読切小説
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ある冒険者の愛しのビックリ箱
「はぁ〜い、ミミックちゃんだよぉ〜。箱の中に取り込んじゃうぞぉ〜」
 地下深くのダンジョンに不似合いな、明るい声がこだまする。
「宝箱に引きずり込んで、悪戯しちゃうぞぉ〜、悪戯どころじゃあすまない事もしちゃうぞぉ〜」
 彼女は宝箱の中に潜んで、開けた人間めがけて飛びつく。上目遣いの眼差しで、蓋が開くのを待ち構えている。
 それがミミックという魔物、ではあるが、

「はぁ〜い、ミミッ……!」
 ごいん!
 フライパンだった。
 箱から飛び出した彼女は、狙いすまして設置されたそれに、強かに顔をぶち込んでいた。
 ほんのり香る鉄の匂いは、ぶつけた対象物の構成物質か、それとも自分の鼻血の匂いか。
「抜き身の剣よりは、良いだろう?」
 ヒラキ? ヒラキにされるの!?
「三枚だ」
 おろされる!?
 騎士崩れの冒険者である彼なら、やりかねない。(剣技があって、騎士道が無い)

「全くお前は、俺の行く先々で宝箱のフリして」
 それが彼女の種族的特典とはいえ、いつもダンジョンの奥深くに彼女に先回りされる事に、彼は冒険者として面白く無い。
 そんな彼女が飛び出して来た宝箱を見る。
 その蓋には、ハートマークが彼の手で落書きされていた。
 これで彼は、その宝箱がミミックであるか否か、いや、彼女が飛び出してくるかどうかを確認していた。それほど彼女というビックリ箱に、彼は気に入られていた。
「初めて会った時に、あんなに熱ぅ〜い接吻を交わした仲じゃないの」
「お前が俺の顔に飛び込んでくるからだ」
「そのままディープキスに雪崩れ込んだくせに」
「女の誘いは拒まん」
「今は? 私は?」
「よく見たらガキじゃねぇか」
「あの時は、気持ちよかったよぉ。その、は、初めて、だったんだからぁ……その、責任、とってよね」
「何、純潔奪われた様な目で、俺を見ているんだよ、キスくらいで」

「ごはん、ちょうーだい」
「ちょーだい、じゃない」
 彼はその彼女の言う"ごはん"というものを思い浮かべ、自分の股間に目を落とした。
 ミミックのような一部の魔物は、人の、男の精を糧にして生きている。
 性的快感を得られることもあって、猫に餌を与えるように、すっかり懐かれる程まで彼女にごはんを与えて来た彼ではあるが、さすがに最近は罪悪感と言うか、その背徳な関係に飽きて来て、急に倫理観に目覚めたと称して、彼はその行為を躊躇うようになっていた。
「よし、欲しいのならば、俺から奪ってゆけ!」
「分かった!」

 彼女は自ら箱に入り、蓋を閉め、
 それっきり。
「開けてよぉーっ!」
 自分で出て来た。

 開けられた所を襲うつもりだったらしい。
 わざわざミミックが入っていった宝箱を、どうやって相手に開けさせるかまでは、知恵が回らなかったらしい。

「ええい、こうなったら奥の手よぉ」
 彼女は土下座した。
「お願いします。このとぉーり」
「お前ミミックとして随分と低性能だろう?」

 彼女は彼の股間に顔を埋め、それをしゃぶっていた。
 時折彼女は、その上目遣いの眼差しで、彼の顔を伺ってくる。
 俄に倫理観に目覚めた似非善人(自称)である彼は、この彼女の上目遣いが、嫌いだ。
 人間の感覚なのだろうが、上目遣いで懇願し、挙げ句に男の汚い部分をしゃぶる姿は見ていると辛かった。
「………くっ」
 男のそれは、先端を痙攣させながら白い生臭い液体を溢れ出す。彼女はそれを綺麗に舐めとっていった。
 ぺろり。
 ハンカチで口元を拭き、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
 本当に満腹で幸福そうに彼女は礼を言うと、無言でまた上目遣いで彼を見た。
 何か、次を強請る様な視線だった。
「お前、その上目遣い止めろよ、な」
「しょうがないじゃん……ミミックなんだからぁ」
 彼はそんな彼女から目を逸らした。
 目論みを看過されて恥ずかしくなったのか、彼女も彼から目を逸らせた。
 背中合わせにした互いの暖かみがもどかしい。

 足元を震わす振動が二人を襲った。
「落盤!? 下の階層が崩れ……っ!?」
 次の瞬間、足元の床が崩れ、宙に浮く感覚。
 彼女は咄嗟に、彼を宝箱の中に引きずり込んでいた。
 その直後、部屋の全てが下へと崩れ落ち、更に崩落した上の階層がそれらを押し潰していった。

 まだ僅かに空間が繋がっているらしく、崩落の余韻が響いていた。
「ここは?」
「ここは私の宝箱の中。宝箱自体は、他の安全な場所に空間転移中」
「すまない、助かった」
「助かっちゃったのは、私の方だよぉ」
 彼が声に振り向くと、そこに、女が居た。
「どうやって、貴男を引きずり込んでやろうかって、ねぇ」
 そう、女、そう呼びたくなるほどな女性が、床に寝そべっていた。
 その女があのミミックである事は、すぐに分かった。容姿は変わっていないのだ。ただ、雰囲気は見違えた。
 いつもは何とも思わないシースルーの衣装も、その大人びた仕草に揺れ、たゆたう生地の影が艶かしく波打つ肌に、彼の目は釘付けにされていた。彼女の気怠そうな所作は、その爪先から脚線美を経て、腰へと舐め見せていた。男の劣情の荒々しさで、その怠さを剥ぐがごときを求めて誘っているかのようであった。 
 いつもの下から相手の表情を伺う視線は無く、その瞳は扇情的であって、しっかりと彼を見据えて動かない。求め、抗うのならば、奪う気満々な彼女は、やはり宝箱から飛び出した時はとは、まるで別人であった。
 宝箱から出てしまうと、大半の魔力を失ってしまうミミック。しかしその魔力が消える筈も無く、その宝箱から持ち出せずにいる濃い魔力が充満したこの空間で、彼女はその魔力こそが自らの情熱その物と言わんばかり熱さを眼差しに乗せ、それを彼に向けていた。
「さぁ……て」
 妖艶な雰囲気と香りで彼の感覚をくすぐりながら、腰と胸を覆う真紅のリボンを、彼女は焦らすように解きほどいていく。
「どうしてあげちゃおうかなぁ」

 そこ居るのは可愛らしいミミックなどではなかった、獣であった。少なくとも彼にとっては。

 まるでカボチャパンツのように宝箱を履いたミミックの彼女が歩いていた。
 その後ろに、カルガモ親子よろしく、小さな宝箱をやはりカボチャパンツを履くように腰に通した子供のミミックが、ぞろぞろと続いている。
 そんな一見、微笑ましい行進する姿が目に浮かんだ。
 それは質の悪い冗談なのか、あるいは、組み伏せた彼の上で飛び跳ねている彼女の行為から導きだされる、何かの暗示なのか。
 それとも、そんな想像を想起した彼の自覚せざるを得ない願望なのか。

 彼はその数日後、家に帰って来た。というか、開放された。家の物置にいつの間にかに置かれていた、何の変哲も無い空の宝箱からである。
「もう、お婿に行けねぇ……」
 彼は宝箱から出たまんまの姿勢で、少しの間、動けなかった。
 足腰が立たない。
 真っ白に燃え尽きていた。
 彼を吐き出した宝箱が、満足そうにゲップをした。

 あれ以来、彼の寝室には、何を入れるでもなし、空の宝箱が置かれるようになった。
 あのハートマークの印のある、ミミックの宝箱だ。
 しかし彼女は宝箱ではなく、彼のベッドで寝る事が多くなった。
 今も彼の腕枕で、すやすや寝ている。
 ………が、 
 一番鶏の鳴き声で、彼女はバネ仕掛けのビックリ箱のように飛び起きた。
「はぁ〜い、ミミックちゃんだよぉ〜。子づくりに励んじゃ……」
「しただろう、昨晩」
 今は妻となった彼女に、さすがにフライパンは不味かろうと、彼は枕をその予想軌道上に配していた。
 彼女はそれが、夫の唇でなかった事に、少々不満だったようである。
10/12/02 18:05更新 / 雑食ハイエナ

■作者メッセージ
どうも皆さん、お初です。
図鑑のミミックの挿絵を脳内で煮詰めたら、こんなんできあがりましたが如何だったでしょうか?
……ああ、そこの人、モノ投げないで。
色々と考えてはいるんですが、人には限界というものが……。
ふと、
ミミックをミサイルランチャーみたいに取り扱えれば、あの時代としては超兵器じゃね? (とネタを)
………ああ、そこの人、そんな凶悪そうなミミックこっちに向け……
今後とも、よしなに。

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