イザナギ一号_13：LIKE a LOVE 前篇
出発前の時間、実に半日ほど前の会話。
「君に新たな機能を付加した」
「そ、それはどんな？」
「言うなれば『盗電機能』だ！」
「高校生が教室のコンセントで携帯充電してんのと変わらないレベルだろうそれは!?」
「げふぅ！」
僕は単純な男だったので、即座に博士を殴り倒した。
半日後である今。
そんな冗談を交わしていた自分は、敵のの本拠地に乗り込んでいた。
ロイヤリティホスティングカンパニー。
名前の通り、パテントの管理、運用を代行する会社で、本社は北欧にある『はず』の企業。
目標地点の算出、及び、計画の立案そのものは博士の情報よるものだ。僕自身はこれといった苦労もしていない。
計画の目的は首謀者の確保、または殺害。そして必要機材の強奪。この点については取り繕うつもりもない。
参加人数総計３０名。
集会による人的援護の賜物だ。本当なら、自分だけで作戦、とも呼べぬ行動を起こすつもりだったので、格段に生存率が上がった。
悲しくも自分は単なる改造人間に過ぎず、圧倒的多数を制圧するには少し心細かったのも事実だ。
首謀者の確保を念頭とした改造人間Ａこと自分と、随伴ユニット『ツカハギＢ装備』が８機。
アマゾネス種、ミノタウロス種を中心とした突撃班が８名。
ミミック種、ゴーレム種を中心とした制圧班が１０名。
ヴァンパイア種、ウィッチ種、バフォメット種などによる外延部での警戒、隠蔽工作班が６名。
メロウ種、ダークブリースト種などで構成された残り５名は、逃走経路の確保、及び、救護などを含む後衛班。
そういった各班のおかげで、割れた自動ドアが破砕されたことすら外部の人間は認識していないだろう。
事前に調査されていた経路を走り、それぞれが外部との物理的な遮断、警備室の制圧、地下施設の掌握などに動き出している。
各部隊に一機ずつの『ツカハギＢ装備』が随伴し、各班の状態と作戦の進行状態の相互通信を行う。それらは自分にも直接伝わる為、緊急時はこちらから警告や支持を飛ばすこもと可能だ
ちなみにＢ型は強行偵察モデルで、大型の電子兵装と軽機銃、マニピュレータなどを備えた工作仕様装備。
唯一、受付前に残ったこちらの姿に呆気にとられたままであった受付嬢に対し、
おそらく帰宅の準備中だったのだろう。立ち上がろうとしていた受付嬢に対し、満面の笑みで歩み寄る。
もっとも、その顔は人ではなく、笑顔だとしても伝わるはずもないのだが。
「ば、ばけ」
人に非ず。ならばなんと呼べばいい。
「化け物・・・」
呆然とした口調で告げられる真実。
青い外殻、露出した牙。歪な外殻の配置も、外見の禍々しさも、生物的な必然性はなく、時に嫌悪感を与えるであろう姿。
その通りだ。そして化け物が守るのは魔物だ。それを滑稽と笑うか？
僕もそう思うが、曲げるつもりもない。
掌をゆっくりと近づけると、小規模な電撃によって彼女達は呆気なく昏倒した。
上層階、ビルの上へと走っていく。
対象、事前情報で名前も聞いたはずだが思い出せないのでとりあえず『対象者Ａ』としておくが、その男はこの社のＣＥＯの一人であり、この時間にも残っていることは確認されている。
そして、おそらくは異世界の住人。
魔物に対する知識と見識から教会関係者との見方もあるが、魔物排斥派の最も大きな存在、帝国と呼ばれる国家の間者が入れ替わっている可能性も示唆されている。
どちらにしろ、自分達と同じ常識の上で行動しているとは考え辛く、早々にご退場願った方が世界の為だ。
たかが魔物を排斥する為に企業一つを私物化している人物だ。クソ野郎には違いない。
失礼。下品な言葉を使ってしまったようだ。
どうも、記憶と意識の共有化現象は安定の方向で保たれているようだが、こういった無意識の動作や会話にどうしても出てしまう。
尊敬すべき相手が、実は口が悪く腹黒いともなれば若干の失望も感じるが、人間であれば誰であれ裏と表があるはずだと割り切った。
目下、懸念事項は精神的な問題ではなく肉体的な問題だ。博士の話曰く、自分はリミッターが完全ではないらしい。
これは術後、身体の検査をされている間の会話であるのだが。
『バランサー？』
『そう。頭の中、人間であれば無意識下における身体機能の統制や、１００％の身体能力発揮を抑制して体組織のバランスを保っている安全装置のことだね』
よく人間は身体機能の８０％から９０％しか使用できないとは言われる。
だが、その上、１００％近くを使用しないのは、不可能だからではなく、ハイリターンだからだ。
間接の浪費、心拍数の異常、筋繊維の酷使、骨への負荷、臓器への負担。
そういった危険を承知の上で使う必要性は、命の危機でもなければ存在しない。スポーツ選手などの寿命が短いなどと言われる所以はここだ。
『君の場合はそれが緩い。もうユルユルだ』
『何か下品な意図を感じる発言だが、そこに何が問題が？』
『あるに決まっているだろう。記憶喪失はまだ機能不全によるごく軽い症状で、不安定なリミッター構造の方がよっぽど怖い。その悪化が、君のタイムリミットと思って欲しい』
あまりに突然と言えば突然の話だ。
ちょっと肉体制御が緩いだけで命に関わるとは。
『君の場合、それが不随意筋にまで及べば最後だ。人は自分の心臓や肺を意図的に動かしたり止めたりは出来ない。覚えておくことだ』
『対策は？』
『全力を出さないこと、だろうね』
実に的確な意見だった反面、何の準備も出来そうにない最悪な発言だった。
『あんた、すっげぇ役立たずだよな」
『ひどい!? 命の恩人になんてことを！』
救われたのも改造されたのも博士となれば、もう敬うとかそういう感情が沸かないのも事実だった。
さて、そういった思慮に沈んでいる間にも、各所では作戦が遂行されていた。
一部の部屋から男女の嬌声が聞こえたりもしていたが、ツカハギの集音機能を操作し、聞かないふりをすることにした。
魔物なんだから、しょうがないじゃないか。
そう言い訳するであろう尊敬していた故人は、奥さん意外の魔物の方とも下半身のコンバイン運動を行っていた前科があったようだ。
一度は下半身にあるジョイスティックの排斥作業が行われかけたくらいだという。脳内に再現された光景、奥さんが鋏を手に迫ってくる場面は、他人事だとはいえ股の間が涼しくなるものだった。
「………こんな記憶いらない」
しみじみそう呟いていると、突如として本能が危機に対して反応する。
飛び跳ね、避けた場所には、襲撃を回避された半裸のラガンジュが息を荒げて着地し。
「べぶしっ!?」
たのだが、すっげぇ面倒くさかったので蹴り飛ばして先を急いだ。
靴裏が汚れた。なんて時間の無駄だ。
再び危機に対する鋭敏な感覚が反応した瞬間、壁を突き破り、何かが出現した。
白い体毛に覆われた巨大な人型。長い腕と短い足はコミカルでさえあったが、巨大な口からはしゅうしゅうと熱い呼気が漏れ、片手には血塗れのアマゾネス種、突撃班の班員をぶら下げていた。
怪人サスカッチ。
寒冷地での活動を視野に製造された怪人で、膂力は現存する人型怪人の中で最大を誇る。一本一本が金属繊維に匹敵する柔らく強靭な毛皮と共に、隣接戦においては無類の強さを発揮する。
「まさか怪人をＵＭＡに偽造するなんて、どれだけ本気だったのか」
例え雪山や雪原でこの怪人に襲撃されても、常識的に言えば『雪男に襲われた』など発言したところで誰も信じてくれない。
馬鹿馬鹿しいやら恐ろしいやら。脅威であることは間違いないのだが、モチベーションが上がり辛い。
しかも。
円らな瞳にまるで着ぐるみを思わす外見は、思わずこう、抱きつきたくなるほどに愛らしかった。
「助けて！」
そう叫んだのが片手にぶら下げられているラガンジュであることが、余計にやる気を削ぐ。
片手で引き摺られている彼女が、こうも簡単に倒された理由、それが半裸でふらふらしていたからだろうと容易に想像できたので、救助に対する意欲がまったく沸かなかった。
だが、怪人を倒さなければ、クユの呪いも解けない。
そう自分に言い聞かせると、両手に電磁力を集中させた。
体格差は三倍近い相手へ低い姿勢飛び込む。
電磁拳。
振りぬかれた巨大な拳の一撃で壁が粉々に吹き飛ぶのを躱し、電磁力を纏い、局所破壊をもたらす連打がサスカッチの表面へ刻まれた。
しかし、ふわりと膨れた毛皮の表面を焦がすのが精々で、ダメージと呼べるほどの結果は生み出さない。
「ま、十分か」
右腕に籠手状の武装を展開。射出機構『アメハネ』の射出速度を制御。
組み合おうと手を伸ばした相手の懐へ入ると同時、掌を心臓の下、脾臓の近くへ押し当てていた。
射出。
貫通した弾丸が毛皮、肉、そして背骨の一部を削る軌道で貫いた瞬間、巨大な体躯が一瞬で傾ぎ、仰向けに倒れていた。
パイプライン機関の破壊。これによって相手は行動不能へ陥る。
「電磁拳、盗電手」
神経パルスにおける電荷移動を読み取り、相手の構造を把握する能力。
盗電などあまりにくだらない能力と思いはしたものの、今回においてはこれほど有用な能力はなかった。
加えて、この盗電機能を用いて裏技も幾つか考えている。
しかし、この能力にも制限があり、プラズマ化した攻撃やレールガン、電磁バリアに干渉できるほどの機能は備えていない。
馬鹿と鋏は使い様とはよくいうが、それを使いこなせる脳があるのか。
溜め息を一つ。自身の目的を達するために行動を再開する。
「あぁん、動けないぃ、痛いわー」
くねくねと身体を動かすラガンジュを即座に見捨て、再び自分は走り出していた。
怪人キング・ミダス。
鉛製の外皮と王冠を備えた彫像のような相手は、触った場所の元素を変換する。周囲の空気から抽出した塵を圧縮し、弾丸化さえ行う能力は脅威と言えよう。
どういった行動を目的に生産されたのかは定かでないが、空気中から棘が出現していく。
猛烈な弾幕であったが。
「電磁バリアー！」
イザナギシリーズとはどう考えても相性が悪かったが。
貴金属に変換された壁や地面に触れることさえせずに肉薄、本体を投げ飛ばし、地面へ垂直に叩き付けた。
しかし、そこにも問題があり、鉛の層によって盗電機能が阻害され、パイプライン機関の所在が判然としない。
なので。
「電磁拳！鎧徹し！」
衝撃波を伝播させ、内部構造を分析、サスカッチの内部と照らし合わせて位置を仮定した。
アメハネ発砲。
即座に機能を停止したことを確認し、更に上を目指す。
「なんか、こういうゲームみたいだな」
そう呟いてみたものの、あまり愉快な気分にはならなかった。
擬似的に生命を得た彼らは、自身という存在をどう認識していたのだろうか。
その点を考えると、同情と怒りを内側が猛った。
「きひ」
無意識のうちに呟いた言葉を飲み込み、再び上へ進む。
上へ。上へ。
まるでバベルを登るようだと自嘲する。
自分は権勢を手に入れたいわけでもなければ、神様とやらに対抗意識があるわけでもない。
それでも登る。
ツカハギＢ装備の視覚から中継された光景。
警備室前では警備にしては重武装の相手からの反撃によって膠着状態が続いているが、ビル内に残っていた人間の拘束はほぼ完了。
稼働中だった地下施設へ踏み込んだチームからの通信によると、怪人は全て上層へ移動させられているとのこと。
踏み込んで数十分、対応の早さに舌打ちしながらも、唯一にして最大の戦力たる怪人を上へ集めるとは篭城のつもりなのか？
仲間という存在の偉大さに感慨深いものを感じながらも、自身の役回り、その重要性には溜め息ばかりがこぼれる。
三体目の相手、怪人ガンガー。
その巨大な蛇体を下半身に備えた褐色の女性を前に、どうするべきか悩んでいた。
「これ、魔物のお嬢さんじゃねぇの？」
カテゴライズ的にはどう見てもラミア種の外見的特徴である。その体長が１０ｍ近く、体格も倍はあり、両腕が存在しないというところか確かに違うと言えば違うが。
「怪人じゃなかったらどうしよう」
悩むものの、事前情報から怪人であるのは間違いない。ないのだが、最近は人間とか魔物とか怪人の境界線が非常に曖昧になりつつあり、殴ったら可哀相とつい思ってしまう。
しかし、そういった葛藤など知ったこともないというガンガーは、フロアのパーテーションとデスクを薙ぎ倒しながら接近してくる。
うわ、乳でか。身体大きいのを差し引いてもものすごいでか。
「………僕ってもう少し紳士的な脳みそだった気がするんだけど」
親父くさい反応に思考が侵食されている点に危機感を抱きながらも、移動速度の速さと全身を使った体当たりを回避。反撃の暇もない濁流のような蛇体での攻撃に、慌てて距離をとった。
全身全てが鞭といった相手に対し、接触どころか接近もできない。変幻自在の尾、高い反応速度、鱗による頑丈さ、どれも想像よりずっと高い。
湿地、水上、水中を主戦場とした生物兵器を前に、結局は正面突破のみかと覚悟を決める。
「超、電磁」
両手を基点にエネルギーの収束。プラズマに類似して違う、違っていながら等しい謎のエネルギー波動が集まっていく。
「バリアー！」
突撃してきた相手を受け止める。しかし、目的は衝撃の相殺などではなく、受け止めたことによる一時的な動きの停滞である。
勢いに自ら負け、相手を受け流す。
同時、女性である上半身の腹部に、ただ全力での拳を叩きこんでいた。
横転するよう机や椅子を薙ぎ倒し、一気に転がっていく巨体。
今まで武器であった全身の重量が、今度は慣性がついたことによって動きを制限する。
反撃に身体をもたげようとしたガンガーに対し、既にこちらは飛び上がっていた。
「電磁拳！二連！」
放射状に電撃を流し、全身を痙攣される一撃目に対し、二撃目は透しによる体内精査。
鱗の少ない女性体の上へ触れた瞬間、なにやら巨大な胸に肘の手前までが埋まりかけて狼狽したものの、衝撃波による反応を即座に感知し、次なる動きへ慌てて繋ぐ。
『アメハネ』による精密射撃。掌を押し当てた状態での零距離射撃により、肋骨の隙間を狙って目標とした機関のみを破壊した。
すっごいやわらかくて鼻血を吹きそうだったことはさておき、これで三体目の怪人を倒すことにも成功した。
「あ、とは」
踏み出そうとして立ち上がった瞬間、よろけて座り込んでしまう。連戦での消耗によって、身体の動きが著しく鈍っている。
「く、そ」
そのまま倒れそうになるも、辛うじて壁に手を触れ、立ち上がろうともがく。
その視線の先に、コンセントの差込口が見えたのは、僥倖というか、普段の行いがよかったからだろうと思う。
破壊した差込口の中、電気ケーブルを装甲に包まれた手で握ることとなった自分は、体内、特殊な細胞内に蓄電を続けること数分、なんとか回復していた。
「地味に便利だった盗電機能………」
殴って本当に悪かったと思う。謝るつもりもないが。
そうやって待機している場所へ、各所、他チームとは別に行動していたツカハギが集まり、収集したデータをこちらへ赤外線通信。
通信によって大容量のデータの送受信を行うと、連絡用の処理領域を喰い潰してしまうがゆえの集合だが、おかげで社内の細かな状況も手に取るように解る。
その中でも重要だったのが。
「怪人がもういない………？」
驚きというより、肩透かしを食らった気分だ。たったの４体、ジキタリス、サスカッチ、キング・ミダス、ガンガー、これだけで打ち止めとは思わなかった。もっと、軍団、と呼ぶような規模が襲ってくると思っていたのだが。
受け取った情報を整理していくと、幾つかの要点が浮かび上がってくる。どうやら、Ｒ財団に残った研究者、イザナミ計画を推進していた人間は、こちらの博士ほど有能ではなかったらしい。いや、こちらの博士が曲者過ぎたのように思う。
「イザナミ計画は、本社で継続されたものの、第二期をもって凍結・・・」
博士の手によって脱走時に多くの魔物達が解放された事による計画の停滞に加え、イザナギ計画の改造人間達の保護と奥さんの救出を契機に、彼は知っている限りの情報を武器に反撃を開始した。
集会とのコンタクト、敵の母体企業の特定、制圧作戦の作戦立案。
そういった行動によって、Ｒ財団は次の手を封じられた。
やはり、博士と比較すると、自分のような改造人間も単なるちょっと強い人間くらいとしか思えなくなってくる。あの男は頭がおかしい。
とにかくそういった妨害によって、後ろ暗い計画は遅滞し、そのまま凍結となった。
残ったのは、第一期から残されたクユの媒体と、第二期で成功した個体だけ。
「それを、緊急時に使用したのか」
電撃作戦が功を奏した形でもある。外からの援護より先、敵の頭さえ叩ければ。
いとも簡単に終わる。
「彼女達はもう、自由なんだ…！」
クユ、そしてシャンヤト。
彼女達の笑顔を、僕は護るのだと。
例え、魔物であろうと、彼女達が幸せになって何が悪い？
胸の上で握った拳が震える。
しかし。
何か重要な話を忘れているような気もするのだが。
「………なんだっけか？」
考えの途中でケーブルが断線していた。おそらく下での戦闘の余波だろう。
その場に居たツカハギ３機に、再び情報収集とビル内に取り残された人間の捜索を指示。
走り出した各機を見送ると、そのまま上を振り仰いだ。
もうすぐ、目的の場所だと立ち上がった刹那。
上層階が爆発する。
「なっ！？」
驚きと共に頭上を仰ぐ。
そこに見たのは、赤い装甲と悪魔を思わすデザイン。
「零号………！？」
彼、いや、彼女は無言のまま極大のプラズマ弾を収束し。
ビルの根幹を揺るがす莫大な熱量を放っていた。
― 後篇へ続く ―
「君に新たな機能を付加した」
「そ、それはどんな？」
「言うなれば『盗電機能』だ！」
「高校生が教室のコンセントで携帯充電してんのと変わらないレベルだろうそれは!?」
「げふぅ！」
僕は単純な男だったので、即座に博士を殴り倒した。
半日後である今。
そんな冗談を交わしていた自分は、敵のの本拠地に乗り込んでいた。
ロイヤリティホスティングカンパニー。
名前の通り、パテントの管理、運用を代行する会社で、本社は北欧にある『はず』の企業。
目標地点の算出、及び、計画の立案そのものは博士の情報よるものだ。僕自身はこれといった苦労もしていない。
計画の目的は首謀者の確保、または殺害。そして必要機材の強奪。この点については取り繕うつもりもない。
参加人数総計３０名。
集会による人的援護の賜物だ。本当なら、自分だけで作戦、とも呼べぬ行動を起こすつもりだったので、格段に生存率が上がった。
悲しくも自分は単なる改造人間に過ぎず、圧倒的多数を制圧するには少し心細かったのも事実だ。
首謀者の確保を念頭とした改造人間Ａこと自分と、随伴ユニット『ツカハギＢ装備』が８機。
アマゾネス種、ミノタウロス種を中心とした突撃班が８名。
ミミック種、ゴーレム種を中心とした制圧班が１０名。
ヴァンパイア種、ウィッチ種、バフォメット種などによる外延部での警戒、隠蔽工作班が６名。
メロウ種、ダークブリースト種などで構成された残り５名は、逃走経路の確保、及び、救護などを含む後衛班。
そういった各班のおかげで、割れた自動ドアが破砕されたことすら外部の人間は認識していないだろう。
事前に調査されていた経路を走り、それぞれが外部との物理的な遮断、警備室の制圧、地下施設の掌握などに動き出している。
各部隊に一機ずつの『ツカハギＢ装備』が随伴し、各班の状態と作戦の進行状態の相互通信を行う。それらは自分にも直接伝わる為、緊急時はこちらから警告や支持を飛ばすこもと可能だ
ちなみにＢ型は強行偵察モデルで、大型の電子兵装と軽機銃、マニピュレータなどを備えた工作仕様装備。
唯一、受付前に残ったこちらの姿に呆気にとられたままであった受付嬢に対し、
おそらく帰宅の準備中だったのだろう。立ち上がろうとしていた受付嬢に対し、満面の笑みで歩み寄る。
もっとも、その顔は人ではなく、笑顔だとしても伝わるはずもないのだが。
「ば、ばけ」
人に非ず。ならばなんと呼べばいい。
「化け物・・・」
呆然とした口調で告げられる真実。
青い外殻、露出した牙。歪な外殻の配置も、外見の禍々しさも、生物的な必然性はなく、時に嫌悪感を与えるであろう姿。
その通りだ。そして化け物が守るのは魔物だ。それを滑稽と笑うか？
僕もそう思うが、曲げるつもりもない。
掌をゆっくりと近づけると、小規模な電撃によって彼女達は呆気なく昏倒した。
上層階、ビルの上へと走っていく。
対象、事前情報で名前も聞いたはずだが思い出せないのでとりあえず『対象者Ａ』としておくが、その男はこの社のＣＥＯの一人であり、この時間にも残っていることは確認されている。
そして、おそらくは異世界の住人。
魔物に対する知識と見識から教会関係者との見方もあるが、魔物排斥派の最も大きな存在、帝国と呼ばれる国家の間者が入れ替わっている可能性も示唆されている。
どちらにしろ、自分達と同じ常識の上で行動しているとは考え辛く、早々にご退場願った方が世界の為だ。
たかが魔物を排斥する為に企業一つを私物化している人物だ。クソ野郎には違いない。
失礼。下品な言葉を使ってしまったようだ。
どうも、記憶と意識の共有化現象は安定の方向で保たれているようだが、こういった無意識の動作や会話にどうしても出てしまう。
尊敬すべき相手が、実は口が悪く腹黒いともなれば若干の失望も感じるが、人間であれば誰であれ裏と表があるはずだと割り切った。
目下、懸念事項は精神的な問題ではなく肉体的な問題だ。博士の話曰く、自分はリミッターが完全ではないらしい。
これは術後、身体の検査をされている間の会話であるのだが。
『バランサー？』
『そう。頭の中、人間であれば無意識下における身体機能の統制や、１００％の身体能力発揮を抑制して体組織のバランスを保っている安全装置のことだね』
よく人間は身体機能の８０％から９０％しか使用できないとは言われる。
だが、その上、１００％近くを使用しないのは、不可能だからではなく、ハイリターンだからだ。
間接の浪費、心拍数の異常、筋繊維の酷使、骨への負荷、臓器への負担。
そういった危険を承知の上で使う必要性は、命の危機でもなければ存在しない。スポーツ選手などの寿命が短いなどと言われる所以はここだ。
『君の場合はそれが緩い。もうユルユルだ』
『何か下品な意図を感じる発言だが、そこに何が問題が？』
『あるに決まっているだろう。記憶喪失はまだ機能不全によるごく軽い症状で、不安定なリミッター構造の方がよっぽど怖い。その悪化が、君のタイムリミットと思って欲しい』
あまりに突然と言えば突然の話だ。
ちょっと肉体制御が緩いだけで命に関わるとは。
『君の場合、それが不随意筋にまで及べば最後だ。人は自分の心臓や肺を意図的に動かしたり止めたりは出来ない。覚えておくことだ』
『対策は？』
『全力を出さないこと、だろうね』
実に的確な意見だった反面、何の準備も出来そうにない最悪な発言だった。
『あんた、すっげぇ役立たずだよな」
『ひどい!? 命の恩人になんてことを！』
救われたのも改造されたのも博士となれば、もう敬うとかそういう感情が沸かないのも事実だった。
さて、そういった思慮に沈んでいる間にも、各所では作戦が遂行されていた。
一部の部屋から男女の嬌声が聞こえたりもしていたが、ツカハギの集音機能を操作し、聞かないふりをすることにした。
魔物なんだから、しょうがないじゃないか。
そう言い訳するであろう尊敬していた故人は、奥さん意外の魔物の方とも下半身のコンバイン運動を行っていた前科があったようだ。
一度は下半身にあるジョイスティックの排斥作業が行われかけたくらいだという。脳内に再現された光景、奥さんが鋏を手に迫ってくる場面は、他人事だとはいえ股の間が涼しくなるものだった。
「………こんな記憶いらない」
しみじみそう呟いていると、突如として本能が危機に対して反応する。
飛び跳ね、避けた場所には、襲撃を回避された半裸のラガンジュが息を荒げて着地し。
「べぶしっ!?」
たのだが、すっげぇ面倒くさかったので蹴り飛ばして先を急いだ。
靴裏が汚れた。なんて時間の無駄だ。
再び危機に対する鋭敏な感覚が反応した瞬間、壁を突き破り、何かが出現した。
白い体毛に覆われた巨大な人型。長い腕と短い足はコミカルでさえあったが、巨大な口からはしゅうしゅうと熱い呼気が漏れ、片手には血塗れのアマゾネス種、突撃班の班員をぶら下げていた。
怪人サスカッチ。
寒冷地での活動を視野に製造された怪人で、膂力は現存する人型怪人の中で最大を誇る。一本一本が金属繊維に匹敵する柔らく強靭な毛皮と共に、隣接戦においては無類の強さを発揮する。
「まさか怪人をＵＭＡに偽造するなんて、どれだけ本気だったのか」
例え雪山や雪原でこの怪人に襲撃されても、常識的に言えば『雪男に襲われた』など発言したところで誰も信じてくれない。
馬鹿馬鹿しいやら恐ろしいやら。脅威であることは間違いないのだが、モチベーションが上がり辛い。
しかも。
円らな瞳にまるで着ぐるみを思わす外見は、思わずこう、抱きつきたくなるほどに愛らしかった。
「助けて！」
そう叫んだのが片手にぶら下げられているラガンジュであることが、余計にやる気を削ぐ。
片手で引き摺られている彼女が、こうも簡単に倒された理由、それが半裸でふらふらしていたからだろうと容易に想像できたので、救助に対する意欲がまったく沸かなかった。
だが、怪人を倒さなければ、クユの呪いも解けない。
そう自分に言い聞かせると、両手に電磁力を集中させた。
体格差は三倍近い相手へ低い姿勢飛び込む。
電磁拳。
振りぬかれた巨大な拳の一撃で壁が粉々に吹き飛ぶのを躱し、電磁力を纏い、局所破壊をもたらす連打がサスカッチの表面へ刻まれた。
しかし、ふわりと膨れた毛皮の表面を焦がすのが精々で、ダメージと呼べるほどの結果は生み出さない。
「ま、十分か」
右腕に籠手状の武装を展開。射出機構『アメハネ』の射出速度を制御。
組み合おうと手を伸ばした相手の懐へ入ると同時、掌を心臓の下、脾臓の近くへ押し当てていた。
射出。
貫通した弾丸が毛皮、肉、そして背骨の一部を削る軌道で貫いた瞬間、巨大な体躯が一瞬で傾ぎ、仰向けに倒れていた。
パイプライン機関の破壊。これによって相手は行動不能へ陥る。
「電磁拳、盗電手」
神経パルスにおける電荷移動を読み取り、相手の構造を把握する能力。
盗電などあまりにくだらない能力と思いはしたものの、今回においてはこれほど有用な能力はなかった。
加えて、この盗電機能を用いて裏技も幾つか考えている。
しかし、この能力にも制限があり、プラズマ化した攻撃やレールガン、電磁バリアに干渉できるほどの機能は備えていない。
馬鹿と鋏は使い様とはよくいうが、それを使いこなせる脳があるのか。
溜め息を一つ。自身の目的を達するために行動を再開する。
「あぁん、動けないぃ、痛いわー」
くねくねと身体を動かすラガンジュを即座に見捨て、再び自分は走り出していた。
怪人キング・ミダス。
鉛製の外皮と王冠を備えた彫像のような相手は、触った場所の元素を変換する。周囲の空気から抽出した塵を圧縮し、弾丸化さえ行う能力は脅威と言えよう。
どういった行動を目的に生産されたのかは定かでないが、空気中から棘が出現していく。
猛烈な弾幕であったが。
「電磁バリアー！」
イザナギシリーズとはどう考えても相性が悪かったが。
貴金属に変換された壁や地面に触れることさえせずに肉薄、本体を投げ飛ばし、地面へ垂直に叩き付けた。
しかし、そこにも問題があり、鉛の層によって盗電機能が阻害され、パイプライン機関の所在が判然としない。
なので。
「電磁拳！鎧徹し！」
衝撃波を伝播させ、内部構造を分析、サスカッチの内部と照らし合わせて位置を仮定した。
アメハネ発砲。
即座に機能を停止したことを確認し、更に上を目指す。
「なんか、こういうゲームみたいだな」
そう呟いてみたものの、あまり愉快な気分にはならなかった。
擬似的に生命を得た彼らは、自身という存在をどう認識していたのだろうか。
その点を考えると、同情と怒りを内側が猛った。
「きひ」
無意識のうちに呟いた言葉を飲み込み、再び上へ進む。
上へ。上へ。
まるでバベルを登るようだと自嘲する。
自分は権勢を手に入れたいわけでもなければ、神様とやらに対抗意識があるわけでもない。
それでも登る。
ツカハギＢ装備の視覚から中継された光景。
警備室前では警備にしては重武装の相手からの反撃によって膠着状態が続いているが、ビル内に残っていた人間の拘束はほぼ完了。
稼働中だった地下施設へ踏み込んだチームからの通信によると、怪人は全て上層へ移動させられているとのこと。
踏み込んで数十分、対応の早さに舌打ちしながらも、唯一にして最大の戦力たる怪人を上へ集めるとは篭城のつもりなのか？
仲間という存在の偉大さに感慨深いものを感じながらも、自身の役回り、その重要性には溜め息ばかりがこぼれる。
三体目の相手、怪人ガンガー。
その巨大な蛇体を下半身に備えた褐色の女性を前に、どうするべきか悩んでいた。
「これ、魔物のお嬢さんじゃねぇの？」
カテゴライズ的にはどう見てもラミア種の外見的特徴である。その体長が１０ｍ近く、体格も倍はあり、両腕が存在しないというところか確かに違うと言えば違うが。
「怪人じゃなかったらどうしよう」
悩むものの、事前情報から怪人であるのは間違いない。ないのだが、最近は人間とか魔物とか怪人の境界線が非常に曖昧になりつつあり、殴ったら可哀相とつい思ってしまう。
しかし、そういった葛藤など知ったこともないというガンガーは、フロアのパーテーションとデスクを薙ぎ倒しながら接近してくる。
うわ、乳でか。身体大きいのを差し引いてもものすごいでか。
「………僕ってもう少し紳士的な脳みそだった気がするんだけど」
親父くさい反応に思考が侵食されている点に危機感を抱きながらも、移動速度の速さと全身を使った体当たりを回避。反撃の暇もない濁流のような蛇体での攻撃に、慌てて距離をとった。
全身全てが鞭といった相手に対し、接触どころか接近もできない。変幻自在の尾、高い反応速度、鱗による頑丈さ、どれも想像よりずっと高い。
湿地、水上、水中を主戦場とした生物兵器を前に、結局は正面突破のみかと覚悟を決める。
「超、電磁」
両手を基点にエネルギーの収束。プラズマに類似して違う、違っていながら等しい謎のエネルギー波動が集まっていく。
「バリアー！」
突撃してきた相手を受け止める。しかし、目的は衝撃の相殺などではなく、受け止めたことによる一時的な動きの停滞である。
勢いに自ら負け、相手を受け流す。
同時、女性である上半身の腹部に、ただ全力での拳を叩きこんでいた。
横転するよう机や椅子を薙ぎ倒し、一気に転がっていく巨体。
今まで武器であった全身の重量が、今度は慣性がついたことによって動きを制限する。
反撃に身体をもたげようとしたガンガーに対し、既にこちらは飛び上がっていた。
「電磁拳！二連！」
放射状に電撃を流し、全身を痙攣される一撃目に対し、二撃目は透しによる体内精査。
鱗の少ない女性体の上へ触れた瞬間、なにやら巨大な胸に肘の手前までが埋まりかけて狼狽したものの、衝撃波による反応を即座に感知し、次なる動きへ慌てて繋ぐ。
『アメハネ』による精密射撃。掌を押し当てた状態での零距離射撃により、肋骨の隙間を狙って目標とした機関のみを破壊した。
すっごいやわらかくて鼻血を吹きそうだったことはさておき、これで三体目の怪人を倒すことにも成功した。
「あ、とは」
踏み出そうとして立ち上がった瞬間、よろけて座り込んでしまう。連戦での消耗によって、身体の動きが著しく鈍っている。
「く、そ」
そのまま倒れそうになるも、辛うじて壁に手を触れ、立ち上がろうともがく。
その視線の先に、コンセントの差込口が見えたのは、僥倖というか、普段の行いがよかったからだろうと思う。
破壊した差込口の中、電気ケーブルを装甲に包まれた手で握ることとなった自分は、体内、特殊な細胞内に蓄電を続けること数分、なんとか回復していた。
「地味に便利だった盗電機能………」
殴って本当に悪かったと思う。謝るつもりもないが。
そうやって待機している場所へ、各所、他チームとは別に行動していたツカハギが集まり、収集したデータをこちらへ赤外線通信。
通信によって大容量のデータの送受信を行うと、連絡用の処理領域を喰い潰してしまうがゆえの集合だが、おかげで社内の細かな状況も手に取るように解る。
その中でも重要だったのが。
「怪人がもういない………？」
驚きというより、肩透かしを食らった気分だ。たったの４体、ジキタリス、サスカッチ、キング・ミダス、ガンガー、これだけで打ち止めとは思わなかった。もっと、軍団、と呼ぶような規模が襲ってくると思っていたのだが。
受け取った情報を整理していくと、幾つかの要点が浮かび上がってくる。どうやら、Ｒ財団に残った研究者、イザナミ計画を推進していた人間は、こちらの博士ほど有能ではなかったらしい。いや、こちらの博士が曲者過ぎたのように思う。
「イザナミ計画は、本社で継続されたものの、第二期をもって凍結・・・」
博士の手によって脱走時に多くの魔物達が解放された事による計画の停滞に加え、イザナギ計画の改造人間達の保護と奥さんの救出を契機に、彼は知っている限りの情報を武器に反撃を開始した。
集会とのコンタクト、敵の母体企業の特定、制圧作戦の作戦立案。
そういった行動によって、Ｒ財団は次の手を封じられた。
やはり、博士と比較すると、自分のような改造人間も単なるちょっと強い人間くらいとしか思えなくなってくる。あの男は頭がおかしい。
とにかくそういった妨害によって、後ろ暗い計画は遅滞し、そのまま凍結となった。
残ったのは、第一期から残されたクユの媒体と、第二期で成功した個体だけ。
「それを、緊急時に使用したのか」
電撃作戦が功を奏した形でもある。外からの援護より先、敵の頭さえ叩ければ。
いとも簡単に終わる。
「彼女達はもう、自由なんだ…！」
クユ、そしてシャンヤト。
彼女達の笑顔を、僕は護るのだと。
例え、魔物であろうと、彼女達が幸せになって何が悪い？
胸の上で握った拳が震える。
しかし。
何か重要な話を忘れているような気もするのだが。
「………なんだっけか？」
考えの途中でケーブルが断線していた。おそらく下での戦闘の余波だろう。
その場に居たツカハギ３機に、再び情報収集とビル内に取り残された人間の捜索を指示。
走り出した各機を見送ると、そのまま上を振り仰いだ。
もうすぐ、目的の場所だと立ち上がった刹那。
上層階が爆発する。
「なっ！？」
驚きと共に頭上を仰ぐ。
そこに見たのは、赤い装甲と悪魔を思わすデザイン。
「零号………！？」
彼、いや、彼女は無言のまま極大のプラズマ弾を収束し。
ビルの根幹を揺るがす莫大な熱量を放っていた。
― 後篇へ続く ―
11/11/24 10:01更新 / ザイトウ
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