『ワタシが一番っ!! ・・・』

『おつかれ〜!』

カチャン! カチャン!

ここは宵ノ宮市のとある居酒屋の一席。

互いに一人の男性を間に挟んでハーピー種用につくられた専用グラスをもって男性のグラスへと乾杯をする二羽。
その顔は共に笑顔であり、男性もとても楽しそうだ。

この街ではありきたりだけど周りの町からは異端な光景ではあるが、店員がローパーだったり店主が稲荷だったり料理長がアルラウネだったり・・・
また客側の方も魔物と人間の比率で言うならば魔物10に対して人間は2くらいと人間が少ないがこの街ではいたって普通である。

「いやぁ〜隼人(はやと)がまた優勝を飾るなんてね。幼馴染として鼻が高いよ♪」
「うんうん♪ 私も!」
「いや、うん・・・なんか微妙な気持ちだわ・・・祝ってくれるのはありがたいがな? ソニカ、ファルコ。」
隼人と呼ばれた男の祝賀会らしい。
にゃはは〜、と笑いながら隼人の肩をバサバサ言わせながらに叩く彼女、ファルコはハーピーである。

ただし羽の色が薄鼠(うすねず)色で羽の縁が灰白色(かいはくしょく)になっており、尾羽が普通のハーピーより長くて翼も遥かに大きい。
露出した鳥部分の地肌は深黄(ふかき)色で染まり下に見える足も同色で且つ鋭い漆塗りのような大きめで黒い鉤爪でテーブル下の床に設けられたハーピー種用の止まり木をしっかり挟み込んでいた。
しかしその鳥部分に対して人肌部は雪のように白く人懐っこいその顔にある閉じた瞳からは時折アメジストの輝きをもつ澄んだ紫色の瞳をのぞかせる。
チャームポイントをあげるとするならば彼女の羽毛と同色の肩口に切りそろえられたショートヘアーの上で輝く銀縁のライダーゴーグルだろう。

彼女の様と色合いに合う鳥をイメージするならば・・・



そのイメージにそぐわない通りファルコは長距離間で世界最速と謳われているほどの運び屋である。

そしてうんうん、とファルコの意見に相槌を打つ彼女、ソニカもまた人ではない。
鉛白色(えんぱくしょく)の小さめの翼と肩裏までのびた髪と蜥蜴のような鱗をもち、尾羽の変わりに腰からはリザードマンの様な尻尾がぶらり。
また足はクロムイエローの如何にもなと鳥足でありファルコと同じように止まり木をしっかりと乳白色の爪がホールドしている。
また彼女の首にもファルコと同じもので色違いのゴーグルがさがっているのでそれがチャームポイントに違いない。

そう彼女はコカトリス。
種族的に足が速いことで有名です。

そんな彼女は市内で最速の郵便配達員をしています。
平和的に

そしてその二羽と幼馴染であり間に挟まれちょっと慌て気味な隼人は若手のモト・ライダー(バイクのレーサー)として今注目の選手である。
モトGPだけでなくダート、ドラッグ、スプリント、耐久・・・と幾多ものレースで表彰台へとあがり今彼の名は全国どころか世界的に有名な人物になっている宵ノ宮市の自慢の人物でもあった。

三人とも仕事帰りの為かそれぞれの服で席に座っている。
隼人は私服。
ファルコは厚手で手足の部分が体に合うようにカットされた運送業のツナギ。
ソニカは郵便配達員の黒服にスパッツとショートパンツ。

「にして遅いねぇ〜マリーナと葵(あおい)と美羽(みう)。」
「まぁ仕方ないよ。マリーナは市役員だし葵は美羽のマネージャーして美羽共々飛び回っているもの。」
「ま、そういうこった。久々に幼馴染が揃うって事だが…んじゃ暫くは三人で飲みますか?」
『おぉ〜♪』
待ち人が3人居るようだがソレを気に留めずバサッと羽を広げて二匹は賛成の意を示してそのまま酒により三人のボルテージは上がっていく。

「にゃはは〜! だよねー!」
「ちょ、おまっ?」
「ふふふ〜ッ♪…ん? あ♪」
小話で盛り上がってきた三人が座るテーブル席へと近づく店員ではない黒い影が一つ。
固い爪で廊下を傷つけないように慎重にコツコツと小走りでその一団へと近づいた影は三人の前に扉を開けて入り口に着くと静かに扉を閉めて振り返り羽と羽をあわせて人で言うところの「ごめんね♪」モーションをする。

「いやぁ〜ゴメンゴメン、市議会がきまらなくて…」
「おぅ、久しぶりだな。」
「やっほー♪ マリーナ。」
マリーナと呼ばれたブラックハーピーは短くそろえているあまりふくらみの無いボブカットを揺らしながらピシッと決めていた羽と同色の黒いスーツを少し崩してあいている席の一角に座り床の止まり木を掴んで「ほふぅ・・・」とこれまた落ち着いたような溜息をいつの間にか注文していたカルーアミルクを飲みながら至福の声を吐き出して顔を綻ばせていた。

「マリーナも大変だな…」
「なぁに、将来を考えたらこれくらい安いものだって。」
「マリーナって彼氏いるの?」
溜息を突き終わるタイミングで空かさず隼人が労いの言葉をかけるも大した事ではないよ、と片翼をパタパタさせて一笑するマリーナ。
そんな翼を片方だけ上げた彼女にソニカが爆弾を投下する。

「今は居ない。…今は…ね? ふふふ♪」
「?」
『むっ。/ ぬっ。』
少し酒が入っているからかソニカへの質問にマリーナは目をトロンとさせながら少し潤っている視線を隼人に投げかけるも肝心の隼人はその視線の意味を感じ取ることは出来なかった。
しかしそれに反して両隣のハーピーズはマリーナの意図を瞬時に理解しギュッと隼人へと距離を詰めて隼人に抱きつくという所業にでる。

「あらら。ふふふ♪」
その二人の行動を見てマリーナはその様子を微笑ましく思っているようだ。

「ところで…美羽たちは?」
「あ、あぁ。それがまだ来ていないんだ。」
「そうか。だったら…」
話題を切り替えにかかったマリーナはまだ二羽に抱きつかれたままで右往左往する隼人に未だ来ない二人の事を聞くと助けてという視線と共にまだこないことを告げる。
嫌だね、という視線で返した彼女の放った一言。

これが後に市を巻き込んでのお祭り騒ぎになるとは思いもしないだろう。





『速いヤツが迎えに行けばいいんじゃないか?』






「じゃあ俺だな。」
「あたしだね。」
「私だね。」


『……え? / ……ぇ? / ……ぅぇ?』

先程まで響いていたドンちゃん騒ぎの音の一切が三人の異口同音の言葉により風が凪いだように静まり返り、隼人たちのいる席ははもとより周りの客にすら空気が変わったのが分かったのか店が急に静かになる。

「…何言ってんだ? 俺が一番速いぜ?」
「ちょっと隼人。冗談はよしてよ? 一番速いのはあ・た・し!」
「ファルコも隼人も違うよ。市内で最速は私だよ!」
先程までの甘い空気は何処へやら。
話題を振ったマリーナ自身もまさかここまでの事態になるとは思わなかっただろうに。
現に彼女は口をあけて立ち上がって口論している三人を見上げているのだから。

するとそこへ?

「いやぁ、ゴメン! 道に迷っ…て…」
「本当にもぅ、だから知らない道はあれほ…ど…」
遅れて来たるは原因となった二人。だがその空気に当てられて扉を開けたまま驚きの表情でその三人を見つめて入り口で立ち往生する美羽と葵はマリーナへ「どういうこと?」と視線を送るのであったがマリーナも「分からない」と顔に出すだけ。

やがて口論は白熱し……

「よし分かった! お前ら表出ろっ! レースして白黒決めるぞっっ!」
「いいわっ! 乗ってあげる!」
「負けた時の台詞、考えておいてくださいね?」
件の三人が出て行こうとしたところでその口論を見ていた残りの幼馴染三人がソレを引きとめたのは言うまでもない。

「まぁ待て。行き成りやっても禮前様にお咎めを受けるのは目に見えているんだから少し落ち着け? な?」
「そうだよ! それに私たちが遅れたのが原因だし。」
「達、じゃなくてアンタ…まぁいいわ…というわけで私達に隼人たちのレースの舞台を作ってあげるから今日は大人しくしてて? ね、隼人。」
流石に酒がはいっていてもそこまで言われてしまうと熱が若干冷めたようで三人はまた席に着いたが先程までとは打って変わって三人とも沈黙したままだった。

こうして重苦しい酒宴は過ぎていった……。


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そして翌日。

昨日のことに少なからずも苛立ちを残してはいるものの隼人は自身が所属しているチームの本拠地へと足を運ばせていた。
愛車のCB750を軽快に走らせ峠道を過ぎ、愛車のツーリング向けの性能を実感しながらたどり着いた先はとある山奥にあるレース場で彼のチームの本拠地でもある。
二輪用駐車場へ愛車を止めてヘルメットを脱ぎ歩き出した彼の目には草一本生えていない場内、ゴミ一つ無い道、真っ白な壁の建物が目にうつりその建物の中へと歩を進める。
清潔感溢れる廊下を革ブーツを響かせて抜けた先にある光が漏れ出している扉の前へとつくと彼は徐にその扉の横にあるカードリーダーに『Hayato Honda』と明記されたIDカードを読み込ませてピピッ、とロック解除の音を確認するとその重々しい扉を開ける。


ババババッ!! ウォォーン! パブォォーーーンッッ!!!!


扉を開けた途端、耳どころか体中の皮膚がビリビリと震えるくらいの甲高く大音量のエキゾーストの爆音に彼は驚いて両手で耳を押さえ込んでしまい、その場から暫し動けなかったがその爆音の発生源である次のレースに使用する車両のエンジンががふつりと止まると「ん?」という声と共に少し暗い蛍光灯の灯る部屋の方々から視線を感じる。

「おぉ、隼人じゃないか。タイミングが悪かったな♪」
「おはよう…」
「はは、相変わらず調子はよさそうで…」
車両整備主任でドワーフの中江さんがバイクの向こう側から、副主任でサイクロプスのクロックスさんが跨っていたバイクの上からそれぞれ挨拶をしてくる。

他の人らも隼人に気付き彼は挨拶をしようとすると行き成り携帯の着信がピロリン♪と鳴り響くがそれはすぐに止んだのでメールだろう、と隼人がズボンのポケットから携帯を取り出して文面を確認しようと画面をのぞくとそこには……

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from:
隼人

for:
マリーナ

件名:
レース開催日決定。

本文:
昨日はすまなかったな。あれからすぐに禮前様に催し物の申請をしたんだが最初はやはり渋られる…かと思ったんだが意外にも一発オーケーだったよ。
親切にも交通網の整理とか色々根回ししていただいたから5日後に特設の公道・直線のみの10km、そこが隼人の走るサーキットになる。

あと二人から…車両はどんな車両でも構わないそうだ。本気で挑んで頂戴、ともいっていたよ。

あと美羽が当日実況を、判定員を一番公正な判断が出来る禮前様、私、葵ですることになった。

当日に贔屓は出来ないが全員を応援させてもらうよ。

p.s.レースが終わったら全員(私含め)話があるそうだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……5日後、か。」
「ふぅ〜ん、街を貸しきったレースって中々アツいじゃないか! 一体どうしたんだい? 隼人?」
「ぅぉっ!? 主任達何時の間に後ろに!?」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向けば中江さんがクロックスさんに肩車してもらって二人…どころか数十人の整備スタッフが隼人の携帯画面を食い入るように見ているではないか。

「やだ、この最後の文・・・告白じゃない?!」
「きっとそうよ! …隼人くん狙っていたんだけどなぁ…(ボソッ」
「やだなにこのレース…楽しそうっ♪」
人間男子四人、妖狐一人、ドワーフ一人、サイクロプス二人、サキュバス一人、ゴーレム二人、他三人。
…よくよく見たら整備班全員だった。

「ひ、人の携帯見ないで下さいっ!」
「いや、隼人。ここ携帯禁止だからな? レース車両目の前だし、ね?」
「…そうでした…すいません…」
当たり前だがここはそのチームの心臓である技術の粋を集めた技術室。撮影どころか本来は通話も禁止である。
そのことを昨日のことで失念していた隼人は整備班の一人の男性職員から注意を受けてしまった。

「しかし隼人、お前マシンは何でこのレース出るんだ?」
「え、自分のCB750で…」
「アホか! あれで地上の最速種族と空の最速種族に勝てるわきゃねぇだろうが!」
中江さんからのお叱りを受けて萎縮した隼人だったが中江さんはニンマリしながらつづけてこう言った。

「一台貸してやるよ。最高速向けのとんでもモンスターマシンをな!」
「…アレだすの?」
「おぅ! この頃じゃ多分隼人くらいのライダーじゃなきゃあつかえねぇ代物だぜ!」
嬉しそうに言う中江さんは肩車してもらっているクロックスさんの頭をペチペチと叩くが当の本人はあまり迷惑がっていないようだった。

「え、い、いいんですか?」
「おぅ! 普段オレたちの夢を乗せてもらっているからな。今度はお前の夢にオレらが乗せてやるよ!」
ニヤついた笑みは中江さんのみならずクロックスさんや周りの整備班全員がしていたのにちょっと目頭が熱くなる隼人だった。

「よぉし、そうと決まれば…クロックス!」
「うん…」
中江さんはクロックスさんの方に乗ったまま「レッツラ、ゴー♪」と調整室の奥ではなくて車両置き場へと指を指し示しクロックスさんが笑顔でその指示に従いその方向へ向かい始めて来た道を逆に行く隼人達は更に歩き二輪駐車場につくもまだ歩き、『歴史館』と看板を掲げられたとても大きな建造物に入っていく。
暗い廊下の中、鼻歌交じりの整備ズの二人はスタッフオンリーと書かれた扉まで移動し中へと入ると隼人の目にはとても魅力的な光景が目に入ってきたのだ。

照明に照らされるその下には数々のレースでその名を刻んできた名車たちが全てコチラにテールを向けてまるで「はやく乗ってくれ」「走り出させてくれ」と声をかけるかのように語りかけてくる。
実際には聞こえるはずもないその声が、その様の存在感が恰も幻聴のように聞こえるのだろう。
隼人もそのひとりだった。

そう、今隼人がいるスペースは展示車両の設置ブースで、普段見る側に居るのに今は見られる側に居るので展示車のテールがこっちを向いているわけである。

そんな感動をしている隼人を尻目に二人は何十台という数々の名車を掻い潜り、疎らになった展示バイクの一角に住まうソレの前まで来たときに声を漏らす。

「くぅ〜! 相変わらずのクールなフォルム! しびれるねぇ!」
「うん…この子のおかげでバイクがすきになった…」
その整備の頂点に立つ二人が目の前にして子供のように目を輝かせるバイクとは?

「おぉ…!」
隼人がやっと追いつき二人の目の前に君臨するチャンピオン・カーを見やるとやはり隼人も子供のように目を輝かせてそれに魅入ってしまう。


NSR500


排気量500ccの2ストロークエンジンの乗ったレース用チューンドバイク。
優勝回数や連勝記録もさることながら何より最高速度が凄かった。

300km/h越えが常であるこのバイク。
まさに今回のレースに打って付けである。

が。

「あれ? これって展示車じゃ…」
「きにしなーい♪」
「きにしなーい…♪」
…軽い職権乱用である。

クロックスさんが中江さんを下ろしてポケットに手を突っ込むと出てくる出てくる鍵の束。
一体どうやって入っていたのだろう、と思わずにはいられない198本。
それはここの展示館内のバイク全車の鍵穴の数と同意である。
その中から迷わず一本の鍍金が剥がれかけている鍵を取り出しNSR500の鍵穴へと突っ込んだ……

バタァン!

ドアが開けられる音がするので三人は振り向くとそこにはこの施設のオーナーの御曹司が手を突き出し両開きのドアを開けた状態で固まっていた。

「な、なにをしているっ! それは僕のだぞっっ!」
「あ゛? 何言ってやがる、このボンボンが。ここの展示車はテメェの所有物じゃなくてテメェの親父のもんだ。」
「私達…整備から何から一任されている。…怒るのはお門違い。」
ずかずかと三人へ足音を大きく出してただでさえ響くホールで威嚇するように歩み寄るその男はどう見ても親の脛齧りを体現したかのような服装をしており、且つ態度もまさにソレである。
故に幾度となく整備の邪魔をしてくる彼を整備班達は全員が全員一度嫌がらせにあっていた。

彼の思考の中で親父のもの=オレのものが成り立っているあたりかなり目出度いが…。

困り果てた整備班がオーナーへ相談を持ちかけるとオーナーは整備班へ深く謝罪して以降この館内に展示されている車両のメンテナンスから整備、走行に至るまですべて一任してもらえたのだがやはりそれが気に食わない御曹司は今日のように性懲りもせずに突っかかってくるのである。

現に中江さんもクロックスさんも先程までの笑顔が消えて不快一色に染まってしまっているのだから。

「ふん、そんな私用で貸すわけないだろう! さっさと自分のバイクを弄ったらどうなんだ?」
「テメェは目上にも敬意を示さないただのクソガキか?」
「その言葉は…彼より運転がうまくなってから…いいなさい…ッ!!」
やがて三人の前に立った御曹司はふん、と鼻をならすとこれまた嫌味たらしく隼人に対して汚物を見るような目で視線を送り貸しに対して不快感をまったく隠す事無く言葉を紡ぐと流石に我慢が出来なくなった整備士二人は怒りの口調で御曹司をにらみつけてしまう。

これには御曹司も溜まらず「うっ」と後ずさり…。

「ふ、ふん! どうせ親父から断られるんだ! 精々無駄な整備でもするんだなっ!!」
来たときよりもさらに肩で空をきり入り口を乱暴に開けて出て行く御曹司。

「はん! 無許可で借りるわきゃねぇだろっつぅの!」
「うんうん…」
今にも唾を吐き出しそうな表情で入り口をにらみ付けながら歩き出した中江さんに、いつの間にかNSR500を抱えるようにして持ち上げていたクロックスさんが相槌を打ちながらそれについて行く。

…魔物娘の力ってすごいね!、と思う隼人であった。

それからすぐにオーナーへ問い合わせたところ「面白いじゃないか!」と二つ返事でオーケーをいただき、整備班は総出でこの名機の調整に入った。

ちなみに整備班の中江さんとクロックスさんはオーナーと付き合いが長く、オーナーは今回のことについて絶対にオーケーを出すと確信していたようだ。

このとき隼人は思った。





「…あのぅ、貴方達。お仕事(レース用車両の調整整備)は?」






整備班曰く、

「遊びも仕事も趣味も全力でやるのが私らさ!」

…頼もしいっ!



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そして5日後。


まだ朝食を食べ終えてすぐの頃、宵ノ宮市の上空にイベント告知用の音花火が打ち上げられた事により街が一気に活気付く。
テレビ中継でもする気なのか上空をヘリが旋回して街の様子をカメラに捉えていた。

その映像はこの日の為だけに設置された特設レース場観客席前の巨大スクリーンに映し出されその様子が更に観客を興奮させる。
その観客席というのがまた巨大であり一度に数万人の観客が座れるというシロモノで出資は古里瀬カンパニーの為かいたるところに妖狐の絵がかかれた看板が目立つ。

まぁ、街全体が妖狐の街のようなものなのであまり違和感がないが…。

そんな中ヘリとともに空を飛び回るブラックハーピーの方々が綿密に通信機器のチェックをしているその下。
観客席脇の林の中にあるテレビ中継車の中では出番を今か今かとそわそわした様子で待機しているセイレーンが一人。
袖なしのバーテンダーのような服装に蒼の蝶ネクタイ、自身の髪を後ろで纏めて作ったポニーテールを小刻みに揺らし幾度も襟元の送信機と受信機を羽で器用に弄りさらには耳掛けイヤホンマイクの感度も調整する。

動き自体はギクシャクしてはいるもののかなり慣れた手つきだ。

とそこへ真っ黒のピッチリしたスーツを纏ったカラステングが一人、大きく開けられっぱなしのドアからそのセイレーンの彼女へ言葉が向けられる。

「美羽さん、羽田(はねだ) 美羽さん。出番ですよ。」
「は、はいっ! …ってなんだ…葵じゃん!」
「あっはは! ごめんごめん♪ 随分緊張しているけど? 」
セイレーンの美羽に対してそれっぽい口調でおどかしたのは彼女のマネージャーであり今回判定員の一人になった『隼人幼馴染ィズ』の一角、葵だった。

「ど〜ういう〜つもりでぃ〜すかぁ〜? 美空(みそら) 葵さぁん?」
「あ、あはは…逃げるが勝ちっ!」
「逃がさないよっ!」
ジト目で如何にも怒ってますよ、という美羽に対して「ただの緊張解しでした☆」といえなくなった気まずい空気に視線をスッとずらして難を逃れようとするもムダと悟った葵は一気に体を反転させてドアの外へ走り出し一気に地面を蹴りだして空へと舞う。
しかし美羽もハーピー種、すぐさま離陸し葵を追いかける。

…つかの間のドッグファイトをする二羽であった。


ーーーレース開始まで残り30分。


その二人対して観客席の特別観覧席では禮前が祝辞と開会の宣言を終えて席へと戻ってきたところであり、隣には出資者の古里瀬夫妻と禮前を挟んで反対側に口逢 白光(くちあわせ しかり)という街の三大妖狐一家が集結していた。

「禮前様、この度は私達の私情であるにも関わらずこの様な催し物をさせていただき有難うございます。」
「何、気にするな。マリーナ・クロー、これもまた一つの娯楽だよ。」
「えぇ。最速ハーピーとコカトリスですら面白いのにさらには人間も入っての最速レース…中々胸が熱くなりますわ♪」
黒スーツのマリーナは禮前が着席したのを見計らって目の前で深々と礼をするも手で行動を止められる。
しかし禮前の顔は柔らかい微笑みであり、マリーナに対してさも当たり前のように言うその言葉を後押しするように白光が禮前と同じような微笑で付け足した。

「あ、有難うございます。」
「おや、もうすぐ時間だね?」
「うふふ♪ 楽しみね♪」
禮前の脇で万年新婚カップルは時計を確認するとその発言を皮切りに皆が皆とてもワクワクしたような表情に変わる。


ーーーレース開始まで残り20分。


そしてメインの彼女達はというと?

「おはよう! ソニカ、それに隼人。」
「あ、ファルコ!」
「よぅ…おはようさん。」
特設のピットに三人はそれぞれ居たのだが偶々寛いでこいと作業員の人達に言われて移動したところなんと奇遇にも同じ場所に揃ってしまったというわけである。
隼人はレースでよく使っている耐火耐熱仕様のチームカラーの真っ白なレーシングスーツを纏い座っている椅子のすぐ傍らの床の上には真っ赤なフルフェイスヘルメットが転がっていた。
対してソニカは純白の羽をバタバタとさせつつ黒のスパッツとまるで競泳の選手が着るようなピッチリとした黒い上着を装着し飛び石や埃防止用にゴーグルをかけていた。

「隼人の装備ってソレっぽいね♪」
「こらっ! お前らと一緒にすんな!」
「にゃはは〜!」
両羽を器用に頭の後ろで組んで笑うファルコもやはり黒いスウェットスーツのようなものの上から幾分温かそうなネックウォーマーなどを装着していた。
勿論、ソニカと同じようにゴーグルを着用している。

「しかし隼人のブースから物凄い音が聞こえ続けるんだけど…」
「あぁ、今朝までずっとセッティングしっぱなしだったから今になって急ピッチで調整中なんだと。…これで間に合うのが本当に凄いんだが…。」
「わ〜、職人芸だね…」
今こうして話している三人の後ろから未だに爆音が鳴り止んでいないところを見るとちょっと難航しているのか?

「ふふ、隼人がどんなマシンで来ようとも私は負けないからね!」
「あたしも!」
「バカ言え、負ける気なんてないぞ?」
五日前と比べるまでもなく三人には笑顔が戻っていた。
互いに真っ直ぐな瞳で見つめあい拳と翼を交し合うその様は長年の付き合いから生まれる信頼の証だろうか。

「隼人、終わったぜ。あとはちょいとクーリングして終了だ。」
とそこへ中江さんがクロックスさんに肩車をしてもらい登場し三人の輪の中に新たに華が二輪加わったのだった。

だがその頃の隼人のブースでは…

エンジンが止まり整備陣営も一息入れに丁度ブースの電灯を消して全員が離れたところ。そのブースに音も無く静かに入りバイクの前までこっそりとやってきた影が一つあり、その影はバイクの前輪と後輪をなにやら弄り始めた。

「くそっ、くそっ! バカにしやがって…あいつらなんか…あいつらなんか…く、ククッ! クククッッ!!」
不意に漏れた光がその不穏な影を一瞬だけ照らすとその影は狂気的な歪んだ笑みをした御曹司の姿が…

彼は一体何をしたのだろうか?


ーーーレース開始まで残り5分。






そして…







「カメラ全部オッケー! 葵っ! 」
「音声もオッケー! 美羽! ぶっつけ本番いくよっ! …3、2、1…キュー!!」
中継車内で慌しくかけまわ…否、飛び回るマリーナと葵はそれぞれにヘッドホンをつけてそれぞれの担当パートを必死にこなしていた。
そして葵のカウントダウンがゼロを示したその瞬間。
観客席前の大スクリーンに今まで写っていたCMがとまり一度暗転した次の瞬間、空で旋回しながら後ろを向いて笑顔でカメラに向ける美羽の姿が映し出され、その美羽の背景いっぱいには宵ノ宮の街が大きく写りこんでいた。



「さぁーさぁー皆様っ! こんにちわぁ! ついに来ましたこの瞬間! 禮前様に無理を通して実現することに相成ったこのレース! 街の一角である大通りのストレート16km中なんと10kmを貸しきっての大レース! しかも走るのは魔物娘2人VS若手のバイクレーサーという異例中の異例、異色のレースッ! 今アナタ達は目撃するのよっ! この歴史的瞬間をぉっ!!」


『ワァァァーーーーッッ!!!』


美羽の煽り立てるような口調とセイレーン独特の美声が合わさり唯でさえ燻った熱気のある観客に更なる興奮という油を注ぎ込み一気にその燻りを爆発させるっ!

「実況は私、羽田 美羽。カメラはブラックハーピーズの皆さんでお送りいたします。尚、ブラックハーピーズの皆様は独身の方ばかりっっ!!」

『ざわっ!』

「なのであとで告白もオーケーですっ! 今日は別な意味でゴールインする方が多そうですね♪ あ、私は売約済みですのでぇ♪」
協力していただいているブラックハーピーズの婿探しをちゃっかりしてしまう美羽だった。

「そんなわけでぇぇ?! レース開始だぁぁ! ごるぁぁ♪」


『ワァァァーーーーッッ!!!』


一際大きな歓声がレース場どころか宵ノ宮全域に響き渡り、それは恰も地鳴りではないかという程の振動となって更に観客らの興奮を奮い立たせることに。

そして今、暑きスピード狂達のバトルが…はじまるっ!


「さぁまず入場するはコカトリスの彼女、ソニカ・外来(とらい)だぁぁ! 」

「が、がんばるぞっ!」

『ウォォーーーーッッ!!!』

一人目が入場し観客は大声援で向かえる。
その声に応えるようにちょっとビクビクはしているものの両羽を胸の前に出してガッツポーズをとると更に完成が沸いた。

「彼女はご存知この街の郵便局員っ! ただし普段は大切な思いを綴ってある手紙を届ける為にセーブしているので実力の程はさだかではありませんっ! しかぁぁしっ! コカトリスは伊達ではないということを皆に見せ付けてくれるでしょうっ!
おぉっと! ここで二人目の入場だぁぁ!続きまして…」

トントンとその場で足を温める陸上選手のようにステップを踏んでいるすぐ脇に正しく舞い降りたのはファルコだ。

「長距離運送速度世界一ィィ! ハーピーの運び屋の大会で悉く一位を掻っ攫うこのハーピーっ! その名はファルコ=ペレリナスっ! 」

「にゃはは〜♪ どうもどうもぉ〜♪」

『ワァァーーーーッッ!!!』

ソニカのときより大きな歓声が上がりその観客からの歓声に笑顔で大手を振って応えるファルコの姿はまさに余裕が見えた。

「その速度っ、まさに人外すら越えるっ! いままで出した彼女の公式での記録はなんと432km!! これは音速の三分の一ですよっ! まさに人外のスピード狂っ! しかしそれでも荷物はなんでもないという不思議っ! 今日貴方達はもしかしたら最高速度の彼女を見れるかもしれませんよっ!?

パァァーーーンンッッ

っ! あぁっと! ここでオオトリの登場だぁぁ!」

解説の途中で響かせる爆音の介入により美羽はすぐさま最後の出走者へと視線をずらして…

「本日の出走者の最後の一人、ラストを飾るのは…この街の人間で最も早いマシンを手足のように駆る男で、モト・レース界期待の新人でっ、実は他の出走者と幼馴染っ! 本多 隼人(ほんだ はやと)だぁぁ!」

『ウォォォーーーーッッ!!!』

人間側、魔物側から同じ位の黄色い悲鳴が大音量でその男、隼人を出迎えた。
隼人はヘルメットを被っているのとバイクのエンジン及びエキゾースト音であまり外の音は聞こえないが慣れているのかバイクに跨ったままアクセルである右グリップから手を離し天高く翳して観客の声援に応えた。

「くぅぅ! かっこいいぞコノヤロー! そんな色男が乗るのはとあるレースチームが所有するものをなんと今回特別にお借りしたということでっ! 詳しいスペックなどは秘匿とされていますがこのレースの為にとことん弄った、とは整備長の中江 舞(なかえ まい)さんの話っ」
(…いいのか中江さん?)
内心ボソリと思った隼人であった。

「さてさてっ! ここに出走者が全員揃ったということは残る行動は唯一つっ! スタートラインへ全員ついてくださぁーいっ♪」

全員が揃って用意された太い白線のラインへ…

ーーー戦いの場へ足を揃える。

目の前に見えるのは静かにホバリングする一人のブラックハーピーの足に吊り下げられているレースシグナル。

ーーー上下に並ぶ電球。橙色が3つに青1つ。ドラッグレース用のシグナルだ…

肩を回し暖めるファルコとステップをとり足を暖めるソニカの二人は隼人のバイクの音で耳をやられないようとあらかじめ中江さんたちから貰ったに耳栓をする。
隼人はグリップの握りを再確認し、クラッチ、アクセル、前後ブレーキ、ギアと手足を動かして動作がちゃんとするか念のための再確認をする。

ーーー全員がスタートラインに揃った。

「…。」
「…。」
「…。」
ファルコは大きく手を広げいつでも飛べるように…
ソニカは地面に対して羽を下ろし恰も人間のクラウチングスタートのように…
隼人は前輪をロックさせて後輪のグリップを稼ぐ為にアクセルを絞り徐々に回転数を上げていき後輪を空転させてバーンナウトさせる。
あたりにはゴムの焼ける独特のニオイと白煙が立ち上り始めてマフラーからは時折火を噴出している。

ーーー…シグナルに灯が灯る!

「っ!」
「っ!」
「っ!」
さらに筋肉を絞るように動作をする二人にグリップを保てるギリギリの回転速度までまわす隼人。

ーーーパッ! パッ! パッ!

一秒かからずにドンドン下へと点灯していく赤いランプのたどり着いた先は…

ーーーパッ!

『グリーンシグナル』

それすなわち…











戦いの火蓋が切って落とされた瞬間ということだっ!








青に変わった瞬間、ファルコは物凄いスピードで地面を蹴りだし前方上空へ向かい翼をはためかせるが如何せん彼女には助走と滑空距離が必要な為今一歩で遅れ気味になる。

ソニカは一気に筋力を爆発させることにより驚異的なスタートダッシュをみせ、余裕のトップへ躍り出る。

隼人は整備長ご自慢のジャジャ馬のクラッチをいとも簡単にタイミングどんピシャで合わせるも如何せん馬力がとんでもないので前輪が浮き上がり自然とウィリーをしてしまいあわや転倒かっ!? と思われたがさすがバイク乗り。
ウィリーで地面から離れたままであるにも関わらず隼人は難なくスタートを切ることに成功した。
ただやはりスタートダッシュでソニカに先制をとられてしまいくしくも現状二位になる。

「これはあつい! アツいですよぉ! スタートダッシュを制したのはソニカ! そしてコンマ数秒の遅れでなんと隼人が食いついたっ! しかしファルコも負けていないぞぉ! 」

スタートして数秒。
たった数秒の間だが走っている本人達にとっては数分とも取れる時間である。現に隼人は…

(ぐ…ぅぉっ…なんて馬力だよっ…体が…内臓が置いてけぼりを食らっちまう…っ)
意識がもっているのが凄いほどの加速Gに抗いながら徐々にギアを変えていく。
ゼロヨンだったら楽だろう。神経を研ぎ澄ましマシンを制御する時間が極端に短い為あっという間にゴールしているのだから。
だが今回はその25倍の距離を走らなければならないのだ。
ロー、セカンド、サード…指針が差す回転数の一番美味しいところだけを見極めてつなげ変えていくと速度は笑ってしまうくらいに上がっていく。

100km/h…160km/h…200km/h…

とうとう針が表示されている速度の半分を超えた。
しかし、しかしである。

それでもソニカにはまだ数秒のあきがあるのだ。

スピードメーターの指針が260km/hを差しているにも関わらずそれでもまだ彼女は加速していく。

(くそっはぇっ…さすがコカトリスってとこか?!)
そんな彼女の尻を見ながら愚痴をこぼすのは仕方がないことだろう。

そしてあまり余裕がない中視線を少しだけ上に向けると高度をドンドン上げていくファルコの姿が見えるではないか。
地上を走る二人に対して体全体が空気の抵抗と戦っているにも関わらずファルコは若干隼人より遅いくらいでまだまだ上昇を続けていく。

とんでもない二人とバトルをすることに後悔をするかと思いきや隼人はヘルメットの中で満足げに微笑んで…

(おもしれぇ! 絶対勝ってやるぜっ!)
密かに燃えていた。


ーーーこの間、たったの1分。距離にして5キロを過ぎたくらいの出来事だ。


「はやいッ! はやいはやいはやいぃぃっ! まさにこれがスピード狂のバトルなのかっ!?5kmを通過した時点でなんとたったの一分しかたっていなぁぁい!!」
観客達の盛り上がりは半端じゃなかった。
美羽のナレーションもあり、町全体の気温が3度も上がってしまったのではないか?と言えるほどの熱気が更に会場を覆い尽くす。
ファルコを応援するものや、ソニカに声援を送るもの、隼人へ旗を振って応援するもの。

ひとりひとりが思い思いの歓声を送る中、当の三人はラストスパートに入る。


ソニカの尻を追いかけ続けた隼人だったがここで一気に抜き去るべくアクセルを限界まで絞りギアをオーバートップに叩き込むっ!

280km/h…300km/h…330km/h…

震えるハンドルを無理に黙らせ、悲鳴を上げるエンジンを無視し、とうとう到達したるは…


時速380km/h


流石のコカトリスであるソニカもこれにはたまったもんじゃない。
すこし疲れが見えた矢先のことでソニカは焦るもほんの一瞬のうちに後ろから隣に、隣から少しずつ前に…

そして今完全にソニカを隼人が抜いていった。

だがその隼人の追い上げすらも些細なことと物凄い勢いでソニカの後ろ、且つ遥か上空から文字通り滑空してくる影一つ。
その影は徐々に速度を上げて迫り来るっ。

目いっぱいの文字通りのフルスロットルの状態の隼人を嘲笑うかのようにその影ファルコは加速するっ!

ソニカも負けじと力を振り絞り一気に加速を増すっ!

ーーーやがて見えたのは白線が引かれたゴール。

豆粒ほどの大きさだった計測カメラが刹那で元の大きさになるそんな速度の中、三人は奇しくもほぼ横一列でゴールしたのだ。


「ごぉぉぉーーーーるっっっ!! 三人同時にっ! 三人同時にですっ!!」

『ワァァーーーーッッ!!!』


観客はもう何を叫んでいるのか分からなかった。
それだけ興奮しているということに違いないが。






だがここで最悪のトラブルが発生してしまう。






隼人はゴールラインを切ると一気にアクセルを緩めつつブレーキを前後で均等にかけて速度を落とし始める…だが…



ギィィーーーパキンッ!!



「なっ!?」
なんとブレーキのパッドが割れて飛び散ってしまったのだ!
つまり…


速やかな減速が出来ないということであり、止まれないと同意である。


「…ん? えっ?! 隼人が中々減速しないっ? どうしたのっ!? トラブルでも発生したの?!!」
沸いていた観客と共に浮かれていた美羽だったが視界に写った大スクリーンの中、隼人のバイクだけ一向にスピードが落ちないことに気付いてマイクがオンになっているにも関わらず声に出してしまう。

それにより沸いていた観客が一気に静まり返ってしまった。
そして画面に映し出されたのはレースが終わっているにも関わらず未だ200km/h近くで走り続けてブレーキローターを真っ赤にして焦りが見て取れる隼人のバイクの姿だった。

…歓声が一気に悲鳴に変わる。

「なにっ!? ブレーキが壊れた?! …パッドが弾けとんだぁぁっ!?」
「…っ! ありえない…整備は完璧だったのに…」
その情報はすぐさまピットへと伝わり、隼人のピットでも悲鳴と怒号が飛び交っていた。
両手で顔を覆い蹲る者、壁に拳を叩きつける者、互いに抱き合って震える者。

様々な人間(魔物)模様をしている阿鼻叫喚のピットの中で一人ニヤニヤしているヤツがいたのを中江さんが目敏く見つけてクロックスさんもそれに気付き一気にその人物に走り詰めてクロックスさんはそいつの胸倉を掴み壁にしこたま強く叩きつける。
その壁掛けの工具が全て床に落ちてしまったぐらいの大きな音で整備士全員がその音のした壁へと視線を向けるとそこには今にも首をへし折られそうな勢いでその人物が壁に貼り付けにされているのだった。

「ぐっ! な、何をするっ! 」
「…何をしたの? あなたは何をしたのっ!」
「正直に吐けや。クソがきぃ…」
壁に押し当てサイクロプス特有のパワーでズリズリと壁を削るように押し上げていくクロックスさんは柄にもなく大きな声で饒舌に叫び、中江さんは額に青筋を立ててその人物…御曹司を射殺さんばかりの視線でにらみつける二人に何のおくびもなく笑う彼は人として最低なことを高々に喋りだす。



「おまえらが悪いのさっ。アイツだけ贔屓しやがって…僕のほうがこのチームにはふさわしいんだっ!! だから彼には私用で僕のコレクションを使った罰を与えたのさ。ブレーキが『脆い』のに乗るk」



最後まで喋る前にクロックスさんの豪速の鉄拳を食らった御曹司は錐揉みしながら一直線に工具棚に頭から突っ込んでしばしの痙攣の後動かなくなった。



「…頼む、生きて帰ってきてくれっ!」
「隼人くん…」
「隼人…っ」
整備士連中は汚物を見るような視線と罵倒を御曹司に浴びせた後ただただ隼人の無事を祈るばかりである。



当の本人はというと必死にエンジンブレーキで速度を落とそうとするもスピードがスピードの為まともに減速できていないのだ。

しかもレースの本線と別に設けた減速用のクーリングスペースもあと僅か。
その先には強力なバリケードが…


ーーーつまり明確なが数秒先まで待っているのだ。


「(やべぇ…俺しんだn)…うぉ!?」


ーーーしかし絶体絶命のこのピンチを救う者が!


「絶対死なせないよっ! 隼人っ!」
僅かばかりの減速中のバイクから引っぺがすように隼人の肩を足の爪で鷲掴み、隼人のみを高々と空中へ持ち上げるのは先程まで争っていたファルコその人だった。

ライダーという支えを失ったバイクは左右に揺ら揺らと揺れが大きくなったかと思うとハンドルが大きく切れて横転し、慣性の法則よろしくグルグルと物凄いスピードで回転しながら色々な部品を飛び散らせながら進み、そしてとうとう道の終着を示す頑丈なバリケードへと突っ込んだ。
その衝撃は凄まじく、バリケードに使っていた水がたっぷり入った大きなポリタンクを悉く粉砕しその奥にある念のためと用意してあったコンクリートの分厚い壁に轟音と共に数秒の間めり込み…やがてほとんど原型を残していないバイクだったものがガチャンと音を立てて地面へとおちたのだった。

その瞬間。

ドォォーーーンッッ!!

バイクは積んであったレース用燃料に引火し大爆発を起こし一気に火達磨になる。
消火班がつく頃にはもう火の手が収まってきており消火作業が終わったその場所にはただの溶解した金属のみが残っていた…。

このまさかの救出劇に静まり返っていた観客は本日一番の盛り上がりを見せたのは言うまでもない。








ついでに犯人である御曹司は禮前様直々に審判を下し禁固刑20年となったとさ…。


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「隼人の無事と『優勝』を祝いましてぇ〜♪」
『かんぱぁぁぃっ♪♪』

レースから数時間後。

ここはこのレースをする切欠となった居酒屋であるが数日前よりも遥かに人が増えていた。
隼人の整備陣営、ソニカのセッティング陣営、ファルコの陣営、さらにはスタッフとそのスタッフのほとんどと本日目出度くゴールインした男達。
さらには禮前ファミリーと口逢ファミリー、そして古里瀬ファミリーとこの街の主要御三家も参加している。

そしてここの支払いは全てオーナーが謝罪の意味を篭めて全て受け持つということに。

「これだけ出来た父親からどうしてあのようなバカ息子が出来るのやら…」
「いやはや、お恥ずかしい…面目ございません…」
「いや、面をあげてください。」
禮前様の脇で酌をするはオーナーであったが表情はとても申し訳ないと目に涙を堪えてただ平謝りするもそれを制す禮前。

「飲み比べ…しますか?」
「あら、負けませんよ?」
一方別のテーブルでは白狐と駄狐が今まさにイッキを始める寸前であった。

また別のテーブルでは…

「僕は君に会うためにあそこにいたんだよ…」
「ステキィ…大好きですっ♪」
ゴールインしたてのラブラブカップルが今にも事に及ぶのではないかというほどの甘甘な空気を作り出しておりその席の反対側でチビチビと飲んでいる古里瀬家の妖狐数人。

「…アー、オトコほしい…」
「愛姉さんまたなの? …ねぇどうしたらいいかな? 綾姉さん。」
「まぁ、放置で大丈夫っしょ? というか毎回毎回気にしすぎだよ陽は。」
「姉さんはどうして前科もちのレッテルを張られているのに堂々としていられるのか私には分からないんですけど?」
…夫帯者は余裕でした。

さてさて、今回の主役達のところはというと…

「ちょっとトイレいってくるわ。」
『いってらっしゃーい。』
ちょうどはやとが席を立つところだった。
隼人が暫くしてトイレから出てきて宴会部屋へ戻ろうとして廊下を歩いていると不意に前から誰かやってくる。
誰だ、と目を凝らしてみるとそれはファルコだった。

ファルコもトイレだろうか?

いや違う。
ファルコは隼人の前でピタリと止まると羽を後ろ手に交差させてもじもじして中々声を出そうとしない。
不思議に思った隼人が首をかしげているとやっと重い口が開いてファルコの鈴の音のような声を聞くことが出来た。

「…ねぇ隼人? この前のメール。…覚えてる?」
「この前?…あ!」

『p.s.レースが終わったら全員(私含め)話があるそうだ。』

レース詳細の文面の最後に確かに書いてあった一行のことを思い出してハッとした表情を隼人がするとファルコはしり込みしながらも言葉を続けていく。

「じゃ、じゃぁ…あたしからっ! は、隼人っ! ま、前から好きでしたっ!」
「…え?」
「へ、返事は皆の後でいいからね!」
顔を真っ赤にしながら反転して走り…否飛び去るファルコに唖然としていると続いてやってきたのはソニカだ。

「あ、隼人…そ、そのぉ…」
「…なにこのデジャヴ?」
つい先程のファルコの言葉を思い出してハハッと乾いた笑いをする隼人だがそれに気付かないくらいあたふたしているソニカは羽をバサバサとばたつかせながらギュッと目を閉じてほとんど叫ぶようにして隼人へこういう。

「わ、私より速い隼人が幼馴染で本当によかった好きでした愛しています…きゃぁぁーーー♪」
あまりの緊張からか言葉が明らかに可笑しいことになっているも好きという気持ちを伝えたソニカはファルコと同じように顔を真っ赤にして猛スピードでこの馬を場を離脱していくのだった。
…顔を真っ赤にして呆けている隼人だったが空かさず次の人が目の前まで接近していた。

「…大丈夫か? 隼人。」
「…っ!? うぉっ!?」
隼人が奇声を上げるのも無理はない。

声が聞こえたので視線を前に戻した瞬間視界いっぱいに広がるマリーナの顔。

「なんだか呆けていたが…まぁいい。」
「…」
まさか、と思いつつマリーナの言葉を待つ隼人はすでにファルコのときから心臓がスピードをあげていたがマリーナの言葉を待つ間もその脈動は速度を上げていた。

「私の旦那になってくれ。…ありきたりの言葉ではあるが君に送ろう。ではな…ふふ♪」
目と目をしっかりと見詰め合って言われた言葉はズシリと重い愛の告白だった。
少しだけ顔を赤らめたマリーナは微笑を隼人に向けてそのまま部屋へと戻っていく。
だが隼人にそれを見送るほどの心の余裕はなかった。

隼人は再び放心状態になりかけるも…

「隼人っ♪」
「隼人、酒がまわったのか? …大丈夫か?」
ファルコ、ソニカ、マリーナが来てこの二人が来ないというのはありえなかった。
落ちかけた意識を引き戻して目線を前に向ければ嬉しそうに顔を上気させた美羽と心配そうに顔を覗き込んでくる葵がいた。

「ま、まさか…」
「そう!」
「そのまさかだ。」
あまりに予想外が連続に来て恐慌寸前になりかけている隼人を尻目に二人はズイッと隼人にみを乗り出すと…

「隼人、私さ…前々から言いたかったんだけど…隼人の為に歌をつくったんだよ♪」
「さぁ隼人、私とこの後の将来設計について詳しく語りましょう? カ・ラ・ダ・で♪」
立ち尽くす隼人の両脇に素早くポジションを取った二人。
美羽は腕を強く抱いて嬉しそうに。
葵はトロンとした目でしなだれ掛かり片方の風きりばねを隼人の胸に当ててスーッと下へゆっくりとなぞっていく。
…隼人は為すすべなくその攻撃を享受しているとドタドタと騒がしく先程告白した三人が走ってやってくると密接している二人に対して猛抗議が始まった。

「ちょっと! 何してるのよっ! 女芸人にマネージャーっ!!」
「タッチは禁止したはずですよっ!」
「私だってギリギリ我慢したんだぞっ!!」
対して二人は?

「へへ〜んだ! ルールは破る為にあるもんね♪」
「その意見には一時的に賛成です♪」
尚も強く抱きつく二人。

「あぁーそのー…みんな?」
『…』
鶴の一声とはこれ如何に?
隼人の呟き程度の声は悉く喧騒を止ませてしまい且つ全員の視線を浴びることになるも隼人は眉尻を下げて明らかな困惑の表情のままつぎの言葉を紡ぐ。

「お、俺さ…いきなり全員から告られても…誰かだけ選ぶとか出来ないんだよ…」
今まで幼馴染として付き合っていた女の子全員からの一斉告白に戸惑いを隠せない隼人は包み隠さず正直に言う。
隼人は今の自分の言葉によってみんな暗い顔をしているだろうと思っていたが現実は…







「ほらやっぱりっ! 」
「だよねぇ」
「うんうん。」
「ファルコの通りか…」
「やはりか…」


「……あるぇ?」
そんなの想定内ですよと言わんばかりに皆が皆頷きあっているではないか。
隼人の思考が追いついていない中話は進んでいき…

「じゃぁ…」
「そうだね…」
「改めて…」
「隼人…」
「私達の…」


『旦那様になってください♪』



ーーー隼人はこのレースによって美しい5人の妻を獲得したのであった。

【完】

ここまで読んでいただいた方っ!
有難うございます。
お疲れでしょう? なのでこれを…つ旦<お茶

書くのに5日がけです…もう僕は疲れたよ…パト○ッシュ…

結構な数の専門用語を入れて挑みましたが…
いかがだったでしょうか?(´・ω・)

11/12/05 20:55 じゃっくりー

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