読切小説
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何の為に生まれて
轟轟と降る雨は止む気配がない。
周囲で最も大きい木陰に身を寄せるも、森の中にあって尚叩きつけるような横風のせいで僅かばかりの雨を凌ぐことすら叶わない。

――人は必ず、何か役目をもって生まれてくる。意味のない命なんてない。

僕はこの言葉が大嫌いだ。
それが間違っているだなんて思った事はない。むしろ、この世の真理だとすら思う。
だからこの言葉が大嫌いだ。
慈愛に満ちた顔で、諭すようにそれを口にする人を見るたび、僕は吐き気を伴うような絶望に襲われてきた。
その役目が、神に祝福され、世界を救う勇者ならばいいだろう。
その役目が大地を耕し、その恵みを多くの人に分け与える事ならば、なんて立派な事だろう。
その役目が詩や物語を紡ぎ、大衆の心を揺さぶる事ならば、なんと素晴らしい事だろう。
その役目が――

「ぁ……ぁ、ぁ……」

他人に飼われ、ただ搾取される事だったならば――どうすればよかったのだろう。
噛み合わない歯の根がガチガチと音を鳴らす。木の幹に背中を預け、寒さと疲労と空腹で震えの止まらない自分の体を抱きしめる。
死にそうな寒さには慣れていた。そんな疲労も、空腹も、経験済みだった。だからこそはっきりと分かることがあった。

これは、そんなものを超えている。
僕は、ここで死ぬ。

身体の機能を奪っていた体温の低下は、やがて思考にまでその手を伸ばし始めた。
「さむい」の三文字を狂ったように唱え続けていた脳内は、薄いもやがかかるように真っ白に塗りつぶされてゆく。
かすみ始めた視界の中、不意に、目の前の草むらが、ガサッ、と大きく揺れた。
その音の主は草むらを抜け、僕の方へとゆっくりと移動しているのが分かった。近くに落ちた稲光が、もはや顔を上げる気力すらない僕に、音の主の体長をシルエットで知らせてくれる。
――大きい。肉食の獣だろうか。
僕は、自分の亡骸さえ他者の好きにされねばならないのだろうか。

――もし、生まれ変われるとしたら……

それを考えようとして、死ぬ直前までそんな空想の中でしか自分に関する選択が出来なかった、たった十数年の自分の人生が、あんまりにも救いの無いものに思えて、それが何故だか分からないけれど少しだけ可笑しくて――そして僕は意識を失った。



――――――――――――――――――――




寒風が吹き込んでくる、半ば崩れ掛けの掘っ立て小屋の片隅。とても冬の寒さを凌ぐには足りない薄布の中で、少年――アルは目を覚ました。

「はぁっ、はぁ……っ」

生命の維持が可能な限界まで下がっていた体温を取り戻そうと、心拍数が急な上昇を起こし、胸に不快極まりない痛みが走る。それを必死に堪えながら、感覚のない黒ずんだ指先に息を吹きかけ、東方の地で神に祈る時にそうするように両手を擦り合わせる。
やがて感覚のなかった両手の先に、刺すような痛みが宿り始めたのを確認した僕は、ほっと胸を撫で下ろした。

「良かった、今日も腐ってない……」

軋む体をゆっくりと解しながら、寝具というにはあまりに粗末な布切れから這い出る。
何時終わるともしれない、いつも通りの朝だった。
立て付けの悪い引き戸を開け、強い風に体を震わせながら母屋へと向かう。
母屋の鍵を開け、一歩足を家に入れると、火が燃え盛る暖炉とその向かいにある椅子に酒瓶片手に腰掛け、いびきをかいている大柄な男性が目に入った。

「旦那様、朝ですよ」

暖炉から伝わる熱気が如何に自分の身体が冷えていたかを思い知らされる。が、僕がその火の前で休むことは許されていない。暖炉の薪から少し火の勢いが衰えているものを一つ火箸で掴み、鉄の桶に入れて厨房へと向かう。
それを備え付けの薪と共にかまどの中へと入れ、息を吹き込む。徐々に火が燃え移り、大きくなってくると僕はしばし動きを止め、普段の生活の中で唯一、ゆっくりと近くに居ることが許されている火で体を温めた。
できる事ならば、いつまでもそのままゆっくりしたいという欲望に駆られながらも、かまどの火にフライパンをかけ、油をひく。
――アルの境遇を一言で言うと、奴隷である。
アルの両親は何か商売で大きな失敗をし、多額の借金を背負ったらしい。そしてその借金を帳消しにする為の対価が、夫婦の一人息子であった僕を奴隷として買い取る事であったそうだ。
らしい、ようだ、とイマイチ細部がはっきりしないのは、全てがアルがまだ物心着く前の出来事だったからだ。記憶がはっきりとする頃には、既にアルは人里離れたこの家にいて、唯一の奴隷として働いていた。
じゅうじゅうと目玉焼きをフライパンの中で踊らせていると、目を覚ましたらしい先ほど暖炉の前で寝ていた男が厨房に顔を覗かせた。

「おい、朝食が終わったら、少し話がある。飯を食う前に俺の所に来い」

この熊のような大柄な男が、アルを買い取った――正確には、アルを買い取った人物の隠し子であり、その世話をするために僕が買われたらしいのだが――何はともあれ、僕の主人である。

「……はい、かしこまりました」

奴隷であるアルが、主人であるこの男よりも先に食事を取る事は許されていない。僕が今日の朝食を食べる事ができるのはいつになるだろうか、と思いを巡らせつつ、アルは温めたパンと半熟に仕上がった目玉焼きを皿に盛り付けるのだった。




「え……?い、今なんて……」
「もうこの家に居なくていい。っていうか今から出ていけ」

主人は相変わらず酒瓶を片手に、酒臭い息で言った。最初は酔って冗談を言っているのかとも思ったが、そういう訳ではないらしい。
しかし、かといってこの男が僕に情けをかけるような考えを持つとも考え難い。この男は今まで本気でアルの事を人間どころか生き物ですらなく、道具としか思っていないフシがあるのだから。
アルは恐る恐る尋ねた。

「……理由を聞いても、よろしいでしょうか……?」
「どうも今度の冬嵐が予測よりも早く来るうえ長く吹くらしくてな、オヤジの送ってきた食料も燃料もたりねぇんだ」

もちろん主人がアルを連れて街で買物などをする事もあるが、この家は人里から遠く離れた場所にあるため、食料は基本的に主人の父親が定期的に送ってくるもので賄っている。
それが足りないとなれば、近所に何も存在しないこの家では死活問題となってしまう。

「だからお前に食わせる分の飯はない、お前の住んでるボロ小屋は薪にする……あぁ、そうだ、やっぱり出て行くのは小屋を解体して薪にしてからにしろ。それと、当然お前はこれからメシ抜きな」
「!?そんな、いくら何でも……っ!」

流石に無茶苦茶過ぎる命令に僕が声を上げると、主人がアルをジロッと睨む。それだけで服の下に付けられた傷跡が疼き、身体の震えが止まらなくなると共に、抗議しようとする心が根元から折られてしまう。

「っ……か、かしこまりました……」

風を受けてガタガタと鳴る窓から外を見る。
冬嵐が訪れるまで、あと2日。森を抜けて最も近い人里まで、万全の状態でも徒歩だと半日以上かかってしまう。
……あの小屋を解体するのに、どれだけかかるだろうか。



休息も無く、育ってきた自分の家を解体したアルが、ようやく人里へと旅立ったのは、丁度2日後の事だった。





――――――――――――――――――――





―――暖かい。
それは今まで記憶の中にない、でもどこか懐かしいような目覚めだった。
ひょっとしたら奴隷として引き取られる前の、身体だけが覚えている記憶なのかもしれない。
ふかふかの、ベッド。
アルの体は暖かな布団に包まれ、ボロボロだった服は新品の部屋着に着替えさせられていた。
一瞬、母屋で寝てしまったのかと飛んでくる主人の暴力を覚悟したが、意識を失う前の数日間の事を思い出して身体の力を抜く。
落ち着いて部屋の中を見回せば、そこは自分の見たことのない場所だった。それに、何より常に母屋に漂っていたアルコールの匂いが全くしない。代わりに、どこか安心感のする香りに包まれていた。
ベッドから体を起こそうとするも、その体力が残っていないのか、半ばまで起き上がったところでまたベッドに倒れ込んでしまう。
そんな事を何度か繰り返しているうちに、部屋のドアがギィ、と音をたてて開けられた。

「………起きた?」
「……え……?」

そうして現れた人物は、見たことが無いぐらいに美しい女性だった。
肩口で揃えられた鴉の濡れ羽色の髪、いくらかつり上がった三白眼にはトパーズのような美しい瞳が嵌っており、白い肌とその無表情も相まって、どこか名のある職人が手がけた人形のような魅力を湛えている。
しかし、それ以上に目を引くのは――彼女の頭からぴょこん、と飛び出ている一対の触覚と、両腕から生えている大きな鎌だ。共に硬質な輝きを見せる緑色のそれは、昆虫の蟷螂を連想させた。
そこでようやく思い至る。人を殺し、食らうとされる怪物。

「ま、魔物っ!?」

教団が人類の敵と定める、異形の者。

「ぁ、ぁぁぁ……!!!」

ゆっくりと近づいてくる彼女から逃げようとするも、ただでさえ自由の効かない体は恐怖ですくみ上がり、先程までのように半ばまで起き上がる事すら叶わない。
ぎゅっと目をつむり、訪れるであろう痛みに怯えていると……柔らかい手が、アルの頭を優しく撫でた。

「っ……?」
「まだ、無理に動かない方がいい。見つけた時、死んでるかと思う程弱ってた。」

恐る恐る瞼を開けると、先程と変わらぬ無表情のまま、アルのおでこと自分のおでこにそれぞれ片手を当てている彼女の姿があった。部屋に漂っている安心感のするような香りは、彼女のものだったのだと、始めて気がつく。
しばしの間、首を傾げてお互いのおでこをぺたぺたと触っていた彼女だったが、やがて何かに気がついたようにピタッとその動きを止める。

「基礎体温が違うから、熱があるのかよく分からない。ごめん。」
「え、あ、いえ………」

体温が違うという事は、やっぱり人間じゃなくて魔物なのだろうか。しかし襲われる様子は微塵もない。それどころか気を失う前の状況を考えれば、死の淵にいた自分を助け、こうして服まで着替えさせてくれたのが彼女なのだろう。

「もう少しで、今の君でも食べられそうなものが出来る。あと少しだけ眠ってて。」

そう言って乱れた布団を僕にかけ直すと、彼女は部屋から出て行ってしまった。
何が、どうなっているんだろう……?
体力が回復していない状態での緊張が祟ったのか、状況を把握しきれないまま、僕の意識は再び深いまどろみの中に落ちていった。




「えっと……僕の事、殺さないんですか?」

翌朝、目を覚ますと彼女――サラという名前らしい――は鶏肉をじっくり煮込んだスープを用意してくれていた。
形が崩れる寸前のホロホロになるまで煮込まれた肉は、弱りきっていたアルの力でも噛み切る事ができ、数日間なにも摂取していた胃腸を驚かせることなく、優しく体に染み込んでいった。
ここまでしてもらって今更殺されるなどとは勿論考えてもいなかったが、どうしても今まで耳にしていた魔物の情報と、目の前のサラのイメージがあまりにも一致しない。

「……なんで殺すの?」

無表情ではあるものの、本当に理由が分からない、といった様子でサラは首を傾げた。
それを見て、少なくとも、世間で言われている魔物と目の前のサラが全くの別物である、と確信したアルは、明るい調子で話を続ける。

「えっと、じゃあ僕はサラさんに食べられたりもしないんですね!」
「それは、繁殖期になったら、食べちゃうかもしれない。」
「……え?」

無表情で「当然。意味が分からない。」と答えてくれると思っていたアルは、その一言に虚を突かれて固まった。
そういえば蟷螂のメスは交尾を行う際、番のオスすら捕食してしまう種が存在する程エネルギーを蓄えると聞いた事がある。蚊なども、動物の血を吸うのは産卵を控えたメスだけであるらしい。
マンティスという魔物であるらしい蟷螂の特性を持つサラも、それら虫のような特性を持っているとするならば――普段の食事として食べる事はなくとも、子を残す際のエネルギーを確保する為の特別食として、人間を食べるのだろうか。

「えっと、それまでに、僕がここから出ていきたいと言ったら……?」
「もちろん、構わない。近くの人里まで、案内する。」

てっきり、繁殖期とやらまで生かしたまま囚われると思い込んでいたアルは再び訳が分からなくなる。
えっと、つまり、やっぱり食料としてとかじゃなくて、純粋な親切心で助けてくれた、という事……?
安心と緊張の針が何度も両極端に振れ、混乱の局地で言葉が出てこないアルの心境を知ってか知らずか、サラはでも、と続けた。

「君の身体。傷だらけだったし、しもやけも酷い。人間の社会の事は、よく分からないけれど……そんな状態で。嵐の夜に。森の深くで倒れていた人間に、行く宛があるようには思えない。」
「……………」

実際、その通りだった。
今からあの家に戻ったとしても、自分が育った小屋は自らの手で解体してしまった。今頃はあの母屋の暖炉で薪になってしまっているだろう。実の両親にしても、住んでいる場所はおろか名前すら知らない。
――そもそも知っていたところで、果たしてかつて奴隷として売ったような子を家に入れてくれるかどうか。

「もし、何も頼れる物が無いなら。この家で暮らしてくれていい。部屋は、いくらでもあるから。」
「……はい、よろしくお願いします」

こうして森の奥深く、誰も知らない二人の共同生活が始まった。





――――――――――――――――――――





それからの日々は、アルにとって夢のような日々だった。
日々の仕事として、薪割り、料理、洗濯などは勿論ある。しかし、それは他人に搾取されるために強制されるものではないのだ。
サラが獲物を狩りに行っている間に水を汲みと洗濯をする。取ってきた食料を二人で見て備蓄するもの、すぐ調理するものを相談し、二人で食卓を囲む。
自分達が生きるための仕事を、自分達の為に行う。他人と共同で何か一つの事に取り組む、共同作業の喜び。そんな当たり前の生活が出来るということが、アルにはこの上なく幸せだった。そして、そんな生活を与えてくれたサラに、心から感謝していた。
だから冬が過ぎ、春が去り、夏が終わり……山の葉が赤く色づき始める頃、アルは密かに、ある決心をしていた。



「アルは、本当にいい子。小さいのに、料理が上手。」
「サラさんが美味しい食材を沢山取ってきてくれますから!」
「アルが家の事を全部やってくれるから、狩りに集中できてる。アルのおかげ。」

何時ものように二人で食卓を囲む。
サラは相変わらず無表情だったが、何時の間にかアルの事を名前で呼ぶようになっていた。
食卓の上には骨付きの鶏肉、猪と山菜の煮物、焼ききのこなど、様々な料理が各皿大盛りで並んでいる。
それらを無表情ながらも、どこか満足そうに平らげているサラを幸せな気持ちで眺めながら、アルは言った。

「……サラさん、最近ご飯よく食べますよね」
「ん。そういう時期だから。気にしないで。」
「あんまり食べると太っちゃいますよ?」
「……うるさい。人間とは身体の作りが違う。」
「あはは、ごめんなさい。拗ねないで下さいってば。」
「拗ねてなんかない。私はいつも平常心。」 

そういう時期。つまり、繁殖期。

「あの……サラさん達が子供を作るのには、絶対に人間が必要なんですか?」
「……うん。どうしたの、急に。」

急に雰囲気の変わったアルにサラが首を傾げ、スプーンを止めてアルを見つめる。
――大丈夫。怖くない。

「僕を、食べちゃっていいですよ。」

「……え?」

初めて見る、サラのきょとんとした顔。
そんな、今まで見たことがないサラの顔を見る事が出来ただけでも、アルは自身の決心が報われたような気がした。
アルの知る限り、人里離れた森の更にに奥深くにある森にあるサラの家に人間が迷い込んできた事は一度としてない。また、サラが自分から人間の行動範囲内に向かったという話も、聞いた事がなかった。

「……いいの?最初に会った時、あんなに怖がってたのに……。」
「はい。サラさんになら、僕の全部をあげられます。」

僕だけが、この身を彼女に捧げられる。
いつか嵐の中で、あんなにも理不尽に思ったその行為を。僕は今、自らの意思で選択した。
それがきっと、僕の生まれた意味。

「……ありがとう。私、子供なんて産めないと思ってた。」
「僕の方こそ、生まれてきた事を感謝できる日が来るだなんて、一年前まで考えてもいませんでしたから。だから、これは僕にできる精一杯のお返しです。」

表情は変わらないハズなのに、どこか嬉しそうなサラ。

「ふふ。今日の食事の後片付けは、私がする。アルは先に体を洗って、私の部屋で待ってて。」

心残りがあるとすれば……この人の新しい顔を、これからも見続けることが出来ない事だろうか。




――――――――――――――――――――




体から滴る雫を丹念に拭き取りながら、過去に想いを巡らせる。
この森の奥から魔物達がいなくなってから、どれぐらい経つのだろうか。
魔物は、人間のオスとしか子孫を残す事ができない。そして人間は、平地に街を作り生活する動物である。
魔物が生息する場所はそれこそ種族によって様々ではあるが、昔と比べると全体的に人里に近くなっているのは間違いないだろう。
一人、また一人と仲間が伴侶を探す為に旅立っていく中、私はただ一人この森の奥深くに留まり続けた。
生まれ育った場所に誰もいなくなるのが嫌だった。繁殖期でさえ他の魔物に劣る積極性のせいで行動的になれなかった。森以外の場所で生きていく方法が分からなかった。

水分の無くなった素肌の上に外殻を纏い、鏡で自分の姿を確認する。

「うん、問題ない。はず。」

生活に困る事は無かった。むしろ食料の面で言えば、捕食者である魔物が減ったおかげで豊富になったとさえ言える。物資も、皆が旅立つ際に引き取った品が山ほど残っている。
「生きるために生きている」と言われことさえある私達だ。居住スペースだって、かつて皆の集合住宅だったこの家にはいくら食料を詰め込んでもお釣りがくるほどの居住空間がある。
それだけあれば、一人で生きていけると思っていた。
――だが、それは間違いだった。
たった一人で暮らしているうちに、他人とは生きる為に必要最低限のものであるのだと実感した。ドラゴンやヴァンパイアのように、強烈な力やルーツ……アイデンティティがある者ならば、あるいは例外となる事ができるのかもしれない。
だが、私は所詮狩りが得意なだけの、ただの魔物娘だった。

初めてどうしだけど、年上で魔物娘の私がリードしてあげなければ。
静かに決意を固め、自らの部屋へと進む。

ただ生きる為だけに生きている。ならば、ただ生きる事に飽きてしまったら――どうすれば良いのだろう。
皮肉な話だった。自分に感情などないと思っていた私は、自らの感情が死んでゆく痛みで、自らに感情がある事を知ったのだ。
あの日、なぜ冬の嵐の中を歩いていたかは覚えていない。もう、大分精神がおかしくなってしまっていたのだろう。
だが、彼を見つけた時の、まるでずっと昔に無くしてしまった宝物を見つけたかのような――とてつもない感動は、今でもよく覚えている。
そうして彼の体を見て、帰る場所が無いと聞いた時は、同情する反面、ほんの少しだけ、喜んでしまった。

いつからだろうか。魔物娘の中でもその自覚が少なく、性欲など殆ど覚えない自分が、それなのに彼との未来を望むようになったのは。

もしも彼が望むのならば、例え繁殖期を迎えていなくても、彼の夜の相手を務めようとも思っていた。
昔、外に旅立った友人が「私達の容姿って基本的に人間の男の好みらしいから、『食べちゃうぞっ♥』って誘えばイチコロなんだってさ!!」と言っていたのを参考に探りも入れてみたのだが、どうやら魔物を見慣れていなかったらしく、異形に対する恐怖感を煽っただけの結果に終わってしまった。
だから、繁殖期になっても、そういった話題も素振りも、一切表に出さなかった。彼に嫌われる事は、とてもつらい事だと思ったから。

――でも、今日、彼はそんな私を受け入れてくれた。

その後の一年で、何が、いつ彼の意識を変えたのかは分からない。
だが、せめて精一杯幸せにしてあげよう。私には、それが出来るはずだ。

こんな私でも、魔物娘なのだから。

私は静かに自室のドアを開け、ベッドの上で月の光を受ける、自らの夫となる男性に歩み寄った。






――――――――――――――――――――






「何だか、初めて会った時を思い出しますね」
「それは、アルだけの話。私は、アルを家まで運ぶのに大変だった。」
「あ、そうか……。でも、サラさんの体力なら余裕だったでしょう?」
「ん。まぁね。」

本当は、そこそこ心身共に限界だったのは内緒だ。

「その、サラさん、する前に、キスしてもらってからでも……いいですか?」
「……ん。」

ベッドに並んで腰掛け、震える顎に指先を添わせ、上へと向かせる。
二人の身長差はそれでもまだ埋まらず、私は身を少し屈めるようにして、アルの唇に自分のそれを重ねた。
唇にアルの唇の感触が伝わる。その柔らかさに驚くと同時、アルの体がびくっ、と跳ねるのを感じ、同じ柔らかさをアルも感じている事が分かって、胸が暖かくなる。

「っ、はぁ、はぁ………」

どちらともなく口を離し、荒い息をつきながら、どこか夢見心地で互いの潤んだ目を見つめ合う。

「サラさん、僕、もう……大丈夫です」
「ん……。なるべく痛くないように、頑張るから。」
「……はい」

私はぎゅっ、と目を閉じたアルに向かって緑色の刃を振り上げ、その衣服だけを綺麗に切り捨てた。

「……え?えぇっ!?」

流石にいきなり全裸は恥ずかしかったのだろうか、慌てた声を上げるアルをベッドに押し倒し、その体をゆっくりと撫で始める。

「ひうっ……サラさ……っ!?」

嬌声に混ざって、どこか戸惑うような仕草がアルから抜けない。
それを少しでも解してあげようと、その口を再び唇で塞ぎ、反応し始めている男性の象徴へと右手を伸ばす。

「んんっ!?」

――熱い。
サイズこそ年相応のものであったが、手のひらに伝わる熱と脈、先端から溢れる透明な粘液は、既に少年が子孫を残せる身体であるという事を主張していた。
やわやわと揉み解すように刺激を与え、ビクビクという反応を楽しんだ後、本格的な愛撫に移ろうとして……皮が、剥けない事に気がつく。

「……ちょっと待ってて。ちゃんと気持ちよくなれるように、剥いてあげるから。」

目を白黒させているアルの耳元で囁き、体を下へとずらしていく。

「…………」

生まれて始めて、男性器を間近で見る。
それは小さいながらも自らが役目を果たせる事を誇っているようでもあり……同時に、皮に押さえつけられ、どこか苦しそうにしている様にも見えた。

「今、楽にしてあげる……。」

どうしてあげれば良いかは、魔物の血が理解していた。
手で優しく皮を下に下ろしながら、癒着面に唾液を剥離剤として塗りこみ、舌を皮と亀頭の間に差し込むようにして、丁寧に分離させてゆく。

「ん……れろっ……。」
「っ……あ、あぁ………っ!!!」

不規則に跳ねる肉棒の反応に充足感を覚えながら、細心の注意で舌を動かし、恥垢が現れればそれを舐めとり、唾液でコーティングを施す。そんな献身的な奉仕を、亀頭が完全に露出するまで続けた。
最後に全体をぱくりと咥え、唇で全体を扱くように全体をマッサージした後、ゆっくりと口から引き抜く。
――そこには全体に塗り込まれた唾液で、テラテラと月明かりを反射するペニスの姿があった。
その姿に、サラの下腹部がきゅんと疼く。

これを、私の中に入れるんだ……。

アルの準備が完了した事を確認して、自らの股間にそっと手を当てる。
奉仕の最中に自身も熱に当てられてしまったのだろうか。すでに下着越しでも分かる程にしっとりと濡れていた。
するりとその下着を脱ぎ捨て、馬乗りのような体制になり、肉棒に手を添えて秘所の入口へと宛てがった。

「……じゃあ、入れるね。」

そしてそのまま、ゆっくりと腰を下ろして――

「ち、ちょっと待って下さいサラさん!!」
「……ごめん、痛かった?」

先端だけが膣中に挿入された状態で、不意にアルが声を上げた。
それとも、やはり魔物と交わるのが怖くなってしまったのだろうか。恐る恐るアルの顔を見るが、その表情からはそのどちらでもないように思えた。
強いて言うなら――驚き、だろうか。

「いえ、その、ひょっとして人間と魔物って、子供が作れるんですか!?」
「……はい?」

今更何を言っているのだろうこの子は。

「魔物にはオスがいない。人間とじゃないと、子供が作れない。」
「え、じゃ、じゃあ、僕、サラさんと結婚できるんですか!?」
「……プロポーズ、してくれたんじゃなかったの?」

自分が何か勘違いをしていたのかと、不安で心臓の鼓動が痛いほど速くなる。
だが、目の前の少年は――涙目で、喜んでいる?

「……ごめん。どういう事なのか、説明して欲しい。」
「あはは、僕、バカでごめんなさい――」

そしてアルの口から語られた言葉は、私の想像の枠外の事だった。
魔物娘が人間と子供を作るという事を知らなかった事。
食べるという意味を、蟷螂と結びつけて繁殖期の捕食の意味で捉えていた事。
そして、今日、自分は食べられると思っていた事。
つまり、キスをした後、大丈夫だと言ったのは――殺されるつもりだった?

「でも、目を開けたら服だけが切り裂かれてて。そこでおかしいとは思ったんですけど、その後は口が塞がれちゃったり気持ちよかったりで―――」
「――なんで、逃げなかったの。」

そんな思い違いをさせたまま浮かれていた自分を責める事も忘れ、呆然とした気持ちで、私は訪ねた。
だって、今日の彼は、本当にいつも通りに楽しそうに笑っていたのだ。
キスをした後だって、少し緊張はしていたけれど、本当に嬉しそうにしていて、これから殺されると思っていた人間の顔には、とても見えなくて――

「言ったじゃないですか。サラさんになら、僕の全部をあげられるって」
「――――――っ。!!!!」

頭を、ハンマーで殴られたかのようなショックだった。
その言葉に、一瞬身体のバランスを崩し、半ばまで埋まっていた状態で止まっていた肉棒が処女膜を一気に突き破り、私の膣内に収まってしまう。

「うわぁっ!?ぁ……サラさん!?大丈夫ですか!?」

突然、粘膜が擦れあう快感に襲われ嬌声を上げながらも、結合部から流れる純潔の証を見て、私の心配をするアル。
だが、その声は私の耳には届いていなかった。
強すぎる感動と、強すぎる快感とがミックスされた、濃厚過ぎる、想像した事すらないような幸せな気持ちで、私の脳内は塗り潰されていた。

――嬉しい……っ!!気持ちいい……っ!!!

目の前の大好きなオスが、自分に命すら捧げても惜しくないと思っている事が分かったからだろうか。それとも、自分が純潔を捧げた相手になったからだろうか。
目の前で快感に震えながらも自分の心配をする少年が愛しくて仕方がない。
思えば自分がアルに惹かれた根底には、「生きる為には他人が必要だと実感した」だの、「家事のスキルがあり、狩りに集中出来る」だの、どこか実用性を求めるマンティスの習性が絡んでいた気がする。この少年と番になれば、きっと生活する上での後悔はない、と。
だが、少し前までは真剣に考えていたそれらの理由が、まるで下らない物であるかのように思えてしまうのだ。
考えたくもない事だが、もし、アルが何らかの理由で動けなくなったとしても、何も変わらずに彼を愛せるという確信が今の私にはあった。

「……大丈夫。私も、気持ちいい……っ!」
「うわっ、サラさん……っ!!」

――だって、こんなにも私に愛と、快感をくれる存在なんて、他に居るハズがないのだから。
魔物の本能に従うまま、私は腰を動かし始める。
もっと私の身体で気持ちよくなって欲しい。もっと私の身体を気持ちよくして欲しい。
身体の中で肉棒が跳ね、見下ろす景色の中で少年が喘ぐ。
気持ちいい、かわいい、愛しい、嬉しい……っっ!!!

「っ……胸も、好きにしていいよ……?」

胸部を覆っていた外殻を外し、控えめな胸が外気に晒される。
アルの喉がごくりと鳴ったのを見て、自分の体に興奮してくれているという事実に胸がいっぱいになる。
ただでさえそれなのに、そんな乳首をピンポイントで摘まれたら……っ!!!

「っ、ひゃぁぁぁぁっ!!!?」

自分の口から飛び出た嬌声に驚くと同時、頭の中でバチバチと火花が弾けた。
身体から力が抜け、アルの上に覆いかぶさるような形で倒れこむ。
生まれて初めての、絶頂。
―――だめだ。こんなの、反則だ。

「サラさ、ん、んんっ……!!」
「ちゅ、ん……っ」

アルの唇を舌で割り開き、貪るようにその口の中を味わいながら、腰の動きを再開させる。
もう一度あの快感を味わいたくて、アルにあの感覚を味わって欲しくて、夢中で腰を打ち付け続けた。

「ぷはっ……サラさんっ、僕、もう……っ!!」
「イっていい。なかに、いっぱい出して……!」

切なげな声で告げるアルに、サラの胸が大きく高鳴る。
もうすぐ、世界で誰よりも愛しい男が自分の中で果て、子種が貰える。それを早く現実のものにしたくて、サラはもはや犯すようにアルと交わっていた。
そして。
ぱちゅんっ!と一際強く腰が打ち付けられた瞬間――二人は同時に絶頂を迎えた。

「ぁ、あぁぁぁ………っ!!」

出されている。
自らも絶頂を迎える最中、同時に果てた愛する男の精液が、自分の一番大切な場所に、どくどくと注がれている。
こんな気持ちよくて幸せなこと――止められる気がしない……っ!

「はぁ、はぁ………さ、サラさん……?」

ようやく息が整ってきたアルの手首が、サラの手によってがっちりと押さえつけられる。
無表情ながらも、その顔は上気してほんのりと赤く染まっており、その情欲が未だ冷めていない事を表していた。

「ごめん、アル。まだ、できるよね……?」
「ちょ、ちょっと待って下さい、少しだけ休憩を……!!」

そんな少年の必死の主張はもちろん無視され――二人の交わりは、翌日の日が暮れるまで続けられたのだった。



――――――――――――――――――――





「忘れ物はないですか?」

二人で約一年間を共に過ごした我が家を感慨深そうに眺める妻の背中に、僕は問いかけた。夫婦として暮らす以上は、いずれ僕たちにも子供が出来るだろう。だが、僕が生まれてきてやってきた事といえば家事ぐらいで、無事に子供を取り上げ、育てるための知識も技術も持っていない。

「ん。持てるだけの、食べ物も持ってきた。」

夫となった少年の言葉に、私は頷いた。人間と魔物の寿命にはあまりにも大きな差がある。そのため、手っ取り早くそれを埋めるための薬等が存在しているのだが……そのほぼ全てが特定の魔物娘が生み出す物であり、物流すらないこの森の奥では手に入れる事ができない。

だから二人は、この森から出て行く事にした。

「僕、ちゃんと仕事とかできるのかな……」
「大丈夫。どんな事があっても私が守るし、飢えさせたりしない。」

ある少年は、自分は他人に搾取される為に生まれてきたのだと思っていた。
ある魔物は、自分はただ生きる為に生まれてきたのだと思っていた。
二人は出会い、一緒に幸せになるために生まれてきたのだと理解した。

だからきっと、どんな事があっても乗り越えられる。
繋いだ手の、何よりも愛しい温もりをぎゅっと握り締め、二人は森の出口を目指して歩き始めた。


17/10/24 01:46更新 / オレンジ

■作者メッセージ
処女作です。

折角ファンタジーなんだから壮大なストーリー書いてやるぜ!と意気込んだものの、素人にそんな事が出来るはずもなく3分で挫折し、とりあえず王道かつ爽やかなボーイミーツガールから始めてみました。

そのうちドラマティックかつファンタステックでマーベラスなお話を書けるようになりたいですね、はい。

※早速名前の表記ブレがあったので修正しました。ドリルモールさん、見習い職人さん、ご指摘ありがとうございます。

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