読切小説
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猫が関西弁で何が悪い!
ある日、学校の帰りにダンボールを見つけた

電柱の裏に、不自然に置かれていた

友達が中を見て、猫が居る!と叫んだ

僕や他の友達…男の子も女の子も、みんな一斉に見た

「かわいくない…」

女の子が言った

たしかに、その猫は目やにまみれで、毛並みもガビガビ、黒と白の絶妙なコントラストらしいことしかわからない

しかも所々虫がひっついており、不潔極まりない

「かわいそーだな、捨てられたんだぜ、きっと」

男の子が言った

でないと、説明がつかない保護責任者遺棄だ

「誰か拾ってやろうよ」

誰かが言った

道徳心が発達中の小学生は、こういうのを放ってはおけない

放ってはおけないから

「うちは無理だよ、もうワーウルフがいるもん」

「俺んちだって、マンドラゴラが家中に生えてるし…いや、住んでるし?」

「僕も、ケンタウロス三匹いるし…あ、三人いるし」

こうなる

魔界と人間界が繋がって二十年、人魔界修交通商条約が可決されて十年、魔界から出稼ぎに来ている魔物は、こちらの賃金では、その莫大な食費を補うことは出来ず、路頭に迷うことが多い

そのため、人間の家に転がり込もうという魔物が増え、その転がり込み方にもちょっとした工夫をするくらいになってしまっている

その工夫の一つが、『捨てられたフリ』なのだが

みんな、やたらめったらなものを拾いすぎ

しかも眼鏡の子に至っては三人て…一匹目でこりないのか

「タカシんちはどうだよ、魔物居候してんのかよ」

言われて、頭を横に振った

僕の家は経済的に余裕がないし、とてもではないが、魔物を養うなんて出来ない

さて、何故僕達がこの猫を魔物と認識しているのか

二又に分かれた尻尾である

授業の『理科・魔界生物』分野で習った記憶を辿れば、これは魔物の『ネコマタ』である

魔物というよりは、日本でも昔から妖怪として語られていたことでも有名だが、魔界が開いたことにより、その語られ話が実話となった

というわけで、この猫は魔物決定

「じゃあよ、おまえんちで一晩面倒見てやれよ、明日にでも魔界の外務省に連絡して送還してもらえばいいじゃん」

なんでそうなる

一晩と言っても、人間界に慣れない魔物がどんなハプニングを起こすかわかったものではない

それに、送還にお金は掛からないが、魔界の外務省への電話代がハンパじゃない

十秒千円とかふざけないでほしい

「いいじゃんか、魔物側の都合なら、魔界から電話代くらい出るし」




──────────



連れてきてしまった…

いー、いー、と喉に何か引っ掛かったような声で鳴くネコマタを抱いて、玄関を開ける

ただいま、と暗い声で告げると、母さんが台所から顔を出した

「どしたのタカシ…って」

母さんは僕が抱くネコマタを見るや、わなわなと震えた

西野かな?会いたくて震えるのかな?

「魔物じゃない!どうしたの!?」

かくかくしかじか、経緯を話すと、母さんは呆れたようにため息をついた

「電話代はいいけど、食費がね…」

やはり、食費の心配がされるようだ

うーん、うーん、と悩んだ結果

「牛乳でいいか」

よかったね、解決!

猫なら牛乳でいいや、とかいう考えは固定観念だと思う

「…この子臭うわね、タカシ、シャワー浴びせてやって」

頷き、自分の部屋にランドセルを置いて、風呂場へ

小さなタオルをいくつか持って、器用に服を脱ぐ

素っ裸で改めてネコマタを抱くと、毛のガビガビ加減が際立つ

ネコマタは水気を察したのか、掠れた声で鳴き出した

びゃあびゃあと、やかましく鳴きはするが、まあ元気そうでよかった、と思われたので、効果はない

洗面器にぬるめのお湯を張り、ゆっくりとネコマタを浸ける

まだびゃあびゃあ鳴いている

お湯をかけては毛を撫で、かけては撫で、を繰り返す

目やにも、変なガビガビも取れて、後はダニのフン(赤い。獲物の血の色)が溶けて汚れたお湯を取り替えてやる

みるみるうちにネコマタは綺麗になっていた

よくよく見るとかわいいんじゃないかと思う

明日、外務省の人が来る前に友達に見せに行こうか、と思案していた時だった

びゃあびゃあ、という鳴き声が、ひどく流暢になった

みゃあみゃあ、とか、にぃにぃ、とか

するとすぐに、それは『言葉』になった

「人がイヤや言うたら…やめんかコラァーーっ!」

ばしゃあっ、と洗面器から飛び上がると、ぽふん、とひどく濃い煙が辺りに充満した

煙の中から、大きな影が飛び掛かってきたかと思うと、あっという間に組み敷かれた

ちょっと頭を打ってしまった

鈍い痛みに顔をしかめていると、ぬっ、と顔が眼前に現れた

白と黒の絶妙なコントラストの髪、栗色の瞳はきつめのつり目、顔は興奮のためか、赤っぽい

「ほれ見ぃ!いじわるするからそうなんねん!頭痛いか?うちかてさんざっぱら水被せられて風邪ひいてまうかと思ったわ!」

ぺらぺらぺら、と言葉をまくし立てる彼女…あぁ、女性だ、声も顔も女性だ、…なまめかしい肢体も、もちろん女性だ

つつけば指を飲み込んでしまうかもと思うほどの大きな胸が、お腹の辺りに押し付けられている

「なんや!?なに見とんねん!」

君のおっぱいですよ、と素直に言いたいが、残念ながら頭痛と、ネコマタが急に人型になったのとで、脳が少々混乱している

口が動いてはくれるのだが、言葉が出てこない

胸椎の辺りまで上ってきてはいるのだが

しかし、何のきっかけか、ネコマタは、ははーん、と察したようだ

「あれやろ、うちの美貌を目の当たりにして、言葉も出ぇへん、っちゅうことやな」

残念、その項目は上には無い

「ふふん、仕方ないわ、うちはネコマタん中でも指折りのナイスボデーやしな、出るとこは出る、全男性の夢のまた夢やで」

わざとか否か、ネコマタはさらに姿勢を低くし、胸が柔らかく潰れるくらい押し付けてきた

「こぉんな絶世の美女を目の前にして、体がどうにかなっとんのちゃう?…なってへんやんか!」

すぱこーん、と叩かれる

「ふつーあれやろ!ちんちんがおっきくなって、こう、あれや、なんや」

変なジェスチャーを交えて何かを伝えようとしているらしいが、まったくわからない

というより、濡れているから…

「はっ…ひゃっ…へくちっ」

ほら、くしゃみをした

…かけられたし

「うー、あかん、冷えてもーた、サービスシーンは今度にしよか」

サービスシーンとは何か?

まだ八歳だからわからない

お風呂からあがって、タオルを渡してやる

自分もバスタオルで体を拭うが、ネコマタはポカンとしている

「なんやこれ」

そんなことをのたまうので、こうするように、と拭いてやる

お腹と背中を拭いて、後は自分でやってもらうことに

「…あんた、あれか、やったらやりっぱなしか」

はて

「いっぺん拭いたら、もう全部やりぃや!」

届かないんですよ、あなたの背が高いから

頭なんか届きゃしない

「そやったらしゃがんだるわ」

いわゆるヤンキー座りで身長を調整するのだが

ぱっくり開けた股の奥にある秘密の場所が丸見えだ

なんて八歳の小学生が気づいたところでどうだということもないのだが

ぶつくさ、と文句を言いつつ、頭、胸の水気をタオルで拭う

しかし、髪の毛は濡れそぼって、乾くまでに時間がかかりそうだ

洗面台にあるドライヤーを持ってきて、ネコマタに向ける

「ん?何する気…」

ブオォォォ

「っ!?ぎにゃーっ!?」

いきなり叫んで、どんがらがっしゃーん

風呂場にまた突っ込んで、壮絶な事故を起こす

足を頭の横…つまりは逆でんぐり返しの途中のような格好だ

これをまんぐり返しだと八歳の少年が知るのは、ずいぶん先の話である

「いやーっ!堪忍してぇ!ぺろぺろもえっちもするからぁ!それだけはやめてぇ!」

そのままの姿勢で顔を手で覆い、半べそをかいている

…何故そんなに恐れているのか

ただのドライヤーなのだが

「イヤや!イヤや!それどっかやって!恐い!」

そこまで全力で懇願されては、意地悪になる気にはなれない

ドライヤーのスイッチを切り、電源を抜く

瞬間、ネコマタは逆でんぐり返しを完遂させ、立ち上がる

「コラァ!ちびっこ!うちをまたいじめようとしたな!」

そんな気は一ミリもない

というかいきなり強気になったものだ

ちら、と足元を見ると、ぷるぷる震えている

「まったく!うちは優しいから、なんも報復とかせぇへんけどな!感謝しい!」

まあ、そういうことにしておこう




─────────────────




シャワーも終わったので、ネコマタに母さんの服を着せて、自分の部屋に連れてきた

母さんはネコマタが人型に変化することが出来るのを知っていたとのことで、さほど驚いてはいなかった

「ここがあんたの部屋か、ちびっこのくせして片付いているやん」

嫌なことを言うものだ

「んなこと言うたかて、子供っちゅうんはやんちゃの盛りやろ、部屋もごっちゃあなっとんのやろ、って思うてたわ」

ぎし、とベッドに腰掛け、あちこちを見る

呼び掛けようと手を伸ばしかけて、どう呼べばよいか、と思い止まった

名前を教えてほしい、と聞いたら

「あかんあかん、うちのポリシーでな、名前は旦那になるヤツにしか教えへんから」

とか返された

その後も、カレンダーを勝手にめくったり、ベッドの下に手を突っ込んだり

暴虐の限りを尽くした後

「つまらんな」

締め出してやろうかと思った

「だって、なーんもあらへんやん、暇も潰せんやん」

暇を潰したいなら寝ればいいと思う

「寝ろ、言われてもなぁ、…あ、そや」

と、何か閃いた様子

ギン、と見られた

直後、がばちょ、と抱かれ、ベッドに引き倒された

何をするのか

「嫌々とはいえ、うちを拾ってくれたんや、礼をせんとな」

お礼

もらえば本来嬉しいはずだが、これは嫌な予感しかしない

ベッドの上に倒されたまま、見つめあう

吸い込まれそうなほど輝きが美しい瞳

潤いに包まれた唇

きめ細かい肌

「じゃ、始めよか…」




────────────




で、その後、何をされたかというと

まるで玉のように遊ばれ、時に叩かれ、時に飛ばされ

礼は礼でも、お礼参りではなかっただろうか

夕食までの間に、ひどくボロボロにされたものだ

リビングに行くと、仕事から帰ってきた父さんが電話をしていた

「はぁ、えぇ、そうです、…そうですか、わかりました」

受話器を置くと、首を傾げる父さんに声をかける

「あぁ、タカシか、今外務省に連絡したんだが、ネコマタは人間界籍を持っているそうなんだ」

人間界籍?

「つまり、ネコマタは魔界の住人じゃなくて、人間界の住人だってことだ、いわゆる帰化だな」

そんなスポーツ選手みたいなこと…

ずし、と肩に重みが

振り返ると、ネコマタが、にひひ、と笑っていた

「そやなぁ、うち、魔界よか人間界の方が稼ぎえぇから来たんやもん、永住するつもりでおったんや」

ポカン

「でも、前住んでたアパートは取り壊しで高速道路通るらしいし、工事やらなんやらで、あんなとこうるさくて住めへんわ」

ポカン

「そゆわけで、あんまりご飯とかもいらんから、ここに置いてくれへん?」

ポカン

「はい、決まりでえぇな」

ポカン

「じゃ、うちは…タカシ?やったっけ?の部屋に寝泊まりさせてもらうわ」

ポカン

「な?えぇやろ、タカシ…」

…もうやだ、もう勝手にしてください、私は関係ありません

「はーい、OK!これからよろしくな、タカシ!」

もう何日も一緒にいるかのような気軽さ

やいのやいのと賑やかでやかましい

ようやく名前を覚えてもらったネコマタの彼女

こちらが彼女の名前を知るのは

それから十年も経った後

僕が法的に結婚出来る年齢になってからだった



────────────



住む所が無くなったにも関わらず、楽天的にその日暮らしを楽しんでいた

だが、そんな生活が毎日つづくわけもなく、ついに動けなくなってしまった

やっとの思いでたどり着いた、コンクリートでない場所

前足を引っかけ、なんとかよじ登り、半ば落ちるように横になった

これからどないしよ、と考えた

魔界籍を失ったから、今、戻ったところで生活保護が受けられるとは限らない

人間界の生活保護は魔物に適用されないし

このまま元の姿に戻れんで、死ぬんかな、と諦めかけた時

何人か、子供の足音が聞こえた

ごちゃごちゃとわけわからん話の後、急に小さな腕に抱かれた気がした

見上げると、目やにのせいでよくは見えないが、ずいぶん無愛想な子供だった

けれども、腕の温もりは、冷えきった体をほんのちょっぴり癒し、お湯をかけた後、体を撫でるその手は優しかった

あぁ、今、この体の下にいる小さな体の心臓の鼓動が聞こえる

一緒にいたい

お湯のせいで濡れそぼった体から、小さな炎が立ち上る

その炎は、月日が経つほど大きくなり

学校で仲良くしている女の子がいると聞けば、無性にイライラ

遠い地域の大学に通うと聞けば、頻繁に会えなくなると、泣き出した

でも、その度に

温かい腕で抱き寄せられ、早鐘を打つ心臓を感じて

この世に二つしか無い指環をもらった時

うちは、ようやくこいつに名前を教えることが出来た
13/01/05 13:54更新 / フルジフォン

■作者メッセージ
ちょっと無理やりな終わり方ですが、こちらでのデビュー作で、魔物娘というのがどういう癖があるのかな、とのことで、練習という形で、こうさせていただきました

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