。
 俺はキスを一度中断した。唇を離したとき、リララは寂しそうに、俺の顔を少し追いかけたが、すぐに顔を引いて戻った。
「リララ。ここは、人間の世界じゃないんだ。父親に縛られる必要はない。父親に教えられたことをしないからと言って、俺はお前を嫌いにならないし、お前のしたいことをしても、俺はお前が大好きだ。したいことをしよう」
「ビクターぁ……」
 俺の言葉に瞳を潤ませ、俺に抱きついて、キスをした。積極的というか、犯される勢いで。俺は、ちょっと、激しすぎるキスに昇天しそうになった。
「あたしも、だいしゅき! びくたーのこと、だいしゅきだからぁ!」
 ちょっと幼児に戻ったように俺にキスをして、俺にしがみついてきた。
「私も居るのに、忘れていらっしゃるなんて、少しむっとします」
 股間の方から軽い痛みがすると、そこ声がした。ネリラがぷくっと頬を膨らませて拗ねていた。
「もちろん、ネリラもだよ」
「そんな、以下同文みたいな言葉は要りません!」
 そういって、俺のものを再び口に含んだ。今度は、寸止めする気はないようだ。
「ほほぉはほぉははひひぃ、はひほぉーふはっはぁへひぃほぉひははひぃはふ!」
 何を言っているかわからない。
「言葉の代わりに愛情詰まった精をいただきます。って言ってるみたい」
 リララ。よくわかるな。などと、冷静さは保っていられなかった。俺の腰の快感は、今まで知らないほど上り詰めていた。ちょっと、白目をむきそうになり、尿道が張り裂けん勢いで、精液が通過していくのを感じた。
「あぐっ!」
 開放感と苦痛と、快楽と虚脱感。色々混ざりすぎたものが、俺のものから放たれた。
「むぐっぅ……うっ」
 俺の射精を口の中で受け止めたネリラが少し呻いた。
「だ、大丈夫か?」
 俺が心配すると、上目遣いでこくんと頷いて、尿道に残っている精液も綺麗に吸い出そうとしていた。
「ちょ、ちょっと、いったばっかり、いったばっかりだからぁ!」
 俺は腰がくだけるような感覚に情けない声を上げた。いったばかりで、敏感になったそれをもてあそばれるのが、これほどとは思わなかった。
「いいなぁ、ネリラさん。初摘み精子」
 リララは物欲しそうにネリラを見ていた。リララ、指を咥えるのはやめたほうがいいと思うぞ、元貴族令嬢として。
 お掃除を終えて、それなのに元気になっている俺のものからネリラは口は離した。そして、口の中のものを味わうように咀嚼しながら、自分の胸を揉み、股間をまさぐって、恍惚の表情を浮かべている。
 エロい。最初から知っていたが、改めて、エロい。リララも我慢できずに自分で慰めて、口の中にないものを求めるように、口を半開きにして、吐息を漏らしていた。
 やがて、ネリラがリララに抱きついて、最初にあったときのようにキスをした。
「リララにおすそ分け」
 口の中いっぱいだったものを半分、リララの口の中に移して、少し口の端にこぼれたものを舌で舐めた。
「ネリラ……ありがとぉ」
 そういって、ネリラにキスをした。中で俺の精液が二人の唾液と混じって、シェイクされているようだ。
 二人は感覚をある程度共有しているという。後で聞いたが、リララも初射精の精液の味も感じ取っていた。ただ、それは感じただけで、やはり、実際に味わいたいのが人情。いや、魔物情というものだろう。仲良きことはいいことだ。
 とはいえ、二人が抱き合っていると、俺は余っている状態になる。どちらか一方の後ろから……と考えたが、ここは二人ともだろうと思いついた。
「もっと、二人とも強く抱き合って」
 俺が二人の耳元でささやくと、二人とも、自分のおっぱいをつぶすようにきつく抱き合った。そして、俺は、二人の密着したお腹の間に俺のものを差し込んだ。蜜による潤滑剤が利いているので、すんなりと、二人のお腹の間に差し入れることはできた。
 俺は抜けないように小さいストロークのピストン運動をした。リララとネリラがお腹の間に割り込んできたものを知覚すると、お互いの身体を小さく動かして、二人の隙間がずれてこすれるようにした。
 最初はアレだが、二人の動きが加わると、意外なほど気持ちいい。お腹のすべすべした感触や、腹筋の少し固い感触。目の前では女同士の濃厚なキス。俺も女同士の営みに混ぜてもらったかのような、精神的な快楽も襲ってきた。
「でそう……」
 俺が漏らした呟きに二人は瞬時にお腹を引っ込めた。絶妙に息の合った反応に、俺のものは巨大になった隙間に虚しく勃起している哀れなものになった。
 二人はやっと口の中の物を飲み込んで、俺の方を向いた。
「外に出すなんて、もったいない」
「ちゃんと、中に頂かないと」
 後で知ったが、花弁も彼女たちの一部だから、この花弁の中に出したのなら、問題はないらしい。だが、それでも、出して欲しいところに出して欲しいのが、魔物心というものだろいう。
 キスもネリラから、初射精もネリラの口。初挿入はリララにしようと思って、彼女の手を取ろうとしたが、リララがネリラを前に差し出してきた。
「ネリラに先に入れてあげて」
 やっぱり、男性恐怖症で挿入されるのは恐いか。
「リララ……私ばっかりじゃ悪いわ。リララだって、入れて欲しいんでしょ? 私、あなたの気持ち感じているもの」
 ネリラによると、どうやら、男性恐怖症というわけじゃないらしい。しかし、リララは首を振った。
「それを言うなら、ネリラの気持ちも私、感じているもの」
「リララ……」
「ビクターさん。私たち、なんていう魔物か知っていますか?」
 いきなり俺に話をふってきた。
「アルラウネ……だろ?」
 その蜜が『帰らずの蜜』なんだから。
「違うんです。アルラウネの変種、一つの花に二人の女性がいる、リリラウネなんです」
 魔物に精通しているわけではないので、そう言われても、そうですかとしか言えない。
「でも、ネリラはリリラウネなのに、生まれたとき、ネリラしかいなかったんです。知っています? リリラウネはとても寂しがり屋なんです」
 リララが話している内容が恥ずかしいのか、ネリラがうつむいて目を伏せていた。
「ネリラは、自分が不完全な魔物だと思い込んでました。これでは夫を迎えることはできないと、諦めていたんです。誰よりも愛する人と一緒になりたいのに」
「リララ、もう……お願い」
 それ以上は話さないでとネリラが懇願した。
「ううん。話させて。そして、私がこの森にやってきて、ネリラの半身になったの。ネリラが普通のリリラウネだったら、私はこうしていなかった。私、ビクターさんのお嫁さんになれたことの次に、ネリラの半身、雄しべになれたことを幸せに思っているの」
「だから、お礼に初めてを譲るのか」
 リララなりのネリラへの感謝の形なのだとわかった。
「リララ……」
 ネリラが感極まって、目に涙を浮かべていた。それを見たリララは急に恥ずかしくなったのか、照れるように顔を赤くした。
「ふふ、それにね。ネリラって、私が来るまで、男の人というのをろくに見たこともなかったの。私がビクターさんの話をしたら、それはもう、すごい食いつきで」
「り、リララ!」
 照れ隠しに暴露し始めたリララにネリラが慌てて、その口を口でふさいだ。
「ん……もうっ! 喋らせてよぉ。私だって、ちょっとしか言葉を交わしてないのに、ビクターさんのことが知りたいって、だだこねるんだもの。兄にお願いして、ビクターさんの情報を教えてもらってたの」
 ああ、それでハンスは俺に急に近づいてきたのか。
「魔物になって、魔力を使えるようになったみたいで、兄とは離れてても話ができるんですよ」
「そうなのか。それじゃあ、今、ハンスは無事なのか?」
「大丈夫です。兄は無事です。もう、あの豚どもは片付いたそうです」
 元雇い主に対しては容赦ないな。
「だが、まあ、よかった」
 俺はほっと心の支えを一つ取り去ることができた。
「兄の無事もわかったところで、ネリラに入れてあげてくれませんか?」
「ああ、わかった」
 そこまで想われては嫌とはいえない。今までそれほど求められたことはない。これが男冥利というものか。
「ちょ、ちょっと、リララ、ビクターさん」
 ネリラは少し慌て始めた。
「さん付けなんて、他人行儀だぞ、ネリラ。呼び捨てにしてくれ」
 リララにもいえるが、夫婦になったのに、いまださん付けはちょっと寂しい。
「あの、呼び捨ては……違う呼び方は、ダメですか? ずっと、憧れてた呼び方があるんですけど……」
 ネリラがモジモジと身体をくねらせて、恥ずかしそうにお願いした。
「どんな呼び方?」
「え、えーと……あ、あなた……」
 そういった瞬間、ネリラの顔はトマトよりも真っ赤になって、両手で顔を隠した。
 なんだ? この綺麗なお姉さん風かわいい生き物は?
「決めた」
「はい?」
 ネリラがまだ顔を赤らめたまま、怪訝に首をかしげた。
「ネリラ。お前を犯す。もう、決めた。お前は俺のものだ」
「あ、あなた……」
 俺はその柔らかい唇をまた奪った。
「んもうっ。ちょっと妬けちゃう。じゃあ、ビクターのを準備しておいてあげる」
 リララが俺のものを咥えた。準備などしなくても、最初から元気マックスなんだが。まあ、リララ一人を寂しい思いをさせるわけにはいかない。頑張って、リララの相手をしておいてくれ、我が息子よ。
「あぁ……んふぅ。あなたぁ、あなたぁ。大好きですぅ」
 ネリラが俺のキスをねだる。俺もキスをする。キスがこんなにおいしく、気持ちいいものだとは、思っていなかった。同じキスなら、魚のキスの方が上手いと思っていた過去の自分に異議アリと言ってやりたい。
 空いている手で、ネリラの柔らかいおっぱいを揉んだ。マシュマロのように柔らかいおっぱいは、俺の指を飲み込んでいく。そして、それを揉むとキスをしながらも、甘い吐息を漏らして、唾液の味が変わっていく。
「……ひゃうっ!」
 山頂のさくらんぼに触れた途端、身体をのけぞらせた。
「あっ! やんっ! ふあぁっ……」
 指先で転がして、いると、色んな声が出る。ちょっと楽しい。そして、俺は、キスしている口を離して、乳首を口に含んだ。
「んんんんん!」
 再びのけぞるネリラ。口の中で固くなっている乳首を舐めて転がし、はじいて、押して、なでて、まわして、しっかりとテイスティングした。
「ああぁああん、だめぇ。ちくび、だめぇ……」
「ネリラは、乳首が弱点で、舐められるとほんと、だめなの」
 リララから攻略法を伝授された。反対の乳首も同じように舐めてやった。今まで舐めていた乳首は指先で優しく扱う。
「り、リララぁ、おしえちゃ、だめぇえ!」
 まだ言葉を喋る余裕があるとは、攻めが足りないか。俺はオッパイを左右から押さえ、中央に寄せると、両方の乳首を口に含んだ。
「それぇだみゃぁ!」
 乳首を固定するのに甘がみする感じになったのが、効いたようだ。身体を痙攣させていた。だが、舐めるのも忘れない。
「ひぃっ、あっ、ふゅぅっ! はああぁあんんん……」
 顔をイヤイヤしながら髪を振り乱して感じているネリラを見ていると、興奮が止まらない。リララに愛撫されているのもあって、出そうになる。
「もう、入れてあげて。これ以上焦らしたら、初挿入を憶えてなくなりそうだし」
 ちょっと、手遅れのような気がするが、俺もあまり余裕がないので助かった。
 リララがネリラの後ろに回りこんで、身体を支えた。俺はネリラの脚を持って、左右に開かせたが、抵抗は一切なかった。逆に、自分から左右に開いているようなぐらいだ。
 濡れているかどうか、確認する必要も無いほど、ネリラの秘所は濡れていた。濡れているのが蜜かどうかも判別できた。なにしろ、脚を開いた瞬間に香るメスの匂いが何で濡れているのかをはっきりさせた。
「おねがい……はやくぅ、あなたの、もののに、してぇ」
 俺の首に腕を回してくるネリラに導かれるまま、俺はネリラに身体を重ねた。
 慣れていないので、少し位置が定まらなかったが、リララがそっと手を添えて、サポートして導いてくれた。
 亀頭を入り口に当てると、熱湯が吹き出ているかのように熱い。
「ああ……熱いぃ……」
 ネリラも俺のを熱いと感じているようだ。似たもの夫婦だな。
 俺はゆっくりと、腰を前に押し出して、ネリラの中へと入って行った。
 肉ひだが、俺のものを包み込み、やけどしそうな熱くねっとりとしたアンを絡めてくる。そして、ひだがうねり、俺のものをもっと奥へと導こうとする。とてもじゃないが、処女の中とは思えない。
 少し進むと、何か抵抗があった。
 魔物にもあるのか、処女膜は。
 その弾力を少し楽しんだ。
「あぁ……おねがい……はやくぅ」
 おねだりをするように、俺にキスをしてきた。
「ああ、奪ってやるよ。力を抜いて、しっかりしがみついておけ」
 魔物もはじめては痛いかわからないが、そういって、一気に突き破った。
「はぅっ!」
 ネリラがのけぞり、俺の背中に爪を立てた。少し痛かったが、幸せな痛みだ。
「大丈夫か?」
 俺はネリラに訊いた。ネリラは、少し涙をにじませながら、こくんと頷いた。
「痛いと思ったのは一瞬だけ。そのあとは、痛いのが、全部、気持ちいいのになってぇ。はぁぁ……幸せぇで、涙が止まらないのぉ」
 ぽろぽろとこぼれる涙を俺は舌で舐め取った。少ししょっぱいが、これもまた、絶妙の塩加減だ。
「ねぇ、あなた……動いてぇ。もっと、あなたを感じたいの。私の中をあなたの形に覚えさせて」
 いちいち、かわいい。もう、そんなコトを言われて、止められる自信はない。ネリラも望んでいない。
 俺は腰を振った。はっきり言うと、ただ振っているだけだ。セックスした回数など、数えるほどしかない。経験不足は承知の上だ。
 だが、俺はネリラを気持ちよくしようと、一生懸命腰を振った。汗をにじませ、腰を振り続けた。当たる場所で、ネリラの反応が変わる。それを俺は一生懸命覚えて、拙いながらも、腰の振り方を少し調節した。
「やっ、あんっ。いい、いいのぉ。あ、ああぁ。わたしのぉ。よわいところぉ、ばれてるのぉ。どおして? どおしてぇ?」
 俺にしがみつきながら、腰をうねらせる。中もうねって、俺のものを根元で締め付けた。中は柔らかく包み込む割には、入り口は締め付ける。その上、柔らかく包むひだが、色々な角度で、強さで、俺のものに絡みつき纏わりつき搾り取ろうとする。
 そうしているうちに、だんだんと中が浅くなったような気がした。根元まで突き入れなくても、奥に当たるようになってきた。
「あっあっあっ!」
 奥に当たるたびに気持ち良さそうな声を上げる。これが、子宮の入り口か。
 俺はそれをつきまくった。
「やっ、だめぇ。そこばっかり、そこばっかり、つかないでぇ」
 ダメといいながら、そこを突いて欲しいとばかりに、どんどんと子宮の入り口が俺のものの方へと寄ってくる。
「だめ、だめ、いっちゃうの、あなたより先に、いっちゃうのぉ」
 いくのを我慢するかのように、ネリラが花弁を強く握り締め、いくのを我慢していた。
「俺もいきそうだ。我慢せずに、いっていいよ。俺もいくから」
「だめ、一緒がいいの。一緒がいいのぉ」
 甘えるように俺に抱きついてきた。柔らかいふくらみが俺の胸板で押しつぶされる。ちょっと、いま、そういう刺激は余裕ない。
「悪い! もう、俺がいく!」
「あ、あぁっ、あたしもぉ!」
 俺がネリラの中に射精すると、ほぼ同時にネリラの中も収縮して、俺のものに吸い付いて締め上げた。そして、二発目というのに、びゅるびゅると吹き出ている精液を搾り取ろうと、痙攣して脈動していた。
 魔物は精を得るために身体を進化させてきたのだと、なんとなくわかった。人間の女では、こんなに感じないし、こんなに貪欲じゃない。この味を知ってしまったら、人間の女を抱こうと思う気は起きないだろう。経験の浅い俺が言うのもなんだが。
 俺は優しくネリラを抱きしめて、髪をなでてやった。ネリラは、少し驚いた顔をしたが、俺に身体を預けて、嬉しそうにしていた。俺は、一発目よりも射精の幸福感を感じながら、愛しいネリラを抱きしめた。
「ねえ、私のこと忘れてない?」
 抱きしめているネリラの後ろから、ものすごく不服そうなリララが顔をのぞかせた。
 忘れていたわけではない。ただ、我を忘れていただけだ。
「そりゃあ、わたしが、ネリラを先に抱いてあげてって言ったけど。私だって、抱いて欲しくないわけじゃないんだから」
 拗ねながらも寂しそうに頬を膨らませている姿は、歳よりも幼く見えて、かわいかった。
「私だって、ネリラほどじゃないけど、魔物になって成長して、前にあったときよりも、ずっと魅力的になってるのよ」
 横に回りこんできて、俺の手を取り、胸に当てた。ふくらみの弾力のある柔らかさとともに、緊張しているのか、早い鼓動が感じられた。
「あなた……リララも愛してあげてぇ。だって、あなたは、小さい頃からのリララの初恋の人だものぉ」
 ネリラがやっと落ち着いたのか、俺の顔をなでながら、微笑むように言った。
「小さい頃?」
「ネ、ネリラ!」
 リララが慌てて、ネリラの口をふさごうと手を伸ばしたが、あっさりと避けられた。
「さっきのお返し。ふふ。リララはお兄さんが大好きで、お兄さんが豚さんの執事になるのに家を出て、それがすごく寂しくてね。家庭教師の人に頼んで、豚さんの家の前まで連れて行ってもらったことがあるの。その時、家庭教師の人の目を盗んで、お屋敷の中に忍び込んだの」
 意外とお転婆だ。よく考えれば、結婚を拒否して、家出する行動力は箱入り娘とは思えないものだったな。
「でも、お兄さんを見つけられなくて、迷子になっているところ、若い料理人にあったの。その人は近所の子供が忍び込んできたと思って、匿ってくれて、門の外まで送ってくれたのよ。門の外に出すときに、余り物だがと、油紙に包んだテリーヌをくれたんだって」
 近所の子供が屋敷に忍び込んでくることが何度かあった。俺はそういうのを見つけると、黙って、外に出して、俺の料理の試作品を持たして、二度とするなと言い聞かせていた。
「ふふふ。あなたの料理を食べて、すぐわかったんだって。あの人だって」
 リララを見ると、顔を手で覆って、真っ赤になっていた。
「秘密にしようと思ってたのに……」
「私の秘密をばらして、自分だけなんて、ずるいわよ」
 そして、ネリラは腰をずらして、自分の中に入っている俺のものを引き抜いた。
「さあ、リララ、準備してあげて。あなたのは、私がしてあげる」
 ネリラはリララの股間に顔をうずめて、秘所を舐め始めた。
「あっ、ネ、ネリラっ。ああっぁ……」
 リララが手で押し返そうとするが、本気じゃないので、動かない。そして、秘所を舐められていた。
「リララ、頼む」
 俺はリララに軽くキスをして、頭を俺の股間に近づけた。二人の痴態を見たためか、少し元気になりかけている。こんなに、俺って、精力強かったか? 二発も大量に出したのに。
「しょ、しょうがないわね。ビクターは私の旦那様だし、するのは、嫌じゃないわよ」
 何か照れ隠しをして、リララが俺のものを咥えた。少し小さい口の中を俺のものがいっぱいに押し広げ、動きにくそうにだが、それでもしっかりと、ポイントを外さずに舌が這い回る。もちろん、歯など立てることはない。
「いいよ。気持ちいいよ、リララ」
 俺の声にさらに舌の動きが加速する。意外と単純なのかもしれない。だが、そんな考えも押し寄せる快感に押し流されていく。
 リララの下にもぐりこむようにして、ネリラがリララの股間に顔をうずめて、水音を立てている。ここからは見えないが、かなり、濡れているのだろうと想像できた。その証拠に、メスの匂いが周囲に立ち込めている。そして、俺の股間に顔をうずめて、俺のものを一生懸命愛撫しているリララ。それを上から見下ろす俺。
 なんだろう? このまま、俺は死ぬのかもしれないという、天国の構図は。
 もし、俺が画家ならば、この絵をキャンバスに塗りこめたくなっただろう。だが、俺はこの光景を眼に焼き付けて、征服感と幸福感に包まれながら、二人の奏でる愛撫の水音を聞いていた。
 リララが口から俺のものを離して、俺を見上げた。琥珀色の瞳が熱で溶けそうになっている。
「欲しいのか?」
 俺の問いかけにリララがこくんと頷いた。身体を起こして、自分から股を開いて、ネリラに愛撫されて、どろどろになった秘所を広げるように手を当てた。ネリラも自分がされたように、リララを後ろから支えている。
「おねがい、もう、我慢できないの」
 俺はリララに覆いかぶさった。そして、入り口にあてがおうとしていると、リララが俺の胸の辺りを両手で押した。
「入れる前に、キスして、愛してるって、言って」
 潤んだ瞳で俺に懇願してきた。そういえば、好きだといったが、愛しているは言ってない。
「リララ、ネリラ」
 俺は二人の妻の名前を呼んだ。四つの宝石が俺の方を見ている。
「二人とも、愛している」
 言ってみると、かなり照れる。なんだ、このこっぱずかしさは。
「私もです」
「もちろん、私も」
 二人が俺にそういってくれると、さらに照れた。照れて赤い顔を隠すのに、俺はリララにキスをした。軽いキスだ。
 ネリラが俺のものをちゃんとリララの入り口に導いていてくれた。できた嫁だ。
 リララのものも熱かった。俺を迎え入れる期待にいやらしく濡れているかと思うと、俺の中の男が沸き立った。
「入れるぞ」
 ぐっと力を入れて、腰を前に突き出した。リララのは、ネリラと違い、入り口だけではなく、中もきつかった。小さいわけではない。全体の締りがいいのだ。
 やがて、処女膜に突き当たった。
「あなたのために取っておいたの。ラッピングを破って、あなたのものにして」
 リララが俺に抱きついてきた。俺は嬉しさに腰を一気につきいれた。
 声は上げなかったが、抱きついたリララの身体が、痙攣する。
「あはぁっ。処女膜破られて、いっちゃったぁ」
 それが嘘でない証拠に、俺のものを痛いほど締め上げている。しかも、肉ひだがうごめくので、腰が溶けそうになる。俺のものがキャンディーなら、数分も持たずに溶けているだろう。
「大丈夫か? 痛くないか?」
「大丈夫だけど、いったばっかりだから、少し、このままにしてて」
 リララは俺に抱きついて身体を密着させた。リララの弾力あるおっぱいがつぶれて、俺の方を押し返してくる。これが若さか? しかし、このままといいながらも、リララの腰がもぞもぞと動いている。
「リララ、腰が動いてるが?」
 俺が言うと、抱きついていて、顔は見えないが、耳が真っ赤になっていた。照れてやがる。
「じゃあ、動くよ」
「え? あ、ちょ、ちょっとまってぇええ! あっはうぅうう!」
 俺を制止しようとしたが、腰を動かされて、また軽くいったようだ。しかし、これだけ締りがいいと、俺も余りもちそうも無い。
 締め付けるといっても、十分に愛液を滴らせているので、ピストン自体は問題ない。ただ、ピストンするたびに、中の空気が吸い込んだり押し出されたりで、随分と派手な音を立てる。
「やだぁ、きかないで、聞いちゃやだぁ」
 そういいながらもリララが締め付けるので、余計に音は大きくなる。
「あたし、こんな音立てるエッチじゃないんんんっ。あっはあぁ……。だめぇ、いくの、とまんないぃ」
 ぎゅぽぎゅぽと珍しい動物の鳴き声のような音を響かせながらも、リララ自身が腰を振っていた。言ってることと、やってることがずれている。魔物になったばかりだからなのか、リララの特質か。だが、そんなことはどうでもいい。かわいいから。
 俺はネリラにしたように、リララの気持ちい所を探した。リララは普通にするだけでも十分気持ちよさそうだが、やはり、努力は怠りたくない。
「やだぁ、さがさないで、あばかないでぇ」
 俺の行為がわかったのか、そういいながらも、腰を動かして、自分の弱点を教えようとしているリララはかわいい。
「かわいいよ、リララ」
「さ、ささやかないでぇ。また、いっちゃうぅぅぅ」
 何かが吹き出る音がしたと思うと、下腹部が温かくなった。潮を噴いたようだ。
「もう、リララ、粗相しちゃって。綺麗にしてあげる」
 ネリラが俺たちの繋がっているところを舐め始めた。これは、くる!
「ひゃぁああっ! だ、だめ、ほんとに、だめぇ! あぁっ、あああぁっぁぁうぐぅううっ!」
 俺もダメだ。リララの中が、凶暴に暴れまわっている。もう、これは我慢できない。
「リララ、いいか?」
 俺は聞いた。ダメといわれたら、どうしようと思ったが。
「あはぁっ。きてぇ、きてぇえ。あたしのなかぁ。ぜんぶ、あなたで、そめてぇ」
 リララが俺に抱きついてきて、キスをした。その瞬間に、俺はうめき声をあげた。
 そして、本日三回目の放出をした。二回目にも負けない量を。
 リララも俺の射精で達したらしく、激しく痙攣した。そして、中に出したものを吸い上げるように俺のものを締め上げた。
 お掃除フェラ機能もついているのか、リララのは。それとも、貪欲なのか? でも、どっちでもいい。リララの中に出せたことが、俺にとっての幸せだ。
「よかったよ、リララ」
 リララにもネリラと同じように抱きしめて、髪をなでてあげた。リララはそれを嬉しそうに微笑んで、俺に身体を預けてきた。
「よかったぁ。家出して。夢がかなった」
 リララは俺にそういって、涙をこぼした。
「ああ、俺も、蜜を舐めてよかった。そうしてなければ、こうしてなかった」
「ふふ、兄様に蜜を託して、よかったわ」
 リララがそう呟いた。俺は、ハンスの顔が頭に浮かんだ。あいつ、どこまで計画してたんだ? これも計画のうち? まあ、考えるのは止めよう。
 俺は寂しそうにしている、ネリラを抱き寄せた。ネリラは嬉しそうに、俺とリララに身を寄せた。三人一緒に肌のぬくもりを感じあっている。
「ああ、幸せだなぁ」
 俺がポツリと呟いた。この幸せが作為的に導かれたものか、偶然なのかは、些細なことだ。俺は手の中に最高の花を手に入れた。それ以上、何を考える必要があるだろうか。
「私たちもです。これからも、よろしくお願いしますね」
 二人が顔を寄せ合い、俺にそういった。
「こちらこそ」
 俺は二人の顔に自分の顔を寄せた。
 まだ、初夜は始まったばかり。俺たちの幸せは、これからだ。



〜エピローグという名の後始末〜
失恋の八つ当たり(執事ハンスの場合)

「ご協力感謝いたします」
 扇情的な衣装に身を包んだグラマーの女性がお礼を言った。
「大したことはしていませんよ」
 ハンスが自嘲するように笑ってそれに応じた。
「でも、人間の男性たちをこんなにも。婿不足で困っていましたから、助かりました」
「あなた方なら、自力でも誘惑できたでしょう?」
 彼女たちの能力を使えば、こんな回りくどい方法を取る必要はない。ハンスは本当にそう思っていた。
「いいえ、そんなコトはありません。やはり、街中でこうも大勢となると、教団側も面子がありますもの」
「それは願ったり敵ったりなのでは?」
 魔物征伐に乗り出してくれば、婿不足も解消される。
「直接的に来てくれるのでしたらネ。でも、陰険なやり方をされると、対処に困りますから」
 教団側もバカじゃないと、彼女は微笑んだ。それは褒めているのか、邪魔くさいだけなのか。ハンスはどっちでもいいかと、考えるのを止めた。
「でも、残った家族の方はちゃんとしておいてくださいよ」
「ええ、それはもちろん。私たちは、人間が不幸になるのを望んでいませんから」
「ああ、そうでしたね。それを望んでいるのは、人間だけですね」
 ハンスはヤケになるように笑い出した。
「あなたもこちらに来ませんか?」
 彼女はそれまでのドライな声でなく、生身の声で問いかけた。
「いずれは。でも、いまはまだ、その気になれないです」
「そうですか。それじゃあ、その気になったら、いい子を紹介しますよ」
「期待しています」
「任せてください。では、さっそく、後始末にかかりますね」
「ええ、よろしくお願いします。また、獲物がいたら、連絡します」
「楽しみに待っています」
 彼女は闇の中に消えて行った。
 ハンスの周りでは、嬌声が響き渡っていた。ワーウルフ、ワーキャット、ゴーレム、ハーピィ、ゾンビもいた。みな、元雇い主の子飼いの兵と番となり、その逞しいオスを堪能している。もちろん、元雇い主も、ハンスの父親も含まれている。
 妻帯者の男性は基本は魔物は手を出さない。家で待つ、妻に悲しい思いをさせないためだ。だが、二人は問題ない。もう、夫婦関係は冷え切っている。それに、先ほど立ち去ったサキュバスが、彼らの妻を魔物に変えるために動いてくれることになっていた。
「あーあ、リララは僕のお嫁さんにするつもりだったのにな」
 ハンスは失恋にため息を一つ漏らし、愛欲の宴を繰り広げる森を後にした。

おしまい
16/08/27 23:14更新 / 南文堂

■作者メッセージ
はじめまして。ここまでお付き合いいただき、感謝します。
導入部が長いですね。自分でもいつになったら、魔物娘が出てくるんだ?と思ったほどですから。
次に書くときは、もっと最初から出てくるようなのを書くように頑張ります。

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