連載小説
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イザナギ一号_12:吼える声は轟く

 月光を背に、夜の街は高層ビルの前を占拠する集団。
「お前らの好きなものはなんだ!?」
『男! 男! 男! 男! 男! 男ぉぉぉぉぉ!』
「僕の敵は組織だ! お前らの敵は誰だ!?」
『嫁! 妻! 娘! Rぁぁぁる財団!』
「構えろ! 進め! 突撃だ!」
『逃すな! 叩け! 吶喊だ!』
「がんほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
『ガンホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
 雄叫びと共に。
 青い装甲の改造人間を先頭に。
 魔物の女性達はバーゲン会場よりも大勢。
 そのままビルへ突進する瞬間の喚声は、地鳴りの如く響き渡った。


 その一日前。
 ベッドから起き上がったばかりの俺は、時刻を時計で確認していた。
 手術室の壁、無機質なデジタル表示の時計は21時を示している。そこから視線を移すと、隈のある顔で博士がコーヒーを啜っていた。
 起き上がるまでの経過を確かめていたのか、それとも、こちらを慮っての行動か。
 よく見ると、ベッドの傍にクユが寝ていた。敷物代わりにか、ハンカチが身体の下に敷かれている。
 彼女も、怪人さえ倒せば。
 怪人を倒せば。
 ふと思いついた疑問について、視線の合った先、コーヒーカップを置いた博士に尋ねる。
「パイプラインによる流入現象は距離によって増減するのだろうか」
「起きた早々に元気なこったな。答えはイエスだ。影響が大きければ後遺症も大きい。実証実験によると、思考能力の低下や、身体機能の低下などが見られる」
「例えば?」
「動作、行動、思考、この三つかな。パイプラインによる魔力流出が多過ぎれば、発熱や言語障害、血行障害、五感の減衰などの悪影響が出る。もっと酷くなれば昏睡するだろうな。魔力ってのは、魔物達の活力、生命エネルギーに直結しているはずだからな」
「怪人を倒す意外に止める方法は?」
「そりゃ、パイプライン術式を支えている機械的な魔術式の実行装置を壊せば殺さなくても止まる。魔力がなけれ身動きにすら支障が出る」
「効率的にそれを行うには?」
「………お前、何をするつもりだ?」
その問いには答えなかった。


 術後の状態確認後、博士から解放された。
 触診とはいえ男に身体を触られる気色の悪さは我慢するにしろ、その検分するような視線がきつい。
「世話になりました」
服を纏うとずっしりとした全身の疲労感に溜め息を吐く。少なくとも今日はもう動けそうにない。
しかし、 重いながらも身体には油がさされたような充足があり、これなら、動くようにさえなれば目的は果たせるだろう。
「いや、まぁ、うん。それはいいが」
言葉を濁し、博士は空になったコーヒーカップへ視線を逃がす。
「一つ、聞かせて欲しい」
「ん?」
「お前は、俺の事を怨まないのか?」
「………正直な話だと、その件にはそこまで関心もない、かな」
「なにそれひどい。俺に興味ないとか存在すらどうでもいいとか」
「そこまで言ってないが。あとは」
「あとは?」
「僕は、貴方の言葉や、考え方のおかげで救われた部分が、あると思うから」
「………ありがとう」
「うわ、きも」
「もう少しオブラードに包めないかな!?」
その言葉は却下した。
 苦笑いの博士に手を振り、手術室を辞す。
 自分は外の空気を吸いたくなり、施設を出ると、空には星空が広がっていた。
 歩くたびに身体が軋むように痛かったが、目覚めて仰いだ夜の光景は、どこか透き通っているようにさえ見えた。
 未だ戻らない記憶、手から零れ落ちた命。
 だが、それでもまだ、援けたいと願う人は残っている。
 深く深呼吸すると、夜気の冷たさが臓腑の中に染み込んでくるようであった。
 夏ももう終わり。そして、彼女達とも。
 欠けた月の形を眺め、その悲しさを拭えるかは考えないように踵を返すと、足元に紙の束が落ちていた。
 外では月明かりしかないが、こちらは改造人間であり、瞳孔の操作さえすれば問題なく読めた。
 それは、シャンヤトの過去。
 内容に驚いていると、どこからか聞こえた綺麗な旋律を耳が捉えた。
 それは歌、そして澄んで響く鳴き声。
 その聞き覚えのある声がシャンヤトであると気付くと同時、音の方向を耳で探る。残響を拾い、音源探知によって位置を特定するまで数秒。
 残されていた資料に刻まれた握り締めた痕を不審にも思わず、手の中からそれを投げ捨てると、僕は夜の林の中へ、一気に駆け出していた。
 ここまで届く声量、その意味を悟りながら。


 シャンヤト・アクナス。
 生まれは南海領と南方領の国境沿いにある漁村で、幼年期から成熟までを同じ土地で平和に過ごす。
 その後、少女から女性へと成長していく中、諸王領に住む同じ種族の者からの紹介によって学術公国領で商会に勤めることに。
 商会では主に司法領からの物資管理と商品輸入を担当。司法領でまだ無名だった多くの工房を見出した事により、若くして商会の幹部副官にまで昇進を果たす。
 その商会が『集会』とも懇意であり、異世界への派遣要員を募っていたことに興味を覚えて参加。集会においても異世界の物品を管理する『流通』部門として活躍。
 その商才から犯罪に利用されていた密輸ルートを発見し、その取引を潰したことによってR財団に敵対者と認識されてしまう。
 一時は異世界への帰還も検討していたものの、危険を承知で担当していた業務を続行。それによって新たな密輸ルートを探しあぐねていたR財団は誘拐という実力行使に出た。
 R財団による大規模な密輸計画をいち早く察知してしまった彼女は、単身で偵察に向かい、それが罠であると気付く前に捕まってしまった。
 誘拐した者は、そのまま彼女を『イザナギ計画』の被検体として利用、現在は状態異常『呪い』が発病中である。
 そして。
 立ち止まり、見上げた夜空。
 高い樹の枝に座ったその姿は、月光に照らされ美しかった。
「あの資料はね」
澄んだ旋律。鳴き声でない声など、初めて聞いた。
「ラガンジュが持ってきたの」
「そうなのか」
「思い出せたけれど、どこか希薄で」
「何故?」
「私って、どうしてここに居るのかなって」
自分とは違う孤独。満たされなかった時間の形。
 彼女もまた、今までの生活で、何かを得たのだろうか。
「ねぇ」
「………何だ?」
「私って、どう見える?」
揺れる尻尾と耳、伸びやかな体躯。それらは庇護を必要としなくなった美しい獣の姿。
 長身の身体からは溌剌とした生気が溢れ、月光すら弾くのではないかという躍動感、そして生命力に満ちていた。
 シャンヤト・アクナス。
 彼女が取り戻した自由は、僕の必要性を失わせるものだった。
 そう考える自分は利己的なのだろうと溜め息すら出てきた。
 兆候や予兆、原因や遠因。
 自分は日付をしょっちゅう書き間違えていたが、そこから寿命の短さを感じ取れたわけでもなかったし、兆候などとは思いもしなかった。
 彼女の場合、同じ場所に放置されていながら、クユとあれだけ『違っていた』のは何故かという不可思議な点はあったのだが、そんなことが重要だとは考えもしていなかった。
 その理由がジキタリス。
 距離によるパイプラインの拡大。多大な魔力を浪費された彼女は、思考の一部までも猫に近いレベルへ退化し、言語野への悪影響から会話すら出来ない状況に陥った。
 それがクユへ伝わる言葉の総量が増えていき、病院の退院直後には、口喧嘩出来るほどに変化していたのは、おそらくパイプラインの破棄によっての回復だろう。
 原因も過程も結果も、何一つ気付いていなかった。博士に教えられるまでは推測すら出来ていなかったのだから当然だろう。
 元の身体へ戻るまでに行われる各段階、プロセスの詳細は不明だが、自分はその多くを見逃し、そして、この瞬間まで気付きもしなかった。
 ほんの数日、この施設を離れていた隔絶が、大きな溝となってしまったような寂しさ。
 彼女だって不安であったはずなのに。まったく気付けもせず、頼られることもなく。
 自分のことのみに没頭し、彼女達のことをどれだけ考えていたというのか。
 いや、もっと言えば。
 彼女達が治って欲しくないとすら思っていた節はある。
 無事に回復した彼女、シャンヤトに対しても、素直に喜べていない。
 それは彼女達が自分という存在を必要としなくなった時のこと、孤独への不安、自分という存在が誰の役にも立たなくなるのではないかという悲しみ、そういったものを考えてしまうから。
 たったそれだけのことを悩み、恨み、縋る自分の矮小さが悔しい。もどかしい。
 けれど、庇護を必要とした彼女達を除き、自分という存在を誰が望んでいるというのか。
 記憶のない自分の突きつけられる現実。
 親も、兄弟も、ましてや友人も知らない。
 例えそれらが居たとしても、本当に自分を望んでくれるのか。ここに居ることを、喜び、認めてくれる人が居るというのか。
 そういった感情や疑問は、ずっと自分に付き纏っていた。
 僕と俺の差、家族を作り上げた人間と、彼とは懸け離れた記憶喪失でしかない自分という対比が脳の中に生まれた今は、特に強く感じる。
 一人は怖い。孤独がつらい。
 それらを必死に押し隠し、どう彼女へ話しかけようかと沈黙していると、樹の枝からシャンヤトが下りてきた。
 ふも。
 身体に何かが触れた。それが抱き締められた感触であると気付くには数秒を必要とした。
 脳内のクロック数が噛み合わない。事実と認識が合致するまでの時間、どこか幸せで、けれど寂しさに涙が毀れそうになった。
「よしよし」
子供扱いだ。いや、記憶喪失以後の時間から考えれば、確かにゼロ歳と言われても間違いのない状態かもしれないが。
「頑張った。頑張った」
言葉が、あたたかい。
 喋りかけられること、気持ちが伝えられることが、これほど嬉しいこととは思わなかった。
 護る必要はなくなった。
 けれど、いや、だからこそ彼女は、彼女達は。
「明日、クユも、戻す為に、少し頑張ってみようと思う」
「うん。待ってるから。いってらっしゃい」
待っていると、言ってくれた。
 その言葉に、どれだけ感謝したか、彼女達には伝わらないだろう。
 だって、言えない。
「ありが、とう………」
行く前から泣きそうだった。どうしようもなく自分が恥ずかしい。
 けれど、外殻越しでない温もりが、どうしようもなく柔らかく、体温と鼓動が伝わって。
 許容されたことに、心が、震えた。
 涙を堪えようと夜空を見上げた瞬間、満点の星空が眼の中へ飛び込んでくる。
 身体全体で感じた世界の大きさ、抱え込んだ彼女の匂い。
 それらは全て、大事だった。
 そこにリンクした敷地内の機体から通信。
 物陰、待機した遠隔操作ユニットの上に座ったクユが、何かを呟いていた。
 内容はと言うと。
「たまにはね、私だって空気くらい読むから」
それは『ツカハギ』越しに、僕へ伝えられた言葉だろう。シャンヤトを尊重したことへの心情の吐露。
 つい、苦笑いで肩越しに手を振った。
 これだけ貰ってしまったら。
 これだけ実感できてしまえたら。
 十分だ。
 これなら、戦う価値も、戦う意味も、確かにあるのだと再認識できた。


 そして。
「あ、集会には渡りつけておいたから」
そう呟いた博士によって戦力は整えられて。
 改造手術から明けて次の夜。
 始める為の夜。終わらせる為の夜。
 地鳴りのような足音と共に、自動ドアと警備員に遮られていた場所へ突進し、突き破った。
「がんほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
『ガンホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
戦いが始まる。

 
 
11/10/19 23:11更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
お久しぶりが毎度の台詞。
ザイトウです。

さて、残すところ1〜2話となって参りましたシリーズ。
短編ならサクサク書けるはず!と思っていた自分の浅はかさに轟沈。
話ってのは、終わりの方を考えるときほどむつかしいもんですよね。

まさかシリーズの話数が二桁行くとか思ってませんでしたしね。
さて、今回も誤字脱字のご指摘から感想忠告提言までどうぞご自由に。
次回もまた時間さえあれば一気に、とは思ってますが、予定は未定です
ではー。

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