狩人と黒い翼の闘争
【狩人と黒い翼の闘争】
騎馬の上から獲物を狙い打つ。騎乗を主観においた短弓は風のように宙を駆け、叢の中、反応の遅れた狐に突き立った。
平たい背骨をもつ西南の大黒馬は、波打つほどの毛をもった大型の馬である。気性の荒さから騎乗には向かぬとされているが、並の馬を凌駕する速度は大陸でも一、二を争うほどとされる。
その背から軽やかに降りた青年は、馬に吊るした獲物の中に狐を加える。今日は大猟だった。
その大猟の中、腰に携えた片刃の剣を触る。東方拵え、塗りの鮮やかな品を譲り受けたのも、大きな獲物を勝ち得た日だったと。
――――――――――――――――――――――――
大陸の北東、氷に覆われた北国の山脈を前に広がる平原には、多くの魔物の他に、平原部族が暮らしている。その中の若者、まだ14となったばかりの少年は、乗り慣れぬ大黒馬の上で格闘していた。
「ぐっ、負けて、たまるか!」
大黒馬の巨躯にしがみつき、意地でも離そうとしない少年。痩せた四肢からは想像できない膂力が馬の手綱を握り締め、頬に傷のある未成熟な顔は、若い鷹を思わす精悍なものだ。
ほとんど半狂乱となった馬の方も暴れ続けるが、その体力もついには尽きた。呼吸を荒げて膝を付いた大黒馬から、喜色満面の少年が地面へ降り立つ。
「父さん!これでこの馬は僕のだ!」
髭を撫でる壮年の男も破顔一笑し、大きく頷く。周囲からの歓声と共に市から離れた父と子は、屈服させた大黒馬を連れ、彼等が集落へ戻っていった。
「オセ、お前もこれで成人だ。自分で佳く決め、自分で佳く生きろ」
「勿論だ。父さんやお爺様を見習い、正しく生きていこう」
オセと呼ばれた少年達の前、道を歩いている人影が見える。眼の良い二人が寸前まで気付けなかったのも奇妙だが、振り返った男の装束もこの周辺では見慣れぬものだった。
東方装束、開いた袖と裾のある格好をした歳の頃を二十代前後の青年。暗い目がやけに印象的だが、その身体は歳の割に小柄だった。
手にした鉄棍で肩を叩いた青年は、頭を僅かに下げ、道を知りたいと声をかけた。
「旅人を歓待するのは我らが掟でな。是非、家に寄っていってくれ」
そう歓迎した父に、青年はシェロウと名乗っていた。
――――――――――――――――――――――――
旅人の歓迎は、未だ遊牧の民が多い平原部族にとって血が赤いことと同じほどの常識。酒を振舞い、山羊を潰し、一人の青年を歓迎して宴が開かれる。乳白色をした強い酒にむせた青年は、多弁でこそないものの、旅をしてきた場所や過去の経験を請われ
るままに語っていく。短くまとめられた言葉は、まるで詩人のそれのように鮮やかな情景をオセ達に想像させた。
「錬金術師の都は、機械の馬車が馬もなく走る。ただ、機械の馬車は臭い息を吐き、油を酒のように呷る」
「女については、いい思い出はない。随分と昔、手痛い別れがあって以来の縁はない」
しばらく話していたシェロウが酒に酔ったと席を立った時にオセが誘い、二人はオセの部屋へと引き上げた。
「助かった。酒はあまり呑めなくてな」
そう口にして床に座ったシェロウと向き合い、オセが座る。宴の席から持ち出した茶を渡すと、甘い液体を一気に飲み干した。
「これから何処に?」
「北の山脈を目指している」
彼が言うには、ここより北に、遥か古代の遺跡が存在するかもしれないという。自分は、そういった文明を研究する盗掘屋だと短く呟いた。
しかし、北への道は秋の増水で氾濫した川に沈み、しばらくは使えない。逗留を申し出たシェロウに、オセ達は快く応じ、彼とオセは、半月ほどを一緒に過ごした。
オセは彼に、獣の射ち方、獲物の付け方、風の予測や、天気の変わり目を教えた。代わりにシェロウは、幾つかのまじないや魔術、剣の心得を教えた。その剣の教えをしていた時、彼は短く空を見上げると、飛び去る鳥の影を眼で追い、不思議そうに呟きを漏らしていた。
「ハーピーか」
美しい翼に眼が奪われる。
素晴らしい四肢に心臓が波打った。
その姿は、あまりに美しいものとしてオセの眼には映った。
慌てて視線を逸らしたオセは、素っ気ない言葉を続けた。
「珍しくもないとは思うけど?」
「一人、というのが腑に落ちなくてな。もしまた見かける事があれば、気をつけた方がいい」
シェロウが唯一口にした忠告は、オセの記憶に、不思議なほど残った。
――――――――――――――――――――――――
別れの日、彼は礼とともに脇に差していた片刃の東方剣をオセへ渡した。
今まで世話になったと初めて笑った彼は、そのまま北への道に去る。じきに丘陵を越えて彼の背中も見えなくなると、寂しさも感じはしたものの、腰に残された片刃の剣は重く、彼の教えを語っているようだった。
大黒馬に跨ったオセは、前を真っ直ぐに見据えると、家を目指して草原を駆け戻った。
平原の風は荒い。ぼんやりとしたまま風を浴びていたオセは、空に黒い翼を見る。太陽を背に、姿の不鮮明な影が次第に降下を続け、その形が人だと気付くより先に、オセは弓を番えていた。
その容貌は人の貌。その両翼は風を裂く。
ブラックハーピー。風より速い鳥の魔物。
気の強そうな目元に紅い唇、見惚れるほどの美貌。
しかし、そこ頬を歪める喜悦を前に、オセは馬から飛び降りていた。
疾風が馬上を過ぎる。馬が嘶きと共に狂乱した。
巨躯の馬は身の危険から走り出し、見る間に遠ざかって行った。
それを無視し、オセは叢を走って林の中へと駆け込む。
狩猟意欲に燃える魔物と会った不運と、この草原で数少ない林が近くにあったという悪運。
冷静さを取り戻すまでに必要とした僅かな時間。
その一瞬の混乱に生まれた隙を、ブラックハーピーは見逃さなかった。
頭上の気配に左へ跳躍するオセ。
その肩を鋭い鉤爪が抉る。
痛みより先に体勢を立て直す。狩人としての経験が、咄嗟に刃を抜かせた。
追撃をいなし、跳躍からの蹴りを放つ。
瞬時に上空へ退避するブラックハーピーの一瞥は、まるで氷のように冷徹なものでしかない。
鞘へと素早く剣を戻し、上空からの監視の目から一気に逃亡する。
息は荒く、身体は熱い。ただ、頭だけが冷めていく。
鹿のように、ただ疾く、ただ前へ。
馬と逸れたまま、小さな林を駆けた。
右肩には鉤爪が浅く肉を裂いている。その傷にも躊躇せず、細身の身体が枝の隙間を抜け、構えた矢を弓へ番えた。
上がる心拍数を抑え込み、呼吸を抑える。音を封じ、気配を消し、全てを希薄にして待つ。少なくとも視認して襲われないように逃げて来た。時に、平原の只中で獣と相対する狩人でるオセも、簡単に負けるわけにはいかなかった。
相手を探る。大空を飛翔する影は一つ。黒い羽に覆われた相手を樹の陰から確認し、宙を滑空する姿を視界に収めた。
ブラックハーピー。ハーピーの中でも取り分け知能が高く、仲間意識も強い。戦闘力もだろう。あの時、もっとシェロウの話を真面目に聞いておくべきだった。単体でハーピーが移動している。それだけでも危機は存在するという迂遠な指摘を、自分は聞き流してしまっている。
鳥を考え、どんな行動が当てはまるかを挙げる。今の様子、それは獲物を連れ帰る時か、捕食を目的にしている時の研ぎ澄まされ集中。
魔物の生態に関する知識が乏しいオセの脳内で、貪り喰われる姿が浮かんだ。あのハーピーが、襲撃以外を行う可能性を考えもするが、言外に否定した。それ以外なら、執拗に傷つける訳も理解できず、捕食と性欲が切り離されているとも思えない様子が見てとれた。
興奮している。血か、肉か、それとも闘争によるものか。
それだけ極上の獲物だと思われている事を誇らしく思う反面、やはり誰もが畏怖するような迫力はないのだろうと納得してしまう。底を見せない深みのようなものは、未だ経験の少ない自分からは感じ取れないだろう。半ば諦めに似た心境を飲み込むと、喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。
鉄の味が舌の上を滑る。切った唇が僅かに痛んだ。
徐々に高度を下げ、林の中を探るブラックハーピー。
その視界に入らぬよう祈りながら、鏃を上へ向けた。短弓の弦を引き絞る。
距離はまだ遠い。呼吸だけは驚くほど安定している。腕で構え、眼で捉え、意識で定め、鏃の延長線上へ相手を置く。それが弓を放つまでの流れだ。何百と身体に覚え、それだけを追求しても三年は短かった。
一撃必中が鉄則。同時に、一撃で決まるとも思うな。どちらも大切な教えであり、父は一撃を尊んで今まで生き残り、祖父は一撃に執着する事なく今まで生き残った。どちらかを切り捨てて成功できるとも思えない。どちらでもいい、ただ利用して生き延びるだけだ。
弓が悲鳴を上げる。弦が震える。指先の皮が薄く裂けた。鏃の先、翼が宙を流れ、高度は徐々に下がり、そして。
眼、鏃、ブラックハーピー。
全てが一直線に並んだ。
意識より速く経験は伝える。脊髄は腕を操り、指先に意識が届いた時には、矢が、彼女の目前にまで疾る。
当たった。
そう意識しながらも、首筋が痛むような緊張感が途切れない。弓を握り締めて走る背後、ハーピーの身体が大きく反った。
矢が宙を泳ぐ。外れた。
鳥との違いを嫌でも思い知らされる。的は大きくても知恵と動きの多様さは段違いの存在。大きく肺が震えたと同時、反撃の咆哮が放たれていた。
横隔膜と肺によって発生し、喉から口内で収束された衝撃波。激しい空気の振動に木々が薙ぎ倒され、一瞬前まで居た空間を壊し尽くす。
心臓の止まる思いで足音を消し、次の場所へ移動しようとする傍、再び衝撃波が通過していく。おそらくは的を定めずに炙りだそうと放射しているのだろうが、その誤差に怯えながらも、感嘆までしてしまう。狩人に勝るとも劣らぬ駆る者としての才能、魔物であるなしに関係なく、相手は狼の群れを殺せるほどの力量をもっている。
「シェロウ、貴方を信じる」
次第に正確な軌道へ変化していく衝撃波が止まった。おそらく、場所の目星がつけられた。次は必殺の一撃が、唸りを上げるだろう。
唇の血を指先に乗せ、矢筒から抜いた矢の尾羽へ線を引く。古き風の邪神の名を刻み、見れば眼の潰れる存在へ今だけは願った。
全身から心臓を止めかねない量の生命力が吸い上げられると同時、禍々しい気配が鏃の奥へ潜んだ。邪神の残滓。生命力を代価とした即効性にして最速という呪い。矢を使う自分ならばあるいと、危険だと知りながら教えてくれたものだ。
『奥の手は持っておくに越した事はない。だが、縋るな。これは選択肢の一つだと考えておくべきものだ』
珍しく心配した口調で話すシェロウの言葉を思い出す。そう口にした彼の奥の手は、別れるまで見る事はなかった。
「イア、イア」
呼び声と共に、残った力で弓を絞る。最低限の力、最高の脱力、一瞬の集中の為に弦を引き絞る。
喉を閉じ、唸るように呟いていたブラックハーピーを中心に暴風が吹き荒れた。真空の刃を含む強大な渦は、風属性の高位呪文の
一つ『渦《ヴォルテクス》』だ。まさか魔術まで行使するとは想像していなかったものの、それは衝撃波と同じ、風属性の影響下にある現象だった。
「行くよ」
矢に託した願いは、旋風として顕現した。
目の前の暴風域を貫通し、一撃に託された全ての力が収束する。ブラックパーピーによる魔術の発動が乱れ、彼女の姿勢が崩れた。
矢が、突き刺さった。
しかし、胸を庇った翼が軌道を逸らし、翼を形成する羽と、骨格の一部だけを抉った。
舞い落ちるブラックハーピー。しかし、反撃に瞳を見開き、衝撃波を収束させる。
その瞳が動揺に揺れた。
崩れ落ちているはずの少年は、既に弓を捨て、転がるように走っている。
必殺必中。されど、一撃で決まると思うな。当てる時と、当てた後の切り替えこそが命を繋ぐ。
鞘から不器用に刃が抜かれる。落下寸前に片羽でホバリングし、初撃を避けるも、矢とは違って追撃は速い。
真っ青だが、必死で不器用なまでに真っ直ぐな顔と、繊細な造りだが、気の強そうなはっきりとした顔が向き合う。
殺されると囚われた。
殺せると捉えた。
横一文字。頬を裂き、距離を詰める。
そこからの突き。不慣れな剣技の一端。しかし、その先端が喉元で止まったのは、何の因果か。
「・・・・・」
「・・・・・」
時間が止まるような緊張。生命力の低下による肌寒さに震えてすらいながら、オセは剣先を動かそうとはしない。
「・・・・・何故、殺さない」
「僕には誇りがある」
虫の息、とは言わないものの、青い顔のまま言葉通り、誇らしげに胸を張る。
「喰わない獣は殺さない」
絶句。呆気にとられた様子でブラックハーピーの眼が見開かれる。そして悔しげに、その翼が揺らされた。
「どれだけ傲慢なんだ?」
どこか粗暴な口調に、態度だけは余裕のオセは笑う。
「もし、敗者としての矜持があるなら、負けを認めてつがいにでも為るのか?」
「つがい、に?」
途端、女の顔が真っ赤になる。それとは反対に、少年の顔は色を失い、青から白へ変わりつつある。
膝を付く少年へ、思わずといった様子でブラックハーピーが手を貸す。しかし、傍へ駆け寄る彼の馬によってその翼が遮られる。
「オセ。シュミクラン一族のオセ」
「ブラックハーピーのアンラ。さっきの話、本気なのか?」
「さぁね。正直言えば、どうでもいい。これだけの勝ちの他、望むものはないよ」
浮かぶ満面のオセの笑顔。
そこには勝者としての誇りと、得難き強敵への称賛が溢れている。
馬へ乗り、颯爽と去っていくオセの背中。
林には、アンラと共に、弓だけが残されていた。
「オセ」
ぼんやりと背中を追う。眼に焼きついて離れない青い顔のまま語られた意地。間違いなく馬鹿の所業。
思えば。
「オセ」
この時に、二度目の勝敗は決していたのかもしれない。
頬を赤く染めたアンラは、まさに夢見る乙女の眼差しで宙を見上げていた。
――――――――――――――――――――――――
鉤爪で叩かれた門戸。オセの弓を持った、異貌の女。
驚きながらも、言葉を必要とはしなかった。全てはあの時に交わし合った。
百万の言葉も、百億の行為も、数えきれない逢瀬もいらない。
尊敬すべき父と祖父へ、自身の妻として翼を持つ美女を紹介するオセ。
顔を翼で隠した花嫁は、恥じらいと、反発するように粗暴な態度すら喜ばれ、一族総出の盛大な披露宴が行われた。
輝かしい御輿。人々の祝福。
そこには、稀なる狩人への祝辞と、異貌の花嫁への歓待のみがあった。
大草原の一族は、外の血、他の民族の血であれ、自身の同胞となれば迷わずに喜ぶ。
それは作法であり、彼らの生き方だから。
揺られる新婦と新郎は、豪奢な婚礼儀姿で運ばれていく。言うに及ばずとも思うが、その二人とはオセとアンラ。
ただ素直に、成人したばかりのオセは笑う。それに対し、素直になれないアンラは、隠れるように花嫁衣裳のベールへ赤い顔を隠す。
極限の闘争から生まれた二人の絆は、今日この日の盃で、夫婦の絆と相成った。
そして、待ち兼ねた者がいるのかはさておき・・・少なくとも孫を見たがる祖父は望んでいただろうが・・・
初夜であった。
――――――――――――――――――――――――
強い南方領の酒と振舞われた熊の生き血。どちらが原因かは定かでない。眼の据わった15の青年は、つい先程、妻になったばかりである魔物の美女、種族をブラックハーピーと呼ばれる両腕が翼となった相手を、自身の寝床へ組み伏せていた。
顔立ちは一見して繊細な造りをしているが、右頬には出会った時に彼が抉った傷跡が残っている。長い牙に吊りあがった目元と、どこか気の強い印象を受ける女だった。若者の名をオセ、その下に肩を押さえられているのがアンラ。鼻先に迫った顔に、珍しくアンラは動揺していた。
「ま、待て。オセ、さすがに酔った勢いなのは」
「欲しい」
「んっ」
唇同士が重なり、熱い呼吸と共に糸を引くほど濡れた舌が滑り込んでくる。全身を痩せたオセの身体に押さえられ、左右に逃げる事もできない。オセの舌が絡み、外へ誘い出そうと吸い上げられる。まるで溶ける様に身体が重なり、唇から首筋へ唇が下る。
「オ、セ」
焦点のずれたアンラの視線がオセの頭を追う。首筋から鎖骨を甘く噛み、その間にも服の留め具を指先が弾く。熱に浮かされたにしては機敏な動きの中、胸を覆う下着までがするりと脱がされていく。豊満な胸が左右へ揺れ、秘所を覆う布まで下へ引き下ろされる。
半裸になったアンラが、全身を両翼で隠そうと身を捩る。しかし、上に被さるオセは、そのまま自身の下履きから革紐を緩めた。ずらした下着から露出した太い生殖器を前に、アンラの身体が後ろへ退き、その顔には恥じらいと躊躇いが浮かんでいる。しかし、既に先端、先走りに濡れた亀頭が、彼女の割れ目へ接触していた。
「オセ!」
体格こそ痩せて若いオセが一回りも小さい。しかし、どれだけ長い足や鉤爪、翼を揺らしても、その反応をオセが喜ぶだけ。狩人として一流の彼は、細い身体に針金のような筋肉が重たく詰まっている。
「アンラ、好きだ」
「え、あ」
舌の触れない長いキス。赤い顔のままだが、オセの表情からは真摯な感情が浮かんでいた。
「・・・ずるい」
アンラはついばむ様にキスを返し、濡れた瞳を笑みに緩めた。
閉じられた場所に、強引なくらいオロの先端が押し付けられる。濡れてこそいるものの、まだ色の薄い肉の襞は開かなかったが、先端は徐々に割れ目へ進入し、硬く膨れた突起が、先走りの液と共に、ついには膣へ飲み込まれた。
「ん、んあっ!」
「入、る・・・!」
熱く脈打つ奥まで肉の塊が進入する。声を詰まらせたアンラの鉤爪が大きく弓なりに反り返ると、咳き込むように痙攣した。
みっちりと内側で反り返った存在に喘ぐ。締め付けられるオセも細かな震えと共に、呼吸を詰めて絶頂を堪えている。
「動くよ」
「ぅん」
秘所の入り口直前まで引き出し、ゆっくりと押し込む。それだけで互いに鋭い刺激が背骨を蝕む。腰を浮かせたオセの額には汗が浮かび、繰り返される挙動の中、何かが切れたように動きが激化した。
「っあ、あぁ!」
奥、最奥の壁、子宮口まで叩きつけるような動き。ぬるつく感触、幾重にも重なる肉の壁が強く内側へ締め上げていく。
襞を押し分け、内側から外、入り口から最奥までを何度も突き上げるオセ。既に動きは衝動として制御を外れ、本能としての快感を求めていく。
右胸を強く握り、形を歪める。固く尖った先端を唇が引っ張り、縦に引き伸ばしては揺らす。肉の揺れは欲望を刺激してやまず、腰から下が激しく奥を抉じ開けていく。
「あぁぁ!」
「・・・!」
先端を奥へ押し当てたまま、一気にオロが射精へ至る。最奥に果てた濃厚な精液が子宮の内へ、ごぼごぼと流れ込んでいく。
泡立つほどの量は膣を膨らますほどに溜まり、ついには、未だ萎えぬ生殖器が押し込まれたままの入り口から零れ落ちた。
甘いアンラの臭いに混じり、驚くほど濃厚な精の臭い。生臭く立ち込める異臭の中、緩んでいたオセの筋肉が再び硬く締まる。ほとんど失神に近い絶頂のまま吐息を漏らしていたアンラが痺れたままオセを見た。
「や、やめ」
「・・・ごめん」
オセが身体ごと奥に突き込むと、子宮口の輪がゆっくりと緩んでいく。そのまま更にその奥へ先端が潜り込むと、子宮の
内へ、男の先端が入った。アンラの呼吸が止まる。ぬるりと膣の中へ先端が外れた瞬間、アンラの背中がぞくぞくと浪打
ち、焼け付くようなむず痒さと快感が爆発していた。
声にならないアンラの叫びが喉を揺さぶる。再び最奥より中、先端だけが子宮口の輪に入ると、オセが大きく歯を噛み締めていた。
ぶるりと、全身が震えた。
「っっっっっっ!」
二度目の射精がアンラを貫いた。オセの先端から長々と白濁液が、子宮へ直接注ぎ込まれていく。先程のものと合わせ、中までがどろりとした粘つきに犯される。
アンラの身体が跳ねた。既に意識の薄れた顔を過ぎる幸福そうな余韻を最後に、彼女も、オセも、そのまま倒れた。
泥のように眠る二人。
最初とは思えない有様だった。
――――――――――――――――――――――――
翼で全身を覆ったアンラが同じ寝床で反対の壁を向いている。後始末の終わったオセは、まだ幼さの残る顔立ちを困惑に曇らせ、寝床に座っていた。
「ごめん」
「謝るな」
「だって」
「謝るな!」
跳ね起きたアンラがオセを睨む。その顔が真っ赤に染まり、オセの細い肩へ顔を埋める。
「嫌だったわけじゃない」
「・・・僕も」
硬くしなやかな腕が彼女の背に回される。
「馬鹿」
黙ったまま抱き合う二人の身体が重なり、幸せそうに翼の中へ消えた。
――――――――――――――――――――――――
遠く、部族会を報せる角笛が聞こえた。新たな春の気配に、知らず、頬は緩む。
風に枯れた草が舞い上がった。
空へと昇るそれを眺めていたオセは、今では平原で最も勇敢な婿として知れ渡っている。
旅人はその妻へ、気流を渡っては眺めてくる平原の情報を尋ねに訪れるが、その様子を隣で眺めている時のオセは、この噂を聞いてあの変わり者が再び訪ねてくるのではないかと想像するたびに笑うのだ。
これだけの美人を妻に迎えた自分と、その出会いを知って、彼はどれだけ驚くだろうか。
その時には、最愛の妻と共に彼を迎えようと決めている。
「オセ」
過去を思い出していた彼の上へ、アンラが空から舞い降りる。その身体を、弓を手放した手が受け止めた。
「愛してる」
「わ、解りきった事を言うな!」
「子供は、何人がいい?」
「馬鹿!」
風は草原を渡る。
時に、彼の妻を乗せて。
―――― fin ――――
騎馬の上から獲物を狙い打つ。騎乗を主観においた短弓は風のように宙を駆け、叢の中、反応の遅れた狐に突き立った。
平たい背骨をもつ西南の大黒馬は、波打つほどの毛をもった大型の馬である。気性の荒さから騎乗には向かぬとされているが、並の馬を凌駕する速度は大陸でも一、二を争うほどとされる。
その背から軽やかに降りた青年は、馬に吊るした獲物の中に狐を加える。今日は大猟だった。
その大猟の中、腰に携えた片刃の剣を触る。東方拵え、塗りの鮮やかな品を譲り受けたのも、大きな獲物を勝ち得た日だったと。
――――――――――――――――――――――――
大陸の北東、氷に覆われた北国の山脈を前に広がる平原には、多くの魔物の他に、平原部族が暮らしている。その中の若者、まだ14となったばかりの少年は、乗り慣れぬ大黒馬の上で格闘していた。
「ぐっ、負けて、たまるか!」
大黒馬の巨躯にしがみつき、意地でも離そうとしない少年。痩せた四肢からは想像できない膂力が馬の手綱を握り締め、頬に傷のある未成熟な顔は、若い鷹を思わす精悍なものだ。
ほとんど半狂乱となった馬の方も暴れ続けるが、その体力もついには尽きた。呼吸を荒げて膝を付いた大黒馬から、喜色満面の少年が地面へ降り立つ。
「父さん!これでこの馬は僕のだ!」
髭を撫でる壮年の男も破顔一笑し、大きく頷く。周囲からの歓声と共に市から離れた父と子は、屈服させた大黒馬を連れ、彼等が集落へ戻っていった。
「オセ、お前もこれで成人だ。自分で佳く決め、自分で佳く生きろ」
「勿論だ。父さんやお爺様を見習い、正しく生きていこう」
オセと呼ばれた少年達の前、道を歩いている人影が見える。眼の良い二人が寸前まで気付けなかったのも奇妙だが、振り返った男の装束もこの周辺では見慣れぬものだった。
東方装束、開いた袖と裾のある格好をした歳の頃を二十代前後の青年。暗い目がやけに印象的だが、その身体は歳の割に小柄だった。
手にした鉄棍で肩を叩いた青年は、頭を僅かに下げ、道を知りたいと声をかけた。
「旅人を歓待するのは我らが掟でな。是非、家に寄っていってくれ」
そう歓迎した父に、青年はシェロウと名乗っていた。
――――――――――――――――――――――――
旅人の歓迎は、未だ遊牧の民が多い平原部族にとって血が赤いことと同じほどの常識。酒を振舞い、山羊を潰し、一人の青年を歓迎して宴が開かれる。乳白色をした強い酒にむせた青年は、多弁でこそないものの、旅をしてきた場所や過去の経験を請われ
るままに語っていく。短くまとめられた言葉は、まるで詩人のそれのように鮮やかな情景をオセ達に想像させた。
「錬金術師の都は、機械の馬車が馬もなく走る。ただ、機械の馬車は臭い息を吐き、油を酒のように呷る」
「女については、いい思い出はない。随分と昔、手痛い別れがあって以来の縁はない」
しばらく話していたシェロウが酒に酔ったと席を立った時にオセが誘い、二人はオセの部屋へと引き上げた。
「助かった。酒はあまり呑めなくてな」
そう口にして床に座ったシェロウと向き合い、オセが座る。宴の席から持ち出した茶を渡すと、甘い液体を一気に飲み干した。
「これから何処に?」
「北の山脈を目指している」
彼が言うには、ここより北に、遥か古代の遺跡が存在するかもしれないという。自分は、そういった文明を研究する盗掘屋だと短く呟いた。
しかし、北への道は秋の増水で氾濫した川に沈み、しばらくは使えない。逗留を申し出たシェロウに、オセ達は快く応じ、彼とオセは、半月ほどを一緒に過ごした。
オセは彼に、獣の射ち方、獲物の付け方、風の予測や、天気の変わり目を教えた。代わりにシェロウは、幾つかのまじないや魔術、剣の心得を教えた。その剣の教えをしていた時、彼は短く空を見上げると、飛び去る鳥の影を眼で追い、不思議そうに呟きを漏らしていた。
「ハーピーか」
美しい翼に眼が奪われる。
素晴らしい四肢に心臓が波打った。
その姿は、あまりに美しいものとしてオセの眼には映った。
慌てて視線を逸らしたオセは、素っ気ない言葉を続けた。
「珍しくもないとは思うけど?」
「一人、というのが腑に落ちなくてな。もしまた見かける事があれば、気をつけた方がいい」
シェロウが唯一口にした忠告は、オセの記憶に、不思議なほど残った。
――――――――――――――――――――――――
別れの日、彼は礼とともに脇に差していた片刃の東方剣をオセへ渡した。
今まで世話になったと初めて笑った彼は、そのまま北への道に去る。じきに丘陵を越えて彼の背中も見えなくなると、寂しさも感じはしたものの、腰に残された片刃の剣は重く、彼の教えを語っているようだった。
大黒馬に跨ったオセは、前を真っ直ぐに見据えると、家を目指して草原を駆け戻った。
平原の風は荒い。ぼんやりとしたまま風を浴びていたオセは、空に黒い翼を見る。太陽を背に、姿の不鮮明な影が次第に降下を続け、その形が人だと気付くより先に、オセは弓を番えていた。
その容貌は人の貌。その両翼は風を裂く。
ブラックハーピー。風より速い鳥の魔物。
気の強そうな目元に紅い唇、見惚れるほどの美貌。
しかし、そこ頬を歪める喜悦を前に、オセは馬から飛び降りていた。
疾風が馬上を過ぎる。馬が嘶きと共に狂乱した。
巨躯の馬は身の危険から走り出し、見る間に遠ざかって行った。
それを無視し、オセは叢を走って林の中へと駆け込む。
狩猟意欲に燃える魔物と会った不運と、この草原で数少ない林が近くにあったという悪運。
冷静さを取り戻すまでに必要とした僅かな時間。
その一瞬の混乱に生まれた隙を、ブラックハーピーは見逃さなかった。
頭上の気配に左へ跳躍するオセ。
その肩を鋭い鉤爪が抉る。
痛みより先に体勢を立て直す。狩人としての経験が、咄嗟に刃を抜かせた。
追撃をいなし、跳躍からの蹴りを放つ。
瞬時に上空へ退避するブラックハーピーの一瞥は、まるで氷のように冷徹なものでしかない。
鞘へと素早く剣を戻し、上空からの監視の目から一気に逃亡する。
息は荒く、身体は熱い。ただ、頭だけが冷めていく。
鹿のように、ただ疾く、ただ前へ。
馬と逸れたまま、小さな林を駆けた。
右肩には鉤爪が浅く肉を裂いている。その傷にも躊躇せず、細身の身体が枝の隙間を抜け、構えた矢を弓へ番えた。
上がる心拍数を抑え込み、呼吸を抑える。音を封じ、気配を消し、全てを希薄にして待つ。少なくとも視認して襲われないように逃げて来た。時に、平原の只中で獣と相対する狩人でるオセも、簡単に負けるわけにはいかなかった。
相手を探る。大空を飛翔する影は一つ。黒い羽に覆われた相手を樹の陰から確認し、宙を滑空する姿を視界に収めた。
ブラックハーピー。ハーピーの中でも取り分け知能が高く、仲間意識も強い。戦闘力もだろう。あの時、もっとシェロウの話を真面目に聞いておくべきだった。単体でハーピーが移動している。それだけでも危機は存在するという迂遠な指摘を、自分は聞き流してしまっている。
鳥を考え、どんな行動が当てはまるかを挙げる。今の様子、それは獲物を連れ帰る時か、捕食を目的にしている時の研ぎ澄まされ集中。
魔物の生態に関する知識が乏しいオセの脳内で、貪り喰われる姿が浮かんだ。あのハーピーが、襲撃以外を行う可能性を考えもするが、言外に否定した。それ以外なら、執拗に傷つける訳も理解できず、捕食と性欲が切り離されているとも思えない様子が見てとれた。
興奮している。血か、肉か、それとも闘争によるものか。
それだけ極上の獲物だと思われている事を誇らしく思う反面、やはり誰もが畏怖するような迫力はないのだろうと納得してしまう。底を見せない深みのようなものは、未だ経験の少ない自分からは感じ取れないだろう。半ば諦めに似た心境を飲み込むと、喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。
鉄の味が舌の上を滑る。切った唇が僅かに痛んだ。
徐々に高度を下げ、林の中を探るブラックハーピー。
その視界に入らぬよう祈りながら、鏃を上へ向けた。短弓の弦を引き絞る。
距離はまだ遠い。呼吸だけは驚くほど安定している。腕で構え、眼で捉え、意識で定め、鏃の延長線上へ相手を置く。それが弓を放つまでの流れだ。何百と身体に覚え、それだけを追求しても三年は短かった。
一撃必中が鉄則。同時に、一撃で決まるとも思うな。どちらも大切な教えであり、父は一撃を尊んで今まで生き残り、祖父は一撃に執着する事なく今まで生き残った。どちらかを切り捨てて成功できるとも思えない。どちらでもいい、ただ利用して生き延びるだけだ。
弓が悲鳴を上げる。弦が震える。指先の皮が薄く裂けた。鏃の先、翼が宙を流れ、高度は徐々に下がり、そして。
眼、鏃、ブラックハーピー。
全てが一直線に並んだ。
意識より速く経験は伝える。脊髄は腕を操り、指先に意識が届いた時には、矢が、彼女の目前にまで疾る。
当たった。
そう意識しながらも、首筋が痛むような緊張感が途切れない。弓を握り締めて走る背後、ハーピーの身体が大きく反った。
矢が宙を泳ぐ。外れた。
鳥との違いを嫌でも思い知らされる。的は大きくても知恵と動きの多様さは段違いの存在。大きく肺が震えたと同時、反撃の咆哮が放たれていた。
横隔膜と肺によって発生し、喉から口内で収束された衝撃波。激しい空気の振動に木々が薙ぎ倒され、一瞬前まで居た空間を壊し尽くす。
心臓の止まる思いで足音を消し、次の場所へ移動しようとする傍、再び衝撃波が通過していく。おそらくは的を定めずに炙りだそうと放射しているのだろうが、その誤差に怯えながらも、感嘆までしてしまう。狩人に勝るとも劣らぬ駆る者としての才能、魔物であるなしに関係なく、相手は狼の群れを殺せるほどの力量をもっている。
「シェロウ、貴方を信じる」
次第に正確な軌道へ変化していく衝撃波が止まった。おそらく、場所の目星がつけられた。次は必殺の一撃が、唸りを上げるだろう。
唇の血を指先に乗せ、矢筒から抜いた矢の尾羽へ線を引く。古き風の邪神の名を刻み、見れば眼の潰れる存在へ今だけは願った。
全身から心臓を止めかねない量の生命力が吸い上げられると同時、禍々しい気配が鏃の奥へ潜んだ。邪神の残滓。生命力を代価とした即効性にして最速という呪い。矢を使う自分ならばあるいと、危険だと知りながら教えてくれたものだ。
『奥の手は持っておくに越した事はない。だが、縋るな。これは選択肢の一つだと考えておくべきものだ』
珍しく心配した口調で話すシェロウの言葉を思い出す。そう口にした彼の奥の手は、別れるまで見る事はなかった。
「イア、イア」
呼び声と共に、残った力で弓を絞る。最低限の力、最高の脱力、一瞬の集中の為に弦を引き絞る。
喉を閉じ、唸るように呟いていたブラックハーピーを中心に暴風が吹き荒れた。真空の刃を含む強大な渦は、風属性の高位呪文の
一つ『渦《ヴォルテクス》』だ。まさか魔術まで行使するとは想像していなかったものの、それは衝撃波と同じ、風属性の影響下にある現象だった。
「行くよ」
矢に託した願いは、旋風として顕現した。
目の前の暴風域を貫通し、一撃に託された全ての力が収束する。ブラックパーピーによる魔術の発動が乱れ、彼女の姿勢が崩れた。
矢が、突き刺さった。
しかし、胸を庇った翼が軌道を逸らし、翼を形成する羽と、骨格の一部だけを抉った。
舞い落ちるブラックハーピー。しかし、反撃に瞳を見開き、衝撃波を収束させる。
その瞳が動揺に揺れた。
崩れ落ちているはずの少年は、既に弓を捨て、転がるように走っている。
必殺必中。されど、一撃で決まると思うな。当てる時と、当てた後の切り替えこそが命を繋ぐ。
鞘から不器用に刃が抜かれる。落下寸前に片羽でホバリングし、初撃を避けるも、矢とは違って追撃は速い。
真っ青だが、必死で不器用なまでに真っ直ぐな顔と、繊細な造りだが、気の強そうなはっきりとした顔が向き合う。
殺されると囚われた。
殺せると捉えた。
横一文字。頬を裂き、距離を詰める。
そこからの突き。不慣れな剣技の一端。しかし、その先端が喉元で止まったのは、何の因果か。
「・・・・・」
「・・・・・」
時間が止まるような緊張。生命力の低下による肌寒さに震えてすらいながら、オセは剣先を動かそうとはしない。
「・・・・・何故、殺さない」
「僕には誇りがある」
虫の息、とは言わないものの、青い顔のまま言葉通り、誇らしげに胸を張る。
「喰わない獣は殺さない」
絶句。呆気にとられた様子でブラックハーピーの眼が見開かれる。そして悔しげに、その翼が揺らされた。
「どれだけ傲慢なんだ?」
どこか粗暴な口調に、態度だけは余裕のオセは笑う。
「もし、敗者としての矜持があるなら、負けを認めてつがいにでも為るのか?」
「つがい、に?」
途端、女の顔が真っ赤になる。それとは反対に、少年の顔は色を失い、青から白へ変わりつつある。
膝を付く少年へ、思わずといった様子でブラックハーピーが手を貸す。しかし、傍へ駆け寄る彼の馬によってその翼が遮られる。
「オセ。シュミクラン一族のオセ」
「ブラックハーピーのアンラ。さっきの話、本気なのか?」
「さぁね。正直言えば、どうでもいい。これだけの勝ちの他、望むものはないよ」
浮かぶ満面のオセの笑顔。
そこには勝者としての誇りと、得難き強敵への称賛が溢れている。
馬へ乗り、颯爽と去っていくオセの背中。
林には、アンラと共に、弓だけが残されていた。
「オセ」
ぼんやりと背中を追う。眼に焼きついて離れない青い顔のまま語られた意地。間違いなく馬鹿の所業。
思えば。
「オセ」
この時に、二度目の勝敗は決していたのかもしれない。
頬を赤く染めたアンラは、まさに夢見る乙女の眼差しで宙を見上げていた。
――――――――――――――――――――――――
鉤爪で叩かれた門戸。オセの弓を持った、異貌の女。
驚きながらも、言葉を必要とはしなかった。全てはあの時に交わし合った。
百万の言葉も、百億の行為も、数えきれない逢瀬もいらない。
尊敬すべき父と祖父へ、自身の妻として翼を持つ美女を紹介するオセ。
顔を翼で隠した花嫁は、恥じらいと、反発するように粗暴な態度すら喜ばれ、一族総出の盛大な披露宴が行われた。
輝かしい御輿。人々の祝福。
そこには、稀なる狩人への祝辞と、異貌の花嫁への歓待のみがあった。
大草原の一族は、外の血、他の民族の血であれ、自身の同胞となれば迷わずに喜ぶ。
それは作法であり、彼らの生き方だから。
揺られる新婦と新郎は、豪奢な婚礼儀姿で運ばれていく。言うに及ばずとも思うが、その二人とはオセとアンラ。
ただ素直に、成人したばかりのオセは笑う。それに対し、素直になれないアンラは、隠れるように花嫁衣裳のベールへ赤い顔を隠す。
極限の闘争から生まれた二人の絆は、今日この日の盃で、夫婦の絆と相成った。
そして、待ち兼ねた者がいるのかはさておき・・・少なくとも孫を見たがる祖父は望んでいただろうが・・・
初夜であった。
――――――――――――――――――――――――
強い南方領の酒と振舞われた熊の生き血。どちらが原因かは定かでない。眼の据わった15の青年は、つい先程、妻になったばかりである魔物の美女、種族をブラックハーピーと呼ばれる両腕が翼となった相手を、自身の寝床へ組み伏せていた。
顔立ちは一見して繊細な造りをしているが、右頬には出会った時に彼が抉った傷跡が残っている。長い牙に吊りあがった目元と、どこか気の強い印象を受ける女だった。若者の名をオセ、その下に肩を押さえられているのがアンラ。鼻先に迫った顔に、珍しくアンラは動揺していた。
「ま、待て。オセ、さすがに酔った勢いなのは」
「欲しい」
「んっ」
唇同士が重なり、熱い呼吸と共に糸を引くほど濡れた舌が滑り込んでくる。全身を痩せたオセの身体に押さえられ、左右に逃げる事もできない。オセの舌が絡み、外へ誘い出そうと吸い上げられる。まるで溶ける様に身体が重なり、唇から首筋へ唇が下る。
「オ、セ」
焦点のずれたアンラの視線がオセの頭を追う。首筋から鎖骨を甘く噛み、その間にも服の留め具を指先が弾く。熱に浮かされたにしては機敏な動きの中、胸を覆う下着までがするりと脱がされていく。豊満な胸が左右へ揺れ、秘所を覆う布まで下へ引き下ろされる。
半裸になったアンラが、全身を両翼で隠そうと身を捩る。しかし、上に被さるオセは、そのまま自身の下履きから革紐を緩めた。ずらした下着から露出した太い生殖器を前に、アンラの身体が後ろへ退き、その顔には恥じらいと躊躇いが浮かんでいる。しかし、既に先端、先走りに濡れた亀頭が、彼女の割れ目へ接触していた。
「オセ!」
体格こそ痩せて若いオセが一回りも小さい。しかし、どれだけ長い足や鉤爪、翼を揺らしても、その反応をオセが喜ぶだけ。狩人として一流の彼は、細い身体に針金のような筋肉が重たく詰まっている。
「アンラ、好きだ」
「え、あ」
舌の触れない長いキス。赤い顔のままだが、オセの表情からは真摯な感情が浮かんでいた。
「・・・ずるい」
アンラはついばむ様にキスを返し、濡れた瞳を笑みに緩めた。
閉じられた場所に、強引なくらいオロの先端が押し付けられる。濡れてこそいるものの、まだ色の薄い肉の襞は開かなかったが、先端は徐々に割れ目へ進入し、硬く膨れた突起が、先走りの液と共に、ついには膣へ飲み込まれた。
「ん、んあっ!」
「入、る・・・!」
熱く脈打つ奥まで肉の塊が進入する。声を詰まらせたアンラの鉤爪が大きく弓なりに反り返ると、咳き込むように痙攣した。
みっちりと内側で反り返った存在に喘ぐ。締め付けられるオセも細かな震えと共に、呼吸を詰めて絶頂を堪えている。
「動くよ」
「ぅん」
秘所の入り口直前まで引き出し、ゆっくりと押し込む。それだけで互いに鋭い刺激が背骨を蝕む。腰を浮かせたオセの額には汗が浮かび、繰り返される挙動の中、何かが切れたように動きが激化した。
「っあ、あぁ!」
奥、最奥の壁、子宮口まで叩きつけるような動き。ぬるつく感触、幾重にも重なる肉の壁が強く内側へ締め上げていく。
襞を押し分け、内側から外、入り口から最奥までを何度も突き上げるオセ。既に動きは衝動として制御を外れ、本能としての快感を求めていく。
右胸を強く握り、形を歪める。固く尖った先端を唇が引っ張り、縦に引き伸ばしては揺らす。肉の揺れは欲望を刺激してやまず、腰から下が激しく奥を抉じ開けていく。
「あぁぁ!」
「・・・!」
先端を奥へ押し当てたまま、一気にオロが射精へ至る。最奥に果てた濃厚な精液が子宮の内へ、ごぼごぼと流れ込んでいく。
泡立つほどの量は膣を膨らますほどに溜まり、ついには、未だ萎えぬ生殖器が押し込まれたままの入り口から零れ落ちた。
甘いアンラの臭いに混じり、驚くほど濃厚な精の臭い。生臭く立ち込める異臭の中、緩んでいたオセの筋肉が再び硬く締まる。ほとんど失神に近い絶頂のまま吐息を漏らしていたアンラが痺れたままオセを見た。
「や、やめ」
「・・・ごめん」
オセが身体ごと奥に突き込むと、子宮口の輪がゆっくりと緩んでいく。そのまま更にその奥へ先端が潜り込むと、子宮の
内へ、男の先端が入った。アンラの呼吸が止まる。ぬるりと膣の中へ先端が外れた瞬間、アンラの背中がぞくぞくと浪打
ち、焼け付くようなむず痒さと快感が爆発していた。
声にならないアンラの叫びが喉を揺さぶる。再び最奥より中、先端だけが子宮口の輪に入ると、オセが大きく歯を噛み締めていた。
ぶるりと、全身が震えた。
「っっっっっっ!」
二度目の射精がアンラを貫いた。オセの先端から長々と白濁液が、子宮へ直接注ぎ込まれていく。先程のものと合わせ、中までがどろりとした粘つきに犯される。
アンラの身体が跳ねた。既に意識の薄れた顔を過ぎる幸福そうな余韻を最後に、彼女も、オセも、そのまま倒れた。
泥のように眠る二人。
最初とは思えない有様だった。
――――――――――――――――――――――――
翼で全身を覆ったアンラが同じ寝床で反対の壁を向いている。後始末の終わったオセは、まだ幼さの残る顔立ちを困惑に曇らせ、寝床に座っていた。
「ごめん」
「謝るな」
「だって」
「謝るな!」
跳ね起きたアンラがオセを睨む。その顔が真っ赤に染まり、オセの細い肩へ顔を埋める。
「嫌だったわけじゃない」
「・・・僕も」
硬くしなやかな腕が彼女の背に回される。
「馬鹿」
黙ったまま抱き合う二人の身体が重なり、幸せそうに翼の中へ消えた。
――――――――――――――――――――――――
遠く、部族会を報せる角笛が聞こえた。新たな春の気配に、知らず、頬は緩む。
風に枯れた草が舞い上がった。
空へと昇るそれを眺めていたオセは、今では平原で最も勇敢な婿として知れ渡っている。
旅人はその妻へ、気流を渡っては眺めてくる平原の情報を尋ねに訪れるが、その様子を隣で眺めている時のオセは、この噂を聞いてあの変わり者が再び訪ねてくるのではないかと想像するたびに笑うのだ。
これだけの美人を妻に迎えた自分と、その出会いを知って、彼はどれだけ驚くだろうか。
その時には、最愛の妻と共に彼を迎えようと決めている。
「オセ」
過去を思い出していた彼の上へ、アンラが空から舞い降りる。その身体を、弓を手放した手が受け止めた。
「愛してる」
「わ、解りきった事を言うな!」
「子供は、何人がいい?」
「馬鹿!」
風は草原を渡る。
時に、彼の妻を乗せて。
―――― fin ――――
10/01/25 11:09更新 / ザイトウ